【悪魔と愛犬 -13-】
 
キースダリアの判断は正しい。
愛しているというのならなおのこと、この世界に引きずり込むべきではない。
どれほど別れが辛くても。
「けれど私は、お前の母親だからなぁ……」
灯り一つない部屋でぽつりとキアセルカは呟いた。
……もっとも、昔から自立心旺盛なあの子は勝手に育って大人になったから、母親らしいことなどした覚えはほとんどないけれど。
そして、世界を守るために犠牲にした、最愛の『夫』のことを想った。
かつて世界は一つだった。それを支える礎が失われたとき、世界は滅びるはずだった。
けれど自分がそれを拒んだから。滅び行く世界の運命を認めなかったから。『彼』は世界を存続させるため、未来永劫とも呼べる永いとき、重荷を背負うこととなったのだ。
今度は息子たちに、その重荷を背負わせようとしている……。
「……私は、酷い女だな」
自分の我侭を貫くために、愛する人たちを巻き込んだ。
……キースダリア。愛しい息子。
……お前の気持ちはよく分かる。
しかし、世界を担うということは、容易いことではないのだ。たった一人で苦難に立ち向かおうとする息子を誇らしいとは思うけど。
「……『和己』がいないと、お前は幸せになれないのだろう……?」
息子が滅多なことで他人に心を奪われることはないと、よく知っている。それゆえに、『和己』がキースダリアにとってどれほど大切な存在であるか、分かりすぎるほど分かってしまった。
……ならばお前のために、お前の代わりに『和己』を地獄に落とそう。
……きっとお前は、怒るだろうけど。
「私のことを、嫌っても憎んでもいいよ。……キースダリア、お前が幸せでいてさえくれれば」
愛しい愛しい息子。
『母親』であるがゆえに、幸せを祈らずにはいられない。
自分がしてあげられることは、ほとんどないのだから……。



「あれっ。和己さんじゃないですか。お久しぶりです!」
「あ。優也さん……」
優也と出会ったのは本当に偶然だった。
用事がなければ滅多に出歩かない自分が、家にいると鬱々と気持ちが塞いでしまって、珍しく気分転換に花屋で鉢を物色していたら声を掛けられた。
どうやら近くの病院に知人が入院していて、お見舞いの帰りだったらしい。病院までは匡の妹の紗那と同行したものの、紗那は仕事で急に呼び出されて先に会社に戻ったそうだ。
「お時間、余裕あるんでしたら、一緒にランチしません? 前から寄ってみたかったレストランがあって、ホントは紗那と行く予定だったんだけど。仕事だから仕方ないとはいえ一人じゃヤだなって思ってたところだったんです。和己さんが付き合ってくれたら、すごく嬉しいんですけど……」
優也は、甘え上手だと思う。
こんな風に期待に満ちた眼差しを向けられて、久々だし一緒におしゃべりしたいだなんてストレートに好意を示されて、否とは言いにくい。
それに、食欲はなかったけれど、和己も優也と過ごす時間は好きだったし、元々気分転換が目的の外出だったのだから、拒む理由もなかった。
「はい。ぜひ、ご一緒させてください」
「やったー! ラッキィっ。あ、誘ったの俺だし、奢りますんで、遠慮なく頼んでくださいね!」
和己のYESの返事を聞いて、優也はにっこりと微笑んだ。美少年の満面の笑みには迫力がある。和己は思わず頬を染めた。
「あ、いえ、そんなわけにも……」
「実は誠司さんにお昼代貰ってるんで、遠慮なく!」
「え、でも……」
遠慮する和己を、不快でない程度に強引にひっぱり、優也は目的のレストランへと和己を連れて行った。優也が薦めるだけあって、アンティーク調に統一してディスプレイされた店内はお洒落で居心地がよかった。店員の対応もよく、料理もおいしそうだった。
