【プロンプター -08-】
 
突然、居間に人間が降ってきた。
そのことにも驚いたが、その人間が勢いよく立ち上がって鬼気迫る様子でドアに向かったことにはもっと驚いた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、紗那!」
優也は慌てて、居間に降ってきた人物、つまり天城紗那を引き止めた。
「悪いけど、今、急いでるんだよっ!!」
紗那は噛み付くような口調で言った。いつも優也には甘い紗那にしては珍しい態度だ。
「急いでるって……。ダイナミックな登場の仕方をしといて、なんの説明もなし!?」
今度は紗那は返事をしなかった。本当に急いでいるらしい。
「紗那、やめておけ。惚れている女に、自分が男に陵辱(りょうじょく)されている姿を零は見られたくないと思うぜ」
冷静な声で紗那を引き止めたのは匡だった。匡は紗那の事情を承知しているようだった。
「……てめぇ……」
紗那は匡に怒りの眼差しを向けた。親友を侮辱されて黙っていられるほど紗那は我慢強くなかった。
「女狐にいっぱい食わされた。ラザスダグラの狙いは別にあったわけだ」
匡は紗那の怒りをさらりと受け流し、『穂高匡』としての言葉ではなく『リューザ=リカオ=キースダリア』としての言葉を呟いた。
「……匡、お前、何者だ……? どうしてその名を知っている?」
どうやら紗那は匡の正体を知らなかったらしい。不審をあらわに匡を睨んだ。全身からは殺気を発している。紗那は匡を、敵か味方か見極(みきわ)めかねているようだ。
「私が何者か本当に分からないか? グレス=ファディルの養い子」
匡は傲慢な王者の笑みを浮かべ、ゆったりとソファーから立ち上がった。取り巻く空気もいつもとは違う。
ここにいるのは間違いなく、未来において世界を担(にな)う者。魔界を統(す)べる王の後継者。『リューザ=リカオ=キースダリア』の名に恥じぬだけの実力を持った男だ。
「お前は……まさか……」
紗那は驚愕した。
だが、もっと早く気がついてもおかしくはなかった。誠司が匡に対する態度を思えば。 息子として父親の愛情を注ぎながらも、誠司は匡を『対等な者』として扱っていた。
それもそのはずだ。グレス=ファディルが天の跡継ぎなら、リューザ=リカオ=キースダリアは魔界の跡継ぎ。
二人の立場は、事実、同等なのだ。
「今頃気づくな愚か者。何年私の近くにいたと思ってる? その程度の力でラザスダグラに立ち向かおうとは、身の程知らずもいいところだな」
紗那は悔しげに唇をかみ締めた。匡の言い分が正しいことを認めたのだろう。
ラザスダグラは強い。
『グレス=ファディル』や『リューザ=リカオ=キースダリア』に張り合うほどの実力の持ち主だ。
人の身に魂を宿しているがゆえに、匡は『リューザ=リカオ=キースダリア』としての力のすべて振るうことが出来ない。つまり、『穂高匡』である限り、ラザスダグラのほうが力は上ということになる。
匡でさえ敵わない男に『天城紗那』が敵うはずがないのだ。歯向かうだけ無駄というものだろう。
この場に『天城誠司』がいれば、話は違ったかもしれない。しかし誠司は仕事のため、今、ここにはいない。
「……それでも、俺は、行かなきゃいけないんだ。零は俺の親友だ。だから俺はあいつを救いに行く」
「……愚か者が」
匡は呆れた顔をした。そして紗那の目を覗き込んだ。
「……っ!」
紗那の体からがくりと力がぬける。床に倒れる前に、匡は紗那の体を支えた。
「紗那! 匡、紗那に何をしたの!?」
「簡単な術をかけただけだ。ことが終わるまで、ここで大人しく寝ていてもらおう。……みすみすこいつを殺させるわけにはいかないからな」
匡は紗那を、優しくソファーに横たわらせた。紗那に対してもまた、匡は家族としての情を抱いていることを優也は理解した。だから匡の行動は、おそらく間違ってはいないのだろう。優也は匡を信用することにした。
「……目が覚めたら怒るよ」
「怒るだろうな。ま、こいつが俺に怒っているのはいつものことだ。どうということはねぇよ」
