肉体決済 〜レイが全てを売り渡した放課後〜
08.美尻晒し、屈従契約更新儀式「……どういうつもりだよ」
放課後のレイの足を遮ったのは、眼鏡で猫背の相田ケンスケが掛けた剣呑な声だった。
「ここんとこ、随分素っ気無いよな。チャイムが鳴った途端にいそいそと片付けて、もうお帰りなわけ?」
「…………」
尊大に腕を組んだポーズで、気忙しく下校するつもりだったレイを揶揄する。
ちらりと目を向けて来た鞄には、碌な重さは収められていなかった。
どうせレイにとって学校の授業に使うような教材は大した意味を持たないし、実のところ、教室を一刻も早く後にすることを優先させていたのだ。
だが、いつかの放課後と同じように、最後の授業をさぼるか途中で抜け出すかして待ち構えていたのだろう。
既にして、学生の身分に嵌められる箍を軽視しきっていると知れていたケンスケである。
レイが学校に顔を出している時点でもう、避けきれる筈が無かったのだった。
「昼休みもだけどさ、避けてるだろ、綾波。……もう何日だっけ。いい加減さぁ」
「……退いて。本部の予定があるの」
「それは良いさ。いつも御公務オツカレサマってね。でも、予定は前もって言いに来てくれとかないと」
『不誠実ってもんじゃない?』と、ケンスケのしゃくった顎が、“契約”によって彼の所有するものとされたレイの両の手を指し示していた。
「エヴァも持たないネルフが今更、綾波をそんなに忙しくさせる用事ってのも興味深いけど」
「…………。悪いけど、民間人には」
「分かってるって。ほら、俺って軍隊大好きなオタク君だからさ。ついついで聞いちゃったりしてゴメンな」
言いながら、腕組みの姿勢を解いてゆっくりと歩み寄るのは、下る階段へのコースを明確に塞ぎに来る足取り。
今日は何も無しにこのまま帰らせはしないと、そう告げている。
(……だめね)
露骨に牽制の意思を示されては、いくらレイでもそのまま押し通るわけにはいかなかった。
くっと少女の眉間が寄せられる。
それはレイが見せるのは本当に珍しい―― 心中、手詰まりを覚えた時の表情だった。
顔も見たくないというのが本音のところ。
言葉を交わすのも嫌でならない。
その声が背格好が、気配が、かつて覚えた事も無いほどの不快を呼ぶ。
しかし、無関心さで振り切るのは、ここまでに深く取り交わしてしまった後ろめたい関係が躊躇わせる。
強引さを選択することは、更に望ましくない。
相田ケンスケという少年は、もうレイにとって軽んじて構わない只の同級生ではなかった。
学校という空間に並ぶ、学生服を着た大勢の風景物の一つとして扱うことは無理だ。
なにかと無駄な時間を取らせては―― 空疎な理由を持ち出し、優先的な扱いを要求してくる男子生徒たちと同様にあしらうのも、これも最早不可能だった。
「―― しかし、悪いけど、かぁ……」
へへぇと、ケンスケがわざとらしく顎をさする。
言われてみればの話だが、確かに綾波レイが滅多に口にする台詞ではない。
(……嫌な人)
苦し紛れに出した口実は、おそらく見透かされている。
レイはこの頃つくづく自覚させられているのだが、性格というものもさることながら、自分にはあまりに交渉ごとの体験が少なすぎる。
ネルフでの人付き合いは、殆どがまっすぐに伸びた線と同じにシンプルだった。
命令にただ黙って従ってさえいれば良かった。
相手が口に出さなかった裏の意図を推測したり、嘘をついて騙そうとしている等と前提に入れて行動する必要は殆ど無かったのだ。
まして自らが報告する中に偽りを含ませるなど、許されることではなかった。
だから、意味ありげな笑みで言葉を切ったケンスケに、この居心地悪い沈黙に耐え切れない短気さを見せてしまう。
「……何が言いたいの?」
その問い返しは、相手にペースを預けるような、とても不用意なものであったのに。
「分からない? 俺はかなり優しかったと思うよ? 自分の手をどう使うかなんて勝手なのにさ、綾波の傷心を思えばと思ってそうっとしておいてあげたり。これってサービス精神過剰だよね」
