紗那たちが真っ先に向かったのは、事件があった現場、グレス=ファディルの城だった。
姿が変わっていても紗那が『デュアン=デュラン』であることを理解した城の人々は、紗那の前に膝をついた。 デュアン=デュランはグレス=ファディルの一番の側近であり、グレス=ファディルが人間界にいる今、この城での最高権力者ということになる。ゆえに城で働く者たちは、こぞって紗那の帰りをもてなした。 「デュアン=デュラン様、留守中を預かっておりましたのに、グレス=ファディル様の『器』がこのようなことになり……誠に、申し訳ございませんでした」 ウジンは額を地に擦りつけ、紗那に謝罪した。このままでは、いつまでも顔を上げそうもなかったので、紗那は慌ててウジンを止めた。 「おい、よせよ、ウジン。あの、アルザール様の結界で守られていた『器』が盗まれたんだぜ? 例え俺がそこにいたとしても、防げたかどうか分からねぇし。気にすんなよ」 「デュアン=デュラン様……。お気遣い、ありがとうございます」 紗那の言葉にウジンは目を潤ませ感謝したが、紗那はばつが悪かった。そもそも、グレス=ファディルの『器』の護衛は、デュアン=デュランの務めだった。だが、主の後を追うために、デュアン=デュランは与えられた役目を放棄した。今思えば、ずいぶんと無責任な行動だ。昔の自分に、説教してやりたい。 ……いやなんつーか……。あの頃って、ほんっとーに俺、「あの人」のことしか見えてなかった……。他人の迷惑とか、本当に考えてなかったよな……。 けれど今は親友の零もいることだし。 視野の狭さは以前よりはマシになったに違いない。……多分。 「気遣いっつーか……。むしろ謝らなきゃならねぇのは俺だし。その、急に留守にしちまって負担かけて、悪かったな……」 紗那はウジンに頭を下げた。「自分が悪いと思ったら素直に謝るように」と、子供のころ父である誠司から言われた言葉が頭をよぎる。 ……三つ子の魂、百までってか? 「恐れ多いです、デュアン様!」 紗那の態度にウジンは驚き、うろたえた。 ……ウジン、変わらねぇなぁ……。 紗那は内心で苦笑した。 ウジンは昔から大人しくて真面目な男で、礼儀正しい男だった。グレス=ファディルへの忠誠心は高く、デュアン=デュランも認めるほどだった。 「それにしても、グレス=ファディル様もデュアン=デュラン様もいらっしゃいませんでしたので、寂しゅうございました。グレス=ファディル様はあちらの世界では、いかようにお過ごしでしょうか」 ウジンは紗那たち一行を城内に招き入れつつ、紗那に君主の近況を尋ねた。 「優也……じゃなくって、ユリナ様と新婚生活満喫中って感じ。元気で楽しく、毎日、幸せ一杯に暮らしているよ」 「それは良かった! あの方が幸せでいることが、私の幸福です」 「ん。そうだよな、俺もそう」 アルザールによって無理やりこちらの世界に連れ去られたのは、ほんの数日前のことだった。けれどあまりにも遠くに来てしまったから、なんだか寂しい。 父から自立したいと思う一方で、父から離れがたい紗那にとって、今回のことは不本意ではあるが、チャンスなのかもしれない……。 紗那が感慨にふけっていると、エリファリドもまた己の主の近況を尋ねてきた。 「デュアン=デュラン、ラザスダグラ様は、どのようなご様子だった?」 主に関心のない側近などいない。 レティとディースは口こそ挟まないものの、紗那がどのように答えるのか聞き漏らすまいと、耳をそばだてているのがひしひしと感じ取れた。 「ええっとぉ。紆余曲折の果て、ラザスダグラ様も相当幸せそうだぜ? なんつっても、目に入れても痛くないぐらい猫かわいがりしている愛しのハニーと、ラブラブ同棲真っ最中だし?」 「そうか……。それは良かった。リィン殿がいなくなってから、ラザスダグラ様は生きる気力を無くされてしまったようだったから……」 エリファリドは、ほっとした顔で笑った。 だが、レティは「ラザスダグラ様を裏切った不忠義者のために、下賎な世界に身をおくなんて……」と小声でこぼし、不服そうだった。 その「不忠義者」が己の親友のことであり、その親友が「不忠義者」と呼ばれるような原因を作ったのが自分であることを思えば複雑な気持ちだが、レティが不満に思うのもよく分かる。 主の妻でありながら、浅慮な行為で主に負担をかけたユリナのことを、かつては大嫌いだった。