指定された場所に行くと東雲はすでに待っていた。
体育倉庫の中は埃臭く、俺はさっさと用事を済ませて教室に戻りたかった。急いできたから昼飯もまだ食べていないし、5時限目の授業は教室を移動しなければならない。 「なに? 話って」 「あ、あの、武藤……俺……武藤のことが好きなんだ。入学したばかりのころからずっと……」 緊張しているのか東雲の声は震えていた。 萩原先輩に告白したときは俺もこんな感じだったのだろうかと、俺は冷静に東雲の様子を観察していた。 「そう。でも、気持ちは嬉しいけど、俺、東雲の想いには応えられないから」 なるべく冷たい口調にならないように気をつけながら俺は言った。それは俺なりの気遣いだった。嫌いな相手ではあるが、進んで傷つけたいとも思わない。 俺の言葉を聞いて、東雲は信じられないという顔をした。周りからちやほやされることに慣れている東雲にとって、自分の好意を拒まれるなんて晴天の霹靂なのだろう。 「え。な、なんで?」 「俺、好きな人がいるから」 さらに言うと、東雲のことが嫌いだから。 でも、それを口にするほど俺は子供じゃないので、無難な答えだけを口にした。 「好きな人って……誰だよ!」 「そこまで東雲に言う必要はないと思うけど? ねぇ、俺、もう、行っていい? 昼メシもまだ食ってないんだけど?」 「ま、待てよ! 武藤の好きなヤツって誰だか言えよ! 俺のどこがそいつに劣るって言うんだよ!」 全部。 東雲が萩原先輩より秀でているところなんて一つもない。 本気でそう想うけど、これもまた、かろうじて口には出さないでおく。 「……あのね、東雲。俺はね、絶対に、東雲のことをそういう意味で好きになれない。大変申し訳ないんだけど、俺のことは諦めてくれないかな?」 「嫌だ!」 東雲と会話することに、俺は疲労を感じ始めていた。 自分の思い通りにならなかったからといって、ダダを捏ねる聞き分けのない子供。 そういうところが、俺は大っ嫌いなんだけどな。 なんですんなりと諦めてくれないんだろう。ああ面倒くさい。 いかに真野達に必死で頼まれようとも、やっぱり無視しちゃえば良かったと後悔した。 「嫌って言われても困る。じゃあね」 俺は東雲を残して教室に戻ろうとした。これ以上付き合いきれない。 しかし背を向けた途端、東雲が背後から襲ってきて俺は床に引きずり倒された。 ……何をするんだ、危ないじゃないか。 とっさに受身を取ったから怪我はなかったけど、ここは体育倉庫で使い古したダンベルやらよく名前の分からない器具などが置かれている。一歩間違えれば大惨事だ。 俺はむっとした。 東雲は俺の上に馬乗りになり、赤い顔をして俺を睨みつけていた。 ……ふざけるな。怒っているのは、こっちだ。いい加減、俺の上からどけ。 俺は冷ややかに怒りながら、東雲を睨んだ。 「武藤は俺と付き合うんだ! 今ここで、武藤を俺のモノにする!」 「……一体、なにする気?」 「武藤のことを、犯す!」 ……はああ? こいつ、バカだバカだと思っていたけど、ほんとうにバカだよな……。 俺は怒りを通り越して呆れた。 強姦して好きな人が手に入るなら、俺だって萩原先輩を強姦していたさ。 けど、人の心って、そんな簡単なものじゃないだろ? 東雲のこのバカさ加減はすでに犯罪に等しいと思う。救い難いバカを野放しにしている、真野と井ヶ田をぶん殴ってやりたい気分だ。 東雲は必死な顔で、俺の制服のボタンを外そうとした。 もちろんヤらせてやる気はないし、このバカに付きまとわれるのも鬱陶しいし。 ……さて、どうする? 俺は少々、東雲にお灸を据えてやることにした。 バカには口で言っても分からない。それこそ体に教え込まないと。 自分の体の上から、俺は東雲を叩き落した。東雲は情けない悲鳴を上げて床の上に転がった。