【アルカロイド -06-】
 
「巻き込みたくはなかったのだ、デュアン。私の愛しき養い子」
「私のすべては、あなたのものなのに!」
「……お前は私のものではないよ。そなたは私の部下であろうとしたが、私はそなたの主になりたかったわけではない」
「……それはあなたにとって、私が不要だということですか……?」
紗那は青ざめた顔で己の主の顔を見上げた。絶望が自分の心にじんわりと忍び込んでくる。
自分はこの方のためだけに生きてきた。
この方が自分をいらないと言うのなら、自分は生きている意味などない。
自分の心は、王に去られた瞬間に一度は死んだ。王は今度こそ自分の心にとどめを刺そうというのだろうか。
「違う。そうではない」
紗那の勘違いを悟って王は苦笑した。
「私はずっとお前のことを、自分の子供として愛していた。私はそのことを、きちんとお前に伝えていなかったのだな」
「グレス様……」
絶望が歓喜に変わる。もったいない言葉に、紗那は再び涙を零した。
嬉しい。
自分の中で巣食っていた闇が、晴れていくのを紗那は感じた。
「私はお前に助けを求めるべきだった。私の後ろを歩いていたお前は、すでに横を歩いていけるだけの力を身に付け始めていたのだから……」
「グレス様」
紗那は王の胸にしがみ付いた。暖かな感触に安心して頬を擦り付ける。自分の頭を撫でる王の手つきが優しくて、紗那は心地よさに目を瞑った。
「ところで紗那。問題が解決したのなら、そろそろ家に戻ってこないか?」
口調をがらりと変えて誠司は言った。
「……は?」
突然、『グレス=ファディル王』から『天城誠司』のものに態度を変えられ紗那はとまどう。
「紗那が家を出て以来、優也が寂しがっている。しかもこの一週間、俺に指一本触れさせてくれなくてな。正直、欲求不満で困っている」
「……え」
『天城紗那』としての意識は「オヤジってこーゆー人だよな……」と妙に納得していたが、『デュアン』としての意識は誠司の言葉の意味を理解することを拒んでいた。
……う、ウソだ……。私の王が、こんな品のない発言を……。
「隣で眠っているのにヤらせて貰えないんだぞ? 拷問以外のなにものでもない」
「…………」
「断言するぞ。あと三日たっても状況が改善されなければ、俺は優也を強姦する」
「…………」
「頼む、紗那、戻ってくれ。お前が帰ってくれば和姦ですむ」
「…………」
『デュアン』としての意識は、すでに思考を停止していた。呆然と誠司の顔を見上げていると、いきなりキスされた。
「―――――――!!!」
しかも、軽くではない。誠司の舌が、紗那の口中を思うまま蹂躙している。恐ろしいことに紗那は腰が快感で痺れるのを感じ、誠司の腕の中で暴れた。
「な、なにすんだよ、オヤジ!」
紗那は誠司の手からやっとの思いで逃れ、顔を真っ赤にして怒鳴った。
危なかった。
もう少しで「もっと」などと言って、我を忘れて快感をねだってしまうところだった。
男から触れられることは紗那に嫌悪しか与えない。しかし、誠司は特別だ。なにせ自分が心から敬愛する主君なのだから、嫌悪を感じるはずがない。しかも誠司のキスは巧みだった。
……これが性的快感ってやつか……。もうちょっとで溺れちまうところだったぜ。
「なに考えてんだよ、オヤジ……」
「お返しだ」
「あ?」
「この前、俺に隠れて優也にキスをしたな」
「……ばれてたのかよ」
「なんだ。本当にそうだったのか?」
「…………」
「浮気相手は九割殺しぐらいはしたいところだが、紗那、お前は特別だからな」
にっこり微笑んで誠司は言った。
「お前は俺の愛する娘だからな。だから『お返し』だ」
誠司の言葉に、紗那は顔を引きつらせた。
「じゃあもし俺が、優也と寝たら……」
誠司は何も言わなかった。ただ、ニタリと笑った。紗那は背筋が凍りつくのを感じた。
「……放浪生活にも飽きたし、家に帰るよ」
キスの衝撃で、『デュアン』の意識は奥底に沈み、『天城紗那』としての意識が浮上していた。記憶はそのまま残っているが、紗那にとって目の前の男は『父親』であって仕えるべき『王』ではない。
……ひょっとしてこれを狙ったのか?
