「うわああああっ!!」
司郎の中に、東上がめり込んできた。激痛に司郎は悲鳴を上げた。 ……イタイイタイイタイイタイイタイっ!!!!! 耐え難い鈍痛に、司郎は涙を流した。生まれて初めて男を受け入れるソコは、異物を拒んで引き攣っていた。 裂けてしまったのかも知れない。 痛くて、熱い。 痛みで体が粉々になってしまいそうだ。 「ふっ……。キツイな……」 さらに身を沈めようと、東上は司郎の腰を抱え直した。 そのとき……。 「殺す、と言ったはずだが?」 部屋の中に、冷ややかな声が響いた。 亮介はいつの間にか東上の背後に忍び寄り、後頭部に銃を突きつけていた。 「……亮介」 「命が惜しければ、その汚いモノをさっさとしまって司郎の上からどけ。分かっているとは思うが、俺は引き金を引くことを躊躇うような男じゃない」 夢中になっていたとはいえ、東上はまったく亮介の気配に気が付かなかった。みすみす背を取られ、命をその手に握られている。 これが、副官と呼ばれる男の実力なのだ。 紗那教官の片腕と呼ばれ、つわもの揃いの『SSA社』にあっても五指に入る男の強さなのだ。 「……ゲーム・オーバーというわけか」 亮介の本気を悟り、東上は司郎から体を離した。東上が出て行ったあとにも司郎の後ろには違和感が残った。 友人として好意を持ち始めていた男に犯されかけ……いや、犯されたのだ、自分は。 東上のイチモツは、司郎の処女地を確かに汚した。 司郎は傷つき、眦から涙を零した。 いまだ体には力が入らない。他の男に陵辱された体を、恋人の目の前に晒していることが辛かった。自分はそれを隠す術さえ持たないのだ。 「お前への制裁は、後日だ。さっさと俺と司郎の部屋から出て行け。……俺の我慢が利くうちにな……」 亮介は愛用しているM92Fで東上の心臓部を狙いながら言った。 東上はため息一つつき、すぐに部屋から出て行った。一秒でも遅れていたら、亮介は間違いなく引き金を引いていただろう。 「亮介、さん……」 「大丈夫? 司郎。怪我はない?」 ベッドの縁(ふち)に座り、亮介は司郎の頬を指先で優しく撫でた。亮介の目には、ただ慈愛の色が浮かんでいるだけで、司郎を責めてはいなかった。 だが司郎は自分で自分の迂闊さが許せなかった。 「すみません、亮介さん。俺、俺……」 亮介は人差し指を司郎の唇に当て、司郎の言葉を優しく止めた。そして司郎の体に覆いかぶさり、司郎の心を癒すようなキスをくれた。司郎と亮介はずっと長いこと、口付けを交わし続けた。亮介の唇で唇を愛撫され、司郎の心には安堵が広がった。 「……怖かったです。亮介さん以外の男と……俺は……」 「安心して。司郎にはもう二度と指一本触れさせない」 亮介は司郎の体を抱きしめ優しく囁いた。 「……驚きました。まさか、東上さんが……」 先ほどの恐怖を思い出し、みっともなく体はかたかたと震えた。いつの間にか、友人のように思っていた。おそらく、信頼さえしていた。人として、東上に好意を持っていた。だからこそ、なおさら司郎は傷ついた。 「俺は……。分かっていた。あいつが司郎に惹かれることを。司郎の優しさに惹かれることを……。あいつは俺と似ているからな。強引で自分勝手で、目的のためならどんな卑怯な真似もするくせに、心の奥ではすべてを赦されるような寛大な愛情を求めている」 亮介は、司郎を抱く腕の力を強めた。 「亮介さん……」 「……だから、用心していた。それなのに、すまなかった、司郎。俺は司郎を守りきれなかった……」 心から悔やんでいることを感じさせる亮介の声音に、司郎は胸が痛んだ。 そして、ますます愛しいと感じた。 どうしてこの人はこんなに、強いのに、司郎のことになると弱くなるのだろう。 「いいえ。そんなこと、ないです。さっき、東上さんに制裁を加えることより、俺を抱きしめることを優先してくれた。