【プロンプター -04-】
 

しばらく誰もが沈黙したままお互いに顔を見合わせていたが、最初に口を開いたのは誠司だった。
アルザールは、"ユリナ"を餌にしてグレス=ファディルを自分の後を継がせたいと考えている。早く、面倒な役目を誰かに押し付けたくて、仕方がないのだ。そもそもあの気まぐれな男が、これほどの長い間、天主の位に大人しくとどまっていたことが奇跡に等しい。
ユリナがこの地に降りたことは、アルザールにとっては好都合だったはずだ。天主の座を譲るには、まだ足らないグレス=ファディルの力を引き上げるために。天界よりも力が制限されるがゆえに、この世界で力を振るおうとすれば力の精度は上がって行くのだ。
つまり、イーリカがユリナを天界へ連れ戻すことは、アルザールの本意ではないはずだ。そしてイーリカが独力でこの世界に来ることは容易いことではなく、ならばイーリカが今ここにいるのは、アルザールの命令によるものだと考えるべきだろう。
「イーリカ、本当の目的はなんだ? ユリナを連れ出すことではあるまい。この場にいるのは、アルザールの命令だな?」
「父上からは伝言も預かってきたが、あわよくばユリナも連れ戻す気だったぞ。そこの男が邪魔しなければ成功していた。たいした伏兵だ」
「お褒めに預かり光栄至極。こっちの世界では親子だし? 孝行息子は頑張っちゃいました」
匡はしれっとした顔で言った。家族の情があると言ったのは本当なのだろう。匡は異界の王子でありながら、天城誠司の息子でもあるのだ。
「……匡が来なくても、イーリカお姉様は、無理にユリナを連れ戻したりしなかったと思うな」
優也は確信を込めて言った。
「だって俺、今、幸せで、ここから離れたくなかった。だからイーリカお姉様は、俺を連れ去ったり出来ないよ。イーリカお姉様が、どれだけユリナのこと可愛がってくれていたのか、ちゃんと覚えてる」
「ユリナ……」
「ユリナは自分のことしか考えていなかった。イーリカお姉様、心配かけてごめんなさい」
「ユリナ、お前はほんとに可愛い妹じゃ」
イーリカは頬を染め、目を潤ませた。
「父のアルザールはそなたがこの世界に落ちたことを教えてはくれなかった。私は二千年もの間、そなたの苦境を知らなかった。私は父に、グレス=ファディルに、そして自分自身に怒りを感じた。……でも、もう、いいのじゃ。そなたが幸せであれば……」
イーリカは柔らかく微笑んだ。
ユリナは美しくて強く賢いこの姉に、コンプレックスを感じていた。自分よりもイーリカのほうがグレス=ファディルに相応しいと、勝手に羨んでいじけていた。
でももう自分は、見当違いの嫉妬を抱いたりしない。グレス=ファディルの本心を聞き、ようやくユリナの心は哀しみから解放されたのだ。
「グレス=ファディル、そなたがそこまで妹を想っていてくれたとは知らなかった。私はひどい勘違いをしていた。自分が権力を握るために妹の純真な心を利用した、屑で変態で噂どおり陰気で乱暴で最低な男なのかと思っていた」
イーリカのあまりの言い様に誠司が怒らないかと優也は心配になったが、誠司は特に何も感じていないようだった。優也に手を出されない限り、他の事は別にどうでもいいと思っているのだろう。
「だが、二人がいかに愛し合っているかよく分かった。誤解していてすまなかった、グレス=ファディル」
イーリカは自分の非を認めることが出来る、潔い女性だった。誠司もイーリカの謝罪を受け入れた。
「では、父からの言葉を伝えよう。ラザスダグラに気をつけろ、だそうだ」
アルザールからの伝言に、誠司は嫌そうな顔をした。匡は同情めいた眼差しを誠司に向けた。
「どうせ自分が煽ったくせに、しらじらしいな……」
誠司は疲れを滲ませたような口調で言った。
「煽るって?」
「ラザスダグラは不思議なことに、究極のファザコンだ。『グレス=ファディルを殺せば、お前を跡継ぎに据えてもいい』ぐらいなことを尊敬する父から言われてその気になったのだろう」
「もともと兄上は、自分より父に信頼されているグレス=ファディルを妬んでいたからな」
「信頼? あの男は、丈夫な玩具(おもちゃ)を気に入っているだけだ。はた迷惑なことにな。俺がユリナに逃げられたと知ったとき、あの男、転がりまわって大笑いしていたぞ。最高のジョークを聞いたとばかりな」
「上司があんな男だとは心底同情するぜ。唯一の上司、我が母キアセルカは厳しいところもあるが、正義感が強く情に厚いからな〜」
……ユリナの父親のアルザールって、ひょっとして、ものすごーく困った人なんじゃないの?
