▼ Book Review 2000.12
『私家版』 ジャン=ジャック・フィシュテル 『私家版』 ★★★
■フランスと英国の文芸出版界を舞台にした倒叙サスペンス。題材がなかなかユニークでそこそこ興味深く読めた。ただこちらの予想を裏切る意外な展開はほとんどないため、印象はずいぶんあっさりめ。文芸界のスキャンダルを描いているから本国では話題になったのかもしれないけれど、こちらで特に騒ぐほどのものではないだろう。でもまあ、コンパクトな紙数にまとまった佳作ではあると思う。 (2000.12.30)
『フロリダ殺人紀行』 ★★★★
■タランティーノ風のカール・ハイアセン、といったおもむきのフロリダ産クライム・コメディ。おかしな登場人物たちが次々と入り乱れるオフビートな展開のもと、臨界点ぎりぎりの悪趣味なブラック・ジョークが連発される。主役級の小悪党たちの酷薄で容赦ないふるまいは『Mr.クイン』や『バカなヤツらは皆殺し』にも劣らないくらいで、モラルの境界線を軽々と踏み越えてしまっている。変な人物の活かしかたに関してはまだ甘いような気もしたけれど、まずまず愉しめる出来だった。作中人物がいきなりカール・ハイアセンのサイン会に並んでみたり、トラヴィス・マッギーゆかりの地に巡礼したりと、先達への言及が妙に盛りだくさんなのも印象的。 (2000.12.30)
『蜂工場』 ★★★ おれが幼いエスメラルダを殺したのは、自分と世間一般に対して借りがあると考えたからだ。おれは数字上、二人の男の子を殺していた。だから、統計学的に女という人種にも同じ運命を与えなければならない。少しでも不均衡を正す必要があったのだ。いとこはいちばん手近で、もっとも目につく対象であったにすぎなかった。(p.121)
■孤島で暮らすサイコ未成年者の、動物・昆虫虐待に延々とあけくれる日常生活と、殺伐とした過去の回想を歪んだ一人称でつづる。『内なる殺人者』と『悪童日記』のあいだみたいな設定で興味をそそられたものの、全体的な構想はそれほどでもなかった。『共鳴』とこれを読んだかぎりでは、この作家はディテイルを書きたいタイプの人なんだろうなと思う。たしかに個々の場面はえらい変態的でおもしろかったりするのだけど、それは断片にとどまるだけで有機的に絡んでこない。精神病院から脱走した兄貴が帰ってくるという話も、冗談のような真相の暴露も、物語の流れのなかでほとんど活かされていない気がする。 (2000.12.20)
『ハドリアヌスの長城』 ★★★
■惜しいなあ。過去/現在の交錯する重層的な語り(トマス・H・クックに近いかな)、やや粗いけれども力強い筆致、そして物語の舞台となる「刑務所の町」にしっかりと根づいた登場人物たち。いったいどんな傑作になるんだろうと途中まで期待していたのだけど、積みあげてきた物語は終盤の「謎解き」でほぼ台なしになってしまった。物語の解明が主人公の人生の意味を塗りかえる、という展開にしたかったのだろうけど、あえて説明をとばしたのかと思っていたところを突いているだけでただ興醒めでしかないし、これでは物語の解釈としてどうにも浅薄すぎる。それに、こういうことをわざわざ他人から指摘させるのでは、主人公がただの間抜けになってしまうだけだろう。 (2000.12.16)
『DOMESDAY』 ★★★
■東京のまんなかに謎のドーム球体が出現、その内部では死人が続々と復活させられ人を襲っているという、閉鎖空間ゾンビホラー・パニックもの。第一回小松左京賞佳作らしい。筋書きから『レフトハンド』みたいに突き抜けた話を期待していたのだけれど、あそこまで強烈な愉しさはなかったかな。文章は巧くないけれど映画のカット割りを意識したようなテンポのいい構成でそこそこ読ませた。 (2000.12.16)
『神様がくれた指』 ★★★
■作者は児童文学出身の人。前作『しゃべれどもしゃべれども』では若い落語家を主人公にしていたけれど、こんどの主役はスリ師と占い師。およそ非日常的な職業に就いている人物を描きながら、むしろその等身大の日常生活や人生の迷いに焦点をあてる、というバランス感覚のもとで、ファンタジー的というか少女漫画的な筆致が活きている(ドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』なんかにも近い作風だろうか?)。さわやかで運動神経が良くて恋愛話に鈍い陽性の主役と、繊細で気配り型の中性的なインテリ、という男性コンビは良くも悪くも少女漫画の王道といってよさそう。そういう典型的な登場人物を巧妙にからみあわせているとは思うけれど、ただし「喘息持ちで虚弱体質の美少女」がヒロインというのはさすがに古風すぎて、そこで物語の流れがとまってしまいがちのように思えた。 (2000.12.10)
>>役に立たないスペシャリスト(北上次郎と作者の対談) 『動機』 ★★★
■『陰の季節』で登場した新顔作家の第二作品集で、収録作は「動機」「逆転の夏」「ネタ元」「密室の人」。どの作品もだいたい、警察機構や新聞社や裁判所のような犯罪にかかわる職場を舞台にしながら、あえて人生の機微を描く「日常の謎」的な話を展開している。各話ともこちらの想像する結末で終わらずさらにもうひとひねり用意されていたりして(それはややむりやり気味にしても)、ミステリ的にもなかなか練られているけれど、文体がいささかウェットにすぎるのではないかと思う。北村薫はいわゆる「日常の謎」を物語にのせるため「世間知らずの女学生が人生の哀歓を学んでいく」という形式を採用したわけだけれども、この作者はそこで浅田次郎風の「中高年の感傷」を持ってきている。そのあたりの盛りあげかたには少し無理が出ているようで、わりとまともに犯罪を描いている「逆転の夏」が結局いちばん自然に読めてしまう、というあたりにこの作風の限界を感じなくもない。 (2000.12.9)
『愛しすぎた男』 ★★★★
■恋する女を一方的かつ独善的に追い求める、いわゆる「ストーカー」男の行動を克明に描いた物語。作者はこの次作『ふくろうの叫び』(1962)でもストーカーみたいな話を書いているので、わりとそのあたりに興味が向いていた時期なんだろう。その『ふくろうの叫び』でもそうだったけれど、主人公のかなり常軌を逸した行動を、異常とか狂気だなんて騒がずに、終始あくまで淡々とした筆致で描いているのが好ましい。 (2000.12.3)
『ダックスフントのワープ』 ★★
■『テロリストのパラソル』の作者が、それ以前の1985年から1990年にかけて「すばる」等で発表していた純文学系の中短編をまとめたもの。収録作は「ダックスフントのワープ」「ネズミ焼きの贈りもの」「ノエル」「ユーレイ」。 (2000.12.3)
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