【友情と愛情について -03-】
 
連れてこられたのは誠司が言っていたとおり、夜景の綺麗な海辺の公園だった。潮風が寒くて震えていると、上着を脱いで優也に着せ掛けてくれた。上着に残っていたぬくもりに少しだけ優也は安堵する。
ありがとうと礼を言うと、誠司は口元を緩めて微かに笑った。大人だなあと優也は思う。立派な成人した男である誠司が、自分のような子供を本気で相手にしているとは考えられない。そもそも誠司は、最初に出会ったときにバイでもなければホモでもないと、はっきり口にしている。女の子に間違われることはしょっちゅうだが、それでも一応優也は男なわけで。ならば、キスしたいと言ったのもきっと冗談だったに違いない。
緊張していた自分が急にばかばかしくなり、優也はほっとする反面、ほんの少しだけがっかりしていた。
優也は溜息をつき、柵から身を乗り出して夜の海を眺めた。真っ暗な海はなんだか恐ろしく、寄せては返る白い波は神秘的で、なんとなく優也は目が離せないでいた。
「落ちるぞ」
「落ちないよ」
子供に言い聞かせるような誠司の口調に、むっとして優也は言い返した。後ろで誠司が笑った気配(けはい)がして、優也はますますむっとした。
「……あ」
急に上体を引き上げられたかと思うと、すっぽりと後ろから誠司に抱き締められていた。背中の温かい感触に、一瞬優也は陶然(とうぜん)となる。
「キスしていいか?」
顎を持ち上げられ、顔を上向けられた。覆い被さるように誠司の顔が降りてくる。今度こそ優也は逃げられない。どうすればいいか分からずただばかみたいに誠司の顔を見つめていたが、触れる寸前に優也は観念したように目を閉じた。
だが、いくら待っても唇に何かが触れる感触がない。
……?
疑問に思って目をあけると、ガラの悪そうな少年たちが、優也たちを囲んでいた。不穏な空気に怯えて優也は誠司にしがみついた。
「ひょっとしてあんたらエンコウってやつぅ?」
「なーなー、オトコマエのオジサン。俺らのことも援助してくんねぇ?」
「彼女もそんなオジサンと遊んでないでさあ、俺らと遊ぼうぜ」
これはひょっとして、カツアゲというヤツだろうか?
彼らの人数を数えてみると5人いた。皆、にやにやと口元に感じの悪い笑みを浮かべている。
「彼女、ちょービジンじゃん?」
少年は下卑た笑みを浮かべ、優也の顔を覗き込んだ。優也の性別を勘違いしていることは明白だったがそれを訂正する気にはなれない。慣れない暴力的な空気が恐ろしくて、優也は誠司の腕の中でかたかたと震えていた。
「ねぇ、彼女ぉ。そんな怯えないでよ。俺ら仲良くしたいだけだからさ」
「オジサン、怪我したくなかったら有り金全部と彼女置いてってよ」
……ど、どうしよう……。
相手は5人だ。それに対してこちらは2人で、人数的に、どう考えても不利だ。
自分を見捨てて逃げてしまったりしないだろうか?
まさかと思いつつ、優也は不安になって誠司の顔を見上げる。誠司の顔にはとくに何の感情も浮かんでいない。こんな状況でも誠司は冷静だった。


「ふぅん? オジサンは彼女にイイトコ見せたいってわけ? でも、賢くねぇよな」
「俺らこの前も、オジサンみたいなかっこつけヤローを半殺しにしちゃったし」
「あんときゃ連れの女がブスだったから、金だけ取ってオシマイだったけどな」
面白い話題でもないだろうに、少年たちはげらげらと下品に笑った。他人を傷つけたことを自慢げに語る彼らが、優也には理解できなかった。
「ここに十万ある。今回も、金だけで満足してくれないか」
「ひゃー。オジサマったらお金持ち〜」
少年の一人が誠司の差し出した万冊の束を、素早い手付きで奪い取った。戦利品が予想以上に多かったことを彼らは喜んだ。
「でも、俺ら彼女気に入っちゃったから、オジサン一人で帰ってよ」
赤く髪を染めた少年が、怯える優也に手を伸ばしてきた。
……ひぃぃぃぃっ。
優也は半泣きだった。
「では、仕方ないな」
