……寂しい。
離れてからまだ三日しかたっていないというのに、亮介の声や体温が恋しくてたまらない。せめて電話をしたいけど、仕事の邪魔になるかもしれないと思うとそれもはばかられる。 ……きっとあの人は、俺みたいに女々しい感情に捕らわれていたりなんかしていないんだろうな……。 司郎は右手で前髪をかきあげ、ため息を一つついた。 亮介は、強い人だ。 自分よりも遥かに。 仕事に入れば、自分のことなどきっと思い出しもしないに違いない。亮介は自分の感情を、きっちりコントロール出来る人なのだ。 亮介は司郎の憧れの上司だ。亮介がどれだけ仕事に熱心で強い責任感を持っているか司郎もよく分かっているし、そこも亮介の素敵なところだと司郎は尊敬していた。 それでも、ほんの少しでいいから、仕事の合間に自分のことを思い出して欲しいと願ってしまう。 ……俺は……情けない男だ。 早く強くなりたい。 亮介から信頼されるように。 亮介を守れるように……。 「司郎、今日はイタ飯はどうだ? 旨い店があるんだ」 「いえ、あの、俺は……」 「奢ってやるから付き合えよ。俺はメシを一人で食うのは嫌いなんだよ」 「……はあ」 東上とはなぜか、昼食だけでなく夕食も一緒に取っていた。しかも毎回、東上の奢りである。なぜそうまでして自分とメシを食いたいのか、司郎には理解できない。自分と東上は恋敵の関係にあるはずなのだが……。 食事中、初日の昼食時を除いては、東上が亮介のことを口に上らせることはなかった。 亮介のことさえなければ東上は話題が豊富で気前がよく、年上の男らしく面倒見のいいところもあって、一緒にいることがけして苦痛にはならない相手だった。認めるのは悔しいが、東上はやはりいい男だ。尊敬すべき点も多くあり、会話の中から学ぶことも少なくなかった。研修の合間にある休日には、一緒に出かける約束までした。 もし亮介が出張に出かけなければ、これほどまで東上と親しく付き合うことなどなかっただろう。人の縁とは不思議なものである。 「すまん。風邪を引いちまった。熱があるんだ。今日の約束、キャンセルさせて貰っていいか?」 電話の向こうの声は掠れていていつもと違って張りがなかった。そういえば、昨日の夜に少し風邪気味だといっていた。休日とあって気が緩み、それが発熱と言う形で現れたのだろう。 「ええ、もちろんです。体調が悪いのなら仕方ないですよ」 仕方ないと言いつつ、がっかりしている自分に驚く。以前は蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っていたのだが。 東上が亮介に言い寄る素振りを見せなければ、司郎が東上に敵意を向ける理由はない。司郎もまだ入社したばかりの新人だし、東上とは同僚のようなものだから、仕事の面では亮介よりも身近な存在でもあった。 今日は東上と一緒にパソコンのパーツの下見に行く予定だった。東上が自分で組み立てたパソコンを使っていると言っていたので、司郎も東上からアドバイスを受けて自作してみようと思ったのだ。 ある程度、下調べはしているので細かい部分の質問は店員にすればよいのだが、一軒家で、一人で寝起きしている身としては、なんとなく人恋しかった。 「……あの、ご迷惑でなかったら、見舞いに行きますけど……」 言ってから、しまったと思った。恋敵にここまで関(かか)わろうとするなんて、馬鹿げている。亮介が知ったら呆れるに違いない。それか怒られるかのどちらかだ。二人の時間を大切にしてくれている亮介は、司郎との間に他人が入ることを嫌う。例外は上司である紗那ぐらいなものだ。 やはり止めておこうと前言撤回しようとするが、電話の向こうの相手は予想以上に司郎の来訪を喜んでくれていたので、司郎は言葉を飲み込んだ。 「本当か? 普段はいいんだが、病気になると人間、気弱になるもんだな。一人暮らしで看病してくれる人間もいねぇし、正直、少々ヘコんでたところだ。