グレス=ファディルにはもっと相応しい妻を選んで欲しいと、真剣に願っていた。今でこそ二人の仲を認めているが、グレス=ファディルがユリナを選んだのは、ただの政略結婚だと思っていたのだ。 ……零、今頃なにしてんのかな……? あちらの世界のことを思い出していたら、親友の零のことが気になった。 父である誠司や、その恋人である優也は、どうせいつもどおりなのだろうと思うので、とりたてて心配することはない。仕事についても、きっと誠司が上手く調整してくれるに違いない。誠司と優也の間に生まれた子供の「優維(ゆうい)」……優也はあちらの世界では少年だったが、「ユリナ」が女だった影響で妊娠したのだ……のことは気にかかる。 毎朝、仕事の都合で出張中のときを除き、お目覚めのチューをしてもらうのが日課だった。可愛い可愛い、俺の弟。父である誠司より、母である優也よりも自分に懐いていたから、今頃ぐずっていないか心配だ。「俺がお母さんなのに、紗那にばっかり懐いてずるいっ」と優也はしょっちゅうヒステリーを起こしていた。だが優也には悪いが、好意は拒まずという主義なので、優維が懐けば懐くほど、猫っかわいがりした。まさに目に入れても痛くないほど可愛がった。生後十ヶ月目に優維が初めて口にした言葉は、「まま」でも「ぱぱ」でもなく、「なーな(※紗那のこと)」だった。 あまりにもべったべたに可愛がっていたら、親友の零には「お前……ショタにもほどがあるだろう……」とドン引きされた。「分かってるとは思うけど、紗那、お前がこのちびっ子で己の欲望を満たそうとしたら……絶交するからな」と真顔で言われた。 絶交って……小学生の女子かよ、と思ったがそこには突っ込まず、「じゃあ、零ちゃんが相手してよぅ。欲求不満が解消されるようにさぁ」と、零が顔を赤くして慌てる姿を期待しながら言ったら、「それはダメ。俺、浮気しない主義だから」と、真剣に返されてしまった。 ……浮気って……。まだ結局、ヤってないくせに……。 内心で思いつつ、武士の情けで口には出さないでおいてやることにした。精神的にはとっくに両想いなのに、親友はいまだ年上の恋人と、プラトニックな関係を続けていた。 傍から見ていると、とても歯がゆい。 さっさとヤっちゃえばいいのにと思うが、色々と複雑な心境らしい。 零は弱い男ではないが、トラウマってやつは、なかなか抜け出せないもののようだ。 「まったく、さっさと幸せになっちまえばいいのにねぇ?」 大好きな友人の幸せを、紗那はいつだって願っているのだった。 ……紗那……。あいつ、天界で今頃、なにやってるんだ……? 紗那が零のことを考えていた同じ頃。零もまた、紗那を気に掛けていた。 親友の紗那は何の前触れもなく、突然いなくなった。どうやら天主であるアルザールに、無理やり連れ去られたらしい。まさか命をとられることはないだろうが、紗那になにをさせるつもりなのか皆目検討もつかず、紗那の父親である誠司も、さすがに娘のことが心配なのだろうか。このごろ、ぼんやりしていることが多い。 もともとポーカーフェイスを通り越して彫像と同じぐらい無表情なので判別しがたいが、何度呼んでも反応なく、何もない空中を眺めているのだから「ぼんやり」と表現しても差し支えはないだろう。 かと思えば……妙なおせっかいをし始める。 情がないわけではないが、放任主義の誠司にしては、珍しい行動だ。 以前、誠司の「おせっかい」により、ラザスダグラとリィンが兄弟であったことを知らされた。身分違いということも零が一歩を踏み出せない障害の一つであったから、そのことにより自分の中で問題が一つ解決できたような気になったのは確かだ。だがそれよりも、零の心を動かしたのは、ラザスダグラの本心だった。 当たり前のように君臨し続けた王が、自分と同じように悩んでいたと知り、二人で幸せになるために前に進みたいと心から願った。 ……が、現実は……。 口付けは交すものの、それ以上の進展はほとんどみられない。肌に直接触れたのは、初めてこの世界で再会し、紗那を守るために主を誘惑しようとしたあの一回だけ。 ……情けない……。我ながら、なんて情けない……。 「あのさぁ、お前ら、我慢比べでもしてんの? っつーか、なんの罰ゲームよ?」と、紗那には思いっきり呆れられたこともあったっけ……。 