王者としての気配を潜(ひそ)ませ、匡はいつもの嫌味っぽい顔で笑った。
「さあてと、今回の件の共犯者を引きずり出すか」
匡は宙に向かい、糸を手繰り寄せるように手を動かした。何が起こるのだろうと優也が見守っていると、匡が見えない糸をぐいっと引っ張った瞬間、銀の髪の美女が現れた。
「イーリカお姉さま!」
てっきり天界に帰ったとばかり思っていた。
優也はイーリカの姿を見て驚いた。
「なあにが、ラザスダグラに気をつけろ、だ。この俺としたことがまんまと騙された」
「ほほほほほ。父上からの伝言は確かにそれじゃ。ただ、父も兄上の本当の目的を知らなかったというだけで……」
「ったく、危うく紗那が殺されるところだったぜ。あんたら、『グレス=ファディル』と『リューザ=リカオ=キースダリア』を敵に回す気か?」
「まさか。兄上が何かをしようとしても、紗那のことは私が守る気だった。私は紗那がとても気に入っている」
イーリカはくすりと笑い、ソファーの上で眠っている紗那の唇に、軽く自分の唇を重ねた。
優也は二人の会話についていけず、一人でわたわたしていた。
……ええっと……。お兄様の、本当の狙い……?
『グレス=ファディル』を殺して天主の座を狙っていたのではなかったのだろうか? だからこそ、『グレス=ファディル』の弱点である『ユリナ』を守るために『リューザ=リカオ=キースダリア』がこの場にいるわけで……。
……しかも、なんで天界に帰ったはずのお姉さまがここにいるわけ?
「さすが『リューザ=リカオ=キースダリア』。一を知って百を知るか……」
「ふん……。俺は騙すのは好きだが騙されるのは嫌いでね。……今からでも邪魔しに行ってやろーかな」
「ま、待ってくれ! ……邪魔が入らぬように、黙っていたのに……。頼むから、やめてくれ。私は兄上には幸せになって貰いたいのじゃ」
イーリカは真剣な面持ちで匡に懇願した。しかしそれは、匡には逆効果である。
「どおしよっかなー。紗那ちゃんは零を助けたいみたいだしぃ? うん。決めた。邪魔しちゃおーっと」
匡の言葉にイーリカはものすごーく困った顔をした。人の困った顔を見るのが大好きという匡は、楽しそうな顔をした。
「ほんとはさ、他人の色恋沙汰なんぞ、これっぽっちも興味ないわけよ。っつーか、ちょっと今、余裕ないし。でもまあ期待されてるみたいだしな。あえて、俺、頑張っちゃおっかなー」
匡は嫌味なぐらい爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「黙っていたことは謝る! だから、お願いだから、兄上の邪魔をしないでくれ……。兄上はただ、取り戻したいと願っただけなのだ!」
「イヤ。絶対邪魔する」
満面の笑顔を浮べて匡は言った。優也は匡以上に笑顔が胡散臭い人間はいないと思った。
「そんなことは私は許さない! それに、この世界では、兄上のほうが力は上じゃ!」
イーリカの言葉に匡はけたけたと笑った。
「あんたが俺を止める? そんなの無理。今の時点ではラザスダグラの力のほうが強いことは認めよう。けどさ、『強さ』ってのは力だけの問題じゃないんだぜ?」
匡、笑顔。ひたすら笑顔。笑顔でイーリカを追い詰めていく。
「紗那みたいなひよっこと一緒にしてもらっちゃあ困るなあ。亀の甲より年の功ってね。ラザスダグラなんざ、俺から見りゃ、青二才よ。あいつ、『リューザ=リカオ=キースダリア』の半分も生きてないじゃん」
……えーっと。『リューザ=リカオ=キースダリア』の年齢がラザスダグラの二倍以上ってことは……グレス=ファディルよりもはるかに年上じゃん……。
それほどの歳月をかけて匡は性格を捻じ曲げてきたのだ。筋金入りである。
「俺、いろいろと使いたい技があってさあ。弱いやつらに使ってもつまらないんで、まだ一回も試してないんだよね。楽しみー」
匡は自分が勝つことを、これっぽっちも疑っていないようだった。
……わーっ。もう、頭、こんがらがってきた! なんで零さんが関係あるわけ? お兄様の本当の望みってなにさ???