「いやもうあのオヤジ。ずーっと前から誘ってるのに仕事で忙しいとか。金だけ俺に渡して紗那と行って来いだとか。ふざけんなっつーの。援助交際かよ? 俺、ただの愛人かよ? マジでぶっとばしてやろうかと思いましたよっ!」
席に着いたとたん、恋人への不満爆裂。
美少年らしからぬ乱暴な口調で恋人を罵りながら、優也はがつがつとご飯を食べた。繊細な外見とは裏腹に、優也は男らしく豪快によく食べる。
「仕事仕事って、仕事って言えばなんでも許されると思ってるんですかね? あの男はっ」
力いっぱい悪態をついた後、優也は深々と溜息をついた。
「……ホントは、分かってるんです。誠司さんは他の社員の生活も背負っている、責任ある立場で。俺のことを疎かにしているわけじゃなくて、自分の責任を果たそうとしているだけだって……」
それでもムカつくものはムカつくのだと、優也は言い切った。
「だってなんかもう、悔しいじゃないですか。会えない間、俺ばっかり誠司さんのことを考えてるみたいで。俺ばっかり好きみたいで……」
恋人の仕事を理解したうえで、会えなくて寂しいと拗ねる優也は可愛らしかった。匡の父親の誠司が、優也を猫可愛がる気持ちがよく分かる。イキイキとした瞳にコロコロと変わる表情は、生命力に溢れていてとても魅力的だ。
「あ。ごめんなさい。俺、なんか愚痴っちゃって……。」
「いえ。気にしないでください。人に話してすっきりすることもあるでしょうし……」
「えーっと、なんか俺のことばっかり話しちゃいましたけど、和己さんは最近、匡とはどんな感じですか?」
「え。どんなって……」
「……無事にエッチ、できました?」
優也は耳元でこっそり囁いた。
……は?
一瞬、意味が分からず固まり、意味が分かってから和己は顔を真っ赤にした。
「匡のヤツ、態度でかいくせに、好きな相手にはなかなか手を出せないだなんて、案外奥手ですよねぇ〜」
「あ、あの、違います……。匡と俺はそんなんじゃなくて……」
匡が自分を抱かないのは、優也が思うような理由ではない。
興味がないから、抱かないのだ。
「……俺の完全な……片想いで……匡……留学しちゃうし……」
言葉にすると、匡ともうすぐ離れ離れにならなければならないことを、まざまざと実感してしまい、自然と涙が零れた。
「えっ……! か、和己さん?」
「ご、ごめんな……さ…い……うっ…くっ……」
止めようと思っても、涙は次々と溢れて止められなかった。
急に泣き出したりして迷惑を掛けて、優也に申し訳ないと思うのに、哀しさで咽喉が詰まって声が出せない。
テーブルに突っ伏して泣いていると、優也は優しく背中を撫でてくれた。
「……すみ……ません。泣いたり……して」
「『人に話してすっきりすること』もあるでしょ? 俺でよかったら、ですけど。話、聞きますよ?」
優也に言った言葉をそのまま言い返されて、和己は泣きながら、ちょっとだけ笑ってしまった。
そして優也に促されるまま、ぽつりぽつりと、匡が留学を決め、3週間後には離れ離れになってしまうことを打ち明けた。
話しながら、同年代の友人に悩みを打ち明けるのは初めてのことだと、泣き過ぎてぼんやりとした頭の隅で考えていた。
学校に通っていた頃は、それなりに言葉を交わす友人もいた。でも、和己は匡だけを追っていたから。あまりにも匡に心を寄せすぎていたから。
学校の外でも会うような、深い付き合いのある友人を作ることはなかった。
それでも寂しいと思ったことなどなかった。
匡さえ傍にいれば満足だった。
なのに、匡は和己を置いて遠くへ行こうとしているのだ……。
「ナニそれっ! 勝手に留学って、酷いじゃないですかっ!!」
和己の話を全て聞き終え、優也は激怒した。
「でも、匡には勉強したいことがあって……。仕方ないって分かってるんです……でも……離れるのが辛くて……」
