【悪魔と愛犬 -12-】
 
整備された石畳の道路を、落ち葉を踏みしめながら歩く。
肌に触れる外気は、冬の気配を忍ばせていた。
「あの、お人好しめ」
和己と離れることを知ったとたん、紗那は自分が傷ついたような顔をした。他人事だというのに相変わらずあの妹は、他人の痛みを我がことのように感じ、自分も傷つく。損な性分だ。
魔王の位を継げば、今までより身動きは取れなく。権力が交代する時期には多少なりとも混乱が起きるものだ。一度魔界に帰れば、しばらくは他の界に渡る余裕などない。つまり、和己の寿命が尽きる前に、この世界を訪れることは難しいということだ。
一度別れたら、おそらく二度と会うことはないだろう。
最初は手放す気などなかった。
地獄に引き摺り降ろすつもりだった。
けれど……あいつを不幸にすることが恐ろしくなった。
「……まさかこの俺が、そんな意気地のないことを思うとはな……」
匡は苦い笑みを浮かべた。
笑っていて欲しい。
幸せでいて欲しい。
……だから……あいつは置いていく。
覚悟は決めたものの、損失の痛みは耐えがたい。
あれほど愛しいと思える者に、これから先、出会うことなどないだろう。
永久に近い寿命があるというのに、そう思う。
それでも離れなければならないのだ。
遠くない未来に。





「……え?」
昼下がり二人で並んでテレビを見ながらゆっくりと過ごす、幸福なひと時。
いつもと変わらない午後のはずだったのに……晴天の霹靂。
最初、和己は匡の言葉の意味がよく理解できなかった。
いや、したくなかった。
「え……あの……」
何か返事をしなければと思うのに、声がでない。
頭の中が真っ白だった。
「俺、留学するから」
匡は聞き間違えようがないくらいはっきりした声で、もう一度繰り返した。
「……え。……留学って……どれぐらい……? どこに……?」
心臓がどきどきする。
匡の言葉を聞くのが怖い。
不安で胸がいっぱいになった。
……それって、今までみたいに二人で暮らせなくなるってこと……?
「アメリカ。博士号をあっちで取りたいから、日本には当分帰ってこないつもり」
匡はなんの未練もなさそうに、テレビの画面に顔を向けたままあっさり言った。自分が思うほど、匡にとってこの生活は大切ではないのだろう。
付いていきたい。
傍にいたい。
けれどそんな言葉は、恐ろしくて口に出せなかった。
邪魔だと思われたらどうしよう。
面倒くさいヤツだと思われて、嫌われたらどうしよう。
どうすればいいんだろう。
匡のいない生活なんて、自分には考えられないのに。
「俺が留学している間、このマンション、好きに使っていいぜ」
和己が迷っている間に、匡によって決定を下された。
逆らう気力は和己にはない。
匡には最初から、和己を連れて行くという選択肢はないのだ。勉強のための留学で、自分にできることなど何一つとしてないと知りつつ、自分が匡にとって不要な人間であることを自覚し、哀しくなった。
そして匡のいないこの部屋で、たった一人で暮らしていかなければならないのかと思うと、泣きたくなった。
苦しい。
哀しい。
辛い。
危うく涙を零しそうになって、和己は強くまばたきをした。
「一ヵ月後に出発するから。お前との生活も、もうすぐ終わりだな」
「………!」
……そんな……。あと一月しかないなんて……!