二人の会話についていけず、優也は頭を抱えて唸った。
「待ってよ、二人とも。お兄様の本当の目的って何? なんでここで零さんの名前が出てくるのぉ?」
匡は意地悪だが意外に親切だ。イーリカとの会話……というより、一方的に匡がイーリカを苛めていたのだが……を中断し、優也の質問に答えてくれた。
「ラザスダグラは自分の仔猫ちゃんを迎えに来たのさ。零はその仔猫ってわけ」
「……零さんが、猫ぉ?」
……人間に見えるけど???
ますます混乱を深めた優也だった。



「服を脱いでベッドに上がれ」
主は事も無げに零に命じた。逆らうことなど思いもよらず、零はのろのろと服を脱ぎ始めた。手が震える。シャツのボタンを上手くはずすことが出来ない。主からの強い視線を感じ、指先の震えはますます大きくなる。
羞恥で目に涙が滲む。思えば、『雨角零』としては男とも女とも肌を重ねたことはなかった。紗那に恋をして以来、他の男も女も零の目には入らなかった。ずっと自分は紗那を手に入れることを考え続け、男に抱かれることなど考えもしなかった。
やっと服を脱ぎ終えた頃には、零は疲労を覚えていた。一糸纏わぬ姿になると、心細い気持になった。主の顔を見る勇気は出ない。零は唇をかみ締め視線を逸らしたままベッドの上に乗った。緊張で体はがちがちに強張(こわば)っている。
「足を大きく開いてこちらに向けろ」
熱のこもらぬ口調でラザスダグラは命令した。とうとう零の眦から涙がこぼれた。だが、それでも零は自分の足を両手で持ち、大きく足を割り開いて見せた。なにもかも、零の恥ずかしい場所がラザスダグラの眼前に晒された。目を閉じていても視線を感じる。あの冷めた眼差しで、零の姿を観察しているのだろう。
「目を開けて私を見ろ」
命じられて零は瞼を上げた。自分のみっともない格好に比べ、目の前の男は衣服に乱れ一つない。羞恥に体が燃えた。情けなくて死にたくなる。
なぜ自分はこんな情けない格好をして、この場にいなければならないのだろう。『リイン』はラザスダグラのものだった。だが、『雨角零』は違う。零は誰のものでもなかった。もし自分を手に入れることが出来る人間がいるとしたら、それは紗那のはずだった。
惨めさに涙がこぼれた。
力で屈服させられることに屈辱を覚えるが、自分はそれに耐えるしかない。どう足掻いてもラザスダグラに敵わないことは分かっている。
……俺は、戦士だ。これは戦術の一つだ。
目の前にいるのは自分よりも遥かに強い男。正攻法ではけっしてこの男を倒すことなど出来ないだろう。
だから、体を使う。
ただそれだけのことだ。
……大事なのは経過ではなく結果だ。生き残ることが『勝つ』ということだ。
戦闘時の思考にゆっくりと切り替わる。零の目に闘志が宿る。
たかがセックス。色仕掛けで命拾い出来るのなら、相当ラッキーじゃないか?
……いくらでも、気が済むまで抱くがいい。死ななければ俺の勝ちだ。
抱かれるのではない。
抱かせてやるのだ。
自分の体の使い方は自分で決める。
零は内心で、強(したた)かな笑みを見せた。『リイン』であったときには持ち得なかった戦士としての顔だ。
儚げな表情を作りつつも、零は心の中で獲物を見つけたハンターのように舌なめずりしていた。体の強張りは今ではすっかり解けていた。それどころか戦闘時の高揚感が、零の体を包んでいた。
……罠にかけるのはあんたじゃない。俺があんたを罠にかけるんだ……。
零はすっかりいつもの零に戻っていた。
持ち得る材料で、いかに敵に立ち向かうか。
零はいつでも冷静に状況を判断し、今まで生き残ってこられた。零は紛れもなく優秀な戦士だった。
……さあってと。どうやってこいつを、俺のカラダの虜にしてやろうか?