「貴方がいつ私を気遣ってくれたというの?」
恩着せがましい言い様に釣られるように問い返してから、レイははっと顔を顰めさせた。
「ははっ、またまたぁ。こんなところで口にすることじゃないけど―― 」
まだ痛むんじゃないの? と。
一応はそろそろ廊下に増えだした周囲を気に掛ける素振りで声を潜め、その実、小声で届く近さに距離を詰めて。
「開通したばっかだからなぁ〜って、サボってんのも納得してやってたってわけ」
「開通……」
「綾波のマクだよ、処女膜。こう、ぶち破られたんだからさぁ」
卑猥な手つきで、指で作った輪にもう片手の伸ばした人差し指をくぐらせてみせる。
「イタした当人の綾波じゃないんだし、オッサンのがどれ位立派だったかなんて知らないけど、大人サイズだったわけだろ? 綾波の処女マンにはデカ過ぎだったんじゃない?」
「…………」
何を言うのかと激昂しかけたものは、胸の内にありはした。
けれども、形だけとは言えども、レイの処女喪失は望んでのものであったのだ。
車中、名も知れぬ中年男性に自ら服を乱して誘いを掛け、果たしてその素肌に意図した通りの痴漢淫手を這わされ、あられもなく喘ぎ悶えた。
男性の行為が予想を遥かに上回り、下着を剥き取られた乙女の秘所を獣杭にずぶずぶと破られてしまったのも、膣奥深く滾るザーメンを注がれてしまったのも、少女が誘惑したればこそだ。
彼女は黙り込むより他は無かった。
無言のまま怒りを堪え、その代わりのように、カバンを持つ白い手がぎりぎりと力を込めていく。
固く握り締めでもしていないと、この利き腕がなにを引っ叩いてしまうか、分かったものではなかった。
そんな様子の校内きっての美少女と嫌われ者の取り合わせに、帰り支度を済ませた生徒達が、軽く好奇を向けながら廊下を足早に過ぎって行く。
俯いた前髪の影で真っ赤にした顔を隠すレイと、なにごとか馴れ馴れしく囁き掛ける眼鏡の男子生徒。
二人は、親密そうな仲にでも見えただろうか。
「……おっと、そろそろ周りも賑やかになってきたし、綾波はネルフに行けよ」
ぱっとレイを放して、ケンスケがひらひら手を振った。
恥辱を噛み締めながらのろのろと顔を起こすと、彼女はその場を後にしていくケンスケの背中を暫く睨み付け、そして自分もまた、増えだした生徒達の流れに混ざる一人となった。
◆ ◆ ◆
階段を下り、ゲタ箱で上履きを靴に替える。
校舎を出ると、傾いた陽が校庭に長い影を落としていた。
振り返って、真新しい造りの割りに薄汚れて見える建物を仰ぐ。
また捕まってしまったと一度は諦めたものを、何とかやり過ごすことが出来た。……いや、見逃してもらえたのか。
ほっと安堵する思いは確かだが、夕方を迎えても蒸し蒸しと制服の隙間から肌にまとわり付いていく暑気は、爽快さの対極にある。
汗の染みこんだブラウスも気持ち悪く、気分が晴れるものではなかった。
あの卑劣な少年はまた、自分の巣である写真部室で可愛そうな誰かを罠に引きずり込もうと画策しているところか。
その算段のテーブルに広げられているのが、レイ自身のサインが記された書面でないとも限るまい。
もしもそうだとしても、ならばどうすれば良いのだろう。
考えたところでただ鬱々と。
抜け出る方策の見つからない思案に首を振って、レイは踵を返した。
「…………」
二人三人と連れ立って家路に向かう生徒たちの中にあって、彼女は今日も一人でしかない。
校門に立って少しだけ逡巡した後は、結局はネルフの現本部にでは無く、仮住まいに帰る駅へと足を向けた。
―― いつか、この道をシンジと連れ立って駅までを歩いたことがあった。
不意に思い出した我が身に、レイは寂しさを覚えているのかと自問した。
あの時はたしかセカンドの少女も一緒にいて、彼女の声だけで道々を騒がしくしていたのだったか……。
(まだ、来週まで碇君に連絡はとれない……)