こらえ切れずに涙が零れた。嗚咽が漏れないように、両の手で自分の口をふさぐ。匡が振り返らないことが、幸いだった。
それから匡が出発するまでの間、表面上は穏やかな日が過ぎた。
けれど夜中に、自分を抱いて眠る誰よりも愛しい人の体温を、もう感じることができなくなると思うと、自然と涙が溢れ出た。
日中はなんとか堪えても、夜になると哀しみが襲ってきた。
……いっそ、殺してしまおうか。
匡がもう二度と手の届かないところへ行ってしまうのなら、いっそのこと殺してしまおうか。そしてその後、自分もすぐ後を追う。匡のいない世界に、一秒だっていたくはないから。
真夜中に寝台を抜け出し、包丁を持って枕元に立つこともあった。
けれど、大切な人を傷つけることなどできるはずがない。
それにこんなことで、愛しい人が手に入ったことになるわけではないことを、和己はよく分かっていた。
自分を平然と置いて行こうとする男が憎くて、そして、愛しかった。
傍にいられるだけでよかった。
けれどその願いすら、叶わないのだ。
……捨てられたら、死んでやる。
ずっとそう思ってきた。
その決意に今も変わりない。
「嘘つき。傍にいてくれるといったのに……」
穏やかな寝息を立てて眠り続ける男の頬に、和己はそっと唇を寄せた。
愛している。
誰よりも。
匡のいない世界など、想像できないほど。





……刃を振り下ろせるほどの気概があれば、迷わずさらって行けるのに。
凶器を携えて自分を見つめる和己の気配は、目を瞑っていても感じていた。
どれほど想ってくれているのか。
どれほど愛してくれているのか。
十分知りすぎているがゆえに離れがたく、その未練がましさに我ながら呆れるばかりだ。
せめて人としての生を終えるまで、和己とともにいることも考えた。しかし、それは『世界』が許さない。強く……思い入れ過ぎた。『自分』という存在が世界に与える影響は小さくはなく、特定の個人に惹かれたがゆえにバランスが崩れた。このままでは世界は和己の『排除』という方向に動く。それを阻止するためには離れるしかなく、それゆえ母の願いどおりに魔界に帰ることを了承した。
「お前には、何一つとして残していかない」
立ち去るときには、自分に関する記憶を総て消去するつもりだ。二人の時間は、自分だけが覚えていればいい。
そして自分がいない世界で、和己は新しい人生を歩み始めるのだ。
本来ならば留学するフリをして、荷造りなどする必要は無い。けれど自分との別れを惜しみ、哀しむ和己の姿を見たかった。
和己の想いの深さを感じたかった。
だが、それももうすぐ終わりだ。
愛している。
誰よりも。
だからこそ、願うのだ。
和己が『人間』として、幸せな生涯を過ごすことを。
離れていても和己が笑っていると信じられるのなら、多少はマシな気分にはなれるだろうから。





「それではキースダリア様。お言葉に甘えまして、先に魔界へ戻らせていただきます」
魔界へ帰還することを許可され、バルヌスは深々と頭を下げた。
妹のことが気に掛かっていたので、一度、魔界に戻りたいと考えていたのだ。そして皇子には、バルヌスの懸念もお見通しだったのだろう。
昨日、突然部屋を訪れた皇子は、「ウザイ。バカップルども、さっさと魔界へ帰ってろ。俺もすぐ戻る」と尊大な態度と口調で言い放った。
シアは己の主を一人にすることを躊躇い、迷った顔をしたが、「色ボケした部下など役に立たない」ときっぱりと言われ、バルヌスとともに魔界へ戻ることを了承した。
現在、シアはお世話になった方に挨拶に行きたいと、皇子のこの世界の妹である『天城紗那』の元を訪れていた。
「紗那様と会えなくなるのは寂しいですね……。和己様のことも、主は置いていかれるようですし……」
シアの気持ちを疑う気はないが、親しい人間との別れを惜しむシアの姿になんとなく面白くない気持ちになり、昨夜はシアが気絶するまで責め立ててしまった。
最初からシアとの相性は良かったが、想いが通じ合ってからはなおさらで、何度抱いても飽きなかった。敵対していた頃と異なり、夜だけでなく普段からもシアに優しく接するようになると、シアも以前の刺々しい態度はなりをひそませ、素直に自分を慕う姿は可愛くて愛しかった。シアが自分を見上げて幸せそうに微笑むと、それだけで胸がきゅーっとなり、たまらない気持ちが湧き上がってくる。シアのためならなんでもしてあげたいと思っていた。
魔界に戻ったら、正式に結婚するつもりだ。愛する人と寄り添えるのは、なんて幸福なことなのだろう。
