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すでに一度来たことがあるのならこちらへ。 そうでないときのみ以下の文章を読め。 ゆっくりゆっくりと、君は外回りのセールスマンを装いながら…そもそも装う必要はないのだが…公園の中に入った。 見渡すと数組の親子連れが見える。母親らしい数名の女性がなにやら井戸端会議を行い、その横で幼稚園前らしい子供達が遊んでいる。どこにでもありそうな、ごく一般的な風景だ。 (おいおい、話に夢中になるのはわかるが子供に完全に目が行ってないぞ) 見ている間に、子供の1人が砂場で作った泥団子に本当に食らいついた。 そして当然、泣き声を上げて母親に助けを求めている。慌てた母親はひっつかむように我が子を抱き上げると、大急ぎで水飲み場に走っていく。 (世も末だな。だが、あの様子なら俺を見とがめる心配はなさそうだ) 君は内心ほくそ笑みながら、ゆっくりゆっくりと藪の方に近づいていく。藪の中に入れば、カメラを構えようと外からはまったく目にすることが出来ないだろう。だが、藪に隠れるまでの短い間、わずかだが見られる可能性がある。 5m…4m…3m…2,1…0! 最後はほとんど飛び込むように藪の中に君は身を伏せた。がさがさと思っていた以上に騒々しい音を草立てる。内心冷や汗をかきながら親子連れの方に目を向ける…。全員が全員とも、泥団子を食べた子供に意識を受けていて、君に気がついている様子はまったく見られない。 念のため、さらに数分間様子を見る…。 子供も大人も、君に気がついている様子は見られない。気がつかないふりをしているわけでもないようだ。 (よし…) ぷ〜〜ん、ぷ〜〜ん 無数の藪蚊が飛び回り、顔と言わず手と言わず、露出している部分全てを狙い撃ちするように刺してくる。いや、産卵を控えて飢えた蚊は、滅多に現れないご馳走を前に、羽音も激しく飛び回りながら服越しにだって飛びかかってくる。叫びだしたくなるのを必死に堪え、君は音を立てないように細心の注意を払いながらカメラをカバンから出し、マンションに冷たいレンズの目を向ける。 間近にマンションの様子が目に飛び込んできた。 こうしてみると、大きな建物だ。 階段を背中合わせにくっつけたような構造をしており、段の上には本物の木を植樹した庭まである。相当に金がかかっているだろう事は想像するまでもない。勿論、建物の構造から、庭をもてるのは一部の住人だけだろう。今も目標ではないが上品な服を着た初老の女性が、庭で木の手入れをしているのが見えた。上半身だけしか見えないが、顔の皺まではっきりわかるような気がする…。そうこうする内に老婆は姿を消した。部屋に戻ってたのだろう。好奇心から追うが、木々や落下防止の柵が邪魔して部屋の中はわからない。 (奴らの部屋が庭付きだった場合、監視しても余り情報は拾えないかも知れないな) ちょっと見ただけでそこまで分かった。 カメラと自分が同化したような、心沸き立つ一体感。たちまちの内に耳に響く羽音も、体の痒みも意識の外に消えた。久しく忘れていた感覚に、君は目標の姿を見つけてもいないのに体を震わせた。 (これだ…この感覚だ。今からでも遅くない…もう一度、試してみるべきか) いや、当初の目的通りに覗く。 |