【アルカロイド -01-】
 
夕飯の席でのことである。
今日は珍しく天城家の大黒柱、天城誠司(あまぎせいじ)の帰りが早かったので、天城紗那(しゃな)と美樹原優也(みきはらゆうや)の三人は仲良く食事を一緒に採っていた。
紗那は誠司の娘で、もともとはこの家で二人で暮らしていた。そこに父親の再婚に反発して家出してきた優也が誠司に拾われ、すったもんだの末、三人で一緒に住むことになったのだ。
優也と誠司は現在恋人同士の関係にある。19の歳の差も性別の壁もぶっとばして、二人は現在恋愛道驀進中(ばくしんちゅう)である。優也は、誠司に会うまでは自分が性別を同じくする相手に惹かれるなんてこれっぽっちも思っていなかったが、何故か誠司には一目惚れしてしまった。
誠司も優也のことを愛しく思ってくれているらしく、とどのつまりは二人はラブラブの両想いなのだ。
紗那いわく「バカップル」。
……反論できないところが、ちょっと悲しい……。
「あんま二人ともヤりすぎないほうがいいぜ。ケツの穴がゆるくなっちゃうからさ」
なんの脈絡もなく、紗那が恐ろしいことを言い出した。思わず優也は口に含んでいたご飯を吹き出しそうになった。ちなみに今日のおかずは誠司の好きな茶碗蒸しに鯖の味噌和え。紗那に指導を受けながら、優也がほとんど一人で作った。自分が好きなのは洋食だが、誠司は和食のほうが好きなのだ。ゆえに食卓には和食が並ぶことが多い。
実家にいた頃は料理の「り」の字も知らなかった優也だが、愛するヒトのために料理をするのは楽しいことだと、最近では思っている。
「なんかさぁ、アナルセックスし過ぎると、入れられてるほうの括約筋がゆるゆるになっちゃって、垂れ流し状態になっちまうんだって」
……ゆるゆる……。た、垂れ流しって……。
紗那の露骨な言葉に、優也は顔を真っ赤にして俯いた。恥ずかしくて顔が上げられない。
……どうしてどうしてどうして、紗那はそんなこと知ってるんだよぉぉぉぉーっ。
……そもそもそれは、食事中の話題としてどうなんだよっ。
「そうか。それはまずいな」
大真面目な顔で紗那の言葉に反応したのは誠司だった。この娘あってこの父あり。優也と違って誠司に動揺した様子はまったくない。それどころかまんま真に受け、真剣な顔で悩んでいる。
「どれぐらいの頻度なら大丈夫なんだ? 週に一回なら平気か?」
「ううーん。そんなマニアック(?)な難しい質問をされてもなぁ……」
紗那は誠司の質問に難しい顔をした。
……ひーんっ。どうしてこの人たち、食事中に平然とこんなこと話せるんだよぅっ。
優也はちょっと涙目になっていた。紗那と誠司が紛れもなく親子であることを、優也ははっきりくっきり実感していた。
「フツーなら週一でもへーきそうだけど。オヤジのでけぇからな〜。月いっぺんぐらいで我慢しといたら?」
「月一回……」
誠司は呆然とした口調で呟いた。どうやら相当ショックを受けているらしい。
……ばかっ!! ばかばかばかばかばか―――ぁぁぁっ!!!