そのことを皇子に報告したら「勝手にすれば?」と冷ややかに言われたが、否とは言われなかった。父のガダン王からは「元人間との結婚など許さない」と反対されそうだが、無視することにする。なんといっても、『皇子公認』なのだから、父も下手な妨害工作を行うことはできないだろう。
バルヌスはシアこそが自分の唯一無二の伴侶であると確信していた。
「お待たせして、申し訳ございません。ただ今、戻りました」
急いで戻ってきたのだろうか。シアは息を荒くし、額には汗がにじんでいた。
「おっせーよ、ボケ。……んじゃ、とっとと始めるぜ?」
今から行う術はシアのためのものだ。この世界から魔界に渡るのは容易ではないが、ある程度力があれば不可能ではない。
だが、元人間のシアにはさほど魔力は備わっていないため、独力では界を渡ることができなかった。
シアを守るようにバルヌスは後ろからしっかりと抱きしめた。バルヌス一人の力でも、シアを連れて行くことは不可能ではない。しかし、稀有な存在であるシアはどの界にも属さない。それゆえ安定に欠けるため、念のため魔王キアセルカと皇子の力を借りることになったのだ。魔王キアセルカと皇子の存在が二つの界の目印となり、道はより強固になる。
詠唱もなしに、皇子は指の動きだけで術を発動させた。違和感なく移動は一瞬で終わった。通常であればこうはいかない。さすがというべきか。
「バルヌス、シア、私の息子がお世話になったな」
「…………っ!!」
移動直後、シアを抱きしめたまま、バルヌスは驚きのあまり固まった。
始めに言っておいて欲しかったと、心から思う。
よりによって、到着先が魔王キアセルカの御前だとは。
城内にある皇子の部屋と道を繋ぐと聞かされてはいたし、今回の件では魔王キアセルカの助力があったこともよく分かっていた。礼を申し上げるために御前に参上せねばなるまいとも考えていた。だがまさか、魔王キアセルカ本人に出迎えられようとは、思ってもみなかった。
「お、恐れ多いお言葉」
長きに渡って魔界を治めてきた魔王キアセルカは、バルヌスにとっては雲の上のような存在だ。一見、小柄な女性だが、その身には底知れない力を宿している。
冷や汗を掻きながら膝を突いた。
「身勝手かつ気まぐれで我侭な性分だが、私にとっては愛しい息子だ。これからも、よく仕えて欲しい」
「御意」
「顔を上げなさい。二人の結婚の儀のことも、キースダリアから聞いているよ。めでたいことだ。いろいろと困難もあろうが、私も出来る限りのことはさせてもらうつもりだ」
皇子だけでなく、魔王のお墨付きも得ることができた。
さすがに父ガダンも表立ってシアとの婚姻を反対することはできないだろう。顔が弛みそうになるのをバルヌスは堪えた。
「お心遣い、心より感謝いたします」
魔王キアセルカは、バルヌスの言葉に小さく頷いた。
シアは驚いた顔をバルヌスに向けたが、魔王の御前であるため、問いただす言葉を控えたようだ。実は、バルヌスはシア本人に、結婚のことを伝えていなかった。プロポーズをする前にバラされてしまったわけだが、結果的には良かったかもしれない。シアはバルヌスとの身分違いを気にしていた。それゆえに、どれほど想ってくれていても、バルヌスのために身を引いてしまう可能性が高かった。
魔王もすでに了承済みとあれば、シアもバルヌスの顔をつぶさないためにも、断ることなどできないだろう。それに、バルヌスの本気も分かったはずだ。二人の仲を公言したいほど、バルヌスがシアを想っていると。
「ところであちらの世界に、キースダリアが心を奪われた人間がいると噂になっているが、誠か?」
「はい。真実でございます。ですが主は……和己様を魔界へはお連れになる気はないようでございます」
淀みなく魔王キアセルカの問いに答えたのはシアだった。
「連れてくる気はない? なぜだ?」
「僭越ながら私の考えを申し上げさせていただきますと、主はおそらく普通の人間でいらっしゃる和己様を、故郷から離してしまうのは忍びないと思われたのではないかと。人間としての幸せを掴んで欲しいと願ったのだと思います」
「相手の気持ちを慮ってということか?」
「御意」
シアの言葉に驚き、そして魔王キアセルカは声を立てて笑った。
バルヌスとシアが唖然として言葉をなくすほど笑い転げた後、魔王キアセルカは目尻にうっすらと涙を溜め呼吸をなんとか整えようとしていた。
「くっ……あは……は。失礼。他人を平気で地獄に突き落とせる酷薄で身勝手なあの子が! 相手のことを気遣って自分の気持ちを抑える!? いや、もう、想像しただけでおっかしくて……。恋とは不可思議なものだな……!」
