「あの……紗那、臭いよ? この臭い、何……?」
昨夜から早朝にかけての誠司との愛の営みは、歩行が困難になるほど優也の体を疲労困憊(ひろうこんぱい)させた。 激しい運動に精を出していたのは優也とご同様のはずなのだが、誠司はけろりとした表情で仕事に出かけた。やけにすっきりした顔をしているように見えたのは、はたして優也の気のせいなのだろうか。 ……ううううう。あの人はやっぱり、人間じゃな〜いっ!! 度を過ぎた性行為を原因に学校を休むのは、ふしだらすぎる気がして優也は気合を入れて登校しようとした。 が、途中で挫折した。 ごくフツーの高校生である優也は、人並みの体力しか持っていなかった。制服に着替え、家を出て五分ばかり歩いたところで優也は学校に行くことを断念した。腰は痛むし力が入らず足はふらふらするし、寝不足で体がだるくて気持ちが悪い。吐きそうになって優也は口を抑え、道路の隅っこにしゃがみこんだ。 「……ダメ。やっぱリタイヤ……」 吐き気がおさまるまで待ってから、優也は来た道を戻った。 無断欠席はまずいだろうと、学校に自分で連絡を入れた。ちょっとだけ後ろめたかった。 ……俺ってば、超フシダラだ……。 制服から再びパジャマ姿になり、毛布を寝室から持ってきて、居間のソファーに横になった。ベッドは情事のあとがしっかりと残っているので、とても寝られる状況ではない。二人の放った体液で、シーツはどろどろになっている。誠司が帰ってくる前にベッドメイクをしなければと思いつつ、優也はうつらうつらとし始めた。 ……? どれぐらい眠っていたのか分からないが、人の気配で目が覚めた。目の前に紗那がいたので驚いた。紗那も優也を見て驚いた顔をしている。 ……この臭い、何……? 漂う悪臭に、優也は気分を悪くした。 「……優也、学校は……?」 「途中まで行ったんだけど、結局リタイヤしちゃった。ところで、この臭い、なんなのさ??」 しかも時計を見ると、時刻はまだ昼の1時を過ぎたところだ。紗那が今朝、家を出たのは、誠司と同じ時間帯だった。朝の7時半。社会人としては、まあ、普通の時間かもしれない。 しかし、帰ってくる時間はあまりにも早すぎる。なんとも中途半端な労働時間ではないだろうか。 休日は不定期だし労働時間もまちまちだし、変な臭いを付けて帰ってくるし。紗那の職業はなんなのだろうと優也は悩んだ。以前、紗那に仕事について尋ねたとき、軽くかわされてしまった。あのときはあまり詮索するのもどうかと思い、深く聞き出しはしなかった。勝手に紗那の職種をサービス業かと推測して納得していた。 だが、今日はなんとしてでも紗那の仕事について教えて貰おうと思った。 好奇心からというより、ただ純粋に、紗那のことが心配だった。 「……紗那。手に血が付いてる……」 紗那の手のひらにべっとりとついている、赤黒い血に優也は顔を青ざめさせた。紗那はしまったという顔をした。 「ねぇ、どこか怪我してるの? 紗那の仕事って一体なんなの?」 一瞬、紗那の顔に煩(わずら)わしげな表情がよぎった。出過ぎた真似をしてしまったかと、優也はギクリとする。 ……でも、やっぱり心配だし……。 優也がじっと見つめていると、紗那は諦めたようなため息をついた。 「……俺は怪我なんかしてねぇよ。全部返り血だ。……んなに臭うか? 自分じゃ嗅覚が麻痺してわかんなくなっちまった」 「か、返り血って、紗那……」 「言っとくけど、法は犯してないぜ。俺の仕事、『守り屋』だからさ。ま、正当防衛ってヤツ?」 「……『守り屋』……?」 「そ。ボディーガードみたいなもん。で、仕事柄、返り血浴びちゃうようなこーゆー荒っぽいこともあるわけ」 紗那の口ぶりでは、こんなことは日常茶飯事の出来事のようだった。 ……そりゃ、紗那の仕事は普通とは違うんじゃないかなって気がしてたけど……。 『守り屋』という仕事の詳しい内容は分からない。初めて聞く名前の職業だ。しかし、それがとてつもなく危ない仕事であることは分かる。 「し、仕事柄って……。