……嬉しかった……」 司郎と亮介は見つめ合い、再び唇を合わせた。心が温まるキスだった。傷ついた心が癒されていくようだった。 「あの、さっきの電話……すごくタイミング良かったんですけど……ひょっとして、盗聴器とか仕掛けてません? この部屋に……」 「まあね」 亮介はあっさりと、盗聴器を仕掛けていたことを認めた。驚きはなかった。司郎はやっぱりと思った。亮介だったらやりかねない。 ただ、亮介が出張中にベッドの上で、亮介の名前を呼びながら自分を慰めていたことも知られていたかと思うと恥ずかしくなった。 「出張中も、毎日司郎のカワイイ声が聞きたくてね。だけどさっきは司郎の助けを求める声が聞こえて気が気じゃなかった」 「心配かけてすみませんでした……」 「ばかだね。恋人同士なんだから、心配するのは当然だよ。まして、狼が家の中に上がりこんでいると知ったらね……」 亮介の目が冷たい色を帯びた。 東上に対して亮介がどのような制裁をするのか、司郎は想像するだけで恐ろしかった。 自分を強姦したことは許せない。しかしそれでも、司郎は東上を憎めなかった。 もし自分に手を出したら、亮介が黙ってはいないことは東上も知っていたはずだ。最悪、殺されることだって考えられる。実際、亮介は東上に対して銃口を向けた。殺意も、本物だった。もう少しで東上はその体に銃弾を受けるところだった。 東上は己の命を賭(と)して自分を求めてくれたのだ。 それは、どれほどの想いなのだろう……。 「揺れないで、司郎」 「……亮介さん?」 「俺だって、司郎のためなら命を捨ててもいい。司郎を手に入れるためなら……」 亮介は司郎の目を見て真剣に囁いた。今の亮介には、いつもの余裕は感じられなかった。 ただ、必死に、司郎に訴えかけていた。 「俺はね、司郎の優しさにつけ込んで、自分がいかに卑怯な手で司郎を自分のモノにしたのか自覚はあるんだ。だから、不安になる……」 亮介の言葉に驚き、司郎は眼を見開いた。 この恋に不安なのは、自分だけなのだと思っていた。 自分だけが、この恋の結末に怯えているのかと思っていた。 「司郎にはごく普通に結婚してごく普通の幸せを手に入れることだって出来た。俺と違って、司郎は真性じゃないからね。なのに俺は寂しくて……誰かに傍にいて欲しくて……司郎に惚れて、全力で司郎を奪った。司郎の人生を奪って、捻じ曲げた」 知らなかった。亮介がそんなふうに思っていたなんて。 迷いのない人なのだと思っていた……。 「本当なら、俺は司郎に憎まれても仕方ない。なのに司郎は俺を赦し、愛してくれた。俺が望むだけの愛情をくれた。ねぇ、司郎、俺がどれだけ司郎に出会えて幸せだか分かるかい?」 「…………」 「奇跡だ。夢だ。希望だ。司郎は俺の命だ。司郎を奪われないためなら俺はどんなことでもする」 亮介の激白に言葉を挟むことも出来ず、司郎はただ唖然とした。 これほど自分が想われているとは思わなかった。 「……司郎、絶対に他の人間に心変わりしないで。もし司郎が他の人間を愛するようになったら……俺は必ずそいつを殺す。司郎を哀しませると知っていても、間違いなく殺す。微塵の良心の呵責もなく、簡単に、一瞬で、そいつの命を奪う。これは冗談じゃない。俺がそれを実行できることを、司郎もよく分かっているだろう?」 分かっている。自分はそれを見たばかりだ。 東上に対する亮介の殺意は紛い物ではなかった。 もし東上が亮介の言葉にすぐさま従わなければ、亮介は東上を殺しただろう。 一発の銃弾で。 鮮やかに。 亮介の腕は一流だ。亮介が殺そうと思って殺せない人間のほうが少ない。亮介を止めることができるのは、紗那教官か天城所長だけだ。 「……あの、俺、心変わりしないから、殺す必要ないです」 「司郎……」 「俺、ずっと不安だった。あなたは俺を大切にしてくれるけど、あなたほどの人がどうして俺なんかを好きでいてくれるのか、不思議だった。