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 すでに彼らと出会っているならこちらへ。
 そうでないときのみ以下の文章を読め。










 ビルに入ろうとした君だが、その足を止める。鼻に皺が寄り、露骨に眼差しが厳しくなる。
 ニヤニヤと煙草の脂のように粘つく笑みを浮かべる、小汚い姿の男達が行く手を阻んだ。2人組の男達が身動きするたびに、すえたような異臭が鼻をさし、君は軽い嘔吐の発作に苦しんだ。
 自慢でないが、君も不潔な生活をしている自負はある。それは本当に自慢ではない。
 だが、彼らと比べたら…。君の体臭は美女の香水だ。
 しかしながら君を戸惑わせたのは男達の臭いや不潔な服装だけでなく、その特徴的な目だ。煮立った魚の目のようにどんよりと曇った目…。
 明らかに麻薬かそれに準ずる薬の常習者であることを臭わせた。

「へ、へへへへ」
「ひひひ、兄ちゃん。勝手に入るんじゃねぇよ」


(なんだ、こいつら)

 ここを根城にしている浮浪者か…とも思われるが、それにしてもあまりにも場違いだ。
 この辺一帯は高級住宅街として、大々的に住民を誘致する予定のはずだ。彼らのような存在はそれこそ最初に一掃されるはずなのではないだろうか。あるいは、彼らこそ最後の抵抗勢力なのか。

(だとしたら運が悪い。余計なトラブルを抱え込みそうだ)

 これから起こるだろう事を予想し、君はそう暗澹たる思いで呻き声を漏らした。
 そんな君の葛藤に構わず、男達はジリジリと君の方に近づいてくる。

「ひ、ひひいひひ、ちょっと頼まれてよ。あと数時間は、誰も、上に…行かせらんねぇ」
「そうだよ。だからきえな、ちび。それとも俺達に貢いでくれるのか?」

 背の低い男はまだ多少は正気がありそうだが、背の高いやせぎすの男はぬるりと粘つくような目で君の体を見つめた。それにしても心外だ。君は背が低いのではなく、周りがただ背が高いだけだというのに。
 そう言えば、仲間だと思っていたシンジは高校に入ってから急に背が高くなった。これもまた、君の薄っぺらい自尊心を傷つける出来事だった。
 それはともかく、予想…とは少々違う言葉に、君は少々面食らったが浮浪者達の言ってることは理解できた。
 君を建物内に入れたくない、と言ってるらしい。
 誰かが上にいる。どんな目的を持っているにしろ、こんな浮浪者に頼んでまで人払いをするくらいだ。ろくな事ではないだろう。

 自分のことを棚に上げて君はそう思った。

 いずれにしろ、上に登るためには彼らをどうにかしなければならない。



 戦う

 交渉する

 大人しく引き下がる






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