ユリナが覚えているのは毅然とした父の姿だ。凛とした美しい姿と同様、素晴らしい父なのだと信じていた。
「天界においてはその実力差ゆえに、兄上はグレス=ファディルに挑まなかった。だが人の身である限り、力は制限される。兄上は当然、狙ってくるだろうな」
一難去ってまた一難。
これから始まる波乱の予感に、優也は深々と溜息をついたのだった。




「さあて。生け捕りにしたものの、これからどーすりゃいいの?」
捕虜二人を前に、紗那はぽりぽりと頭を掻いた。
「……なぜ私たちを殺さない?」
エノアは悔しそうな顔をして言った。
……美人でプライド高いし。うーん、ほんとイイ女だな。
「エノアちゃんもウルアちゃんも、二人とも死ぬとか殺せとか物騒なことを言わないの。美女が二人も死んだらもったいないっしょ?」
紗那が頭を撫でながら言うと、エノアは泣きそうな顔になった。有能な戦士であっても、同時に若い娘でもある。『敵』には頑なな心を崩さない二人だが、優しくされれば逆に弱い。
「キミたち死んだら、イーリカ様が悲しむぜ? な?」
これほどの美女たちを死なせれば、間違いなく世界の損失であると本気で思っている紗那は、真剣に二人を説得した。
父である誠司より、よほどフェミニストの紗那だった。
「その通りじゃ。グレス=ファディルの養い子、私の部下が世話になったな」
自分の部下を迎えにイーリカがやって来た。
誠司が自分の部下たちを殺さないことは、最初から分かっていたのだろう。
「優也は?」
「妹はグレス=ファディルの元に置いてきた。愛し合う二人を引き裂くほど私は無粋ではない」
その答えを聞いて、紗那は安心した。ほっとしたら、女の美貌が気になった。
……すげー。エノアちゃんたちも美人だけど。主はもっと美人。
紗那はイーリカに見惚れた。
イーリカの姿を見て、エノアとウルアはぼろぼろと泣き始めた。
「うえええええんっ。申し訳ありませんでした、イーリカ様」
「私たち、イーリカ様の望みを叶えることが出来ませんでした。死んでお詫びしますうううううう」
「バカなことを。お前たちが無事ならそれで十分じゃ」
戒めを解いてやると、エノアとウルアは子犬のようにイーリカに駆け寄り抱きついた。
「ふえええええんっ。イーリカさまぁ」
「うえええええんっ。私、とっても怖かったです」
「イーリカ様にもしものことがあったら私、私たち……。とっても心配していました」
「再びお会いできて、うれしゅうございます」
「よしよし。すまなかったな。二人に怖い思いをさせた。だが、もう大丈夫じゃ」
……ううーん。なんかこのノリって。女子高っぽい? ちょっと目の保養。
イーリカに慰められ、二人はようやく落ち着いたようだった。エノアとウルアはイーリカから二歩下がって(ひざまず)跪いた。これがいつもの二人の定位置なのだろう。
「デュアン、世話になった」
「こっちの世界じゃ、紗那だよ」
「そうか。紗那、礼じゃ。受け取れ」
イーリカはにっこり笑い、紗那の唇に唇を重ねた。紗那は最初驚いたが、イーリカの体を抱き寄せ、たっぷりお返しをすることにする。
誠司直伝のテクニックを駆使してイーリカの唇を貪る。キスをしながらついでにイーリカの豊かな胸に触れる。イーリカは逆らわなかった。最初は遠慮がちに触れていたが、紗那はだんだん大胆にイーリカの体を味わった。両手でイーリカの胸をもみしだく。
口を話した瞬間、イーリカの口から甘い声が漏れた。
「ふふふ。そなたはキスが上手いな……。私はそなたのような、綺麗で強い女が大好きじゃ」
どんなセンサーが働いたか謎だが、イーリカは一発で紗那が女だと見抜いた。
