【DEAL 2  -02-】
 
「瀬名と木根は公私ともども仲が良く、引き裂くような真似をするのは、ほんと、申し訳ないと思っているんだけどな」
上司である天城紗那(あまぎしゃな)教官は、亮介と司郎を二人一緒に教官室に呼び出し唐突に切り出した。
亮介と司郎は『SSA社』という会社に勤めている。
司郎は入社したばかりの頃、亮介に一方的に惚れられ迫られ、もともとの嗜好がストレートであった司郎は困惑した。だが、亮介の一途さと強引さに押し流され、司郎は亮介と恋人同士の関係になった。司郎は住んでいたアパートを引き払い、亮介の所有する一軒家へと越してきて、今では甘い同棲生活を送っている。
つまり二人は住んでいる場所も一緒でなおかつ働いている場所も同じであり、ほぼ四六時中顔を合わせているような状況だった。
紗那教官の公私ともども仲がよくというのは、そこら辺の事情を熟知してこそのセリフだった。
凛々しい美青年にしか見えない姿をしているが、紗那教官はれっきとした女性である。しかも所長のご令嬢だ。
紗那教官が女性だと知ったとき、司郎はその実力を疑った。教官職に見合う働きをしているとは信じられなかった。
『SSA社』は『守り屋』とも呼ばれ、いかなる敵からもお客様をお守りしますというのがうたい文句である。ボディーガードのような真似をする機会も少なくない。荒っぽい仕事も多く、とても女性に向く仕事だとは思えない。後援部隊ならともかく、紗那教官の率いる部隊は現場において最前線で働くような位置にあるのでなおさらだ。教官と呼ばれているのは単に所長の娘であるがゆえの特別待遇で、お飾り的存在だと思っていた。
しかし、紗那教官が十代の若さで教官の地位に就いたのは、親の七光りを利用したわけではない。入社してすぐ司郎は紗那教官と手合わせすることにより思い知らされた。振るった拳は紗那教官にかすりもせず、逆にあっさりと懐(ふところ)に入られダウンさせられた。
強いのだ。とにかく。
少なくとも、司郎の十数倍は。
幼い頃から所長自らに技を叩き込まれ、その腕前は司郎より年下であっても尊敬するに値するだけのものがあった。単純に強さだけでなく、自分の部下を見事にまとめ上げるリーダーとしての手腕にも優れ、なにより自分の部下一人一人に気を配る度量と愛情の深さこそ、司郎が紗那教官を上司として慕う理由だった。
亮介はその紗那教官の補佐役を務める、副官と呼ばれる役職に就いていた。司郎はなんの役職にも就いていないので、亮介も司郎の上司ということになる。もっとも、亮介に司郎が逆らえないのは、亮介が上司ということが理由ではないが……。
「今度の仕事、別々に就いて貰っていいか?」
「イヤです」
「りょ、亮介さんっ」
上司の命令をきっぱりと跳ね付けた亮介に、司郎は慌てた。
「瀬名、お前ねぇ……」
紗那教官は苦笑した。
その顔に怒りの色が浮かんでいないことに司郎はほっとした。
「冗談です。紗那教官がお決めになったのならそれ相応の理由がおありでしょう? 喜んで、ご命令に従わせていただきますよ」
しれっとした顔で亮介は言った。
紗那教官はさらりとそれを受けた。
なんだかんだいってこの二人は仲がよく、紗那教官は亮介を深く信頼しているし、亮介も紗那教官を心から敬愛している。まさにツーカーの仲なのである。
恋愛感情はないと知りつつも、司郎は二人の絆の強さに嫉妬してしまう。
「木根も構わないか?」
「あ、はいっ。もちろんです!」
亮介がいいといっているものを、自分が否とは言えるはずがない。
本音を言えばここ最近は二人で仕事に就くことが多かったので、今回コンビが一時的にせよ解消になって寂しいという気持ちがないわけでもない。だが、これは仕事なのだ。自分がここで我儘を言うわけにはいかない。
「しばらくの間、瀬名は俺と組んでもらいたい。木根はその間、コンピューター技術の研修を受けてもらう」
「研修、ですか?」
今更、という気がした。
亮介のサポートこそあったものの、すでに何度も実戦に出ている。今、この時期に、第一線から離れなければならない理由が分からない。