俺はすかさず東雲の上に圧し掛かった。 形勢逆転だ。 東雲は驚いたような顔で俺を見上げている。 俺は東雲の腕を押さえつけ、その頼りない細さに驚いた。俺だって細身のほうだけど、これほどじゃない。力を込めたらぺきっとへし折れてしまいそうだ。 運動部に所属している女たちより、細いかもしれない。 「な、何? 武藤……?」 本能的な恐怖を感じてか、東雲は俺から逃れようとした。だが、力では俺のほうが遥かに上らしい。俺は軽々と東雲を押さえ込めてしまった。 「お前、俺が好きなんだろ? だったらヤらせろよ」 「え? ヤ、ヤダ……」 自分だって俺のことを犯そうとしたくせに、東雲は怯えた顔をして俺から逃げようとした。俺は東雲の体を押さえつけたまま、ズボンと下着を一気に脱がした。下半身をむき出しにされ、東雲は羞恥で顔を赤くして、目に涙を浮べている。 こいつの頭は空っぽだが、確かに東雲は、顔だけは可愛い。 目に涙を溜め怯えている姿は俺でさえ煽られた。まだ幼い少女を苛めているような罪悪感と、もっと泣かせてみたいというサディスティックな欲望が、俺の中でない交ぜになって渦巻いていた。 本当はすぐに解放してやるつもりだったが、もっと東雲の反応が見たくなった。 俺は東雲の股間にぶら下がっている、萎びたモノに指を絡めた。 「ヤダ! ヤダ、ヤダっ!」 東雲は叫びながら足をばたつかせた。暴れた拍子に、東雲の右足が俺の顎に当たった。東雲ごときに蹴られたことにムカついた。 獲物に反抗されて、獣の本能に火がついた。俺は咄嗟に東雲の鳩尾に拳を叩き入れていた。東雲は苦しげに呻き、腹を押さえて海老のように丸まった。やりすぎたと悔やむ気持ちがないわけではなかったが、東雲が大人しくなったことをいいことに、俺は先を進めた。 今度は、東雲の後ろの窄まりに触れた。東雲が男に抱かれたことがあるのかどうかは知らないが、ソコは異物を拒むようにキュっと閉じていた。 俺は自分の指を自分の唾液で濡らしてから、東雲の後ろに挿入させた。 「やめてやめてやめて……。お願い、やめて……」 涙を流しながら、東雲は言葉だけで弱弱しく抵抗した。 東雲の言葉を俺は無視した。 涙で潤んだ瞳で見つめられても、雄の本能を煽るだけで逆効果だ。 男同士でセックスをするとき、後ろの穴を使う方法があることは知っていた。萩原先輩に片想いしていた俺は、男同士で触れ合う方法について、こっそりと調べたこともあった。そのときの想像では俺は抱かれる側であって、男を抱く予定はなかったのだが……。 東雲のすすり泣く声を聞いていたら俺も興奮してきた。俺はズボンのファスナーを下げ、中から固くなったモノを取り出した。そしてソレを、東雲の目の前に突き出した。 「舐めて」 東雲は固く口を閉じて俺の侵入を拒んだ。目に涙を溜めたまま、俺を恨めしげに睨んでいる。 反抗的な態度に怒りを覚えた。 俺は東雲の頬を平手で殴った。本気ではなかったが、この可愛い顔を平気で殴れるのは俺ぐらいなものだろう。東雲は声を出して泣き始めた。男の癖に、情けないヤツだ。勝手なもので、自分で泣かせておきながら、俺は東雲の泣き声に苛立った。 俺は涙を流し続ける東雲の口に、無理やりペニスを挿入させた。 「殴られたくなかったら、歯を立てるなよ」 東雲の髪を掴んで逃れられないようにし、俺は激しく腰を動かした。東雲の喉の奥まで入れては引き抜き、また一気に奥まで挿入させる。 東雲は顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしていた。可愛い顔が台無しだ。 俺は軽く笑った。 もっと汚してやりたくて、出る寸前に引き抜き、東雲の顔に精液をぶちまけてやった。 東雲は、また泣いた。 「ひどい、こんなの、ひどい……。うえっ……うっ……ううっ……」 泣き続ける東雲を前にしても、憐憫の情は湧いてこなかった。