【悪魔と愛犬 -03-】
 
「ふっ……。魔界にいたときはいざ知らず、人間界においては貴様の力は十分の一以下に制限される。それで、この私に勝てると思っているのか?」
リューザ=リカオ=キースダリアの気に押され、一瞬でも怖気づいたことを恥じるように、バルヌスは横柄な口調で言った。
確かにバルヌスの言うとおり、人間の体に魂を移している限り、使える力は微弱なものだ。
だが、それでも。その程度のハンディで、『リューザ=リカオ=キースダリア』よりも強くなった気でいるなら滑稽だ。
シアは己の主が勝利することを僅かも疑っていなかった。
それほど、甘い方ではないのだ。
一つ切り札を出せば、その手の中には新しい切り札が用意されている。狡猾さにおいては他に追随を許さない。暴いても暴いても、あの方の真意を得ることなど出来ないだろう。
もし、あの方の真実に触れる瞬間があるとすれば、それはあの方自身がそれを許したときだけだ。
その可能性があるのは、おそらく、結界の中で穏やかな表情で眠っている少年ただ一人。
少年……名前は確か、久能和己と言った……を守護結界の中に取り込む前に、シアが術をかけて意識を奪った。ただの人間である和己に、この世界の者ではない魔物たちを葬(ほうむ)り去る瞬間を、まさか見せるわけにはいかない。そんなことをすれば、自分が主に殺される。
殺戮(さつりく)の宴は間違いなく彼に恐怖しか与えないだろう。それは彼の心を壊しかねない。
体だけでなく和己の心を傷つけることも、主は許していないのだ。
久能和己。
唯一、主に『守りたい』と思わせることが出来る存在。
「どうやったらアンタみたいな弱っちいやつに負けられるのか、そのほうが疑問だね」
主は小さな声で素早く呪文を呟く。
本来であれば、呪文などに頼らず、念じるだけで主は術を発現させることが出来る。だが力の制約を受けているため、術を使うために呪文や札などを補助として利用することがある。
「ぎやぁっ!!」
バルヌスの右腕がいきなり弾けた。細かな肉片があたりに飛び散る。
シアは目を見張る。
バルヌスは自分の体に強力な守護膜を張っていた。にもかかわらず、こうも容易(たやす)くバルヌスの体を傷つけることが出来るとは。
『テタニディスの槍』が光を増して輝いている。
槍の力を使ったことは分かる。
だが、それだけではない。槍の力だけではバルヌスの反撃をまったく許さず、彼の腕を奪うことなど出来ない。
「き、貴様……! 貴様に、そんな力はないはずだぞ! 一体どんな術を使った!」
「素直に答えるバカはいない」
冷笑を浮べながら、主は再び呪文を口にした。槍は微かに振動音を伝え、青い光で周囲を照らした。
バルヌスの残っていたほうの腕と、両足が今度は消失した。血溜りの中にバルヌスは倒れこんだ。
一瞬にして勝負は決まった。
いや、勝負にすらならなかった。
圧倒的な実力の差。
「何故……だ……どうして……貴様……」
自分の血に浸かりながら、バルヌスは疑問を口にする。自分の敗北が悪夢であるかのように。いまだ自分の身に起こったことが信じられないのだろう。
「確かに、な。まっとうに戦ったら俺は勝てねぇだろうな。なんつったって、人間の身だしぃ?」
主の手の中で、槍は変化をし始めた。みるみる間にそれは、一匹の黒豹へと姿を変える。
