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現在、君の目の前には、白亜の城のように大きなマンションがそびえ立っている。白く煌めく外壁は目にまぶしく、近寄りがたいものを感じさせる。高さは60mほど、見ようによっては三角形に見え、まさに現代に甦ったピラミッドだ。 その中には自分とは比べ物にならない幸せを、本来なら君に分配されたはずの幸せを、余計に手にした者達が居る。 その幸せな人たちが、かつての友人であることなど君にはまったく関係ない。 復讐するは我に有りだ。 読心術の使い手でも読めないほど深い心の奥底で、君は邪悪に呟いた。呟くうちに高揚していく精神と、現実を見つめ怖じ気づく自分を感じる。かつてここまで猛ったことがあっただろうか。 …紫の巨人を間近で見たときよりも、童貞を無くしたときよりも興奮している。 ぐびりと無理矢理出ない唾を飲み込み、君は心を落ち着けようとした。しかし…うまくいかない。 焦れば焦るほど不安と焦燥が身を焼いていく。 (どうする…。まだ、今ならまだ…) だが、ここで諦めるくらいなら…そもそもここにいるはずがなかった。 先ほど契約書にサインをしなかったはずだ。 (当の昔に腹はくくっていたな。ふん) 覚悟を決めたからか。 不思議なことに、あれほどまで心を騒がせていた恐れが夏の日差しの元の雪のように消え去った。 (そうだ。落ち着いたな、俺。さて急いで事を運ばないと) 目立たないように周囲を観察する。 マンションの入り口から100mほど離れたところにある公園に、子連れの母親達が幾人か見える。少し離れたところにはコンビニエンスストアが見える。 いずれも君に注意を払っている様子は見られない。誘致が始まったのは最近のことなのだろう。いまだこのへんの人口密度はかなり低く、緑化地帯が豊富なこともあって都心付近と言うより山奥のようにも思える地帯だ。 つまり、人通りが少ない。…君にとっては幸いなことだ。 しかしながら喜んでばかりもいられない。人通りが少ないからこそ、住人以外の人間はやたら悪目立ちをする。はっきり言って、今の君は不審者以外の何物でもない。そうでなくともマンションに入るでもなく、なにをするわけでもなく挙動不審に建物を見上げたり、周囲の気配にビクビクしているのだから。 幸い人通りは今のところほとんどないため、特に君を見とがめた者はいないようだが…しかし、油断は出来ない。それでなくとも、ここ数日の徘徊 ─── マユミとシンジの情報集め ─── の所為で、怪しい男が彷徨いていると評判が立っているのだ。 さて、君のとった行動は? もう少し情報を集めよう 訪問販売員らしく堂々と正面から入る 警備員の目を盗めないだろうか…。 |