【恋ってね! 飛鳥編  -02-】
 
いい加減ヤバイと危機感を募らせ、俺は放課後、進路指導室を訪れていた。ここには大学や短大、専門学校等の進学に関する資料が大量に置かれている。一応は進学校なので、ほとんどが大学の資料だけど、専門学校の資料もないわけではなかった。
この時期にここを訪れようなんて三年生は俺ぐらいのようで、まばらに生徒たちが席に着き各々資料を読み漁っていたが、全員下級生だ。各学年、上履きの色が違うので、足元を見れば何年生か知ることが出来た。
……そりゃそうか。普通、のんびりしたヤツでも、2年の終わりには進路、決まってるもんな。
周囲に聞いても、はっきり進学先が決まっていないのは俺ぐらいだ。
棚から資料を取り出したものの、読む気がせず窓の外をぼんやり眺めていると、一本の桜の木が目に留まった。
俺は桜の木を見ながら、高校生活第一日目の日のことを思い出していた。初めて渚と出会った日のことを。
桜の樹の下で散り行く花びらを眺めている、その姿が幻想的なほど美しくて、俺は目を離すことが出来なかった。
……誰、だろう……?
声を掛けたかったけど、掛けられなかった。
ばかみたいな話だけれど、声を掛けたら消えてしまいそうだって、そのとき本気で俺は思っていたんだ。あんなに美しくて愛らしい存在が、この世のものとはとても思えなくて。
俺はただただ、あいつの美しい横顔に見惚れていた。
あいつがすぐそばで呼吸をしているというだけで、同じ空気を吸っているというだけのことで、俺は緊張して心臓をばくばくさせていた。
顔立ちはまるっきり美少女でも、制服で男だということは分かった。それでも、急速に惹かれていく心を止めることは出来なかった。
俺が一目で心惹かれた相手が、同じクラスで武藤渚という名前だと知ったのは、それからすぐのことだった。
俺は渚と同じクラスになれたことが嬉しくて、なんとか仲良くなりたくなりたくて張り切っていたのだけれど、渚は冷たかった。あからさまではなかったけれど、常に一線を引かれていた。
……最初、俺、渚に嫌われてたもんね……。
一年生の頃の俺といえば、いわゆる空気の読めないヤツだった。今思い返すと、赤面ものだ。末っ子で親からも歳の離れた姉や兄からもべったべたに甘やかされてきたから、自分が嫌われるなんてコトは、想像もしていなかった。だから渚に嫌われているということに、俺はまったく気がつかなかったのだ。
そのことを身をもって知ったのは……渚に、強姦されたとき。
渚と特別な関係になりたいと思った俺は、渚を体育倉庫に呼び出した。最初にラブレターを書いて誘ったときには無視されたから、二度目は友人の真野翔太(まのしょうた)の協力を仰いだ。今度こそ絶対に、渚を俺が誘った場所に来させて欲しいって。
翔太は同い年だけど、昔から俺の我儘をよくきいてくれて、兄みたいな存在だった。本物の兄もいるけど年齢が10歳近く違うから、一緒に遊ぶのは翔太とのほうが多かった。
もう一人の友人の井ヶ田夕貴(いがたゆうき)も同じく小学校からの付き合いで、翔太、夕貴、俺の3人でつるむことは多かったけど、子供の頃から二人には庇われてばかりだった気がする。当時はそれを当たり前のように思っていて、二人に感謝することなんて考えもしなかったけど。
後から聞いた話だと、やはり渚は俺からの二度目の誘いも応じる気はなかったそうだ。渚は本気で面倒くさそうにしていたらしい。そこを説得してくれたのが、翔太と夕貴だった。
教室でそんなやり取りがあったことも知らず、俺は緊張で手に汗を握りながら渚のことを待っていた。そしてようやく現れた渚に自分の胸のうちを打ち明けるが、即断られた。
好きな人がいるからと、渚は微塵も迷いなく俺の想いを拒んだのだ。
俺はにわかには渚の言葉を信じられなかった。
「井の中の蛙」状態でちょっとばかり周囲に可愛いとチヤホヤされてその気になって、ようするに俺はいい気になっていた。自分から告白すれば、相手も悪い気はしないに違いないと、見当はずれな思い込みをしていた。
だが、渚は本当に俺に対して微塵の興味もない様子で、振り向きもせずに立ち去ろうとした。
渚の背中を見ながら、俺は焦った。
とっさに俺は、渚の背中にすがり付いていた。
今でこそ差はついているものの、あの頃はまだ俺と渚の体格は同じぐらいだったから、渚は俺の体重を支えきれずに二人揃って床に倒れこんでしまった。
渚の上に覆いかぶさり、苦しげに喘ぐ渚の艶っぽくて美しい顔を見下ろしていたら、これほど愛しい人が自分のものにならないことが悔しくて哀しくてたまらなくなった。
……イヤだ。この人を、誰にも渡したくない……!