でも、亮介さんも不安だって知って、安心しました。俺だけじゃないんだなあって……」 司郎は微笑みながら言った。亮介にも弱い部分があると知って、嬉しかった。 「司郎も、不安だった? ばかな子。俺はこんなに司郎に夢中なのに……。心配する必要なんかないのに」 「亮介さんこそ、不安になる必要、ないです。正直言って俺あんなことがあった後も、東上さんを嫌いになれない。あの人の本気が分かるから。でもそれは、亮介さんにたいする気持ちとはまったく別物です。俺が恋しているのは、あなただけです……」 やっと薬の効果が切れてきたのか、司郎は腕を動かすことが出来た。司郎は亮介の頬を両手で包み、今日初めて、自分から唇を寄せた。 「好きです、亮介さん」 「司郎……お願いがあるんだけど」 「なんですか?」 「抱いていい?」 「…………………………………え?」 突然の話題の転換についていけず、司郎の頭の中は真っ白になった。 「いや、だって、司郎、そんな色っぽいかっこうしているし……。すごくおいしそうで、食べちゃいたいぐらい……」 「えっ。だ、だって、そんな……」 「別にいいよね。東上に入れさせておいて、恋人の俺がダメなんてことないよね」 「べ、別に、好きで入れられたんじゃありませんっ!」 「そうだよね。あのバカに無理やりヤられちゃったんだよね。でも平気。俺が今からあいつの痕跡を消してやるから」 亮介はいそいそと、ズボンの中から固くなったモノを取り出した。 …………………………………。 …………………………………。 …………………………………。 …………………………………。 …………………………………。 …………………………………。 …………………………………マジ!!?? 司郎は慌てたが、薬の影響がまだ残っていて、緩慢にしか手足を動かすことができなかった。 「亮介さ〜んっ!!」 ……や〜め〜て〜っ!!! 司郎は半泣きだった。 「司郎の後ろ、ちょうどイイ具合に緩んでる。それじゃ入れるから」 堂々と宣言し、司郎が許可を待つこともせず、亮介は司郎の中に昂りを埋(うず)めてきた。 「ああああああああああっ!!!!」 再び襲ってきた身を引き裂かれるような激痛に、司郎は耐えられずに声を上げた。 「痛そうだね。司郎、ほとんどバージンだもんね。……大丈夫。俺に任せて……」 亮介は無理に体を進めず、先っぽを司郎の中に入れたまま、司郎の前を巧みに弄った。亮介が男を抱くのは初めてだと思うが、それでも何度も司郎を受け入れた経験から、どこをどうすればいいのかよく心得ているようだった。 司郎の表情を伺いながら、亮介は司郎の体を愛撫した。 立場は違っても、何度も体を重ねたことのある二人だ。亮介は司郎の性感帯を熟知していた。 「あっ、あっ、あっ……」 痛みは完全には消えていないものの、快感が混ざり始めた頃に亮介が動き始めた。 「多分、ここ、かな?」 亮介は探るように、先端で司郎の浅い部分を擦った。その途端、司郎の体に信じられないほどの大きな快感が突き抜ける。 「ああっ……!」 「やっぱりここ、だったね……。どうしよう……司郎、すごく色っぽい……」 うっとりと亮介は囁き、司郎の首筋を噛んだ。その瞬間、司郎は亮介を入れたまま、達してしまった。勢い良く白濁した液が飛び散り、亮介のスーツにシミを作った。 「イったね……。司郎、カワイイ。俺も、一度中で出すから。そうすれば動きやすくなる」 亮介は司郎の体を軽く揺すり、中を生暖かい体液で濡らした。 生まれて初めて男を受け入れたままイってしまった。そして、生まれて初めて中で精液を吐き出された。 男を抱くことにはすでに慣れていても、男に抱かれることなど想像していなかった。 いつもとの立場の逆転に、司郎の頭は混乱していた。 ……き、気持ち良かったけど、気持ち悪いっ!! 「も、もう、イヤです。