声を交わすほんのささやかな時間ですら月に三度ほどしか都合出来そうに無いと、やっと消息の掴めたシンジが申し訳無さそうに伝えた。
その事をとても残念に、折に付け思わずにはいられない、寂しさだ。
そうだ、私は寂しい。
この気持ちは、碇君に会えないことを寂しいと思う、私の心―― 。
そうして、ポケットに入れた携帯電話をいとおしく指先に確かめていたから。
『ピリリ……!』と突拍子もなく鳴り出した電子音に、レイは彼女らしくもなく本当に驚いて、ぎょっと赤い瞳を見開いたのだった。
『よう、綾波』
肌は一瞬、暑さを忘れたようだった。
液晶表示に見慣れぬナンバーを示して語り掛けてきたのは、ついさっきにレイを解放したばかりのケンスケの音吐。
『えーっと、今はネルフに行く途中だったかな?』
「……ええ」
『くくっ、そりゃ悪かったな。謝っとくよ』
いかにも白々しい謝罪だった。きっと、向こうも同じに聞いたことだろう。
『……で、良いかい?』
耳元に直に当てた場所から響く息遣いは、レイにそのうなじへ吹き掛けられた“誰か、どちらか”の囁きを想起させる。
綺麗な肌をしているね、可愛い啼くじゃないかと、貶められているかのように聞こえる賛辞。
すり寄せられる荒い呼吸。
ぞろりと無遠慮に這わされた、ナメクジの如き感触―― 。
「―― 用事があるなら、早くして」
『なにね、ついうっかり肝心の予定、つまり今日のスケジュールを聞いとくのを忘れてたって、思い出してさ』
「……?」
今日のとは何の話なのか、レイが戸惑い顔を浮かべるのを予測していた様子で、ケンスケが癇に障る笑い声を立てる。
いかにも愉快そうに、そんな気がした。
『だってもう、綾波のとこは、超法規の特務機関様ってわけじゃないんだろ? だったら、まだ中学生の女の子に夜まで仕事をさせるなんて乱暴なことしたら、役所に睨まれるわけだよな?』
「……知らないわ。私は自分の仕事以外は詳しくないもの」
『へぇ? じゃあ、ますます俺の方が今のネルフについてはよく分かってるってことかな。綾波もいつまでもネルフに良いように使われてないで、労働者の権利ってやつに目覚めた方が良いと思うぜ?』
親切めかして美しい同級生の世間知らずをあげつらい、『……まぁ、そんなことはどうでも良いんだけど』と漸く本題に入る。
ケンスケが訊ねてきたのは、用が済むのは何時になるのかという事だった。
ネルフの仕事があるなら、そちらが終わった後で“手”の役目を果たしてもらうからと、そう告げてきたのだ。
「……夜になるわ」
『遅くなるのが嫌なら、都合はこっちでつけるよ。なんなら、帰りの電車でまた落ち合おうか?』
「二度とあんな真似はさせないで」
応えるのにも険が混じる。
関わりの無い第三者を巻き込むのはもう御免だった。
心ならずも、罪の無い涙を流させる手伝いをしてまった、痴漢行為の犠牲者。
あの少女達に、ケンスケの嬲り者にされるべき理由はない。
「手は返して。代わりにまた貴方の欲しいものを持っていけば良いわ」
『へぇ?』
「私とあなたの取引きよ。どうして他の人に酷いことをしなければいけないの?」
『綾波の処女貰ったオッサンは喜んでたろ。つか、ホクホクだよな、普通。もう一度って誘ってやれば絶対断らないぜ? 酷いことされたなんて思ってないって』
「…………。あれは、あなたの出した条件だったわ。私は約束通りにしたもの」
『手を、返して』と。
只でさえ言葉数の少ないレイは、結局はそれだけを繰り返した。
『手の買戻しに新しい取引きをするのにしてもさ、話をしたいって言ってこなかったのは綾波の方だろう? レア物の処女喪失ビデオは撮らせて貰ったし、こっちとしてはいつでも良かったのにって話』
『……ああ、それから』と、ケンスケが思い出したように付け加える。
『今度はどんな取引きにするか、他のやつらから買った“商品”を付けた帳面を見せてやるって言ったよな』
何を売るか決めてんの? どうせ確りとしたイメージも無いんだろ?