「武藤は俺と付き合うんだ! 今ここで、武藤を俺のモノにする! 武藤のことを、犯す!」
気がつけば自棄になって叫んでいた。
無理やり体を繋げたところで、その人の心が手に入るわけがない。
それなのに愚かな子供だった俺は、相手を傷つける行為だということを深く考えもせず、身勝手に自分の気持ちを押し付けようとした。
結果的には失敗で、俺は逆に、渚に犯された。俺のバカな行動に腹を立てた渚は、俺を手酷く扱った。思い返してみれば、俺の初体験は悲惨の一言に尽きる。
「ヤダ! ヤダ、ヤダっ!」
咽喉がかれるほど叫んだ。
身長は同じぐらいだったのに、それでも渚に力づくで抑えこまれると身動きできず、俺は恐ろしくなって逃げようとした。
自分だって相手に同じことをしようとしたのに勝手なもので、立場が逆転して『獲物』になったとたん、胸の内を占めたのは恐怖心だった。
渚は俺を罰するように、乱暴に俺の体を暴いていった。
逆らおうとしたら容赦なく殴られた。
そして渚は、無理やり俺の口の中にオスの証を突っ込んだ。
「うっ……ううっ……」
咽喉の奥に先端があたり、吐きそうになり苦しくて、俺はみっともなく涙をこぼした。泣きながら男のモノをしゃぶった。逆らう気はもう失くしていた。
荒々しく口の中を出し入れされ、最後は精液を顔にかけられた。
ようやく口から引き抜かれてこれで解放されるかと思ったが、それは甘い考えだった。間髪いれずに今度は後ろの穴を犯された。
渚も今と違って慣れてなかったし、俺も男を受け入れるのは初めてだったから、とにかく痛かった。痛くて痛くて、痛みしか感じなくて、俺は気絶してしまった。
俺の意識がない間も、渚は俺の体を貪り続けた。おかげで渚を受け入れた箇所はひどく傷ついてしまい、しばらくトイレに行くのに苦労した。
愛情のない、空虚なセックス。
肉欲だけで渚は俺を抱いた。
それでもいいと思った。
渚が俺を愛してくれなくても、体だけでも求めてくれるのなら、それでいいと思った。
一欠けらも俺のことを想ってくれていないことは分かっていた。
身も心もボロボロになるまで乱暴に犯され、嫌われていることは否応なく自覚させられた。あのとき渚は、キス一つしてくれなかった。視線は心が凍りつきそうなほど冷ややかで、体だけが熱かった。
……だから俺は、渚のオンナになろうって……思ったんだ。
嫌われていてもいい。
ただのセックスフレンドでいい。
性処理の道具で……構わない。
なんでもいいから、渚の傍にいることを許して欲しかった。
二度目の交わりは、俺の部屋で。
泣きながらすがりついて、抱いてもらった。
性欲。
同情。
どんな理由でも、渚が俺を望んでくれるのならなんでも良かった。
それなのに、正常なプロセスを踏まずに始まった付き合いだったから、不安になる。
最初から覚悟はしていたはずだったのに。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
心の中で叫び続ける。
俺の全てをかけて、俺は、渚を愛してる。
渚の心は欲しいけど……求めない。
欲張りになったら、心が苦しくなるだけだから。
「東雲先輩」
「うわつ!」
自分の考えに沈んでいた俺は、急に声をかけられ驚いた。驚きのあまり、手にしていた本を取り落としてしまう。本の落ちる音が進路指導室に思いのほか響き、注目を浴びてしまった。周囲の視線が痛い。