「ほんとは入社して半年以内には受けてなきゃいけなかったんだ」
司郎の怪訝な表情に気がついたのか、紗那教官は説明を加えた。
「けど、ちょうどその頃忙しくてさ。研修を後回しにして木根には瀬名と組んで出てもらってた。規則違反なんだけどな。裏技使った」
裏技というのは、自分の父親である所長に頼み込んだことを指すのだろう。
普通、教官ごとに約20人の直属の部下がつくが、紗那教官のもとには自分を入れても6人しかいない。紗那教官の『こだわり』らしく、これも所長の娘である特権を利用して、自分が欲しいと思った人材しか自分の下に加えないらしい。変則的な方法であるが、結果を出しているので誰も文句を言えないとか。
紗那教官が率いる班は『紗那様親衛隊』、もしくは『SSA社の超精鋭部隊』と言われていた。
「新人が二人いて、これから研修なんだ。いい機会だから木根にも一緒に受けて貰いたい。最近ではハイテク犯罪が増えてるしな。ハッカー並までいかなくとも、パソコンは丸っきり分かりませんじゃ困るだろう」
「了解しました。ところで、研修期間はどれぐらいですか?」
「三週間だ」
「……三週間」
予想以上に長くて驚いた。
「ちなみに教官は雨角零(うずみれい)。この研修で零を取られちまったから、俺のパートナーがいなくなって瀬名にお鉢が回ってきたんだよな。ほんとは零と俺が組むはずだったんだけど、新人のうちの一人っつーのが、実は超VIPで。オヤジからの横槍が入った」
「超VIP?」
亮介が不思議そうな声で言った。疑問に思ったのは司郎も同じだった。
新人なのに? 所長からの横槍が入るほどの?
亮介も司郎もその新人が何者か予想が付けられず、首を傾げた。
「う〜ん。あんまり先入観持つのもなんだから、詳しくは後日っつーことで。すぐに分かるとは思うけど……。ま、とにかく、その超VIPのために考えられる限りの超一流の講師をってことで零が呼ばれたわけよ。あいつ、そーゆーの得意だから。教えるのも上手いし」
雨角教官には司郎もお世話になったことがある。銃器の取り扱いも研修項目に含まれるのだが、そのときの教官が雨角教官だった。やはり司郎より年下だが、射撃の腕は神業的で、目を見張るものがあった。
……射撃の腕だけでなく、コンピューターの知識も一流なのか……。
自分のいたらなさに司郎は軽く落ち込む。実戦を通してそれなりの実力をつけてきたつもりだが、まだ自分にはこれがあると誇れるものが何もない。
亮介と離れて過ごす三週間は、自分を見つめなおすいい機会かもしれないと司郎は思った。亮介が一流の『交渉術』を持っているように、自分も一流と呼ばれる何かが欲しい。
「紗那教官、その研修はいつからですか?」
司郎が自分の思いに沈んでいると、本題に引き戻すように亮介が尋ねた。
「来週からだ。今週いっぱいでしばしの別れを惜しんでくれ」
「そうします。それでは失礼します」
亮介はきりっとした礼をして見せた。司郎も慌ててそれに従う。
「亮介さんも、コンピューター技術の研修、受けていらっしゃるんですよね。どうでしたか?」
廊下に出てから司郎は亮介に、自分がこれから受ける研修について尋ねてみた。事前にどのようなものか知っておけば心構えが出来るというものだ。
「一通りのOSの知識、知名度の高いアプリケーションソフトの使用方法から簡単なプログラミングを組むところまで、みっちり三週間教わることになるよ。適性があればそのまま情報処理部に配属ってこともあるけど、司郎の場合はすでに配属が決まっているからそれはないね」
「俺、実はパソコンはワープロ機能ぐらいしか使ったことがないんです。大丈夫かなあ」
「それは厳しいかもしれないね」
亮介はあっさりと言った。
「う。脅かさないでくださいよ……。俺、自分がコンピューターに向いてるような気がまったくしないし、心配です」
不安そうな顔で訴えると、亮介はくすりと笑った。そして会社の廊下で誰が通りかかるか分からないというのに、亮介はいきなり司郎にキスをしてきた。
「りょ、亮介さんっ!」