そう問われればその通りなのだが、レイにしてみれば考えたくも無かったことである。
仮に、例えば―― 胸を、痴漢魔と化して他校の少女たちや仕事帰りのOLを玩弄したケンスケも固執していた、乳房を差し出したとしたら。
これまで数度許した時のように、揉み、まさぐり、やわらかな双丘に淫猥な手付きを馴染ませようとするだけでは済むまい。
レイの知識にはもう、男が異性に向ける欲望の中でも最低の部類が付け加えられている。
夏日の下に立ち尽くす少女の脳裏には、手淫の奉仕をさせられている間見せられたポルノムービーの記憶がまざまざと蘇った。
捧げ持つように裸の胸を出す少女。
待ち構える彼女に、ズボンを下ろした男優が性器をしごきながらにじり寄り、やがて双丘の谷間に擦り付けていく。
少女の乳房そのもので磨かせるかの行為はつまり、やがて母性のシンボルとなる部位を用いての擬似的な性交だ。
最後には、男の快感に尽くしきったまばゆい肌にどろりと精が浴びせかけられる。
(『パイズリ』、そう呼ぶサービスの形態……)
自分でさえ男が好むらしいと知る行為を、一旦レイの胸を我が物としてしまったあの少年が要求しないとは、万が一にも考えられない。確実に実行する。
させられている自分と喜色満面の彼の姿が、目に浮かぶようだった。
『―― 綾波、聞いてる?』
「……ええ」
『じゃあ、どうする? ビデオを見た方が分かり易いっていうか、参考になると思うけど。綾波、部屋に端末も置いてるっぽくないもんな』
人間味の薄い美貌に前髪が垂れ、陰鬱な翳りを帯びていた目元。その二つの眼が、ひくと反応した。
片耳に押し当てた携帯に、『前の団地にも、トウジが何にも無かったって言ってたっけ』と独りごちる声に、意識し直す。
僅かの間であろうが、自失していたらしい。
何を言っていた、何かを聞き逃してしまった……?
迂闊、と握り直した手の平には、嫌な湿りが集まっていた。それが次の声で、握ったものを滑らせそうになった。
『じゃあ、重くなるのは面倒だけど持って行ってやるよ。これも気遣いさ。俺って、ほんと女の子には優しくしてるだろ?』
部屋にさえも押しかけてくる気かと、レイは青褪めた。
登校してから帰るまでが、何をどう手伝わされるか分かったものではない不安な時間になっているからこそ、帰宅してからが、参りそうな神経を休めることの出来る貴重なものになっていたのに。
「…………」
『どっかした? 聞いてんの?』
ケンスケは返って来ない返事を待って、その沈黙の長さに―― 満足した風であった。
『まただんまり、か。……ふふん、まぁ良いや』
◆ ◆ ◆
通話を切った後で、レイはまた歩き出す前にハンカチを取り出し、その清潔な布切れで額に粒になっていた汗を拭いた。
手を下ろし、ポケットへ。
携帯を押し込んだその上に、蓋するように仕舞う。
結局、ケンスケとの約束は明日の放課後に時間を設けることになった。
明日で良いよと、また譲歩してくれたのだ。
「……優しくしている? 私にそんなことをしたところで、何になるというの……?」
◆ ◆ ◆
ぱたん。軽快な音を立てて、蓋を閉じる。
畳んだ携帯を理科実験室お下がりのデスクに投げると、ケンスケは隙間から覗いていた遮光カーテンを引ききった。
「だってさ。聞いてたろ? 予定はキャンセル。演物は一日延期、延期だよ」
西日の射し込みも閉ざされた薄暗い部屋隅に、投げるように言う。
「……不満?」
訊かれ、微かに動いたのは、ダンボールを積み上げた隙間に丸めてあると見えた、暗幕の塊だった。
視線を注意深く落とせば、更に布地に人のかたちが浮かび上がる。
黒い端から爪の先だけはみ出した、少女の素足も。
上履きを履かない可愛い足先を目にした後で、改めて視線を上げていけば、膝を抱え込んで蹲る少女の姿が映るようになる。
「友達甲斐無いのな。女の子同士ってそんもんなの?」
『立てよ』と。命令して少年は椅子に腰を下ろした。
逆に暗幕を被った少女は身をもたげる。
立ち上がるシルエットの上にぞろりと布地を滑らせて、外套を纏ったかのまま。
姿勢を変えて覆い隠す丈が足りなくなった分からは、すらりと伸びた脚線美が現れる。
続いて、頼りなく内股気味になった真っ白な太腿も隠せなくなる。