「だったら、和己さん、ついて行けばいいじゃないですか! 離れることが死ぬほど辛いんなら……死ぬ気になればなんとかなるもんです!」
「けど……」
「あのね、和己さん。本心見せて、匡に嫌われたら怖いって気持ち、よく分かる。俺も、そうだったから……」
「……え?」
和己は驚いて、優也の顔を見つめた。
これほど綺麗で可愛らしくて、恋人からの愛情を一身に受けている優也も、同じ気持ちを抱えていたことがあることが不思議だった。
「遠い昔の話だけどね。俺、バカだったから。愛されていないと思い込んで逃げ出して。そして、その俺の身勝手な行動で、愛する人を苦しませた……」
優也の辛そうな表情で、愛する人を傷つけたことで優也もまた傷ついたのだと言うことが分かった。そして、まだ十分に癒えてないその傷を、優也が和己のために晒して見せてくれているのだということも。
「俺は、あの人の心が欲しいと思いながら、逃げているばかりで何もしなかった。勇気がなかった。自分のことで精一杯で、何も見えていなかった」
「…………」
「ねえ、和己さん。欲しいものに手を伸ばすことすら躊躇ったら、手に入るものも手に入らなくなっちゃうでしょ? なにが自分にとって大切か、はっきり分かっているんなら、足掻かないと。失くさないために」
優也の言うとおりだ。
離れたくないと泣き暮らすばかりで、匡にただの一度も自分の本心を打ち明けたことなどなかった。
……足掻いてみようか。精一杯。
このまま匡と離れたら、きっと後悔する。
どんなにみっともなくても、泣いて縋って、必死で頼み込んで。
匡と一緒にいたいという気持ちを、分かってもらえるように頑張ろう。
だって、愛しているのだ。
何者にも代えがたいほど。
「……優也さん。俺、ずっと匡と一緒にいたいんです……」
口から零れた和己の本音に、優也は柔らかく微笑んだ。
そして、和己の額に人差し指をそっと押し当てた。
「天界の王の娘にして、次代天主の妃たるユリナの名において、汝に祝福を与える」
優也は澄んだ声で、祈りを捧げるかのように囁いた。そのときの優也は常とは違い、近寄りがたいほどの気品があった。姿かたちは同じなのに、一瞬の間に別人に刷り替わってしまったようで、和己は戸惑った。
優也が呪文のようなものを唱え終わった途端、一瞬周囲が明るくなった気がした。
額からそっと指が外され、和己は目を瞬かせた。
「……? 優也さん?」
「お呪(まじな)いです。最近、流行ってるみたいなんですよ? 恋愛運が向上するとか」
優也は茶目っ気いっぱいの表情で微笑んだ。いつも通りの優也に、和己はほっとした。
そのあと1時間ほど、優也とは世間話をした。
「和己さん。今度は我が家にも遊びに来てくださいね!」
優也は和己との別れを惜しみつつ、さっそく家に帰って和己から教わった料理を作りたいのだと帰っていった。



家に帰ると、まだ昼下がりの時間に珍しく匡は外出しておらず、ソファーに座って新聞を読んでいた。
和己はすぐキッチンに行き、コーヒーを淹れて匡の前のテーブルにそっと置いた。すると匡は視線を上げず手招きで和己を傍に呼んだ。
「……匡? あっ」
匡は強引に和己の腕をひっぱり、自分の膝の上に座らせた。そして強く抱きしめてきた。匡のコロンの香りが鼻腔を刺激し、それほど近くにいるのだという事実が、和己をうろたえさせた。匡が何を思っての行動か分からず、なおさら和己は混乱した。
「……あの?」
息が触れるほどの近い距離に、和己は自分の顔が熱くなるのを感じた。鏡を見たら赤くなっているに違いない。
……恥ずかしい。
けれど同時に嬉しくもあるので、和己は大人しく腕の中に留まっていた。
匡は長いこと、和己を抱いたままの姿勢でいた。和己の動悸はまだ鳴り止まなかったが、匡の体温に慣れてくると、同時に切ない気持ちになった。
