▼Notes 2000.3
 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#30
3/30 【女王の論理】
■ゆえあって、芦辺拓・有栖川有栖・小森健太郎・二階堂黎人の対談する『本格ミステリーを語ろう![海外編]』(原書房)にざっと目を通してみた。編集側の刈り込みが足りなそうとか、WWW2以降の記述がいくらなんでも少なすぎるのじゃないかとか、某N氏の発言は各所で意味もなく不穏さをかもしだしてるとか(個人的な好みにすぎないことを、あんな声高に押しつけてしまっては駄目でしょう)、不満な点も少なくないけれど、古典作品に入れている突っ込みは個人的に結構うなずける点もある。『Xの悲劇』のダイイング・メッセージは苦しすぎるとか、『アクロイド殺し』は手記の意味があいまいで気持ち悪いとか、「九マイルは遠すぎる」は町の情報も加味されるから「純粋推理」ではないよね、とか。まあ、こういうのをいまさら言うことに意味があるのかは微妙なところだけど、意外と公の場ではあまり言及されないような気もするので。
■なかでわりと興味深く読めたのが、有栖川有栖のクイーン論。すごく新しい見方というのではないけれど、さすがに表現がうまいと思う。犯人当てというのは本来不可能なもので、どこかに作者のごまかしがあるはずなのだけど(読者が誰もわからないのを探偵役ひとりだけがわかる、というのはありえない)、それを成立させているのはやはりレトリックの見事さ、論理展開のなかで「渡れない橋を渡るためには、奇麗な橋がひとつふたつ要る」(p.174)ということなのだろうなと。ただし個人的には、クイーンの作品のなかでも「論理的」と賞賛されることの多い『オランダ靴の謎』や『Xの悲劇』あたりは、そういう「作者のごまかし」がいささか露骨すぎる気がして正直あまり感心しなかった。でも『エジプト十字架の謎』の有名な「ヨードチンキの瓶」のくだりは確かにすごいと思った記憶があるけれど(論理の砂上楼閣みたいで、なにか異様な迫力があった)。だから僕は最終的に読みどころが違うのかもしれない。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#28
3/28 【「J」とトラウマ】
■少し反応が遅いけれど、文藝別冊「Jミステリー」への態度 をめぐり、
幻想的掲示板において執筆者を含めた意見交換がなされていた模様。参加したミステリ評論家の弁明なんかも読めるので、興味のあるかたはどうぞ。だいたいが顔見知り同士ということもあり、わりとまっとうな対話になっているように思う。まあ、そんなに意見の相違もないだろうし。
■このムック、実をいうと僕も少し参加していたりする。といっても100冊レビューの一部を書いてるだけなので、大したことをやってるわけではないけれど。全体の出来は正直いってあんまり褒められたものじゃないじゃにしれないけれど、興味深い記事もあるはずなのでまあ立ち読みくらいはと。個人的には、関係者が書いてるので手前味噌気味になるけど〈作家バトル〉のいくつかの文章は刺激的だと思う。あと巻末の日下×千街対談で連城三紀彦の『私という名の変奏曲』(ハルキ文庫)を一致して推しているのは好印象。(これを読むといわゆる「新本格」の叙述トリックなんて子供の遊びのように思えてくる。ぜひ多くの人に読まれてほしい傑作)
■ところでその「J」掲載の斎藤環(精神科医らしい)のコラムが、このあたりで大いに反感を買っているみたい。個人的な感想をいえば、当該文章の書法に関しては大仰で感心しなかったけれど、『永遠の仔』とか『白夜行』における幼時の悲劇の扱いに違和感をおぼえたという主旨には、わりと同感だったりする。たしか『永遠の仔』では無関係な人を(ある条件から)殺していく人物が、『白夜行』では似たような犯罪をいつまでも繰り返す人物が登場する。そのどちらも過去のトラウマという「図式」で理由がほぼ説明されてしまうのだけど、どうもあまりにきれいすぎて逆に違和感が湧いてしまうのだよね。
■これは例えば『永遠の仔』が、直木賞の選評で井上ひさしに「図式的」と批評されたり、大森望に「構造が見えすぎる」などと指摘されたりしているのと同根なのではないかと思う(僕はこのふたりの評語にほぼ同感)。要は「図式」に頼らない物語を描いてほしいということで、だからべつに「本物」を描いてみろ、なんて無意味な注文をしているわけではないのだけど。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#23
3/23 【「本格」の範囲】