誠司は、優也に触れようとした少年の手を払い落とした。そして間髪(かんぱつ)いれず、拳(こぶし)を少年の顔面に叩きつけた。
「優也、怖ければ目を瞑っていろ」
優也から身を離すと、誠司は少年たちが行動を起こす前に彼らに襲い掛かった。獰猛な獅子が牙を剥いた瞬間だ。
それこそ子供と大人の喧嘩のようだった。勝負はあっけなくついた。
少年たちの拳や蹴りは、誠司にかすりさえしなかった。誠司は軽々と彼らの攻撃を避け、無駄のない動きで次々と敵を地面に沈めていく。
……全然、格が違う……。
優也は気がついていた。誠司はさっきから右手一本しか使っていない。ハンディのつもりだろうか。だがそのハンディも十分ではなかったようだ。少年たちはまったく誠司に歯が立たなかった。
最後の一人を叩きのめした後、誠司は携帯を取り出し電話をかけた。
「俺だ。カップルを狙って強盗を繰り返す少年グループを捕まえたぞ。すぐに来い」
それを聞いて、すうっと優也の全身から血の気が引いた。最初からこれが目的だったのだ。
……俺って、奴らを捕まえるための囮(おとり)だったんだ……。
優也だって、怖いと思いつつも理不尽に暴力を振るう彼らを許せないと思った。囮役に本物の女性を使えば危険だから、優也を囮として使ったのも理解できる。
でも、傷付いた。誠司に利用されただけだと知って辛かった。
「どうした、優也。怪我でもしたのか?」
誠司は慌てたような顔をしていた。誠司でもこんな顔が出来るんだと、優也はぼんやりと眺めていた。
「……怪我、なんて、してない……」
体には傷一つ負っていない。誠司が守ってくれたから。
けれど心は痛かった。死んでしまいそうだった。
「だったらどうして泣いている?」
誠司に言われて、優也は初めて自分が泣いていることに気がついた。気がついても涙を止めようがなく、手の平で顔を覆って俯き、静かに泣き続けた。
「うっ……くっ……」
歯を食いしばっても嗚咽が漏れる。頭に誠司の暖かい手が乗せられた。
「すまん、怖い思いをさせたな」
誠司の逞しい胸の中に抱きこまれる。その腕の中が温かければ温かいほど、優也の心は冷えていく。
……違う。俺が泣いてるのは、怖かったからじゃない。
胸が苦しくて満足に呼吸さえできない。ばらばらに心が壊れてしまいそうだった。
……俺は、この人が、好きなんだ。
哀しい気持で、優也は恋を自覚したのだった……。


「なあオヤジ。三日前、優也となんかあったのか? あいつ、なんか元気ねぇんだけど」
「そうか……」
様子がおかしいといえば、誠司の様子もまた変だった。ぺたぺたと書類に判子を押し続ける誠司の横顔を、紗那はじっと眺めた。いつも通り飄々とした表情をしているが、生まれたときからの付き合いである紗那には、誠司が落ち込んでいるのが分かった。感情の起伏がほとんどない誠司にしては極めて珍しいことだ。
「頼まれてた書類、持って来たぜ」
「ああ。手間かけさせて悪かったな。助かった」
自宅に忘れた仕事で使う書類を、紗那が連絡を受けて慌てて届けに来たのだった。自分の父親のらしくない失態に、紗那は思わずにんまりしてしまう。
……面白すぎる……。
八年前、奥サンに逃げられても眉一つ動かさなかった男が。紗那が中学時代、むかつく上級生の男子を半殺しにして少年院送りになりかけたときも冷静さを失わなかった男が。近所の兄ちゃんがハンドル操作を誤り、玄関にバイクごと突っ込んできたときも顔色一つ変えなかった男が。仕事中の事故で自分の体に十二針も縫うほどの大怪我を負っても平然としていた男が。
なんと、たった一人の少年のためだけに、翻弄されているのだ。
……恋は魔法だよな。どうやら本気だったらしい。
密かに疑っていたのだが、どうやら自分の父も人の子だったのだと紗那は深く納得した。まったくこの父のつかみ所の無い性格と比べれば、紗那の、戸籍上の性別とそぐわぬ態度や容姿も、ほんの少しだけ風変わりな個性なのだと思える。
