【恋ってね! 萩原×十夜 バカップル編 -04-】
 
 
【萩原視点】

……神様ありがとう。

普段は神様なんぞこれっぽっちも信じちゃいなかった俺だが、礼を言わずにはいられなかった。
なんつったって、初の、十夜の、騎乗位だ。
俺の体の上に乗って、自ら腰を動かし快感を貪る十夜は色っぽくて綺麗で可愛くて、俺は見ているだけでイっちまいそうだった。だがさすがにゼロコンマ一秒でイっちまったらカッコ悪いからな。歯を食いしばって堪(こら)えたぜ。
せっかく紗那先輩からプレゼントされた軍服を着て、十夜を喜ばせたばかりだからな。アッチのほうでもしっかり悦ばせて株を上げておかないと。
俺の恋人は美人でカワイイから、ライバルが多くて苦労してんだよ。幸いなことに十夜は恋愛ごとに関しては鈍いから、自分がどれだけモテているか気が付いてないけどな。
「んん……」
十夜が小さな唸り声を上げて俺のほうに擦り寄ってきた。その仕草が可愛くて、俺は思わず口元を緩めた。起こさないようにそっと十夜の柔らかな髪をかき上げる。十夜はぐっすりと眠っていて起きる気配はない。
俺は愛しさをこめて十夜の額にキスをした。
可愛い可愛い俺の恋人。
こんなに美人で賢くて優しくて可愛い恋人のいる俺は、なんて幸せ者なのだろう。
どれぐらい幸せかというと、宇宙ぐらいの大きさのバケツに幸せが表面張力ぎりぎりのところまでいっぱい溜まってるって感じだ。その幸せを俺が独り占めしているわけである。なんという贅沢なのだろう。贅沢すぎるほど贅沢ではあるが、俺はわずかも自分の幸せを他の奴らに分けてやるつもりはない。
俺は十夜のことが愛しくてたまらない。髪の毛一筋だって汗の一滴だって、自分以外のものにはやりたくないのだ。
「いっぱい犯して……」と、十夜から許しを受けた俺は、それこそ微塵の容赦もなく十夜を抱いた。顔は清らかな天使のままなのに、体中を俺の精液と自分の放ったもので汚した十夜は淫らで愛しくて、俺の理性は焼き切れた。
十夜の慎ましやかな蕾がわずかに開いて、そこから俺の放ったものを垂らしている。そんなえっちい光景が、想像上のものではなく現実のものなのだ。理性のりの字も保っていられるかっつーの。
「はあんっ。は、萩原……もう、許して……」
ぼろぼろと涙を零しながら、俺の体の下から逃げ出そうとする十夜を引き寄せ体の奥まで楔を打ち込む。十夜は甘い悲鳴を上げ、体をくねらせる。
十夜の泣き顔を愉しみながら俺は清純な体に精を注ぎ込む。
天使を穢す罪悪感と暗い悦び。
俺がイったと同時に十夜も精を吐き出した。十夜は脱力して畳の上に突っ伏している。もう終わったのかと安心しているのかもしれないが、甘いぞ、十夜。俺の精はまだまだ枯れ果ててはいない。十夜の顔を見ているだけで、俺の精細管に潜む精細胞とセルトリ細胞とライディヒ細胞は活発化する。精子の製造個数は胎児の時にほぼ決まっているらしいが、俺の精子は無尽蔵だ。十夜のためなら俺は科学さえも超えてみせる。
何度もイってぐったりと力をなくした十夜を抱き寄せ、正面から抱き合うような格好で十夜を俺の上に座らせ、下から荒々しく突き上げる。
「やあぁっ……。もう、だめぇ……」
苦しげに眉根を寄せる十夜の顔を見て心が痛まなかったわけではなかったが、俺の中のケモノは極上の獲物を前にして我慢することなど出来なかった。十夜の腰を掴み、上下に動かし激しく揺さぶる。
それから何度か十夜の体内を濡らし、ようやく満足したころには十夜は気絶しかかっていた。行為が終わって二人で一緒にシャワーを浴びたが、十夜は半眠り状態だった。
性欲も収まり理性が返ってきた俺は、さすがにやり過ぎだったかと心配になった。十夜に嫌われたらどうしようかと不安になった俺は、甲斐甲斐しく十夜の世話をした。十夜の体と髪を洗ってやり、バスタオルで体を丁寧に拭き、パジャマと下着を身に付けさせドライヤーで髪を乾かしてやる。
……なすがままの十夜は可愛いぜ……。