優也は内心絶叫した。この際どい会話が終わるまで、優也は顔を上げることが出来なかった。


「もううううっ! 誠司さんたら信じられないっ!!!」
寝室で二人きりになったとき、優也は誠司に憤りをぶつけた。
『初めて』のとき、優也はキス一つ経験したことがなかったのにもかかわらず、いきなり激しいセックスを誠司に覚えこまされた。しかしその後は誠司の仕事が忙しく、あれから一度も体を重ねていない。
まだまだ気持ちの上ではバージンに近い優也は、食事中に平気な顔で、アブナイ会話を続ける誠司たち親子の神経が信じられなかった。
……なんだよぅ。ヤりすぎるなもなにも、あれから誠司さん、ぜんぜん構ってくれないし……。テレビでよくやってるけど、刑事って仕事、ホントに忙しいんだ……。
過労で倒れてしまわないかと誠司の体のことが心配だし、なにより一緒にいられる時間が少ないのが悲しい。「転職してよっ!」と駄々を捏ねたい気持ちはやまやまだが、それはあまりにも幼稚すぎると分かっているので、何も言えない優也だった。
「優也……」
優也の怒りを宥めるように、軽く笑いながら誠司は優也の唇にそっと唇で触れた。怒っていた優也は最初は抗ったが、何度も口付けられているうちに徐々に意固地な心は蕩けていく。
「誠司さん……」
服の上から誠司の手が、優也の体を優しく撫でる。その感触が気持ちよくて、優也はうっとりと目を閉じる。
……ずっとこうして、抱きしめてくれていたらいいのに……。
誠司の腕の中は気持ちが良くて安心できる。このまま時間が止まればいいのになどと、乙女チックなことを考えてしまう。
「優也」
「ん。何……?」
優也は声に甘えをにじませて、潤んだ瞳で誠司を見上げた。恋人同士の持つ独特な艶っぽい雰囲気に、優也はすっかり酔っていた。
だが、誠司のほうは極めて即物的だった。
「しゃぶってくれ」
「……………………へ?」
「久々に優也の中で思う存分イきたいとは思っているが、あの話を聞いた後だからな。仕方がないから上の口でイかせてくれ」
「な、な、な………」
「大切な優也の肛門がゆるゆるになったら大変だからな。さあ優也、しゃぶってくれ」
誠司はズボンのファスナーを下げ、中から硬く立ち上がった大きくて立派なモノを取り出した。
つまり誠司は、優也の後ろの穴に入れる代わりに、口でしろと言っているのだ。
「……………………」
優也は絶句した。
一度しか男と経験のない優也が、舐めろといわれて男のイチモツを躊躇いなく口に咥えられるはずもない。
……ひぃぃぃぃんっ。もうやだぁっ。
「誠司さんの、誠司さんの……」
「優也?」
「ばかああああああああああああっ!!!!!」
優也は絶叫とともに、誠司の頬を力いっぱい平手で殴った。そしてそのまま紗那の部屋に逃げ込んだ。


あのまま部屋で二人きりでいたら、確実に優也は誠司に丸め込まれてしまうだろう。誠司はおそろしく強引で我儘な男なのだ。悪魔のように頭が切れて、なおかつ人間離れした体力を持っている。優也ごときがかなう相手ではない。
だがそれでも、誠司の言いなりになるのはシャクに触る。簡単な相手とは思われたくないのだ。
「紗那っ。今日は泊めて!!」
「別にいいけど。何? オヤジから俺に乗り換える気にでもなった?」
きっと優也と誠司の間に何があったのか、紗那は承知しているのだろう。パソコンに向かって何か作業をしていた紗那は、面白がるような表情をして優也のほうを振り返った。
「分かってるくせに。紗那の意地悪っ」
優也が軽く睨むと、紗那はくすりと大人っぽい顔で笑った。紗那は誠司とよく似た顔立ちをしているが、表情は紗那のほうが豊かだ。それに、誠司とは性別が異なるせいか、持っている雰囲気は柔らかい。
優也が好きなのは誠司だが、親しみを感じるのは紗那のほうだ。
「紗那、優也を引き取りに来たぞ」
「ぎゃああああっ。誠司さん、前しまえよ、前っ!!」
誠司は性器を剥き出しにしたまま優也を追ってきた。
「ううーん。さすがオヤジ。立派なもん付けてんなあ……」
「紗那、何ジロジロ見てるんだよっ!」
「ああ、わりぃ。コレ、優也のだもんな」
「ああそうだ。コレは優也専用だ」
ズボンの中にソレをしまいながら、誠司は胸を張って答えた。
「わーっ。何が俺専用のだよっ。知らないよ、ばかっ」
「優也は元気が良くて可愛いな……」