自分はどうやら、自分が思っていた以上に冷たい人間らしい。 泣き声が鬱陶しくて、俺は東雲の顔を埃まみれのマットに押し付けた。抵抗を封じるために、ネクタイを使って東雲の手を後ろで縛る。 俺のモノはイったばかりだというのにすでに立ち上がっていた。俺は東雲の後ろにソレを押し当て、腰を強引に進めた。 俺は背後から東雲を犯した。 「〜〜〜〜〜っ!!」 無理やり体を開かされた東雲は、くぐもった悲鳴を上げた。 東雲のソコは狭く、締め付けられて痛いぐらいだった。それでも奥まで進もうとすると、広げられたソコはとうとう切れてしまった。東雲の血で濡れ、おかげで俺は動きやすくなった。 この様子では東雲は初心者なのかもしれない。血の臭いを嗅ぎさすがの俺も可愛そうだと思わなくもなかったが、こちらも初心者だったので余裕がなかった。 生まれて初めての快感に俺は夢中になった。 東雲のソコは熱く、締め付け、俺に絡みつき、最高の快楽を与えてくれた。俺はオスの本能のまま、東雲を犯し続けた。激しく抽挿を繰り返し、結局俺は、東雲の中で三回イった。 愛してもいない……それどころか嫌ってすらいる相手だが、それでもセックスは気持ちよかった。クセになってしまいそうだ。 嵐のような欲望が去って我に返ると、ぐったりとマットの上に倒れ伏す東雲に気付いた。どうやら気絶してしまったらしい。 東雲のアソコからの出血で、あたりは血の海になっていた。青褪めた東雲の顔色を見て、ヤリ殺してしまったかと心配になった。 頬を軽く叩くと、東雲はゆっくりと瞼を上げた。どうやら死んではいないらしい。 俺はひとまずほっとした。 「ひっ……あっ……やっ……」 俺の顔を見て東雲は怯えた顔をした。カタカタと震え、満足に口も利けないようだった。 東雲はとても動けるような状態ではなかったので、責任感から俺は行為の後始末だけはした。その間、東雲は俺と眼を合わせようとはしなかった。 嫌われたかもしれない。 それでも別に構わないと俺は思った。 体を繋げた後も、東雲飛鳥は俺にとって、どうでもいい人間だった。 「じゃあ俺、先に教室に帰ってるから」 「…………」 東雲は顔を上げなかった。肩が揺れていた。声を殺して泣いているようだった。 可愛そうに。 俺のことなんか、好きになるから。 嘲りの混ざった気持ちでそう思った。 その日から東雲は一週間学校を休んだ。間違いなく俺のせいだろう。俺に強姦されたことで、さぞかし心も体も傷ついたに違いない。だからと言って、俺はあのときのことを謝罪する気持ちにはなれなかった。 最初に仕掛けたのは向こうだ。 だからいわば、これは自業自得なのだ。 「武藤、お前一体、飛鳥に何したんだ? あの日からあいつ、ずっと学校休んでるし、見舞いに行っても顔も見せないし」 真野は俺を非難するような目で見ながら言った。 まさか無理やり犯したとも言えないので、俺は黙って軽く肩をすくめた。 「ねぇ、武藤。お願いだよ、何があったか聞かせてくれない? 俺たち、飛鳥のことが心配で……」 井ヶ田は眉を寄せ、心配そうな表情で俺に聞いてきた。居丈高な相手は突き放せるが、懇願されると俺は弱い。 「……お前たちが言っていたとおり、振ったんだよ。諦めが付くように、こっぴどく。仕方ないだろ? 俺は東雲と付き合う気なんかないんだから」 「こっぴどくって、お前、一体どんな言い方したんだよ! そりゃあ武藤にその気がないなら、飛鳥を振るのも仕方ないと思うけどよ……。でも、こんなに休み続けるなんて尋常じゃねぇ。お前、どんな酷いことを飛鳥に言ったんだよ!?」 俺の襟首を掴み上げ、真野は喚(わめ)いた。 ……酷いことを言ったというよりしたんだけどね。 冷ややかな眼差しを真野に向け、俺は真野の手を叩き落した。 