「俺も、ビジンは大好きだね」
紗那はにっと笑って言った。どちらからともなく顔を近づけ、もう一度口付けを交わす。
……本命が手に入らないからって、こんなところで性欲を満たしていてはいかんな、俺。
と内心で反省しつつ、手はイーリカの太ももを撫でていた。
……知らなかった。俺って結構タラシ。……でも、美人なんだもん。
「気に入ったぞ、紗那。グレス=ファディルに飽きたらおいで。可愛がってあげるから」
「考えておくよ」
自分のグレス=ファディルへの忠誠心が衰える日が来るとは思わなかったが、紗那ははっきりとは断らなかった。
……だって美人なんだもん……。
紗那に見送られ、三人は元の世界に帰っていった。
「さあてと、これにて一件落着ってか?」
ほっとした顔で紗那は笑った。
すでに新しい災難が降りかかり始めていることを、このときの紗那が知るよしもなかった……。




「んじゃ父さん、とりあえず俺、今日は帰るな。和己が待ってるし」
「ああ。世話になったな、匡」
「おう。世話してやったぜ」
匡は偉そうに言い、優也の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「んだよ。やめろよっ」
優也が嫌がって逃れようとすると、匡はにんまりと嬉しそうな顔をして優也にじゃれついてきた。嫌がらせが大好きなこの男に、優也の態度は逆効果だった。
「ふははははははは。優也ちゃん、か〜わい〜いね〜ぇ」
匡は優也の頭をがっしりと抱え込み、拳で頭をぐりぐりした。
「イテテテテテテテテ。誠司さんっ。助けてよっ!!」
「こらこら、匡。人の恋人を苛めるのはやめなさい」
「へーい」
しぶしぶながらも匡は優也を解放した。誠司に対してだけは、なぜか匡は従順だ。自分には家族の情があると言った匡の言葉に偽りはなかったようだ。
――――カッコウ、カッコウ、カッコウ…。
いきなりカッコウが鳴き出した。何事かと思っていたら、どうやら誠司の携帯の着信音だったらしい。
……もうっ。妙な音を着信音にしないでよ。びっくりするじゃないか!
誠司は懐から携帯電話を取り出した。
「俺だ。……そうか。分かった。今からそちらに行く」
「何? 仕事なの?」
優也は心細そうな顔で言った。匡と二人きりにされるのが嫌だということもあるが、なにより最愛の恋人と離れ難かったのだ。
『優也』の気持ちだけでなく、『ユリナ』の気持ちも恋人に届いて優也は嬉しかった。嬉しくて、二人分の気持ちで誠司のことが愛しくて、今すぐにでも抱き締めて欲しかった。
「すまん、優也。すぐに戻ってくる」
優也の気持ちが分かるのか、誠司は申し訳なさそうな顔をして言った。困らせたくなくて優也は無理やり笑顔を浮かべた。
「仕事ならしょうがないよ。……でも、なるべく早く帰ってきてね?俺、待ってるから……」
「優也……」
息子の目の前だというのに、誠司は力いっぱい優也を抱き締めた。
「ちょ、ちょっと、誠司さん…」
「くそっ。なんて可愛いんだ! 仕事さえなければこのまま押し倒しているものを…。優也がもっと小さかったらポケットに入れて持ち歩き出来るのに!」
……もっとって…。スゴク小さくなきゃ無理なんじゃ…。
誠司のポケットに入った自分を想像してみた。間違えて潰されてしまいそうだ。ちょっと怖い。
「優也専用の鞄でも作って持ち歩けば?」
父親とその恋人のラブシーンを平然と眺めながら、匡はとんでもないことを言い出した。
「……いい案だ」
匡の意見に、誠司は大真面目な顔で感想を述べた。
……いい、案、かあ……?
