好きになった人には、すでに想い人がいた。
最初から叶わない運命の恋だった。 あの人の好きな人は俺と同じ委員会の先輩で、学校中の生徒から『王子様』と呼ばれるほどの有名人だった。大層なあだ名だけど、先輩は綺麗で頭が良くて、真冬のような凛とした美しい眼差しが印象的で、『王子様』という称号がよく似合っていた。一年生の間でも憧れているヤツは多くいた。『王子様』……武藤渚先輩は、俺と一つしか違わないというのに常に冷静で大人びた性格をしていて、親しみやすいとは言い難かったけど、真面目な努力家で俺も尊敬していた。あの人が先輩に惹かれるのは、当然のことだった。 代々図書委員長は、生徒からだけでなく教師からもいい意味で一目置かれる生徒がなるのが伝統なのだそうだ。武藤先輩も例外ではない。 前の図書委員長である宮城十夜先輩も、その美貌と浮世離れした優雅さから『天使』と呼ばれて慕われていた。委員会の主な業務は二年生以下が引き継ぎ、三年生の仕事はほとんどないが、それでももともと本好きらしく、たまに図書室に寄った際には後輩たちにも声を掛けてくれていた。 しかし、宮城先輩はとても優しい人だったが、人間離れした清らさかと美しさは緊張を煽り、声を掛けられても後輩たちは舞い上がりすぎて、碌な返事も出来なかった。 あの人は、武藤先輩に会うためだけに、図書室に通っていた。 その証拠に武藤先輩が貸し出し当番の日だけ図書室に現れ、退屈そうな顔で本(写真集や流行のライトノベル等、文字が少ないもの)を読みながら(もしくは机に突っ伏して眠りながら)、図書室が閉まる時間まで過ごしていた。おそらく読書はあまり好きではないのだろう。 日当たりの良い窓際の席があの人の定位置で、その席からはちょうどカウンターが見えた。一途に武藤先輩を見つめている姿に惹きつけられた。あの瞳で見つめられたいと願っていた。 あの人はじっとしているのが苦手らしく、ときどき椅子に座りながら腕を前に伸ばすようなポーズをとっていたが、その仕草が家で飼っている猫のようで、可愛かった。 あの人は感情が顔に出やすいらしく、哀しい本を読んでいるときは目に涙を浮かべながら本を読み続け、楽しい本を読んでいるときは嬉しそうにページを捲っていた。まるで子供のようで、庇護欲をそそられた。容姿も高校生男子とは思えない愛らしさで、黙って座っていれば完璧な美少女だったけど、好きになったのはそんな理由じゃなかった。姿かたちではなく、くるくると変わる表情に魅せられた。 一人で来ることもあれば、友達を連れてくることもあった。友人が多いほうではないのだろうか。連れてくる友人はいつも同じ顔ぶれで、二人しかいなかった。 一人は優しくて大人しそうな雰囲気の先輩だった。英語が得意のようで、図書室では原書で小説を読んでいることも多かった。 もう一人の先輩は……こういう言い方は失礼かもしれないけど……到底、図書室に通うような感じではなかった。この学校では珍しく髪を少し染めていて、耳には銀の小さいピアスをはめ、目つきも鋭かったから、不良まではいかないものの『怖い先輩』という位置づけだった。 このときは、まさかこの『怖い先輩』だと思っていた真野翔太先輩が、将来、恋人になるなんて微塵も予想していなかった。 俺は子供の頃から、大人の言うことをよくきく、いわゆる『いい子』だった。別に『いい子』になることを目指したわけではなく、勉強もスポーツも好きだったから真剣に取組んだ結果が、たまたま大人たちのお気に召したのだ。好きなことを好きなようにしてきただけだから、親の期待に応えなければならないとか、プレッシャーを感じたことは今までなかった。しかし『真面目』であることが自分にとっての自然体であっても、それを煙たがる者もいる。中学生の頃は一部の生徒に妬まれ、「先生に媚を売っている」と陰口を叩かれたこともあった。 浅慮なことに俺は見た目だけで判断し、真野先輩もそのようなたぐいと同じで、価値観の合わない人だと苦手意識を持っていた。 