【プロンプター -09-】
 
「零……」
「紗那」
零は紗那の姿を見つけると、苦しげな顔をして視線を逸らした。紗那は零の首筋に付いた赤い刻印に気づき、苦い気持ちになった。
零はあの男に陵辱(りょうじょく)されたのだろう。自分の力が足りなかったばかりに、零はあの男に体を開いたのだ。
辛くて、悔しくて、苦しかった。
紗那は強く自分の唇をかみ締めた。
あのとき、引き返そうとしたが匡に術をかけられ眠らされ、気が付いたら朝になっていた。
自分が寝ている間になにがあったのだろうか。全身に返り血を浴び疲労しきった顔で、珍しく余裕のない様子の匡に文句をつける気にはなれなかった。
もしあそこで匡に止められなくても、どのみち自分はあの男には敵わなかったし、下手すれば殺されていたかもしれない。あながち匡の判断が間違っているとは言えなかった。
だが、それでも悔しい。
……強くなりたい。
紗那は切実にそう思った。
「紗那、俺、悔しい……」
「零」
悔しくて当然だ。力で男に体を奪われた。悔しくないはずがない。
紗那だって悔しい。みすみす友人を、こんな目に合わせてしまうなんて……。
「俺、俺……」
零の拳は屈辱で震えていた。目にはうっすらと涙が滲んでいる。友人のこんな傷ついた顔を見るのは初めてだ。紗那はどう慰めればいいのか分からなかった。
「俺って、そんなに魅力ない!?」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?
「しゅぶっても擦ってもいきやがらねぇ! それどころかピクリとも反応しねぇ!! あのイ○ポ野郎っ!!!」
………………………………………………………………?
「あの………………………………………零?」
「こっちは顎が痛くなるまでしゃぶってやったのに! クヤシーっ!!」
………………………………………………………………。
「…………おいこら。ちょっと待て」
エキサイトする零の肩に、紗那は片手を置いた。
「昨夜なにがあったか、じっくり話を聞かせてもらおうじゃねぇか……」
 紗那は低い声で、零に事情を説明することを迫ったのだった。



「ほほう。零くんは風俗嬢のごとくたーっぷりサービスしてやったというのに、そのイン○野郎のチ○コはこれっぽっちも反応しなかったと」
「ああ、そうだよっ! 風俗嬢ばりに奉仕したにもかかわらず、あの男のナニはこれっぽっちも反応しなかったよ! なあ、紗那。俺って色気、ないかな?」
「難しいこと聞くなよ。……確かに俺は、お前に色気を感じたことはないけどな。けどそれも人好き好きだからなぁ」
「ううううう……」
零は低く唸りながら机の上に突っ伏した。
二人は今、零のために用意された教官室にいた。きわどい話題なだけに他の人間に聞かれないための配慮だ。
教官クラスになると個室が用意されるようになる。紗那ももちろん個室持ちである。だが、常に整理整頓されているのは零の個室のほうであるため、二人は零の部屋で密談をすることが多かった。紗那もときどきは自分で部屋を掃除しているが、零ほどまめにはしていない。
「紗那、お前さあ、『デュアン』だったんだな……」
「ああ。でも、『紗那』だよ」
「そうだな」
零である前に何者であったか、もしくは紗那である前に何者であったのか。それは、零と紗那との関係に、わずかの支障もきたすほどのことではなかった。
二人が『零』と『紗那』である限り変わらぬ友情を誓うし、互いが互いにとって大切な存在であり続けることは揺るがない事実だった。生涯においてこれほど素晴らしい友人を得ることは、もう二度とないことだということは、二人とも十分過ぎるほど分かっていることだった。