俺は決まり悪げに本を拾ってから、声の主を振り返った。
「……草壁……」
草壁駿(くさかべ しゅん)。今の図書委員長で、渚の後輩だ。
伝統なのか、ただの偶然なのか、図書委員長だった宮城十夜先輩も渚も、そしてこの草壁も頭がいい。宮城先輩は三年間トップを独走し続けたらしいし、渚も宮城先輩ほどではなくても、毎回試験では5番以内に入り続けている。先日の試験では3番だった。
草壁も負けず劣らずの秀才で、2番以下には落ちたことはないという噂だ。優れているのは勉強だけでなく、剣道部のエースで全国レベルの腕前なのだそうだ。うちの高校はもともと運動部なんて強くないし、学校も力を入れていないので、全国への進出は初めてのことだったとか。学校中で話題になっていた。大快挙というヤツだ。
真面目にやっているやつらには悪いけど、俺は武道にはちっとも興味がない。渚が習っている合気道に、すこーし関心があるぐらいだ。なので、周りは騒いでいたけど、草壁の試合は一度も見たことはないし結果にも興味はなかった。草壁自身にも。
だけど同じ委員会のよしみとかで、渚が俺との約束をキャンセルして草壁の試合を応援しに行ってしまって以来、俺はあまり草壁にいい印象を持っていなかった。
そもそも、頭も良くて顔も良く、運動神経もよく、性格もいいらしくて人気がある……なんて、『別格』な人間が渚の傍にいること自体、心穏やかではいられない。
なんで渚の周りには、スゴイ人たちが集まるんだろう。やっぱり、渚本人も『別格』だからだろうか。
宮城先輩が在学中のころは、渚と宮城先輩の仲に嫉妬した。宮城先輩は「天使」と呼ばれるほど、綺麗で優しい人だった。その宮城先輩が、渚のことを特別可愛がっていたみたいだったから、俺は不安でたまらなかった。他に恋人がいるって知って、ようやく俺は安心したんだ。宮城先輩の恋人である、「帝王」萩原先輩こそが、実はかつての渚の片想いの相手だったらしく、俺の嫉妬は見当外れなものだったのだけど。
「東雲先輩は、専門学校、希望なんですか?」
大学にいけないほど頭が悪いんですか? という意味が言葉の裏に込められているように感じるのは、自意識過剰のなせる技だろう。
草壁に他意はない筈だ。
ただの八つ当たりだと知りつつ、俺は不機嫌に答えた。
「専門学校、希望だけど。悪い?」
「あ、いえ、悪いだなんて……。ただ、武藤先輩と同じ大学じゃないのかなあって……」
「あいにく、渚のレベルに合わせるなんて到底無理だからね」
我ながら、大人げのない態度だ。
礼儀正しい後輩と上からは可愛がられ、頼れる先輩として下級生からは慕われ、男らしくさっぱりとした気性は付き合いやすいと同級生から親しまれている草壁に、こんな刺々しい態度をとるのは学校中で俺ぐらいに違いない。
草壁は困った顔で、立ちすくんでいる。
「……座れば? そこ、席、空いてるし」
自分の態度を反省し、俺は草壁に声を掛けた。
俺が勝手に草壁にコンプレックスを持っているだけで、草壁が悪いわけじゃない。
俺の言葉にほっとした顔をして、草壁は俺の隣に座った。
てっきり、向の席に座ると思っていたので俺は驚いた。