淫らな笑みを口元に浮かべ、誠司は優也の頬をぺろりと舐めた。
「あのさぁ、いくら俺が酔狂でも、親がセックスしてるとこまで見たいとは思わねぇんだけど。いちゃつくんなら自分たちの部屋に戻ったら?」
「い、いちゃつくって……」
「うむ。邪魔したな」
誠司は優也の体をあっさり拉致した。優也は猛烈に暴れたが、もちろん誠司が優也を逃すはずがない。じたばたと手足を動かす優也を、愛おしそうな瞳で見下ろし、ぎゅうっときつく抱きしめてきた。
「やだやだやだやだっ。紗那、助けてよっ」
呑気に傍観を決め込んでいる紗那に、優也は救いを求めた。女の子に救いを求めるのはみっともないなどと、自分の不利になるようなプライドの持ち方を優也はしていない。紗那に自分の父親の行動を止めてくれと優也は懇願した。もしここで紗那に見捨てられたら、優也は間違いなく口で誠司のアレを咥えさせられ、誠司が満足するまで奉仕させられるに違いない。
自分は一度誠司にしてもらっているし、いずれは……と思わないこともない。だが、まだまだそっち方向では未熟な優也にとって、男のモノを口に含むのは勇気のいることだった。
「お願い、紗那っ。助けて!」
「だってさ、オヤジ。優也泣いてるし。カワイイから許してあげれば?」
それを言うならカワイそうだから、ではないだろうか。しかし紗那が味方してくれる気になったらしいので、優也はほっとした。女の子に守られる自分を、優也は情けないとはこれっぽっちも思わない。結果がよければ全てがよいのだ。
「優也……どうして紗那に助けを求めるんだ? 一体何が不満なんだ?」
「不満に決まってんだろっ。あ、あんた、自分の欲望が満たせれば、俺のことなんてどうでもいいんだろ!」
「そんなことはないぞ。優也が俺のをしゃぶってくれたら、俺もお返しに、優也のペニスをしゃぶってやるつもりだった」
「ぎゃーっ。あからさまに下品なこと言うなっ。この部屋には一応、嫁入り前の娘がいるんだぞっ!」
「やっぱ、口でやらせようと思ったわけね。けどさ、優也のカワイイお口じゃあ、オヤジの咥えるの大変なんじゃねぇの?」
嫁入り前の娘は、誠司に負けないぐらい下品だった。
「そうか? だが、優也の下の口もそれはもう小さく愛らしかったが、上手に俺のを呑み込んだぞ」
「ひーんっ。ばかばかばかばかっ。誠司さんのばかーっ。どうしてそういう恥ずかしいことへーきで言うんだよ! しかも、実の娘の前で!!」
「でもほら、奥行きの問題もあるし。ま、とりあえず今日は、フェラチオはカンベンしてやったら? スマタぐらいで満足しといてやれよ」
「それも悪くないな」
「? スマタって??」
聞き慣れない言葉に優也はきょとんとした顔をした。顔に力いっぱい疑問の色を浮かべていると、誠司が嫌がらせのように細かく説明してくれた。
優也は顔を真っ赤にして、涙目で誠司を睨んだ。
「うううううっ。どうしてそんなことばっか言って、俺のこと苛めるんだよ……」
「苛めるだなんて……。こんなに愛してるのに」
その愛情表現が問題だとは、誠司はこれっぽっちも気が付いていなかった。タイヘンな人を好きになってしまったと、優也はこれからの人生の多難さについて考えてみた。
「ここんとこ、オヤジ、帰りが遅くてあんま優也のこと構ってやってなかったしな。釣った魚に餌をやんないって態度、俺はどうかと思うぜ?」
「言われてみれば『初夜』を迎えた日から、仕事が忙しくて新婚だというのになかなか優也といちゃつくことができなかった……」
「そりゃまずいよ。家庭より仕事が大事とかやってると、オクサン浮気しちゃうぜ」
「浮気か。それは困るな。俺は嫉妬深い男だからな。浮気などされた日には、つい我を忘れて浮気相手を瀕死状態ぐらいにはしてしまいそうだ」
……半殺しを通り過ぎて、瀕死状態なのか……。
誠司なら本気で淡々と実行に移しそうで、優也は怖いと思った。しかしその反面、自分に対して独占欲を抱いてくれている誠司の気持ちがちょっと嬉しい。
……ヤバイ。俺、結構ハマってるみたい。
「じゃあしっかり可愛がってやんないとな」
「これから今までの分も、まとめてしっかり可愛がってやるぞ、優也。甲斐性なしの夫と思われたくないしな」
……誰が誰の夫だよ。それになんか、ここに駆け込む前より、誠司さん、やる気になってないか???