誠司さんは、知ってるの? 自分の娘がこんな危険な仕事をしているなんて……」 「知ってるもなにも……。俺が働いてんの、オヤジの会社だもん」 「えええええ!?」 ……誠司さんの会社?? 刑事じゃなかったの??? 「中卒で入社したんだ。縁故入社ってヤツだけど、所長の娘だからって特別扱いされたことないぜ。それどころか、一番貢献してるぐらいの働きっぷり」 「誠司さん、刑事じゃなかったの!?」 優也の言葉に、紗那は力いっぱい呆れた顔をした。 「なんでそう思ったか謎だが。あのオヤジが、公務員に見えるぅ?」 「う。見えない……」 「だしょ?」 言われてみれば、誠司が公務員だとは笑っちゃうぐらい変だ。変だけど、優也はずっと誠司が刑事だと信じていた。腕っ節が強いのも、鋭い眼光も、日夜犯罪者を相手にしているからだと信じて疑わなかった。 「でも以前、不良に絡まれたとき、強盗を繰り返す少年グループだから電話で捕まえにこいって……」 「警察署内にいる知り合いんとこ電話したんじゃん? こんな仕事だからさ、それなりにおまわりさんとは懇意にしているわけよ。もちつもたれつつってやつですね」 「そうなんだ……」 紗那と誠司の本当の仕事を知り、優也は混乱した。 ……『守り屋』って、一体、なんなの……? 「あの、でも。誠司さん、止めたりしなかった?」 男ならともかく、紗那は一応は女だ。親なら、自分の娘が危険な職業に就こうというとき、普通は反対するものだと思う。 ……それに、紗那が危険だって言うんなら、誠司さんだって危険なんじゃ……。 優也は心配で胸がドキドキしてきた。こうしている間にも、誠司の命が危険に晒されているかもしれないのだ。 「止めるようなオヤジなら、俺は窮屈でたまんねぇだろうな」 反論を許さないような厳しい声で、紗那はピシャリと言った。初めて見る紗那の冷たい表情に、優也は驚き目を丸くした。 紗那は優也がこれ以上踏み込んでくることを、あきらかに拒絶していた。 「紗那……」 細い声で名を呼ぶと、紗那はいつもどおりの柔らかい笑みを見せてくれたので、優也もほっとした。そして、無闇に紗那のプライベートに踏み込もうとした自分を恥じた。 誰にだって踏み込まれたくない場所はあるのだ。親しき中にも礼儀あり、である。 「じゃあ俺、シャワー浴びてくるな。さすがに気持ちわりぃや」 「うん、そうだね。その格好もワイルドで素敵だけど、この悪臭は遠慮したいな」 「よっしゃ。すぐシャワー浴びてくっからよ。そしたらオヤジに内緒で浮気しようぜ?」 「もう。バカなこと言ってないで、さっさと行ってきなよ」 紗那のいつもの軽口にくすくすと笑いながら、優也は紗那を見送った。 ――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。 「……うるさい」 宅配便だろうか。紗那は今、シャワーを浴びている最中だ。面倒だが自分が出るしかないと諦め、優也は起き上がった。 まだ体がだるい。初めてのときは、こんなに後には響かなかった。あれでも誠司は最初だからと手加減していたのだ。初めてのときもハードなセックスだと思ったが、昨夜はそれ以上に激しかった……。 ……天城誠司、おそるべし……。 「はーい。今でまーす」 扉の向こうに返事をしてから優也はチェーンをかけずにドアを開いた。てっきり宅急便屋のお兄さんが立っているかと思いきや、ドアの前にいたのは華やかな顔立ちをしたキレイな男だった。身長は紗那より高く、誠司よりは低いぐらいだ。男は身だしなみに気を使うタイプらしい。男が身に付けている服や時計はすべて名のあるブランドもので、しかもそれがサマになっていた。呆れるほどセンスのいい男だ。 ……?? なんだぁ? この派手な男は。モデルかなんかか??? 優也は驚き、男の顔をまじまじと見た。 男も優也を見て驚いた顔をした。そして、驚きの表情はみるみる間に不機嫌そうな表情にとって変わった。男はあきらかに、優也に対して敵意を抱いているようだった。 