「こんにちは。お邪魔します」
「武藤様、昨日はどうもありがとうございました」 佐東さんはにこにこ笑いながら俺にお礼を言った。俺が東雲にしていることを知ったら、とても礼なんて言えないだろうけど。 「佐東さん、おやつとお茶が欲しくなったら、いつもみたいに内線電話で連絡するからね」 東雲は確認するように佐東さんに言った。ヤバイところに踏み込まれたらまずいので、用心しているのだ。 実際に一度、東雲が俺の上に乗って腰を動かしていたときにドアをノックされてびびった。あのときは一気に血の気が引き、瞬時に萎えた。部屋に鍵を掛けているから、最悪の事態は避けられたけど……。 「飛鳥様、お茶をお持ちしました」 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってて! ドア、開けないで!!」 東雲は慌てて叫んだ。 俺たちは体を離し、出来る限りの速さで服を身に付けベッドを整えた。 東雲はドアを半開きにして佐東さんからお盆を受け取った。 「あの、武藤。佐東さんの手作りのケーキなんだけど……。す、すごくおいしいんだけど……」 「ふうん。でも俺、もう帰るから」 いいところを邪魔されて不機嫌だった俺は、東雲を傷つけると知りつつ冷ややかに言い捨てた。 ……あのときも東雲、泣きそうな顔、してたよな……。 自分が過去に行った東雲への酷い仕打ちを思い出してしまい、俺は自己嫌悪に陥った。 前は東雲のことを性欲処理の道具としか考えていなかったから、扱いも杜撰(ずさん)だった。用があるのは『穴』だけで、東雲の人格なんて無視していた。 「どうしたの?」 先に服を脱いでベッドに上がっていた東雲は、不思議そうな顔で俺を見上げた。少しだけ不安の混じった目をして小首を傾(かし)げる。 ……可愛い。 俺は一瞬見とれ、そんな自分に慌てた。 「なんでもないよ」 二・三度強く瞬きして動揺を押し隠し、俺は服を脱いだ。全て脱ぎ終えてから東雲にのしかかる。 「あっ……」 体を重ね合わせ耳たぶをやんわり噛むと、東雲は甘い悲鳴を上げた。東雲の声と表情に煽られたが、俺は必死ではやる気持ちを抑えた。 今日は最初から東雲を優しく抱いてやりたかった。今まで酷くしたことを償うように。 俺は唇と手を使って、隅々まで東雲の体を愛撫した。 「やっ……。武藤、今日、なんで? こんな……」 東雲は顔を朱に染め、潤んだ目で俺を見上げた。感じているのだろう。恐ろしく艶やかな表情だ。 もっと感じさせたくなって、俺は東雲の中心を口に含んだ。 「はぁっ……。あああああ……!」 あられもない声をあげて、東雲は仰け反った。 もっと乱れさせたくて、俺は丹念に東雲のモノを舐め、指で弄った。 東雲の形を確かめるように舌を沿わせ、口に含んでキャンディーのようにしゃぶる。 俺の望みどおり、東雲は思う存分善がって可愛く啼いてくれた。 「はあんっ……もう……イクぅ……!」 東雲は腰を軽く突き出し、体を震わせながら俺の口中に放出した。 俺はそれを飲み下した。東雲の出したものを飲むのは二度目だ。だんだんとコツが分かってきた気がした。 精を吐き出しぐったりとした東雲の体を、俺はうつ伏せにした。そしてゆるく足を広げさせ、白く形のよい尻の谷間に舌を這わせた。 「や、やだ! そんなとこ、汚い……!」 俺が後ろの穴を舐めようとすると、東雲は身を捩って嫌がった。逃げようとする東雲の腰を、俺は片手で押さえつけた。 「逃げないで。東雲、俺の言うことならなんでも聞くんでしょ?」 卑怯な言い方だということは分かっていた。こうなるともう東雲は俺に逆らえない。 「ふっ……くっ……」 東雲は羞恥で染まった顔を枕に埋めた。俺は東雲が大人しくなったのをいいことに、東雲の後ろをじっくりと解(ほぐ)し始めた。 舌先できゅっと窄(すぼ)まった部分をつつく。 