零は手元の封筒に、視線を落としじっと見つめた。 ……これの意味するところは……そういうこと、だろうなぁ……。 奇しくももうすぐクリスマスだ。 ベタといえばベタだが、一つのきっかけではあるのかもしれない。 あとは自分がコレを有効活用さえできれば……。 「零、夕飯の支度はできているが、食事にするか?」 「あっ、は、はいっ……っ!!」 急に声を掛けられ、零は慌てて封筒をカバンにしまった。 挙動不審だと思われただろうか? 勘の鋭い人だ。とくに、零のことに関しては。 だが、ラザスダグラ……この世界では奨と名乗っている恋人は、とくに追及してこなかった。気がついていないわけではない。あえて、聞いてこないのだ。 奨は細かい詮索はしてこない。零を信頼しているからだ。 精神的には、二人の仲は着実に進展している。絆が深まりつつあることを、実感している。 ……あとは……だよな……。 触れられたくないわけじゃない。 抱き合いたくないわけじゃない。 ただ、怖いのだ。 肉体的に交わることで、今のこの関係すら崩れてしまわないかと。 だがこれから二人でともに歩んでいくために、乗り越えなければならない壁だということも重々承知している。 「あの、いつもすみません。後片付けは俺がやりますんで」 「気にしなくていい。共働きなら、手が空いたほうが家事をするのが普通だと聞いている」 ……共働きって……普通って……。 仕事で忙しい零のことを気遣って、奨が尽くしてくれるのは、嬉しいと言えなくもない。 けれどあまりにも恐れ多くて、素直に喜びにくかった。 「えーと……。その話、誰から聞いたんですか?」 「誠司からだが?」 ……やっぱり。 零は箸を持ちながら、めまいを起こしそうになった。 あちらの世界にいたときは、二人はけして仲良くなかった。グレス=ファディルがどのように考えていたかは知らないが、ラザスダグラは己の父の跡継ぎの座を争うライバルとして、グレス=ファディルを意識していた。正面から直接ぶつかることもなかったが、ラザスダグラがグレス=ファディルを快く思っていなかったことは知っていた。 だが、今、二人の関係は「親友」といっても差し支えのないほどの間柄だ。紗那の考察によると「不器用過ぎて、かつて嫁(または恋人)に逃げられた者同士、共感するものがあるんだろ」……なのだそうだ。 この世界の恩人でもある誠司と、奨が仲良くしてくれているのは単純に嬉しい。 「グレス=ファディル」への長年の劣等感から解放され、恋人が寛いだ顔を見せてくれるようになったことが嬉しい。 ……が。 ……所長も、余計なこと吹き込むなよな……。 「零?」 「……あー。いや、まぁ、確かに、共働きの夫婦の場合はそういうこともあるわけですが……」 「なにか、問題でも?」 奨は不思議そうな顔をして、首を傾けた。美形はどんなポーズもさまになる。そして生まれながらの高貴な育ちによって培われた優雅さは、2LDKの狭いマンション(といってもラザスダグラの居城と比べたら狭いだけで、世間一般的には男の二人暮しとしては十分!)においても、損なわれることはない。 食べ方も綺麗だ。生まれながらの日本人でもないくせに、箸を操る指先が美しい。 思わず見惚れながら、どうしてこれほど美しい男が自分にご執心なのかと悩んでしまう。酒を飲みながら悩みを打ち明けると、「ただの惚気じゃねーか」と、親友の紗那からどつかれた。 ……街を歩けば注目の的だしコノ人。真にすごいのは、その視線をものともしないところだけど。昔っから強烈なファンが多かったから、慣れてるんだろうけど……。 とくに側近の三人はラザスダグラのためなら命すら投げ出しそうなほど、己の主に心酔していた。 ……『愛人』だった俺は、煙たがられてたっけ……。 といっても、あのころは周囲にほとんど関心などなかったから、敵意を向けられたところで、どうということもなかったが。 ……コノ人に包丁握らせてるっつったら、あの三人に俺、殺されそうだよな……。 零は内心で苦笑した。 「……えっと、別に、問題なんてないです。俺、あんまり料理上手くないんで、作ってもらえて、おいしいご飯食べられて嬉しいし。この茄子の煮物も、すげぇおいしいです」 「それは良かった」 零の誉め言葉に、奨は嬉しそうな笑みを控えめに見せた。 その柔らかな表情に、どきりとする。 ……うっ。