「そんなカワイイ顔をして……。俺を誘ってるの?」
「さ、さ、さ、誘っていませんっ! ひ、人が来ますっ!!」
「慌てちゃってカワイイ。研修のことなら心配しないで。研修が始まる前に、基礎的なことは俺が教えてあげるから……」
亮介は司郎を壁に追い詰め、淫らな手つきで司郎の股間を撫でながら耳元で囁いた。
司郎はすでに半泣き状態だった。亮介のことは好きだが、こんな場所でこんなことをされたくはない。誰に見られるか分からないような場所だ。司郎は気が気ではなかった。だからと言って、強引に亮介の行動を止めることもできない。目に涙を浮べながら、司郎は亮介に懇願した。
「お願いです。ここでは止めてください〜」
「ふふ。カワイイ司郎の頼みだから聞いてあげる。じゃあ、ここでは、止めてあげるね?」
そしてトイレの個室に連れ込まれた。相変わらずの早業で、司郎が逆らう隙はなかった。例え逆らえたとしても、易々とその抵抗は封じられたに違いないが。
亮介は司郎を、蓋をした便器の上に座らせた。自分はドアを背にするようにして司郎の前に屈みこんだ。戸惑う司郎を無視し、亮介は躊躇いもなく司郎のズボンを開いた。下着もずり下げて、すでに立ち上がりかけた司郎のモノを愛しそうに取り出す。亮介は、にっと笑って司郎の股間に頭を埋めた。
……ひえ〜っ。ま、マジっすか、亮介さんっ!!
ここだって、見られることはなくても声は聞かれてしまうかもしれない。
司郎はハンカチを口に咥えて声が漏れるのを防いだ。亮介は見事な舌技で司郎を追い詰めていく。天を仰いで先から涙を零れさせている司郎のモノに、形を確かめるように舌を這わせていく。
……ううっ……!
亮介は舌先を固くすぼめ、司郎の先端の窪みをぐっと押した。舌を出したまま司郎を見上げると、亮介は色っぽい笑みを見せた。すぐさま口を大きく開き、司郎全体を包むように口に含む。亮介の口腔の粘膜がねっとりと司郎に絡みついてくる。
……あうぅっ……。
根元にある二つの袋を絶妙な強さで指を使って愛撫しながら、亮介は頭を激しく上下させた。容赦ない甘い責め苦に司郎は頂上まで追い立てられる。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
司郎は限界を感じ、亮介の口の中に発射した。亮介はそれを当たり前のように飲み干した。
「気持ちよかった?」
「はっ、はい……。よかったです……。あの、今度は俺がヤります」
「ん? いいよ、俺は後でで。家に帰ってから、ゆっくり、ね」
亮介はにっこり笑いながら言った。
司郎はずるい、と思ったが、その思いを口に出せるはずもなかった。
「はい……家でゆっくりと……」
二人同時にトイレから出ると、紗那教官にばったり会った。紗那教官はトイレの出入り口と二人の顔を見比べた。
何があったのかすぐに悟ったようだ。紗那教官は呆れたような顔をした。
司郎は顔を赤くして俯いた。
「瀬名、あんまり苛めると木根に逃げられるぞ?」
「失礼な。苛めてなんかいません。溢れんばかりの愛を形で示したかっただけです」
「そうか……。愛情表現もほどほどにしてやれよ」
それだけ言い残して紗那教官は去っていた。
紗那教官の何もかもを見透かしたような態度に司郎は感心した。
通常では男同士の関係など、眉を顰められても仕方がないものだということは、司郎もよく分かっていた。にもかかわらず紗那は当たり前のようにあっさりと亮介と司郎の関係を認め、嘘偽りなく祝福までしてくれた。
去り行く背中を見送りながら、やはり紗那教官はすごい人だと司郎は尊敬の念を深めていたのだった。



翌週から研修が始まった。
指定された研修室のドアを開け、中に入って司郎は驚いた。一番前の席に座っていた少年が、あまりにも綺麗だったからだ。おそらく一緒に研修を受ける他の二人のうちの一人なのだろう。
年が若いことはあまり気にならなかった。司郎の上司である紗那教官も、やっと二十歳(はたち)になったばかりだ。
ただ、少年の圧倒的な美貌に唖然とした。
……本当に、コレは人間か……?