このぬくもりが遠く離れていってしまうなど、考えたくもない。
匡は和己の顎を軽く持ち上げ、唇で唇にそっと触れた。恭しい口付けに、匡も少しぐらいは自分のことを気に入ってくれているのだと、和己は思いたかった。
……欲しいものがあるなら……どんなにみっともなくても……足掻かないと……。
優也の言葉を胸の内で唱え、和己は精一杯、自分の中にある勇気を掻き集めた。
「……匡、離れたくないよ。……俺、匡が……好きだから……。ずっと一緒に……いたい……」
自分の本心を、やっとの思いで吐き出した。さすがに顔を見るのは恥ずかしくて、和己は目を瞑ってしまった。すぐに匡の返事はなく、だんだんと不安になってくる。
けれど、髪を撫でる匡の仕草が優しくて、おずおずと目を開けた。匡は、穏やかで優しい表情で、和己を見つめていた。
「お前に望まれると、心が動くよ」
「……匡……」
「だがダメだ。お前を連れて行けない」
「……どうして……? ……足手まとい……だから?」
目が熱い。泣いてしまいそうだ。
和己が願ったところで、拒まれる可能性が高いことは最初から分かっていた。けれど、匡の口から改めて言われるのは辛い。
それでも和己は、最後まで足掻こうと決心した。
「愛しているからだ。愛しているから、お前を置いて行く」
……愛していると、言ったの?
……匡が、俺のことを……?
和己は驚いた。
初めて匡に愛していると言われた。
諦めていた言葉を言ってもらえた。
一番聞きたかった言葉だった。
自分があまりにも望んでいたから、夢ではないかと、耳に届いた言葉がすぐには信じられない。
聞き間違えでなければ……とても嬉しい。息が止まってしまいそうなほど、嬉しくてたまらない。
でも、匡は和己を置いて行くという。
匡の気持ちが分からない。
「嫌。お願い、連れて行って。愛しているのなら……離さないで……」
とうとう和己は泣いてしまった。泣きながら匡に縋りついた。
匡の愛情が自分に注がれていることが嬉しくて、離れなければならないことが哀しくて、涙が止まらなかった。
今まで匡の言葉に『否』と答えたことなどなかった。
匡の願いは和己の願いでもあったから。
匡に尽くすことが和己の喜びだったから。
けれど、和己を置いて行くという匡の言葉に、頷けなかった。それが匡の望みだとしても。
「匡がいない世界で、俺、生きられない。匡が傍にいなくちゃ……俺……」
「可愛いことを言ってくれる。……だが、お別れだ。お前は俺のことは忘れるんだ」
匡のことを忘れられるわけがないと言い返そうとして、声が出ないことに気づく。声だけでなく、体も自由にならない。
匡は和己を丁寧に、ソファーに横たわらせた。
そして、和己の目の前に手のひらを翳した。
……イ・ヤ・ダ。
……ヤ・メ・テ。
何をされようとしているのか、はっきりと分かってはいなかった。けれど、本能的な恐怖が涌きあがり、和己は怯えた。
「愛してる。だから、さよならだ」
愛しているのなら、傍にいさせて欲しいと言いたいのに、声がでない。和己はただ目を見開いたまま、匡の行動を見ていた。見ていることしかできなかった。
「…………っ!!」
パリン、と何かが壊れるような音がした。同時に、日中だと言うのに、部屋は不自然な闇に包まれた。
「ユリナか。……余計な真似をしてくれる……!」
闇の中で、苛立つ匡の声を聞いた。
そして記憶の奔流が和己を襲う。
匡とこの部屋で過ごした、穏やかな時間。
匡と初めて出会った中学生時代の記憶……。
『お前、今日から俺のペットな。イイコにしてたらずっと傍にいてやるよ。お前が寂しいなんて思わないように』
母が亡くなった日に、匡が和己に告げた言葉。
『よかろう。貴様の望み、叶えてやる。悪魔の中の悪魔。次代の魔界を担う者、リューザ=リカオ=キースダリアの名に懸けてな』