いくら誠司のことが好きでもそれは嫌だなと優也は思った。
「しかし、狭い鞄の中に優也を閉じ込めるのは可哀想だしな」
……可哀想とか、だから、そーゆー問題じゃなくて……。
「匡、優也を一人で残していくのは心配だから、優也もお前の部屋に連れて行ってくれないか? 仕事が終わったら迎えに行く」
「うぃーっす。俺、車で来てるんだけど、ついでに父さんのことも送って行ってやろうか? したら職場に付くまで、こいつとイチャイチャしていられるぜ」
「うむ。魅力的な誘いだな。お願いしよう」
優也を腕の中に閉じ込めながら、誠司は頷いた。優也の意見など聞かず、誠司と匡の間で勝手に話が進んでいく。
……まあ、別にイイんだけどさー。
でもちょっと、面白くない。
誠司のことをよく分かっているふうの匡に、優也は嫉妬していたのだった。





匡が乗ってきた車は、見た目はごく普通のセダン型の白い車。しかし内部はあまり普通ではなかった。
「じゃ、二人は後部座席でいいよな。で、ここのボタンを押すと…」
ウィーンと音が鳴って、前の座席と後部座席との間に仕切りが出来た。これで後部座席の様子は運転席から見えなくなる。
「どうよ、お父様? なかなかいい構造をしているでしょ。っつーわけで、遠慮なくどーぞ」
「遠慮なくって……。なに?」
優也が怪訝な顔で匡を見上げると、匡は企(たくら)むような顔でにやりと笑った。そして優也が何かを言う前に、バタンと扉を閉めてしまう。
すると、さっそく誠司の手が優也に伸びてきた。優也も誠司に触られるのは大好きなので放っておいた。仕切りがあるので匡の目を気にしないですむ。
……なるほど。だから遠慮なくってわけね……。
シャツの裾から手を入れ、誠司の手が優也の乳首を執拗に撫でた。ここまではまだ許容範囲だった。優也は口から甘い声を漏らしながら、誠司の行為を受け入れていた。
優也の胸を撫でながら、誠司は首筋を唇で愛撫した。
「んっ……あんっ……ん……」
……ヤバイ。車の中なのに、すんごく気持ちよくなっちゃった……。
優也はうっとりと目を瞑って誠司に体を委ねた。胸をイタズラしていた誠司の手が、優也の下肢へと滑り降りてきた。直に中心を握られたときも優也は抵抗しなかった。ソコはすでに誠司からの刺激を待ち望み、立ち上がっていた。ゆっくりと上下に手を動かされ、優也は身悶えた。
「誠司さん……好き……あっ……ああ……」
誠司は優也のズボンと下着を足元まで下げ、自分の膝の上に座らせた。
…………………………………………!!!!!!!!!!
