【恋ってね! 十夜編  -02-】
 
……困ったことになった。
断らなきゃ。
断らなきゃ。
断らなきゃ!
……と思い続けて三ヶ月。俺と萩原は、まだ恋人同士として付き合い続けている……。
――俺ってば、超イイ加減……。優柔不断…。意気地なし…。
自分の性格の欠点を自覚し、俺は自己嫌悪に陥りどん底まで落ち込んだ。
「十夜、疲れてないか?」
「だ、大丈夫っ。まだちょっとしか歩いてないし……」
「喉、渇いていないか?」
「う。ま、まだそんなには」
「遠慮するなよ。喉、渇いているんだな。ちょっと待ってろ、買ってきてやる」
実際、俺の喉は渇いていた。萩原の俺に対する観察力は果てしなく鋭い。
しかし喉が渇いているのは自分なのに、わざわざ萩原を買いに行かせるのは気が引けるので、俺は慌てて萩原を引き止めた。
「いいよ、俺が自分で買いに行くから!」
「遠慮するなって言っただろ。すぐに買ってくる」
にこっと爽やかに微笑むと、萩原は軽やかな足取りで飲み物を買いに行ってしまった。運動神経に恵まれなかったとろくさい俺は、止めるタイミングを逸し、萩原の背中を呆然と見送ってしまった。
――うええええんっ。だから、俺になんか、そんなに優しくするな〜。
俺はちょっと泣きそうだった。萩原に優しくされればされるほど、罪悪感で胸が痛んで苦しかった。
萩原は、俺のことを恋人として大切に扱ってくれる。
だが、俺のほうは、未だに萩原との新しい関係に馴染めずにいた。
映画を一緒に見に行ったり、水族館に行ったり。していることは恋人同士になる前とさして変わらない。変わったのは、萩原の態度だ。萩原は俺をべたべたに甘やかす。あたかも、女王様とその下僕のごとく。
そしてときとして「優しいけど強引」という女子が好みそうな離れ業をやってのける萩原は間違いなくモテ男くんで、「なんで俺???」という疑問から逃れられないでした。
――萩原ぁ。お前、カッコイイ男なんだろ? 俺相手に召使みたいな真似、かっこ悪いと思わないのかよ。ファンがお前の姿を見たら泣くぞ〜。
なんだか、とても気疲れする。前まではそんなことはなかったのに。
萩原の隣が、一番安心できる場所だったのに。
今ではそれは、遠い過去のことのようだ……。
「はい、お待たせ。十夜、オレンジジュース、好きだったよな?」
確かに俺はオレンジジュースが好きだ。それも果汁百%オレンジジュースではなく、果汁五十%の『えっちゃん』という名の甘めのオレンジジュースが大好きだった。俺の好みをばっちり把握している萩原が購入してきてくれたのも、もちろんソレ。この気遣いに、嬉しいというより恐れ多くて涙が出そう。
「萩原、お金……」
「いいよ。気にするな」
俺はジュース代を払おうとするが、萩原は絶対に受け取らない。
いつもこうだ。
映画のチケット代や水族館の入場料に飲食代。デートのときにかかる費用は、すべて萩原が払っている。そのこともまた、俺の気持ちを重くさせる原因のうちの一つだ。
俺は『女』じゃないんだから、割り勘にして欲しいと何度も訴えた。そのたびに上手く萩原にかわされてしまう。
さらに、なにかと理由をつけては、萩原は俺にプレゼントをくれようとする。
先月は、俺が欲しがっていたブランドものの万年筆をくれた。
最初は自分で買おうと思って、その値段のあまりの高さに断念したという一品だ。俺が未練ありげに眺めていたのを、萩原は覚えていたのだろう。
当然、始めは遠慮した。高校生の小遣いで買える代物ではない。大学生になって、アルバイトできるようになったら買うぞ! と思っていたから、俺はよく値段を覚えていた。
「だ、だめだよ萩原。こんな高いもの受け取れないよ…!」と、俺が受け取らずに萩原に返そうとすると、窓から捨てると脅され、結局、強引に手に押し付けられた。
そして先週は、図書室で一度借りて気に入って、もう一度読みたくても予約がいっぱいでなかなか借りられなかった本をプレゼントされた。
萩原は俺の好みを本当に熟知している……。
この三ヶ月間、俺は萩原にいかに愛されているのかを思い知らされた。萩原は俺を喜ばすためなら手間も金も惜しまない。
そして何より、俺を見つめる萩原の蕩けるような眼差し。
恋人同士になった今、萩原は自分の想いを微塵も隠そうともせず、愛情をたっぷり湛えた瞳を俺に向けてくる。そんな萩原に、俺は自分の疚しい心を隠すようにぎこちなく微笑む。萩原の恋人でありながら、萩原を恋愛の対象として見ることの出来ない自分自身が後ろめたい。
だが、萩原は俺の内心など知らず、俺のひきつった笑いに嬉しそうに笑い返す。
そして言うのだ。
「十夜の恋人になれて嬉しい」と。
――……………………………………………………………………………………。
――…………………………………………………………………………言えない!