固い蕾は何度もノックするうちに、ようやくわずかに綻び始める。 俺は自分の指を自分の唾液でたっぷりと濡らし、人差し指だけ差し入れてみた。最初こそ抵抗があったものの、異物を受け入れることに慣れているソコは、俺の指をずぶずぶと飲み込み始めた。痛い思いをしないように、挿入時に緩める方法を体が覚えているのだろう。 生唾モノの淫らな光景だ。俺の一部が東雲の内部に入っていく。 「ああんっ……」 内部で指をぐりぐりと動かすと、東雲は尻をゆるく振った。俺は指の本数を増やしながら、東雲の前に触れた。東雲のモノは再び元気になり先っぽから液をだらだらと零していた。 むずむずと腰を動かし肩越しに俺のほうを振り向いて、もの言いたげな顔をしている。指だけの刺激では物足りないのだろう。 俺は指を引き抜き、代わりに舌先を捻じ込ませた。俺のモノを入れるには、湿り具合が足りないように思ったからだ。指を使って穴を広げ、たっぷりと唾液を送り込む。 「……武藤……意地悪しないで……」 我慢し切れなくなった東雲は、泣きながら俺に挿入をねだった。焦らすつもりのなかった俺は、東雲の後ろが十分ほぐれたところで自分のモノを後ろにあてがった。 そしてゆっくり東雲の中に体を沈めた。 「はぅうんっ……あああんっ……」 俺がちょっと入れただけで東雲はイってしまった。イってからも東雲は、体を悦びに震わせ、俺のモノをおいしそうに咥えた。 「あんっ……イイ……」 東雲は満足そうな吐息を付いた。だが、この程度でまだ満足して欲しくない。俺は東雲が感じる部分を狙って、東雲の中を先端で容赦なく刺激した。 今日は東雲のためだけに俺は動いた。 東雲を喘がせることに専念した。 「ひぃんっ……やぁっ……。もう、死んじゃう……」 東雲がたっぷりと精をシーツの上に吐き出したところで俺は自分の欲望を果たすことを自分に許した。 行為が終わった後、東雲はまだ快楽の余韻が強く残る表情でぽーっとしていた。 「東雲、大丈夫?」 「ん。大丈夫……」 東雲は気だるいようすで体を起こした。 ……あまり大丈夫じゃないみたいだ。 「ほんとに平気? 俺、無理させちゃった?」 東雲に気持ちよくなって貰いたくて頑張ったつもりだったけど、あまり成功しなかったんだろうか? 最中ではいっぱい声を出してくれていたけど……。 「へーき。その……感じすぎちゃって……。死にそうなほど気持ちよくて……驚いちゃった」 「気持ちよかった?」 「うん。なんか、気持ちよくてわけわかんなくなっちゃって、恥ずかしい……」 東雲は羞恥に頬を染め、視線を床に落とした。そんな東雲が可愛くて、俺は東雲の体をきゅっと抱きしめた。俺も東雲も、まだ裸のままだった。 ……こういう雰囲気を、恋人って言うのかな……。 俺は情事の後の、甘ったるい空気に酔っていた。 「あ、あの、スゴク気持ちよかったんだけど……」 俺の腕の中で東雲は、不安そうに顔を曇らせていた。 「なに?」 寛大な気分になっていた俺は、今だったら東雲にいくらでも優しくして上げられそうだった。俺は東雲の躊躇いを払拭するように微笑みかけ、東雲の唇に触れるだけのキスをした。 「あの、さあ……」 「どうしたの?」 「……あの、ひょっとして武藤……あの人とも……シたの……?」 「……………………………………え?」 ……シたって……。セックス? あの人? 誰のことだ?? 「だから……昨日も……仲良さそうだったし……。ふ、二人で映画見に行ったときも……あの人が他の人と歩いているのを見て……不機嫌そうな顔してたし……。俺、知らなかった……。武藤、『天使』と一緒に、図書委員の仕事してるなんて……」 ……もしかして東雲は、俺が浮気したとでも思ってる? 俺が宮城先輩と寝たとでも? 優しい気分は吹っ飛んだ。 あらぬ疑いをかける東雲に、俺は冷ややかな目を向けた。 