これ以上は……」 亮介の下から這い出し逃げ出そうとするが、片手一つであっさりとそれを止められてしまう。恐ろしいほどの力だ。外見だけ見れば司郎のほうがよほど力がありそうなのだが、実際には亮介のほうが力がある。 腰を捕まれ司郎はもうどこにも逃げられない。 「大丈夫。気持ち良くしてあげるから!」 笑顔で一蹴(いっしゅう)された。 「い、いやですっ。あっ。ああっ……」 内部の亮介のモノが、再び元気になっていく。 亮介は司郎の両足を胸につくぐらいに無理やり折り曲げさせた。苦しい体勢に、司郎は眉間に皺を寄せる。 亮介は腰をぐいっと押し付け、司郎の奥まで侵入を果たしてしまう。 「ひぃっ……!」 「やっぱり、中を濡らしたら動きやすくなったね……。ステキだよ、司郎……」 亮介は大きく腰を動かし、一度目とは違って激しく性器を出し入れさせた。亮介の情け容赦のない荒々しい抽挿(ちゅうそう)に、司郎はただ翻弄された。 「あひぃっ……あっ……ううっ……!!!」 「……狭い……。スゴイ、締め付けだね……サイコー……」 「あっ……ああっ……!!」 「司郎ったら先っぽから、白い液をいっぱい漏らしてる……。気持ちイイみたいだね……」 亮介の言うとおりだった。 亮介の先端に弱い場所を攻められ、司郎はだらだらと快楽の証を流し続けた。司郎の下腹部は、汗と自分が放った不透明な白い液で濡れそぼっていた。 自分で自分の体の反応が信じられない。止めて欲しいと思う一方で、もっとシテ欲しいと願ってしまう。 「くっ……」 亮介が低く呻いて、司郎の中に欲望を解き放った。これで終わりかと、司郎は寂しさと安堵の混ざったため息をついた。 「司郎、今度はうつ伏せになって」 まだスーツを着たままだった亮介は、服を床に脱ぎ落としながら言った。 「………………………………え?」 司郎は驚き亮介の顔を見上げた。 ……まだする気なのか? 「前からで二度イったから、今度はバックから挿入したいな」 亮介はさっさと全裸になり、ベッドの上に戻ってきた。 「はい、司郎。後ろ向いて、入れやすいようにお尻を持ち上げてね」 あっという間に亮介の怪力によって、司郎は言われたままの姿勢を取らされてしまう。 「あ、あの……ま、ま、まだ、するん、ですか……?」 「もちろん。司郎のココも、まだ俺を欲しがってるみたいだしね」 亮介は司郎の肉穴を指でぐりぐりと弄りながら言った。司郎は思わず腰を揺らしてしまう。これでは、亮介に欲しがっていると言われても仕方がない……。 亮介はじわじわと司郎の中に自分を沈めた。 「はうぅっ……」 司郎の内部はみっちりと、亮介のモノで満たされる。傷みはすでにない。亮介の棒で掻き回され、司郎は悦びの声を上げた。 二人の嵐のようなセックスに、ベッドがぎしぎしと軋む。 「あ、あ、あ、イイ……! イイ……です……!」 「俺も、だよ。……司郎……素晴らしいよ……」 亮介は背後から司郎の体をキツク抱きしめ、三度目の射精をした。 嵐が過ぎ去ると理性が戻ってくる。 司郎は枕に顔を埋め、亮介の視線を避けた。 「? 司郎、どうしたの?」 「…………………………恥ずかしいんです。しばらく、そっとしておいて下さい……」 思い出したくなくともさきほどの自分の痴態が次々と頭に浮かんできてしまう。司郎は今すぐ脳みそを洗って亮介に抱かれた記憶を水で流して排水口に吸い込ませてしまいたいと思った。 「恥ずかしがってる司郎もカワイイ」 亮介は司郎の隣に寝転がり、司郎の背中や腰を撫でる。下心のない癒すような手に司郎が安心したところで、亮介は司郎の双丘の狭間に指を挿入させた。 「うわっ! なにするんですか!?」 「さっき、ココの中にいっぱい出しちゃったからね。キレイにしないと、お腹痛くなっちゃうよ」 「わー。自分でします、自分で!」 「遠慮しないの。いつも司郎、俺の後ろをキレイにしてくれるでしょ? 