紗那はこの数日間の苛立ちが嘘のように消えているのを感じた。自分の正体を知ることによって、紗那の精神状態は完全に元の安定した状態に戻っていた。
「紗那、戻るのは明日の夜にしてもらっていいか?」
「? 別にいいけど。なんで?」
「今頃、優也が家出しているはずだからな」
「で?」
「……今晩はたっぷり、おしおきをしてやらなければな……」
口元に淫らな笑みを浮かべて誠司は言った。自分の父親を止める言葉を、紗那は思いつかなかった。
……優也……。かわいそーに。
「なあ、オヤジ。優也が……『彼女』、なんだよな?」
それはほとんど確信だった。
誠司は答えず、ただ、嬉しそうに微笑んだ。
「俺は、バカだ」
たった一人、医務室のベッドの上に座って、紗那は深くため息をついた。
デュアンは彼女を憎んでいた。
だが、天城紗那は優也を好きだった。
「……俺はバカだ。あいつはオヤジの恋人なのに……」
優也への恋心を自覚すると同時に、失恋したことを紗那は知った。絶望的なほど叶わない恋に笑ってしまう。
『彼女』のために誠司は高貴な身分を迷わず捨てた。そして優也も誠司を心から愛している。
……でも、さ。惚れちまうのは仕方ねぇよな。あいつ、可愛いんだもん。
「よう。紗那、倒れたんだって? 大丈夫か?」
「零」
紗那が医務室でずる休みをしていると、零が見舞いにやってきた。
「お前んとこの副官が知らせてくれた。『俺は紗那教官の代わりに指示を出さなきゃいけないんで、雨角教官、ちょっと見てきてくれませんか?』だと。俺はパシリかっつーの」
「零、俺、お前の気持ちが分かったぜ」
「あ?」
「叶わない恋だからって、すぐに諦められねぇよな」
「……俺は、叶わないなんて思っちゃいねぇんだよ。覚悟しとけよ、紗那!」
怒ったような口調で零は言った。零の不屈の精神を、自分も見習うべきかと紗那は思ったのだった。


「家出か?」
あの日、あのときの誠司と同じセリフ。
……もしかして……。
優也は驚き、頬を涙で濡らしたまま慌てて顔を上げた。
「…………あ」
……誰?
目の前に立っていたのは、優也が期待した人物ではなかった。優也が今までに見たことのない顔だ。歳は自分と同じぐらいだろうか? 若い男だ。顔の造りは悪くない。端正な顔立ちをしている。だが、口元に浮かんだ底意地の悪そうな笑みが、すべてを台無しにしていた。
……なんか、お近づきになりたくないタイプっぽいカンジ……。
優也は目に溜まった涙を拭って、男に警戒を含んだ眼差しを向けた。男はニヤリと笑い、図々しくも優也の右隣にどかりと腰掛けた。
「なあ、お前、家出して来たんだろ」
男は遠慮のない態度で優也の顔を覗きこみながら言った。男の無礼な態度にむっとした優也は、ぷいっと男から顔を背けた。
「あんたには関係ないだろ」
「ふううううん。関係ないねぇ?」
嫌みったらしい男の口調に、優也はますます腹を立てた。怒っている優也を、面白がるような目で見ているのがまたむかつく。
……なんか、すっげぇむかつくんですけど……。
誠司の言動と行動にも優也はよく腹を立てさせられている。けれど誠司の場合は、あくまでも自分の思うがままに行動した結果であり、最初から優也を怒らせようと思っていたわけではない。悪気はないのだ。……多分。
だが、この男は違う。悪趣味なことに優也の反応を愉しんでいる。男の実験動物、もしくは玩具(おもちゃ)を見るような目つきが優也を不快にさせる。
……二・三発ぶんなぐってやりたいけど、あんまりみょーな人間にかかわるのもヤだし。
優也はさっさと立ち去ろうとした。しかしたぐい稀(まれ)な美少女がこちらに向かって駆けてくるのを見て、思わずその機を逸(いっ)してしまった。
……う。負けたかも……。
少女の愛らしい姿に優也は敗北感を覚えた。
親しい友人たちの言うところによると……黙っていればの注釈つきだが……優也は儚げで繊細な美少年のように見えるらしい。紅茶にバラの花弁を浮かべて飲み、ポエムなんぞを口ずさんでしまうとかいう例のアレだ。
古い少女漫画を妹から借りて読んだという友人は、「優也、お前、ほんとは吸血鬼なんじゃねぇの?」などとアホなことをのたまっていた。
つまりそれほど優也は、浮世離れした美貌の持ち主だと言っているわけだ。
一方、くだんの美少女は、仔犬のような愛らしさを誇っていた。たれ気味の大きなくりりとした目が魅力的で、つねに守られる立場にあった優也でさえ庇護欲をそそられた。