自分の心がぱきぱきに凍り付いて氷点以下になっているのが分かった。 「……ふうん。俺が宮城先輩のことを好きなように見える?」 俺の顔は笑っていたが、声は冷たかった。それに気がついた東雲は、怯えた表情で涙を零した。 「や、や、やっぱりそうなんだ……。だって急に……ヤり方が優しくなったし……。ま、前に武藤が言ってた、好きな人って……あの人なんだ……」 哀しそうな顔で東雲はぽろぽろと涙を零した。 「宮城先輩、『天使』って呼ばれるだけあって、すごい美人だもんね」 にっこり笑って俺は追い討ちをかけた。 俺を疑った東雲が、少しだけ憎らしかった。 「うっ……。つ、付き合ってるの? あの人も武藤のこと、好きなの? あの人とは何回寝たの? 俺のこと……俺のこと、邪魔だと思ってる……?」 ……バカかこいつは。 俺は東雲の様子が昨日おかしかった理由を理解した。 妬いていたのだ。 俺と宮城先輩との仲を。 なんて見当違いの嫉妬。 俺が好きだったのは萩原先輩だし、映画を見に行ったときも、俺以外の人間に優しそうに微笑む萩原先輩の姿に動揺したんだ。 第一、宮城先輩が俺のことなんて相手にするはずがない。宮城先輩には萩原先輩がいるのだから。 ……バカだ。こいつは。 俺はもう一度、心の中で罵倒した。 ……でも、バカだけど。……バカだけど、可愛いんだよね。 最初はこいつのことが嫌いだった。 抱いてからはこいつの体にはまったけど、愛情なんてなかった。 だけどこの必死さに心が動かされた。 この激情に引き摺られた。 ……いいよ。いい加減、認めてやるよ。 俺は諦めの気持ちで思った。 仕方ない、と思う。 だって胸の奥からこみ上げてくる愛しいという感情は、同情なんかじゃないって気がついてしまった。他の人間と寝たことを疑う東雲はどつきたくなるぐらい憎たらしいけど、それでも可愛いって思っちゃう。 バカでムカツクけど愛しい。 抱きしめたいと思う。 慰めたいと思う。 これって同情とは全然違う。そういう慈悲深い感情とはこれっぽっちも似てないよ。同情している相手をどつきたいなんて、普通は思わないもんね。 だから、認めてやる。 武藤渚は、東雲飛鳥が、好きだって。 誤解して嫉妬して不安がって泣く東雲は鬱陶しい。鬱陶しいけど、同時にキスしたくなるほど可愛いって思うんだ。 ……これってさ。『恋』だよな……。 長い間さんざん迷っていた答えが、今、見えた。 「……東雲、俺が今、誰が好きだか分かる?」 「え? そ、それは……」 ……あ〜あ。こいつ、絶対自分のことだって分かってないよ。今までの俺の態度にも責任あるんだけどさ。 東雲は哀しそうな顔で俯いた。 俺と宮城先輩との仲を疑った東雲を、もうちょっと苛めてやりたい気もするけど。これ以上、哀しい顔をさせるのも可哀相かな? 「東雲だよ」 「……え?」 「俺が好きなのは、東雲飛鳥」 「……え?」 東雲はぽかんとした顔をしていた。俺が言った言葉の意味を理解していないようだった。 「え? だって……。え?」 信じられないというようすで、東雲は目をぱちくりさせた。 「…………うそ」 「うそじゃない。好きだよ」 「〜〜〜〜〜っ」 東雲は泣いた。泣いて、笑った。 でもまだ少し不安そうだった。 「し、信じて、いいの?」 なかなか俺の言葉を信じようとしない東雲に焦れて、「信じられないなら勝手にすれば?」というセリフがでかかったが、それを言ったらまたこじれそうな気がして言葉を飲み込んだ。 「……信じて。今日から、俺の恋人になって」 「うん。なる。なるなる」 東雲はぼろぼろと涙を零し、何度も首を縦に振った。 「ふえええええんっ。嬉しいよ〜。だって俺、ずっとずっと好きだったんだもん。ずっと武藤のことが好きだったんだもん……」 「はいはい。そんなに泣かないの」 俺は東雲の体を強く抱きしめ、東雲が落ち着くように背中を撫でた。 「うええんっ。