助かるぜ」 「そうですか。じゃあ、今からお邪魔させていただきます」 司郎は東上から住所を聞き、出かける準備をした。東上の住むマンションは司郎の家から割合近かった。 それもそうか。 遠かったらあんなに頻繁に、自分と亮介のもとを訪れることなど出来なかっただろう。 司郎は途中でスーパーに寄り、レトルトのおかゆや果物を見舞い品に買った。食欲がないようなことを言っていたが、病気のときほど食べて体力をつけなければいけない。 電話では聞かなかったが、病院には行ったのだろうか。市販の薬より病院で処方してもらった薬のほうが、症状に合わせて調合してくれるので効果は大きい。 迷ったが、一応、市販の薬も買っていくことにした。司郎は解熱剤と漢方薬の葛根湯を手に取った。葛根湯は生薬だから身体に優しい。軽い風邪ならこれで十分だと思うし、症状が重いようなら病院に行ったほうが良いだろう。一人で歩くのもしんどいなら、病院に付き添ってあげたほうが良いかもしれない。今日は祝日だから病院は休みなので、明日、出勤する前にでも。 「……予想を裏切らない高級マンション……というか、億ションか……」 司郎は東上が住むタワー型の超高級マンションを見上げ、その豪華さに圧倒された。 ……このマンションに一人暮らし……。 自分が以前住んでいたボロアパートを思い出し、司郎は溜息をついた。 東上は身につけているものが一流なら、住むところも一流のようだ。 そんな生活が似合うからまたムカつく。一庶民としては、腹立たしいばかりだ。 「すげー。マンションの入口にセキュリティかかってるよ……。えーっと、これで部屋番号を押して住人に空けてもらうのか……」 司郎は覚束ない手で操作し、東上にドアを開けてもらい、エレベーターに乗り込んだ。さすが億ション、エレベーターも広くて静かで早い。 セキュリティ付きの高級マンションに招待されたことのない司郎には驚きの連続だ。マンションなのに、ロビーには受付の女性もいた。 ……いや、受付じゃなくて、コンセルジュっていうんだっけ……。いらっしゃいませって挨拶されちゃったよ……。ホテルみてぇ……。 軽い気持ちでお見舞いに着たのに、マンションの入口から東上の部屋まで辿り着くのに、やけに苦労した気がする。ようやく東上の表札を見つけたときには、司郎は心底ほっとした。 「来ましたよ、東上さん。これ、お見舞いです」 「おお。わざわざわりぃな。気を使わせちまって……」 高級ホテルのような重厚な玄関のドアを開き、東上は司郎を部屋に招いた。男の一人暮らしだというのに、室内はモデルルームのように整然としている。リビングからは広いベランダに続いていて、ガラス戸の向こうには美しい夜景が広がっていた。 天気が良い日はベランダで、お茶でも飲みながら外の景色を楽しむことも出来るのだろう。ベランダにはテーブルと椅子が二脚置かれていた。 「インスタントで申し訳ないんですけど……。おかゆ買ってきたんで、今準備しますね。解熱剤も買ってきたんで、メシ食ったら飲んでください。台所、お借りします」 「面倒かけてすまん」 息も絶え絶えといった様子で東上は言った。普段は精力的な男が、病気のために精彩を欠いていた。いつもは綺麗に整えられている髪も、今はぼさぼさで顔色も悪い。そして呼吸は荒く、眉は苦しげに寄せられている。司郎は心配になった。 「東上さん、寝ていて下さい。それと、あとで、俺手伝うんで、寝巻き着替えたほうがいいですよ」 「汗臭いか?」 「そういう問題じゃなくて……。熱を出すと汗が出るでしょ? いっぱい汗をかいたほうがいいんだけど、汗で濡れた寝巻きを着たままだと体が冷えますから」 「そうか。……悪い。頭が死にそうなほど痛いんだ。客をほっといてすまないが、ベッドで寝てていいか?」 「もちろんです」 普段まったく料理をしないのだろう。遠目では気がつかなかったが、キッチンにはうっすらと埃が積もっている。 