Returner Rei
Original text:引き気味
EPISODE:03 A transfer
「ふぁ、あぁん……」
「リツコ!?」
ミサトがそのドアを蹴破って銃を構えたその先には、暗がりに紛れて濃厚な牡と牝の性臭が立ち込めていた。
パチパチと心許なく点滅する蛍光灯に浮かび上がる、白い裸身。
床に這ったその体に幾人もの筋骨逞しい裸の男達をまとわり付かせ、うねうねと汗にぬめる躰を揺らめかせている。
(なんてこと……!)
一目で、もう長いことこの男たちのペニスを一人で受け入れていたのだと見て取れた。
「うむむっ、オゥアッ! ンンンッ!」
下になった男が突き上げ、更にそれとは無秩序に、後ろから深く繋がっている男が抱え込んだヒップを揺すり立てている。
仁王立ちで股間を突き出した男に唇を与えている横顔は、更に左右からも突付けられ、しごいている影になって判然とはしないが、小刻みに前後する染めた金髪は紛れも無い。
ここ数日行方不明となっていたミサトの親友のものだ。
そして、彼らは同じく消息を絶っていた保安諜報部の黒服達―― ミサトに先んじ、赤木博士の捜索を命じられてこのネルフの地下迷宮に潜っていた連中なのだろう。
その瞳はどこか魂を抜かれたように虚ろで、揃って正気を失っている風であった。
「センパイっ!」
「ちょ、マヤちゃん……!」
たじろいだミサトの脇を擦り抜け、即席の相棒だった伊吹マヤが、敬愛する先輩の許へと駆け寄って行った。
震えながら握り締めていた“槍”も放り出して。
「マヤちゃん!? ちょっと、そんなのを一人でどうしようって―― 。あちゃあ……」
「キャーッ! イヤァ! やめて、やめて下さい!」
半泣きで揉みくちゃになりながらもリツコを助けようと頑張っていたマヤが、逆に一塊の絡み合いに飲み込まれかけて悲鳴を上げていた。
「ああ、イヤっ……さ、触らないで……脱がさないで! あ、ああ……やだぁぁ……。ふぁあッ! せ、センパイ? そんなっ、待ってくだ―― んむぅっ!? むむむぅ〜〜!」
これはどうしたものかと、顔を覆ってしまったミサトだった。
◆ ◆ ◆ 「おい、お姫様だぜ」
「何だって? もうお帰りかよ。あれだけ騒ぎを起こしておいて、いったい何しに行ったんだ?」
遠巻きに眺める黒服達の戸惑いを他所に、その日久し振りの登校を果たしたレイは、昼休みになったか思えば実に早々と荷物をまとめて、校門を後にしていたのだった。
「どこ……? どこに行ったの、碇君……」
傍目には多少急ぎ足になっているかという程度だが、彼女は焦っていた。
ほんの僅か、ううっと噛んだ下唇。
俯き加減に前髪を垂らした間からきょろきょろとそこらの路地を、通りの先を、曲がり角の向こうを探している。
(せっかく間に合わせたのに……)
今日はシンジの転入の日なのだ。
レイが大して意識していなかったこの頃を自分ながら恨めしくも思い出した限りでは、なにやら校舎裏に呼び出されて殴られていた―― そんな記憶が残っていた。
碇君を守るのだと、そしてやっと触れ合える、言葉が交わせる、ひょっとすれば『ありがとう』とあの優しい顔で笑い掛けて貰えるかと意気込んでいたレイだったのだが、
『え、あ? 綾波? ……珍しいな、何の用だよ。転校生? ああ、山岸さんのこと―― って、違う? 男の?』
『おう。なんやナヨナヨっとしたやつやったら、挨拶だけしてさっさと帰って行きよったで。その山岸とかいう転校生がなにやら止めよったらしいが、結局一緒に帰ってもうたわ』
『朝も一緒に来てたらしいしな、ありゃあ……』
『デキてますでっしゃろか? 相田はん!』
『デキてますね、鈴原さん―― って、イテェ! な、なにすんだよ綾波? って、うわっ! ちょ……!!』
『どういう事?』と、レイは聞いてみたくて堪らないのだった。
◆ ◆ ◆ 「やっぱり、気になりますか?」
「……好きじゃないよ。慣れないし、慣れたくもないし」
安さだけが取り柄のハンバーガーを食べさせるファーストフードショップ。
首筋の辺りを落ち着かなくしているシンジの様子に、向かい合って座る長い髪の少女が控えめな声を掛けた。