夢の中で悪魔が、和己に告げた言葉。
いや……あれは夢ではなかった。
今まで封じられていた記憶が蘇る。
……ああ、そうか。
和己は納得した。
悪魔との契約。
夢だと思っていたけれど、あれは匡だったのだ。
闇の中で、何故か匡の姿だけが鮮やかに見えた。和己の記憶が蘇ったことに気がつき、匡は小さく笑って背の羽を広げた。
人間が持ちえるはずがない、美しい漆黒の翼。和己は、確かにそれに見覚えがあった。
「……俺が死ぬまで、ずっと傍にいてくれるって……約束してくれたのに……」
和己は匡が何者であろうとも、構わなかった。
自分の傍にさえいてくれれば。
人間であってもなくても、和己にとって、それはたいした問題ではなかった。
「フツー、この黒い翼を見て、『傍にいて欲しい』なんて、願うかぁ? お前、ほんっとバカだよなぁ」
いつも通りのバカにしきった口調だったが、和己の頬に触れる指先は優しかった。
「せっかくこの俺が、お前の『人並みの幸せ』ってやつのために身を引こうとしたのに、それをふいにするなんて、愚か者の極みだよな。いやもう、ほんと。最高級のアホ」
バカだのアホだの和己を罵りつつ、そこはかとなく匡が嬉しそうに見えるのは、和己の希望的観測だろうか。
匡は和己に覆いかぶさり、和己の唇に唇で触れた。
最初は触るだけだったが、徐々に口付けが深くなる。和己は匡の首に腕を回し、従順に受け入れた。
「んっ……」
「人が珍しく我慢しようと思っていたのに、台無しにしやがって」
キスの合間に匡は囁いた。
「……あっ……んっ……」
「……今からお前を地獄へ落とす。後悔しても……後戻りはできないぞ?」
「……匡が……そばにいないことが……俺にとって地獄だよ」
激しい口付けに翻弄されながら、和己は熱のこもった声で言い返した。
和己の言葉に、匡は笑った。
「すげぇ殺し文句。お前には負けたよ。和己、目を瞑れ。……『人間』としての自分を捨てる覚悟があるなら」
匡の言葉に従い、和己は躊躇いもなく目を閉じた。匡とともになら、どこにだって行くし、何者にもなれる。
後悔などけしてしない。
和己はすべてを匡に委ねた。
そして直後、胸に衝撃を感じ、そのまま意識を失った。
次に目覚めたときには、見知らぬ広い部屋に寝かされていた。
目を覚まして真っ先に和己は、匡の姿を探した。
「和己様。主はまもなくまいりますので、もう少々お休みになってください」
涼やかな声がしたほうを振り向くと、美しい人が控えめに佇んでいた。
見覚えのある顔だった。
「あ……。四阿……さん……?」
「覚えていてくださいましたか」
シアは和己の言葉に、嬉しそうに笑った。
「あちらの世界では、キースダリア様……『匡』と名乗っていらっしゃったようですが……に命じられて、御身の護衛を勤めさせていただいておりました。今後もその任は、私が賜りたいと希望しております。叶ったさいにはよしなにお願い申し上げます」
シアは跪き、ベッドで上体だけ起こした姿勢の和己の手を取り、手の甲に口付けした。
「え。あ、あのっ」
和己は生まれて此の方、このような態度を取られたことなどなかった。どのような反応をすればよいか分からず、焦った。
「和己様、無理せず横になっていてください。まだ疲れていらっしゃるはずです」
「え。う。あ。はい」
シアの言うとおり、確かに自分は疲れているのだろう。まだ体が重い。匡の姿が見当たらないのが不安で仕方なかったが、シアに強引にベッドに寝かされると、すぐに睡魔が襲ってきた。早く匡に会いたいということと、優也に別れの挨拶もせず別の場所に来てしまったことを気に掛けながら、和己は再び眠りに就いた。

 
 
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