気持ち良さそうにドライヤーの暖かい風を受けている十夜の顔にムラムラっときたが今度ばかりは我慢した。せっかくシャワー浴びたばかりだし、十夜、マジで眠そうだったからな。
愛すればこそ無茶な抱き方しちまったけど、優しくしたいとも思っているんだぜ。十夜は俺の大切な恋人だからな。
「ん〜……」
「布団敷いたぞ。寝るか」
「んー……」
十夜と一緒に布団に入ったが、十夜はあまり状況が分かっていないようだった。
「はにゃ? ん? ん?」
寝ぼけた十夜は可愛い仕草で目を擦っている。
……ゲロ可愛い。くそぅ。もっぺん犯しちゃいたいぜ。
……辛抱だ、俺! ここでヤっちまったら鬼畜以外の何者でもねぇだろ? 十夜の前では紳士でありたいっつーのが俺の希望だが、今日も自分の中の獣に負けちまったしな。
獣にはなっても、せめて鬼にはならないように俺はギリギリのところで踏ん張った。
「……十夜、おやすみ」
「うん。おやすみ〜」
十夜は安心したように笑った。そして俺の唇に音を立ててキスをした。
「ちゅっ。……えへ。萩原、好き〜」
……………………。
……………………。
……………………。
……………………。
……おいおいおいおい。十夜、10ぐらい年が後退しているぞ? っつーか、マジカワイイんですけど……。すげぇカワイイんですけど……。人類を超越した可愛らしさだぜ……。
俺のナニはこのとき当然硬くなっていた。だが、幸せな笑みを浮べたまま眠りの世界に旅立ってしまった十夜を無理に起こす気にはなれない。
「…………」
仕方がないから十夜の寝顔を見ながら一人でヌいた。さきほどあれだけさんざん出したっつーのに、出した量は結構なものだった。
……さすが十夜パワー。我ながらすげぇって思うぜ。
ティッシュを使って後始末をして、俺は十夜の体を抱きしめた。
しかし、十夜の可愛らしさに魅了され惑わされた俺は軽い興奮状態で、なかなか眠りは訪れようとしない。
だからずっと十夜の顔を眺めていた。
……………………。
……………………。
……………………。
……………………。
……ただ眺めるだけでなく、まあちっとは、そのう、十夜が起きない程度に吸ったり舐めたり触ったりしたけど、それはよしとしておいて欲しい。十夜のキュートな尻にツっこまなかっただけエライだろ?
……ツっこむといえば、そういや十夜、今日は初めて自分から……。
闇の中で俺は繰り返し回想していた。
ほとんど全裸の状態でシャツだけ羽織って……。脱ぎ忘れた白い靴下がますますエロっぽかったよな……。
……う。またキちまったぜ……。
十夜の痴態を思い出して、俺の下半身はまたもや熱くなっていた。
俺ってほんとにただの人間なのかと我ながら疑問だ。十夜の匂いを嗅ぐだけで、俺のナニはすぐさま臨戦状態だ。いくら無尽蔵だっつっても、干からびて死にはしないかとちょっとだけ心配だぜ……。これもすべて、可愛すぎる十夜がいけないのだが。
俺のイチモツは十夜以外の人間にはさして反応しないっつーことを考えると、俺の性癖は『バイ』や『ゲイ』っつーより、『十夜』なんだよなぁ……。
十夜に先に死なれたら、俺も生きてはいられないだろうなと思う。
一秒でもいいから十夜より先に死にたい。同時ってのがベストだけど、それは難しそうだ。だから、せめて、十夜に見取られて死にたい。
だがそうすると十夜一人でこの世に取り残されるわけで……。俺以外の誰かが十夜の横に居座ることもありえるわけで……。
それもムカツク。
俺に先に逝かれた十夜が辛い思いをするのも可哀相だし。
「……ま、先のことを考えても仕方ないか……」
俺はため息一つつき、十夜の体を抱きしめた。
今はただ、この幸せに浸っていよう。どうせ未来のことなど誰にも分からないのだ。
一瞬一瞬が幸せで、それが永続的に続けば最終的に『幸せな人生だった』と言えるのだろう。
ここにいて十夜の体温を感じている自分は確かに幸せだ。将来に不安を感じないわけではないが、とりあえずは「今」を大切にしたい。
「好きだぜ、十夜……」
眠気はまだ訪れない。
飽くことなく、夜が明けるまで俺は十夜の顔を眺め続けたのだった。





