009



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 君は堂々と正面からマンションに入った。

 5段ほどの石段を登り、広々とした玄関に向かう。最初にガラスの自動ドアがあり、前に立つと難なく開いた。続いてその次の扉を開けようと君は取っ手に手を伸ばす。
 しかし開かない。取っ手を掴んでガチャガチャ動かしてみたが、ガラス製の扉はまるで岩で出来ているかのように、頑強に彼の侵入を拒んだ。軽く舌打ちしながら君はどうにか出来ないかと周囲を見回す。よく見ると、扉脇の壁に認証システムがあった。恐らく、遺伝子データを書き込んだ電子カードを所持している人間のみを判断して、自動的に扉を開閉するシステムだ。
 死者しか通さないと言う嘆きの門のごとく、部外者は決して通さないと言う訳だ。だが、神話ではオルフェウスやヘラクレスが通り抜けた。何ごとにも例外という物はある。
 この扉を開けるためには、どうにかしてその電子カードを手に入れるか、あるいは誰かに開けさせるしかない。もしくはマンション自体に火をつけるかだ。非常事態ともなれば、全てのロックは自動的に解除されるだろう。勿論、そんなことをしたら元も子もないが。
 ともあれ、住人を襲ってカードを入手するというのはあまりにも乱暴だ。そして意味がない。この手のカードは、遺伝子が合致した人間が所持していないと反応しないように出来ているのだ。

(ここを開けるには…)

 やはり、誰かに開けさせるしかないだろう。
 この場合、部外者の出来ることは一つだ。確認するまでもなく、玄関の脇に小さな小窓があった。
 管理人、いや警備員詰め所に通じている受付だ。

 恐る恐る窓に近づき、中をのぞき込んでみる。タバコの匂いが籠もる警備員室では、都合良いというか職務怠慢というか、1人の警備員らしい中年男性がソファーにふんぞり返って新聞に見入っていた。
 誰かが中に入ったことはわかっているはずなのに、まるで気にもしていない。どうせマンションの住人か誰かと思っているのか、それともどうでも良いと思っているのか。住人にとっては余り嬉しくないだろうが、第三者から見れば大歓迎だ。
 監視がいい加減と言うことなのだから。その恩恵たる果実は大変甘い物になりそうだ。

 しかし、当面はこの扉を開けさせなければならない。
 君は呼び出しボタンを押した。

 微かに【ビー】と言うブザーの音が聞こえ、気がついた警備員は面倒くさそうに君に目を向けた。明らかに君の来訪を嫌がっている。人のことは言えないが、仕事をしろと強く思う。
 彼の小さな王国への闖入者に、警備員は厳しい目を向ける。あからさまな不審という奴だ。勿論、彼の仕事はそれで正しいのだが。

「何か用ですか?」


 さて、どういう受け答えをするべきだろう?

 「訪問販売に来た」と答える

 「知りあいに会いに来た」と答える






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