平日の昼間から二人連れで、しかも学校の制服のまま店に入るような子供達だが、店員も他の客も眉を顰めこそすれ、特に口を出すことは無かった。
縁無しで少し大きめの野暮ったいメガネに、丁寧で落ち着いた物腰―― いかにも優等生然とした山岸マユミが、さも当たり前ですという顔をして座っているのだから、なにやら咎め立ては出来ない雰囲気だったのだ。
シンジもさっさと気にするのは止めている。
それでも神経に障ってならないのは、ネルフが付けた護衛兼監視だった。
いかにもと見て分かるだけで四、五人程が店の前にたむろしていた。
「“前”の時はこんなに付いて来ること無かったのに……」
「それでも、碇君はネルフの重要人物なのでしょう?」
エヴァンゲリオンのパイロットという立場ならば、警護も厳重になるのは仕方が無いのではと小首を傾げたマユミに、シンジはそうじゃないと答えた。
これは二、三日前から急になのだと。
「ネルフって随分いい加減だよ。少なくとも僕はそう思ってた。守ってくれてるとか、そんな感じはしなかったし……」
停電の時や、裸でプラグに放って置かれた時など、もっとどうにかして欲しいと思ったことばかりが思い出されて溜息が出てしまった。
特にアスカの扱いは酷かったと恨めしく思う。
もっと注意していてくれたら、或いは誰かがきちんと相談に乗っていてくれたら……。
ああも辛い事にはならなかったのではと。
しかしそれも、自分もまた事なかれと目を背けていた事が原因だったとも思えば、いたたまれなくなってくる。
(―― 止そう。わざわざそんなことを思い出さなくても良いんだ)
俯いてしまったシンジの態度をどう捉えたのか、マユミは仕方がありませんねと立ち上がった。
それじゃちょっとと、世話好きな女の子が彼氏の部屋で目に留まってしまったゴミを放って置けないような、そんな時の『ちょっと』。
「山岸さん?」
「折角のデートなんです。碇君の気が乗らないんじゃ、残念ですから」
『残念だから』、だからどうしようと言うのか?
気が乗らないのはと見つけた理由を、『だから』どうしようと思い付いたのか?
思い当たったシンジはデートと言われて照れるより、顔色を目一杯青くしてしまった。
「ちょっとっ、山岸さん待って!」
どうしようってのさと、向こうに行きかけた手を引き止める。
何事かと胡乱な目が集まったが、シンジは必死だった。
「山岸さん。ちょっと変わったね」
そうですかと答える声は少し嬉しそうに華やいでいた。
また座り直したマユミだが、何故か元の席ではなく、シンジの横に腰を下ろしている。
集まっていた視線には、『けっ』と、今度こそ徹底して無視されていた。
「どんな風にですか?」
「何て言うかその、積極的になったと言うか……」
本音を言えば過激になったねと、とても面と向かっては言えないシンジだ。
「ずっと思ってたんです」
マユミは懐かしそうな声を出した。
「この街を離れた後も碇君のことは忘れられなくて……。でも、きっともう二度と会えないんだろうなって思ってました。それに、あんなことになってしまいましたから―― 」
全て諦めていたのだと。
「でも、もう一度だけでもと願っていた夢は叶ってしまいました。そうしたら、一目だけでもというのでは足りなくなってしまって……」
マユミはそっと身を離そうとしていたシンジにまた擦り寄って、微笑んだ。
「振り返ってみたら、私って小説の主人公みたいだな……って。だって、こんな人生普通じゃないと思いますから」
「山岸さん……」
「だったら良いんじゃないかって思ったんです」
憧れていたように、読みながら自分を投影していた小説の中の女の子のように、思い切って、
「少し、無茶苦茶な生き方をしてみても。それも良いんじゃないかな―― って」
間近に感じる少女の体温に身を固くしてしまっているばかりのシンジは、マユミが期待したよりも少しだけお子様なまま、或いは臆病なのだったが、それでもマユミには思っていた通りの繊細さに見えて、気持ちを柔らかくさせていた。
「碇君。宜しかったらこの後―― 」