渚を迎えに図書室に行ったときに何度か顔を合わせてはいるものの、さほど親しくはない後輩だ。草壁も用があってここに来たのだろうから、俺に構わずさっさと資料を取りに行くものと思っていた。
けれど草壁は、周囲に気遣うように声のトーンを落とし、なおも俺に話しかけてきた。
「萩原先輩と宮城先輩、同じ大学に行ったそうですね」
「……まあね」
宮城先輩と萩原先輩は男同士ではあったけど、校内の「公認」カップルだった。
天使のような優しさと美貌を持つ宮城先輩は性別を超越していたし、帝王というその名に恥じない威圧感と圧力は人間を超越していた。だから誰も文句など言わなかったし、二人が同じ進路を選んだことを、誰もが納得していた。
宮城先輩と違って教科ごと成績にムラのあった萩原先輩が、宮城先輩と同じ大学に合格することは容易ではなかったはずだ。だが、それを成し遂げてしまえるのが萩原先輩なのだ。
「東雲先輩も武藤先輩と同じ大学を目指すものだと思ってました。でも、違うんですね」
気のせいかもしれないが、草壁はそこはかとなく嬉しそうに見える……。
……もしかして、こいつ、渚のことが好きなんじゃ……。
……ライバルが減って、喜んでるってこと……?
草壁だったら、渚と同レベルの大学に入ることなど容易いだろう。その気になれば、簡単に渚の後を追うことができるに違いない。
微笑み合う草壁と渚の姿を想像しただけで、嫉妬で手が震えた。
……冗談じゃないっ! 可愛い女の子になら兎も角。同じ男になんか、渚を渡せるかっ!!
俺は自分の中の闘争心に、火が灯るのを感じた。
草壁、お前は確かに俺より頭はいいし性格もいいし運動神経もいいし、周囲からの信望も厚い。
けど、絶対、絶対、俺のほうが可愛いっ!!
それに、俺のほうが絶対、渚のことを愛してる!!!
「草壁、もしかして渚のことが好きなの?」
俺は直球で聞いてみた。草壁の返答次第で、攻撃態勢をとる気満々だった。
だが、草壁は俺の言葉に戸惑った顔をした。
「え。そりゃあ、武藤先輩には図書委員でお世話になっているし、どちらかといえば好きだと思いますけど……」
……オヤ?
草壁の反応の薄さに、逆に俺が戸惑わされた。
てっきり草壁は渚のことが好きだと思ったから、図星を突かれて慌てふためくに違いないと思ったのに。
「……ふーん」
草壁が渚に特別な興味を持ってないと知り、俺は安心すると同時に草壁との会話が面倒になった。
もともと、人見知りだし。
偶然この場で出会っただけの顔見知り程度の後輩と、これ以上話すことなんて別にないし。
それより進路を決めなければと、俺は再び資料に目を落とした。
会話が途切れても、草壁はまだ俺の隣に座っていた。
「あの……東雲先輩……」
「なに?」
俺は資料から眼を離さず生返事をした。
「あの……」
人に話しかけておきながら、話す内容を忘れてしまったんだろうか?
草壁が次の言葉を発するまで、長い間があった。
「あのっ! 東雲先輩、一緒に、映画でも見に行きませんか?」
「なんで?」
間髪いれず、俺は思わず聞き返していた。
誓って言うけど、このとき、俺は本気で草壁の意図を理解できていなかった。けして意地悪なつもりじゃなかった。
俺は目一杯訝しげな表情をして、草壁の顔を見つめてしまった。
……はああああっ!? なんで俺が、親しくもない後輩と、映画なんか見に行かなきゃならないわけ?