今度は俺がキレイにしてあげる」 ……いや、だから、遠慮じゃなくって……。 「ひぃっ。うわっ。そ、そんな……」 自分がスルのとされるのとではぜんぜん意味が違う。司郎は亮介の行動を止めたかった。だが、止められるはずもなかった。 亮介は指だけでなく、舌まで使って司郎の下半身を清めた。 ……穴があったら入りたい。そして二度と出てきたくない……。 司郎はこのまま遠い国に逃亡してしまいたいような気分になった。 だが、司郎の苦難はまだ終わっていなかった。 「よし、じゃあ、お風呂に入ろうか。今日は俺が体を洗ってあげるから!」 「いえ、結構です!」 亮介は司郎の言葉を無視して、司郎の体を軽々持ち上げた。 「ひぃーっ。自分で歩けます。自分で!」 「遠慮しないの」 ……だから、遠慮、ちがーうっ!!! 司郎は浴室で、体の隅々まで洗われてしまった。 亮介は始終、上機嫌で、司郎の世話をするのが楽しくて仕方がないようだった。 司郎の魂は、半分抜けかけていた。 パジャマも着せてもらって寝室に戻ったら、待っていたのは精液まみれになったベッドだった。 「…………………………」 司郎は疲労を感じてその場にしゃがみこんだ。 ……疲れた。 だが、あのベッドでは寝たくない。せっかく恥を忍んでキレイにしてもらったのにまた汚れてしまう。 「ん? ああ、ベッドのシーツ、換えなきゃね。ちょっと待ってて」 気付いた瀬名が、素早くベッドメーキングをしてくれた。こんなときにベッドを整えるのも自分の仕事だったのにと、司郎は虚しい気持ちで眺めていた。 精も根も尽きた様子でぐったりとベッドに横たわると、亮介は心配そうに司郎の顔を覗き込んできた。 「大丈夫? 疲れちゃった?」 「はい。疲れました。それに……恥ずかしかった……」 「俺に抱かれるの、イヤだった?」 亮介の言葉を司郎は考えた。 東上に抱かれるのはイヤだった。 亮介に抱かれるのは……。 「イヤ、ではなかったです。……えっと、気持ち、良かった、です。はい。でも、まだ慣れてないから……」 「じゃあ、慣れるまで頑張ろうね!」 「………………………………………」 司郎は答えに詰まった。 亮介は本気で、慣れるまでヤる気なのだろうか? ……本気、なんだろうなぁ……。 司郎はそっとため息をついた。 「亮介さんは?」 「ん?」 「俺を抱いて、どうでしたか?」 「良かったよ、とっても。司郎に抱かれるのも好きだけどね。いっぱい俺の知らなかった司郎の顔が見られたから、司郎を抱いて良かったって思う」 「……だったら、俺も、いいです。抱くほうが、好きだけど。亮介さんに抱かれるのも、そんなに悪い気分じゃないです」 ……死ぬほど恥ずかしかったけど。 心の中で付け加え、司郎は亮介の首に腕を回した。 そして、自分から亮介の唇に唇を寄せる。 亮介からも優しいキスを返された。 ついばむよな口付けを交わしながら、いつしか司郎は眠りに落ちていった……。 愛しい愛しい、自分のただ一人の恋人。 亮介は恋人の穏やかな寝顔を、愛しさを湛(たた)えた目で見下ろした。 離れている間も司郎の声が聞きたくて、仕掛けていた盗聴器が役に立った。 明日に帰る予定だったが一秒でも早く亮介に会いと思い、今日の仕事が終わってすぐに飛行機に乗り込んだ。ぎりぎり最終便に間に合ってよかった。 タクシーの中でイヤホンを当てたら、不穏な声が聞こえて慌てた。運転手に銃を突きつけ道を急がせ、携帯で家に電話をした。 それでも、ほんの少し間に合わなくて、東上の性器が……たった数センチとはいえ……司郎の内部に入ることを許してしまった。 あのときのことを思い出し、亮介はやはり殺しておけば良かったと思った。 最初から分かっていた。あの男が司郎に惹かれることは。もともと好みだったのだろう。でなければ、東上ほどの組織内で立場の高かった男が、わざわざ借金の回収作業などするはずがない。