■東京創元社の「2000本格ミステリ・ベスト10」をざっと立ち読み。『法月綸太郎の新冒険』が一番人気という時点で、いきなりどうでもいい気分。2位の『ハサミ男』にもそこまで感銘を受けたわけではないし、どうやらこのあたりの認識からは遠くへだたってしまっているみたいだ。
■こういう趣向の本でいつも思うのだけど、結局「本格ミステリ」と狭く限定してみても、定義や境界があいまいなことにさしたる変わりはないんじゃないかと思う。名探偵が出てくれば本格なのか、とか、私立探偵や警官が主人公だと本格じゃないのか、とか。それに世の中には「これは本格ミステリだ!」と言及すること自体が、ある程度のネタバレになってしまう物語というのも相当の数あるわけで。そんなことを考えると、「本格」をことさら狭く限定して評価することに僕はあんまり意義を見出せないのだ。まあ、やりたい人は勝手にやればいいのだけれども。
■でもアンチ「このミス」というだけじゃ、ちょっと寂しい。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#21
3/21 【いわれてみると】
■新刊情報がこまめな
銀河通信の書店員さんがおつとめの書店は、どうやら船橋にあるらしい。じつは船橋といえば通り道なのでわりとよく寄るのだけど、たぶんあそこなのじゃないかなあと心あたりの店がひとつある。SF・ミステリの棚がやけに充実してるし、手書きのポップがさかんについてるし。ひんぱんに利用させてもらってる書店なので、もしあの店だったらなんとなく嬉しい。さんざん立ち読みなんかもしてすみませんけれども。
■そんなわけもあってとりあえず、件の書店でジム・トンプスン『ポップ1280』(扶桑社)を購入。これはいいかげん買っておくことにしたのでした。改めて見たらカバーデザインはどうもいまいちな気もするけれど。
■あと個人的に最近の新刊で気になる本といえば、イアン・マキューアン『セメント・ガーデン』(早川書房)とか、ロバート・ゴダード『一瞬の光の中で』(扶桑社)あたりかな。まあいずれ読むつもり。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#20
3/20 【はじめて物語】
■なんかひさびさの更新であります。
■3/18は新小岩の江戸川区文化センターにて催された Mystery's Realm(ミステリセミ ナー)に顔を出してました。大学の推理研つながりでスタッフに名を連ねてたのだけど(ブログラムの名簿にも一応本名が載ってます)、実際は道案内係とかを申し訳程度にこなしただけでまったく運営に貢献してないような気がする。まあいいか。
■おもな企画の内容は、北村薫×若竹七海の対談(司会:杉江松恋)、森英俊×藤原義也のクラシック・ミステリ談義(司会:千街晶之)、山田正紀インタビュー(司会:日下三蔵)など。北村・若竹対談は「高級な雑談」といった趣で、それぞれの作品の話題とかはあまりなかったけれどこれはこれで結構おもしろかったかな。読書狂には「なにか探す本ができる」こと自体が嬉しいのだ(なにせたいていの本は読んでるから)、との発言には妙に納得。僕自身には関係ない世界だけど。そのあとの午後の企画は控室でだべりながらときどき聞いて、とかえらくふまじめな参加になってしまったためあまり言うことはなし。全体的に壇上と聴衆との距離はもうちょい近いほうが好みなんだけど(物理的にも精神的にも)、まあそのあたりは兼ね合いの難しいところかもしれない。なにしろ今回がはじめての試みだったわけなので、いろいろと次につなげてほしいものであります、と無責任に放言してみる。
■一見したところ参加者は大学推理研の関係者が大半、あとネット系の人もわりと足をはこんでくれたらしい(けど顔を知らないので何とも)といったかんじで、会場がなかなか立派だっただけに、即物的な話をすると採算のほうが少々心配なころではある。単純に人を集めたいのなら呼ぶ作家の数を増やすべきなんだろうけどね。もしくはとりあえず京極夏彦を呼んでみるとか。
■関係者はそのまま夜の集いになだれ込んで、例によって古本売りとか。なんとなく朝まで
福井健太さんのバトルトークにつきあったような記憶があるけれど、さすがに話の中身をここに書いたらまずいだろうな。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#07
3/7 【適当】
■「幻想文学」57号の中井拓志(『レフトハンド』