【十夜視点】

……昨日の萩原、激しかった。それに、すごくカッコよかった……。
俺は昨夜の萩原の逞しさやカッコよさを思い返してぽっと頬を染めた。
今日は大学のある日なんだけど、萩原とのハードなえっちの後遺症が酷かったので休むことにした。だって満足に足腰立たないんだよ!? 大学までのたった10分の距離さえキツイ……。
萩原は自分も休むって言ったけど、俺のために休ませるなんてことできないよ! だって、俺は今日の授業、そんなに出席が厳しいのってないけど、萩原はそうじゃないもん。必修科目の英語の授業があったはず。あれって三回欠席しただけで、即単位を貰えなくなっちゃうんだ。萩原はまだ一回も休んでいないから大丈夫だとは言ったけど、俺はお願いだから大学に行って欲しいと頼みこんだ。俺のために、無理して欲しくなかったんだ。
そろそろ秋も終わり、冬に入ろうとしている。窓の外の寒々しい空を見ながら肩を震わせ、俺はお布団の中に潜り込んだ。寒がりの俺は、これからの季節はちょっと厳しい。冬に外出するのって苦手だ。でも、寒くないかって心配そうに囁かれながら、萩原にぎゅっとされるのは好きだな。暖かな萩原の体温を感じながら、眠るのは好き。あ、これ、別に冬に限ったことじゃないか。年中俺は、萩原と一緒にいられるなら幸せ。同棲して毎日顔を合わせていられるから幸せ。
「……萩原、好き」
俺はぬくぬくとお布団にくるまりながら、萩原の声や表情を思い返していた。
俺に『愛している』と囁く萩原の真摯な声とか。俺に優しく触れる、萩原の唇の感触とか。俺の初めての、き、き、き、騎乗位で……俺が、そのぅ、こ、腰を動かすたび、萩原の口から漏れる切なげな声とか……。
き、騎乗位って、すごおおおおおおおく恥ずかしかったけど……自分が萩原のことを気持ちよくさせているんだ! って実感できて、けっこう良かったかも……。最初はどういうふうに動けばいいか分からずと惑ったけど、だんだんコツが掴めてきて……掴めて……。
「うわああああんっ。恥ずかしいっ!!」
俺は昨夜の自分の乱れ具合を思い出し、布団の中でばたばたと暴れた。暴れたら昨日酷使された場所に痛みが走って、俺は突っ伏した。
「う〜っ。どんな顔で、萩原と顔を合わせればいいんだろう……」
恥ずかしい……。
恥ずかしすぎる……。
でも……顔が見たい。
抱き締めてもらいたい。
「……萩原、早く帰ってこないかな……」
朝、別れたばかりなのに、もう会いたくなっている。
会いたいのに会えないからすごく寂しい。
ワガママ、言えばよかったかな……。