その日は結局、泊り込みで東上の看病をした。体温を測ったら40度近い熱があった。東上は呼吸をするのさえ辛そうだった。そんな状態の東上を一人置いて、自分の家に帰れるはずがなかった。明日も熱が下がらないようなら、病院に連れて行くことにしよう。 氷嚢を取替えたり、寝巻きを替えさせるついでに体を拭いたりと、司郎はこまめに東上の世話を焼いた。下着を替えさせるときは一瞬躊躇ったが、すぐに照れている場合ではないと思い直した。直視しないように気をつけつつ、それでも自分よりも大きそうなモノに自信を失いかけつつ、それどころではないと司郎は己を叱咤し、新しい下着と寝巻きを東上に着させた。眠いのか熱が高くて辛いのか、東上は状況を理解しないまま司郎にされるがままになっていた。 明け方になってようやく東上の熱は微熱程度まで下がった。 司郎はほっとした。 徹夜で看病した甲斐があった。 「ん……。司郎……? ずっと付いててくれたのか……?」 「ええ、まあ。病人を一人にさせて置けませんから。どうです? 気分、良くなりました?」 「ああ。おかげさまで。誰かに看病して貰うってのはいい気分だな。ありがとう」 東上は微かに笑いながら言った。 その言葉に垣間見えた寂しさと、常とは違う憂いを含んだ微笑に、司郎はぎくりとする。 この表情には見覚えがある。 ……彼女だ。 あっさりと自分を捨てた、かつて愛した女。身勝手で、贅沢で、華やかな女。 けれどふいに寂しそうな表情を見せるから、弱い女だと思っていた。 守りたいと思っていた。 自分だけが彼女を守れると信じていた。 だから高価なプレゼントをねだられても、彼女は自分の愛情を試しているのだと、無理してでも彼女の望みを叶えようとした。 今思い返せば、あれは司郎から金を巻き上げるための演技だったのだろうけど。 だが、今でもこういう表情に司郎は弱い。なんとかしなければならないような、落ち着かない気にさせられる。 「……東上さんだったら、看病してくれる相手はいくらでもいるでしょう?」 話題を変えようとするが、大失敗だったようだ。 まんま地雷を踏んでしまった。 「ふっ……。どうかな? 遊びの相手とは手を切ったし、母親はとっくに死んじまった。兄弟は愛人の子供には冷たくて、オヤジは俺にたいして興味がない。友人はいないわけじゃないが、忙しいやつらばかりだからな……」 「……そう、ですか」 ……しまった。やっぱり来るんじゃなかった……。 司郎はここに来たことを後悔した。 分かってしまった。見えてしまった。 東上の寂しさが。 東上の哀しさが。 強い男の脆い部分など見たくはなかった。 東上は亮介が好きで。 司郎も亮介が好きで。 戦わなければいけない相手なのに。 ……寂しさに、引きずられる。 かつてのように、東上を憎み嫌うことなど、もう司郎には出来そうもない。 ……俺は、ここに来るべきじゃなかった……。 だが、遅い。悔やんでも遅い。 もう知ってしまった。知りたくなんてなかったのに。 ……でも、ダメだ。それでも亮介さんは渡せない。 だからこそ心が痛む。 どうでもいい相手なら、容赦なく戦える。けれど、司郎は東上を今では嫌ってはいないから、だからこそ困る。司郎は東上を傷つけたくはない。 「俺、着替えてから会社に行くんで。一度、家、帰ります」 「そうか? 俺も司郎のおかげで会社を休まずに済みそうだ。後で会おう」 「……ええ」 亮介に、無性に会いたかった。 負けそうになる自分を叱咤して欲しかった。 けれど、亮介が帰ってくるまで、まだ一週間以上もあるのだった。 「司郎、今日は鮨にするか?」 「いえ、あの、俺は……」 「そうか。フレンチのほうがいいか。別に俺はどっちでもいいぜ」 「……はあ」 ……弱い、弱過ぎる、俺っ!! 東上とは距離を置いたほうがいい、とか。 一緒にご飯を食べるのはよそう、とか。 いろいろいろいろいろいろいろいろ考えていたわけだが……。 