デュアンはリインを見ることはなかった。
けれど紗那はこの世界で、零を唯一無二の親友として、選んだのだった。
「で、なんでお前はそう落ち込んでいるんだ? バックバージンも無事だったんだし素直に喜べよ。ヤローのナニを突っ込まれなくてラッキーってな」
「……聞いたんだよ、あの人に。なんでこっちに来たのか」
零は顔をあげないまま、小さな声で言った。
「なんでって、オヤジを倒して自分が天主の座につくためじゃねぇの? 『グレス=ファディル』は今、人間の体に転生しちゃってるからな。狙いどきってやつだろ?」
「……違う。天主の座になんか興味ないって」
「……じゃ、なんで?」
「………………………………」
零は言葉を口にするのを躊躇った。紗那は零の言葉を辛抱強く待った。
「……手に入れるためだって」
「何を?」
「…………………………俺を」
「…………………………零、それって……」
「うわあああああっ!! 言うな、紗那! 頼むからそれ以上は口にするなあっ!!」
零は頭を抱えて悲鳴を上げた。だが紗那は容赦しなかった。
「いや。あえて言わせてもらう」
紗那は零を指差しぴしゃりと言った。
「愛されてるぞ、お前。とっても」
そういえば『紗那』としては初めてラザスダグラに対面したとき、すごい目つきでにらまれた。あれはつまり、ヤキモチというやつだったのだろう。リインが恋焦がれた存在に、強烈に嫉妬していたのだ。天界にいたころは、常に氷のような冷ややかな顔立ちを崩さなかったあの人が。零に関してだけは、違った。あれほど強い感情を剥き出しにして振舞う。ラザスダグラの側近たちがあの光景を見たら、結構驚くかもしれない。
「ヤメロっ! マジでプレッシャーなんだからっ!!」
ラザスダグラの自分への愛情を指摘され、零は吼えた。
「んなこと言ったって、しょーがねーじゃん。お前だって分かってんだろ? 体よりも心が欲しいって、そーとーじゃん?」
「ああ、そうだよ! 俺は分かっちゃったよ! 昔はあの人が考えていることなんてこれっぽっちも分からなかったのになっ! だから困ってるんだろうがっ!!!!!」
愛の重圧に零は耐えかねているようだった。笑っては悪いと思いながら、紗那は思わず笑ってしまった。零の動揺ぶりがおかしかったのだ。
「紗那、お前、他人事だと思ってるだろ!」
「まあな。だって他人事じゃん」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
零は紗那に恨めしげな視線を向けた。紗那はその視線を笑って受け流した。
「お前が不本意な目に合わされていたら話は別だけどな。切り札はお前が持っているんだろ? ま、せいぜい頑張れよ」
恋愛は、惚れたほうの立場のほうが弱いというのが一般論。
だったら、零が有利なはずだ。本来ならば。
「ああ、せいぜい、頑張らせていただくよ!」
やけくそ気味に零は叫んだ。紗那は腹を抱え、目に涙を浮べて笑い続けた。



ラザスダグラはすっかり零の家に居ついてしまった。
「あ、あのっ。そんなことは私がしますから……」
「気にするな。どうせ私は暇だからな」
家に帰るとかつての主がご飯を作っていた。
……やめて欲しい。マジで。
優秀な人間はなにをしても優れている。ラザスダグラの作った料理はどれもおいしかった。最初の二・三回はびみょーな味付けの食べ物が出てきたが、それ以降はコツを覚えたのかプロ並の味付け。見事なものだった。
掃除は得意だが料理が苦手な零は、自分が作るよりおいしい料理を食べさせてもらっているとは思う。
が、心臓に悪い。
……俺なんかに尽くすのはやめてくれ〜! 四王の一人が人間界で家政夫なんかしていてええんかいっ!!