「す、す、すみませんっ。先輩、忙しいですよね。し、失礼しますっ!」
草壁は顔を真っ赤にし、泣きそうな表情で走り去った。
……なんなんだ、今のは?
このときもまだ、俺はよく状況が分かっていなかった。
ちょっと悩んで、10分ぐらい経ってからようやく気がついた。
……そうか。
草壁は、渚のことが好きなんじゃない。
あの後輩は、俺のことが好きなんだ。
さほど接点のない後輩から、好かれるいわれなどないはずだけど。
ふと気づくと進路指導室にいる生徒全員が俺を見ていた。
2年のスーパースターである草壁の誘いをあっさりと断ってしまった俺に、周囲の目は冷たい。俺はさすがにいたたまれなくなって、なんの収穫もないまま進路指導室を後にしたのだった。



翌日、登校したら、上履きがなかった。
しかも上履きの代わりにゴミが詰め込まれていた。
……生ゴミじゃないだけ、マシと思うべき?
俺は溜息をつき、ゴミをそのまま放置して、下駄箱の戸を閉めた。
……どうしよう。
「おはよう。……飛鳥、どうしたの?」
「遅刻するぞ?」
ぼんやりと突っ立っている俺を不審に思い、一緒に登校してきた夕貴と翔太は、俺の下駄箱を覗き込んだ。
「うげっ」
「……ひどい……」
ゴミが一杯に詰められている俺の下駄箱を見て、夕貴も翔太もショックを受けたようだった。大人しい性格の夕貴は泣きそうな顔をし、短気な翔太は、誰がやったんだと俺の代わりに怒ってくれた。対照的な二人の反応を見ていたら、かえって冷静になれた。
「とりあえず、来客用のスリッパ借りてくる」
「だったら、俺が借りに行ってやるよ。飛鳥はここで待ってろよ」
俺が遠慮する間もなく、翔太は素早く自分の靴を脱ぎ替え、スリッパを借りに行ってくれた。翔太を待っている間、夕貴にも手伝ってもらって、下駄箱の中を片付けた。
「飛鳥、借りてきたぞ」
「ありがとう」
目立つからヤだなぁと思いつつ、仕方ないので、俺はスリッパでぺたぺたと歩きながら、夕貴と翔太とともに教室に向かった。遅刻ギリギリで教室に滑り込むと、クラスメートがほぼ全員、興味津々な顔で俺のことを見ていた。
「……なんだよ?」
朝から嫌がらせはされるは、クラスメートからは珍獣を見るような目を向けられるは、一体なんなんだ!?
俺はちょっとイラっとした。
「東雲、お前、『無敵の騎士(ナイト)』を振ったんだって?」
「……騎士(ナイト)? 誰のことだよ」
クラスメートの鈴木が何のことを言っているのか分からず、俺は首をかしげた。
「二年の草壁のことだよ。進路指導室で、こっぴどく振ったらしいじゃん」
「……あー。別に、振ったってワケじゃ……」
いや、振ったってコトになるのか?
草壁からの誘いを断ったのは事実だし。
「えー? ナニその話。俺、聞いてないぜ?」
鈴木との会話に翔太が割り込んできた。昨日の進路指導室での一件は、別に隠すほどのことじゃなかったけど、もうすぐ先生が来てしまいそうだったから、休み時間に詳しく話すと翔太に約束した。



「なるほど。じゃあ朝の下駄箱も、『無敵の騎士』草壁駿のファンの仕業ってことかぁ」
さっそく1時限目と2時限目の間の休憩時間、事情を知りたがる翔太と、それに付き合わされた夕貴の二人に、俺は昨日の出来事を話した。
「あの草壁に想われるなんて……。飛鳥、少しはぐらつかなかった?」
「そうだよ。草壁駿と言えば、顔良し頭良し性格良しで、その上、金持ちらしいじゃん。父親が家具の輸入会社の社長とかなんとか。飛鳥んちもでけぇけど、草壁の家もすげぇらしいよ」
「げー。いくら顔が良かろうが性格がよかろうが、男じゃん。ヤだよ」
「お前がソレ言う? 武藤はどうなんだよ」
「渚は特別! だってキレイだし。他の男なんかじょーだんじゃないよ!」
渚以外の男とだなんて、想像しただけでぞっとする。
俺がきっぱりと言い切ると、翔太は惚気てんじゃねぇと毒づき、力いっぱい呆れた顔をした。
「まあ、確かに、武藤は綺麗な顔立ちだよね。2年の頃は、武藤、上級生の男の先輩にしょっちゅう言い寄られてたもんね」
……なに!?