――……………………………俺が本当に好きなのは武藤だなんて、言えない!
だって。だってさ。やっぱ俺、萩原を悲しませたくなんかないよ。恋人という意味で愛せなくても、友達として萩原は、すごくすごく大切な存在なんだ。
高校に入ってからすぐ、仲良くなった。今では萩原は、俺の最も親しい友人だ。
俺って偽善者。
自分の気持ちを偽ったまま、萩原と付き合っていくことが卑怯なことだってことは分かっている。分かっているけど、自分から止めると言える勇気は俺にはなかった。
――萩原を悲しませたくないってだけじゃ、ないんだよね。萩原の優しさを失うのが、イヤなんだ。大切な友人を、失いたくないんだ。俺って本当にずるいヤツ! 萩原が与えてくれる愛情は重すぎるけど、でも、暖かくて、手放し難いんだ。俺から萩原に与えて上げられるものなんて何もないのに……。
恋人同士といいつつ、俺は萩原にキス一つ許してない。さんざん貢がせ尽くさせておいて、俺って最低? ……間違いなく、最低だよね……。
萩原のほうは、俺にキスもそれ以上のこともしたいと思っているのは明白だ。しかし、友人としか思えない相手と肉体的な関係を持つことに躊躇いのある俺は、そーゆー雰囲気になりそうになるたび、おちゃらけてその場を誤魔化してきた。俺の恥かしがりやな部分もカワイイと、萩原はいつも苦笑して許してくれる。萩原は俺に怒ったことなど一度もない。
――萩原、なんでそんなに俺に甘いんだよぉ……。
けど、このまま付き合い続けていくのなら、いつかはそーゆーこともするようになるのだろう。
その場合、やっぱり俺が女役?
萩原に組み敷かれる自分の姿を想像してみた。
――うっ。気色悪い……。
……たとえ萩原を傷つけても、やっぱり正直に自分の気持ちを話そう。萩原に抱かれるなんて無理だ。絶対絶対無理だ。想像しただけでイヤになった。
萩原のことは大事だ。だがそれはあくまでも友達として。武藤にはキスしたいって思ったよ。でもね、萩原にはそんな気にはなれないんだ。
このままじゃ、萩原の時間だって、無駄に使わせてしまうことになる。俺にかまけている間、もしかしたら、運命の相手と出会うチャンスだってあったかもしれないのに。俺の我侭につき合わせて、萩原が幸せを掴む機会を奪ったかもしれない……。
どうして俺、萩原のこと、恋人として好きになれないのかなあって思うよ。好きになれれば良かったんだけど。
言いたくない。
傷つけたくない。
萩原のことは、本当に大切な友人だと思っているから。
俺が本心を打ち明けることで、萩原と気まずくなりたくなかった。
……でも言わなきゃ!