透き通るような白い肌に、桜色の唇。色素の薄い瞳に密集した長い睫毛。髪一筋までもが完璧に美しく、まるで精巧な人形のようだった。
寒気がするほどの美しさだ。
司郎の気配に気がついた少年が、読んでいた本から顔を上げた。そして立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。新人の美樹原(みきはら)です。三週間、よろしくお願いします」
「……こんにちは。木根です。よろしくお願いします」
会話してみると、少年は普通の人間だった。
当たり前のことに司郎はほっとした。
軽くノックの音がして、背後でドアが開く音がした。三人目だ。
振り向いて司郎はまたもや驚かされた。
「お前は……!」
「よう。久しぶりだな」
軽く片手を挙げ、にやりと笑って挨拶をしたのは、司郎の恋敵である東上だった……。





「美樹原優也ちゃんだっけ? 恐ろしいほどキレイな子だよな。俺の好みとは違うけど」
「…………………………」
「雨角零教官も、華やかな顔立ちの美麗な青年だったよなー。あれでもうちょっと線が太かったら俺の好みなんだけど……」
「…………………………」
「おい、なんか喋れよ。食事ってのは楽しい会話がなきゃうまくねぇだろ?」
「…………だったら他の人間を食事に誘え。あんたと楽しい話なんか出来るものか」
司郎は憮然とした顔で言った。
東上は司郎の言葉に、余裕の笑みで答えた。
……ますますムカツク。
午前の研修が終わって昼休みになると、雨角教官とくだんの美少年・美樹原優也(みきはらゆうや)は二人で連れ立ってどこかに行ってしまった。美樹原は新人のはずだが、雨角教官とは顔見知りらしかった。どうやら彼が紗那教官の言っていた超VIPらしい。
それにしても、どのように超VIPなのかは未だに謎だ。桁外れな美貌を除いては、ごく普通の少年のように思えるが……。
「他の人間っつっても、俺は転職したばかりの新人なの。知り合いも司郎と亮介ぐらいしかいなくてね。これでも心細い思いしているんだぜ?」
「とてもそんな風には見えませんがね」
嫌味っぽい口調で返しながら、どうして自分は呑気に恋敵とメシなんぞ食わなければならないのだろうと司郎は悩んだ。
一人で社員食堂に向かおうとしたとき、強引に東上がついてきたのだ。
「俺は新人だから場所がわからない。案内してくれよ、先輩」と言われ、押しが弱い司郎は断れなかった。食堂まで案内したらそれで役目はごめんだと思っていたが、東上は図々しくも、司郎の目の前の席を陣取った。昼飯ぐらいは落ち着いた気持ちで食べさせてもらいたいものだ。消化が悪くなる気がする。
東上が司郎と亮介のいる会社にわざわざ転職してきた理由は明白だ。
本人からも先ほど聞かされた。
「同棲までしているあんたたちの間に割り込もうってんだ。これぐらいのことはしないとな」
男らしい端正な顔に、太い笑みを浮かべて東上は言った。東上は亮介に近づくために、わざわざ転職までしたのだ。
司郎は危機感を覚えた。
自分の中にある、亮介のことが好きだという気持ちは負けていないと思うけど。それでも目の前のこの強引な男が、いつか亮介をさらっていってしまうのではないかと気が気でない。恋愛において自分がスマートな人間でないことは、よく自覚している。
「坊や、随分と不機嫌そうだな。……そんなに不安か?」
「……あなたには関係ない」