バルヌスは、魔王キアセルカがただ面白がっているのではなく、喜んでいるのだということに気がついた。皇子の想い人の存在を知り、心底嬉しそうだった。
はしゃいでいる、と言っても良いかもしれない。
「ところでその和己という人間は、キースダリアのことを何と思っているのだ?」
「和己様もまた、キースダリア様のことを深く慕っておいでです」
「ふむ。……ならば、想い合う二人は供にあるべきだと、そう思わぬか?」
「御意」
魔王キアセルカの言葉に、安心したように微かに微笑んだシアの表情に、バルヌスはシアが魔王キアセルカを煽ったのだということに気がついた。
自分の意見を容易に翻すことのないキースダリアの性格をよく理解しているがゆえに、シアは和己の件で口出しすることはしなかった。だが、キースダリアの母でもある魔王キアセルカならと考えたのだろう。表に出さなくても、シアはずっと己の主のことを案じていたのだ。
「……とはいってもあの捻くれモノの息子のことだ。私が干渉したと知れば、逆に意固地になりかねない」
……確かに。
バルヌスは心の中で、魔王キアセルカの言葉に同意した。
「それにしても、早く『嫁』に会ってみたいなぁ。二人はすでに『和己』に会ったのだろう? どのような人間なのだ?」
それから二時間以上、根掘り葉掘り『和己』について聞かれた。
熱心な魔王キアセルカの態度に、バルヌスは面食らった。そして、自分が今まで抱いてきた魔王キアセルカのイメージが覆されていくのを感じていた。けれどそれは幻滅したという意味ではなく、息子を心配する母親としての姿は微笑ましく、バルヌスは皇子を羨ましく思った。母はとうの昔に亡くなり、父は息子たちのことより己の権力を維持することに関心を注いでいた。親から愛情を与えられた記憶は、バルヌスにはない。
親を恋しいと思う歳はとうに過ぎているが、それでも過去に得ることができなかったものについて考えると、寂寥感が湧き上がってくる。
バルヌスの気持ちを察したのか、シアはそっとバルヌスの手を握り締めた。
手のひらの温かさに、愛しいなと、しみじみ思った。
シアと出会い、そして今こうしていられるのは、皇子のおかげだと言えないこともない。だからこそ、皇子にも幸せになって欲しいとバルヌスは思った。そして、素直に他人の幸せを祈れる自分に気がつき、これも自分が幸せだからなのだろうと思った。
「長く引き止めて済まなかった。別室が用意してある。二人とも、今日はゆっくりとこの城で休むがいい」
「お心遣い、ありがとうございます」
妹のことは気がかりだったが、魔王キアセルカの申し出に従うことにした。今すぐシアを抱きしめたかった。
皇子の部屋から出ると外には召使が控えていて、バルヌスとシアを案内してくれた。
「キアセルカ様は、どうなさるおつもりだろう……」
二人きりで残された部屋で、シアは不安そうにバルヌスを見上げた。自分を頼りにする姿に満足するとともに、他者のことで思い悩むシアについ嫉妬してしまう。
シアを軽く抱き寄せると、シアは自分からバルヌスの背に腕を回した。
「あの方なら、皇子を動かすことも可能だろう。皇子の性分は、誰よりもご存知のはずだ」
皇子と和己のことは心配だ。
だが今は、シアの体温を感じたかった。
「あっ……んっ……」
シアの白い首筋をきつく吸うと、シアは甘い声で鳴いた。耳元で抱きたいと囁くと、恥じらいながらも自分から服を脱ぎ、バルヌスの前で膝を突いた。シアの露になった白く美しい裸体に目を奪われ、バルヌスは自身の欲望が高まるのを感じた。
シアは繊細な指先でバルヌスの前を寛げ、躊躇いもなく固く張り詰めた雄に舌を這わせる。自分に奉仕するさまが愛しい。バルヌスはシアの頭を撫でた。
最初は舌を出して飴を舐めるようにしゃぶっていたが、次第に動きが大胆になっていく。シアは大きく口を開けてバルヌスのモノを熱心に愛撫した。
出会った頃はたどたどしい舌使いだったが、無垢だったシアを一から自分の好みに仕立て上げ、今ではときとしてバルヌスさえ舌を巻くほど巧みな技を身につけていた。もっとも、シアのそのテクニックを、他の男のために使わせる気は一生ない。
「……くっ……」
出る寸前、バルヌスは腰を引き、シアの顔に欲望をぶちまけた。
シアはうっとりと、頬に付いた粘り気の強い液体を親指でぬぐい、ぺろりと舐めた。そして、バルヌスのモノに舌を絡めて清めていった。最後にちゅっと音を立てて吸い上げる。
シアの積極的な行為に興奮し、バルヌスはやや乱暴にシアをベッドに押し倒した。そしてお返しとばかりに、シアの可憐な雄のシンボルを口に含んだ。バルヌスのもっているモノと比べると、シアのモノは小さい。簡単に口に含めるので、愛撫もしやすかった。そして口淫を続けながらも、女の部分にも指を抜き差しし、シアの快感を高めていった。