「……てめぇ、なんでこの家にいんだよ」 男は優也をきつく睨み、地を這うような声で言った。死んだ母譲りの容貌から『儚げな美少年』という不本意なレッテルを貼られがちな優也だが、そのじつ意外と気が強い。身に覚えもないのに睨まれて、黙っていられる優也ではなかった。 「あんたこそ誰だよ。俺は、この家に住んでんだよ。あんたに文句言われる筋合いなんかねぇんだよ」 「……この家に、住んでる……? まさかお前、あいつと付き合ってるんじゃないだろうな」 ……あいつ? あいつって、誠司さんのこと……? 「まさかな。あいつがお前みたいなひ弱なガキ、相手にするはずがないもんな」 優也の返事を待たず、男は蔑むような口調で言った。 ……むかっ。むかむかむかむかっ。 「へっへーん。残念だったね。俺たち、ばりばりの恋人同士だもんね! 昨日だって、いっぱいえっちしまくっちゃったもんね!!」 優也は胸を反らし、高笑いしてしまいそうなほど自信満々の口調で言い放った。 男が誠司とどういう関係だかは知らない。だが、はっきりしていることは、誠司はこの男になんかには渡さないということだ。 昨夜たっぷり、それこそ足腰立たなくなるまで誠司に愛された記憶が、優也にありあまるほどの自信をつけさせていた。 「……あいつと、寝たのか……?」 優也の言葉を聞いて、男は顔から血の気を引かせた。男の悲壮な表情に、優也はほんの少しだけ良心の呵責を覚えた。 ……いやっ、でもっ、獅子は一匹の兎を倒すのにも全力を尽くすというしっ! 「まあね。もうやりまくりっ! あの人は俺のものだからね。渡さないよ!」 男はこぶしを固く握り締め、唇をきつく噛んだ。そうとうショックを受けているようだった。 「くそっ!」 短く毒づくと、男はいきなり優也に殴りかかってきた。 「うわぁっ」 頬に風圧を感じてひやりとする。ぎりぎりのところで男の拳を優也は避けた。空振りした拳は壁にめり込み、優也を驚愕させた。 ……ひぃぃぃぃっ。あんなのが当たったら、俺、死ぬっ……。 「てめぇ。よくも避けやがったな」 「避けなきゃ死ぬだろっ!」 優也は叫びながら素早く身を翻(ひるがえ)し、室内に逃げ込んだ。男は見かけよりも力があるようだ。まともに男のパンチが当たったら、絶対痛いに違いない。間違いなく怪我をする。 「逃げんじゃねぇ!」 「逃げるに決まってるだろ! 俺は暴力はキライなんだよっ!」 優也は必死で逃げたが、二階に上がる前に男に捕まってしまう。逃げ足には自信のある優也だ。だが昨夜の後遺症で、本来の速度の二割減しか出せなかったのだ。 男は優也の襟首を掴み、片手だけで優也の体を持ち上げた。 一見、優男なのに予想以上に力がある。 「く、くるしい……」 「うるせぇ。俺からあいつを奪ったんだ。一発ぐらい殴らせろ」 男は拳を振りかざした。衝撃を覚悟して優也は眼を閉じた。 「やめとけよ、零」 「……紗那……」 紗那は男の手首をしっかりと掴み、冷静な声で言った。いつの間にかシャワーを終え、騒ぎに気付いてようすを見に来てくれたらしい。助かったと優也は安堵のため息を漏らした。 「紗那、なんでこいつを庇うんだよ。俺よりもこいつのほうが大事なのかよ」 ……あれ? ひょっとして、あいつっていうのは誠司さんのことじゃなくて……? 零と呼ばれた男の言葉を聞いて、優也は自分が勘違いしていたことに気が付いた。 「俺が庇っているのは優也だけじゃないぜ。その手を離せ、零。優也はオヤジの愛人だ」 「…………え?」 「聞こえなかったのか? お前が今捕まえている相手は、天城誠司の恋人だと言っているんだ」 「………………」 零はぱりりと顔を凍りつかせた。優也を掴んでいた手の力が緩み、優也はやっと解放された。 「……あの、俺、勘違いしたみたいで……。ゴメンなさい……」 零の想い人が誠司ではなく紗那であることを悟り、優也は自分の思い違いを謝った。てっきり零の言っていた相手が誠司だと思い込み、とんでもないことを言ってしまった。 ……ひぃーん。