けれど学園祭のときにたまたまクラスの代表に選ばれ、真野先輩と話す機会があって、俺は真野先輩に抱いていたイメージが偏見に基づいたものであったことに気がつかされた。それ以来、接する機会がないので話すこともなかったけど、廊下で会えば挨拶ぐらいは交す関係になっていた。 真野先輩との距離が縮まったのはしたのは、俺の失恋が決定的になったことがきっかけだった。 校内では「『姫』は『氷の王子』に片想いしているが、『氷の王子』は『姫』のことがあまり好きではない」というのが定説だった。 武藤先輩の東雲先輩に対する態度があまりにも冷たかったから、二人が付き合っていると思う者はいなかったのだ。だが、武藤先輩が公衆の面前で冷たい態度を取り続けたのには理由があり、自分の過激なファンから東雲先輩を守るためだった。 二人は一年生のころから恋人同士だったのに、俺はそうとは知らず東雲先輩をデートに誘い……玉砕した。失恋しただけでなく、俺のファンが東雲先輩に嫌がらせをするという事件も起こり、俺はどん底までへこんだ。己の浅はかな行動が好きな人に迷惑を掛けてしまうなんて、穴があったら入りたいという心境だった。死ぬほど恥ずかしくて情けなくて、このまま消えてなくなりたいと思った。 武藤先輩から、犯人を見つけ出すために真野先輩と恋人同士のフリをするようにと言われ、巻き込んでしまった真野先輩には申し訳ないと思いつつ、一刻も早く犯人を見つけるためにと芝居をうった。犯人が捕まるまでは気がかりで夜もゆっくり眠れず、問題が早く解決するためなら、どんなことでもするつもりだった。 落ち込む俺に、「ばぁかっ! 謝ってんじゃねぇよ。草壁、お前が悪いわけじゃねぇ。こそこそ飛鳥に嫌がらせするヒキョーモノが全部いけないんだろ!」と真野先輩は言い切り、俺を慰めてくれた。 どれだけその言葉に救われたのか、真野先輩は分かっていないに違いない。 優しい人だと思った。 恋人だと見せかけるために長時間一緒に過ごしじっくり話をしたら、好きな音楽・スポーツ選手・本・映画……驚くほど趣味が合うことが分かった。そして真野先輩は、最初の頃は気を使って貰っているということが分からなかったほど、さりげなく気を使ってくれるような人だった。長男気質の俺は、どちらかといえば下級生はもちろん同級生からも頼られることが多かったので、甘えさせてくれる真野先輩の存在は新鮮だった。 犯人が捕まった後ももっと真野先輩と一緒に過ごしたくて、「今までどおり一緒にいたい」とお願いしたら、真野先輩は受験生で忙しいのに「構わない」と許してくれた。おそらく、失恋して傷心だった俺を、思いやってくれたのだろう。 東雲先輩に恋をしたときは、浮き足立つような気持ちだった。憧れの芸能人に入れ込むような気持ちだった。振られたのはショックだったけど、心のどこかで東雲先輩は俺を選ばないと、分かっていたのかもしれない。 真野先輩への想いは、東雲先輩に抱いた想いより、もっと切羽詰ったものだった。俺にとっての真野先輩の存在は、空気や水のようになくてはならない人へと変わっていき、気がつけば手離せなくなっていた。幸いにも真野先輩には他に恋人はいなかったから、ゆっくり口説いていくつもりだった。絶対に好きになってもらおうと思っていた。 告白もせずに失恋をするのは一度でたくさんだ。自分の気持ちを自覚してから、すぐに真野先輩に気持ちを打ち明けた。 告白してから半年経ってから、やっと真野先輩は俺の気持ちを受け入れてくれた。真野先輩の大学受験の合否を心配して待つ俺に、真っ先に電話をくれて、そして「好き」だと言ってくれた。ようやく想いが通じて、嬉しくてたまらなかった。あのときの喜びは、いつまで経っても褪せることはない。 けれど、真野先輩の受験が終わったら今度は俺の受験準備が始まってしまい、ときどきキスをするぐらいで、二人の仲はしばらく進展しなかった。 受験生である俺の邪魔をしたくないという真野先輩の気持ちが分かったから、俺も受験が終わるまではと我慢した。 第一志望の大学に合格したとき、真野先輩も一昨年の俺のように大学まで来てくれていて、「おめでとう」と微笑んでくれた。 