大学休んで欲しいって、ずっと俺の傍にいて欲しいって、正直な気持ちを言えばよかったかな……。
「……ダメだよ、そんなの。萩原の負担になりたくない」
……萩原にうっとうしいヤツだと思われて、嫌われたくない。嫌われるのが怖い……。
ワガママなんて言わない。
困らせたりしない。
萩原の望むことなら何でもするし、俺があげられるものならなんでもあげる。
「……好き」
好きだから、ずっと一緒にいたい。
……ずっと一緒にいられればいいのに……。
萩原のことを考えていたら愛しさと切なさで胸がいっぱいになって涙が出てきた。
誰もいなかったから、安心して俺はちょっとだけ泣いた。
好きだよ、萩原。どんどん好きになっていく。想いはますます降り積もる一方だ。
恋に勝ち負けがあったら、負けているのは俺のほうだね。惚れたほうが負けだというなら、絶対、俺のほうが負けてるよ。
幸せで、幸せでたまらないのに、ちょっとだけ苦しい。
俺は萩原のことを考えながら、浅い眠りに就いた。
夢の中には萩原が出てきた。哀しい夢だった。萩原に他に好きな人が出来て、俺を置いてどこかへ行ってしまう夢だった。
哀しくて哀しくて、俺は泣きながら目を覚ました。
「十夜、どうした? 気分でも悪いのか??」
「…………萩原?」
目の前に心配そうな萩原の顔があった。
俺の頭がゆっくりと働き始め、こっちのほうが現実だと悟ったとき、心からほっとした。
「大丈夫か、十夜?」
「ん。へーき……」
慌てて俺は涙を拭いた。泣き顔を見られて気恥ずかしくて、萩原に心配をかけてしまったことが申し訳なくて、いたたまれない気持ちになった。
「一体、どうしたんだ?」
「ほんとなんでもない。ちょっと哀しい夢を見ただけ……」
と言った途端、俺の目から涙が零れた。
……うわっ。やばっ!
でも涙は止まらない。だって萩原に置いていかれる悲しみを、思い出してしまったから。
萩原は俺の悪夢を忘れさせてくれるように、俺のことを優しく抱きしめてくれた。萩原の体温を感じながら、ようやく俺は自分の哀しいかった気持ちを癒すことが出来た。
「……萩原、好きだよ」
……だから俺を、置いて行ったりしないでね?
「俺も、好きだ。愛している、十夜」
「うん。愛してる……」
このまま時間が止まればいいのに。
非生産的な考えだけど、そう願わずにはいられない。
愛してる。
終わりが見えないほど萩原を想ってる。
出会った頃は、こんな時間が訪れるなんて思いもしなかった。俺にとって萩原は、ただの友達でしかなかったのに……。
……こんなに俺を惚れさせた責任取れよな。
乱暴なキスを仕掛けながら、俺は心の中でそっと呟いたのだった。