「だが、この俺が、まっとうな勝負なんてするはずがないだろ? 安心しろ、バルヌス。殺しはしない。ガダンの息子を殺せば面倒だからな。だが、その魔力は奪うぞ。二度とおいたが出来ないようにな……」
主の意図を察し、蒼い目をした黒豹は、バルヌスに襲い掛かる。胴に刃を食い込ませ、その血を啜り上げる。
「ぐおぉぉぉぉぉっ……」
四肢を奪われそれだけでは飽き足らず、バルヌスは魔力まで奪われようとしている。
可愛そうに。
自分が受けた傷も忘れ、シアは同情してしまう。
愚かさの極みではあると思ってはいるが。よりによって、我が主に歯向かおうとは。
「リューザ=リカオ=キースダリア様。どんな技を使ったんですか?」
シアは寝転がったまま聞いた。傷はほとんどふさがったが、大量に出血したため体に力が入らない。
「お前が貧相な体を晒している間に罠を仕掛けた。お前のちゃちい色仕掛けも、少しは役に立ったっつーことだな」
そして、主は懐から紙を取り出した。
「これをヤツの周囲にばら撒いといた。バレないように、気配を殺してな」
「? ……それは?」
「グレス=ファディルに頼んで書いて貰った。簡単に言えば爆弾みたいなもんだ。グレス=ファディルの力を封じ込めてある。俺の意思で発動させることが可能だ。次代の天主と次代の魔王の力の結集ってやつだな」
「また……凄いものを開発なさいましたね」
シアは感嘆の声を上げた。
物質……この場合は紙だが……に他者の力を封じ込め、時間をずらして発動させる。
簡単なようで誰にでも容易に出来ることではない。一枚の紙に自分の力と他者の力を絡み合わせて封印する。恐ろしく高度な術だ。このとき少しでも2つの力のバランスが崩れれば、力は暴走する。
少しでもそれを防ぐために通常はもっと頑丈な物質を使用するわけだが、ぺらっぺらの指で引き千切れる紙を使っているところに主の自信がうかがえる。
「……持ち運びも便利そうですね」
「お前にも後で分けてやろう。だが、使い方を間違えれば敵じゃなくてお前が吹っ飛ぶから気をつけろよ」
「……心して使わせて頂きます」
主が気をつけろと言うからには、本当に気をつけなければならないのだろう。そんな危険なものを使いたくない……と内心思ったが、逆らったら怖いので、シアは素直に頷いた。
主は後のことは任せたと言い置いて、結界の中で守られていた和己の体を抱き上げた。和己の体に傷一つないことを確認し、主は微かな笑みを見せた。
違和感。
目が、優しすぎるのだ。
主は久能和己にたいしてだけ、あんな柔らかな眼差しを向ける。冷酷非情なあの主が。
それほど彼は特別な存在なのだ。
シアはバルヌスの愚かさをしみじみ悟る。愚かだと思っていたが、やっぱり愚かだ。
あれに手を出そうとしたなんて。
それは、はっきり言って、自殺行為に等しい。
目の付け所は悪くはなかった。確かにあれは、主の弱点なのだろう。
しかし同時に主の逆燐であることも、理解しておくべきなのだ。
バルヌスの魔力を吸収し終えた豹は、シアの元に戻ってきた。豹の頭を撫でてやると、豹はぺろぺろとシアの全身を舐めた。すると、体に力がみなぎって来た。おそらく溜め込んだ魔力をシアに分け与えてくれたのだろう。
主に比べれば、『テタニディスの槍』のほうがよほど優しい。
ようやく立ち上がれるまでに体力を回復させたシアは、服を身に付けバルヌスの元に歩み寄った。
後の始末を主から命じられた。
さて。どうしようか?