か、可愛いじゃねーか……。 綺麗でカッコイイのに、ときどき可愛いから、困る。 愛しいという気持ちが、自然と湧き上がってくる。 ……頑張ろう、俺。 壁を乗り越えられる日も、遠くない気がする。 「零、食べたいものがあれば、遠慮なく言いなさい。どうせ私には時間がたっぷりとあるし、難しい料理であれば、優也に教わってくることにしよう」 優也は奨の親友である誠司の恋人であり、あちらの世界での自分達の妹、ユリナでもある。かつてはあまり交流のなかった兄妹だったが、今では「主夫」の先輩として、奨はときどき優也に教えを請うことがあった。 二人の間には疑わしいことなど何もないということを重々承知しつつも、並ぶとお似合いの二人に、零は複雑な心境だった。 品の良い立ち振る舞いが当たり前のように身についている奨と、実家が資産家で相応の育ちのよさがうかがえる優也は、一緒にいるとしっくり馴染む。 優也は恋人の誠司にベタ惚れだし、誠司も優也を心底愛している。他者が入り込む隙間もないほど、深く愛し合っている二人だ。にもかかわらず、見当違いな嫉妬をしてしまうのは、それだけ奨のことが好きだからだ。 ……いつの間にか……こんなにも、惹かれてる……。 「お願い事があるんですけど」 緊張で、声が震える。けれど好きだな、と思ったら、言わざるを得ない気持ちになった。 「私に叶えられることなら」 深く呼吸してから、零は奨の目を見つめながら言った。 「俺と、デートしてください」 奨は零の言葉に、驚いた顔をした。 それから、蕩けるような幸せそうな顔で微笑んだ。 「喜んで」 一仕事を終えたような気持ちで、零は息を吐いた。 自分の言葉で、好きな人が笑ってくれるのが、嬉しい。 ……俺は、コノ人に、抱かれる。そして俺は、コノ人を手に入れるんだ……。 顔が熱い。めちゃめちゃ恥ずかしい。 ……けど、なんか、すげぇ幸せだ。 怖いという気持ちより、嬉しいという気持ちが大きいことに、零は安堵した。 誠司の「気遣い」を無駄にせずに済みそうだ。 まずは、これが第一歩。 親友の紗那と再会したときに、いい報告をしてみせると、零は拳を握り締めた。 きっと親友は、呆れながらも心配してくれていたはずだから。 ……久しぶりなのに、全然集中してないんですけどっ。どぉいぅことっ!? 高校卒業後、優也は誠司に強引に勧められ、進学せずに誠司の会社に就職した。 コネを使うのは気がすすまなかったけど、誠司に強く望まれたし、それぐらいしないと仕事が忙しい誠司と共に過ごせる時間がなかなか作れなかったから、優也も最終的には同意した。 けれどその二年後、あちらの世界にいた頃に女性だったことが今に影響したらしく、優也は男でありながら一時的にではあるが体内に女性器が形成され、驚くべきことに妊娠までしてしまった。出産予定日一ヶ月前に休業を開始したが、出産後、結局そのまま仕事を辞めてしまった。 子の父親はもちろん、恋人である誠司だ。優也は今まで男女問わず、誠司以外の人間と肌を合わせたことはなかった。誠司の子を孕んだと知ったとき、喜びよりも恐怖が先立った。男が妊娠するなんて、普通じゃない。破天荒な恋人のお陰で優也の常識の許容範囲は広がりつつあったものの、その範囲を超えていた。 だが、誠司に熱望され。優也自身も妊娠した経緯は兎に角、愛する人の子を中絶する気になどならず、出産に挑んだ。 不思議なことに子を産んでからしばらくして、女性器は跡形もなく優也の体内から消え、元の男の体に戻ってしまった。まるで優維を生むためだけに、優也の体内で子宮が作られたかのようだった。 生まれるまでは心配したが、出産を終えて生まれたわが子を抱きしめてみれば、新しく誕生した命への愛しさと、誠司の子を生むことが出来たことの誇らしさが胸を占めた。 そして子が幼い間は子育てに専念しようと、優也は『専業主夫(!?)』となるため、退職する決心をしたのだ。幸いにして一社を経営する誠司の収入は、世の中の世帯収入平均を遥かに超えていて、経済的に困窮することはない。 たった一人で子育てをしなければならなかったら、ノイローゼになっていたかもしれないが、誠司の娘である紗那が手助けしてくれた。紗那も多忙ではあったが、経営者である誠司と比べればマシだから心配するなと、笑いながら楽しそうに、紗那は優維の面倒を見てくれた。