これ以上、偽ることは出来ない。萩原を裏切れないと、俺は決意を固めたのだった。



自分の本当の気持ちを話して、なにがなんでも萩原と別れなくては! と思ったものの、なかなかきっかけが掴めず、あれからまた一ヶ月も経ってしまった……。
きっかけが掴めないってのは、言い訳なんだけどね……。チャンスなんて、その気になればいくらでも作れたはず。ただ萩原の悲しむ顔を見たくないという俺の気持ちが、行動に歯止めをかけていた。
しかし、今日こそは! と思って、俺は萩原に手紙を書いた。「話があるから、放課後、屋上に来てくれ」って。人目を盗み、こっそり机の中に隠した。
で、今、金網にもたれ掛かって、萩原を待っている最中なのだ。
屋上はちょっと寒かったけど、そんなには待たされないだろう。萩原はデートの待ち合わせのときも絶対に遅れたりしなかった。いつも俺より早く待ち合わせ場所に着いていた。俺だって、5分前には待ち合わせの場所に着いているから、萩原はそれ以上早いってことになる。
――ほら、思ったとおり、萩原がやってきた。俺を待たせたら悪いって思ったんだろうね。階段を駆け足で上がってきたため、額から大量の汗を流し、呼吸も荒い。……うう。萩原、俺、今からお前にひどいこと言うんだぜ? そんなふうに、俺の姿を見つけて、嬉しそうな顔をするなよ……。
俺は早くも、萩原を呼び出したことを悔やんでいた。
これから自分が言おうとしている言葉で、二人の関係がどのように変わってしまうのか……考えるのも恐ろしくて、俺の足は情けないことに震えていた。
「話って、なんだ? どうしたんだ? 十夜」
萩原は不思議そうに、俺の顔を覗き込んだ。
そりゃそうだ。萩原と俺は、毎日のように一緒に帰っている。萩原はバイトをしているから放課後は別々のことが多いが、週末もしょっちゅう会ってるし、学校でもずっと行動をともにしている。わざわざ話があるなんて、屋上まで呼び出す必要なんてこれっぽっちもない。
だから、俺はあえて萩原を呼び出した。いかにも「話があります」的雰囲気を作り出し、尻込みしようとする自分の心を叱咤するために……。
「あの、さ。すごく言い辛いんだけど……」
「なんだ?」
「俺と……。俺と、別れて欲しいんだ!」
「…………!」
「ごめん。本当にゴメン! でも、別れて!! 俺、もう、無理だから!!!」
 緊張で咽喉はからからに渇き、頭がひどく痛んだ。こんな言葉、言いたくなかった。けれど仕方ないことなのだ。卑怯な俺は、萩原の目を見ないで灰色のコンクリートの床をじっと睨み、叩きつけるような口調で言った。そして一気に言いたいことだけ言うと、さっさと屋上から逃げ出そうとした。
――ごめん、萩原! 傷つけたよね? でも俺、これ以上お前に嘘をつくなんて出来ないんだ!
萩原はきっと明日から、今までみたいな優しさを、俺にはもうくれないだろう。
嫌われるかもしれない。
憎まれるかもしれない。
俺は大切な友人を一人失ってしまった。そのことを思うと、悲しくて仕方がなかった。涙が出そうだ。でも、俺に泣く権利なんかない。元はといえば、優柔不断の俺の性格がいけないのだ。
「…………?」
――………………。
――………………。
――……あ、あれ?
颯爽と屋上から去るつもりだったのだが、気がつけば俺はコンクリートの上に寝転がされていた。腰の辺りに何かがへばりついている。
萩原だ。
俺は萩原にタックルされたのだ。
「は、萩原……」
「頼む、十夜。俺と別れるなんて言葉、取り消してくれ!」
「萩原……」
 俺は、驚いた。
萩原は、泣いていた。
俺の体にすがり付き、肩を震わせ涙を流していた。
「言ってくれ、十夜。俺のどこが嫌になった? 俺のどこが嫌いになった? 悪いところはすべて直す。だから、別れないでくれ!」
「……!」
懇願する萩原の姿は、女々しくて情けなかった。そして最高に格好悪かった。
けど我武者羅に俺にすがり付いてくる姿に、俺はバカみたいに感動してしまった。
なんだか目の奥が熱くなった。
萩原は、俺のことが好きなのだ。
プライドも何もかも投げ打ってもかまわないほど、俺のことが欲しくてたまらないのだ。
俺が思う以上に萩原は俺のことを、心底想ってくれているのだ……。
「好きだ、十夜。好きだ、好きだ、好きだ!! 愛してるんだ、十夜。何でもする。俺に出来ることなら何でも! だから、頼むから、傍にいてくれ……。傍にいてくれるだけでいい。それだけでいいから……」
「萩原……」
 別れるつもりなら、ここで俺は、萩原を突き飛ばさなければならなかった。
 ここで萩原を受け入れたら、もう後戻りは出来ないだろう。
 今まではただ流されてきただけだった。けれど、今ここで萩原を拒めないのなら……それは、俺が萩原を『選んだ』ということになる。今度こそ自分の意思で、萩原の『恋人』になるということになる。唯一のパートナーとして、萩原を認めることになる。
……分かって、いるのに。
俺は、萩原を突き放せなかった。
泣きながら俺の体をきつく抱きしめる萩原の姿は、迷子の子供のように弱弱しく頼りなかった。
俺は武藤が好きだった。だが、武藤のために、俺は自分のプライドを捨てることなど出来なかった。俺は最後まで、武藤の前で「いい先輩」の仮面を脱ぎ捨てることが出来なかった。きっと俺は、萩原ほど真剣に「恋」をしてはいなかったのだ。
――だめだ。俺には、萩原を見捨てることなんて出来ない……!!