そんなにあいつが大事なら、檻の中にでも入れておけばいい。そうすれば東雲もあんな暴挙に出て、逆に自分が傷つくことなどなかっただろう。 「お願い、武藤。飛鳥の家に行って、飛鳥の様子、見てきてくれないかな? こんなこと武藤に頼むのはお門違いだとは分かっているけど、飛鳥、俺たちに会ってくれなくて……」 東雲を心配する井ヶ田の姿は、まるで母親のようだった。 真野も井ヶ田も東雲を心配しているようだが、俺への詰め寄り方がまったく違うことがおかしかった。井ヶ田が東雲の母親なら、真野は東雲の父親と言ったところだろうか。 「……俺が行っても、東雲が会ってくれるとは限らないだろ?」 なにせ俺は、東雲を強姦した男だ。 東雲が休んでいるのは、俺が身も心も傷つけたせいだ。 あんなことがあった後では、東雲の俺への思慕は憎悪へと変わっているに違いない。もしくは恐怖か。 俺が東雲の家に行くことによって事態が好転するとは到底思えなかった。 「そんなことないよ。武藤がお見舞いに行ってくれるなら、飛鳥、絶対に喜ぶから。お願いだよ、武藤。今日、昼メシ奢るから……」 別に昼飯に釣られたわけではないが、放課後、俺は東雲の家を訪ねることになった。 あの手この手で俺を説得しようと纏わり付いてくる真野と井ヶ田が鬱陶しかったのだ。どうせ東雲が俺と顔を合わせたいと思うはずがないし、一度行けば真野も井ヶ田も納得するだろう。 真野と井ヶ田は俺の逃亡を阻止するためか、それとも純粋に道案内をするためか、東雲の家に着くまで付いてきた。東雲の家は閑静な住宅街にあった。俺の家のゆうに四倍はありそうな、洒落たデザインの大きな一軒家が東雲の家だった。 ……すごい家だな。車が四台もある……。 東雲の父親はかなり名のしれた建築家で、この家も自分でデザインしたのだと井ヶ田が説明してくれた。洗練された近代的な建物は、ここに住んでみたいと憧れを抱かせるほど魅力的なものだった。素人の俺ですら、東雲の父親が建築家としていかに優れているのかが理解できた。 「それじゃあ、飛鳥をよろしく頼むね。俺たちがいると飛鳥とゆっくり話が出来ないだろうから、俺たちはここで帰る。明日、様子を聞かせてね」 井ヶ田は俺の手をしっかりと握り締め、必死な面持ちでそう言った。 「武藤、少しぐらいは、飛鳥に優しくしてやれよ? あいつがもしこのまま学校に出てこなかったら、俺はお前を許さないからな!」 真野は井ヶ田の背後から睨みをきかせてきた。 まったく、対照的な二人である。 「別に真野に許して貰わなくてもいいけどね。東雲に学校に出て来いって説得はしてみるよ」 「御の字だよ。ありがとう、武藤」 井ヶ田はほっとした表情で礼を言った。 礼を言われても、希望に添えるとは限らないのだが。 二人が立ち去ってから、俺は門の隣についていたインターフォンを押した。 「どちら様でございますか?」 インターフォンからは、年配の女性の声がした。東雲の母親だろうか。それとももしや『お手伝いさん』というやつだろうか。これだけ大きい家ならあり得るかも……。 「飛鳥さんの同級生の、武藤と申します。今日はお見舞いに来たのですが」 「少々お待ちくださいませ」 門の外で俺は暫く待たされた。 おそらく東雲に会う気があるかどうか尋ねているのだろう。東雲がないと答えれば、まさにここで門前払いというわけだ。 「ただ今お開けします。お入りになって、玄関までお進みください」 てっきり追い払われるかと思ったので、俺は意外に思った。 自動式らしく、ひとりでに門はぎぎぎと音を立ててゆっくり開いた。今更帰りますとも言えないので、気が進まなかったが俺は門の中に入り、家の玄関まで歩いていった。 門から玄関までの距離がけっして短くないところがすごい。庭も広く、きちんと手入れされているようで、花壇にはキレイに色とりどりの花が咲き誇っていた。 