「優也、『夫』を置いて家出をするとは……いけない子だな」
ベッドの上に優也の体を横たえ、誠司は言った。 「だって! 紗那がいなくなっちゃったのに、俺だけ家に残るわけにいかないじゃん!」 上から覆いかぶさってくる誠司を鋭い目で睨み付けて、優也は叫んだ。 「優也。俺はどちらかを選べと言われれば、紗那よりもお前を選ぶぞ」 愛しげに優也の頬を撫でながら、囁くように誠司は言った。 「誠司さん……」 「紗那はいずれ、俺の元から自立して去っていく。それは当たり前のことだ。だが、優也、お前は違う。お前は一生、俺の傍にいるんだろう?」 ……俺って、サイテーだ。 気づいてしまった。紗那よりも自分を選んでくれたことを、喜んでいる浅ましい自分に。 家を出たのも、紗那と自分とどちらかを取るか、誠司にはっきり選ばせたかったからかも知れない。誠司のもとを去った自分を、強い力で連れ戻して欲しかったからかも知れない。 自分は無意識のうちに、誠司の愛情を試したのだ。 ……俺って、やなヤツ……。 「ごめん……なさい。ごめんなさい、ごめんなさい」 優也は泣きながら謝罪の言葉を繰り返し、誠司の首にしがみついた。 「お願いだ、優也、誓ってくれ。もう二度と俺から離れないと……。お前だけが、俺のただ一人の『伴侶』なのだ」 「うん。約束する。もう二度と、勝手に誠司さんのもとを離れたりしない……」 「反省しているか」 「うん。うん。……ごめんなさい」 「そうか。じゃあ、今日はたっぷりサービスして貰おうかな」 「……え?」 いきなりのえっちモードについていけず、優也はとまどった顔をした。 誠司はスカートの裾から手を差し入れ、太ももを撫でながらにたりと笑った。ちなみに優也はノーパンである。セーラー服姿で中が男物の下着では興醒めだと言って、下着を着けてくれなかったのだ。股の間にナニがある時点でNGだと思うのだが……。 匡は「今度は女物の、レースの下着でも用意しておくよ」と言っていたが、今度などない! と思う優也だった。 「一週間の禁欲生活は辛かった。さあ、優也。その可愛いお口で舐めてくれ」 「……えええ?」 「セーラー服姿がよく似合うぞ。まるで処女をそそのかす中年男の気分だ。かなりそそる」 処女をそそのかす中年男。あたらずとも遠からずという気もする……。 「いやっ。でもっ。ちょ、ちょっと待ってよ!」 「優也。紗那は明日、帰ってくるぞ」 「本当?」 「ああ。本当だ。だから……な」 一体、なにが『だから』なのか。 紗那が帰ってくることと誠司に奉仕することの関連性は謎だ。だが、心配をかけてしまったし、嬉しいニュースを聞かせてくれたので、サービスしてあげてもイイかな的な気持ちになってきた。 なにより、誠司ともう二度と会えないかも知れないと思ったときの切り裂くような胸の痛みで、よりいっそう自分がどれほど誠司を愛しているか自覚したということもある。 惚れ抜いているのだ。なんでもしてあげたいと思うほどに。 「…………うん」 優也は顔を赤くしながら小さく頷いた。誠司のズボンのファスナーを下げ、すでに硬く屹立しているモノを取り出す。触れるのは一週間ぶりだ。まだ何もしていないのに、見ているだけで優也の中心も熱くなった。 「…………すごく大きい……」 優也はごくりと喉を鳴らし、まずは先端だけぺろりと舌で舐めた。手の中で誠司のものがピクリと震える。なんだか可愛い。 舌先を硬くすぼめ、誠司の先っぽの割れ目を何度もつついてみた。とろとろと透明な液が溢れ出てくる。 「焦らさないで。奥まで咥えてくれ」 「うん」 優也は口をあんぐり開け、喉の奥まで誠司を含んだ。