おそらくこの少女を嫌える人間などこの世にいないだろう。誠司と少女を会わせたくないなどと嫉妬深い優也は思ったが、考えてみれば優也は誠司の元から逃げてきたのだ。もしかしたらもう二度と誠司に会えないかもしれないという事実を思い出して、止まっていた優也の涙は再び零れ落ちようとしていた。
「あの……匡(たすく)。そちらの綺麗な人、誰……?」
少女はどうやら、優也の隣に座っている根性が捻じ曲がった男の知り合いらしい。なぜこんな男と……と激しく疑問に思ったが、所詮人事なので優也は意見するのを控えた。
……なるほど、ね。ここで待ち合わせしていたわけか……。
おそらく男と少女はこの公園のこのベンチで待ち合わせをしていたのだろう。この時間帯だと子供もすでに家に帰り、公園の人口密度は究極に低い。にもかかわらず、先に待ち合わせ場所に着いた男は、優也がベンチに座っているのを見てむっとしたのかも知れない。
少女に免じて男の無礼な態度は許してやろう。恋人同士の邪魔をするのも悪いし、今度こそ優也は立ち去ろうとした。しかしなぜか男に腕を捕まれ引き止められる。
「…………?」
「よく聞け。このうつくしーお方はなにを隠そう俺の恋人だ」
男の言葉に優也の頭は一瞬真っ白になった。反論しようとするが、少女の反応のほうが早かった。
「……え? 匡の……恋人……?」
少女は顔色を白くし、目に涙を溜めて悲痛の表情で男と優也を見比べた。分かりやすい反応だ。少女はよほど男のことが好きらしい。
「うっ……ううっ……」
失恋したと思い込んだ少女は、ぽろぽろと涙を隠さず泣き出した。全身で悲しみを表現する少女の素直な泣き顔に、優也は自分が悪いわけではないが罪悪感を抱(いだ)いた。
「あんた、なに考えてんだよ!」
優也がきつい眼差しで男を睨み付けると、男は口元に満足げな笑みを浮かべて少女の泣き顔を眺めていた。
……もしやこのコを泣かせるのが目的……?
美しい少女がはらはらと涙を零す光景は、見ている者の胸を痛くする。優也も例外ではなく、少女の泣き顔ではなく笑顔を見たいと思う。
しかしこの男は違うようだ。嬉々としたようすで少女の泣いている姿を見ている。目がきらきらと輝き本当に愉しそうだ。
…………悪魔。
「ばああああか。冗談だよ、冗談。俺がこんな可愛げのねー生意気そーなガキ相手にすっかよ」
ひとしきり少女の悲しむ姿を堪能した男は、ハンカチを少女に差し出しながらウソを訂正した。
……誰が生意気なガキだっ! てめぇに言われる筋合いなんざねぇんだよ!!
男の言葉にまたもや怒りを沸騰させた優也だが、優也が男の恋人でないと知って嬉しそうに微笑む少女の顔に、まあいいかと思い直す。
……だって可愛いんだもん。
「泣いたりしちゃってゴメンなさい。僕、久能和己(くのかずみ)って言います」
…………僕?
優也は和己が少女ではなく少年だという事実にやっと気が付いた。内心の動揺を押し隠し、挨拶されたので自分も挨拶を返す。
「……俺、美樹原優也です」
「え? 男の方だったんですか? ご、ごめんなさい。とても綺麗な方だから、女の方かと勘違いしてました……」
「…………別に、気にしないでください」
先を越され、自分も勘違いしていたと言い辛くなった優也は、しきりと謝罪されていたたまれない思いをした。
「でも、僕、とても失礼でした。ごめんなさい」
「和己、謝ることなんてないぞ。お前が来るまでこいつもべそべそ泣いてたし、こいつもお前のことを女だと勘違いしていたはずだからなぁ」
男はにやにや笑いながら言った。腹が立つが、本当のことだけにぐうの音も出ない。
「あ。そうなんですか? じゃあ、お互い様ですね」
優也の手を握って、和己は嬉しそうにふわりと笑った。
「和己、どうやらこいつのことを気に入ったらしいな」
「えー。だって、優也さんてば綺麗なんだもん……」
「俺よりも綺麗か?」
男はからかうような口調で言った。
「ううーん。匡は綺麗っていうより、カッコイイだと思うよ?」
和己は真面目な顔で答えた。和己の言葉に男は喉の奥で笑った。
「よし。許可する。こいつをお前のお茶会に招待していいぞ」
「え? 本当? ありがとう、匡」
にこにこと笑いながら、和己は優也を自宅へと誘った。