ケンスケの前におずおずと背筋を伸ばすと、すべらかな無毛の恥丘までがヤニ下がる少年の眼に晒されていた。
「…………」
「ははっ、なんだ、濡らしてんじゃん。期待してたわけ?」
下着を履かず、手も翳さないのであれば、遮るものはない。
ぴったりと未成熟に閉じ合わさる二枚の花びらに、隙間からトロトロと滲み出す淫蜜のぬめりが。
「……っ」
真っ赤になったのだろう。背丈を見ても同級生―― まだまだ16歳にもならない女の子なのだろうから。
動揺を肩に震わせ続ける彼女に、ケンスケが下から手を伸ばす。
「俺のも準備しろよ。そしたら、机の上で泣くほど嵌めてやるって」
そうして羽織った暗幕を毟り取られた少女は、言われるまま素直に跪いて、早くも牡臭をにおわせ出した股間へ首を傾けていった。
「楽しめよな。ツルツルマンコが真っ赤に腫れ上がるくらいぶっ挿しまくって、明日まで消えないようなきっつい跡を、たっぷり、いやらしく、付けまくってやるからさぁ!」
◆ ◆ ◆
―― 翌日。遂にレイは、ケンスケの前に、ズック靴と黒いソックスを履いただけの素裸を晒す羽目へ陥っていた。
得体の知れない荷物類が雑然と詰め込まれた狭い部屋で、一角だけはぽっかりと空いた撮影スペースに、下着さえ脱いでカメラと向かい合う。
なだらかに盛り上がって桜色の頂を擁く双丘も、恥毛の芽生えも確認できない幼い下腹部も、強烈な照明に曝されるままだ。
ネルフの検査によってある意味そう振る舞わされ慣れた全裸観察の場が、所を移して再現されたと言っても良い。
しかし、寝不足もあって普段に増して顔色の悪いレイの心中は、気鬱そのものだった。
バックスクリーン代わりの暗幕を背に立たされている、このライトアップされた一角と同じだ。
いかに被写体以外の排除のため片付けられていても、狭い室内でそれだけの容積を確保した分、脇にはダンボール箱がうず高く積み重ねられている。
壁を為したその圧迫感は閉塞した状況の再認識となって、やるせなくレイを追い打つ。
「よぉし、じゃ次の“物件”の撮影といこうか。後ろ向いてよ、綾波」
「…………」
黙って従い、美少女はつるりとしたヒップを注し出した。
「良いね。脱いでる時も思ったけど、想像通りむしゃぶりつきたいケツしてるじゃん」
三脚に据えられたクラシックな黒の一眼レフがひたと向けるレンズは、その後ろに中腰で張り付いている少年の視姦する視線の拡大だ。
普段は人前にすることもない、少女の秘められた部位を、ファインダー一杯に引き伸ばすべく前後に細かくズームする砲口。
目盛りが飾る筒の中、収まるレンズの奥のレンズ、その次に重ねられたレンズ、一枚次にさらにまた―― と、並び仕込まれた最後に、少年の紛れもない肉眼が、
「……へへ。オッパイもだけどさ、まさか綾波のこんな美ケツ、拝ませてもらえる日がくるなんて思ってなかったよ」
野卑にうそぶきながら、レイのこじんまりとした尻朶を食い入るようにしている。
ハァハァと鼻息を荒く興奮しながら、ほっそりとした肢体に相応しい幼いヒップラインを凝視している。
(ますます悪くなってるわ……)
暗澹と打ちのめすものは、またもの敗北感だった。
手を取り返すため、同性に対する痴漢行為に手を染め、処女を失い。
元来、執着するものを余り持たなかったレイにとっては、こうも“失い続けている”という逼迫を自覚すること自体、稀であったのだが。
(ああ……)
暗く、顔は俯いていく。
『じゃ撮るから、動かないように頼むぜ』と、背後からフラッシュが叩き付けられると、レイは観念したかのように、その眩さを避けるように、目を閉じた。
(……どうしてこんなことに)
◆ ◆ ◆
彼女が今日、交渉を挑まねばならなかったのは、陰湿に弁の立つケンスケだった。
一度主導権を握られてしまえば、口巧者にはほど遠い自分では挽回する目を見出せまい。
そう一晩考え抜いた末、短期決戦を狙うことこそが被害を最も少なく抑える方策だろうと結論を出すに至っていた。
被我戦力の差を思えばベストな結果はとうてい手にしえない。
ベターな決着を模索する方がまだしもであろうと。
故にレイは、即決を企図したカードを切った。
妥結点を巡って拙く探り合う目論見は捨て、最も高く売り付けられるだろう物件をいきなり提示したのだ。
