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 「放しなさいよ」

 アイツが部屋に入ってきた。
 突然に記憶が途切れ、気が付けば、両手両足を縄でベッドの足に括り付けられて、シーツの上に転がされていた。
 この総てがMAGIによって管理された第三新東京市で、こんな部屋をどうやってアイツが用意したのかは判らない、けど、ここには街の音も何も漏れ聞こえてこない。
 換気口からは直接外気が流れ込んでいるらしく、空気には幽かに森の匂いがしている……だから、たぶん山のどこかだと思う。
 喉が酷く渇いている、けどそんな弱みは見せないで睨み付ける。
 アイツはそんなアタシを横目に、手にした袋から瓶を取り出した。

 「喉、渇いたでしょ?」

 答えを待たないで近づくと、手にした瓶をアタシの唇に押し込んだ。

 「んごぉっ!ん、ぐぅっ!……んぅ、んっ、んっ!」

 抵抗しようとした、けど、この記憶の断絶の間にずいぶんな時間が経っていたみたいで、アタシの喉は水を求めて騒ぎ立てる。
 どのみちこうも巧みに拘束する縄があっては思うに任せない。
 結局アタシはあきらめてそれを飲み込んだ。
 ミネラルウォーター……偶然にもアタシの好みの銘柄なのはせめてもの救いか。

 「んっ……ぷはぁ」

 吸いきれなくなったところでアイツが瓶を引き抜いた。
 水が零れる。
 渇きが治まりきっていないので舌でそれを舐め取ろうとするけど、雫は頬を伝っていってしまった。
 アイツはその頬をそっと拭うと、今度は瓶の口を傾けて飲みやすいように丁寧に口に注ぎ込んできた。
 しばし喉を鳴らして飲み込む。
 と、じっと見詰めてくるこいつの目が気に入らなくなったので、残りの水を吹き付けてやる。

 「うわっ?!……酷いなぁ……」

 アイツはそんな風に言う、けど笑いを含んだ余裕のようなものが感じられる。
 くやしい。
 なおも睨み付けていると、向き直って宣言した。

 「初めてくらいは優しくしてあげようと思ったけど、気が変わったよ。
  このまま犯す……覚悟してね」

 そう言うとこいつはさっさと服を脱ぎ捨てた。

 「ひぃ……」

 顔から血の気が引く。
 男の裸を見るなんて初めてで、まして勃起した性器を見るのなんて考えた事も無かったのに、いきなり魁偉でグロテスクなものがあらわにされてしまう。
 見かけ通りのどこか細身の身体に、不釣り合いなほど大きく長いものが。
 
 こく……ん

 あたしはおびえているはずなのに、頭の芯に熱い痺れを感じ、意識しないで生唾を飲んでしまっている。
 体が細かく震える……これは怯えのはず、でも、なら何故アタシの腰はこんなにもジンジンと鳴っているの?
 自分の身体の反応が信じられず、戸惑っているとアイツがゆっくり近づいてきた。

 「や……こな、いで……」

 いつものアタシとは違い、制止する言葉は弱々しい懇願になってしまっている。
 そんなアタシに言葉が掛けられる。

 「そんなに腰揺すって……もしかして、感じてるの?」
 「な……っ、そんな事あるはずないじゃない!」

 怒りが叫ばせる……けど、虚勢を張っているんだっていうのは自分でも分かる。
 だって、確かにアタシ、濡れているもの……じっとり貼りつくショーツが判るもの。
  
 「そう、じゃあ調べてみようか」
 
 そんなアタシに逃げ道を与えず、アイツはそう宣告した。
 スカートをまくり、剥き出しになった下着に手を滑らせる。

 クチュ……
 
 微かな、けど間違いなく湿った粘りついた音が聞こえる。

 「やっぱり、ペニスを見ただけでこんな風に濡らすんだね、いやらしい」
 「やぁ……違う……こんなの、こんなの違うよぉ……」

 自分の身体が示すいやらしい反応が信じられない。
 けど、こいつが指を震わせるたびに、突つき撫で回すたびに確かに快感が感じられてしまう。
 背けた顔から横目に様子を窺う。

 「……?」

 こいつは、こうしてアタシを嬲っているのに、予想されたような蔑みやいやらしい笑みではなく、酷く悲しげな、心配するような表情をしていた。
 なんで……?
 そう考えた途端、アタシはこいつの手を受け入れてしまっているのに気づいた。
 拒否しているはずなのに、どこかでこの行為を許容し、もしかすると快感を感じようとしているのに。
 
 「もう、こんなに感じてるんだ……」

 アイツはそう言うと、じっとり貼りついたショーツを剥がしたり捻ったりして卑猥に粘りついた水音を立てる。
 真っ赤になって顔を背ける、と、ベッドが大きく軋んだ。
 はっとなって向き直るアタシの目の前にアイツの顔が。
 黒い瞳が静かに見つめてくるのが判るような至近距離。

 「な、なにを……っ」

 そのまま頬を撫でるように手を滑らせて、唇を重ねようとする。
 拒絶しようと思ったけど、どのみちファーストキスは既に済ませた後……だったら、無理矢理何度されても何も変わらないと、そう考えてアタシは特に抵抗しなかった。
 唇が触れる。
 何も感じない……はずなのに、耳をそっとくすぐられ、相変わらずあそこに当てられたままの手を蠢かされると鼻息が熱くなる。