豪邸で暮らす東雲は、深窓の『姫君』というわけだ。その姫君を陵辱(りょうじょく)されたと知ったら、この屋敷の人々は一体どんな反応を示すのだろう。 「……殺されるかも知れないな」 自分の発想がおかしくて、俺はくすりと笑ってしまった。 玄関の横にもインターフォンが備え付けられていたが、俺がそれを押すより早く、内側からドアが開かれた。 「ようこそいらっしゃいました。すぐに飛鳥様のお部屋にご案内します」 玄関で俺を出迎えたのは、柔和な雰囲気を持った50代半ばの婦人だった。どうやら彼女は東雲家の家政婦……もしくはメイドのようだ。家の中はひっそりとしていて、どうやらこの屋敷にいるのは東雲とこの婦人だけらしい。 それにしても家の中でも人を使っているとは、東雲家はかなりの資産家だ。これでは東雲が我が侭に育つのも仕方ない。どうせ小さい頃から、欲しがるモノはすべて買い与えられていたのだろう。 他人の家の教育方針に口出しする気はないが、家庭においては子供に『我慢』ということを覚えさせることも重要だと思う。 失礼にならない程度に家の中を見回すが、外観だけでなく、内装も隅々まで拘りが見えて素晴らしいものだった。俺は将来、建築関係に進んでみたいと思っていたので、失礼だとは思ったが、興味深く眺めてしまった。 東雲の部屋は二階の奥にあった。 「飛鳥様、お客様をお連れしました」 「分かった。用があれば呼ぶし、もう下がっていいから」 部屋の中から東雲の声がした。 婦人は俺に一礼すると、すぐに一階へと戻っていった。 「……東雲、入るよ」 俺は一応、一声かけてからドアノブを回した。東雲はベッドの上で上半身だけ起こしていた。 パジャマの襟元から除く白い首筋に、俺は一瞬どきりとして慌てて目を逸らした。 セックスの味を知ってから、どうも欲望に抑えが利かなくなっている。女子高生のほっそりとした足首や、髪の毛のシャンプーの臭いに俺の肉体は仄かに欲の兆しを見せていたが、男相手にでもなんて、節操がなさ過ぎる。 東雲と寝たことにより、俺は東雲をそういう対象として捕らえてしまっているのだろう。相変わらず中身にはあまり興味はないが、東雲のカラダは悪くなかったと、俺は最低なことを考えていた。 「あの、武藤、どうして……」 東雲は目に怯えた色を半分、そして慕わしげな色を半分浮かべ、ぱっちりとしたやや吊り気味の大きな瞳を向けてきた。 「ずっと学校休んでいるから心配になってね」 原因を作ったのは俺なのだから、心配も何もないのだが……。 「心配、してくれたんだ……」 東雲は小さな声で呟き、嬉しそうに微かに笑った。真野や井ヶ田が言っていたとおり、東雲は本当に俺のことが好きなのだ。 俺は初めて体育館倉庫で東雲を乱暴に扱ったことに、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。 「俺だけじゃなく、真野や井ヶ田も心配してた。……明日は学校に行けるね?」 東雲は俺の言葉に小さく頷いた。目的を達成したので俺は帰ろうとした。二人きりで密室にいると、怪しい気分になってしまいそうだった。 本当に……節操がない。 俺は内心で苦笑した。 明日、東雲が学校に行けば、真野ももう俺に絡んできたりはしないだろう。 「ま、待って、武藤」 「……何?」 ドアを出ようとしたところで呼び止められた。 「お、俺、武藤のことが好きなんだ……」 東雲は一途な目で俺にもう一度告白してきた。あんな目に合った後も、東雲は俺を想っているのだ。東雲の気持ちは本物だと、認めてやってもいいかと思った。 「……悪いけど、答えは同じだ。俺には好きな人間がいる。だから東雲とは付き合えない」 「好きな人がいてもいい! か、体だけでもいいから……。俺と付き合って!」 