何事にも動じぬ父がいたからこそ、紗那も社会から爪弾きにならずに済んでいる。明らかに異質な存在である自分が、父の庇護のもとで、まっとうな暮らしを手に入れている。
もし、ごく普通の一般家庭で育てられていたら、自分はさぞかし窮屈な思いをしたことだろう。遠からずその家を出て、たった独りで生きていくことになったに違いない。家族のぬくもりを知ることなど無かっただろう。
母親はともかく父親には恵まれたと、自分の運のよさを紗那は喜んでいた。
「何があったんだよ?」
100%の好奇心から紗那は聞いた。力一杯、この状況を楽しんでいた。
「どうやら怖がらせてしまったようだ」
「何? 強姦でもしたのか? 未遂? 完遂?」
「いや。……お前、自分の父親をなんだと思っているんだ?」
誠司は苦笑した。
「正直言って、かなり困っている。十九も年下の相手をどうやって口説けばいいのか」
ちっとも困ってなさそうな顔で誠司は言った。だが紗那には、誠司が本当に困っているということが分かった。親子だからこそである。
「ふうん? で、何があったのさ?」
「キスをしようと車に乗って、海辺の公園に行ったら不良どもに絡まれてな。仕方ないからこてんぱに叩きのめしてやったら、怖がられて泣かれてしまった」
恐ろしく強いため、一部では『悪魔』と呼ばれている男の悄然(しょうぜん)とした姿は、同情よりも笑いを誘った。
紗那は心の中で大爆笑していた。
「じゃあ結局、キス一つ出来なかったのかよ。そもそも、なんでわざわざ海まで行くんだ?」
「優也が波の音を聞きながら、キスをしたいと言ったからだ」
「はあ? んじゃ、波の音が録音されたCDでも買っていったら? 癒し系っつって、そーゆーのよく売ってるじゃん」
「うむ。名案だ」
誠司は鷹揚(おうよう)に頷いた。早速CDを買って帰る気らしい。
「俺、仕事で明日から三日間出張だからさ。家に優也と二人っきりだし、頑張って口説きなよ」
「そういえばそうだったな。お前のことだから心配ないとは思うが、怪我しないようにな」
父親から与えられた信頼の言葉に、紗那は少し照れくさい顔をした。無条件で自分を受け入れてくれる存在というのは有難い。優也のことを笑えないぐらい、実は紗那は、結構なファザコンだった。
「んじゃ、先、家に帰ってるわ。今日の夕飯は優也と一緒にオムライス作んの。なるべく早く帰って来てねー」
「ああ」
しかし残念ながら、この日誠司が帰宅したのは真夜中で、優也と紗那は寝た後だった。誠司からの帰りが遅くなるという電話を受けた優也は、がっかりした顔をしていた。
……優也もひょっとして脈アリか?
寂しそうな優也の姿を眺めながら、紗那はますますにんまりしたのだった。


「家、帰ろうかな……」
掃除もした。洗濯もした。不慣れな仕事は恐ろしく時間がかかったが、それでも一日中家にいる優也はやるべきことを全てやってしまい、暇を持て余していた。シーツを換えたばかりのベッドに優也はごろりと横になった。頬にあたるひんやりとした感触を気持ち良いと感じながら、軽く目を瞑って優也はため息をついた。
紗那は一昨日(おととい)から出張に出かけている。てっきり学生だと思っていたので驚いた。大学生か専門学生だと思い込んでいた。平日も休んでいたから、自分と同じで紗那も春休みの最中だと思っていたのだ。
「優也、俺、明日から出張だから」
「…え?」
誠司から遅くなるという連絡が入ったので、優也と紗那は二人きりで夕飯を食べ始めた。その食事の最中、紗那が突然切り出したのだった。
「ちょっと仕事で大阪に。三日間ばかしな」
「出張って……。紗那、社会人だったの?」
「そ。社会人。中学卒業後は進学しないで、ずーっと働いてたのさ」
「…そうなんだ」
紗那が実年齢よりも、はるかに大人びている理由が分かった気がした。周囲に流され、深く考えもせず進学を考えている優也とは大違いだ。紗那はすでに自分の生き方を定め、堂々とその道を歩んでいるのだ。
