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「碇シンジです」 警備員は少し驚いたように君を見つめた。少し戸惑っているようにも見える。 もしかしたら、シンジはこのマンションの中でも有名人なのかも知れない。だとしたら簡単に通してくれるだろう。君は勝手にそう考えたが、世の中はそこまで甘くはないようだ。砂糖ならぬ岩塩の辛みのように。 「碇さんの友達? そう言って尋ねてくる人はたくさんいますよ」 言葉は氷河のように冷たく、声音に混じった疑惑は剃刀のように鋭い。君のようなことを言ってくる人間にはうんざりしたという感じだ。 (まずい…) 「いや、あいつとは中学生の頃からの知りあいで」 慌ててする言い訳を、警備員はまったく聞いていない。 「本当かも知れない。だが、なにか証明できる物はありますか?」 怪しいとなると途端に慇懃無礼な口調だ。君は言い返そうとして、一瞬呼吸を忘れた。証拠ならある。いや、あった。 中学の時の写真…あの頃の思い出は眩しく、今の自分には重荷でしかなかった。だから引き裂き、焼き捨てた。 今更証拠と言われても、何も用意することは出来ない。 口ごもる君に警備員は自分なりの答えを出したようだ。 「今回は大目に見るがもう来るんじゃない。警察を呼ばれないだけでもありがたく思いなさい」 「いや、違うんだ。違う…本当に俺は」 「しつこいな。消えろ。説教じゃ済まなくなるぞ」 出て行けと言いながら、警備員は捕まえる気満々だ。 君は失敗したという脱力感以上の物を感じ、文字通り打ちひしがれながらその場を後にした。 君は逃げ出した |