「……ごめん。嘘だよ。別れるなんて嘘だよ……」
「十夜」
「ごめん、ね。泣かないで。俺は萩原と別れたりなんかしないから」
「十夜、本当か? 本当に俺と別れない?」
「うん。驚かせてごめんね。もう二度と、言わないから……」
俺は安心させるように、萩原に向かって微笑んで見せた。萩原の零れる涙を指先で拭ってやる。
――こら。そんな情けない顔するな。いい男が台無しだぞ?
「十夜、愛してる。俺の命よりも、お前が大切なんだ……。愛してる、愛してる……」
萩原は熱っぽい声で囁きながら、俺の唇に唇を重ねた。魂ごと奪われてしまいそうな、深くて激しい口付けだった。
俺は逆らわなかった。萩原の首に腕を回して萩原の激情を受け止めた。屋上で寝転がり抱き合いながら、長いこと俺たちは口付けをかわしていた。
押し付けられた腰に萩原の固い欲望を感じる。そのうち俺は、萩原に抱かれるだろう。
――ばいばい、武藤。
俺は静かに自分の初恋に別れを告げた。
仕方ない。
だって俺には、萩原を切り捨てることなど出来なかったのだから……。




俺が別れを切り出したあの日以来、萩原は不安そうな顔をするようになった。俺のせいだ。俺が付けた傷のせいだ。
別れなくて良かったと思った。もしあのとき、あのまま萩原を見捨てていたら、萩原はきっと壊れていた。粉々に砕け散っていた。
萩原の俺に対する執着は、正直、怖い。おそらく萩原は、今まで狂気のような恋情を必死で押し隠してきたのだろう。だから俺は気がつかなかった。もっともそれは、俺が鈍いからっていうのもあるんだろうけど。
――息が、苦しい……。
ねっとりと絡みつく萩原からの視線に、俺は息苦しさを覚える。萩原は最近、バイトを減らした。俺と一緒にいる時間を増やすためだ。
萩原は怯えている。
再び俺が別れを切り出すことを。
萩原は疑ってる。
再び俺が裏切ることを。
苦痛の色を浮べた萩原の瞳に、俺は自分の罪を自覚せざるを得ない。
「はあああああっ」
「ありゃ。宮城先輩、おっきな溜息ですね。悩み事ですか?」
武藤が心配そうな眼差しを俺に向けた。今日は週に一度の図書当番の日だ。一週間のうちで唯一の憩いの時間。
――このごろ萩原のヤツ、ずっと俺にベッタリだもんな。正直、疲れる……。
昨日の夜も萩原から電話があったんだけど、一回目に掛かってきたとき、丁度おフロに入っていたもんだから出損ねちゃって。そしたら、なんで電話に出なかったんだと詰問されちゃったんだ。最後は納得して疑ったことを謝ってくれたけど。
だから俺、このごろは長風呂しないように気をつけてる。お風呂、大好きなんだけどな……。
「……う〜ん。ちょっと、ね……」
嫉妬深いカレシに困ってますなんて、正直に言えるはずもないので、俺はごまかすように笑った。
「萩原先輩ですか?」
――ぎっくーんっ!!