う、嬉しい、嬉しい、嬉しいよぅ……。ふええーんっ……」 ……いい加減泣き止めよ、鬱陶しい……。 と、内心でちょっと思ったが、やっぱり俺は何も言わなかった。世の中、黙っていたほうが上手くいくことも多い。 東雲が落ち着くまでそのままの体勢でいた。 何度も体を重ねた末に、俺たちはようやく、本当の恋人同士になったのだった。 放課後、俺は慌しく廊下を歩いていた。 今日は合気道の稽古がある日だ。 授業が終わったらすぐに帰るはずだったのに、今日が返却期限の本を返し忘れていたため、慌てて図書室に寄る羽目になった。明日にしようかとも思ったけど、図書委員自ら返却のルールを破ることに抵抗があった。 腕時計を見ると、まだ時間に余裕があった。家に帰って荷物を置いて、軽く食べてから出かけても大丈夫そうだ。道場は家の近くにあった。 いつもは一緒に帰っているけど、東雲は井ヶ田や真野たちとカラオケに行くとかで、今日は珍しく別行動だった。 ちょっと寂しい気もしたが、俺以外の交友関係も大切にして欲しいので仕方がない。 「うわっ」 時間を確認していて前を見ていなかったら、人にぶつかってしまった。 俺は大丈夫だったが俺と衝突した人は、衝撃で廊下に倒れてしまった。 「すみません。大丈夫でしたか?」 俺は焦った。手を差し出し、立つのを手伝おうとした。 「俺のほうこそぼんやりしてて……って、あれ? 武藤?」 「え? 宮城先輩? 先輩も今から帰るとこなんですか? だったら、駅まで……み、宮城先輩?」 俺は驚いた。 顔を上げた宮城先輩は、目からはらはらと美しい涙を零していた。 『天使』の可憐な泣き顔に、俺は激しく動揺した。 「どうしたんですか、先輩!?」 俺とぶつかったときに、どこか怪我でもしてしまったのだろうか? 俺は心配になった。 宮城先輩は怪我はしていないと首をゆるく横に振った。俺の手を借りて、宮城先輩はのろのろと立ち上がる。 宮城先輩のほうが身長が高いので、そうすると俺は見下ろしていた宮城先輩の顔を今度は見上げる形になる。 「武藤、俺、萩原に振られるかもしれない……」 宮城先輩は泣きながら、到底信じがたいことを口にした。 ……まさか。萩原先輩が? ……ありえない。萩原先輩は、あんなに宮城先輩のことを大切に想っているのに……。 だが宮城先輩のようすは深刻で、とても冗談や嘘を言っているようには見えなかった。宮城先輩の悲しみや苦しみを訴える涙は本物で、俺まで胸が痛くなるような気がした。 「うっ…ううっ……」 いつも落ち着いていて大人っぽい宮城先輩が無防備で泣く姿は、俺の庇護欲を刺激した。先輩相手に失礼かなとは思ったけれど、俺は宮城先輩の頭を慰めるように撫でた。 東雲がしょっちゅうぴーぴー泣くもんだから、泣いている相手の対処方法が自然と身に付いてしまった。 「喫茶店、行きましょうか。相談に乗りますよ」 これはゆっくり事情を聞いたほうが良さそうだ。宮城先輩からは何度か相談を持ちかけられたけど、今度のこれは今までよりもっと深刻みたいだ。 いつもお世話になっている宮城先輩に、少しでも恩返しできればと思う。俺は今日、道場に行くことをすっぱり諦めることにした。こんな状態の宮城先輩を、放っておくことなんてできない。 宮城先輩は俺に頭を撫でられながら、こくりと小さく首を縦に振った。 「で、振られるかもしれないって、どういうことですか?」 宮城先輩が泣き止むのを待ってから、俺は話を切り出した。 場所は駅前の『B-ALICE』。いつもの店だ。うちの生徒は来ないから安心して話が出来る。 なにせ『天使』の宮城先輩は目立つし人気者なので、うっかりファーストフード店に入ろうものなら、気がつけばうちの生徒たちにぐるりと周りの席を占められかねない。そうすると話だって丸聞こえだろう。それは避けたい。 恋愛の相談事なんて、そう多くの人間に聞かれていい話じゃない。 