▼ Notes 2000.11 11/26 【ブラッド・シンプル】 ■コーエン兄弟のデビュー作を再編集上映している「ブラッドシンプル/ザ・スリラー」を観てくる。これは良かった。ジェイムズ・M・ケインの『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』の流れを踏まえたとおぼしき、正統派クライム・ストーリーの秀作。酒場の経営者とその妻、そして雇われ人の男という『郵便配達夫』を思わせる三角関係(男ふたりの立場はいささか違うけど)が、曲者の私立探偵をひっぱり込んだせいでひとつずつずれた展開になっていく。 ■その「ずれた」ところはかすかにぎこちない気もするけれど、観衆を俯瞰的な神の視点に近づけるいくぶん冷笑的な構成を採りながら、きちんと不安なサスペンスが成立しているのには感心した。どこを見せてどのあたりを見せないままにしておくか、というのがよく考えられている。台詞を少なくして映像で語ろうとする態度もストイックで好ましく、小道具の使いかたなんかも隙がない。どの登場人物も、たとえば「サディスティックなギャング」だとかではなく、実在感のある普通人として描かれているのが、この映画の現在進行形的な臨場/緊迫感を支えているんだろう。(★★★★★) 11/24 【アメリカン・ビューティー】 ■「アメリカン・ビューティー」を例のごとくビデオで観る。ミドルエイジ&ミドルクラスの「普通の家庭」の崩壊を風刺的に描いた「まぼろしの郊外」物語といったところ。いくつかの象徴的な映像は美しかったしたしかにそこそこ考えさせられたけれども、この手の話にありがちな傾向で、登場人物たちの行動が(確信犯にしても)類型的で薄っぺらすぎるのはどうにも好きになれなくて、いまひとつ諸手を挙げて支持する気はおこらない。それでも退屈な懺悔話をだらだらたれ流すだけの「マグノリア」よりは断然ましで、知的でクールな虚無感に貫かれてはいた。サイコ風に登場する隣の青年がなかなか独特の描かれかたで印象深い。(★★★★) ■ケヴィン・スペイシー演じる父親役の「回春」の対象が、理想主義と反抗の60年代ではなくて退廃の70年代(こんな雑な言い方でいいんだろうか)になるのもちょっと興味深いというか、時代の移ろいを感じさせる。 11/23 【レフトハンド】 ■旧作の話だけど中井拓志の『レフトハンド』(角川ホラー文庫)が「読冊日記」で絶賛されていたのでわりと嬉しい。『レフトハンド』はブラック・コメディ風味の奇抜なおふざけバイオホラーで、僕は当時かなりお気に入りだった。出てくる人物がどれもやたら変人で、さっぱり感情移入の余地がないというひねくれたドライな筆致が素敵。もちろん誰ひとりまともに事態を収拾しようなどとはしないから、話は思わぬ方向へと錯綜しまくる。この強烈なオフビートぶりにくらべると、新作の『quater mo@n』は悪くないもののだいぶおとなしくなっているようで、ちょっと残念でした。 11/20 【それだけで妙に好感】 ■『ガール・クレイジー』の作者ジェン・バンブリィ氏はジム・トンプスンが好きらしい。「愛すべき社会病質者」が素敵なのだそうで。 >>Jen Banbury interview 11/19 【地獄の読書録】 ■小林信彦『地獄の読書録』(ちくま文庫)を読む。個々の作品に突っ込んだ論考をおこなうというより、当時の新刊のいちはやい紹介に重きを置いた時評スタイルのためか、思ったほどのインパクトはなかった。印象的だったのは「通俗」という語を(「これは通俗だからなあ」というような意味で)ずいぶん連発していたこと、カーター・ブラウンの諸作をやたら褒めて紹介していること。あと山田風太郎の忍法帖をきちんと評価していたりするところは、やはりジャンル横断的な視点の確立された人なんだな、という気がした。ついでに言うと、瀬戸川猛資はかなりこの新刊紹介の影響を受けていたんだろうと想像する。逆に視点の新鮮さをそれほど感じないのは、そのあたりの事情もあるかもしれない。つまりこちらの評価軸のほうがむしろスタンダードになってしまったということ。 ■とりあげられる時代は1959年からの10年間くらいになるのだけど、後半になると60年代のスパイ小説流行のさまが如実にあらわれている(そういう意味もあって、早川や創元のミステリ紹介がさかんなころの前半部の記述のほうがいま読むと興味深い)。マーガレット・ミラーはほんとにリアルタイムでは翻訳されていないのだなと思った。夫君のロス・マクトナルドはハードボイルドの文脈もあるからちゃんと紹介されているみたいだけど(パズラー的な文脈で褒めるような言及が多い)。 ■ほとんど偶然なのだけど、本書で絶賛されているスタンリイ・エリンの『第八の地獄』をちょうど読み終えたところだった。 11/12 【フル・モンティ】 ■NHK-BSで放映していた「フル・モンティ」(1997年/英)を観る。英国シェフィールドの元工場労働者たちがなぜか男性ストリップ・ショーに挑む、不景気をさわやかに笑いとばそうといったおもむきの明るい失業者コメディ。