断れない。 どうしても。 もし断ったら傷つけてしまうだろうか、とか。 東上は一人でご飯を食べるのは嫌いだといっていたしご飯ぐらいなら付き合ってやってもいいんじゃないか、とか。 司郎にとって東上はすでに友人と呼んでもいいような関係であり東上に寂しい思いをさせるのは本意ではない、とか。 いろいろいろいろいろいろいろいろ考えてしまって、司郎はついつい、東上に誘われると悩みはするものの結局承知してしまうのだった。 ……亮介さん、怒るかなぁ……。 恋人の怒った顔を思い出しながら、怒られるのは怖いけど、怒ってもらえないほど離れているほうが寂しくて心にこたえると司郎は思った。 亮介が帰ってくる日が待ち遠しい。 「東上さんと木根さん、仲がいいですね」 「美樹原さん……」 美樹原のことを司郎はさん付けで呼んでいた。 年齢は美樹原のほうが下で、入社したのも美樹原のほうが後なのだが、なにせ美樹原は、あの所長の恋人である。呼び捨てなんて、恐れ多くて出来るはずもない。 「毎日、昼ごはん一緒に食べていますよね。帰りも一緒みたいだし……」 「…………はあ」 「ひょっとして……東上さんと木根さん、恋人同士なんですか?」 「…………っ!! ち、違いますっ! 絶対に違いますっ!! 俺には他に恋人がいるんですーっ!!!」 「そうなんですか」 美樹原の言葉に司郎は力いっぱい反論した。 もし美樹原の今のセリフを亮介が聞いていたら、恐ろしいことになるに違いない。「ふぅん、恋人同士と勘違いされるほど、司郎はあのクソヤローと仲良くしてたんだ……。ふぅぅぅぅん……」と言いながら、冷ややかな怒りを湛えた目で司郎を睨むのだろう。そしてベッドの中では、焦らして焦らして焦らされた挙句、イかせてもらえないとか、そういう意地悪をされるはめになるのだ。 ……それはそれで、悪くなかったりするけど……。我慢させられて辛かった分、イかせてもらえたときはすげぇ気持ちよかったりするし……。 ……いやいやいやいやっ! やっぱり亮介さん、怒ると怖いし……。 爆弾を投下し司郎をさんざん動揺させておきながら、司郎の否定の答えを聞いて興味を失ったようで美樹原はPCの画面に没頭していた。 その姿を見て、司郎は脱力してしまった。 ……なんか疲れたし……。今日は早めに帰ろう……。 もしかしたら東上から夕飯に誘われるかもしれないが、断ってまっすぐ家に帰ろうと司郎は心に決めたのだった。 「そういや司郎、亮介はいつ帰ってくるんだ?」 「え?」 司郎はぎくりとした。東上は一体、なんのつもりで亮介の予定を聞きたがっているのだろう。また亮介にアプローチをするつもりだろうか。ここ最近、東上からなんの屈託もなく飲みに誘われたりしていたから、恋のライバルであることを忘れていたわけではないが、油断していた。そもそも、東上がフレンドリーに司郎に接してくるのは、『敵ではない』と見下されているからかもしれないのだ。とるに足らない存在だと思っているからこそ、司郎に夕飯を奢ってくれたりと、寛大な態度をとれるのかもしれない。 思わず司郎は警戒を含んだ眼差しで、まじまじと東上の顔を見つめてしまった。 東上のことは嫌いではない。だが、亮介は渡せない。 しかし、登場の態度に他意は感じられず、司郎はほっと力を抜いた。 「今週の土曜日です。……明々後日(しあさって)です」 三週間は長いように思えたが、とうとう亮介が自分のもとに帰ってくるのだ。 亮介の体をこの腕の中に抱けるかと思うと、司郎は嬉しくてたまらない。亮介が傍にいない間、司郎にはずっと寂しさが付きまとっていた。離れて生活して、実感した。どれほど亮介のことを愛しているのか。夜、一人でベッドに入ることが苦痛だった。 だがそれももうすぐ終わるのだ。 「それじゃあ金曜日、司郎の家に招待してくれよ」 「え?」 「前から亮介と司郎の愛の巣がどんなだか興味合ったんだよな。