比べても仕方がないと思いつつ、自らの不甲斐なさを思って優也は軽く落ち込んだ。
「一応、受験生だし…。いい加減、家に帰ったほうがいいんだよね…」
面差しが死んだ母そっくりの自分を、父は溺愛してくれた。二人だけの家族だったし、優也も父が大好きだった。ずっとこのままの二人きりの生活が続くものだと信じていた。
だから父に再婚したい相手がいると知らされたとき、ショックだった。裏切られた思いがした。母への愛情が薄れて父が他の女性を選ぶのなら、自分のことはもういらない存在なのかと哀しくなった。
今まで、父の世界の中心には優也がいた。それがこれからは、あの人を中心に、父の世界は廻っていくのだ。理性では父を祝福しようと思いつつ、感情がついていかなかった。
だがここ数日間で、優也の気持ちも変わってきた。昨日、家に電話してみたら、ワンコール鳴り終わる前に父が出た。受話器の向こうで父は泣いていた。手紙も置いてきたし留守電にもメッセージを入れておいたものの、優也のことが心配で仕方なかったらしい。
優也が嫌なら、再婚を諦めるとまで言ってくれた。嬉しかった。父はまだ、自分を息子として愛してくれている。目が覚める思いがした。どうして一時でも、父の愛情を疑ったりしたのだろう。また二人きりの生活に戻れるかと思うと心が揺れた。
けれど優也は、自分のために、あの人と別れないでと父に告げた。きっと再婚を心から祝えるようになるから、もう少し時間が欲しいと。
だって、優也は知ってしまった。誰かに心を奪われるということを。誰かに恋をするということを。
苦しくて愛しくて、たまらない。傍にいると落ち着かなくて疲れるのに、ずっと離れず傍にいたい。ほんの少し触れ合うだけで、胸は高鳴りぞっとするほどの幸福感が駆け抜ける。恋しい人が自分のものになってくれるのなら、命だって惜しくない。
父もあの人に対して同じ思いを抱いているなら、仕方ないと優也は思う。認めるしかないと思うのだ。優也の世界だって、今では誠司を中心に廻っている。もう少し時間が欲しいといったのは、心の整理がついていないというより、誠司の傍を離れたくないだけだという気もする。
「あ〜あ。俺ってバカかも」
ずっと同じベッドに寝ているのに、誠司はそういう意味で優也に触れてくることは決してない。誠司が寝返りを打ち、ギシリとベッドが軋むたびに期待して、体を緊張で強ばらせる自分が嫌になる。己の浅ましさが恥ずかしくて、優也は何度も泣きそうになった。
愛人なんて嘘だった。それはこの前、思い知ったばかりだった。海で誠司に抱きしめられたことを思い出し、またあんなふうに抱かれたいと優也は思う。しかしそれはもう二度とないことだ。誠司はゲイでもバイでもない。自分は誠司にとって、恋愛の対象とはなり得ないのだ。誠司はたんに、気紛れで家出少年を拾ったに過ぎない。
指の先に紙袋が触れた。紗那からの贈り物だ。なんでも男同士でエッチをするときの必需品だとかで、中にはコンドームとラブローションが入っていた。紗那は一体どんな顔をしてこれを買ってきたのだろうか。激しく疑問だった。
どこでそんな知識を身につけてくるのか謎だが、ご丁寧にも逐一、男同士でヤル方法も教えてくれた。赤くなりながらも優也はしっかり聞き入ってしまった。男同士の場合、後ろの穴を使って繋がるらしい。実際、アナルセックスをしていないゲイのカップルも珍しくないらしいが。
……どーしてそんなに詳しいかなぁ?
当たり前だが、紗那は絶対にホモにはなれない。それなのにこんなに詳しいことが、優也には不思議だった。
「紗那のバカっ。こんなのくれたって、使うわけないじゃん」
どうせなら、その気のない相手をその気にさせるテクニックを、教えてくれれば良かったのにと優也は思ったのだった。


……波の音? 海……?
波の音に誘われて、優也はうっすらと目を開けた。目に入ってきたのは白い天井だった。
……ここ、どこ?
