▼ Book Review 2001.3
『暗黒街のハリー』 ジェイク・アーノット 『暗黒街のハリー』 ★★★
■ロンドンの裏社会に生きた架空のギャングをめぐる五編のオムニバス構成。この趣向はジェイムズ・エルロイのLA連作にひとりの「裏主人公」が存在していたのを想起させる。エルロイのまだ描いていない60年代のカウンター・カルチャー時代から語りはじめているのも、それなりの作為を感じなくはない。次作は「70-80年代の警察の腐敗を描いた」小説になるらしくて、さらにエルロイ度が増したりするんだろうか。エルロイの影響を受けた英国の若手作家ということで、『マンチェスター・フラッシュバック』のニコラス・ブリンコウあたりと近いのかなと思った。 (2001.3.31)
『四年後の夏』 ★★★
■「合致しない証言」に焦点を絞ったパズラー的なミステリ。この作家ははじめて読んだのだけど(オーストラリアのサスペンス作家)、風変わりな趣向を手がたくまとめる職人作家のような印象で、ほかのも読んでみたい気になった。ふたりの容疑者の言い分が決定的に食い違う展開を扱ったミステリはたまにあるだろうけど(ヒラリー・ウォー『事件当夜は雨』の終盤などが思い浮かぶ)、このくらい小説全体でそれを押し通した作品は珍しいのではないか。本作はいくつか留保したい点もあったものの(後述)、適度に意外な真相も用意されていて全体的にはよくまとまっている。 (2001.3.31) 『the TWELVE FORCES』 ★★
■この作家の小説を読むのははじめて。むやみな国際性といい唐突な大風呂敷ぶりといい、これは明らかに漫画の文法で書かれている(たとえば「五秒間のあいだに恋の妄想が暴走」てな場面は江川達也の『東京大学物語』からの引用だろう)。僕は一応「少年ジャンプ」世代の端くれなのでそれなりの適応力はあるつもりだったのだけど、その場の勢いだけで何の裏づけもなく突っ走るこの小説の書法にはどうもついていけなかった。次世紀の波にはだいぶ乗り遅れてるのかもしれないけど。 (2001.3.24)
『D-ブリッジ・テープ』 ★★
■『X雨』の作者の第一作。結局こけおどしに終始しているようであまりたいした話ではなかったけれど(やたら絶賛している高橋克彦の感動ぶりのほうが怖いくらい)、『X雨』でのメタフィクション指向は「テープの語りを流す」という形式ですでにあらわれている。物語の興味とは別に、このテープを何の目的で流しているのか、とかいったメタ段階の謎が最初から並行して読者をひっぱっていく構造なのもだいたい共通しているところ。ただそこを着地させるだけの発想は感じられなかった。 (2001.3.24)
『黒い仏』 ★★★
■『ハサミ男』も『美濃牛』もさほど感心しなかったけれど、この作品も「ふうん」という感想で終わり。賛否両論の異色作として話題になったらしいけれども、横溝正史とミノタウロス伝説を貼り合わせた前作『美濃牛』の作風とさして変わりないように思う。あまり違和感をおぼえなかった。ただしこちらが某分野の予備知識を決定的に欠いているせいもあってか、『美濃牛』ほど全体の構成にそのミスマッチ狙いが織り込まれているようには感じられず。断片的なリーダビリティはさすがに備えていると思うけれど。 (2001.3.24)
『転落の道標』 ★★
■米国の地方都市を舞台にした犯罪小説。思いきり俗悪な筆致で、これはほんとにパルプ・ノワールと呼ぶのがふさわしい。冒頭にジム・トンプスンの『残酷な夜』からの引用が掲げてある。パルプ・ノワールの現代版といえそうなクェンティン・タランティーノの犯罪映画やジョン・リドリーの『ネヴァダの犬たち』あたりが、過去のノワールものを記号化したようなパロディ風味だったのとくらべると、この作家の態度はかなり「本気」に近い。それは貴重といえなくはないけれど、だからおもしろくなっているかというと難しいところで、興味深い箇所はあるものの全体的にはただ品がないだけにしか思えなかった。筋書きや文章の安易さも目につく。「夫の隠し財産」「悪役の登場」など、物語の転機になる出来事はどれも唐突でとってつけたようだし、「ジミーは勃起した。いや、これは勃起ではない。とジミーは悟る。それよりもずっと硬いものだ(痛いほど硬い)。鉄棒とコンクリートとワイヤーでできている」(p.70)「時を圧縮することが可能だったかのように過ぎていったこれまでの歳月――一年が三ナノ秒に等しかった」(p.93)などといったやたら陳腐な文章には辟易。ゴールデンボーイだった主人公をとりこにして道を踏み外させたらしいSMセックスの描写もえらく凡庸で、感心しなかった。 (2001.3.17)