【萩原視点】

「!!!!!!!」
眠りながら十夜が泣いていたので俺はビビった。
どうしたんだ、十夜!? 一体、なにがあったんだ???
……俺か? 俺のせいなのか?
……昨日、無茶しすぎたから、体がツライのか!!!???
……まさか、俺と別れようとか思っているんじゃないだろうな!!!!!?????
十夜の哀しそうな涙に、俺はすっかり動揺していた。
「…………」
起こしたい。起こして涙の理由を尋ねたい。
起こすのが怖い。別れ話を切り出されたらどうしよう!!??
「…………」
俺は結局、十夜を起こしたりせず、十夜が目を覚ますまでジレジレしながら待った。
ようやく目を覚ました十夜は、俺の顔を発見して泣き濡れた瞳のままほっとしたように笑った。
……う。激カワイイぜ。
一体なにがあったのかと問いかける俺に、十夜は哀しい夢を見て泣いてしまったと答えた。そして、夢の内容を思い出したのか、またぽろぽろと涙を零し始めた。
静かに涙を流す十夜は儚げで、このままどこかに消えてしまいそうで俺は不安になった。
十夜を抱きしめその腕の中の体温を感じて、俺はやっと安心できた。
ここにいる。
俺の愛しい恋人は、確かにここにいる。
「……萩原、好きだよ」
切ない声の告白に、こっちまで胸が苦しくなってくる。
「俺も、好きだ。愛している、十夜」
「うん。愛してる……」
だがいくら好きだ、愛していると言ったところで、言葉だけではこの気持ちのすべてを伝えるには間に合わない。
十夜も俺と同じ気持ちだったのだろう。二人は自然と唇を寄せ合い、貪りあった。
このまま押し倒してしまいたい気持ちはやまやまだったが俺は耐えた。昨夜、十夜に無理をさせた。さすがに今日はゆっくり休ませてやらないと。十夜は体力があるほうではないから心配だ。自分の性欲よりも、十夜の体が優先だ。
瞳を欲望で潤ませきゅっと俺に縋り付いてくる十夜は、奇跡のように可愛らしくて色っぽくて俺を惹きつけるフェロモンを全開で放出しているが、死に物狂いでその誘惑を退けた。
まるで拷問だ。
しかし本当に辛いことは十夜が俺の腕の中にいないことだと知っているので、俺はぐっと我慢した。
口付けをかわしながら、いつの間にか俺は眠りに就いた。昨夜はほとんど寝ていなかったから、さすがの俺も疲れていたらしい。
翌朝起きたら十夜に熟睡してたねと笑われてしまった。
「萩原、お・は・よ。昨夜はネジが切れた人形みたいに、いきなりがくりと眠っちゃうんだもん。びっくりした」
十夜は楽しそうにくすくすと笑っていた。
朝っぱらから十夜は愛らしくて、俺は気が付けば十夜を布団の上に押し倒していた。
……昨夜は我慢したから、いいよな? っつーかヤる。
「ちょ、ちょっと萩原っ。学校、遅刻しちゃう!」
そーいや今日は一時限目からあったな。遅れないように急がないとな。急ぐっつってもぜってぇ手は抜かねぇけど。これ以上はないほど濃縮した30分にしてやるぜ。
「はぁんっ。萩原、ダメだってばぁ……ああんっ……」
俺は性急に十夜を追い上げた。背後からずぶっと突き刺し、十夜の内部を掻き回した。
「ひぃっ……はぁんっ……はぅっ……やっ……」
「……十夜、可愛いぜ……」
「イイ……っ。萩原ぁ……ああんっ……イイよぅ……気持ち……イイ……!」
十夜は腰を淫らにくねらせ、甘い声を上げ続けた。
……たまんねー。
くそーっ。もうちっと啼かせてやりてぇけど限界だ! 出すぜ!
「くっ……」
俺は十夜の一番深い場所に熱い体液を注ぎ込んだ。
「やぁんっ。萩原、まだ抜いちゃ、ヤ……」
エロっぽい顔ですすり泣きながら、十夜は俺の腕に縋りついた。
ずくん。
俺のナニは十夜の言葉に反応して、一瞬にして元気を取り戻した。生物学上不可能なことでも、十夜のためなら可能にしてしまうのが俺だ。
「安心しろよ、十夜。もっと気持ちよくしてやるからさ」
「ああんっ。萩原、好き……好きぃ……」
「……俺も好きだよ、十夜」
耳の後ろにちゅっとキスしながら囁くと、十夜は背筋を震わせた。
「ああっ……!」
びくりと背をしならせ十夜はイった。
でも、まだ終わりじゃないからな。俺を煽った責任は取ってもらうぜ、十夜チャン。一度出したから、まだこっちには余裕があるしな。俺の熱でたっぷりと蕩けさせてやるぜ。
「もう死んじゃうぅ。やだぁぁ……」
「あと10分。しっかり感じろよ?」
俺は当初の目的どおり、朝の短時間で、密度の濃い行為を済ませたのだった。