「……体だけってねぇ……。東雲、自分が何言っているのか、意味、分かってる?」 東雲のとんでもない発言に俺は呆れた。 「分かってる!」 俺が止める間もなく東雲は着ていたパジャマを脱ぎ始めた。顕(あらわ)になっていく白い肌に俺は目を奪われた。パジャマだけではなく、東雲は身に付けた下着も脱ぎ落とした。 東雲は惜しげもなく、俺の前に裸身を晒した。 華奢な手足、ほっそりとした首筋、ピンク色の乳首、足の根元にある淡い茂みの中でひっそりと息づく男性器……。 東雲の全裸を見るのは初めてだ。体育館倉庫では、暴いたのは東雲の下半身だけだった。 ……キレイだ……。 東雲の体はどこもかしこも細く、それでいて痩せすぎているわけでもなく、可憐で儚く美しくまるで妖精のようだと俺は見ほれた。さっさと部屋を出て行けばいいのだが、俺の足はその場に釘付けになったように動かなかった。 ドアの近くで立ち尽くしていると、東雲はベッドから降りて俺に近づいてきた。そして俺の首に腕を巻きつけ、白く輝く美しい肢体を俺の体に押し付けてきた。 「武藤、好き。……お願い、抱いて……」 俺は東雲のことを愛していない。 だから、抱くべきじゃない。 頭では分かっているのだが、東雲の色香に俺の下半身は反応し始めていた。東雲は布越しに、俺の高ぶりにやんわりと触れた。白い手で俺の前を撫で、俺をのっぴきならない状況へと追い詰めていく。 「好きな人がいてもいい。武藤が言うこと、なんでも聞くから。俺、なんでもするから……。お願い……」 俺は東雲の体を抱き返すことも突き放すことも出来なかった。頭の中では理性と欲望が葛藤していた。 俺が迷っている間に東雲は俺のズボンのファスナーを下げ、すでに硬くなった俺のモノを取り出した。そして俺の前に屈みこんでソレに口を近づけた。 「東雲っ……」 「んっ……」 東雲は喉の奥まで俺を咥えた。舌を動かし必死で俺を愛撫する。 拙(つたな)い技巧だった。だが、それでも俺のモノはどんどん大きさを増していった。 東雲が慣れていないのなら、俺だって慣れていない。 俺はあっけなく東雲の口の中で弾けてしまった。 東雲は目に涙を浮かべ苦しそうな表情をしながら、俺の出したものを飲み下した。 ……負けた。 自分の、欲望に。 東雲の、一途さに。 「……東雲、俺は他に好きな人間がいる。俺がもし東雲を抱くとしたら性欲処理以外の意味はない。それでもいいって、本気で思ってる?」 「……それでも、いい。性欲処理の道具でも、いい……」 「いいよ、分かった。抱いてやるよ。そこまで覚悟してるんならね……」 東雲の美しい体を好きに汚していいかと思うと興奮した。 イったばかりだというのに、俺のモノは再び頭をもたげ始めている。高校生の旺盛な性欲は、とどまるところを知らない。 部屋の鍵を掛けてから、俺も制服を脱ぎ捨て全裸になった。そしてベッドの上に東雲を押し倒した。顔だけ見れば東雲は汚れの知らない少女のようだ。……俺も人のことを言えた顔じゃないけど。 俺は東雲の唇に唇を押し付けた。東雲はキツク目を瞑り、赤い顔をして俺にしがみ付いてきた。何度も口付けを繰り返している間に、だんだんとコツが分かってきた。俺は東雲の口中に舌を忍ばせ、舌先で歯列をなぞった。 たっぷりと東雲の唇を味わい口を離すと、東雲は焦点の合わないような目をして荒い呼吸を繰り返していた。下半身を密着させているので、東雲のモノも反応しているのが分かった。 「む、武藤……あの、今日は、そこのテーブルの上にあるやつ、使って欲しいんだけど……」 俺は東雲の体からいったん離れ、テーブルの上から小さな紙袋を取ってきた。中を見るとゼリー付のコンドームと水溶性のローションが入っていた。 「それ使うと……滑りが良くなるから……」 東雲は顔を真っ赤にして、小さな声で恥ずかしそうに言った。