誠司にいらんことを吹き込みまくっている紗那を、優也は軽く睨んだ。考えてみればすべての元凶は紗那だった。
「ま、口でやらずにすんでよかったじゃん」
紗那は軽く肩をすくめて言った。優也はちょっと悩み、スマタというなにやらマニアックなことをさせられそうではあるが、口でやらされるよりマシだという結論に達した。
「紗那、ありがとう」
一応は紗那にお礼を言って、誠司と手を繋いで優也は寝室へと戻った。優也だって別に、誠司とえっちなことをするのは嫌いじゃないのだ。ヘンなことを強要されない限りは。恐ろしい男に惚れてしまったと、そっとため息をつく優也だった。


「ん……やっ。ダメ……もう許して……」
手本を示してやるなどとわけの分からないことを言われ、立て続けに誠司の口の中で二回イかされた。その後も放してもらえず、誠司は今もなお優也の中心を咥えこんでいる。
「ヤダ。お願い……俺、気が狂っちゃうよ…許して……」
誠司に性器を舐められながら、優也はしくしくと泣き出した。こんなことなら最初から大人しく誠司のモノをしゃぶったほうがマシだったかもしれない。一方的に愛撫され、気持ち良過ぎて辛過ぎた。
大きすぎる快感は優也にとっては毒だ。
「お願い、お願い。何でもするから……」
優也が泣きながら懇願すると、名残惜しげに優也のモノをぺろりと舐めてから、誠司はやっと解放してくれた。
「優也、四つん這いになれ」
「…………はい」
溢れる涙を拭いながら、優也は言われた体勢をとる。誠司は後ろから覆いかぶさり、優也の内股に勃起したソレを押し付けてきた。誠司の固い欲望が触れているのを太ももに感じて、優也は胸をドキドキさせた。自分の体に誠司が欲情してくれるのが、優也は嬉しくてたまらない。
「足を閉じてくれ」
「…………うん」
誠司を太ももの間に挟みこみながら、なるほど、これがスマタというものかと優也は感心していた。誠司は右手で優也の前を刺激しながら、激しく腰を使い、自身の昂ぶりを優也の体に擦り付ける。
「……え? 何?」
ぬるい快感に浸っていたら、いきなり仰向けにされた。目前には誠司のアレがあった。何か生暖かい液が優也の顔にかかった。
……ナニコレ?
顔にかけられたものを手で拭って見てみた。
独特の色と匂い。間違いなくそれは精液だ。
誠司は最後にイク瞬間、優也の顔めがけて射精したのだ。
「〜〜〜〜〜」
優也は顔をひきつらせた。
「可愛いよ、優也……」
自分の精液がかかった優也の顔をうっとりと見ながら、誠司は満足げに呟いた。優也の顔を見て興奮したのか誠司のモノは再び熱を持ち始めている。だが、優也のほうはそれとは逆に、ショックのあまり平常の状態に戻ってしまっていた。
……かけられた、かけられた、かけられた……。誠司さんのセーエキを、顔にかけられた……。
……こ、これってひょっとして、ガンシャとか言うヤツでは……。
……がーん。がーん。がーん。がーん。
「うぇぇぇんっ。誠司さんたら、ひどいっ。なんで顔にかけるんだよぅっ」
「すまない。つい……」
すまないといいつつ、誠司がこれっぽっちもすまないと思っていないことは優也にも分かった。
「俺は三十六年間ずっと自分は自制心の強い人間だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい」
誠司はちょっと困った口調で言いながら、優也の裸の体をぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。抱きしめながらもさわさわといやらしい手つきで優也の全身をまさぐっている。
「ああ、優也! どうしてお前はそんなにどこもかしこも可愛いんだ!」
「ちょ、ちょっと誠司さん、落ち着いて……」
鬼気迫る様子の誠司に優也はちょっと怯えた。
「可愛くて可愛くて可愛くて、いろんなえっちなポーズやイヤラシイことをさせたくてたまらんっ! 優也、変態な俺を許してくれ!」
