Returner Rei
Original text:引き気味
EPISODE:01 ANGEL ATTACK
「碇シンジ君。―― あなたが乗るのよ?」
白々しいと、どこか自分でも分かっているのだろう淡々とした説得だった。
地上からの振動に揺れるエヴァンゲリオン初号機のケージ。
『そんな、無理よ……』と言い掛けて口ごもった葛城ミサトも、傲然と階下を見下ろす父親を息子がさして意識するでもない様子でいることに、軽い違和感を感じているようだった。
少年は、赤い水面に浮かぶ初号機の顔をただ透徹の眼差しで眺めている。
再び強くケージを揺らす振動に大人達が時間切れを悟り、筋書き通りの行動を少年に強いようとしたその時、
「私が、出ます」
驚き寄越す2対の視線を受け止めて、その赤い瞳は繰り返した。
「私が、もう一度、零号機で出ます」
言いながら、綾波レイは振り返ろうとしない少年の後姿に視線を絡める。
微かに不快げな表情を見せるゲンドウは一顧だにしなかった。
ただまっすぐに少年を見つめながら、華奢な躯を純白の戦装束に包んだ少女は、激しく揺れるケージにしっかりと自分の両足で立って、その決意を繰り返した。
―― あなたは私が守るもの。
◆ ◆ ◆ 窓の明かりが全て消えた夜のビル街に、対峙する二体の異形の巨人。
黒い姿の第三使徒―― そう呼ばれる敵性体と、そしてオレンジのエヴァンゲリオン零号機。
汎用人型決戦兵器と呼ばれていても脆弱な試作品に過ぎない機体だったが、司令部が迎撃に考えていた初号機とて所詮はテストベッドに過ぎない。
まして素人が初めて操る事を勘案すれば、レイが出撃するというのを敢えて容れない理由は無かった。
『……行きます』
レイの意思を受けて、零号機が拳を固めた。
唯一の武器であったプログレッシブナイフは、シンジとその迎えのミサトをネルフ本部に回収する際の出撃で失われている。
徒手の零号機に対し、使徒には杭状の獲物と目から放つ光線があるのだ。
不安を隠せない発令所だったが、しかし、遂に戦端を開いた零号機はその使徒を相手に互角以上に渡り合って見せていた。
「ATフィールド……!? レイが? ……これまで一度だって展開出来なかったのに!?」
「信じられません! シンクロ率が50……、60を突破。上昇、止まりません!」
「まさか暴走しているっていうの? ……リツコ!」
「違うわ。シンクログラフの波形に乱れは無いもの、あれはあくまでレイのやっていることなのよ」
「シンクロ率70! 尚も上昇中!」
童顔のオペレーター、伊吹マヤの報告も、優勢であるのにも関わらず悲鳴に近い。
スクリーンに映る零号機はただ真っ直ぐに突進して拳を振るっているだけなのに、一切の反抗を弾かれてしまう使徒は一撃一撃ごとに仰け反りよろめいて、ビルを倒壊させながら後退り続けている。
驚きはレイに対するこれまでの評価の裏返しなのだが、想定されていたあらゆる状況を越えて展開する戦いに発令所は混乱の中にあった。
「使徒の攻撃は一切受け付けず。これは圧倒的と呼ぶべきね」
「レイにはやってみせる自信があった……。だからなの、リツコ?」
己の手を完全に離れてしまっている戦場というものは、戦闘指揮官であるミサトには面白くない事態だったし、それは後追いの分析をするしか出来ないリツコも同じだった。
「親も同然だって聞いてたけど?」
「私が担当しているのは、あくまであの子の身体の管理よ。何を考えているかなんて把握してるわけじゃないわ」
二人共に顔は厳しく顰められていた。
最早戦いの趨勢は見えている。
だからこそのどこか他人事めいた余裕だったのだが、これまで誰も見たことがないような積極性を見せるレイとその乗機は、その時またも二人を裏切って見せたのだった。
「ATフィールドの出力上昇も止まりません! 先輩、このままじゃ……!」
「こちらの目と耳も届かなくなる。……結界を張ろうというの、レイ!?」
「……有り得ないわ。こんな戦い、あの子にはまだ出来る筈ないもの。……まさか。レイも、なの……?」
