生まれて初めて失恋してしまった。
哀しい。ものすごく哀しくて、苦しい。 好きだったのに。 憧れていたのに。 生まれて初めて自分から望んだ人だったのに。 あの人が選んだのは、自分とは別の人だった。あの人にお似合いの、美しくて優しい人。 だから、諦めるしかなかった。どれほど想っていても叶わない想いはあるのだ。 それを認めるのは悔しくて、哀しくて、とても苦しいことだけど……。 俺はこの日、図書委員の当番の日で、本の貸出の受付をしていた。俺と一緒に受付当番になっているのは、二年生の宮城十夜(みやしろとおや)先輩だ。通例で一年生と二年生が組むことになっているらしくて、宮城先輩と一緒の当番だと知ったとき、俺は滅茶苦茶ラッキーだと思った。 本人に自覚はあまり無いようだけど、宮城先輩はキレイで賢くて優しくて、学校中の人気者だ。おっとりとした性格をしていて、いつも口元には優しい微笑を浮かべている。一部では『天使』もしくは『マドンナ』と呼ばれているらしいが、納得。ヘンな意味じゃないけど俺だって宮城先輩のことは大好きだ。 で、その宮城先輩と同じ日に当番になっている者の宿命として、それなりに忙しい思いをすることになる。宮城先輩は呑気に「うちの学校の生徒って、本好きな人が多いよねー」なんて言っていたけど、それは違うと声を大にして言いたい。この日、図書館に通ってくる生徒は、本が好きなんじゃなくて宮城先輩が好きなのだ。その証拠に、他の曜日は集客数が半分以下にがくんと落ちる。まあね、気持ちは分かるけど。学校一の人気者に、正面からにこっと微笑みかけられる機会なんて滅多にないもの。宮城先輩のファンとしては、この手を逃すわけにはいかないよね。 そんなワケだから、宮城先輩が返却本の整理で棚の辺りで作業している間は、うってかわって受付は暇になる。なので、手が空いた隙にと貸出カードを整理していたら、いつの間にか目の前に人が立っていて驚かされた。 「あの、本の貸出ですか?」 いつから立っていたのだろう。作業に夢中になっていて気が付かなかった。俺は慌てて目の前にいる上級生に声を掛けた。上級生は無言のまま、じっと俺の顔を見下ろしていた。視線を逸らすのもわざとらしい気がして、俺も思わず上級生の顔をまじまじと見つめてしまった。結果として、しばらく見詰め合うことになる。 上級生の顔には見覚えがあった。俺だけでなくこの高校の生徒なら、誰もが名を知っているだろう。宮城先輩の友人でもあり、『帝王』の異名を取る校内の超有名人、萩原賢司(はぎわらけんじ)先輩。一人でも目立つ人たちなのに、宮城先輩と萩原先輩は一緒にいることが多いので相乗効果でさらに目立っていた。他の人からの視線を、二人ともものともしないトコロがさすがである。 ……うわぁ。萩原先輩、身近で見るとほんとにカッコいいな。 あまりにも萩原先輩がカッコイイ人だったので、俺はうっかり見惚れてしまった。遠目から宮城先輩と話しているのを目撃したことはあったけど、じっくりとその顔を見たことはなかった。 身長は宮城先輩と同じぐらいなので、そんなに高いほうじゃない。平均よりちょっと高いぐらい。でも体はほどよく筋肉が付いて逞しく、バランスが取れている。顔はえらく男前だ。意志の強そうな目が印象的。全身から大人の男の色気がすでに滲み出ていて、どんな女でも落とせそうな感じがする。女子たちが騒ぐのも分かる気がする。 ……いいなぁ。俺もこんな風に生まれていたらな。 自分の容姿にコンプレックスを持っている俺は、萩原先輩の容姿が羨ましくて仕方がなかった。 俺は自他共に認める美少女面だ。身長も低くて手足も細い。合気道の道場に通っていたこともあったけど、体質のせいか筋肉はあまりつかなかった。 