聞き捨てならない話題を夕貴がさらりと口にした。
「男の先輩に、無理やりヤられそうになったこともあったもんな〜。身長も2メートル近くって横幅ある空手部の先輩に、空いている教室に連れ込まれて犯されそうになってさー。それを返り討ちにしたんだよな、武藤のヤツ。相手の男、1週間ぐらい入院してたよな。油断もあっただろうけど、そいつ、空手の黒帯だったらしいぜ。それ以来みんなびびっちゃって、表立って男に言い寄られることはなくなったとか」
「可愛い兎の中身が、獰猛な虎だってことにみんな気がついたんだよね」
夕貴がしみじみといった口調で言った。
「武藤、性格容赦ないもんな。顔はキレイかもしれないけどさぁ。俺は草壁のほうがいい男だと思うぜ? 学祭のとき、俺、無理やりクラスの代表にさせられて。草壁もクラス代表になってたからとちょっと話したことあるんだけど、結構いいヤツ」
「武藤も人気あるけど、敵も少なくないもんね。その点、草壁は性格が穏やかだし、それでいて意志が強いから一目置かれているし。……どう、飛鳥? 武藤より優しくしてくれると思うよ?」
……なになに? 二人とも人のカレシ批判ですか!?
……草壁は、優良オススメ物件ですか!??
「どうもこうもないっ! 可愛い後輩の女の子に慕われるんならともかく、後輩の男に迫られたってキショいだけだっつーの」
「自分も男と付き合ってるくせにキショイかよ。まったく、これだから『我儘姫』なんてあだ名を付けられるんだぜ」
「えー。男に「姫」ってなんだよ。それに俺、我儘じゃないし」
「「我儘だよっ!!」」
二人同時にツっこまれた。
……え。俺って我儘!?
力いっぱい肯定され、俺は軽く落ち込んだ。
末っ子だし、甘やかされた自覚はなくはないけど。渚にもしょっちゅう、甘え過ぎと怒られるけど……。
「やっぱり、『我儘姫』を調教できるのは『氷の王子』だけだよな。破れ鍋に綴じ蓋ってことか。しょうがねぇな」
……失礼な言い草のように聞こえるのは、俺の気のせいか!?
「『氷の王子』の態度があまりにもクールだから、『我儘姫』と付き合っているのかいないのか半信半疑って話だよ。草壁みたいに惑わされちゃう子がいると可愛そうだから、宮城先輩たちみたいにオープンにしたら?」
「だよなー。草壁ならよりどりみどりだしさ。なにもこんな面倒な相手、選ばなくてもねぇ? かえって良かったんじゃねぇの」
……失礼なっ!
翔太も夕貴も、好き勝手な意見を口にした。
ようするに「他人事」というわけだ。
……まあ、いいけどさ。
いかにいいヤツでも、俺は渚以外の男に関心ないし、草壁からの誘いもすでに断っている。
草壁のファンからの嫌がらせには閉口したが、それも放っておけば収まるだろう。
翔太も夕貴も、俺が渚にベタ惚れなのは知っているし、口ではああいったものの俺が心変わりするなんて思ってもいないだろう。
このとき3人とも草壁とのコトは終わった出来事という認識だった。
だが、その考えが甘かったと思い知らされたのは、すぐだった……。

 
 
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