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 もし虫除けスプレーを持っているのならこちらへ。
 そうでないときのみ以下の文章を読め。









(せっかく周囲の目をかいくぐってここまで来たんだ。もう少し監視を続けよう)

 そう判断した君は、改めて腰を落ち着けると監視を続行した。下の方の階を中心に舐めるように見つめ続ける。目標の物ではないが思わぬ光景を発見したり、それなりに面白い物を見ることが出来た。
 しかし、肝心のマユミの姿はいっこうに見つけることが出来ない。

(くそ、いったいどこにいやがるんだ…)

 そうこうする内に日も傾き、監視もいくらかしやすくなった。気がつけば子連れの若奥様達も帰宅し、狭い公園はひっそりと静まり返っている。ただ虫の声だけが小さく静かに聞こえてきた。

(好都合だ。多少目立つことをしてもみつからないんだからな)

 だが、周囲の環境とは裏腹にマユミの姿を捕らえることは出来ない。その内、会社に帰社しないといけない時間になったが、監視に夢中になっていた君はその事を忘れた。今はなかばマユミ達のことはどうでも良く、ただ人の隠された暗部を覗き見ることだけが全てだった。

 だがそのお楽しみも空腹を訴える自分自身によって破られることになった。
 もう少し監視を続けていたかったが、空腹で君は倒れそうだ。

「仕方ない。ここまでか」

 独り言を呟きながら立ち上がろうとしたその時、君は自分の身体の異常に気がついた。

「手が!」

 わなわなと目の前で震える腕は、見慣れた自分の物ではなかった。誰かが知らない間に切り取り、ニタニタ笑いながら水死体から切り取った腕と繋ぎ替えたかのようだ。だが、おかしいのは腕だけではなかった。
 体全体が血管になったようにズキンズキンと鼓動が響く。
 まるで熱病にでも罹ったように体全体がむくみ、痒さを通り越した鈍い痛みが全身を駆け回っていた。

(なんだ、一体何が…)

 痛みとは別に、腕や肩に気味の悪い感覚がある。恐る恐る腕を伸ばすと、プチプチと何かを押しつぶす音と共に、手の平と肩にぬるりとした物を感じた。
 手の平には血を吸いすぎ、飛べなくて押しつぶされた蚊の死体が無数にこびりついている。痛みで朦朧としていた君の頭脳は原因を悟った。藪蚊の飛び回る中で何時間もじっとしていたため、体全体をこれ以上ないくらいに刺されたのだ。よく見れば体全体が血と押し潰れた蚊にまみれていた。
 恐怖と嫌悪が限界を超えた。君は失禁をし、意味不明の言葉を吐き散らしながら両手を振って藪の中から飛び出た。今はとにかく、この地獄から逃れたかった。

「うわっ、うあわら、へひぃ!」

「なんだ君は!? おい、血塗れじゃないか!」

 飛び出した先には、変質者の目撃情報から一帯をパトロールしていた警察官がいた。彼は最初は驚き、警戒し、君の様子に気がつくとたちまち事件の匂いを感じ取った。君が何かを言う間もなく、正義感に溢れた眼差しで君が飛び出した藪の方にじりじりと近づいていく。君同様蚊に辟易しているが、すぐに藪の中に入っていくだろう。その内、騒ぎを聞きつけた彼の同僚らしい警官が走ってくる。
 君は薄れ行く意識の中、どこで間違えたのだろうとぼんやり考え続けていた。

 
 全身の苦痛からは救われるだろうが、これで君はお終いだ。
 藪の中には君のカメラが放置されている。それが回収され、フィルムが現像されれば君が何をしていたのかは明白だ。マユミの写真こそ無いが、それ以外の住人達の人に知られてはいけない光景が幾つもあるのだから。
 悪いことに被写体の中には、警察署長の妻が不倫の真っ最中である姿まで…。


 君は失敗した。






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