「ぐぅ……こ、殺せ……」
四肢を亡くし、魔力を亡くしても、バルヌスは生きていた。ここまで痛めつけられたと言うのに目には強い意志が宿っている。仮にもガダン王の息子だ。弱くはないのだろう。たんに、主が強すぎると言うだけで。
「殺すのは簡単だ。だが、主はそうはお命じになられなかった」
死よりも重い罰を。
最大の屈辱を。
短くない付き合いだ。
主が何を望んでいるのか、それぐらいのことは分かった。
「ふふ。いいことを考えた。お前、今日から私のペットにおなり」
「なっ……!」
反論を許さず、シアは手の甲でバルヌスの頬を打った。反抗できない無力な者と知っていながら、シアに容赦はなかった。
シアはバルヌスの胸に手をあて、呪文を呟く。
バルヌスは仔猫になった。
「フーッ……!!」
猫になっても意識はそのままだ。さぞかし不本意だろう。
シアは自分が思いついた『罰』に自分で満足した。これなら主もきっと、満足してくれるに違いない。
「可愛いネコちゃん。大人しくしておいで。そうすれば可愛がってあげる」
シアの新しいペットはいまだ自分の立場が理解できていないようで、シアの掌に爪を立てた。シアは仔猫の体を加減して足で踏んだ。
「頭の悪い仔猫ちゃん。逆らったらダメって言ってるでしょ?」
軽く蹴り上げ十分仔猫に恐怖を与えてから、ようやく大人しくなったペットをシアは嬉しそうに胸に抱えた。
なにせ、あの主に仕えているのだ。シアもそれなりにイイ性格でないと身が持たない。
仔猫の頭を撫でながら、最近性格悪くなったかな? と、自分の人格崩壊について心配するシアだった。





「和己、風呂に入るぞ」
「うん」
和己はいつも匡と一緒にお風呂に入っている。匡とともに暮らし始めてから続いている習慣だ。
それには艶っぽい意味が含まれているわけではなく、匡の背中を洗うことが和己の第一の使命だった。
……ときとして、含まれることも、ないわけじゃないけど。
匡は無造作に、さっさと服を脱ぎ捨てていく。匡のキレイな背中のラインを見つめ、どきどきしながら和己も服を脱いだ。
ばかみたいだ。
匡はなんとも思っていないのに。自分だけが緊張している。
まず真っ先に、匡は顔と頭を洗う。簡単に体にお湯をかけてから、15分ぐらいお湯に浸かる。家族用のマンションに備え付けられた浴槽なので、それなりに広い。だが、男二人で入るにはぎりぎりの大きさで、匡と和己は体を密着させることになる。
匡は和己を自分の足の間に座らせ、背後から抱きしめてくる。顎を和己の肩に乗せて寛いだ様子を見せている。
この体勢は、嬉しいけど、困ったことになることも多い。
……うっ。やばいっ。
「ふぅん。タってるじゃん。お前も一応、男だねぇ」
「…………っ」
体の反応を指摘され、和己は顔を真っ赤にした。耳元の声が腰まで響き、ソレはさらに大きくなってしまう。
……もう、やだあ……。
羞恥で目に涙が滲む。
背中から感じる好きな相手の肌に興奮しないわけはない。
でもそれを匡に知られるのは、死ぬほど恥ずかしい。
隠したい気持ちはやまやまなのだけど、聡い匡に隠そうなんて土台無理な話だった。そもそもこんなにくっついていては隠しようもない。
「お。元気イイ」
匡はからかうような口調で言いながら、和己のモノに手を伸ばしてきた。身を捻って避けようとするが、狭い浴槽なので逃げ場がない。
「や、やだっ。触らないで〜」
和己は半泣き状態だった。
だが厄介なことに、匡は人の嫌がる顔を見るのが大好き、という困った性格をしていた。和己が嫌がれば嫌がるほど匡は嬉しそうに和己の昂ぶりに触れようとする。
「〜〜〜っ」
とうとう匡に自分の性器を掴まれ、和己はぽろぽろと涙を流した。
「ふふん。お前、その顔、俺を喜ばせるだけだって分かってる?」
端正な顔に意地の悪そうな笑みを浮かべ、匡は和己のモノを湯の中で扱き始めた。
「やっ。匡、ヤダッ……」
「もう何べんもお前の右手の代わりをしてやってるっつーのに、お前、慣れないね。その初々しい反応が、俺を楽しませてくれるんだけどさ」
「うっ……ううっ……」
匡の器用な手が、容赦なく和己を刺激する。匡の腕の拘束は緩やかで、逃れようと思えば逃れられる。でも、匡に捨てられることを恐れて、和己はそれが出来ないでいる。