えっちやりまくりとか言っちゃったよぅ。 自分の恥ずかしい発言の数々を思い返し、優也は顔を羞恥で染めた。ライバルだと思ったがゆえのセリフだったが、はっと我に返ると究極に恥ずかしいセリフだ。穴があったら入りたい心境だ。 「零、良かったな。もし優也を殴っていたら、オヤジから千倍返しされるとこだったぜ。けっこう容赦ないからな、あの人」 紗那に肩を軽く叩かれながら言われ、零はフリーズ状態からやっと回復した。そして、優也の前で勢いよく土下座をし始めた。 「申し訳ありませんでしたっ!!!」 「え? え?」 先ほどまで自分に敵愾心を燃やしていた相手に謝られ、優也は困惑した。 「勝手なお願いだとは重々承知しておりますが、どうかこの件は所長にはご内密にっ!!!」 ……所長って、誠司さんのこと、だよねぇ? 「実際に殴ったわけじゃねぇから、せいぜい半殺し程度だと思うぜ……」 紗那がぼそりと言うと、零はさらに頭を低くして優也に謝罪し続けた。 ……こんなプライドの高そうな人が土下座しちゃうほど……誠司さんって怖いのか……。 自分の恋人の恐ろしさについて、優也はちょっと考えてしまった。 「あの、頭、上げてください。勘違いしたのは俺もだし……。絶対に誠司さんには内緒にしとくんで」 「優也さまああああっ。ありがとうございますううううううっ」 零は優也の足元に縋り付いてきた。足の裏さえ舐めそうな勢いだ。紗那はそのようすを見て、けらけらと笑っている。 ……これだけ恐れられている誠司さんって一体……。 恋人の正体について、深刻に悩み始める優也だった。 「いやぁ、もう! 噂以上の美少年で!! 所長が夢中になる気持ちも分かります!!!」 零は優也の入れたコーヒーを飲みながら、調子のいいことを言った。 ……さっきはひ弱なガキって言ってたくせに……。 しかし先ほどの失言は、武士の情けで忘れてあげることにする。ついでに殴られかけたことも。 自分が好きだと思っている女の家に見知らぬ顔の男がいたら、悪態の一つもつきたくなるというものだろう。 「俺、雨角零(うずみれい)っていいます。よろしくお願いします」 「えと、美樹原優也です。……あの、紗那とは……」 「恋人です」 「たんなる仕事の同僚だ」 二人同時にまったく違うことを言った。 「紗那〜」 零は情けない顔をした。 「んだよ。俺はお前の求愛を受け入れたことはねぇぞ。これからも受け入れる気なんざないし。いいかげんお前も諦めろよ」 「簡単に諦められるかっ! 俺が何年お前のこと、口説き続けていると思ってんだよ」 「三年ぐらいか? 感心するぐらい物好きだよな」 「感心するぐらいなら俺の女になれよ」 「やだね。冗談じゃない」 どうやら零は、紗那にべた惚れらしい。しかし紗那のほうにはその気はないようだ。 ……ううーん。バランスの取れた二人だとは思うんだけどさあ……。 単品でも十分目立つ二人だが、華やかな美貌の零とシャープで凛々しい顔立ちをした紗那が並んでいると、ぱっと目を惹かれる。太陽と月。光と影。見事なほど対照的。互いの魅力を引き出しあえる二人だ。一緒にいることが自然なことであるような。 だが……二人が恋人同士だとしたら……ホモにしか見えないだろう。 紗那は実は女なのだが、外見はどこからどう見ても男だとしか思えない。 しかも誠司と瓜二つとあって、超が付くほどのイイ男的外観なのだ。 ……そりゃまあ俺だって、誠司さんのことが好きだし、ホモなんだけどさぁ〜。 「で、零。お前、なにしにうちに来たんだよ?」 「そりゃないだろ、紗那。俺はお前のことを心配して来たんだぜ?」 「俺のことを?」 「今日、激戦だったらしぃじゃねぇか」 「まあな。けど、俺がヘマすると思うか?」 「思わないな。なんといっても、お前の実力は俺がよく知っている。うちの組織のNO2サマだしな。それでも理屈じゃなく、惚れた相手の心配をしちまうってのがコイゴコロってやつでしょ?」 零の言葉に、紗那は軽く肩をすくめた。 「NO2って……。紗那って強いの?」 「ああ。