 「ンンッ……ん、んぅ?!」

 舌が入り込もうとする、さすがにそんな事を許すつもりはない。
 固く歯を噛み締めて拒絶……ふと、受け入れた振りして噛み付いてやろうかという考えが浮かんだ。
 それを見透かしたかのようにアイツは身体をひいた。

 「あくまで拒絶するんだ……でも、それならこっちにも用意があるよ」

 そう言うとベッド脇のボードに手を伸ばす。

 「……!」

 注射器。
 満たされているのは無色透明の液体。
 どこで手に入れたのかわからないその妖しげなものから見せ付けるように空気を抜くのに、震える声でせめてもの抵抗をする。

 「な……なによ……くす、り、使わなきゃ、哀れな女の子、一人、レイプする事も、出来ない、の?」
 「そうだよ」

 必死の言葉はあっさりすかされた。

 「僕は、ずるくて臆病で卑怯で弱虫だから、アスカを相手にするには、こんな風にでもしないと駄目なんだよ」

 言いつつ手際よく止血帯を留め、腕を揉んで血管を浮き上がらせる。

 「あ……あ、嫌……いや……ぁ……」

 何か別の記憶が……こいつにこうされるより遥かに嫌な記憶が浮かびかかって、アタシは怯えてかすれ声で呟く事しか出来なくなった。
 こいつはそれをなだめるように額に手を当てる。

 「……」

 期待というより痛ましげな表情で見下ろしてくる。
 不思議に思ったのもつかの間

 ツ……ッ!

 細い針が血管に潜り込み、その中の液体が注入される。

 「あ……嫌、だめ、だめぇ……ああぁ……」

 作業が終ると手早く道具が片づけられる。
 その間、どんどん酷くなる鼓動と疼き、下腹部、オンナの器官が産む、肉を熱く痺れさせながらじりじり広がり皮膚の一枚下でざわめく性欲がアタシを壊していく。

 「すぐに効いてくるからね、そうしたらいっぱいしてあげるよ」
 
 アイツは笑顔でそう言いつつカメラをセットしていく。
 全部、撮るつもりなんだ……アタシが獣のようになってセックスする、その一部始終を。
 幾つもセットされるカメラに、上気して淫らに潤み出した目も、はだけられたブラにくっきり浮かぶ勃起した乳首も、そしていやらしい液に貼りつき、卑猥な形を浮き上がらせている、すぐにでもこうして目で追っているあのペニスで貫かれてぐちゃぐちゃにされてしまうだろうヴァギナまで……。
 全部、何も隠せないまま記録されてしまうの。

 そのことに異常な興奮を感じていたアタシは、

 「ふぁ?や……ひぃ……んっ!」

 ショーツの上からヴァギナを指でくじられた瞬間に軽く昇り詰めてしまっていた。
 割り込む指先に、熱い、ショーツごしですら判るほどの大量の熱い愛液が吹き掛けられる。
 汗が吹き出した。
 じっとり濡れて絡み付くようになった制服に熱が篭っているような気がして、アタシは暑さを逃がそうと身を捩る。
 それに気づいたのか、アイツがアタシのシャツをはだけた。

 「もう、身体じゅう熱くて仕方ないんでしょう?」
 
 薬がまわって理性がどっかに行ってしまっているアタシはそれに必死に肯きかえす。

 「でも、それが気持ちいいんでしょ?」

 そう言うとアイツはアタシのパンティをずらし、剥き出しになった愛液でぬるぬるのヴァギナに指をつるりと滑り込ませた。
 
 「はひぃ……んっ!あ、すごいぃ……」
 
 舌足らずな声で快感を訴える。
 その喘ぎをもっと引き出そうというのか、アイツはチュプチュプとわざといやらしい水音を立てながら、挿入られたその指を嬉しげに締め付けひくひくと震えるヴァギナを掻き回し続けた。
 
 「もう、いいね」

 ひとしきり喘がせ、アタシの身悶えが狂おしくなりはじめた辺りでそう言いつつ、片手でアタシを拘束していた縄をぱらりとほどく。
 そんなに簡単にほどけた事をいぶかしむ理性は既に無く、まだ一度もおもちゃにされていない胸にほどかれた手を向かわせる。
 乱暴にブラをずらし、もどかしく乳首を弄り回す。

 「あぁ……は、これぇ……や、もっときつくぅ……」
 
 そんなアタシに苦笑しつつも、もう片方の手もほどいてくれたので、今度はアイツの手首をつかむ。
 
 「やぁ……そこ、いいからぁ……もっと、おく、クリトリスもぉ、ぐちゃぐちゃに弄ってよぉ……もっとぉ……」

 そう訴えたのまでは憶えている。
 でもここから先はピンク色の霞に包まれてはっきりしない。
 でも断片的に思い出せる事……苦痛の全く無かった初体験、初めて受け入れたペニスがやけに馴染んでいた事、突かれるたびに口を衝いて出る熱く甘いよがり声、それを聞いてアタシを見つめる何故か悲しそうな黒い瞳。
 血が流れなかった事を揶揄されるかと思ったのにそれが無かった、思い返せば悦び喘ぐアタシを貪るのではなく、どちらかというと丁寧に愛撫していた手と舌と唇。
 その全ては、記憶には残らず、はっきりしない印象としてのみ存在していたのだと思う。
 
 はっきりしない、はずだった……ビデオに撮られていなければ。