匡にとって、自分は従順な『犬』だから。逆らえばきっと飽きられ見捨てられてしまうから。
それが、自分は、怖い。
なんでもする。
どんなことでもする。
匡が傍にいてくれるなら、自分が差し出せるものは全て差し出す。
好きな人間に面白半分でいたぶられることに、胸はきりりと痛むけど。
まったく、触れてもらえないより、ぜんぜんいい。
死ぬほど恥ずかしくとも、耐えられる。それでも心の痛みは涙となって、和己の目から零れ落ちる。
本当は違うカタチで触れてもらいたいのに。
本当は違う理由で触れてもらいたいのに。
匡が自分に触れるのは、自分の反応が面白くてからかっているだけ。
飼い主が飼い犬と、戯れるような感覚で。
……この行為に、特別な意味があればいいのに……。
欲張りになってしまいそうな自分が怖い。
傍にいられるだけで満足なのに、それ以上を求めそうになってしまう。
傍にいてくれるだけで十分なのに、匡の心を望みたくなる。
「匡、匡……」
自分を追い詰めている当の本人の名を、和己は救いを求めるように呼び続ける。
「出ろよ。口で可愛がってやるよ」
「…………っ」
泣きながら、それでも専制君主の命令に逆らうことなどできず、和己は浴槽から出てタイルの上に立ち尽くす。
匡は跪(ひざまづ)き、和己のモノを躊躇いなく口に含む。和己はその様子を畏れ多い気持ちで見下ろす。
生暖かい口中でたっぷりと舐(ねぶ)られ、和己はとうとう匡の口の中で達してしまう。
「……うっ……ひっく……」
「イイ顔」
匡は和己の顎に手をかけ上向かせ、満足そうな顔で見下ろしている。
……キスしてくれればいいのに……。
和己は泣き濡れた瞳で匡の顔を見ながらそう思う。
だがそれは、あり得ないことだ。匡と和己は恋人同士ではないのだから。
「お前ってほんと、苛め甲斐があるよな」
「…………っ」
息が止まりそうなほどの、哀しみ。
分かっていたはずなのに。分かっているはずなのに。
何度でも確認させられ、その度に自分は傷つく。
自分はただの玩具(おもちゃ)。
匡の横に並ぶことなど、けっして許されていないのだ。
和己は匡の体にちらりと視線を走らせ、絶望のため息を漏らす。
自分の体はあんなにも浅ましく反応したというのに、匡のソレは微塵も反応していない。
当たり前か。
匡が自分ごときにその気になるはずもない。
自分だけが、匡という存在を求めている。
「背中、洗えよ」
「……うん」
命じられ、匡の背をスポンジで擦り始める。
いつまでだろう。
いつまで自分は、匡の傍にいられるのだろう。
匡の傍にいることを、いつまで許して貰えるのだろう。
……離れたくない。
我儘は、言いません。
一方通行の想いは苦しいけれど。
それでも、傍にいられるだけで、十分です。
だから自分はどんなモノにでも祈ってしまう。
匡の気まぐれが、いつまでも続きますように……。





和己たちのマンションに、匡の父親の恋人である優也が遊びに来た。和己に料理を教わりたいのだそうだ。恋人のために料理の腕を上達させようという優也の姿勢は、見ていて微笑ましいものがある。
電話でアドバイスすることもあるが、今回は手の込んだ料理に挑戦したいということで、和己も一緒に作業しながら教えることにした。
……優也さん、やっぱりキレイだなぁ……。
真剣にじゃがいもの皮をむく優也の横顔に、和己はしばし見とれてしまった。
性格は意外に勝気だが、外見にだけついて言えば、優也は儚い雰囲気を持った美少年である。長い睫に薄茶の瞳。滑らかな白い肌とふっくらとした形良い唇。髪はさらさらで手足はすらりと長く、どこもかしこも綺麗な人だ。
……俺も、これぐらいキレイに生まれていれば、匡に抱いて貰えたのかな?
羨んでも仕方ないのに羨ましいと思ってしまう。
自分が自分でなければ、匡は恋人のように愛してくれたのだろうか。せめて女に生まれていれば……。
匡もいつか、他の誰かを愛する日が来るに違いない。そのとき自分は、どうしたらいいのだろう?
……どうしたら? そんなの、決まってる……。
もし匡が違う誰かを選んで自分を捨てるのなら、その瞬間が、自分の世界が終わるときだ。
初めからそう決めてたじゃないか?
匡が傍にいないのなら、自分の『命』なんて意味がない。
出来れば一生、傍にいたいと思うけど。
ずっと近くにいたいと思うけど。
……? あれ?