「もしお時間がおありでしたら、僕たちの部屋に寄っていきませんか? 僕、昨日、ケーキ焼いたんです。おいしく焼けたんですよ? 是非、寄って行って下さい」
時間ならおおありだ。誠司の家を飛び出してきたものの、だからといって実家に帰るのも躊躇われ、途方に暮れていたところだ。
だが、断ろうと思った。
和己はともかく、男とはこれ以上、お近づきになりたくない。
しかし断れなかった。
和己の期待に満ちた眼差しを、裏切ることなど優也にはできなかった。尻尾を振って自分にじゃれ付いてくる愛らしい仔犬を、無下に追い払える人間は少ない。優也は、動物が大好きだった。
「別に、断ってもいいぜ?」
男の一言で心は決まった。
「お部屋にお邪魔します」
優也の言葉に、和己はぱっと花が咲くかのような笑顔を見せた。



……どうして俺ってば、こんなとこでろ優雅にお茶なんか飲んじゃってるのかなぁ。
「どうですか? ケーキ、お口に合いましたか?」
「あ。はい。おいしいです。お店のケーキよりおいしい」
「ほんと? 嬉しい」
自作のケーキを褒められて、和己は嬉しそうに微笑んだ。本当に可愛い人だと優也は思う。中学生ぐらいだと思っていたのに、実は優也より一つ年上だと聞かされて驚いた。性悪男も和己と同い年らしい。お茶を飲みながら、黙って優也と和己の会話を聞いている姿が不気味だ。何かを企んでいるような気がする。
優也はすっかり和己には馴染んでいたが、男にたいしては、いまだ警戒心を持っていた。
「和己、アイスクリーム買ってこい」
「いいよ。何が食べたい?」
「デーゲンザッツのアーモンドチョコレート」
男の突然の我儘を、和己はあっさりと聞き入れた。おそらく普段から男は和己をこき使っているに違いない。命令する側もされる側も慣れているようだった。
……んなに食いたけりゃ、あんたが買いに行けよな!
優也は男の不遜な態度に腹を立てたが、部外者の自分が口を挟むのもどうかと思い、口をつぐんだ。
……はっ。和己さんが買いに行っちゃうってことは、この男と二人きり!?
「優也さんもアイスクリーム食べますか?」
「い、いえ。でも、あの……」
「遠慮しなくてもいいですよ。じゃあ、僕の好みで適当に買ってきますね」
にっこり微笑み、和己は行かないで欲しいという優也の視線に気付かず出かけてしまった。
「…………」
「…………」
優也は無理にしゃべろうとは思わなかった。この男と話をしていても、不愉快になることが目に見えていたからだ。ただ黙々と、紅茶を飲みながら和己の作ったケーキを味わった。
男もしゃべらなかった。優也の存在など欠片(かけら)も気にしたようすはなく、ゆったりと紅茶を飲んでいる。
……認めるのは悔しいけど、黙っていればそれなりにカッコイイよな。もちろん、誠司さんほどじゃないけど!
「……ふっ。やっと二人きりになれたな……」
「……え!?」
男の恐ろしい言葉に優也は顔をひきつらせた。
「……二人きりって……あんた、なに企んでるんだよ!」
「さあね。……なにかなぁ」
不安そうな顔の優也を見ながら、男は楽しそうにくすくすと笑った。
……こ、怖いっ。
誠司にも、なにをしでかすか分からないという怖さはある。しかし基本的に誠司は、優也が本当に嫌がることはしないし危害を与えることもない。
だがこの男は、ある意味誠司より情け容赦がなさそうだ。
優也は逃げ出そうと席を立つ。そのとたん、足元がぐらついた。
「な、なに……?」
無様に床に転がりながら、優也は驚いた顔をした。なにが起こったのかすぐに理解できなかった。
「ようやく薬が効いてきたようだな」
「……薬?」
「痺れ薬だ。手足が動かせないだろ?」
「……な、なんのつもりで……」
「ばっかじゃねぇの? 分かりきったこと聞くんじゃねぇよ」
男はせせら笑い、優也の体を軽々と持ち上げ、ソファーの上にどさりと落とした。
「犯す」
男はさっさと優也の服を脱がせ始めた。あっという間に優也は全裸にされてしまう。
……ぎゃああああああっ。
貞操の危機に優也は心の中で絶叫した。逃げようにも痺れ薬は全身に回っていて、舌先すらすでに動かせなくなっている。
「くっくっくっ……。えっちそうな体だなぁ。お前、男を知ってるだろ?」
男はにたにたと笑いながら、優也の裸体を見下ろした。一糸纏わぬ無防備な姿で男の前にいることに恐怖を感じ、優也はぽろぽろと涙を流した。
……助けて、誠司さんっ!!