波の音が聞こえるのに海じゃない。優也は混乱した。寝起きの頭は、すぐに正確には働かない。
「……えっと……?」
「お姫様は、ようやくお目覚めのようだな」
「……っ!」
優也は一気に目が覚めた。どうやら自分は、あれからぐっすり寝入ってしまったらしい。ベッドサイドの時計を見ると、時計の針は夜の8時半を指していた。
今日は珍しく誠司の帰りが早い。昨日も一昨日も誠司が帰ってきたのは日付が変わってからで、刑事の仕事は大変なのだと感心しつつ、優也は寂しい思いをしていたのだった。
「ごめん! 夕飯のしたく、まだしてない!」
優也は慌ててベッドから降りようとした。簡単なものしか作れないが、居候の自分が出来ることといえばこんなことしかない。紗那がいない間ぐらい、家の中のことはしっかりやりたい。
「待て、優也。夕飯なら後でファミレスにでも行こう。それより話がある」
「話?」
ひょっとして、誠司は優也に家に帰れと言うつもりだろうか。家出人を保護することに飽きたのだろうか。
優也は身構えた。
そもそも誠司が優也を家に連れ帰ったのは、仕事の延長のようなつもりだったのだ。遅まきながら優也はその事実に気が付いた。
善良な一般市民が家出人を見つけたら、普通は警察に通報する。警察は親に連絡して、そこで家出はジ・エンドだ。
優也は善良な一般市民ではなく、刑事である誠司に発見された。誠司は優也から、家への連絡先を聞き出そうとはしなかった。だが、この家の電話を借りて自宅に電話したので、優也の家への連絡先はとっくにばれているのだろう。紗那が優也に、家に電話を入れておけと言ったのは、案外、誠司に言い含められてのことなのかもしれない。
いつまでもこの家にいられないことは分かっている。だが、自分はこんなにも離れがたいと思っているのに、誠司が自分のことなどなんとも思っていないのが悔しい。
涙が零れ落ちそうになり、優也は慌てて瞬きした。
「そんな顔で見るな。……俺の理性を試しているのか?」
誠司はくすりと笑い、優也の頬を指先で撫でた。自分は今、どんな顔をしているのだろう。優也は思わず誠司の顔をじっと見つめた。
「ものは相談だが、波の音だけで我慢してくれないか?」
「……はぁ?」
何を我慢しろというのか。優也には誠司が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。
「キスしていいか?」
「えええっ?」
「否と言うなよ。この前は邪魔が入ったからな」
この前というとひょっとして、キスをしに海辺に出かけたら不良たちに絡まれた日のことを言っているのだろうか。しかしあれは、たんに誠司が優也をからかっただけで、本当は優也を囮に彼らを捕まえることが目的だったはずだが……。
……邪魔?
「……あいつら捕まえるのが目的じゃなかったの?」
「あいつら?」
「えっと、だから……」
「あのときは怖がらせてすまなかった。怯えて泣く優也の姿を見て、胸が痛んだ」
「あ、あれは……」
怖くて泣いていたわけではない。そう言い訳するより前に、優也は軽く肩を押されてベッドの上に押し倒される。上から誠司にのしかかられて、優也は慌てた。
「優也、目を瞑れ。波の音だけ聞いていろ」
「でもっ……」
「愛してる」
「……っ!」
真摯な、愛の告白。優也が望んでいた言葉だ。
もう、逆らう理由はなかった。
誠司の一言で、優也の迷いは吹っ飛んだ。優也はどきどきしながら目を閉じた。
あのときとは違って、すぐに誠司の唇が降りてきた。
……あ。柔らかい……。
思ったよりも誠司の唇の感触は柔らかかった。角度を変えて、数回口付けられる。唇が離れていった瞬間、目を開くと、誠司が優しい瞳で自分を見下ろしていた。優しいだけでなく熱の孕んだ瞳に、優也はくらりとする。
再び誠司の唇がゆっくりと降りてくる。それに合わせて優也も目を閉じる。
「んっ……」
今度は触れるだけではない、官能的な口付けだ。誠司の舌が優也の口中に侵入してくる。唾液が混ざり合う。歯茎の裏を舌先でなぞられ、優也の背にぞくっと甘い快感が走った。
たまらなくなって優也は誠司の首にしがみつく。そして今度は自分から、そっと誠司の中に自分の舌を忍び込ませた。
「あっ……」
ずきりと下半身が熱く脈打つ。キスだけで優也は興奮していた。それは誠司も同様のようで、太ももに硬いモノを押し付けられるのを感じて、優也は顔をますます赤く染めた。
「……?」
突然終わったキスに驚いて目を開けると、誠司は枕元にあった紙袋の中身を覗き込んでいた。
「ずいぶんと用意が良いな」
「ち、ちがっ。そ、それは、紗那がっ!」
これではまるで、優也が誠司としたくて準備をしていたようではないか。優也は慌てて言い訳した。
「紗那が? 我が娘ながら気が利いているな」
誠司は使う気満々で、中から愛し合うための道具を取り出していた。
「せ、誠司さん……」
ついさっきファーストキスを経験したばかりだというのに、どうやら誠司はその先まで進む気らしい。優也は不安そうに誠司の名を呼んだ。
「優也、ロスト・バージンをするシチュエーションに、何か希望でもあるか?」
「希望って……」
希望も何も、童貞を失うことは考えていても、まさかバックバージンを男に奪われることになるとは夢にも思わなかった優也だった。
 
 
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