けど亮介がいたらぜってぇ俺を家に踏み込ませようとはしないだろう?」 「…………はあ」 確かに亮介がいれば、東上を家に上げることを許したりはしないだろう。亮介は何故か、自分に求愛し続ける東上を嫌っていた。東上ほどの男に言い寄られれば、少しは心が動かされそうなものだが亮介にその様子はない。奇跡的なことに、ただ一途に司郎のことを想ってくれている。 東上には悪いがどうせ脈がないのだから、亮介のことはさっさと諦めて新しい恋に生きて欲しい。ライバルが減れば自分も安心である。 「なぁ、一度でいいから頼むよ。司郎んちで鍋でもしようぜ。司郎は一回、俺んちに来たことあるし、不公平だろ?」 東上の家に行ったのは看病するためであり、好きで行ったわけではないのだが……。 「今までずっと俺がご馳走してやっただろ。今度は司郎がご馳走してくれよ。司郎の手料理でチャラな」 別にご馳走して欲しかったわけではなく東上が勝手に毎回自分にメシを奢っていたのだが……。 しかし、毎回奢られっぱなしで申し訳ないと思っていたことも事実なので、司郎は東上からの要望を無下に却下することはできなかった。 最初の頃こそは気詰まりだったが、東上は話し上手で司郎を飽きさせなかった。連れて行ってもらうレストランはイタリアンだったり中華だったり、珍しい焼酎が置いてある居酒屋だったりとジャンルこそ違っているが、どれも文句なしにいいお店だった。接客も料理もお酒も素晴らしかった。お値段もそれに見合った金額で、自分一人でだったら絶対に行かないような店ばかりだった。 東上からは「借金は返さなくてもいい」と言われたが、それでは司郎の気が済まなかったので、利子の分を除いた五百万円は分割で返済することにした。結果、給与は安くはないものの、大半が借金の返済に消えていた。亮介は必要ないといったが、亮介に無理やり渡している生活費を払ってしまえば、司郎の手元に残るのは子供の小遣い程度の額だった。 ゆえに、司郎から奢って欲しいとお願いしたことは一度もなかったが、ご馳走してもらって結果として食費は助かっていた。 「…………まあ、別に、いいですよ。一回ぐらい……」 結局、最後には東上の提案を受け入れてしまった。 言った直後に後悔したが、今更遅い。司郎の答えに東上は嬉しそうに笑った。予想以上に喜ばれたので、「やはり止めます」とは言えなくなってしまった。 ……恋敵を家にわざわざ招待するなんて、俺って何考えてるんだよ……。 自分の押しの弱さと甘さに司郎は軽く落ち込んだ。 それでも人を招待するのだからと、明日のためにせっせと部屋の掃除をする司郎だった。 金曜日、約束どおり、東上を家まで連れてきた。 気は進まなかったが仕方がない。 会社帰りに二人でスーパーに寄り食材を買い、すぐに準備に取り掛かった。待っているあいだ東上には居間でテレビを見ていて欲しいと勧めたが、「料理を作るところを見ていたい」と言われてしまった。見ていて楽しいものでもないと思うが……。あまりにも空腹で、料理が待ちきれないのだろうか。 司郎は背中に視線を感じつつ、せっせと包丁で野菜の皮をむき、刻み、鍋に投入していった。 「ごっそうさん。司郎、料理上手いな。ついつい食い過ぎちまったぜ」 「そうですか? ありがとうございます」 夕飯のメニューは鍋ではなくホワイトシチューのスパゲッティにした。塩を入れすぎて味が濃くなってしまったが、東上はキレイに出されたものを平らげ、おいしいと褒めてくれた。司郎は素直に喜んだ。 東上は人を喜ばせるツボを心得ている。お世辞だと分かっていても、誉められれば嬉しい。 ……亮介さんも……俺が作った料理、いつも誉めてくれた……。 やはり一番、料理を誉めてもらって嬉しいのは、亮介からだった。 「なあなあ、ちょっと家ん中、探索させてくれよ」 「え」 「どんな間取りだか興味あるんだよ。見るだけだからイイだろ?」 「イヤですよ、そんなの!」 「なんだよ。