適度に笑いあり親子の絆ありと、バランスのとれた無難な出来の佳作だった。そのぶん意外な展開には乏しくて、ややワン・アイディア的なきらいもあったけれども。登場人物たちは誰も自己変革に熱をあげたりはしないのだけれど、祭りのあとでは少しだけど確実にそれぞれのなかで何かが変わっただろうことを予感させる。(★★★★) ■主演のロバート・カーライルは、たしか「トレインスポッティング」で乱暴者(原作では「サイコ野郎」呼ばわり)のフランク・ベグビー役をやっていた人ですね。思えばあれもみんな失業してる話だったなあ。 11/8 【シックス・センス】 ■「シックス・センス」(1999年/米)をビデオで観る。いまさら初見。さすがに例の仕掛けは想像がついてしまっていたから、種明かしで物語の意味が反転する妙味を知ることはできなかったけれど(でも似たような先例をいくつか知っているのであんまり驚かなかったかもしれない)、それを割り引いても興味深く撮られている。脚本・撮影とも、こういう良質の映画がちゃんと流行ってくれるのなら世の中そう捨てたもんじゃないなという気になった。特殊な能力を秘めた少年はどこか『シャイニング』の子供を連想させたけれど、そういえば映像的にもキューブリック監督の映画版と幽霊の出しかたなんかがどことなく似ている気もする。それにしても、あのネタをそんなに徹底して隠しておくのであれば、少年の「シックス・センス」が何であるかのほうもできるだけ伏せておくべきだったろう(これはたしか宣伝ですでに明かされていた)。 ■この映画では、いま流れている映像が登場人物の誰の主観に近いものなのかが、かなり厳密な態度で意識されている。もちろんそこにはフェアプレイの意味もあるだろうけれど、それより映画の観客を「少年の視野」に近づける狙いのほうが大きいように思えた。少年のほかに誰も見えない「お化け屋敷」的な映像は、世界でただひとり観客だけが共有できることになる。その瞬間に観客は少年のひとりだけの「味方」にならざるをえず、だから少年の恐怖感や寂しさ、そのことを誰にも告げられなかったこれまでの孤独が、身に迫るように伝わってくるのだ。「怖い映像」がただ怖がらせだけに終わらず、より重層的な意味を持つ表現になりえているのは、なかなかあざやかな手腕じゃないだろうか。(★★★★) ■それにしても最近の米国映画ではなぜかやけに母子家庭の話が目立つような気がする(あとは、たとえば「マイ・フレンド・メモリー」とか)。これは実際におそらく母子家庭が増えていることもあるのだろうし、さらにいえば家庭における「父親」のありかたを皮肉なしにまっとうなかたちで描くのがひじょうに難しくなってきた、という物語表現上の制約もあるのかもしれない。 11/4 【バウンド】 ■映画「バウンド」(1997年/米)をビデオ鑑賞。「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟の監督作で、ほぼ全編にわたり室内劇で終始する。低予算のスリラー映画。あらかじめ立てておいたプランが少しずつ狂って思わぬ方向へ展開していく、というパターンはさして目新しくないものの、演出に適度の緊迫感があって脚本もよく練られている。主人公ふたりのバディ・ストーリーなのだけれども、その組み合わせがレズビアン(にめざめた)の女同士というのは結構めずらしい設定かもしれない。それを裏づける説得力もきちんとある。(★★★★) 11/3 【サウスパーク】 ■いいかげん上映も終わってしまいそうだったので、ようやく先日「サウスパーク無修正映画版」(1999年/米)を観てきました。TV版とおなじようなことをやってもしょうがないからということか、思いきり正統派ミュージカル路線になってましたね。スタン、カイル、カートマン(そしてケニー)のそれぞれに、きちんと戦う理由が用意されているのが良かった。ジャイアンやスネ夫がまじめに戦ってくれる「ドラえもん」の映画版みたいなおもむき。さすがにあそこまで人格は変わってないけど。卑語の連発はあいかわらずで、字幕(ちょいと見づらかった)は"fuck"と"shit"を別々の言葉で訳さないといけないから少し困っていたりした。 ■TV版もそうだけど、やたらパロディや当てこすりが盛りだくさんなので、ぜんぶ読みとるのはちょっと難しい(そういえばTV版では、メカゴジラとガメラとモスラとウルトラマンが総登場する回もあった。メリケン人はふつうあんなの知ってるのか?)。少なくとも「いちご白書」と「時計じかけのオレンジ」はわざと意識してるんじゃないかと思ったのだけど、どうなんだろうなあ。 ■すごくどうでもいいところだけど、「カナダの輸出は半分近くが『T&P』で占められていて……」なんてぬけぬけと解説を加えるくだりにはつい爆笑。あとCGの使いかたは、「ファイナルファンタジー」もびっくりの驚異的なくだらなさでなかなか素敵でした。(★★★★) ■(劇中の映画と同じく)お子様が入場できない指定になっていた。 |