……嫌がらせか!? これは本当は嫌がらせなのかっ!?? だったらめちゃめちゃ効果的じゃねぇかっ。今でも俺は裸足で逃げ出したい気分だぜっ。
零は内心で絶叫した。しかしまさか本人に告げるわけにもいかず、鬱々と溜め込み、零は胃に穴が開きそうな日々を送っていた。
ラザスダグラは料理だけでなく、家事一般をすべて引き受けてくれていた。仕事が終わった後、家事をやらずに済むのは体力的に楽なのだが、精神的にはきついと零は思った。
あの日、ラザスダグラは零を抱かなかった。
なぜこの世界に来たのかと尋ねた零に、ラザスダグラは静かな声で
零に告げた。
「お前を手に入れるためだ」と……。
「……私はずっと、あなたのものだったはずです」
「本当の意味では、お前は一度として私のものではなかった」
ラザスダグラは静かで寂しい目をして言った。
違う、と否定することは出来なかった。
『リイン』は数え切れないほどこの男に抱かれた。だが、与えたのは体だけで、心を預けたことは一度たりともなかった。
心のないまま人形のようにこの男に抱かれ続けた。そして『デュアン』に出会ってからは、他の男を想いながらこの男の腕の中にいた。
罪を自覚する。
どちらがより辛かったのだろう。
自分はこの男の想いにほんの少しも気が付かなかった。
……俺はずっと愛されていたんだ。愛していたから、俺を抱いていたんだ……。
かつての自分の愚かさに吐き気がしそうだ。
なんと愚かで、傲慢な子供だったのだろう。
自分は知らない間にずっと主を裏切り続けていた。本当の意味で、主を喜ばすことが出来たことなど一度もなかったのだ。
にもかかわらず、主は自分を迎えに来てくれた。他の男を追って、この世界に来た自分を探しに来てくれた。
……どうしよう。
あのときは気が付かなかった。
だが、もう、気が付いてしまった。
……どうすればいいのだろう。
答えは出ている気がした。
切り札はお前が持っていると紗那は言った。そのとおりなのだろう。
しかしこれっぽっちも相手より優位に立っている気のしない零だった……。



自分はずっとこの男の存在を妬ましいと思っていた。
幼い頃から憧れ続けてきた父は、実の息子である自分よりもこの男を跡継ぎに選んだ。その理由が分かるだけになおさら悔しい思いをした。どれほど努力をしても自分はこの男には敵わなかった。
悩み、苦しみ、そして自分はいつの間にか諦めてしまった。
自分で自分を殺すほどの気概もない。
ただ、ゆっくりと自分という存在が朽ちていくのを待っていた。
天界では肉体よりも精神の支配が強い。生きる意欲をなくした自分に、ゆるやかに死が近づいてくることを感じていた。
悪くない。
自分が生まれてきたことを、ずっと過ちだったと思っていた。存在する意味のない自分。自分が消えるということは、その過ちが正されるということなのだ。
悪くない気分だった。
これでやっと自分は解放される。
妹のイーリカは自分の身を案じ、遠方からちょくちょく自分のもとを訪れてくれていた。あの聡明で強い魂の輝きを持った美しい妹は、これほど愚かな兄でも慕ってくれている。イーリカの健全な精神と真摯な瞳に愛しさを感じる。
だが、自分を引き止める杭にはならない。
妹の期待に応えられないことを申し訳なく思う。自分のことなど忘れてくれていい。自分は生まれてきたときから、ただの屍(しかばね)だったのだ。
そのまま何事もなかったら、自分は自分の生をそのまま終えていただろう。微塵の躊躇いもなく自分という存在をこの世界から切り離すことが出来ただろう。
しかし、自分は銀色の美しい小鳥と出会ってしまった。
……手放したくない。
あの存在が、自分にとってどれほど大切なのかはすぐに気がついた。だからその羽をへし折り籠の中に閉じ込め、誰の目にも触れさせずに自分の手元にとどめた。
それなのに小鳥は自分の隙をついてこの手から逃げ出してしまった。それほどまでに青空が恋しいのなら、そのまま逃がしてやるべきなのだろう。
そうするつもりだった。
追う気などほんのわずかもなかったのに、死ぬ前に一度だけ会いたくなった。
あれを見失ってから、再び自分の精神は死に近づいていったのだ。あともう少しで死に触れるはずだった。
それに抗う気はなかった。一目見たらそれで自分は永い眠りにつくはずだった。
なのに、欲が出た。
愛しくて美しい小鳥。
自分の意思でこの手の中に戻って欲しいと願うのは、過ぎたる望みなのだろうか……?



奇妙な気分だ。
この男とこの世界で呑気にお茶を飲んでいるという状況は。
事情はイーリカや優也から聞いていた。それでも一応は真偽を確かめに、誠司はラザスダグラを呼び出した。もし本当に、ラザスダグラの目的が自分に刃を向けることでなければそれでいい。
そうでなければこちらも容赦するつもりはない。
「私を殺せば天主の座をくれてやると言われなかったか?」
この男に心理戦を仕掛けるだけ無駄だ。この男の能力の高さは自分も認めている。
だから誠司はストレートに聞きたいことを聞いた。
「言われた」
ラザスダグラも簡潔に答えを口にした。
……こんなに穏やかな表情をする男だっただろうか?