取引きの舞台である写真部に入った早々、持参したのはこれだとブラウスからリボンをほどき、続けてボタンもぷつぷつと解いて、思い切り良くはだけたのである。
(……他には、思いつけなかった)
促されるまでもなくブラジャーまで外してみせたのは、彼女の許容可能な限界において選択したこの“取引き材料”で決着させるという意気込み―― 覚悟だった。
だが、
「へへぇ……」
レイのいきなりの脱ぎっぷりに椅子の上で『ヒュウ』と口笛を吹いたケンスケは、彼女の意図したところの“ぶらさげたご馳走”に齧り付こうとはしなかった。
「いい脱ぎっぷりじゃん?」
眼鏡のフレームをくいと持ち上げ、ためつすがめつ眺め回していても、反応は随分と淡白に留まる。
左右に開いた制服からふたつ突き出す尖った形の隆起は、いかにも芯に硬さを残すティーンのものだが、形状への審美眼を持たない彼女にも彼女なりに勝算あっての露出ディスプレイなのである。
電車の中でレイを文字通り暴き、歓喜していた“あの人”。
彼もまた、買戻しの話を持ちかけた時はじめて触らせたこの胸に、見事に相好を崩していた。
忘れられぬ喪失を喫した先日、痴漢誘惑の下ごしらえを許したトイレの中ではあれほど有頂天になって揉み心地を確かめていたのではないか。
「―― 不足だと言うの?」
「いやぁ、綾波のおっぱいにケチは付けないよ。とってもエロいおっぱいで、眼福、眼福ってね。……こうしてじっくり見せてもらうのは初めてだしさ」
ビデオを撮らせて貰った時は、こうまともに眺めるなんて出来なかったしと。
「あれさ、とりあえず綾波だったバレないようにモノクロ編集とか色々して流したんだけど、大評判だったぜ?」
「……っ」
「下は顔と一緒でモザイク掛といたからさ。その分、ブラまでずらされたオッパイはモロだったろ。綾波のあへ声聞いてチンコ立てた連中、『あの第一中制服のロリ乳ちゃん』の新作は無いのかってうるせーのなんのって」
いや良い商売になったと真摯さのない感謝をしてみせる。
「あれが開通式だったってキャプ付けといたのも効いたかな……?」
「……なら、商品として、問題は無いのでしょう?」
「価値はあるね」
ケンスケは即答した。
「話題の『あの第一中制服のロリ乳ちゃん』の胸だもんな。写真にしても結構いけるだろうし、俺もモミモミさせてくれるんなら金出して良いぜ」
「それなら―― 」
「でも、“俺の手”のがもっと高いんだよね」
『……は?』と、きょとんとした顔を見せたレイは、次に眉間を険しく怒らせた。
「手よりも良いと、欲しいと言ったのはあなたよ?」
「言ったっけ?」
「私が、手を買い戻したいと言った日に。……それとも、嘘をついたというの?」
曲がりなりにも交渉は誠実に、言明した内容に限れば偽りは無い。
故に、こんな契約でも意味を持つ―― 。
ケンスケの言葉へのある意味の信頼があってこそ、彼女はけなげに約束を守り続けたのだ。
「気付けなかったことでくやしいと思っても、嘘ではなかったから私は我慢したの」
それを翻すようであれば、
「もう―― 」
いいわと、ここまでよと決別を叩き付けようとしたレイに、ケンスケは最後まで言わせなかった。
「値が落ちたんだよ。市場価格ってやつ」
「……何を、言っているの?」
「そう疑わしそうにすんなよ。新鮮さが薄れた商品が値下がりするのは当然じゃん。昔はスクープネタだったエヴァンゲリオンだって、今じゃ写真くらいばんばん出回っててさ。どこのマスコミも大金積んだりはしないだろ? それと一緒だよ」
「……商品価値を確かめたいというから、触らせたの。まだ、売ったわけではないわ」
「ああ、あの駅のトイレでもたっぷり揉ませてもらったもんな。でも、あれは誘惑の仕方を知らないからって、エロい顔になるように手伝ってやっただけだぜ」
ならばと、レイは抗議に唇を尖らせた。
むすっとしたその表情にさえ、当のケンスケは(うっわ、こーゆー綾波をあんあん言わせて、顔の真ん中にぶっ掛けてやりてぇ……)と、欲情していたのだが。
―― つまりは、その程度にあしらわれていたのである。
「俺が言ってるのは、仕入れ値に見合う儲けが出るかって、そういう市場価格。もう綾波のオッパイは痴漢ビデオで売りまくった後だからさぁ」
今更、バストヌードを商品にしたところで、『過激さが足りないよね』と。