そして「じゃ、行くか」と、真野先輩は俺の手を握り、迷いない足取りで歩き始めた。 てっきり駅に向かうかと思ったら、連れて行かれたのはホテル街だった。 「…………」 俺があっけに取られていると、真野先輩はラブホテルをさっさと選んで中に入ってしまった。真野先輩の後についていきながら、俺は周囲を見回してしまった。薄暗い中、部屋の写真のパネルが光っている。どうやら、現在空室の部屋のライトだけ灯っていて、部屋代を支払い、ボタンを押すと鍵が出てくるシステムらしい。 真野先輩は初めてとは思えない慣れた手つきで部屋のボタンを押し、鍵を受け取った。それと同時に、選んだ部屋のパネルのライトが消灯した。 「…………」 「あ。別の部屋のが良かった? 俺、適当に選んじゃったけど」 「あ、いえ、別に、どこでも……」 混乱しながら、真野先輩が慣れた様子なのが気になって仕方なかった。 「あの……来たこと、あるんですか……? 慣れてるみたいで……」 「ん? ばぁか、浮気なんてしてねぇし。ネットで前もって調べといただけ。俺だって、お前以外と、こんなとここねーよ」 真野先輩はこういうことでは嘘はつかない。俺がほっと胸を撫で下ろしている間、エレベーターは目的の階についた。 部屋に入ってすぐ目に入ったのは、ばかでかいベッドだった。何をするための部屋なのかまざまざと分かってしまい、どきりとした。 「じゃあ、俺、先にシャワー使うから」 「あ、はい……」 展開の速さに俺がついていけないでいる間にも、真野先輩はさっさと……おそらく俺と繋がるための……支度をしていた。男らしく堂々と服を脱ぎ捨て、俺の目の前で全裸になると、浴室へと入っていった。 俺はのろのろと自分のコートと真野先輩のコートをハンガーにかけ、部屋は暖房が効いて温かかったから、セーターも脱いだ。シャワー室が透けて見えて、恥ずかしくてぎくしゃくと俺は目を逸らした。 生まれて初めてのラブホテルに、緊張して手に汗をかいてしまった。心臓の鼓動が早い。 じっと待っているのも落ち着かなくて、部屋の中をうろついていたら、アダルトグッズの自動販売機を見つけてしまった。何気なくテレビをつけると、男性が女性に性器を突き立て、激しく腰を動かしているシーンが映し出された。いわゆるアダルトビデオというやつだ。俺は慌ててテレビを消した。 そして枕元には、コンドームの二つ置かれている……。 そういうものに囲まれていると、自然とそういう気分になってくる。俺は、下半身に熱が集まるのを感じた。真野先輩のシャワーを浴びる音が、否応なく気分を高めていく。 真野先輩の行動に振り回され動揺しつつ、唐突に訪れたおいしい状況に喜んでいるのも確かだった。試験勉強の合間に自分を慰めながら、ネタにしていたのは当然、恋人である真野先輩だった。一度も触れたことがないからこそ、妄想は膨らむばかりで、抱き合える日を今か今かと待ちわびていたのだ。 「お待たせ」 真野先輩は髪の毛を乱暴にタオルで拭きながら、前を隠すことなく、裸のまま出てきた。 痩せすぎでもなければ太ってもいない、標準的な男の身体。真野先輩は運動系のサークルに属していないからがっしりした体格ではないけれど、運動神経はけして悪くなく、少年のようなしなやかな筋肉がついている。そして、肌はなめらかで、艶やかに輝いていた。 想像通り。いや、想像以上に、魅力的な身体だった。俺にとっては。 ズクリと下半身が大きくなる。 早く……触れたい。 愛しい人の身体だから、これほど飢えた気持ちになるのだ。 男も、女も、真野先輩以外の人間は欲しくない。 誰もが最愛の人の前では色褪せる。 俺は真野先輩の裸体に魅せられ、しばらく身動きできなかった。 すると真野先輩はつかつかと俺に近づき、いきなり俺の股間に触れてきた。 「ま、真野先輩っ!!」 「良かった。タってんじゃん。一応合格祝いのつもりなんだけど、お前がぼんやりつったったままだからさ。ソノ気だったの俺だけかと思って、マジビビった。