あのときもきっと、司郎を見に来たのだ。もしかしたら借金を盾に、司郎にあんなことやこんなことをする気だったのかもしれない。 だが、ここで引き金を引けば二人の寝室が血で汚れるし、なにより目の前で人が撃たれたら、司郎の心に傷を作る。司郎は優しいから。だから、思いとどまった。 もっとも自分は、あの男の行為を許してやる気なんてさらさらないが。 「……さて。どう料理してやろうか? あの男もまさか、ただで済むとは思っていないだろう……」 この瀬名亮介の最愛の恋人に、手を出そうとしたのだから。 もし東上が微塵でも司郎の心を盗むことに成功していたら、あいつの運命は『死』だけだった。 だが……まあ、今回は特別に、半殺し程度で勘弁してやることにしよう。 司郎を抱いてカワイイ姿をたっぷり堪能したところで、東上の残した不快な気分はだいぶ払拭された。今の自分は機嫌がいい。 ……手加減はしてやるさ。殺さない程度にな……。 亮介は愛しい恋人の髪を撫でながら、不穏な笑みを口元に浮かべたのだった。 「瀬名、新人が、全治3ヶ月だそうだな」 「そうみたいですね」 「稽古中の事故だったそうだな」 「ええ、そうです」 「お前が稽古をつけてたんだよな?」 「ええ」 「……本当に、事故か……?」 紗那教官は疑いの眼差しを亮介に向けた。 「もちろん、事故です」 亮介はにっこり微笑み言い切った。 しばらく紗那教官は、亮介の顔を探るような目で見ていたが、やがてため息をつき肩を竦めた。 「ま、仕方ねぇな。やんちゃなのもお前のカワイイところだ。問題ないように処理しといてやるよ」 「ありがとうございます」 亮介は素直に頭を下げた。 それが肯定の意味になることは分かっていたが、相手が紗那教官であれば構わないと思っていた。亮介は年下の上司を心から尊敬し、信頼していた。 自分が同性愛者であることに深い絶望を抱き、闇を彷徨(さまよ)っていたときに救い上げてくれたのが、麗しい青年の容姿を持ったこの上司だった。 紗那教官との出会いを、亮介は四年経った今も覚えている。 歩道橋の上で発作的に飛び降りようとした亮介を止めたのが、紗那教官だったのだ。 「やめな。こっから飛び降りたら、キレイな死に方出来ないぜ?」 亮介は驚き声の主を振り返った。そこに立っていたのは滅多にいないほどの端正な顔立ちの少年だった。 十代半ばほどの年齢に思えたが、少年にはすでに人を従わせる貫禄が備わっていた。 亮介は掴んでいた柵からのろのろと手を放し、少年のほうに体を向けた。 「あんたの命、俺に貸しなよ。ちょうど人手不足でね。俺の下で動いてくれる人間が欲しかったんだ」 亮介はその言葉に迷わず頷いていた。少年の下で自分がどんな働きをすればいいのかは分からない。だが、この少年になら、自分の命を渡してもいいと思った。 そして亮介は勤めていた会社を辞め、『SSA社』に入社することになった。 後に少年が少女であることを知り、実は一目で紗那教官に惹かれていた亮介は失恋してしまったわけだが、亮介はいまだ紗那教官の部下として働き続けている。 亮介にとって紗那教官は命の恩人だった。 「紗那教官」 「あ?」 「俺、司郎がいて、本当に幸せなんです」 「そうか」 紗那教官は良かったなと言うように、暖かい笑みを見せてくれたのだった。 司郎は東上を見舞うため、病院を訪れていた。 反対されると思って亮介には黙って来た。 病室に花瓶があるかどうか分からなかったので、必要のないように、花屋で籠に切花を生けてもらった。美しく籠に盛られた花をしっかり抱え、司郎は病院までの長く緩やかな坂を歩く。 「あの、東上真人さんのお見舞いに来たんですが……。部屋は何号室でしょうか?」 「少々お待ちください。……203号室ですね。まずは、そちらの面会ノートに記帳をお願いします。……はい、結構です」 美人で愛想のいい受付嬢に部屋を教えてもらい、司郎は階段を使って2階に上がった。