「許すも何も、誠司さんがヘンタイでタイヘンな人だってことはとっくに分かってるし……」
優也の言葉に、誠司は複雑な顔をした。
「あの、さぁ。変態っぽいことでも、誠司さんが喜んでくれるんなら俺頑張るし。……でも、ゆっくり、ね? 急にはいろんなこと出来ないし……」
頬を染めながら、優也は自分から誠司の唇に軽くキスをした。
「変態でも変質者でも、誠司さんが誠司さんならちゃんと好きだよ?」
「優也……」
誠司はそれはもう嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。誠司の笑顔に優也の胸はきゅぅんと痛む。
……どうして俺って、こんなにこの人のことが好きなんだろう……。
どうしよう。もっと喜ばせたくなってしまう。
優也は顔を真っ赤にしながら、誠司の耳元に小さな声で呟いた。
「ゆるゆるになってもいいから……。お願い、誠司さんの……挿れて? 誠司さんが…欲しいの……」
優也のこの一言が、誠司を無駄に張り切らせてしまったのは言うまでもない。一匹の性悪なケダモノに、お姫様は朝まで犯され続けたのだった。


このごろまともな仕事がない。
以前はごく普通に人間を相手にしていたのだが、この頃は人外の生き物を相手にすることが多い。淡々と一匹ずつ仕留めながら、紗那はこっそり溜息をつく。どうやら成果を上げすぎてしまったらしい。結果を出しているからこそ、この危険極まりない仕事が回ってくるということに、自分は喜ぶべきなのかも知れないが。紗那でなければ、きっとこの仕事は完遂できない。上司の期待に応えられるのは自分だけなのだ。
もっとも相手が人間だろうが化け物だろうが、一向に構わないといえば構わないのだが。自分の中にどんよりと凝(こご)っている、この危険な力を解放できるなら。
「なぜ、お前がそんな力を持っているの……? ただの人間のくせに!」
どうやら最後の一匹は、他の倒したやつらと比べて知性というものがあるらしい。話しかけられるとは思わなかったので紗那は少しだけ驚く。
よく見ると、巨大な鳥の体の首から上は、女性の顔に似ていないこともない。目や鼻や口の位置さえ明確でないわけの分からない他のやつらよりも、まだまっとうな形をしているような気もする。何を基準にまっとうといっていいのかも謎だが。
「お前、何者なの? 人間なんて、私たちの餌じゃない! なんでそんな力があるのよ!」
鳥のような女のような生き物は、緑色の翼を広げて、恐怖と怒りがない交ぜになった表情で紗那に襲い掛かってきた。
大雑把かつとろくさい相手の攻撃を紗那はあっさりとかわし、手にした輝く剣でざっくりと相手の体を斬りつけた。敵の命を奪うことに微塵の迷いもない。老練な戦士の太刀筋だった。
「……何……? お前、人間じゃ……ない……」
「……うるせぇよ。俺があんたより強いから勝った。ただそれだけだろ」
紗那はこときれた敵の体を冷ややかに見下ろす。いつの間にか紗那の手から、光る剣は消え失せている。あれは紗那の気によって作られた剣だ。たしかに普通の人間には、自分の意志の力で武器を出現させることなど出来ないだろうが……。
……人間じゃない? だったら何者だっていうんだよ。
苛立ちをぶつけるように、紗那は敵の体をどかりと蹴りつけた。人間じゃないなどと、化け物ごときに言われる筋合いはない。そもそも紗那が人間でないとしたら、紗那の百倍以上の強さを誇る誠司もまた、確実に人間でないということになる。
「ま、あの絶倫ぶりは、人間離れしてっけどよ」
あれから優也は、朝まで誠司にやられまくっていたらしい。誠司はけろりとしていたが、優也は腰をおさえながらよろよろと歩いていた。寝不足で目が充血していて、可哀相なのだがぼんやりとした様子は愛らしかった。
あの細い体でよく誠司のモノを受け入れることが出来るものだと感心しながら、二人が裸で絡み合っている姿を想像して紗那は気分を悪くした。
……すんげぇ、苛々する。なんでだ??