「萩原、久しぶりだな! 俺からのプレゼントは楽しんでもらえたか?」
「天城先輩……」
突然の天城先輩の登場に俺は驚いた。
天城先輩とは例のプレゼントを貰って以来、顔を合わせていなかった。かれこれ一月ほどになる。天城先輩はどうやら忙しかったらしく、大学にもまったく通っていないようだった。……学生が勉強以外の何で忙しいのか謎ではあるが。
その天城先輩が、俺のバイト先に現れた。
俺が働いているのは洒落た雰囲気のイタリアンレストランだ。食事をしに入ったらたまたま俺がいた……ってことはないな、この人の場合。俺に会うためわざわざ足を運んでくれたのだろう。ここでバイトしているなどと教えた記憶はないのだが、油断のならない人である。さすが、と言うべきか。
「は・ぎ・わ・ら。確か、あと10分でバイト終わりだよな? その後、ちーっとばかり付き合ってよ。お前に話があんのよ」
「例の『お願い事』ですか?」
「そ。打つべき手は打ったんでな。そろそろ交渉時かな〜、なんつって。急いで十夜ちゃんの元に返りたい気持ちは分かるけど、ちぃっとばかり付き合ってよ」
「……ええ。分かりました」
天城先輩の言ったとおり、早く家に帰って十夜を抱きしめたい気持ちは山々である。しかし、天城先輩にはなにかとお世話になっている。ここで『否』と言ったら、道義も廃(すた)ると言うものだ。
バイトが終わったあと、俺は十夜に少し遅くなると電話を掛けた。
「……そうなんだ。遅くなるんだ……」
電話の向こうの十夜の声は心なしか寂しそうで、「やっぱり早く帰りてぇ……」と、失礼にも思ってしまった。
「帰りはバイクで送ってってやるからよ。わりぃな」
「……お気遣いありがとうございます」
天城先輩はなにもかもお見通しだ。
俺のバイトが終わってからすぐ、俺と天城先輩はバイト先のすぐ目の前にある喫茶店に入った。
「さあてと。俺、今からお前のことを口説き落とすから、覚悟しとけよ?」
天城先輩は俺に人差し指を突きつけ、自信に満ちた笑みを浮べたのだった。




「じゃあさっそく、これを見てもらおうか」
懐からA4サイズの封筒を取り出し、天城先輩は俺に手渡した。封筒には『SSA社』と印刷されていた。聞き覚えのない企業名だ。
「? なんですか、これは?」
「中見てみりゃ分かる」
「それもそうですね」
俺はあっさりと頷き、渡された封筒の中身を確認してみた。
中に入っていたのはどうやら企業の会社案内らしい。パンフレットを開いてみると、企業概要や事業内容などが紹介されていた。掲載されている写真を見る限りでは、ずいぶんとハイテクな企業のようだ。会社のビルは内装も外装も美しく、それなりに大きな企業であることが知れた。
「……で? この会社が……?」
立派な会社だとは思う。
だが、それが一体なんだというのだろう?
「実は俺、そこの会社に勤めてんだよ」
「……え?」
俺は驚き、まじまじと天城先輩の顔を見返した。
……勤めている?
天城先輩は俺と同じ、学生だと思っていたのだが。
これで天城先輩が常に忙しそうにしていた理由が分かったが、どうして会社に勤めながらも大学に通っているのかが分からなかった。
俺の表情からなにを疑問に思っているか察したらしく、天城先輩はすぐに解答をくれた。
「学生って身分は、仕事でもいろいろとお役立ちね。でも本職はコッチのほう。で、どうよ?」
「どうって……驚きました」
素直な感想を言うと、天城先輩は軽く笑った。
「じゃなくってさ、俺、お前をスカウトしたいんだよ。就職先として、どうよ?」
「……え?」
どう、と聞かれても困る。
就職ということは、自分の人生を左右しかねない重要な問題だ。すぐに即決できるはずがない。
「じゃあ給与や待遇とか、いろいろと説明させてもらうな」
俺の困惑をあえて無視し、天城先輩はこと細かく俺が会社に入社した場合のメリットやデメリットを説明し始めた。