「……最近、萩原の態度が冷たい気がして……。今日、話があるって言われて、多分それ、別れ話だったと思うんだけど、俺、逃げてきちゃった……」 俺は眉間に皺を寄せて悩んでしまった。 ……萩原先輩が、冷たい、ねぇ……。 とても信じられない。つい数週間前までは、はたから見ていて恥ずかしいぐらい、宮城先輩と萩原先輩は仲が良かったのだ。 宮城先輩を見つめる萩原先輩の瞳には愛情が満ちていて、宮城先輩もそんな萩原先輩に、目一杯の笑顔で答えていた。二人が寄り添う姿は一枚の絵のようにさまになり、誰もが二人の間に割り込むことなど出来ないと思っていた。 この完璧な構図を崩したくない。二人は共にいることが正しいのだ。 そう感じていたのは俺だけではないはずだ。 出会うべくして出会った二人。男同士であっても二人が恋愛関係にあることは、ごく自然なことのように思えた。 ……なのに、別れ話? 信じられないな。 情報の少なさに判断しかねて、俺はもうちょっとつっこんだ質問をすることにした。 「あの、言い辛いかもしれませんけど、アッチのほうはどうです?」 「……アッチ?」 宮城先輩はきょとんとした顔をした。俺の言葉の意味を本気で理解できていないようだった。わざとぼかして言ったのだが、それでは宮城先輩に通じなかったようだ。頭がいいくせに、宮城先輩は妙なところで鈍感だ。純粋な人だから、すぐにソッチのほうには頭が回らないってことかもしれないけれど。 「セックスですよ」 「セっ…………!!」 俺がはっきりとその単語を口にすると、宮城先輩は顔を真赤にした。 本当に宮城先輩は純情だ。 俺は宮城先輩の動揺を無視して話を続けた。 「どうです? ちゃんと、その、最近、しました? そのときの様子は?」 「し、し、し、し、し、し、してない! 俺は、萩原とは、一回もしてない!!」 …………一回も……していない? 俺は思わずまじまじと、宮城先輩の顔を見つめてしまった。 付き合って半年近く経つ萩原先輩と宮城先輩が、いまだ肌を合わせたことがないという事実に俺は驚いた。 俺はにわかには信じられなかった。 「先輩たち……付き合って、半年近く経ちますよね?」 「うん……」 「しかもその間、夏休み、挟んでましたよね。……なんでしてないんです?」 夏休みといえば俺と東雲は、毎日のように体を繋げていた。 「な、な、なんでって……そ、その、俺がなかなか決心つかなくて……。でも、クリスマス・イブに……約束していて……」 宮城先輩は頬を染め、しどろもどろな口調で答えた。 「……萩原先輩って、本当に宮城先輩のこと大切にしているんですね」 これほど綺麗な人と恋人同士になって、半年経っても手を出さずにいるなんて、萩原先輩の自制心は鉄のごとくだ。よほど宮城先輩のことを大切に思っているのだろう。 「男同士の関係って、けっこう即物的なところがあるでしょう? それなのに付き合ってから半年も経つのに手を出さないなんて、萩原先輩ってスゴイ忍耐力。俺、マジで尊敬しちゃいます」 さすが萩原先輩。俺が一時でも惚れただけのことはある。 萩原先輩は宮城先輩のことを、宝物のように大切にしているんだ。 それに比べて……。 俺と東雲との関係の始まりは、俺が東雲を強姦したことだった。ずいぶんな違いである。 自分と萩原先輩との格の違いを見せ付けられたような気がして、俺の気持ちは沈んだ。 俺は改めて、東雲の『初めて』をあんな形で奪ったことを後悔した。体から付き合いを始めたことを、悔やんでいた。 「男同士の関係って言われても、俺が付き合ったことがあるのって萩原だけだからよく分からないよ……」 宮城先輩は困ったような口調で言った。 「俺も今のカレシ以外とは、付き合ったことありませんけど」 「ええっ!? 武藤、付き合っているヤツがいるの???」 