『雨角零』としては、性的経験は皆無に等しい。零は他人よりも淡白な性質だった。だが、『リイン』は違う。男を悦ばせる手管は幼少の頃から覚えこまされていた。その屈辱の過去さえ、零にとっては武器の一つに過ぎない。
……お前の体で愉しませて貰おうか、か。ふっ……。お望みどおり愉しませてやるよ。
そして自分も愉しんでやる。一方的に犯される気など微塵もない。あいにく男に抱かれる悦びは、すでに自分は知っている。
男の指が、ゆっくりと零の体の上を滑る。零は声を押し殺さず、素直に悦びの声を上げた。男の愛撫は的確だ。すぐに体は熱を持ち始める。
やはり、愉しめそうだと、零は小さく笑った。
「ずいぶんと鍛えられた体だな。昔とは大違いだ」
筋肉の程よくついた零の体に、男は感心したような声を上げた。
……そうだ。俺は昔とは違う。あんたに抱かれるためだけに存在した俺とは違う……!
男の唇が、ゆっくりと零のそれに重なる。積極的に零はそれに応えた。男の首に腕を回し、男の舌に自分の舌を絡める。
……早く、俺の中に来い。どろどろに……解かしてやるよ。
どうやってこの男を陥落しようか?
男に犯されたぐらいでは、自分のプライドは傷つかない。
零はにっこり笑い、テクニックを駆使して男を悦ばせることに専念したのだった。



「わ。外、外! なんか、外になんか変なのいるよーっ!!」
カーテンの隙間から、何かが蠢(うごめ)いていることを発見して優也は窓際に近づいた。直径20cmほどの、足が八本生えた蜘蛛のような生き物が、うようよと家の周りを囲んでいた。無数に蠢(うごめ)くやつらはある一定の距離を保って家から離れていた。おそらく匡が結界を張ってくれているのだろう。だからこの家に近づくことが出来ないに違いない。
優也は顔を歪めて窓から離れた。今見た光景を忘れたいが、衝撃的過ぎて忘れることが出来ない。
「うー……。気持悪かった……。ねぇ、匡。あれって……なんなの?? 俺、初めて見た……」
「下級の魔物。あいつらはたいしたことねぇよ。問題は……この後に来るやつだ」
「魔物? ……ああ、じゃあひょっとして、和己さんを狙いに来てるの? 和己さんは?」
「和己は寝室で寝かしている。あいつはあんな気持悪いものを見たら泣くからな。……あいつを泣かせていいのは俺だけだ」
「素直に怖い思いさせたくないからって言えばいいのに……」
優也がぼそりと呟くと、匡はにっこり笑って優也の頭を力いっぱい殴りつけた。脳みそがはみでそうなほどの衝撃に、優也は頭を抑えてその場に屈みこんだ。
……くっそー。痛いじゃん! 匡のアホンダラっ。捻(ひね)くれモノっ。誠司さんが帰ってきたら言いつけてやるからなーっ!!