……で、結論。



「大学卒業後、お世話になります」
「そうか」
ほっとしたように天城先輩は笑った。
天城先輩の話によると『SSA社』の業務内容は『守り屋』で、警備会社に近い仕事内容ではあるがそれよりも多岐に渡っているらしい。
『SSA社』が守る対象は人であったり会社であったり、ときには国そのものである場合もある。何から守るのかというのも多種多様にわたっていて、ストーカーからだったり、産業スパイからだったり、過激派テロリストからだったりとさまざまだ。
仕事柄、危険は大きい。肉体的にも精神的にも負担のかかる仕事だ。
だがその分、収入はいい。普通の企業の2倍〜3倍、もしくはそれ以上貰えるらしい。
そして何より俺の心を動かしたのは、「これから先も十夜ちゃんの傍にいられるように便宜を図ってやる」という天城先輩の言葉だった。
「例えばだ。十夜ちゃんが就職して地方に転勤になったとしよう。それに合わせてお前も同じ場所に飛ばしてやる。どちらかが仕事を辞めるとかせずとも一緒にいられるようにな」
「……はあ」
「海外でも安心だぞ。主要な国にはたいがい支社がある」
「……はあ」
「なんだ、その気のない返事は? 気に入らないか? 他にやりたい仕事でもあるのか?」
天城先輩は畳み掛けるような口調で言った。
「いえ、ありませんけど……。でも、やけに待遇が良くありませんか?」
短時間で稼げてその上融通が利く。
これ以上はないほどおいしい話だが、正直、怪しいと思ってしまう。上手い話には裏があるという定説にのっとり、俺は疑った。
「萩原、お前、自分の価値をあんまり分かっていないよな」
俺の心の中の不信感を見抜き、天城先輩は苦笑しながら言った。
「少数精鋭を誇るうちの会社では、優秀な人材の確保も重要な任務の一つになってんのよ。で、俺としちゃ、やっとこさ発見した『使える男』をなんとか引きずり込みたくてね。いっぱいエサを用意しているってわけ」
「…………」
俺は頭の中でめまぐるしく天城先輩から与えられた情報について考えていた。
特別、これがやりたいという仕事が具体的に決まっているわけではない。しかし化学科に通っているからには、将来的にはそちらの職種につくものだと漠然と思っていた。
それがずいぶんと予想外の職業を勧められている。多少なりとも悩むのは当たり前である。
「ついでに言えば、社長……男なんだが……には男の恋人がいる。っつーこともあって、同性の恋人を持っていても、うちの社内じゃ別に偏見とかないぞ」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
天城先輩は力強く頷いた。
俺は悩みつつも、心は傾き始めていた。
他の誰かがこの話を持ってきたとしたら、俺はすぐに断っただろう。こんな胡散臭い話に自分と十夜の人生を賭けられるほど酔狂ではない。
しかし、今目の前で、俺を勧誘しているのはあの天城先輩だ。だとすればいかに怪しげに思えても、確かな保証付きだということになる。
……十夜と一緒にいられるように融通を利かせてくれると確約してくれるというのなら、悪い話じゃないよな……。
研究者として最先端の技術を学び、いずれは誰も知らなかった新しい事実を発見することに憧れたことがないわけではない。
だがそのささやかな夢と十夜を比べれば、当然、俺にとっては十夜のほうがはるかに比重が大きいのだ。
人生は一度しかない。
だったら自分にとって『一番』を選ぶことは、当たり前のことのように思えた。
俺は天城先輩の勧誘を受け入れることにした。
天城先輩はほっとしたように笑った。
自分にそれほどの価値があるとは思えないが、自分を必要だといってくれる会社で働くのも悪くないかも知れない。目指していた方向とはずいぶんと違ってしまったが……。
……就職活動しねぇですむなら、その分、十夜の傍にいられるしな。
自分が生きる時間には限りがある。
俺はその限りある時間の中で、極力、十夜といられる時間を作りたいと思っている。
一分一秒だって無駄にはしたくない。十夜の近くにいたい。十夜に触れていた。
俺の幸せは、十夜の傍にしかないのだから……。



こうして俺の就職先は、大学一年の秋に決まったのだった。



おわり
 
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