部屋は階段を上がってすぐの場所にあった。どうやら個室らしい。 ノックをしたら、入れと中から返事があった。 「……こんにちは」 「司郎……!」 自分の病室を訪れた人物の顔を見て、東上は驚いた顔をした。 「あの、ほんとはもっと早くに訪れるつもりだったんですけど……」 「どうせ亮介に止められていたんだろ? 構わねぇよ。来てくれただけで嬉しい。まさか入院中に会えるとは思っていなかったからな」 ベッドの横にある椅子を勧められ、司郎は座った。見舞いの花を渡すと、東上は照れたように笑った。 「……この間は済まなかったな」 「……いえ」 この間とは、東上が司郎を無理やり犯そうとしたときのことを言っているのだろう。司郎はその場面を思い出して頬を染めた。 あのときは絶対に許さないと思っていたがこうして東上の慈しむような瞳を見ると、いつまでも頑ななままではいられなくなる。肉欲だけで自分を襲ったのなら簡単に切り捨てられる。だが、東上の本気が分かってしまっただけに、司郎はいつまでも怒りを持続させることが出来なかった。 「あの、怪我は痛みますか?」 「まあそれなりにな。亮介に、情け容赦なくやられたからな」 「……はあ」 亮介の『制裁』を、自分は止めるべきだったのかも知れない。東上の全身に巻かれた包帯が痛々しい。 実際は止める間もなく、気がつけば東上が入院していたのだが……。 「殺される覚悟もしてたから、この程度で助かったと言うべきなんだろうな」 「東上さん……」 「自分でもバカだと思うけどな。その後、殺されても、たった一瞬でも……俺はお前を抱き締めたかった……」 東上は切ない目を司郎に向けて言った。 司郎は胸が締め付けられるような思いがした。 気持ちが揺れるわけじゃない。ただ、東上の想いに応えることが出来ない自分が悔しくて、哀しいような気持ちになった。 自分がどれほど東上に愛されていると自覚したところで、自分には亮介がいるのだ。 自分は東上とともに歩む未来は選べない。 「すみません、東上さん。俺は、亮介さんを愛しています」 司郎は東上の目を見てきっぱりと言い切った。 「亮介に、抱かれたか?」 「………………はい」 「……そうか」 東上は目を閉じ、一瞬、辛そうな表情を浮べた。 次に目を開けたときは穏やかな微笑を浮べていた。 「退院したら、友達ってことで頼むわ。亮介のやつはイイ顔しないだろうがな」 「はい」 司郎は大切な友人を失わずに済んだことに安堵した。 そして、東上を傷つけたことに胸を痛めた。 「そんな顔をするな。未練が残るだろうが。……仕方ない。ヤツのほうが、俺よりもお前のことが必要だった……そう思うことにする」 東上は、静かな口調で言った。東上の言葉は司郎の胸に染みこんできた。 ……俺は、亮介さんに、必要とされている。 ……俺が、亮介さんを、必要としているのと同じように……。 それを、忘れてはいけないと思った。 一階に降りるとロビーで亮介が足を組み、ソファーに座って待っていた。 「亮介、さん……」 亮介は少し不機嫌そうな顔をしていた。 「俺に黙ってってのは、ちょっと腹立つかな」 「……すみません」 「でも、そこが司郎のイイところなんだよね。困るなあ」 ぼやくように亮介は言った。 「困りますか?」 司郎の言葉に亮介は表情を改め、華やかな笑顔を浮べた。 「嘘。ちっとも、困らない。司郎の優しいトコ、好きだよ」 そして司郎の隣に立ち、腕を絡めてきた。すれ違った中年の女性が驚いた顔で振り返ったが、司郎も亮介も気にしなかった。 いつもは人目を気にする司郎だが、今日は亮介と並んで腕を組んで歩きたかった。 幾分、自分よりも身長の低い亮介を見下ろし司郎は思う。 ……これの人が……俺が選んだ人なんだ……。 ずっと、一緒に、歩いていく。 司郎は亮介とともにいる未来を、もう疑ってはいなかった……。 完 |