それはもう」 力強く零は頷いた。 ……NO2ってことはひょっとして……。 「NO1は?」 「所長」 「オヤジ」 ……やっぱり。 予想通りの返事だったので、優也は驚かなかった。 「で、どうする? 今日、メシ食ってくか?」 「お♪ 久しぶりに紗那の愛情手作り? 楽しみだな〜」 「……愛情は別に入ってねぇよ」 零にたいする紗那の態度は、とことんクールだった。紗那は零の求愛に応える気はないようだ。だがそれでも、この二人はいいコンビだと優也は思った。 たとえ紗那のほうには恋愛感情がなくても、二人の間に漂う雰囲気から信頼し合っているのが見て取れた。 「っつーわけで、今日の食事は俺が作るから、優也は部屋で休んでいていいぜ。体ツライんだろ」 「なに? 優也ちゃん、体調でも悪いの?」 「ってゆーか、溢れんばかりの愛情を受け止めすぎてって感じ?」 「ははーん。所長、アッチのほうも強そうだもんなぁ。優也ちゃんみたいに細い体だと大変そうだよな。……所長のけっこうデカイと思うんだけど、ちゃんと中に入んの?」 「不思議なことに、イイ具合に収まるらしいぜ」 「へぇ? 愛の力ってやつかねぇ……」 零と紗那は、にたにた笑いながら言った。優也をからかうことを完全に楽しんでいる。 ……この人たち、本当にいいコンビだ……。 優也は赤面して俯いた。 「……じゃあ、俺、お言葉に甘えて寝室で休んでる」 「おう。シーツも替えといてやったからな」 ……ぎゃああああああっ。あのセーエキまみれのシーツを見られたぁっ!? 紗那の言葉にとどめを刺されて、優也はよろよろとした足取りで寝室へと向かった。 衝撃を感じて目を覚ました。 「え……? なに? え……???」 「入れられるまで目覚めないとは。無防備だな、優也」 声はすぐ背後から聞こえた。腰がジンとしびれるような誠司の官能的な声だ。 優也はすぐに、現状が理解できなかった。 「え……? あっ! ああっ……!」 いきなりずんと奥まで突き上げられて、優也は嬌声をあげた。気が付けば服は剥かれて全裸にされ、後ろから誠司にのしかかられていた。今日の明け方まで誠司を呑み込んでいたソコに、再び誠司のイチモツが潜り込んでいる。 「やんっ。やっ……イヤっ。ひ、ひどい……俺、寝てたのに……」 優也はシーツをきつく握り締め、ぽろぽろと涙を流した。自分の意識のない間に犯されたことに、優也はショックを受けていた。 今日、体がツラクて学校に行けなかったのは、誠司の激しいセックスに付き合わされたためだ。体がだるくて、ベッドに横になっていたのは誠司のせいだ。 それなのに誠司はその優也を襲い、自分が眠っているあいだにムリヤリ男性器を挿入してきた。許せないと思った。 優也は深く傷ついていた。 ……ひどいっ。やっぱり誠司さん、俺のカラダだけが目当てなんだっ。 誠司が求めているのが自分の肉体だけだと感じて、優也は哀しくなってしまった。 哀しくて苦しくて、誠司に貫かれたまま優也は大粒の涙を零した。 「……うぇっ。ひぃっく……ひどい、誠司さん、ひどい……」 「……優也……?」 誠司は動きをピタリと止め、困惑した表情で優也の涙を手のひらでそっと拭った。 「どうして、そんなに泣く……?」 「うっ……ううっ……。だって誠司さん、俺のこと愛してないんだもん」 「ばかなことを。愛してないわけがないだろう?」 「だ、だって……。き、昨日もいっぱいやって、俺、体ツライのに……」 優也は誠司の腕の中で、しくしくと泣き続けた。昨夜はあんなに誠司の愛を感じたのに、今はそれが信じられなくて、むしょうに優也は寂しかった。 「優也、可愛くて綺麗な俺の恋人。愛してるよ。愛しているから、体を繋げたくなるんだ。それは不自然なことか?」 「でも……」 「夕飯の準備が出来たから起こしに来たんだ。だが、タオルケットにくるまってあどけない顔で眠る優也は可愛くて可愛くて。つい手を伸ばしてしまった。……それは罪なことか?」 「誠司さん……」 「そんなに泣かないでくれ。