俺の体みて、興味なくしたかとヒヤリとした」 真野先輩は言葉どおり、ほっとした顔をしてにっこり笑った。 笑顔が可愛くてどきどきした。理性が焼き切れていく。 「えっ。あの……合格祝いって……」 「あー。祝いっつーのも、俺ごときがって感じだけど。お前、受験生だったし、俺はお前の足ひっぱるのヤだったし……。ずっと我慢してたから……」 困ったような表情で、顔を赤くし、真野先輩はたどたどしく言葉を紡いだ。 ……可愛い。……すげぇ好きだ……。 俺への好意を言葉や態度で、率直に表してくれる真野先輩が大好きだ。 俺の気持ちに添おうとしてくれるから、いつでも一緒にいて安心できた。 血の繋がった家族より、親しい友人より、俺のことを理解し受け入れてくれる。 一生、ともに生きていきたいと強く願う。 俺にとって、かけがえのない人だ。 「……いいんですか? 多分……痛いですよ。俺も初めてですし……」 「ん。痛い、かもだけど。……俺、お前とヤりたいし」 大胆にホテルに誘っておきながら、今更照れたように頬を染め、真野先輩は軽く目を伏せた。 可愛いことを言う恋人が、本当に愛しくて愛しく、俺は強く真野先輩を抱きしめた。 「……俺も、先輩と、したいです……」 気持ちを込めて、俺は真野先輩にキスをした。 舌を絡ませ熱い吐息を交換する、ディープなキス。 真野先輩は俺の首に腕を回し、従順に俺を受け入れた。ベッドに押し倒しても、真野先輩は抵抗しなかった。それどころか足を軽く開き、俺の体を太ももで挟み込んだ。 唾液の甘さを十分に味わってから、真野先輩の頬や首筋、平らな胸にキスをしながら体中に指先で触れた。足の間にあるモノに指を絡ませると、甘い声で鳴くからたまらなくなって、真野先輩の首筋に軽く噛み付いた。 「草壁も……脱げよ」 「……はい」 離れがたかったけど素肌で触れ合いたくて、俺は服を脱いだ。そして再び真野先輩に覆いかぶさる。真野先輩の熱が直接伝わってきて、それだけで気持ちいい。 キスを繰り返しながら真野先輩の中心に触れると、真野先輩も俺のモノに触れてくれた。 好きな人に触れて、触れられて、すごく興奮する。 二人とも慣れていないから、最初の解放は早かった。 ほとんど同時に達して、真野先輩の腹の上で二人の白濁した体液が混ざり合う。 「……草壁、イれる気なら……俺のコートのポケットにローションが入ってるから、それ使えよ……」 真野先輩は荒い息をしたまま、頬を染めて顔を逸らし、小さな声で囁くように言った。おそらく照れているのだろう。大胆なくせに貞淑で、そのアンバランスさに惹かれる。 俺がローションを垂らして指で後ろを解そうとすると、真野先輩は顔を真っ赤にして足を震わせ、それでも俺がやりやすいように、潔く足を開いてくれた。 羞恥のあまり半泣きになりながらも、俺の欲望を受け止めてくれようとする恋人の姿に胸が甘く締め付けられる。恋人の健気な姿に、愛しさはますます募っていく。 「んっ……」 指を三本に増やして中を広げると、真野先輩は苦しそうに眉根を寄せた。それでも「やめろ」とも「痛い」とも言わず、俺の行為を許してくれた。 真野先輩の優しさに甘えているという自覚はある。愛する人に苦痛を与えてまで、己の欲望を満たしたいと思うなんて、我ながら情けない男だと思う。 それでもどうしても欲しくて、せめて真野先輩が痛みを感じないように、俺は慎重に真野先輩の体を開いた。 「……もう、いいから……入れろよ……」 「……はい」 指で十分広げたつもりだったのに、それでも真野先輩の中はキツかった。真野先輩は唇を噛み締め、ただ黙って耐えていた。じりじりと体を進め、ようやく全てが入ったときは、二人とも汗だくだった。 とうとう最愛の人と繋がっているのだと思うと、感極まるものがあった。俺は繋がったままの体勢で、真野先輩を強く抱きしめた。 「……草壁……?」 抱きしめたまま動こうとしない俺に、真野先輩はいぶかしげに声を掛けた。 「……嬉しくて……」 「……ばぁかっ……。お前、可愛すぎ……」 苦しげに喘ぎながら、真野先輩は微笑んだ。 優しい笑顔に、この人を好きになるのは運命だったと、心から思った。 ……出会えて、良かった。 きっと初恋が実らなかったのも、この人に出会うための道標だったのだ。 「可愛いのは、真野先輩のほうです……」 最初は真野先輩の様子を気遣いながら、ゆるゆると腰を動かした。 けれどいつしか理性の糸は切れて、がむしゃらに真野先輩の体を貪っていた。濡れた音と、腰を打ちつける音が部屋に響く。一度だけでは我慢できず、入れたまま三度、欲望を放った。 ようやく理性を取り戻すと、腕の中で真野先輩はぐったりとしていた。 「だ、大丈夫ですか!?」 「〜〜〜〜って〜……。てめぇ、少しは手加減しろよ……。初めてだっつっただろうが……」 真野先輩は涙目だった。我慢強い人なのに、余程痛かったのだろう。 俺は慌てて真野先輩の中から引き抜き、みっともなくおろおろと、俺を受け入れた箇所が傷ついていないかまじまじと見つめた。赤くはなっていたが、切れてはいないようでほっとした。 「すみませんでした……。あの、すげぇ気持ちよくって……夢中になっちゃって……」 「……お前さぁ……。それって、狙って言ってんの?」 「え?」 「……なんでもねぇよ……」 真野先輩は呆れたように溜息をつき、俺の頭をくしゃりと乱暴に撫でた。 「飼い主に叱られた大型犬みたいな顔してんじゃねぇよ。別に、もう怒ってねぇし。いてぇのは覚悟してたけど、予想以上だったからムカついて八つ当たっただけだ。気にすんな」 「あの、でも……。すみませんでした……」 少しぐらいの痛みだったら、真野先輩は絶対に文句など言わない人だ。しれっとした顔で、こちらに気づかせることなく、一人で飲み込んでしまえる人だ。 だから……俺がよっぽどヘタクソだったのだろう。 「じゃあさ。お前が本気で俺に悪いと思ってるんなら、俺の言うこときけよ」 「はい! なんでしょう? なんでもおっしゃってください!」 「おっしゃるって……なんだよその尊敬語」 真野先輩は軽く噴出し、笑った拍子に局部が傷んだらしく、うめき声を上げた。 「〜〜〜っ」 「大丈夫、ですか?」 「……へーき」 「あの、俺、本当になんでも言うことききますから……」 「……二言ねぇな?」 「はい!」 「じゃ、今日から敬語禁止。俺とタメ語で話せ。あと、真野先輩っつーのもナシ。いい加減、名前で呼べよ」 「えっ……!!!」 俺は驚いた。 ただの先輩後輩の関係ではなくなったときから、恋人同士の特別の名で呼びたいと、願ったこともあった。けれど真野先輩……翔太さん……は気にしてなさそうだったから、俺からは言い出せないでいた。 ……この人はなんて……俺を喜ばせるのが上手いんだ……。 「〜〜〜しょ、翔太、さん……」 どきどきしながら名前を呼ぶと、翔太さんは嬉しそうに微笑んだ。 「んだよ……駿」 ……! 初めて下の名前で呼ばれた……! 嬉しい。 めちゃめちゃ嬉しい。 大学に合格したことより、嬉しいかもしれない。 俺を上手に甘やかせてくれる、年上の恋人が大好きだ。 しみじみ幸せを噛み締める。 これほど俺のことを大切にしてくれる相手に、これから先、めぐり合うことはないだろう。 「翔太さん、好き」 「俺も好き」 翔太さんは、当たり前のように俺を引き寄せ、軽くキスをしてくれた。 かなり疲れさせてしまったみたいで、翔太さんは会話の途中で眠ってしまった。きつく絞ったタオルで翔太さんの体を拭き、中で出してしまった体液を掻きだしているときも、翔太さんが起きる気配はなかった。シャワーを浴びてから翔太さんの隣で横になり、俺は恋人の体を抱きしめた。 体液で濡れているベッドは気持ち悪かったけど、愛し合った証だと思うと、自然と口元が弛んでくる。 翔太さんはいつでも、自分のことよりも俺のことを大切にしてくれる。 自分の持っているものを、惜しみなく全て俺に与えようとしてくれる。 俺が何を望んでいるのか、あっさりと見透かされてしまうのが悔しくて気持ちいい。 俺よりも俺を理解してくれている人。 俺が唯一甘えられる人。 この人を一生放さないと、俺は改めて、強く心に決めたのだった。 完 |