『quarter mo@n』の作者)インタビューを読んだ。かなり普通そうというか正直なかんじの受け答えで、自作の不満な点までいろいろ喋っていた。『quater m@on』の刑事は単なる物語の進行役になってしまったとか。『レフトハンド』はとても適当に書いたらいきなり賞をもらってしまってびっくり、だったらしい。まあそうなんだろうね。
■個人的には、スティーヴン・キングを読んでああこういう書きかたでもかまわないんだと気が楽になった、という発言がちょっと興味深かった。たぶん、だらだらと思いついたことを(あんまり筋の整合性にこだわらず)書いていいというのと、文学なんて気張らずにサブカルからの引用を堂々と披露してしまってもいいんだ、というようなことじゃないかと思うのだけど、どうだろうか。
■作者にはあんまり悩まないでまた「適当に」いろいろ書いてほしいなあ、というかんじ。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#06
3/6 【やはりというか】
インターネットで選ぶ日本ミステリー大賞 2000 の集計結果が発表されてますね。ちなみに僕は投票してないです(よく知らないうちに締切りが過ぎてたみたい)。国内編のトップにランクされている『法月綸太郎の新冒険』は、個人的にはえらく退屈で中途挫折したくらいのしろものなんだけど、まあ要するに僕が「単なる本格」を好きじゃないってことなのだろうか。そのあたりのアンテナはどうにも欠落してるのだ。『パズル崩壊』みたいにどこへ行くのかわからないスリリングなもののほうが数倍おもしろいと思うのだけど。
■海外編で『ファイト・クラブ』『フィルス』『サヴェッジ・ナイト』みたいないっちゃってる話にそれぞれ票が入ってたので一体どういうわけだろうと思ったら、どれも例外なくわが先輩であります古山裕樹さんのしわざだった……。


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3/3 【作品解説】
■文庫版とかについている解説の感想をいくつか。たまにいろいろ読んでみたりするのだ。

『ある閉ざされた雪の山荘で』東野圭吾(講談社文庫)
法月綸太郎の相変わらず丁寧な解説。作品自体がわかりやすいせいもあるだろうけどほとんど同意見だった。これだけ解説と意見の一致をみるのも珍しい。綾辻行人ら「新本格」派への揶揄を感じるというのもそうだし、いわゆる叙述トリックの「読者を騙すために仕掛けられる」欠点を繕っているという読みにも同感。そして以前僕の書いた「東野作品=演劇」論は、すでにこの人が指摘していたのね。

■『冬のオペラ』北村薫(中公文庫)
相川司解説。おもに北村作品の登場人物名から、久生十蘭とか都筑道夫とか、北村薫がリスペクトしていると思われる作家の存在を読み解く。まあこういう指摘そのものは参考にならないでもないのだけど、評論の語るべきはその先にあるのではないだろうか。『冬のオペラ』自体の内容にほとんど踏み込んでいないようなのも気になった。分析しやすい評論的な作品だと思うのだけど。

■『ポップ1280』ジム・トンプスン(扶桑社)
吉野仁の詳細で濃い解説。感心した。読んだときに時代背景とかなんて全然考えてなかったものなあ。『内なる殺人者』に関する指摘も鋭い。ちなみにトンプソンは米国で再評価されている伝説的なパルプ犯罪小説作家で、たぶんこの作品が代表作ということになるのじゃないかと思う。軽妙な語り口のうえ皮肉に満ちた傑作で、このあたりの作家を敬遠している人にもお薦め。僕は「ミステリマガジン」連載時に一応目は通していたのだけど、改めて再読しようかなと思っている。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_03.html#02
3/2 【マグノリア】
■トム・クルーズのセックス教祖ぶりが話題の映画「マグノリア」を観てきたのだけど、あまり感心せず。なんか結局出てくるやつみんなが勝手に興奮して懺悔しまくる話で、いちいちそんな陳腐な話につきあう気分にはなれないのだった。登場人物の感動と物語の感動とが比例するとはかぎらない。ナンシー関あたりがよく、ブラウン管の虚像でなくほんとうの自分を見てほしい、てな発言をする芸能人につっこみを入れるけれど(「ほんとうの自分」なんて何ほどのもんじゃい、と)、この映画の姿勢に覚えた違和感はそれに似ているような気がした。同じように3時間かけてほとんど何も起こらない「アイズ・ワイド・シャット」のほうがまだしも好感持てたなあ。
■しかしどうでもいいけどこの話、何度も予防線が張られているように「偶然が交わって」は全然いないと思うんだけど。(★★)