「……あなたはどうなの。あなたは私の……、私の胸を触りたいと」
「思ってるよ? でも、個人的にコレクションしとくにしてもね」
使い勝手の問題なのだと勿体付けるケンスケに、寝不足の少女はまんまと乗せられていた。
「……使い勝手?」
「綾波のオッパイはさ、“俺の手”みたいにチンポしごいてくれんの?」
「……それは」
たっぷりと逡巡して、嫌そうにレイは口にした。
「……パイズリ、を」
「してくれるって?」
再び『ヒュウ』と歓声を。
「で、俺の代わりに盗撮カメラ回してくれたり、痴漢ビデオの手伝いをしてくれたりは?」
それにと邪悪に持ちかける。『手はどこでだって使おうと思えば使えたけど、オッパイだとどうなの?』と。
例え電車の中のような人前でも“手”なれば、こっそりとその場で恥女のような手淫をもってケンスケをあやしも出来た。
同じように、言った場所でどこででも胸を出して奉仕することは出来るかと、意地悪に尋ねたのだ。
レイはそんな自分の姿を想像し、そして躊躇った。
確かにそれは、羞恥の感情だった。
少年の視線は、すぅすぅと心許なくはだけたままの胸元に突き刺さっている。
この二人だけの密室で、既にろくでなしだと見切りを付けた相手一人にであれば、レイは蔑んで無視してしまえる。
(ネルフの人たちと変わらないわ)と考え、恥らうことなど無かった。
だが、仮に同じ行為をクラスの中で公然としてしまえるか、アスカやヒカリ、マナ、マユミといった知人たちの前で晒すことが出来るか。
(……碇君が知ったら)
既に人前で肌を見せることへの世間的な評価、性的な意味合いが伴う露出の意味も、バスト奉仕で男の陰茎を挟んでみせるような女がまず例外なく蔑まれることも、レイは把握している。
綾波レイが恥ずべき少女であると知れ渡る、離れた土地に今は住まう少年にも伝わってしまいかねない、それは恐怖だ。
『綾波がそんなことをする女の子だったなんて』とでも言われればと、考えれば血の気が引く。
「……噂になれば、あなたも困るはず」
「へへぇ、脅すわけ?」
「いいえ。でも、そうでしょう?」
「試してみるのも一興だよな。今から教室に戻って、それで乳出しセミヌードのまんま授業受けてみろよ。俺がやらせてたって言ったって、天下の綾波レイ様が俺程度の言いなりになったって誰が信じるかねぇ」
いや、と。面白そうにケンスケは椅子の上でふんぞり返って言った。
「信じるかもね。なんせ評判の悪い盗撮カメラ小僧だし。脅迫されたって言えば一発かな」
「…………」
そしたら当然この部室も調べられるか、大事になるね。そう人事のように言う真意が掴めない。
いっそとレイも何度か考えた解決法だ。
職員室にでも駆け込めば、相田ケンスケは追放されるのみだろう。
決して、彼自身がニヤニヤと口にすることではない筈。
「あ〜、その場合は大騒ぎか。なんせ、学校中の色んな女の子の恥ずかしい写真やビデオが出てきまくりだもんな」
「……あなた!」
「先公どものモラルに期待すんのも考えもんだぜ? 情報漏えいっつーか、連中も男なんだしさ。興味本位に垂れ流したり、自慢したりしない保障なんか無いって」
意味ありげにデスクから眼鏡を光らせ、胸出しのセミヌードで佇むレイに仄めかす。
「学校中相手に手広くやってる俺の客に、教師は居ないって思うかい?」
綾波レイは知らない。
つい先週の土曜日、まさにレイと同様の忌まわしい罠の捕らわれ人となり、ケンスケの辱めに裸身を悶えさせた友人達は、学園教師の権限が無ければ密室に閉め切ることは出来ない音楽室を舞台に、存分に犯し抜かれたことを。
その鍵をケンスケはどこから入手していたのだろうか。
「忘れてないよね? 綾波の手に手伝って貰った盗撮ビデオって、惣流や委員長たちも映ってるんだぜ」
「……!」
「あいつらも学校中にファンの多い可愛いコちゃんたちだし。どんだけ歳食った爺さん先生でもさ、まず100%、ムラムラきちまうぞ?」
ああっと脳裏に蘇ったのは、よりにもよって到底人前に出すことの出来ない自慰歓喜の様を演じていた友人たちだった。
「……それは」
「ダメだよなぁ? みぃ〜んなに迷惑掛かっちまうもんなぁ? 顔バレしないように流してるだけの痴漢ビデオ程度の迷惑なんて、目じゃないって」