優也の首筋の赤い痣に目を留め、和己はまじまじと眺めてしまう。ようやくそれが情事の刻印だと気が付き、和己は顔を赤くした。
「ねぇ、和己さん。これ、どれぐらいの大きさに切ればいい?」
「え? そ、それは、乱切りにして……」
「? 顔、赤いですよ?」
「え? あ、あの……」
「ああ。ひょっとして首筋、キスマーク付いてます?」
和己の視線に気が付き優也は言った。
「やだなあ、誠司さん。明日は出かけるからやめてって言ったのに……」
微かに頬を染めて首筋を押さえ、ここにいない恋人に向かって優也は怒った。
優也の恋人であり、匡の父親である誠司には、和己も面識がある。匡の父親というからにはそれなりの年齢のはずだが、外見はどう見ても20代後半にしか見えなかった。
顔立ちは匡とあまり似ていない。
二人とも端正な顔立ちをしているのだが、性格はともかく、匡が黙って立っていれば腹黒い性格とは裏腹に爽やかな好青年に見えるのに対し、誠司はクールな印象だ。黒々とした瞳にじっと見つめられると、何もかもを見透かされそうで、和己はちょっと怖いと思った。黙っているだけで迫力のある人である。
思わず二人の生々しいシーンを想像してしまい、和己は心臓をどきどきさせた。
誠司も優也も男であるが、並んでいて文句が付けようのないほどお似合いな二人だ。二人が深く愛し合っていることがはたからでも分かって、自分も匡とこんな関係になれればいいのにと、和己は一瞬夢を見た。
それが叶わぬ夢であることは、よく分かっているのだけれど。
「う〜っ。は、恥ずかしいっ。誠司さんの、ばかっ」
優也は可愛い顔で、可愛らしく怒っていた。それから和己の襟元を覗き込んできた。
「わっ。な、何するんですか、優也さんっ」
「ぜんぜん付いてないですね。匡は付けないヒトなんですか?」
「え? 何を……」
「キスマーク」
「………………」
一瞬、頭が真っ白になった。
………………………………………………。
………………………………………………。
………………………………………………。
……………………………………………っ!
「し、してないっ。た、匡と俺は、そーゆーこと、してませんっ」
ぶんぶんと勢い良く頭を横に振って、和己は慌てて言った。
「え? ウソ」
「ほ、ほんとですぅ!」
和己は瞳を潤ませて、優也に訴えた。
恋人同士がするようなあれこれを、したことなどあるはずがない。
和己のほうでは、したいと思ったことは何度もあったが。
「だってベッド、一つでしたよね?」
「一つですけど……」
「一緒に寝ているんですよね?」
「一緒に寝てますけど……」
優也の言うとおり、同じベッドで一緒に寝ている。だがそれはほんとうに寝ているだけで、性的な意味での接触はほとんどない。あったとしても、匡が一方的に和己をからかっているというだけのことで。匡が和己の体を抱きしめて眠っても、それは抱き枕代わりにしているというだけのことで。
恋人同士の睦み合いとは程遠い。
優也は難しい顔をして黙り込んでしまった。
「……和己さん……。ひょっとして匡って、インポテンスですか?」
「えええええ?」
可憐な優也の唇から不似合いな単語が飛び出し、和己は驚愕した。
「役に立たない、とか?」
「そんなことないですっ!」
「…………ふううううん。一応、役に立つかどうか分かるようなことは、しているんですね」
「………………………」
優也の鋭い言葉に、和己は顔を赤くして俯いた。
性欲処理の右手の代わりに、たまに気まぐれで、匡が和己に口での奉仕を命じることがある。そのときに匡の剛直は確認していた。
「驚いたなあ。まさか匡が和己さんに手を出していないなんて……」
優也は本当に驚いた顔をしていた。和己は苦笑いを浮べた。
「手なんて、出すはずないです。俺たちは恋人同士じゃないし。……匡が、俺を抱くはずないです……」
「和己さん……」
涙が出そうになって、和己は慌てた。強く瞬きしてなんとか涙を引っ込める。
「さあ、続き、やりましょうか。頑張って覚えて、是非、優也さんの恋人さんに食べさせてあげて下さい」
和己は無理やり笑顔を浮かべて言った。
匡が、自分を抱くはずがない。
抱きたいと思うはずがない。
それでも、優也の目に、自分たちが恋人同士のように映っていたことが、嬉しいと和己は思った。
 
 
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