愛する優也に無体なことをしているようで、胸が苦しくなる。ただ愛したいだけなんだ。ひどいことをしたいわけじゃない」 「誠司さんっ」 「優也、たとえお前が俺の元から立ち去っても、何千年でも何万年でもお前の魂を追いかけていくよ。お前だけが、俺のただ一人の伴侶だ」 耳元に囁かれた恋人の熱い愛の言葉に、優也は頬を赤く染めた。 ……ウレシイ……。 誠司の言葉に反応して優也は先端からトロリと蜜を零した。後ろの蕾は柔らかく蕩けて、しっとりと誠司に絡みつく。 優也の変化に誠司はすぐに気が付き、小さな円を描くように腰を動かし、優也を軽く揺すった。優也はたまらず唇から甘い声を漏らした。恥ずかしいほど媚を含んだ、情欲に濡れた声だった。 「あっ。ま、待って……。まだ動かないで……」 「ダメだ。優也、限界だ。もう我慢できない。可愛すぎるお前が悪い」 「そうじゃなくて。後ろからだと誠司さんの顔がよく見えないから……前から、キテ……」 「優也……」 切羽詰ったような声で優也の名を呼び、誠司は一度、自身の昂ぶりを引き抜いてから今度は正面から勢いよく挿入してきた。 「ああんっ……!」 「優也、なんて悪い子なんだ。そんな可愛い仕種と言葉で俺を誘って。俺はますますお前の虜だ……」 「あっ! ……スゴ……イ……。あっ……あっ……」 「これ以上は愛せないと思っていたのに不思議なものだ。昨日よりも、もっと優也を愛してる……」 優也は再び眦から涙を流した。今度は喜びと悦楽による涙だった。 「誠司さん、好きっ……! 俺も、愛してる……!」 「可愛いよ、優也……」 誠司はうっとりと、優也の唇に唇を重ねた。深く口付け、甘い吐息ごと奪いながら、誠司は荒々しく腰を前後に動かした。誠司が中を擦っていく感触に優也は背を震わせながら、たまらなくなって誠司の体にしがみついた。 「……っ」 優也が先から白い体液を噴出し誠司の下腹を汚すと、誠司は優也の中から引き抜いて、優也の腹にめがけて発射させた。中で出されると後始末が面倒なので、優也はほっと息を吐いた。 「夕飯にするか。今日は鮭の塩焼きだそうだ」 「……うん」 言われて初めて、優也は自分が空腹だということに気が付いた。体はだるかったが、セックスした直後でそのまま下に降りていくのも恥ずかしかったので、優也はシャワーを浴びることにした。 誠司が壊したバスルームのドアは、すでに壊した張本人の手によって修復されている。しかし優也が二度と籠城できないように、鍵ははずされていた。 「シャワーが浴びたいのか? よし、体を洗ってやろう」 誠司は嬉々として優也の体を隅々まで磨き始めた。逆らう気力が残っていなかった優也は、羞恥に耐えながらも体を洗ってもらった。さらに髪の毛までドライヤーで乾かしてもらった。 細やかに誠司に面倒をみてもらうのは、悪くない気分だった。 「すまなかったな、優也。無茶をさせてしまって」 「ううん。俺、誠司さんのこと好きだから、無茶じゃないよ。……でも、俺が寝ている間ってのはやめろよ。すごくショックだった……」 「分かった。これから気をつける。……俺だったら、寝ている間に優也にナニされても構わないがな……」 誠司は口元に、いやらしい笑みを浮かべて言った。 「……誠司さん、今、なに考えてたの……?」 優也は眉根を寄せ、力いっぱい不審の眼差しを誠司に向けた。 「……知りたいか?」 「……いいっ! やっぱりいいっ! 知りたくないっ!!」 嫌な予感がして優也は首を激しく横に振った。 「遠慮するな」 誠司は嫌がる優也の体を後ろからがっちりと羽交い絞めして、耳元に卑猥な言葉を囁いた。耳を塞ぎたくてもままならず、優也はムリヤリ誠司の淫らな妄想を聞かされる。 「●☆※△×*□#〜〜っ!!!」 優也は声にならない悲鳴をあげ、顔を真っ赤にした。 「……というわけだ」 全部を話し終えてから、やっと誠司は優也の体を解放してくれた。 「せ、誠司さんの、すけべっ!! ばかぁぁぁぁっ!!!」 絶叫とともに、優也は誠司の頬を平手で殴りつけたのだった。 |