『まさに傍迷惑ってやつさ』と、少年は言葉を切ってレイを見上げた。
くるり、くるりと回転椅子を回し、背を向ける。
くるり、くるりとまた、いやらしい顔を向ける。
言うべきことは言ったから、後はそっちの決断次第。どうする? と、態度で問うていた。
「…………」
困惑すると黙り込む癖。
レイの歩んできた人生を俯瞰して見ることの出来る人間がいれば、一言で言い表せる。
所詮は箱入り娘だと。
口八丁手八丁で詐欺師の真似事を重ねてきたケンスケに、これまで彼に騙されて隷属を強いられてきた幾人もの少女達の中でも、特に世間取らずの部類に入るレイでは、やり合うのにいくら何でも不利に尽きた。
更には、周囲に説明されているよりも実はずっと幼いのだ。
ケンスケもまさか同い年だと信じている相手が三つも年下だと気付かないが、その本質は組し易しと看破していた。
ただ、生来のものを兵士としての経験が培った明敏さは、侮ってよいものではない。
故にケンスケは、追い詰め切らずに救いの糸を垂らす。
猫を噛む窮鼠にならないように。予想外の反撃を考え付かないように。
幾ばくかマシかと思える方向へ、まだしものベターだと綾波レイが納得ずくで踏み込むように。
「他人に迷惑を掛けたくないから、手は嫌だって話だったよな」
「……ええ」
「何かする側で働かされるのは嫌だって」
「ええ」
「だったら、何かされる側で我慢してもらうしかないよな?」
「…………。ええ」
渋々といった体で、レイは頷いた。
「オッパイなんて使い勝手が悪くて、手より値が落ちるって話も分かってくれた?」
弱り果てた様子で目をうろうろとさ迷わせる美少女の貌は、見ていて実に楽しいものだと、ケンスケは思う。
それがまして綾波レイ。
一足先に陥とした惣流アスカほどの喧嘩腰ではないものの、気の強さは似た域のものだ。
たっぷりと蔑んでくれた、その意固地な赤い眼が、負け犬のように力を失って服従してくれる。
(あの綺麗なオッパイももう俺のもんだな)
無造作を極めたらしい過去の食生活のせいか、単に発育が遅れているのか。女らしいまろみには乏しい未成熟な尖り方でも、いかにも涎塗れにしてしゃぶり上げたくなる、純白の乳房。
はじめて間近にした新鮮なイチゴ色の乳輪、乳頭も、実に美味しそうだ。
(こう、ぐいって絞ってやって、乳首を噛んでやりながら思いっきり吸ってやったら、綾波どんな声出しやがんのかな……)
この俺にされて、と。
痴漢中年に揉まれて、あんあんと喘いでいた貌を思い出す。
直接素肌を汚してやった最初の男になれなかったのは少し惜しいが、これだけ憎々しく思ってくれる男が相手なら、さぞや弄くり甲斐のある我慢ぶりを見せてくれるだろう。
(ほんと、惣流の時くらいだな。こんなに痛くなってくんのはさぁ)
勃起のあまり、苦痛さえ覚えはじめたズボンの下を意識する。
もう少しだ、あと少しで最高に気持ち良く、校内でも随一を競える美少女、氷の綾波でイクことが出来るからと。
自分の手なんかで気持ち良くなるのは、勿体無い。
「―― それで?」
相田ケンスケの卑劣な猫撫で声が促した。
「オッパイだけじゃあ、足りないな。……どうする?」
暗幕を窓に引ききった部室に、カッチカッチと刻む時計の音だけが流れていた時間はどれくらいだったろう。
必死に考え続けたレイにとっては、次第に息詰まっていくばかりの短い間だったか。
ケンスケは期待が胸に鼓動となって湧き上がる一瞬一瞬を、笑み崩れそうになりながら我慢して、待った。
「……だったら、私は……」
ああと喉を喘がせたようだった。
そうして綾波レイは、スカートの中に両手を入れて、清潔な白のショーツをするする引き下ろして―― 。
かぼそく無念の息が、『……くぅっ』とこぼれたようだった。
右足首、左足首と抜いてポケットに仕舞うと、後ろを向きながら小刻みに震える手でスカートの裾を掴み、そして決心を固めた様子で静かに捲り上げていく。
「私は、これを……あなたに売るわ」
肉付きの薄い、しかし雌鹿の如くひきしまった美しい太腿の上に、くっと上向きに差し出された綾波レイの双臀が。
相田ケンスケの賞味を待って、ふるふると淡白く揺れていたのだった。
Original text:引き気味
From:エロ文投下用、思いつきネタスレ(6)