「そんなにツライ恋なら止めちまいな。後のことは俺に任せればいいさ」
「…………っ!!」
一瞬、殺意が芽生えた。
目の前の男に殴りかかろうとしたとき、食堂内がざわついた。
「面接んときにも思ったけど、イイ男だよな。亮介がいなかったら惚れてたぜ」
食堂の入り口を見遣って東上は言った。
東上の視線を辿ると、その先には所長である天城誠司(あまぎせいじ)の姿があった。
天城所長は娘である紗那教官に良く似た顔立ちをしていて、紗那教官の顔により男らしさを加えたような風貌をしている。大人の男が持つ魅力を十分に発揮し、独特の雰囲気をまとって他を圧倒している。……いや、逆か。紗那教官が天城所長に似たのだ。
端整すぎて冷たく見えるきらいのある顔立ちに、よく鍛えられて引き締まった体つき。年齢は三十代半ばと聞いているが、外見はせいぜい二十代後半にしか見えない。
東上が言ったとおり、超がつくほどのイイ男である。直接話したのは面接のときと入社が決まったときぐらいだが、それでも、容姿だけの男ではないということは理解できた。決断力が早く、強い目で見つめられるとプレッシャーで呼吸することすら難しくなる。
トップに立つだけのことはあり、実力も他をはるかに大きく凌駕(りょうが)し、紗那教官でさえ敵わないと言われている。同時期入社で情報収集能力に長けた川島信雄から、天城誠司の数々の伝説を聞かされていた。すごいの一言に尽きる。
紗那教官ほど身近な存在ではないが、司郎が尊敬する上司の一人でもある。
「お。あれ、優也ちゃんじゃないか?」
「……ああ」
所長のすぐ後ろをついて歩いているのは、さきほどまで一緒の教室で講義を受けていた美樹原だった。
「おい、あれ……」
「……ああ」
美樹原の肩に所長の手が置かれた。
顔を近づけ、二人で何事かひそひそと囁いている。所長の手が肩から腰に移る。遠目からでも二人のただならぬ関係に気付かされる。公衆の面前だというのに、美樹原と所長は情け容赦なくいちゃついていた。
可哀相なのは、すぐ間近で二人の姿を目の当たりにしなくてはならなくなった所員たちである。ちらちらと二人の様子を伺いながら、緊張した様子で箸を動かしている。あれでは食べた気がしないに違いない。
「なるほど、ね。優也ちゃんは、所長の恋人ってワケね」
「……ああ」
紗那教官の言っていた超VIPの意味を司郎は理解した。
まさか、所長の恋人だったとは。
たしかに超VIPと呼ばれるに相応しい存在だ。
「たいしたデモンストレーションだな」
「デモンストレーション?」
「そうだ。ああやって見せ付けることで、「俺の恋人に手を出すな」とアピールしているんだろう。所長の恋人だと知っていて、手を出すようなバカはいないからな」
「……なるほど」
さすが所長。やることが大胆かつ巧妙だ。人の集まるこの時間帯、この場所を選んでわざわざ二人で連れ立ってやってくる辺りが見事である。忙しい身である天城所長を、食堂で見かけることなど普段はあまりないのだが……。
美貌の恋人を持つと、これぐらいの牽制は必要なのかもしれないが。
「誠司さんの、ばかあああああああああっ!!!!!」
美樹原の叫び声が聞こえたかと思うと、頬を殴る鋭い音が食堂に響き渡った。一瞬、食堂中がシンと静まり返る。どうやら所長の行き過ぎた行為に優也が怒ったようだ。所長は優也に殴られても平然としていたが、周囲は平然とはしていられなかった。