優也は匡を睨みつけたが、鼻先で笑われただけだった。
「そんじゃイーリカちゃん、俺、これから忙しくなるから、帰るんなら帰っていいよ」
「何!? 貴様、兄上の邪魔をする気ではなかったのか?」
「ばっかでー。なにマジに取ってんの? 俺、あんたと違って暇じゃないし。よりによってこのタイミングで結界の外に出るほどアホでもないし」
「き、貴様っ! 私をからかっただけか!?」
イーリカは顔を赤くして怒った。
「今更気づくなよ。こっちは生命の危機。あっちは貞操の危機。零はラザスダグラの元愛人。ケツにナニを突っ込まれても、命までは取られねぇよ。だったらわざわざ助けに行くまでもないだろ? ばかばかしい」
匡はばかにしたような顔で笑いながら言った。イーリカは匡に対し、ますます怒りを募らせた。イーリカの気持は優也には痛いほどよく分かった。
「お、お、お、お前は……っ」
「それにねぇ、俺は自分の力を過信するほどバカじゃないんでね。自分のホームグラウンドだったらともかく、どれほどの技を持とうがこの世界において一人の人間を守りきることは容易いことじゃない。他人のごたごたに巻き込まれている余裕はないんだ」
匡は厳しい目で遠くを見つめながら言った。珍しく揶揄の色がまったくない真剣な表情だ。額にはじっとりと汗を掻いている。余裕がないという言葉は嘘ではないらしい。
「……匡、ひょっとして今、けっこうヤバイことになってる?」
「まーね。ほんとにお前は察しがいいな。前言撤回。イーリカ、お前暇そうだし手伝っていけ。……紗那も戦力に加えたいところだが、あいつはアホだからな。状況も考えずにヘマをしそうだ。「零を助けに行くー」とか言ってな。大人しく眠ったままでいてもらおうか……」
「待て! 私は暇ではないぞ!! たとえ暇だとしても、貴様の手伝いをするのはイヤだ!!!」
「へーほーふーん。イーリカちゃんって薄情〜。自分の妹のユリナが苦しい死を迎えてもいいんだ。お気に入りの紗那ちゃんが、悪魔どもの慰み者になっちゃってもいいんだ。うっわー、信じらんなーい。イーリカちゃんのせいで大変なことになったら、俺きっと、八つ当たりしちゃうと思うな。ラザスダグラの邪魔をしたり邪魔をしたり邪魔をしたり」
「分かった! 手伝えばいいのだろう!?」
イーリカは悲鳴のような声を上げた。
「最初っからそう言えばいいのに。ばかだね、この子は」
自分の都合で手伝いをさせようというのに、匡にはわずかもへりくだったところがなかった。こんなときにも変わらぬ横柄な匡の態度に優也はほっとした。
大丈夫。
きっと匡がなんとかしてくれる。
「匡、俺はどうすればいい?」
この場面では、自分に出来ることなど何もないと分かっている。なるべく二人の邪魔にならないように、優也は自分がどう行動すればいいのかおずおずと匡に尋ねた。
「紗那を担いで二階に上がれ。なるべく和己の傍にいろ。あいつの周囲には『壁』を張り巡らせてある。悪意のあるやつは近づけない。気をつけろよ。……お前に何かあったらグレス=ファディルに顔向けできない」
「……分かった」
ゆっくりと匡の体から立ち昇る殺気に気後れを感じながら、優也は頷いた。
「イーリカ、フォローを頼む。……久々の大物だ。早速、新技を披露できそうだ」
「……確かに強い気配じゃ。兄上と、同じぐらいにな……。大丈夫なのか?」
心配そうな顔でイーリカは匡を見上げた。ラザスダグラの『力』は匡の上だとイーリカは断言した。ということは、今迫っている『敵』も匡より『力』は上ということになる。
人間の肉体を持つことによるハンディは大きいのだ。匡が今使える『力』は制限されている。
「ふふん。誰にもの言ってんだ? 自分が楯突いた相手が何者なのか、たっぷり思い知らせてやるさ」
匡は太い笑みを見せた。
危機的状況であるにもかかわらず、匡に臆したようすは微塵もない。
優也は確信する。
確かに、この男は一界を担うだけの器を持った男なのだと……。





「ふっ……。うっ……あん……」
後ろから男に容赦なく貫かれる。久々の感触だ。男を受け入れている箇所が軋んだ。肉の輪が引きつれる。このまま酷使されれば裂けてしまいそうだ。