綺麗で可愛い優也。姿かたちだけでなく、性格も素直で優しく好感が持てる。流されやすいかと思えば意外に気が強く、現役の高校生らしく元気で溌剌としていて、誠司が可愛がる気持ちもよく分かる。
誠司を惹きつけておけるだけの魅力を備えた人間であると、認めることはやぶさかではない。
なのに、イラつく。
仲睦まじく微笑みあっている優也と誠司の姿を見ると、胸の奥からどんよりとした割り切れない気持ちが湧き上がってくる。
最初のうちは、紗那は二人の仲を応援していた。面白かったからだ。父親の珍しい行動を見るのが楽しくてたまらなかった。
なのにこの頃、目の前でいちゃついている能天気な二人の姿を見つめていると、無性に暴れだしたくなる瞬間がある。あまりにも優也にメロメロな誠司の姿を見ていると、ふぅっと力が抜けていくような気がする。
「俺ってひょっとして、めちゃめちゃファザコンじゃねぇ?」
今までほとんど独占していた父親を、優也に奪われたようでむかつくのだろう。
優也には、恋愛に関してはお互い干渉し合わないとか、自主性を重んじる家族なんだとか言っていたが、今まで誠司がこれほどいれ込んだ相手はいなかった。紗那のほうでも、誠司以上に大切に想えた相手などいなかった。せいぜいが三つ子の姉の恵那ぐらいだ。
「あー。俺ってなんかガキくせぇ。みっともねぇ……」
もう一方の可能性についても考えてみる。自分が優也に惹かれていて、だから優也と誠司のラブラブなようすに腹を立てているとか。
「……そっちのほうがよっぽどイヤだな。あのオヤジと恋愛バトル? じょーだんじゃねぇっつーの。それこそ絶望的ジャン?」
くしゃくしゃと、自分の長い髪を紗那は掻き乱した。ハンサムという形容詞がよく似合い、これっぽっちも女に見えない自分が少しでも女に見えるようにと髪を伸ばしたものの、無駄な努力だった。
かえって男前が増したぐらいである。艶やかな長い髪と誠司とよく似た端正な顔立ちは周りの目を惹きつけ、街を歩けば逆ナンの嵐である。
カワイイ女の子は嫌いじゃないが、ちょっとカンベンして欲しいと思う紗那だった。
「……連絡しよっと」
紗那は任務が終了したことを事務所に報告した。
「怪我? ない。大丈夫。一応、ここいら一帯閉鎖してっけど、民間人に見つかる前に回収しに来てよ。異世界からのお客サンっぽいからさ、見つかるとやばいっしょ?」
携帯電話を切ったあと、紗那は自分の姿を見下ろした。黒い服を着てきたので、返り血は思ったより目立っていない。しかしこの血の臭いは誤魔化せそうもない。事務所に帰るか家に帰るか紗那は悩んだ。
今日はおそらく、これ以上は仕事はないだろう。ならば直帰してもいいはずだ。それにここからなら家のほうが近い。
「優也も、この時間ならまだ学校にいるはずだしな」
優也は反対するかもしれないが、家を出て一人暮らしをしようかと紗那は思った。家を出て誠司という相手を見つけ、優也は完全に親から独り立ちしている。それにあやかろうと紗那は思った。
「……俺も、恋人でも作ろうかな……」
恋人という言葉から連想して、ある男の顔が心に浮かんだ。紗那を恋人にしたいという、おそろしく奇特な男の顔だ。女からはもてるが、紗那は男からもてたことはほとんどない。戸籍上は女ではあるが、外見は男にしか見えないのだから無理もない。
しかし数年前から、熱烈に自分に言い寄る男がいた。
「あいつ、ホモってわけでもねぇのになぁ……」
紗那は首を傾げる。
残念ながら、紗那のほうには友情以上の気持ちはない。イイヤツだとは思うが、恋人同士がするアレコレを想像すると気分が悪くてしようがない。どうやら紗那は、男との性交渉に嫌悪感を抱く性質らしい。
女と付き合ったこともあるがどうもしっくりこなかったので、別にレズというわけでもなさそうだが。
「……そう考えると、優也って俺好み? あんま男っぽい外見じゃねぇしな……」
しかしだからと言って、誠司相手に争うのは、絶対にぜーったいに遠慮したい。
ヤバイ、ヤバイと口中で呟きながら紗那は帰宅した。
 
 
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