誠司はラザスダグラの雰囲気が、自分が知っているものと微妙に異なっていることに気がついた。
ラザスダグラは口元にうっすらと笑みを浮かべ、上品な仕種でコーヒーを一口飲んだ。
どの場所にいてもこの男の気品が損なわれることはない。アルザールが自分を跡継ぎに据えたいと明言した後も、ラザスダグラが天主になるべきだと主張し続ける者がいるのも頷ける。
「グレス=ファディルを殺してみせれば天主の座をやるとな。だが、本気ではない。父はたんに私の背中を押したかっただけにすぎない。世話の焼ける息子だと、今ごろ呆れていらっしゃるだろう」
「そうか」
物騒な冗談だがあの男なら言いかねない。退屈が嫌いで自分の目的のためなら誰に迷惑をかけてもいいと思っているような男だ。
出来ることならしばらく顔を見たくないと誠司は本気で考えていた。
アルザールは困った男なのだ。極力、関わり合いたくない。
「グレス=ファディル、私を愚かだと思うか?」
「……いや。あなたを笑う権利は私にはない」
それどころか十分すぎるほど自分は分かっている。
立ち去った愛しい者を、追いかけずにはいられない気持ちを。
狂おしいまでに相手を求めずにはいられない想いを。
「ラザスダグラ、私は友人として、あなたの望みが叶うことを祈っている」
「ありがとう」
ラザスダグラは微笑みながら礼を言った。
この日、誠司は、大切な友人を一人得たのだった。



「どうだった?」
「とくに問題はない。ラザスダグラが敵に回ることはないだろう」
「そう」
誠司の言葉に優也はほっとした顔をした。『ユリナ』にとって『ラザスダグラ』は兄にあたる。誠司とはまた違った意味で、優也はラザスダグラが敵とならないことに安心しているようだった。
「でも、お兄様、幸せになれるかな? 零さんは紗那のことが好きなんだよねぇ」
「そうだな」
「あ。そういえば紗那は誰のことが好きなんだろう? 紗那は零さんのことどう思っているのかなあ?」
優也は自分が紗那の想い人だということに、これっぽっちも気がついていなかった。
我が娘ながら不憫な……と思ったが、誠司はとくに何も言わなかった。いくら目に入れても痛くないほど可愛い自分の娘といえども、恋のライバルであることには変わりない。紗那の気持ちを優也にばらし、優也が紗那を恋愛の対象として見るようになれば心労が増す。
可哀相だと思わなくはないが、相手が紗那であっても誠司は手加減する気などなかった。
「優也、旅行に行かないか?」
服を脱がせ首筋に唇を這わせながら尋ねると、優也は身を震わせ甘い声を漏らした。
可愛い反応だ。下半身が熱くなる。
「んっ……あ……だって……休み、取れるの……?」
誠司の仕事は多忙だ。一日でも休みを取るのは大変である。
優也もそのことをよく知っていた。
「取る。以前、旅行に行きたいと言っていただろう? お前が喜んでくれるなら、多少の無茶はするさ」
「ふっ……ああっ……」
性器をやわやわと刺激し耳たぶを甘く噛むと、優也は背をしならせ眦から快楽の涙を流した。先から蜜を漏らし誠司の指を濡らして、いやらしく腰を揺らす。いきそうになる寸前で指を止めると恨めしげに睨んできた。
堪(たま)らない。
その表情がどれだけ男を誘うか、この愛しい生き物は理解しているのだろうか?