歯を立てないように注意して、優也は頭を上下に動かす。含みきれなかった竿の部分を指で扱きながら、口での愛撫を続ける。一週間禁欲していたためか、誠司の解放はいつになく早かった。顎が疲れる前に、優也の口中に熱い液が注がれる。優也はそれを上手に飲み干した。 「優也、お前のも舐めてやろうか?」 「んー。それより、俺、もっと誠司さんの舐めたい。だって誠司さんてば、早いんだもん」 早漏の疑惑をかけられ、誠司は苦笑した。 「すまん。今日は長くもたないと思う。その分、回数でカバーするから許してくれ」 言葉どおり、誠司のモノはすでに回復しつつあった。 恐ろしく元気である。 「許す」 優也はにっこり笑い、嬉々として誠司にむしゃぶりついた。 「優也、寝転がるから逆向きに上に乗ってくれ。俺も優也のを舐めたい」 「だ・あ・め。舐められちゃったら、俺、こっちに集中できないじゃん」 69(シックスティ・ナイン)の体勢で愛し合おうという誠司の提案を、優也はあっさりはねつけた。誠司は少し残念そうな顔をしたが、結局、優也の好きにさせてくれた。 優也の頭を撫でながら、気持ちよさそうな低い声で呻く。セックスの最中でしか聞けない誠司の艶めいた声に、優也は興奮する。 一度イったおかげか今度は長かった。思う存分、誠司を味わえて優也は満足した。 「誠司さん、服、脱がせてあげるね」 優也は楽しそうに、誠司の服を一枚一枚剥いでいった。 「えへへ。誠司さんてば、なすがままでチョー可愛い」 誠司の逞しい裸の胸をさすりながら、優也は自分から誠司に軽くキスをした。誠司の体の上に乗って嬉しそうに笑って見せる。 「楽しそうだな」 「楽しいよ。ふふふ。たーっぷりサービスしてあげるから。ねぇ、セーラー服、脱がないほうが燃える?」 「着たまま騎乗位で一回。その次は脱いでくれ。優也の綺麗な体が見られないのは寂しい」 「オッケー」 始まる前まではそれなりに恥らうものの、実際にコトに及べば優也は積極的だった。誠司に後ろの穴を弄られながら、優也は自分の性器と誠司のモノを擦り合わせるように腰を揺らした。 「んっ……あんっ……。…好き……誠司さん……好き」 自分の男の肩にすがり付きながら、優也は誠司の唇に自分のそれを重ねた。 奇跡のようだと、いつも思う。 好きな男と触れ合えることが。 この綺麗な男が自分の恋人だということが。 ……この人は、俺のものだ。 ……絶対に、誰にも渡さない。 ……もう二度と離れない。……誰を傷つけても。誰を裏切っても……。 ……ごめん、紗那。……あなたの父親を、俺にください。 「誠司さんの、欲しい。もう、いい?」 「……ああ」 優也以上に、誠司のほうが切羽詰っているようだった。もう一度、誠司に軽く口付けてから、優也は誠司の体に跨った。後ろの窪みに誠司を押し当て、ゆっくりと腰を沈ませる。 ……すごい。好きな人と、繋がっているんだ。 もう何度も体を重ねているのに、初めてのときのように感動してしまった。 「優也、痛いのか? 無理をするな」 優也の涙を誤解して、誠司は心配そうな顔をした。 「ち、違う。……嬉しくて……」 「嬉しい?」 「うん。誠司さんと出会えたことが嬉しい。こうして愛し合えることが嬉しい」 「優也……」 「好きだよ、誠司さん。俺の体で気持ちヨクなってよ……」 優也は誠司を悦ばせるために腰を使い始めた。体の中で脈打つ誠司を感じながら、優也は身をくねらせる。 誠司が中ではじけると同時に、優也もスカートの裏地を精液で汚した。優也の息が整うより早く、誠司は優也と体勢を入れ替えた。 