ぐいっと体を引かれたと思ったら、ずぶりと誠司が優也の中に潜り込んできた。解(ほぐ)していなかったのでキツかったが、昨夜もたっぷり誠司を受け入れていたソコは、上手に誠司を呑み込んだ。
「ば、ばかっ。なに考えてんだよ、誠司さん。ここは走行中の車ン中っ。とっとと抜け! 続きは帰ってからにしろよ!!」
「ちゃんとコンドームをしているから大丈夫だ。イっても車が汚れないように、優也のペニスにも被(かぶ)せておこう」
誠司は素早く、優也のモノにもコンドームを装着させた。
「大丈夫手って、そーゆー問題じゃないっ! ばかばかばかばかっ。誠司さんのばかーっ!!!」
「優也、そんなに締め付けるな。すぐイってしまいそうだ」
車の中は狭く、大胆に動くことは出来ない。しかし車の振動が直接内部に伝わってきて、優也は身を震わせた。ぐいっと誠司に下から突き上げられたとき、頭が天井にぶつかり優也は呻いた。
「イタイ…。誠司さん、やっぱり無理だよ、やめようよぅ」
優也は痛む頭を抑え、目に涙をため恨めしげな顔をして背後を振り返った。誠司は謝罪するように、優也の唇を軽くついばんだ。
優也の頭のてっぺんを片手で保護しながら、誠司は小刻みに腰を揺らした。
誠司に止める気がないのを悟り、少しでも早くイって貰おうと、優也は意識して誠司を締め付けた。サービスで声も惜しみなく出す。
「イイ……。好き……誠司さん、好きっ……」
思いっきり声を出していたら、優也の気持ちも盛り上がってきた。優也は内部を収縮させながら、ゴムの中に欲望を吐き出した。
「優也、もうイってしまったのか?」
誠司はまだ頂点には達していなかった。つまらなさそうな顔で、優也の萎びた性器を指で弄った。
「うん。ごめん、気持ちよかったから…」
優也は荒い呼吸をしながら、誠司の膝の上から逃げた。後ろの穴からずるりと誠司が引き抜かれる。
「代わりに口でしてあげるね」
誠司に被せられていたコンドームを外してから、優也は誠司のモノを口に含んだ。口の中にゴムの味が広がる。眉を顰(しか)めながら、優也は熱心に舌を絡ませた。しばらく舐めていると、ゴムの味が薄れて誠司の味が口一杯に広がる。思わず優也はにんまりしてしまった。
「ふぉふ? ふぇいふぃふぁん、きふぉふぃいい?(どう? 誠司さん、気持ちいい?)」
「ああ。すごくイイ……」
誠司は満足そうな熱い声で囁き、優也の頭を優しく撫でた。口の中で誠司がピクリと動いた。そろそろだ。
優也は頭を思いっきり激しく上下させて、誠司の解放を促した。
「……くっ……」
誠司は低く呻いて、優也の中で弾けた。優也は喉を鳴らして誠司の体液を飲み込んだ。先端を軽く吸って、最後の一滴まで搾り取る。
「うふふふふ。ごちそーさま♪」
優也は上機嫌で誠司の胸に頭をすり寄せた。
「はい! これ、お土産にあげるね!」
にっこり微笑み、優也は自分の精液が溜まったコンドームを誠司に押し付けた。誠司はちょっと困った顔をしたが、大人しく受け取った。
そろそろ目的地に着きそうだったので、優也は自分の衣服を整えた。
「誠司さん、お仕事頑張ってね」
ほっぺにチュウして送り出すと、誠司は機嫌よく軽い足取りで去って行った。





誠司を目的地まで送り届け、車を発進させた途端に音がして運転席との仕切りがなくなった。
「よお、エロガキ。ずいぶんとイイ声で啼くな」
「なっ。き、聞いてたのかよっ!」
優也は顔を赤くした。誠司への愛の言葉や、自分の甘ったるい喘ぎ声を聞かれていたかと思うと羞恥で体が熱くなった。
「聞きたくもなかったけど聞こえちゃったのよ。防音はイマイチだったな」
「ふんだ。自業自得だろ!? そう仕向けたのは匡じゃないか!」
恥ずかしさをごまかすように、優也は叫んだ。
「ごもっともだな」
匡はからからと笑った。
「ねぇ、匡ってさあ、誠司さんのこと好きだよね」
他人への嫌がらせが大好きなこの男が、誠司にだけは100%の純粋な好意を示す。それが優也には不思議だった。
「まーね。あの人、懐が深いからな。俺みたいな捻(ひね)くれ者でも受け入れられるのさ」
「ふうん。自分が捻くれ者って自覚あるんだ?」
「おう。俺は自分のことは嫌になるぐらいよく知っているからな。で、その俺様より輪をかけた捻くれ者がアルザールだな」
「なんか話聞いてると、すんごく厄介なヒトみたいなんですけど……」
『ユリナ』の視点では、アルザールは偉大な父親だった。しかし優也はそうは思えなかった。