マユミにとっては折角の雰囲気を打ち破って、ネルフ支給の携帯がけたたましく鳴り出した時、シンジは正直ホッとしてしまっていたのだった。
◆ ◆ ◆ 『零号機との全回線、遮断されました!』
『な! またぁ〜〜!?』
第一級戦闘配置で開きっぱなしの通信回路。
発令所の混乱振りを伝えるそれを聞きながら、ケイジの初号機内で待機を命じられたシンジは、やはり“前回”同様に戦闘中にエヴァに回収されたらしい同級生達を思った。
『レイっ! その子をプラグに乗せて!』
『碇君の友達……。了解』
そう呟いたレイも、自分やマユミと同じなのだろう。
そうでなければ説明が付かない。
その時、滅びる前の第3新東京市に舞い戻ったシンジは、また繰り返さねばならないのかと溜息を吐いたものだった。
正直、喜びは薄かったのだ。
失われた筈の人の世界がそこには広がっていたが、使徒もまたそこに居た。
全てが恐ろしかった。
眼窩を抉られた苦痛。
腹部を貫いた灼熱。
友人を手に掛けた悪夢。
子供の自分が……と、強いられる最前線の繰り返しと、その度ごとの恐怖。
そして―― 。
「ミサトさん」、「アスカ」、「トウジ」、「綾波レイ」、「カヲル君」、そして「父さん」。
誰も彼もが恐ろしい。
思い出とは一番辛かった時の方が鮮明に残っているのだと思い知った。
ほんの僅かの時を過ごした街なのに、ここには嫌な過去を思い出させるものがあまりに多すぎるのだ。
その記憶をなぞってまた最後まで行くのかと思えば、それは苦痛でしか有り得なかった。
そんな鬱々とした気持ちでいたところに、マユミが声を掛けてきたのだ。
「僕とはまだ話もしていないのに、それでもトウジ達は上に出てきた……。変わらないのかと思っていたら違うし。そうかと思えば今度はこれか……」
何を考えているのさと、シンジは誰かを罵った。
◆ ◆ ◆ 一方、第四の使徒シャムシエルをやはり圧倒したレイは、この戦いの意味を冷静に推し測っていた。
リリスに誘われてこの地に集り来る使徒は、インパクト誘発の引き金である。
シンジとの未来を夢見るなら絶対に殲滅しなければならないのと同時に、ロンギヌスの槍を与えられてこの戦いの場に舞い戻った者達にとっては、その個人的に過ぎる戦いにおける力―― 欠くべからざる、ゲーム参加へのチケットとなる。
提示されたルールは唯一つ、戦い抜いて最後の一人にまで勝ち残る事のみ。
そうすれば、夢の実現が叶えられると聞かされている。
使徒との契約を果たさねば、たとえ“槍”を振るおうとも勝ち目がないのだとは、自分自身とサキエルが証明していた。
(……私には、もう要らない使徒)
しかし、契約をと狙っている競争相手は多いはずなのだ。
ここで使徒を一匹潰しておけば、自分こそが勝利に最も近くなる。
「あなたは居なくて良いの……」
零号機に蹴飛ばされたまま、腹を裏返しにギチギチと虫のような脚を鳴らしているシャムシエル。
その―― 自分の敵を殺し尽くせと、レバーに手を掛け命じようとしたレイだったが、『ガンッ!』と突然に側頭に感じた衝撃に、コンソールに顔を叩きつける事になってしまった。
「……!?」
痛みよりも熱を感じる。
緊急用のサバイバルケースで殴られたのか、急速に薄れ行く意識の中で、レイは不意打ちに自分を襲ったその犯人を睨みつけようとした。
「そ、その……本当にごめんなさい。……わ、悪く思わないでね。綾波さん……」
その視線の先のただ一人の人影、レイが助けてやった筈の洞木ヒカリは、真っ青の唇を震わせながら必死に詫びているのだった。
次回予告
「まだEVAに乗って欲しいと言うの? ……なら、お金を下さい。たくさん」
それから実験も程々で、長時間の拘束も嫌、さんざん痛めつけた黒服達や赤木博士のことも有耶無耶に。
あれやこれやと要求も呑ませ、ドリーム的LRSの達成に向けて順風満帆に思えたレイの戦い。
しかし勝って兜の緒を締めよと、立て続けの逆風が慢心のレイを翻弄する。
そして、襲い掛かる仮面ライダー帰還者レイ、最大の危機!
「絶対……、許さないわ」
次回、仮面ライダーReturner Rei 第四話「雨、逃げ出した後」
戦わなければ生き残れない!