小さい子供の世話などしたことがないと紗那は言っていたのに、テキパキと育児をこなし、優也にその方法を伝授してくれた。 優維は「母」である自分よりも紗那に懐いていた。初めて子が発した言葉が、「ママ」ではなく「なーな(紗那)」だったことにはショックを受けたが、優維を猫っ可愛がる紗那の姿は微笑ましかった。優維も紗那を慕い、今でも優維の一番のお気に入りは紗那だ。 その紗那が、突然いなくなった。 心配して半泣きの優也に、誠司は「紗那はあの男に呼ばれて天界に戻った」と告げた。 「え? え? そ、それって……大丈夫なの??」 動揺してうろたえる優也に、「アレは俺の子だから大丈夫だ」と、誠司はきっぱりと言い切った。落ち着き払った誠司の姿に不安な思いが遠のくとともに、誠司にここまで信頼されている紗那に、少しばかり嫉妬してしまう。優也も紗那のことは大好きだが、複雑な心境だ。誠司に信用されている紗那が羨ましい。 ……でも紗那がいなくなって、こちらの世界では半年経つし……やっぱり紗那のこと、心配なんじゃないかな? だから、だろうか。 今日、誠司が長期の海外出張から戻り、顔を会わせるのは一ヶ月ぶりで、子供の優維もようやく寝かしつけ、久々に素肌を触れ合わせているというのに、誠司はぼんやりとして心あらずといった様子だ。 優也が口に含んで愛撫している誠司の男の象徴は、素直に反応を示し雄雄しく勃ち上がってその存在を主張している。赤黒く血管の浮き上がったソレはグロテスクでエロティックで、優也の情欲を煽る。 ……コレが、欲しい……。 先端から零れる体液を舐め取りながら、優也は自分の後ろに指を差し入れた。体が疼いて仕方がなかった。 それなのに誠司は気のない様子で、跪く優也の髪を撫でるだけで、その先に進もうとしない。王様のように悠然とソファーに座り、優也を奉仕させている。 ……く・や・しぃーっ!! 自分ばかりが欲しがっていることが、悔しくて、寂しい。 「もおぉっ! 誠司さん、ちゃんと相手してっ! 寂しいじゃん、俺っ!!」 誠司の筋肉に覆われた硬い腹の上に跨り、優也は両手で挟むように誠司の頬を軽く叩いた。 そこまでしてようやく誠司は我に返ったようだ。少し驚いたような表情で、優也の顔を見返してきた。 最愛の夫の目がようやく自分に向けられ、ほっとして優也は思わず涙ぐんでしまった。 「俺に、飽きたの!?」 「ばかなことを言うな。優也、可愛いお前に飽きるわけがない。日に日に、愛しさは増すばかりだというのに……」 「だったら、なんで、そんなにぼんやりしてるわけ? 俺ばっかり、バカみたいじゃんっ」 思わずぽろりと涙を零すと、誠司は謝罪するように優也の頬に口付けを落とした。 「すまない。悩み事があってな……」 「悩み事?」 誠司の意外な言葉に、優也は驚き涙が引っ込んでしまった。 ……誠司さんが……悩み事……? ……いつでも泰然としていて、どんなトラブルにも冷静に対処できる誠司さんが……悩み事!? 誠司を悩ませるとは、どんなトラブルが発生しているのか。優也には想像もつかない。 「え。それって、どんな……?」 優也の言葉に誠司は困った顔をし、深々と息を吐いた。 「優也、お前にとっても無関係ではないことだから、そろそろ知っておいたほうがいいかもしれないな」 「え?」 ……俺にも……関係あること? この誠司が悩んでいるのだから、それ相応の内容だろうと、優也は身構えた。 そしてその予想は残念ながら、外れていなかった。 「四年前に匡がこの世界から去り、そして紗那をあの男が連れ去った。その頃から覚悟はしていたが、どうやら、もうそろそろのようだ」 「それって……何が?」 「人事異動」 「え?」 「天界に戻る日が近づいてきたようだ」 「……え?」 誠司は、あちらの世界では四王の一人あるグレス=ファディル王だ。天主の跡を継ぐ者でもある。ゆえにいずれは天界に戻ることは、定められていたことだった。 それは優也も承知していた。 だがまさか、そのときがこんなに急にやってくるとは思わなかった。 誠司が天界に帰るということは、優也もともにこちらの世界を立ち去ることになるだろう。そしてもう二度とこの世界へ来ることはない。 優也の脳裏に、この世界での父の顔や友人の顔が思い浮かんだ。あちらの世界に帰ったら、もう二度と会えなくなる 優也はただ呆然と、誠司の顔を見返したのだった。 |