ぽろりと出た俺の言葉に宮城先輩は驚き、目を大きく見開いた。 「え。いつから? 俺、知らなかった。いつから付き合ってるの?」 「先輩たちと同じぐらいの時期です。……実は俺、萩原先輩に振られてヤケになってたとこがあって。で、そのころちょうど、俺、あいつに襲われて……。俺たち体から入った関係なんです。先輩、軽蔑します?」 こんなことまで話す必要はなかったけど、俺は懺悔したかった。 萩原先輩にそれこそ真綿にくるむように大切にされている宮城先輩を見ていると、自分がいかに東雲のことを酷く扱っていたかがクローズアップされてくる。 俺は最低だ。 最低の男だ。 東雲に対して、どうしてあんなに酷いことが出来たんだろう。 今は、大事にしているつもりだ。 恋人として、大切にしているつもりだ。 それでも東雲を傷つけた過去は消えないんだ。 俺が自己嫌悪で落ち込んでいると、宮城先輩は慈愛の笑みを浮べた。 宮城先輩の微笑みに、俺は救われたような気がした。 宮城先輩の相談に乗るつもりだったのに、逆に俺のほうこそ相談に乗ってもらっていた。 「軽蔑なんて、しないよ。きっかけは別になんだっていいと思うよ。今が幸せならさ」 「宮城先輩ならそう言ってくれると思っていましたけど……。でも、俺、安心しました」 罪は消えないけれど、許されたような気がした。 宮城先輩が『天使』と呼ばれるのが、整った容姿のせいばかりじゃないことを実感した。 笑顔だけで人の心を癒し安らげ、救い上げるような力が宮城先輩にはあった。これは宮城先輩の澄んだ水のような綺麗な心がなせる業なのだろう。 「って、俺が安心している場合じゃないですね。今は宮城先輩の悩み事を解決するのが先ですね」 不覚にも俺は涙ぐんでしまった。 俺は目に溜まった涙を指で拭い、照れた笑いを浮べた。 ……やだな。宮城先輩にはみっともないところばかり見られてる。 俺のせいで脱線してしまった話を本筋に戻すことにした。 「でも俺の考えでは、宮城先輩、悩むだけ無駄だと思いますけど。萩原先輩が心変わりだなんて、絶対にありえないですよ」 「……そう、かなあ……」 宮城先輩は自信のなさそうな顔をしていた。恋をしているとちょっとしたことが不安になるから、宮城先輩はそのちょっとした何かで勘違いしてしまったに違いない。 でも、どう考えても、萩原先輩が心変わりなんて地球が逆転してもあり得ないし、宮城先輩の思い違いとしか思えない。 「宮城先輩と萩原先輩は俺の理想のカップルなんです。俺が今、新しい恋をすることが出来たのって、本当にお似合いの二人だから自分の気持ちに諦めが付いたっていうのもあったからだと思うんです。だからもっと自信持ってくださいよ。萩原先輩は宮城先輩のこと、めちゃめちゃ愛してますって」 「うん、でも……」 「萩原先輩の態度が冷たい気がするって話ですけど、ほんとにただの気のせいじゃないですか?」 「え。でも……」 「そんなに不安なら、クリスマスイブになんて悠長なこと言ってないで、萩原先輩としちゃったらどうですか?」 宮城先輩の『初めて』を奪うとき、萩原先輩はどんなふうに振舞うのか、考えなくても分かる気がした。きっと優しく細心の注意を払って抱くのだろう。宮城先輩の体を傷つけないように、自分のはやる気持ちを抑えながら。 俺もそんな風に東雲のことを、優しく抱いて上げればよかった。今更悔やんでも仕方ないけど、仕方ないからこそ悔しい。 「アレってさ、肉体的に気持ちイイってのもあるんですけど……。精神的にも満たされますね。快楽を高めあう共同作業の中で相手との繋がりが強くなるって言うか……」 俺は東雲と体を合わせたときのことを想像しながら言葉を紡いだ。 今日の放課後は会えないから、代わりに俺は昼休み、誰も近寄らない5階の男子トイレの個室で東雲を抱いた。 時間が限られた余裕のない交わり。 