疑念も露に呟くミサトを拒絶するように、使徒の返り血を浴びる零号機の姿はホワイトアウトするスクリーンの中に消えていく。
喩え発令所のコントロールを外れていても、ここまでの物を見せられていれば、発令所の誰も敗北は有り得ないと感じていた。
しかし、使徒殲滅を存在理由とするネルフのスタッフでありながら、鬼神の強さを見せる零号機に怯える彼らの殆どや、この一戦にまた別の思惑を持っていた発令塔頂上の二人などは、約束されたに等しい勝利への喜びといったものとは無縁だった。
「碇、これは俺のシナリオとは違うぞ?」
「分かっている。今は良い。……今はまだ、だ」
◆ ◆ ◆ ―― 真っ白な世界だった。
零号機を中心に球形に展開されたATフィールドは、光波、電磁波、粒子、その他あらゆる全てを遮って、第3新東京市の中心に他とは隔絶された別空間を形成していた。
境目にあたる「壁」は内側から見ると鏡のように景色を反射していて、瀕死の使徒が取り込まれたリングを逃れられぬ処刑場と化している。
『ビュゥ……ビュゥ……』と、切れ切れに流れるのは倒れ伏した使徒の喘ぎだった。
“彼”も、紛れも無い生物なのだ。
陸に上げられた魚のように弱々しくエラを蠢かせ、大地にクレーターを穿って自分を縫いとめたオレンジのサイクロプスを弱々しく見上げている。
昏い眼窩に覗くのは、死を突きつけられた原始的な恐怖なのか。
―― 綾波レイは嗤う。
零号機の肩に昂然と立って。
哀れな怪物を跪かせた、その成果に満足しながら。
“彼”の胸から引き抜かれた拳にべったりと染み付いた赤い血の匂いが、辺りに巻く風に乗って、レイの前髪を揺らす。
零号機の踵がコアを踏みにじり、生命の源がひび割れ軋む音に怯えながらも、“彼”はもはや最後の抵抗をする余力すら残していないのだった。
レイの知る“かつての彼”のように、自爆をしてみせる矜持は微塵に挫かれてしまっている。
「……そう、死にたくないのね」
首を傾けて覗き込むその目元は前髪に隠れて窺えず、下弦の月のように切れ上がって浮かんだ笑みだけがレイの上機嫌を示していた。
「それは嫌なの? ……なら、死ねば?」
人語に拠らずして使徒と語らう。
……いや、脅し付ける。
“彼”だって、ここで殺されて終わるのは耐え難い絶望なのだろうとレイは理解している。
だからこそ、この生き残りゲームに参加して来たのだから。
そうである以上、もう自分に逆らえるわけがないのだ。
「私に従うのね? そう、それで良いわ。 言う事を聞くのなら、生かしておいてあげる」
―― 綾波レイは嗤う。
これで自分は、一つ、勝利を手にしたのだ。
願いを叶える、その為に還ってきた、最初の一つ。
“あの人”が言ったように、約束の刻を自分のものにする為に。
唯一つの願いを手にする為に。
これはその為の戦いの、最初の一つ。
「私はあなたと契約を結ぶわ。今日からあなたは私のモノ」
ゆらりと、レイの人形のように白いほっそりとした指が握るには不似合いな、赤黒く禍々しい槍が振り上げられていた。
ねじくれた二股の穂先が使徒を狙う。
「その為に、“あの人”からこれを貰ったのだもの」
レイはロンギヌスの槍―― そのレプリカの一つをぐんと勢い良く投げ下ろして、彼女の肉体年齢と僅かに一致しない人生においても極々希な、歓喜の感情の裡に嘯いた。
「サキエル、げっとだぜ……なの」
次回予告
破滅の果ての赤い世界。
何を願うこともなく、無気力にLCLの大洋に漂う少女を唆す声があった。
もう一度やり直す機会を与えよう。
求めるものがあるのなら、このカードデッキロンギヌスの槍を取れ、と。
再起の誓いに燃えて運命の2015年へと舞い戻った13人のライダー帰還者達。
だが、約束の刻に勝利の美酒を手にすることが出来るのはたった一人だけなのだ。
戦わなければ、生き残れない!
次回、仮面ライダーReturner Rei 第弐話「見知らぬ、戦闘」
第2の帰還者と対峙した時、レイのファイナルベントが遂に発動する……!