だが、男の行為を止める気にはなれない。痛みよりも遥かに快楽のほうが大きいからだ。男の肉棒が自分の中を掻きまわす。たまらない。気が狂いそうなほど気持がよかった。
「あ……もっと……もっと…………」
口から絶え間なく淫らな声と言葉が漏れる。内部は男を迎え入れ、悦び蠢いている。自分の中の肉がねっとりと男のモノに絡みついているのが分かる。男の動くタイミングに合わせて中を締め付け腰を振る。凶器が奥まで差し込まれるたびに、臀部(でんぶ)に男の根元にある袋がひたひたと当たる。その刺激さえも快感だった。
「イイ……すごい……あっ……」
「いっていいか?」
男が切羽詰った声をして、耳元で囁く。シーツをきつく掴みながら自分は首を振った。
「イヤ。イヤ……。もっと、もっと……」
まだ終わって欲しくない。もっと男を感じていたかった。
「すまん……。もう、持ちそうにない……」
「ダメ。や……ヤダっ……」
自分はまだこうしていたいのに、男は無情にも解放に向かって、さらに激しく腰を使い出す。
「一緒に、いこう」
「んっ……」
内部で男のモノが大きく脈打っているのが分かる。男の色っぽいため息を聞きながら、自分もシーツの上に白濁した液を飛ばした。
放出の余韻を味わう暇もなくすぐに男の体の下から脱け出す。ずるりと男が内部から抜ける感触に、背筋がぞくぞくとした。
「なんだ?」
「舐めたい」
ベッドの縁に男を座らせ、男の足の間に跪(ひざまず)く。激しく振り続けた腰がだるかったが気にはならない。それより、目の前にある男の性器をたっぷりと味わいたかった。剛毛の間から覗く男のペニスは萎びていても十分に大きい。赤黒くグロテスクなそれは、嫌悪感より劣情を誘った。男の前では自分はただのメスなのだ。男のモノが、欲しくて欲しくてたまらない。
ごくりと喉を鳴らし、男のモノから白い液の溜まったスキンをはずす。そして精液で濡れている男のモノを、躊躇いなく口に含んだ。ゴムと生臭い味が口の中に広がる。かまわずひちゃひちゃと、丁寧に舌で男のモノを清めていく。
男が低い声で呻く。男のモノを含み膨らんだ頬を指先で撫でられる。
「上手くなったな……。気持いい……」
男の言葉に気をよくしてさらに口淫を続ける。喉の奥まで男を咥えてから、ゆっくりと引き出し先端の部分にキスをした。男のモノは完全に力を取り戻し、先から透明な汁を零している。このまま続けて男の体液を飲み干したい気がしたが、それよりももう一度男の凶器で貫いて欲しいと思い直す。
「ベッドの上に仰向けで寝て。今度は俺が動くから」
「いつもサービスがいいが、今日はとくに、だな」
「ふふ。だって、久しぶりだもん」
にっこり微笑みながら、男の上に跨(またが)る。自分の中に挿入する前に、男から手渡されたスキンを男のモノに被せる。アナルを使ってのセックスは衛生面で問題があるので、なるべく二人はスキンを使用することにしていた。もっとも、そんなことまで気を回す余裕のないときも多々あるのだが……。
「仕事だから仕方がないとはいえ、一ヶ月間、すんごく寂しかったんだから! 今夜は寝かさないから覚悟してよね、誠司さん」
「言われなくても、俺もしばらくお前を離せない。愛してる、優也」
「俺も。誠司さん……」
予告したとおり、恋人たちの甘い時間は長く続いたのだった。



「……ってわけで、誠司さんがいない間、いろいろあって大変だったんだよ〜」
満足するまでえっちをした後で、二人はいつもとおなじように一緒にお風呂に入っていた。誠司に後ろから抱きかかえられるような格好で、優也はすっかり寛いでいた。久しぶりに恋人に甘えることが出来てご機嫌だった。
猫のように恋人にごろごろ甘えながら、優也は誠司の留守中にあった出来事を説明した。優也の話し方はけっして要領の良いものではなかったが、要領よく話す必要もなかった。イチャイチャするのが第一の目的で、話はあくまでそのついでだからである。
「そうか……ラザスダグラの目的は、天主の座ではなかったか……」
「? 誠司さん、残念そうだね。なんで? 安心して暮らせて良かったじゃん。匡も自分ちに戻れたし」
「ああ、まあ……。そうだな。ラザスダグラは強い。出来るなら敵に回したくない相手だ。覚悟はしていたが、戦わずに済むならそれにこしたことはない。だが……天主の座を押し付け損ねたな」