あっさりと図星をつかれて、俺は動揺した。
「な、な、な、なんで……」
「なんでって、なんとなくですけど。上手くいってないんですか? 俺で良かったら相談に乗りますけど……」
う〜ん。ここで後輩に頼って相談するのもどうかなあ? とくに武藤はかつての俺の片想いの相手で、なおかつ萩原が振った相手っていう複雑な事情があるしな。
逆に言えばだからこそ、男同士で付き合っている俺たちのことを相談できるのかもしれない……。
「……あの、俺じゃあ頼りないですか?」
俺が迷って返事を躊躇っていると、武藤はおずおずとした口調で言った。
――うっ。カワイイ武藤に、悲しそうな顔をさせてしまった……。
俺は思わず、武藤の頭を撫でてしまった。柔らかい髪の感触。萩原のつんつんした、男らしい硬い髪の感触とはまるっきり違う。以前はこの髪に、どれほど触れてみたいと思っていただろう? あのときだったら、きっと手なんか情けなく震えちゃったりしただろうな〜。
でも、今はそんなことはない。もう自分の中の武藤への恋心が、完全に決着がついていることを俺は感じていた。
今はただ、可愛い後輩としか思えない。
武藤の反応の一つ一つにうろたえていた頃が、今となっては懐かしい。
「あ、あの……。宮城先輩……?」
俺にわしわしと髪を撫でられながら、武藤は困ったような声を出した。
子供のように頭を撫でられ、その手を振り払いたい気持ちはやまやまだが、先輩相手に無礼な真似も出来ずに困惑しているのだろう。武藤は礼儀正しい後輩なのだ。これ以上、困らせるのも可哀相で、名残惜しかったが俺は撫でていた手を降ろした。
「そうだねぇ。悩み事、聞いてもらおうかな」
 俺の言葉に、武藤は嬉しそうににこっと笑った。
図書室の戸締りをしてから、『W‐MARY』へと向かった。以前、武藤の悩みを聞くために寄った喫茶店だ。
注文したホットコーヒーが目の前に来てから、俺は話を切り出した。
「萩原は、俺のどこが好きなんだろう」
「……」
溜息交じりの俺の言葉に、武藤は驚いた顔をした。大きな目をさらに大きく見開いて、俺の顔をじっと見つめている。
いきなりこんなことを言われてもわけが分からなかっただろうと、俺は慌てて言葉を補足した。
「いや、ほら。ここんとこ萩原のやつ、俺にべったりでさ。大切にしてくれているってのは分かるんだけど、俺なんかのどこがいいのかなあって……」
あ。なんか自分で言ってて、だんだんと不安になってきたぞ。
――そうだよ! どうして萩原って、あんなに俺のことが好きなわけ?? 萩原ほどの男が、なんだって俺なんかにあんなにも夢中なんだよ???
「……どうして俺なんかを、萩原は好きなのかな……」
このとき俺は、ひじょ〜に情けない顔をしていたんだと思う。向かい側に座っていた武藤に、頭を撫でられてしまった。さっきとは逆の立場。俺ってば先輩なのに……。
「宮城先輩って……自分のこと、あんまりよく分かってないですよね」
「……え?」
「宮城先輩、自分がキレイだっていう自覚あります?」
「……は?」
今、妙なことを聞いた気がするぞ?
キレイ? 俺って男だよ?? キレイって変な形容詞じゃない?? いや、俺も、男の武藤相手に可愛いって形容詞、使っちゃうけどね。
「俺……キレイ??」
「やっぱり……自覚なかったんですね……」
武藤は深々と溜息をついた。
「キレイだし優しいし、俺、宮城先輩を初めて見たとき、天使かと思いました」
「て、天使って、大げさな……」
俺は大笑いしてしまった。
――天使って、そんなにお手軽な存在じゃないと思うけど??