「イイ泣き顔だな。さあて、さっそく味見させて貰おうかな」
男に欲望の影は見当たらない。ただ純粋に、優也が怯える姿を楽しんでいるのだ。
……あ、悪魔―っ!!!
優也は恐ろしさのあまり、きつく目を瞑った。男の指が、後ろの窪みの周りを滑る。気色の悪い感触に鳥肌が立つ。
「ふぅん。綺麗なピンク色じゃん。……なあ、ここで何本、男を咥えこんだことがあるんだ?」
「一本だ」
優也の代わりに答えたのは、優也の最愛の恋人だった。
……誠司さん!
絶妙なタイミングで危機を救われ、優也は安堵した。誠司のもとから逃げてきたという事実は、犯されそうになったショックでとうに頭から吹っ飛んでいた。
誠司以外の男に犯されるなんて、絶対にイヤだっ!
「俺は、不幸な男だ」
誠司は男のこめかみに拳銃を突きつけながら、淡々とした口調で言った。
……銃?? ここって日本、だよなぁ……??? ってゆーか、なんでここにいるわけ????
貞操の危機を逃れ、少し冷静になった優也は誠司の行動に疑問を抱いた。
「恋人を奪われないために、自分の息子を射殺しなければならないとはな」
……自分の、息子ぉ?
「父親の恋人に横恋慕したために、父に殺される哀れな息子よ。地獄で会おう」
「やぁだなあ。お父様ったら、冗談ですよ、じょーだん」
銃口を押し当てられているというのに微塵の恐怖も見せず、にっこり笑って男は言った。
……冗談? あれが冗談!? 俺は本気で怖かったのに!! あんたは冗談で、痺れ薬を飲ませた挙句、人を裸にするのかっ!!!
体が痺れていまだ動けなかったため、優也は憎しみを込めた目で匡を見た。
「そうか、冗談か。息子を殺さずにすんでよかった」
誠司は軽く頷き銃をしまった。匡の言葉を信じたようだ。
……息子って、まさか……?
「紗那の三つ子の兄弟だ。名前は穂高匡(ほだかたすく)」
優也の目線だけの問に誠司は答えてくれた。匡は立ち上がって誠司にその場所を譲った。
「父さん、これ着替え」
「ああ」
誠司は匡から受け取った服を優也に着せてくれた。まだ手足の痺れが残っている優也は、着せ替え人形状態だった。ゆえに、着せられている服が自分にとって不本意なものでも、逆らうことはできなかった。
……こ、これはひょっとして……。
「学生服もいいが、これも似合うな」
「それ、父さんへのプレゼントだから持って帰っていいよ」
「そうか。ありがとう、匡」
……プレゼントなら、もっとマシなもん買いやがれっ!!
優也が着せられた服。それは、男の永遠の憧れ。……セーラー服だった。
「匡、アイス買ってきたよ! あれ? またお客様?」
「優也ちゃんのお迎え。あーんど俺のお父様」
「わー。匡のお父さん? 初めまして、久能和己です。匡にはいつもお世話になってます」
「そーそー。俺がいつもお世話してやってんの。俺のペットってカンジ?」
「はい。俺、匡のペットなんですぅ」
和己はにこにこと笑い、嬉しそうに言った。
……そこって、怒るところじゃないのか??? 嬉しそうに肯定するところじゃないよね……。
誠司は荷物と一緒に優也の体を軽々と持ち上げた。このまま誠司の家に連れ帰られることに気が付き、優也は不満そうに誠司の顔を見上げた。
誠司は優也の不満を無視した。
「匡、世話になったな」
「いや。楽しんだから。父さんの恋人にも、一度会っておきたかったしな。父さんに言われた通りの時刻に公園に行ったらほんとにいるし。俺はお釈迦様の手のひらでもがくサルの姿を思い出してしまいましたよ」
……俺は猿か?
最後までむかつく男だ。
それにしても、この部屋に来たことも、誠司の予想通りの行動だったとは。匡と和己との出会いを偶然だと思っていた優也は、誠司に諮られたと知って無性に悔しかった。
「ええ? もう帰っちゃうんですか? ……あの、じゃあせっかくですから、お土産にアイスクリームどうぞ」
和己はコンビニの袋の中からアーモンドチョコレートのみ取り出すと、他はすべて誠司に手渡した。本当に優也との別れを惜しんでくれているようだった。
「優也さん、また遊びに来てくださいね」
まだ声は出せなかったので、代わりに優也は軽く頷いて見せた。
……匡がいないときにならいくらでも。
匡にはもう一生会いたくないが、和己にはまた会いたいと優也は思ったのだった。

 
 
TOP 前頁 次頁