二回目は脱ぐんだっけと思いながら、優也は誠司の体の下で、器用にセーラー服を脱ぎ捨てた。 「優也。この前みたいに、優也の口からえっちなセリフが聞きたい」 「ええー?」 すっかりスケベな中年オヤジに成り下がった誠司の顔を見て、優也はくすくすと笑った。しょうがない人だと思いながら、恋人のリクエストに応えてあげる。 誠司がこんな我儘を言うのは自分にだけだ。そうじゃなかったら許せない。 ……えっとぉ。この前って、すげぇえっちな気分になったときのことかな。今も、すごくえっちな気分だけど……。 恥ずかしいので誠司の首にしっかりとしがみつき、顔を見られないようにする。そして誠司の耳たぶに噛り付きながら、誠司がその気になるようなセリフを囁いた。 「誠司さんの、熱くておっきいのをちょうだい……。俺の中をぐちゃぐちゃに掻き回して……。俺、我慢できないよ……」 効果はてきめんだった。 「……我慢できないのは俺のほうだ」 誠司は余裕のない声で呟くと、優也の中に猛った凶器を差し入れた。 「ああ……イイ……イイよぉ……あんっ……あっ……」 「負けそうだ。……今日も優也は可愛すぎる……」 誠司は何度も優也の中に、自分の欲望をぶちまけた。 一週間ぶりのセックスは、とても充実したものだった。 「ただいま」 「おかえりなさい、紗那」 一週間と一日ぶりに家に帰ると、泣きそうな顔で優也が抱きついてきた。 「ごめん、紗那。俺……」 「謝るのは俺のほうだ。ごめん、心配かけたな。…・でももう、大丈夫だから……」 自分が想いを寄せている相手にしがみつかれて、紗那は困惑した。伝わる体温が気持ちよくて思わず抱き返しそうになり、紗那は慌ててやんわりと優也の体を遠ざけた。自分のこの想いはけっして悟られるわけにはいかない。紗那は平静を装った。 思えば『デュアン』であったときも『天城紗那』として過ごした18年間も、誰かに恋したことなどなかった。主の『グレス=ファディル王』に対して『デュアン』は強い敬愛の念を抱いていた。それは恋にも似た感情だった。しかしその想いは、地上から眺める美しい月に憧れるようなものであり、手に入れて自分だけのものにしたいなどと思ったりはしなかった。 生まれて初めて抱く自分の中の恋心をどうコントロールすればいいのか、紗那には分からない。傍に気配を感じるだけで、体がざわめき、頭の芯がくらくらする。 優也の首の付け根の赤い刻印に気付き、紗那は胸に突き刺すような痛みを覚えた。優也は父親の恋人だ。そのことを自分は片時も忘れてはいけない。もし優也の恋人が天城誠司でなければ、自分はきっと諦めなかった。諦めずに口説いて、いつか自分のものにした。 だが、この世の中で最も自分を信頼してくれている父親を、裏切れるはずがない。自分のこの想いは朽ち果てていくしかないものなのだ。 『デュアン』であったときの性は男だった。今も自分の意識は『男』に近いものなのだろう。男の心で女の肉体に宿る意味を考える。 偶然だと思っていた。 だがきっと、必然だったのだ。 たとえ優也と想いが通じ合っても、自分が望む形で体を重ねることは出来ない。その事実に少しだけ慰められる。 「……優也、オヤジのこと、好きか?」 「うん。好き、だよ。すげぇ好き」 幾分照れながらも、優也ははっきりと自分の気持ちを口にした。 紗那は泣きたかった。だが、泣く代わりに笑って見せた。 「そうか……。ふつつかな父だけど、よろしくな」 「へへ。ありがとう」 紗那に誠司との仲を応援してもらえて、優也は嬉しそうな顔をした。 ……傍にいるぐらいは許されるよな。 この苦しい片想いから、いつになったら解放されるのか。 