「大げさじゃありません! 誰に対しても分け隔てなく優しいから、一年生からは慕われてるし。三年の先輩からの受けはいいし、もちろん二年の先輩からも好かれているし。いつもにこにこ笑っているし、頭はいいし、美人だし。先輩、自分がどれだけ人気者なのか、ほんとーに分かってないでしょ?」
「人気者って……」
「学園祭のとき、宮城先輩、シンデレラ役しましたよね」
「う、うん……」
たしかに、した。
クラスの女子に嬉々として女装させられました。超派手派手なドレスを着せられ、ばっちり化粧をさせられてさ。あのときは恥ずかしかった……。恥ずかしがってばかりいてもしょーがないんで、最後のほうはノリノリで演じていましたが。
ちなみに王子様役を演じたのは萩原。女子、狂喜してたよなー。たしかに萩原の正装した格好、恋人の欲目ってワケじゃないけどよく似合っててカッコよかった。学園祭終わったあと、女の子からの告白ラッシュがあったんだよね。もちろん、萩原、ぜーんぶ断ってたけど。
「……そのときの写真、写真部歴代NO2の売り上げ記録を達成したそうです」
「NO1は武藤?」
武藤も俺と同じく、学園祭では女装させられていた。カワイイ赤頭巾ちゃんの役だ。そのときの武藤の姿、ちょーカワイクて、実は俺も写真を購入してしまった。てへ。
生徒手帳にコッソリしのばせ、たまに一人で堪能している。これって内緒の話ね。
「なーに言ってるんですか。NO1は萩原先輩! 学園祭のときの萩原先輩すっげーカッコよかった……。俺、実は写真、購入しちゃいました……」
あのときの萩原の姿を思い出しているのか、武藤はちょっとイっちゃってる目をして、うっとりとした口調で言った。
「武藤……。お前まだ、萩原のこと好きなの?」
「違います! 俺、そんなに未練がましくないですから!」
武藤はむっとした顔をした。
「ご、ごめん……」
俺があわてて謝罪すると、武藤は眉間のしわを緩めた。
「俺がきっぱり萩原先輩のこと諦めることが出来たの、萩原先輩の相手が、宮城先輩だからっていうのもあると思うんですけどね」
「俺だから?」
「そうです。我が南高校のマドンナには敵いませんから」
「マドンナって……。俺、男……」
「関係ないです。宮城先輩には、性別を意識させないような中性的な魅力があるんです」
「そ、そうかな……」
「そうです! 萩原先輩と宮城先輩、文句なしにお似合いなんですから、二人で迷いなく幸せになっちゃってください!」
「お似合いって……。俺たち、男同士なんだけど……」
「帝王・萩原と、天使・宮城に正面きって『ホモ』なんて言える豪胆な人間は、南高校には存在しないんで気にしないでいいですよ!」
 武藤は熱く力説した。
「……はあ……」
萩原が影で南高校の帝王と囁かれているのは知っていたが……。そうか、俺って天使ちゃんだったのか……。リングネームっぽくって、ちょっとアホっぽい……。
武藤に相談したことによって、いろいろ新事実が発覚してしまった。もともとの悩み事はこれっぽっちも解決していないんだけど、まあいいか。
所詮悩み事なんて、自分で解決しなきゃいけないわけだしね。話し聞いてもらえただけで、なんかちょっとすっきりした。
武藤と別れて家に帰ってから、俺は速攻で着替えて外出することにした。向かう先は萩原のバイト先。なんとなく唐突に、萩原の顔を見たくなったのだ。
思えば俺たちの関係というのは、萩原の一方的な努力によって保たれていた。それも萩原のストレスの原因の一つになっているんじゃないだろうか?
人間関係というのは、相互の努力によって保たれてしかるべきものだ。それなのに、自分の本意で始まった関係ではないとはいえ、俺は今までまったく努力をしなかった。でもそういうのって、公平じゃないって思うんだ。
恋愛感情として好きかどうかは分からない。けど、俺は萩原が大切だ。大切だと思うのなら、それをちゃんと態度に示さないとって思うし、恋人として俺もきちんと努力をするべきだ。
逃げることばかりを考えていたけれど、俺はもう、覚悟を決めた。
屋上で萩原からの口付けを受けながら、俺は絶対に萩原を見捨てないってそう決心したんだから。あのときの気持ちを、俺は忘れちゃいけないんだ。
 
 
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