「ああっ……! やっ……。あ……」
激しい快楽にシアは眦から涙を零しながら、ベッドの上で乱れた。シアの快感をさらに深めるため、バルヌスは自分のはやる気持ちを抑え、じっくりとシアの中を指で掻き回した。それから、熱く濡れたそこにバルヌスは舌を差し入れる。
「意地悪、しないで……。焦らさないで、ください……。もう、入れてっ……」
シアはバルヌスに挿入をねだった。自ら膝を立てて足を大きく広げ、バルヌスを誘った。
「早く、あなたが、欲しい……」
シアの潤んだ瞳に煽られる。シアの媚態にそそられ、我慢しきれず、再び力を取り戻した己のモノをシアの中にゆっくりと突き入れた。
「あっ…ん…イイっ……」
「動くぞ」
断りを入れてから、バルヌスは腰を大きく動かし始めた。そのたびにシアの口からは甘い声が漏れた。
シアの中は、入れるときは柔らかく受け入れ、出そうとすると引き止めるかのように引き締まる。形は良いが大きくはないシアの乳房を揉みながら、腰をぐいっと押し付けると、熱い粘膜がますます強く締め付けてくる。
「………っ」
こらえきれずにバルヌスは、シアの中で果てた。欲望の総てもシアに注ぎ込んだ。
そしてそのまま抜かずに、シアの細い体をしっかりと抱きしめた。シアも腕と足を絡めてバルヌスにしがみついてきた。
「あの……結婚の儀って……本気……ですか?」
シアはおずおずと、小さな声でバルヌスに尋ねた。
「ああ。お前を愛している。だから……妻として私の傍にいて欲しいのだ。これから先もずっと……」
「でも……私は元人間ですし……釣り合わない……」
「そんなことはない。お前以外の者を、隣に据える気などまったくないぞ。……断ってくれるなよ? 皇子や魔王様の了承は得ている。花嫁に逃げられた、可哀想な男にしないでくれ……」
「根回し済み、といわけですか?」
シアはくすりと笑った。
「仕方ない人。……あなたの望みどおり、あなたの傍にずっといることを誓います。私だって……あなたのことをとても愛しています……」
「シア……」
抱き合っているうちに、シアの中で徐々に固く張り詰めていくのを感じた。
「……すごい……大きい……」
バルヌスを感じて呟かれたシアの言葉に、バルヌスは顔が赤くした。
「すまん。……昨日も、無茶をさせたのに……際限がなくて……」
しつこいと思われていないかと、バルヌスは心配になった。昨夜もシアが疲れ果てて寝入るまで……眠っている最中も……犯し続けた。抱き合えば抱き合うほど、シアにはまっていく自分を自覚していた。
見境がない。
「……あの、軽蔑なさらないで、くださいね。……あなたとこういうことをするのは……あなたの体の全てが……気持ちよくて……だから、あなたに抱かれるのは……嫌ではなくて……」
もっとしてください、とシアは小さな声で囁いた。そしてバルヌスの雄を挑発するように、内部を締め付けてきた。
バルヌスは腰を動かしながら、シアの反応を楽しんだ。わざと激しく動かさず、小刻みに腰を揺らした。
「あんっ……イイ……もっと……」
緩慢なバルヌスの動きに焦れたシアは、体位を変えてバルヌスの体に跨った。
そして上半身を反らしバルヌスの腹筋に手をついて、腰を淫らにくねらせた。貪欲にバルヌスを求めるシアは可愛い。シアの美しい裸体を見上げ、視覚でもバルヌスは愉しんだ。そして下から乱暴に突き上げると、シアは甘い声で啼き、前から欲望の証を放出した。勢い良く飛び散り、バルヌスの頬を汚した。
同時にバルヌスも、シアの中にたっぷりと熱い体液を放った。
繋がったまま、シアはぐったりとバルヌスにもたれかかってきた。バルヌスはシアを自分の体の上に乗せたまま、抱きしめた。そして唇を重ねた。
「……シア?」
「…………」
シアからの反応がないと思ったら、疲れ果てて眠ってしまっているようだった。バルヌスはシアの額に優しくキスをしてから体を離し、布で体を清めてやった。
もちろん、今まで抱いた他の女にこんなことまでしてやったことはない。奉仕されたことはあっても、誰かに尽くそうと思ったことなどなかった。
けれどシアに対しては、喜ばせたい、大切にしたいと思ってしまう。
「……明日になったら、妹に紹介しよう……」
バルヌスはシアのさらりとした髪を撫でた。
そしてシアを抱きしめて自分も眠りについた。

 
 
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