今の紗那には、その答えを知ることはできなかった……。 「優也、嬉しそうだな」 「うん。嬉しいよ。だって、紗那が帰ってきたし。誠司さんだって嬉しいでしょ?」 「……ああ。嬉しい」 紗那が家を出て、寂しさを感じていたのは優也だけではない。 心配はしていなかった。今も昔も、アレは自分の自慢の子供だ。期待を裏切られたことなどただの一度もなかった。自分に迷惑をかけることをいつも気にしていた。もっと子供らしく、自分に甘えて欲しいと思っていたが。熱心に自分を慕う姿が、たまらなく愛しかった。 「グレス様。あなた様のお役に立てることが私の誇りです。なんなりとお申し付けください」 成人の儀を迎えた折に、『デュアン』は頬を高潮させ、目を輝かせて自分の前に跪(ひざまず)いた。献身的な愛を嬉しく思いながら、自分の息子ではなくあくまでも部下であろうとしたことに、自分はわずかばかり寂しさを覚えていた。 「パパ、抱っこして……」 紗那がまだ幼い頃、両手を差し出し舌っ足らずな声で自分におねだりしたとき、どれほど自分が嬉しかったなど、あの子供は気が付いていなかっただろう。『子供』として『親』である自分に甘える紗那が可愛かった。 恵那や匡に比べて、紗那は自己主張が乏しい子供だった。強烈な性格の兄弟の後ろから、控えめな態度で自分にすべてを委ねるような瞳を向けてきた。意志が弱いわけではない。自分の力で他人を傷つけることを恐れる娘は、誰よりも思慮深いのだ。 天城誠司として存在する前にあった出来事を除いても、きっと自分は他の二人よりも紗那により多く目をかけていた。三人の子供たちはそれぞれ強い心を持っている。だが紗那は、強いだけでなく感性が鋭いがゆえの繊細さも持ち合わせていた。優し過ぎるからこそ、傷つくことも多かった。自分に不必要なものはあっさりと切り捨てる、シビアな面を持ったほかの二人とは毛色が違った。 三人に公平に接しなければと思いつつ、つい目は紗那を追っていた。紗那も三人の中では一番自分によく懐いた。 紗那の初めての恋の相手が、自分の恋人であることには気が付いていた。幸せを願っている相手の幸せを、他ならぬ自分が妨害していることに運命の皮肉を感じる。 だからといって、優也の手を自分から離すことなど絶対にできない。 「俺は、悪い父親だな」 誠司は苦笑しながら呟いた。 「何? 落ち込んでるの?」 びっくりした顔で、優也が誠司の顔を覗き込んできた。キスをしたかったが我慢した。歯止めがきかなくなりそうだったからだ。 パジャマから覗く胸元に散る赤い痕が、昨夜の情事の激しさを物語っていた。昨日は優也に無茶をさせた。だから今日は、なにもせずに眠ろうと思っていた。 「少しだけ」 キスをする代わりに誠司は優也の肩を抱き寄せた。暖かな感触に誠司はほっとした。 「んーっ。誠司さんは、悪い父親じゃないと思うよ? えーっと、結構というか、すんげぇめちゃくちゃなトコとかあるけど、紗那のこと信頼してて。紗那も誠司さんのこと信頼してるし……。俺の義理の母になった恵那さんも、誠司さんのこと慕ってるみたいだったし。ちょー根性が捻じ曲がってるっぽい匡でさえ、誠司さんには一目置いてるように見えたし……」 優也は落ち込む誠司を慰めようと、必死で言葉を紡いだ。優也のひたむきな姿に誠司は口元に柔らかい笑みを浮かべた。 いつも自分は、この存在に癒される。自分の心の中の穴を、唯一ふさぐことができる相手。 ……やっと手に入れた『宝』。失うことなど考えられない……。 その夜は、優也の体を抱き締めて眠りについた。愛しい者が確かに自分の腕の中にいることに安堵しながら……。 第二部完
|