「みたい、じゃなくて、厄介なヒト。『ユリナ』が追い詰められてこの世界に来たのも、直接的な原因はグレス=ファディルにあったとしても、間接的な原因はアルザールが作ったと俺は推測している」
「どうやって??」
ユリナとしての記憶を探ってみても、アルザールが何かをしたようには思えなかった。アルザールは必要以上に、ユリナに係わろうとはしなかった。ユリナも気後(きおく)れして、自分から父親に話しかけることなど出来なかった。
「ユリナの周りの女官を買収して噂話をさせる。『グレス=ファディル王がユリナ姫を妻に選んだのは、天主の位のためだ』ってな。頭の悪い甘ったれた小娘は、簡単に罠にひっかかるだろうな」
「どうしてアルザールはそんなことする必要があるわけ? ユリナは仮にも自分の娘でしょ? そんな騙すような真似……」
匡の推理を、優也はすぐに信じることはできなかった。
実の父親が自分の娘を罠にかけるなんて……ありえないことだと思う。愛情深い、自分のこの世界での父親を思い浮かべれば尚のこと。
「趣味と実益を兼ねて。"将を射んとするならまず馬を射よ"ってな。アルザールの目的はグレス=ファディルさ。アルザールは"読む"からな。ユリナを自分の思い通りにすることなんぞ、アルザールには朝飯前だっただろうな」
「グレス=ファディルが目的? 何々? それってどーゆーこと??」
強力なライバル出現かと優也は焦った。聞き捨てならないセリフである。アルザールは、グレス=ファディルのことが好きなのだろうか。
「ばあか。みょーな心配すんなよ。そういう意味じゃねぇ。アルザールは自身の後継者としてグレス=ファディルが欲しいのさ。もともと天主の位に就いたのは本意じゃねぇからな。誰かに退屈な仕事を押し付けようと、うずうずしている。で、白羽の矢が立ったのが、グレス=ファディルってわけ」
「えー。グレス=ファディルに自分の後を継がせたいからって、なんでユリナをこの世界に追い出したわけさ???」
アルザールの行動は脈絡がないように思えた。優也の頭の中で一本に繋がってこない。
「それは、"獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす"ってヤツだな。アルザールはグレス=ファディルを気に入っている。なによりグレス=ファディルには資質がある」
「資質?」
「世界の頂点に立つための資質さ。誰でもなれるわけじゃない。特別に"読む"力が必要だ。未来を読む。人の心を読む。世界の動きを読む。グレス=ファディルにはそれが備わっている。だがアルザールほどじゃない。そこでアルザールは修行させるため、ユリナを餌にグレス=ファディルをこの地に落としたってわけ。人の体でいる限り、力が制限されるからな。代りに感覚は鋭くなる。ちなみに俺がこっちにいるのも同じ理由」
さきほどイーリカに「暇つぶし」といったのは嘘だったらしい。
「じゃあ誠司さんは武者修行の最中ってわけ?? なんかアルザールって、超嫌なヤツじゃない? すっげぇ迷惑!」
真の諸悪の根源が誰であるかを知り、優也は憤慨した。ユリナの哀しみもグレス=ファディルの苦しみも、アルザールの策略のせいかと思うと腹が立つ。
「イーリカをわざわざ寄越したのは、グレス=ファディルがどれほどの力を身に付けたのか測るためだろうな。見事アルザールの第一試験に合格したグレス=ファディルは、第二次試験に突入中」
「ラザスダグラ……ユリナの、お兄さん?」
「力は弱くない。だが"読む"力がない。なまじ優秀なだけ、敬愛する父親の信頼を自分より得ているグレス=ファディルはさぞかし目障りだろうな。……面白いことになってきたな!」
「面白い〜? 匡、他人事だと思ってるでしょ?」
「もちろん、他人事だと思っているとも。対岸の火事ほど楽しいものはないねぇ」
優也は匡に剣呑(けんのん)な眼差しを向けた。
「……あんたって、めちゃめちゃ性格悪い」
「アルザールくんと俺様って、けっこう性格似てるんだよね」
見事なハンドル捌(さば)きを見せながら匡は言った。
「他人の困った顔や嫌がる顔が大好き。特に気に入っている相手は苛めたくなるね」
「…………………………………………………………………困ったちゃんな人たちだなっ! まったく!」
優也の言葉に、匡は声を立てて笑ったのだった。
 
 
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