▼ Book Review 2001.5
『ペニス』 津原泰水 『ペニス』 ★★★★★ 「なんでちんぽこが立たないかわかるよ。もう死んでるわけだ」(p.41)
■これはホラーとかミステリというより現代文学の収穫。中年の「公園管理人」による奇妙な語りのもと、虚実・時制の境目なしで陰惨な妄想や追憶の挿話が入り混じる。連作集『蘆屋家の崩壊』でもその神経症めいた文章の達者さには感じ入ったものだけど、本作はさらにシナリオ形式や句読点の省略、メタフィクション叙述などさまざまの趣向を自在に織り込んで、さながら実験文体の博覧会みたいな趣きもあり。それにしてもこの作家は、へたれ駄目男の一人称叙述を書かせたら抜群の腕前だ。もう並ぶ者がいないんじゃないかとさえ思う。物語よりも技巧がいくぶん先走っているような気もしなくはないけれど、同時代の国産作家による充実作をタイムリーに読めた喜びも加味して上記の評点。 (2001.5.16)
『白の闇』 ★★★
■作者はポルトガルの作家で、1998年にノーベル文学賞を贈られているらしい。本書は、突然視覚を失う原因不明の奇病が蔓延する仮想設定のもとで、文明を喪失して原始状況に陥る社会のさまを描いた寓話的な物語。感染を防ぐための隔離収容所で食糧をめぐる醜い争いや権力関係の生じるところなんかは、さすがに迫真の筆致で興味深かったけれど(全体主義下の強制収容所を思いださせる)、全般に宗教色が濃すぎてどうもひっかかった。そもそも黙示録的な世界設定からしてだいぶ宗教がかっているし、何といっても盲者の群れをただひとり眼の見える人物が導いていく構図は、どう考えてもイエス・キリストを連想させる。また、たとえば終盤の教会の場面では、そこで作中人物たちの受ける衝撃の意味あいがさっぱりわからない。どうしてこんなに宗教くさいのかと思ったら、作者サラマーゴはこれまでにも『修道院回想録』(1982)『イエス・キリストによる福音書』(1991)といった、いかにもな題名の書物を著しているようで、まあ無理もないところか。 (2001.5.9)
『片想い』 ★★★
■題名から想起されるふつうの恋愛ものではなく、性同一性障害を軸にしたジェンダーの話題を〈宮部みゆきの『火車』〉のモチーフに絡めてみたような筋書き。それなりに組み立てられてはいるけれど、どうも題材が題材なのであまり下手なことは書けないせいなのか、結局「お勉強」小説に終始してしまった印象を受ける。物語ならではの独自の洞察みたいなものは特に見られなかった。あと東野圭吾といえば「何も考えずにすらすら読める作家」の代表格と思っているのだけど(悪い意味でなく)、この新作は作中人物の心情をやたら地の文で解説しているのが目について、ひっかかる箇所が少なくなかった。 (2001.5.2)
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