司郎は俺んちの寝室まで見ただろ? 俺にだって見させてくれよ」 それは看病するためであり、好きで見たわけではないのだが……。 司郎は抵抗するが、またしても、押し切られてしまった。 応接間、書斎、浴室と、司郎は順番に案内して回った。 そして、寝室で、押し倒された。 ………………????????? ………………!!!!!!!!! 「うわぁっ。な、な、な、何するんですかっ!」 いきなりベッドに突き飛ばされ、司郎は驚いた。東上はすかさず司郎の体の上に圧し掛かってくる。 このときはまだ、ただの東上の悪ふざけだと思い、司郎はやんわりと東上を自分の上からどかそうとした。だが、強い力で東上は司郎を押さえ込み、司郎は逃れることが出来なかった。 「さあて、何だろうね」 東上はにっこり微笑み、何故か司郎のズボンのファスナーを下げた。あまりにも堂々と躊躇いなく司郎の下半身を暴こうとするから、司郎は抵抗し損ねた。 「と、と、と、東上さんっ!?」 東上の行動の意味が本気で理解できない。 司郎は慌てた。 「へぇ。結構いいモノ持ってるな」 中からまだ軟らかいソレをつかみ出し、東上は嬉しそうに言った。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 ………………………一体、東上は、どういうつもりなんだ??? 「そ、そんなところ、触らないでくださいっ!!」 このときもまだ、東上の真の意図に司郎は気がついていなかった。 しかし、大事なところを柔らかく刺激され、司郎は顔を真っ赤にした。 「冗談は止めて下さい!」 司郎は叫んだ。 「冗談じゃない。……本気だ」 東上は笑みを引っ込め、真顔で囁いた。 「本気って……」 「俺はずっと、お前のことを抱きたいと思っていた」 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………はいい? 悪い冗談だと思いたい。 だが、東上の眼差しは真剣だった。 「……あの、東上さんは、亮介さんのことが好きなんじゃ……?」 「ああ。亮介のことも気に入っている。だが、俺が一番欲しいのは、お前だ。愛してる」 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 ………………………………………………………………………え。 「あ、あ、あ、愛してるって……」 「お前の優しさは俺の心を癒してくれる。いつの間にか、俺はお前のことを好きになっていた。亮介には気付かれていたようだが、お前はまったく俺の想いに気が付いていなかったな」 「そ、そんなこと言われたって、俺には亮介さんがいるんですっ!」 「そうだな。お前には亮介がいる。亮介は絶対にお前を手放さないだろう。だから……一度だけでいいんだ。俺に抱かれてくれ」 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 …………………………………………………………………………。 ………………………………………………………………えーっ!? 「だ、抱かれてって……と、東上さんっ!」 「好きだ、司郎……」 東上はうっとりと囁き、司郎の唇に自分の唇を重ねた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!」 司郎が呆然としている間に、東上の舌が司郎の口中に忍び込んでくる。東上の舌が自分の舌に触れて、やっと司郎は我に返った。司郎は頭を振って、東上の口付けから逃れた。 「亮介相手にはタチのようだが、お前は可愛がられるほうが似合ってる。……天国にイかせてやるよ」 にやりと笑い、東上は司郎の股間のモノに指を絡めた。 「や、やめっ……!」 司郎は東上の体を押しのけようとした。だが、体に力が入らず、抵抗は微弱なものにしかならなかった。 …………………………何故? 