恥らう姿が愛らしくて色っぽくて、俺は東雲の唇に軽くキスを落としてから、紙袋の中身を取り出した。 俺は、紙袋の中身の使い道を理解した。最初のときはなんの準備もしていなかったから、東雲を傷つけてしまった。今日は優しく抱いてあげたい。逸る気持ちをどれだけ抑えられるか、自信はなかったけど。 まず俺はコンドームを自分のモノに被せた。 「東雲、後ろ向いて、足開いて。怪我しないようにローション使うから」 「……うん」 東雲は恥ずかしそうな顔をしながら、それでも俺の言葉に素直に従った。組んだ腕に顔を埋め、膝を立てて尻を持ち上げるようなポーズを取る。東雲の卑猥な姿に、俺のモノはどくんと強く脈打った。 早くあの締め付けを味わいたいと気持ちを抑え、未開封のローションを開けて東雲の後ろに塗りつけた。東雲の貞淑な蕾は固く閉じられている。一度はここに俺を押し込んだのだが、よくもこんな狭い場所に入ったものだ。先週、傷をつけてしまったので心配したが、治っているようで安心した。ちょっとだけ、赤く腫れているようだけど。 表面だけでなく中にまでローションを流し込むため、俺はまず指を一本入れてみた。 「大丈夫? 痛くない?」 「ん……まだ……平気……」 一本だけでもすごい締め付けだった。根気強く出し入れしていると、だんだんと解れてきた。もう一本指を増やして掻きまわしてみる。 穴が少し緩んできたところで、俺はローションを瓶から直接垂らしこんだ。入りきれずに溢れた液は、滴り落ちてシーツに染みを作った。 「ああっ!」 突然、東雲が体を顕著に反応させたので俺は驚いた。東雲が反応した場所を指でぐりぐりと押すと、東雲は甘く鳴きながら腰を揺らした。 「ああんっ……あっ……やっ……」 ……なるほど、ね。ここが前立腺ってわけか……。 俺は指で東雲の感じる場所を刺激しながら、どんどん穴を広げていった。 「ひんっ……やダッ……む、武藤……そこ、ヤぁっ……」 東雲が泣きながら逃げようとするので、俺は東雲の尻を容赦なく叩いた。 「きちんと解さないで入れて、傷つくのは東雲だよ? 大人しくしてなよ」 俺が冷ややかに言い捨てると東雲は再び大人しくなり、怯えと悦楽の混じった顔で俺に体を預けた。俺の指の刺激だけで、東雲は一度イってしまった。イったときの東雲の顔が色っぽく、さきほどからさんざん東雲の艶やかな声に煽られていた俺は、我慢できずに指の代わりに自身を後ろに押し当てた。 「東雲、入れるから」 「……うん……」 たっぷり解したつもりだったけど、最初のときの恐怖が残っているのか、いざ入れようとすると東雲の体は強張った。 俺は東雲の意識を逸らすため、東雲の前を弄りながらゆっくりと腰を押し付けていった。それでも痛みはあったようで、東雲は悲痛な顔でぽろぽろと涙を零した。 東雲は痛いとも止めろとも言わなかった。ただ黙って涙を流し続けた。痛みを耐える姿にそそられた。しかし、これ以上無理させるのも可愛そうに思えて、俺は全てを収めなかった。浅い部分で小刻みに出し入れするように俺は腰を動かした。 「あ……んっ……そ、ソコ……」 苦痛しか訴えていなかった東雲の顔に、快楽が混じり始めた。俺は東雲がソコと言った場所を先端で刺激した。 「あ……ああっ……イイっ……!」 数回つついただけで、東雲はイってしまった。シーツの上に体液を吐き出す。 その瞬間、中に入っていた俺もキツク締め付けられ、俺も頂点を極めてしまった。 しばらく余韻を楽しんでから、俺は東雲の中から分身を引き抜いた。自分がさきほどまで入っていた部分に傷が付いていないかと確認すると、ソコはローションで塗れてぬらぬらと光り、わずかに綻んで中身を覗かせていた。淫靡な穴に、俺は誘われるように指を挿入させていた。ソコは容易に俺の指を三本飲み込んだ。 