誠司は落胆した表情で溜息をついた。権力に僅かの興味も抱けない場合、天主になることは厄介ごとを抱え込むだけに過ぎないのだ。
「誠司さん、可哀相……。そんなにがっかりしないで。俺も、出来る限り誠司さんのお手伝いをするからね」
慰めるように優也は誠司の頬に唇を寄せ、優しく誠司の頭を撫でた。
「本当に、可哀相だと思ってくれるか?」
「うん。俺に出来ることなら何でもするよ。ほんとだよ?」
「そうか。だったら、自分で尻の穴の中を弄ってイってみせてくれ」
誠司は淡々といやらしいことを口にした。優也は誠司の言葉に呆れた顔をした。
「……それって、マスターベーションをして見せろってこと?」
「そうだ。何でもしてくれるのだろう?」
確かに自分に出来ることなら何でもするといったが、それはこういう意味ではない。優也は軽い眩暈(めまい)を覚えた。
「……俺、のぼせそう。先にお風呂でてるね。ばいばい」
「待て、優也。自慰行為をして見せてくれ。どうしても見てみたい」
べちゃ。
優也は濡れた手で、誠司の頬を軽く叩いた。そして詰るような目で恋人を見つめた。
「あのねぇ、マスターベーションなんて、誠司さんのいないときにさんざんヤってたの。誠司さんいなかったら、俺、えっちする相手いないんだから当たり前だろ。もう飽きちゃったよ。なのになんで目の前に誠司さんがいるのに、んなことしなきゃいけないのさ」
「寝室でヤってたのか?」
「そーだよ! 誠司さんの枕に顔を埋めて、誠司さんの匂いを嗅ぎながら、ケツの穴に指を入れて気持ちよくなっていました! イクときは誠司さんの名前を呼んでました!! これで満足?」
「満足だ。後でビデオをチェックしておこう」
「………………………………………ビデオ?」
……ビデオ? ビデオ?? ビデオって……????
「………………まさか誠司さん、それって……?」
…………………………………………隠し撮りというやつでは?
「こんなこともあろうかと、ビデオカメラを設置しておいて良かった。ふふ。後でじっくり堪能させて貰うとするか……」
誠司は口元にいやらしい笑みを浮べた。優也は血の気が引く思いをした。
……ぎゃああああああっ。やめてくれぇ。絶対に見るなああああああっ!!!
優也の脳裏には、誠司を想って自分を慰めた日々が蘇ってきた。誰も見ていないと思って大胆に足を広げ、声も惜しみなく上げていた。アレを誠司に見られるかと思うと、気が遠くなるほどの羞恥が優也を襲った。
「やだぁ、誠司さんっ! ビデオの俺を見ている暇があったあら、ナマのままの俺を見てよっ!!」
「ふむ。……それも一理あるな。じゃあ、優也、やってくれるな?」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
……こ、この、悪魔っ!!
あくまでも自分の主張を通そうとする誠司に、優也は怒りを覚えた。
優也は間違いなく誠司の望みを叶えてしまうだろう。悔しくて悔しくて悔しくてたまらないと思っているが、仕方ないことだと諦めのため息をつく。
……だって、悪魔な人だけど、惚れちゃってるんだもん!
「お望みどおりナマでやってあげるから、隠し撮りしたテープ、絶対に見ないで捨ててよねっ!」
「承知した」
満足そうに誠司はにやりと笑った。
羞恥に肌を染めながら、浴室の床に膝を立てて座り、誠司というたった一人の観客を満足させるために、優也は自分で自分の花園に指を差し入れた。
「うんっ……あ……あんっ……」
自分の中を掻き回し、指を激しく出し入れし、誠司の名を呼びながらイって見せた。前に一切手を触れず、後ろだけでイけるほど優也の体は開発されていた。
「さあっ! 約束守ってよね!」
乱れている自分を誠司にじっくりと見られ、優也は羞恥で顔を真っ赤にしていた。
「約束?」
「ビデオテープ! 処分してくれるんでしょうね!?」
「ああ……なんだ。本気にしてたのか?」
……こ、こ、こ、この野郎っ!!
腹立つ腹立つ腹立つーっ!!!!
「誠司さんの、ばかーっ!!!!」
今度は力を加減することなく、力いっぱい誠司の頬を平手で殴ったのだった。
 
 
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