一応、誰か来るかもしれないので、声が漏れないように東雲の口にはハンカチを咥えさせた。ドアの前に立たせ、立ったまま背後から犯した。腰を突き上げるというより、回すように動かした。狭い個室では思うように動くことは出来ない。ゆるやかな責めに焦れた東雲は、自分で腰を激しく振った。羞恥に頬を染めながら、体は淫らに揺り動かす。そのアンバランスさが魅惑的で俺は興奮した。 ……可愛い。可愛くてたまらない。可愛い、俺の恋人……。 とうとう東雲がイったとき、俺も同時にイった。俺のモノにも東雲のモノにもゴムを付けていたので後始末は楽だった。 休み時間はまだ少し残っていたから、俺たちは身支度を整えてから何度もキスをした。 東雲の唇はしっとりとしていて気持ちが良かった。 「……あの、さあ。アレってやっぱ、そんなに気持ちイイものなの?」 宮城先輩は頬を染め、俺にこっそり聞いてきた。 ……へぇ。宮城先輩でも興味があるんだ。 俺は意外な気がした。宮城先輩には性欲があるようにはとても見えない。 「サイコーですよ。この世にこんな気持ちがイイことがあるんだーって、すっげぇ俺、感動しましたもん」 俺は断言した。 「そうなんだ……えっと、あのさあ。……初めてのときって、どうだった……」 「初めてのときですか?」 ちょっと迷ったけど、俺は正直に答えることにした。宮城先輩も恥を忍んで聞いているわけだし。 「うーん。あれってほとんど強姦みたいなものだったしなあ……しかも、俺もあいつも初心者だったし。でも……あ、俺とあいつが初めてやっちゃったのって体育館倉庫なんですけど……校内だってのに、すげぇサカっちゃって。結局、三回連続でやっちゃって」 「へ、へー。そうなんだ……。三回……」 「下品な話なんですけど、そーゆー無茶やったから、ケツの穴切れちゃって。終わったときは血まみれでもう大変でしたよ」 「うう……。痛そう……。そんなんでよくその相手と付き合える気になったね」 宮城先輩は引き攣った顔をした。『天使』にこの話は強烈だったらしい。 「俺もそう思いますよ。でもあいつ、よっぽど俺に惚れてたみたいで。俺も一途さにほだされたって言うか。じゃ、ま、いっかなって思ってあいつとセックスして。始めは体だけって感じだったんですけど……いつの間にか、はまってましたね」 今ではどっぷりはまってる。 『東雲飛鳥』という可愛い生き物に。 最初の頃の無関心振りが自分で信じられない。 完全に東雲の粘り勝ちだ。 「あ。もうこんな時間。そろそろ行きましょうか?」 話をしていたらずいぶんと遅くなってしまった。店に掛かっている時計を見ると、もう夜の9時だった。 「武藤、今日はありがとね、相談に乗ってくれて。話し聞いてもらえてなんかすっきりした」 たいしたお役には立てなかった気がするけど、宮城先輩はさきほどよりも明るい顔をしていた。少しでも、俺の言葉で励まされてくれたのなら良かった。 宮城先輩は俺の分まで奢ろうとしたけど、俺は慌てて断った。こっちだって、相談に乗ってもらったようなものだし。ギブ&テイクだ。この前だって奢ってもらっちゃったし。 でも、俺のせめてワリカンにして欲しいという願いも、笑顔一つで断られた。 ……俺、宮城先輩の笑顔に弱いんだよね。 「……ああ、もう。宮城先輩には敵わないなあ……。ご馳走様でした」 結局押し切られて、宮城先輩に奢ってもらうことにした。 俺は心の底から、早く宮城先輩と萩原先輩との間にある誤解が解けるといいなと思った。 二人とも俺にとって、尊敬する大好きな先輩だ。幸せになって欲しい。 心から二人の幸福を祈れることが出来るようになったのは、東雲のおかげだろう。 自分にも可愛い恋人がいるからこそ、純粋に二人の恋を応援できる。 駅に着いて別れ際、俺に出来ることならなんでもしますと言うと、宮城先輩は惜しみなく、綺麗な笑顔を見せてくれたのだった。 |