誠司の中で強い欲望が荒れ狂う。乱暴に自分の服を脱ぎ捨て優也と同じように全裸になると、優也は嬉しそうに笑って腰にしがみついてきた。
「うふふふふ。誠司さんの、おっきくなってる。嬉しい」
優也はにっこり笑って、なんの躊躇いもなく誠司のモノを口に咥えた。
赤黒いグロテスクな男の性器が可憐な唇に出入りする。そのギャップに興奮する。優也は口だけでなく指も使って、丁寧に誠司を高めていく。愛しそうに愛撫され、誠司のモノは限界まで固く張り詰める。
襲ってくる射精の波をやり過ごし口中から引き抜くと、優也は物足りなさそうな顔で誠司を見上げた。
優也に飲んでもらうのは嫌いじゃない。欲望に染まった顔で猫のように喉を鳴らし、誠司の体液を飲み干す姿は絶品だ。イったばかりでもまたすぐに硬くなってくる。
だが今日は優也の中に入れたかった。一つに繋がり優也が自分のものであることを確かめたかった。
誠司は性急に優也をベッドに押し倒し、入れたい、と耳元で囁いた。
「……入れて」
ほんの少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らし、優也は自ら膝を立てて足を大きく開いた。あらわになったピンクの蕾に誠司は舌を這わせた。誠司の舌の動きに反応してピクピク動くのが淫らで可愛い。
優也はどこもかしこも可愛い。
舌で十分ほぐしたそこに、今度は誠司は指を入れた。慣れた優也の体は上手に誠司の指を飲み込む。胸の突起を弄りながら、指を激しく出し入れさせる。
「ああんっ……あっ……あ……」
優也は甘い悲鳴を上げ誠司の指を締め付ける。
「指……もういいから……誠司さんのを入れて……!」
言われるまでもなく、誠司ももう限界だった。指の代わりに性器をあてがい、一気に奥まで突き入れる。
挿入と同時に優也は先端から白い液を吹き上げた。
ぎゅうぎゅうと締め付けられて誠司もあやうくイきそうになったが、歯を食いしばって堪えた。こんなにサイコーに気持ちいいのに、すぐにイってしまったらもったいない。
優也の内部は優也と同じように従順で淫らだった。
誠司が出て行こうとすると優也の肉はねっとりといやらしく誠司に絡みつき、入れるときには悦んで迎え入れる。優也の体は誠司のモノが好きで好きで堪らないのだ。
「そこ……! 誠司さん、すごい、イイ……!」
切ない声で啼きながら、年下の恋人は誠司の下で乱れる。もっと乱れた姿が見たくて誠司は夢中で腰を動かす。
……これは、俺のものだ。俺だけのものだ……。
強く激しい独占欲が誠司の胸を焼く。優也のこの姿はどんな人間にも見せたくない。
もし自分以外の男が優也の体を支配するようなことがあれば、自分は絶対にその男を生かしてはおかない。いや、簡単に殺してしまうのも面白くない。いっそ死んだほうがマシだと思えるぐらいに残酷にいたぶってやる。それでも自分の気が済むことはないだろうが。
所有の証のように、誠司は優也の首筋をきつく吸った。
「はうぅっ……あっ……」
優也は体をびくりと痙攣させ遂情した。同時に誠司も優也の中に、自分の精子を注ぎ込んだ。
「……スゴかった……」
満足げにため息をつき、自分から離れようとする優也の体をすばやく捕らえ、無理やり鏡の前に立たせる。
優也は満足しても、自分はまだ満足できない。
損失の記憶が飢えとなり渇きとなり、優也を求めずにはいられない。
「ヤダ……っ! か、鏡の前で、立ったままなんて……」
「これなら後ろから入れても優也の顔が見える。倒れないように支えてやるから安心しろ」
YESの返事は聞かずに強引に挿入した。優也の後ろは柔らかく蕩(とろ)けて誠司の凶器を容易に受け止めた。
「あふっ……んっ……誠司さんの、ばかぁっ……」
優也は鏡の中の誠司を可愛い顔で睨みつけてきた。怒らせてしまったようだ。
だが、誠司がゆっくりと腰を使い出すと悪態の言葉を甘い吐息に変えて、優也も誠司に合わせて腰を揺らし始めた。誠司の腕に爪を立て、艶かしい姿態を晒す。
二回目なのでまだ余裕がある。
鏡の中の優也の表情を愉しみながら、誠司はたっぷりと優也の体を味わう。
「好き……誠司さん、好き……」
激しい快感にすすり泣きしながら優也は自分の想いを口にする。
優也の言葉に誠司は痛むほど胸を締め付けられる。目眩のするような幸福感に襲われ、泣きたいような気持ちになる。
自分もたいがい単純な男だ。
恋人の一言で一喜一憂する。
「俺もだ。愛してるよ、優也……」
腕の中に愛しい者がいる幸福を、当たり前だとは思わない。
この奇跡を保ち続けるために、自分はどんな努力も厭わないと誠司は思ったのだった。







第三部完
 
 
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