……えらいものを見てしまった……。
一部始終を目撃していた司郎は、驚きのあまり箸を床に落としてしまった。
「すげぇな、優也ちゃん。所長のこと平手で殴ったぜ?」
「……ああ」
おそらく、食堂中の所員が思ったことを、司郎も考えていた。
美樹原優也。
唯一、あの天城誠司所長の顔を、殴ることが出来る人間……。
天城所長より強い立場にいるということは、すなわち、『SSA社』の中では最強ということだ。
皆が心の中で誓ったに違いない。彼には絶対に、逆らうまいと。
もしこのことまで天城所長が計算に入れてあえて頬を殴られたとしたら、恐ろしく頭の回る人である。
きっと全てが計算づくなのだろう。
この父があってあの娘があるのかと、妙に納得した司郎だった。





研修の後は帰ってもよいとのことだったので、司郎は亮介より早く帰って夕飯の支度をした。いつもより長い時間をかけて、亮介のために腕を振るった。司郎は器用とはいえないが、一人暮らしが長かったのでそれなりに料理はできた。亮介が帰ってくるのを待って、一緒に夕食をとった。
食後に風呂に入りすっかり寝る準備を整えてから、司郎は今日あった不愉快な出来事を亮介に報告した。
「亮介さん、新人のうちの一人は東上でした」
「うん。知ってる。さっき聞いた」
亮介は憮然とした表情で答えた。
「副官の俺に、普通だったら入社前に新人の名前ぐらい報告が来るはずなのに、おかしいと思ったらコネ入社だって。汚い手を使いやがって」
憎憎しげに亮介は吐き捨てた。東上が入社したことが相当気に入らないらしい。亮介の様子に司郎はほっとした。
この調子なら、東上に亮介をとられることはないかもしれない……。
「司郎、あのバカが何か言ってきても、絶対に耳を貸すんじゃないよ?」
「はい。分かりました」
司郎は亮介の言葉に神妙な顔をして頷いた。
「まったく、こんなときに出張だなんて……」
「え?」
「例の紗那教官と組む仕事なんだけど、しばらく出張に行かなきゃいけないんだ」
亮介は深々とため息を付いた。あまり乗り気ではなさそうだった。
「あの、いつからですか? どれぐらい?」
「出張は明日からで、司郎の研修が終わるまでぐらいかな」
「そんなに……」
司郎は呆然とした。会社で顔を合わせることが出来ないのは仕方ないと思っていたが、家に帰っても亮介に会えないなんて……。
付き合い始めてからそんなに長期間、離れ離れになるのは初めてのことだ。
「寂しい?」
「はい。亮介さんとそんなに長い間、会えないなんて……」
本当に寂しかったので、司郎は素直に答えた。
「ふふ。カワイイ、司郎。俺も寂しいよ……」
亮介はうっとりと、司郎の頬を両手で挟んで深く唇を重ねた。舌を司郎の口中に忍び込ませ、司郎の舌に絡めてきた。積極的な亮介の口付けに、司郎の下半身はじんわりと熱くなってくる。
「当分は会えないから。ね……?」
「はい……」
その夜、亮介に命じられるまま、司郎は亮介の体に跡を付けた。
どんなに抱き合っても、この体は亮介を求めて啼くのだろう。亮介も自分と同じように、自分を欲しがって苦しんでくれるだろうか?
腰を荒々しく動かし亮介を乱暴に揺すりながら、明日からのしばしの別離を思い、切ない気持ちで司郎は何度も精を吐き出した。

 
 
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