『斧』 ★★★★ 「人員削減ですね?」
■帯のうたう「パルプ・ノワール」というよりは、フレッド・カサック「連鎖反応」のリストラおやじ再就職版、といったかんじのブラックなクライム・サスペンス。何の特徴もない無個性な人物が次々と凶行を重ねていくという意味では、『シンプル・プラン』みたいな不気味さもある。 (2001.3.11)
『サンクチュアリ』 ★★★ 「法律が君を守ってくれるさ。正義が。文明がね」(p.139)
■実はこれがフォークナー初体験。残念ながら本書はどのあたりがおもしろいのかよくわからなかった。訳文がどうも合わなかったせいかもしれないけれど。人称代名詞が誰を指しているのか追えなくなってしまうことがたびたびあったので。 (2001.3.11)
『そして粛清の扉を』 ★★ ■これは読むのがきつかった。諸兄の指摘するように無駄な漢字変換・アラビア数字がいちいちひっかかるせいもむろんあるけれど、全体的にいかにもTVの報道番組を見ながら思いつきました、といったかんじの陳腐な論点の連発でげんなり。地味な中年教師が突如不良少年たちを圧倒する戦闘能力の「ハイパー女教師」に変貌して、TV報道からそのまま抜き出してきたような「いまどきの凶悪な若者」たちを成敗しはじめたとしても、双方ともどうせ何の切実さもない紋切り型の絵空事なんだから、全然どうでもいいんじゃないの。これはカタルシスでもスキャンダルでもなんでもない。それでいて警察の対応や身代金交渉(さすがにいくつか興味深い点もあった)なんかは比較的リアルな路線で進めようとしているのが不釣合いな印象だった。 (2001.3.4)
『午後の死』 ★★★ 「こういうことを考えたことがおありかね」と老女はゆっくりと、やはり真剣な面持ちで言った。「言葉では正確に伝えることのできない真理がある、ということを。たとえば、一冊の本の全体を通してはじめて伝えることのできる真理、といったものね」(p.18) ■とても洒落た味わいのミステリ、という以外に紹介のしかたがないような気がする。冒頭と終盤がきちんと対応しているのが素敵。 (2001.3.4)
『世界の終わりの物語』 ★★★★ ■ハイスミス最後の短編集。解説の若島正も指摘しているように世相を意地悪に皮肉った「諧謔小説」のおもむきで、シニカルというよりは全編がほとんどむきだしの「悪意」に覆われている。世界へむけた放射能のような毒のすさまじさは、正直読んでいるこちらも困惑してしまうくらいで、特に後半の「見えない最期」あたりは、その痛烈なほとばしりがもはや小説の枠組みからもはみだしてしまっている。 (2001.3.3)
『ビッグ・タウン』 ★★★ ■ダラスを舞台にしたコメディ調のクライムもの。話の軸になる事件そのものは実にせこいのだけれど、そこに絡んでくる人物たちの曲者ぶりとか、それぞれが「何らかの事実を知らない」ために生じる意図のすれちがいだとかで話をややこしくしていく、といった系統の作風。基本的にだいたい好感を持てる路線で注目したいのだけれど、登場人物の突き抜けぶりや多視点構成の技巧なんかはまだ不徹底なかんじで、まあこれが一般的なペイパーバック流なのかな。結末もシリーズ化を見込んでいるせいか、いささか思いきりが足りなかった気がする。 ”まず訴えよ、しかるのち調査せよ”(p.11/H.P.B) なんて小説全体の雰囲気を見事に代弁していると思うし、終盤で紹介される”抜け出せない穴は、墓穴だけだ”(p.244) との前向きな台詞もなかなか素敵だ。(2001.3.3)
Book Review 2001 Top |