尻の穴を弄られ、東雲は甘い声ですすり泣いた。 「ひっ……いやぁ……もう、やぁ……」 「いや、って言うわりには、東雲の前、立ってるよ?」 俺がくすりと笑いながら言うと、東雲は顔を赤くしいたたまれないような顔をした。 今度は、東雲の感じている顔が見たくて仰向けにさせた。コンドームを新しいものに付け替え、正面から東雲を貫いた。 奥まで入れると東雲が辛そうだったので、やはり途中までしか入れなかった。それでも十分気持ち良かった。 欲望を満たし終えて体を離すと、外はもうすっかり暗くなっていた。ベッドの傍に置かれたティッシュで、俺は簡単に後始末をした。シャワーを浴びたかったが、さすがに借りるわけにもいかないし……。 「それじゃあ東雲、俺、帰るから。また明日、学校でな」 「……うん」 東雲はぐったりとベッドの上に突っ伏していた。ヤり過ぎてしまったかもしれない。 それにしても、東雲の体は魅力的だった。性欲処理の道具にしていいという許可を得た俺は、明日から自分が東雲をどのように扱ってしまうのか想像できてうんざりした。 自己嫌悪に陥るなら抱かなければいいのだが、据え膳を食べずにいられるほど俺は清廉な男ではなかった。 案の定、俺たちは翌日から毎日のように体を繋げた。セックスする場所は、俺の家か東雲の家かのどっちかであることが多かったが、気が向いたら学校でことに及ぶこともあった。 今日も学校のトイレの中で東雲にしゃぶって貰いながら、俺はこの関係をいつまで続けるべきなのだろうかと悩んだ。 自分の欲望のために東雲を利用する俺は、間違いなく最低の男だ。だからと言って、健康な高校生男子にとって、どこでもいつでも望んだときに欲望を解消させて貰える相手は貴重である。東雲のほうでもこの関係を納得しているわけだから、このままでもいいかもしれない……。 「どう? 気持ち良かった?」 俺の精液を飲み下してから東雲は心配そうな顔で言った。 「ああ。良かったよ」 実際、この一月間ほぼ毎日ヤり続けた甲斐あって、東雲の舌使いはかなり上達していた。東雲は俺の快感を高めるための努力は惜しまなかった。東雲の体はすっかり俺の好みに仕立て上げられていた。 ここまで東雲を『育てて』しまったことに、俺は責任を感じていた。やはり、俺は東雲を抱くべきじゃなかった。誘惑に負けたことを俺は何度も悔やんだ。 一番の問題は、ここまで東雲に奉仕させておきながら、東雲に好意を抱けない自分の気持ちだ。 体は、イイ。東雲の締め付けは、俺に最高の快楽を与えてくれる。 だが俺が魅力を感じているのはいまだに東雲の体にだけで、東雲の性格は俺を苛立たせるだけだった。今はまだいい。俺が片想いしている萩原先輩には宮城先輩がいて、とても俺の恋は叶いそうにない。 だがもし、俺が他の人間を好きになって、その相手と両想いになったら? 俺は、あっさりと、東雲を捨てるだろう。 多少の良心の呵責を感じつつも。 そして俺には、さんざん体を弄んだあげく、非情にも東雲を捨てた男となるわけだ。……そのとおりなんだけど。 東雲のほうからこの関係を打ち切ってくれればいいのにと、俺は勝手なことを考えた。体だけの不健全な関係は俺には合わないようだ。 「……武藤?」 不安そうな顔で東雲が俺の名前を呼んだ。 「……そろそろ授業が始まっちゃうね。行こうか」 外に人がいないことを確認してから、俺たちはトイレの個室から出た。 ……俺が東雲のことを好きになれれば問題ないんだけどな。 手を洗う東雲の横顔を眺めながら思った。もし俺が東雲のことを好きになれたら、俺たちは両想いということになる。そうすれば性欲を処理するためだけのあの行為も、違った意味を持ち始める。 しかし残念ながら、人の心はままならない。 自分が東雲と『両想い』になれる可能性の低さに、俺はそっと溜息を付いたのだった。 |