「薬が効いてきたようだな。お茶に混ぜておいたんだが、ぜんぜん気が付かなかったみたいだな。警戒心の薄いやつめ。そんなところもカワイイんだが……」 ……クスリーっ!? 司郎は亮介にも薬を盛られたことがあったことを思い出した。いや、実際にはあのときは、亮介に騙されただけだったが……。 ……俺の周囲って……なんて卑怯な人たちばかりなんだーっ!!!!! くすくすと笑いながら東上は司郎の下半身を剥いだ。東上の眼前に恥ずかしい部分をあらわにされ、司郎は頬を染めた。東上は司郎のシャツのボタンも全て外してしまった。 司郎は、シャツ一枚を羽織っているだけの状態だ。 「想像したとおり、おいしそうな体だな」 「や、止めて下さい! ……あっ……!」 司郎の制止の声を無視して、東上は司郎のイチモツを口に咥えた。反応したくないのだが、東上の口淫はあまりにも巧みで、気持ちを裏切って司郎のモノはむくむくと大きくなってくる。 「あああっ! イヤ、イヤです……! 亮介さんっ、亮介さんっ!!」 意識はあるというのに薬のせいで体に力が入らず、満足に抵抗できない自分が悔しかった。 快楽に流されて反応してしまう、節操のない自分の身体が恨めしかった。 司郎は目に涙をため恋人の名を呼んだ。 「亮介を呼んでも無駄だ。ヤツは出張中だ」 「ひっ……あっ……ああっ……!」 亮介以外の人間の口中でイきたくなどなかった。司郎は歯を食いしばって堪えた。 だが、それも長くは続かなかった。 「あああっ……!」 とうとう快楽に屈してしまい、司郎は精を東上の口中に放った。司郎は亮介以外の人間にイかされたことにショックを受けて、呆然としてしまった。だがその間も、着々と東上は司郎の身体を開いていく。 東上は、司郎の出した体液を飲まなかった。口の中からねっとりとした液を吐き出し、ソレを司郎の後ろになすりつけた。そして司郎を傷つけないように、ゆっくりと指を一本挿入させた。慣れた手つきだった。おそらく経験豊富なのだろう。東上ほどのルックスと財力があればモテないはずがなかった。 「イヤだ、ヤメロ!」 ソコは、亮介にすら許していない。 司郎は焦った。だが、焦って逃れようとするが、クスリの影響か、身体に力が入らない。 こんなことになるなら、亮介に全てを捧げればよかった。 最愛の、あの人に。 何度か亮介に「抱きたい」と言われたこともあったけど、勘弁してもらっていた。司郎が嫌がると、司郎の意志を大切にして、その度にあっさりと引き下がってくれた。元々同性愛者ではない司郎にとって、受身になることは考えたこともなく、未知への恐怖心が先立った。亮介は司郎の心の迷いと弱さをよく理解してくれていた。 亮介のほうが司郎よりも強い。力でどうこうすることも出来たのに、亮介はそうはしなかった。そんな亮介の優しさに、司郎は甘やかされていたのだ。 「亮介さん、亮介さん、亮介さん、亮介さん……!!」 司郎はお守りのように亮介の名を呼び続けた。 東上は哀しげな顔で、それでもけっして行為を止めようとせず、どんどん司郎の穴を広げていく。 そのとき、電話が鳴った。 亮介と司郎はベッドの上で過ごすことが多いので、寝室に電話を置いていた。 東上は、もちろん出ない。 司郎は、出ることが出来ない。 留守番電話に切り替わった。その途端、愛しい人の声が電話のスピーカー越しに聞こえた。 『東上、もし、それ以上司郎に何かしてみろ。地獄だろうがどこだろうが、俺はお前を追い詰め、必ず殺す』 「亮介、さん……」 司郎が聞いたことのない冷たい声で、亮介は東上に警告した。 亮介は出張中のはずなのに、こちらの状況をすべて見透かしているようだった。 「お見通しってわけか……。さすがだな」 東上は皮肉げに笑った。 「だが、例え殺されても……俺は司郎が欲しい……」 ズボンの中から猛ったモノを取り出し、東上は司郎の後ろにあてがった。 その瞬間を恐れて、司郎は顔を背けた。 |