制服を着ているときでも男の人にナンパされてしまうのだが、私服姿だともう完璧に女の子だとしか思われない。それがすごく屈辱的なんだけど、顔を取り替えるわけにもいかないし。俺は鏡に映った自分の顔を見ては日々ため息をついている。 ……うっ。俺、なんかしたっけ……? 相手は何せ、帝王だ。何かをした記憶はないけど、見られているというだけでなんだか萎縮してしまう。じっとこちらを見つめる萩原先輩の表情には、なんの感情も浮かんでいないのでなおさら戸惑う。一体、何を考えているのか皆目検討もつかない。 「あの……?」 俺が戸惑ったような声を出すと、萩原先輩は俺の顎を掴み、顔をぐいっと近づけてきた。まるでキスされそうな距離だ。他の男が同じ真似をしたら許しておかないところだけど、カッコイイ萩原先輩の顔に見とれてしまって俺は抵抗を忘れていた。 萩原先輩の真剣な眼差しを間近で見て、心臓がどきどきした。 「……可愛いな」 「え?」 ……今、なんて言った? ……萩原先輩、俺のこと、可愛いって言った……? ……あれ? おかしい。なんで俺……嬉しいの? ……ヘンだ。 他の男に可愛いと言われてもむかつくだけなのに、俺はなぜか嬉しいと思ってしまった。萩原先輩に可愛いと言ってもらえて、生まれて初めてこの顔に生まれてきて良かったと思い、両親に感謝した。今までずっと、この顔が大嫌いだったのに。女みたいで気色悪いと思っていたのに。 「名前、なんて言うんだ?」 「あ……。武藤、です。武藤渚(むとうなぎさ)……」 ……萩原先輩、睫毛(まつげ)長い。鼻筋通ってるし……。髪の毛は男らしく固そうだけど、艶々していて清潔そう……。唇も……イイ……形。 何より、萩原先輩の顔のパーツの中でステキだと思ったのは強い光を湛(たた)えた瞳だ。萩原先輩の鋭い目線に、俺は胸をときめかせた。 萩原先輩は頭のてっぺんから足のつま先まで、俺の理想どおりの人だった。 「……名前も可愛いな」 ……女っぽい名前も嫌いだったんだけど……可愛いって褒めてもらっちゃった。嬉しいかも……。 俺は自分の顔が赤くなっているのを自覚した。 緊張で頭がくらくらしてしまい、気の利いた言葉の一つでも口にしたかったけど、それどころじゃなかった。 「あ、あの……」 「……邪魔したな」 唐突に俺の前に現れた萩原先輩は、唐突に俺を解放し、図書室から出て行ってしまった。遠ざかる萩原先輩の背中を見ながら、俺は物足りなさを感じていた。もっと萩原先輩の顔を間近で眺めていたかった。もっと触れてもらいたかった……。 「あれぇ? 萩原、帰っちゃった?」 本棚に本を戻しに行った宮城先輩が戻ってきた。萩原先輩が図書室から出て行ったのを知って首をかしげた。 「なにか用事でも思い出したのかな? いつもは俺のこと待っててくれるのに……」 萩原先輩に置いてかれた宮城先輩は、少し寂しそうに呟いた。 宮城先輩と萩原先輩は仲が良い。宮城先輩が当番のときは、萩原先輩はよく図書室に顔を出し、宮城先輩の図書委員としての任務が終わるのを待って二人一緒に帰ることが多かった。今まではそのことをなんとも思わなかったのに、今日は羨ましいと思った。 そしてあの萩原先輩のすぐ傍に、キレイな宮城先輩がいることに俺は苛立ちと焦りを感じた。一緒に並ぶととてもお似合いの二人は、本当にただの友人同士なのだろうか。 ……ばかばかしい。二人は男同士なのに……。 二人の仲は友情以上のものであると、噂されていることは知っていた。けれど、その噂が正しいだなんて信じたことは無かった。いくら宮城先輩が綺麗でも、男が男に恋するなんてあり得ないと思っていたからだ。けれど、認めたくないことだけど、男が男に惹かれる気持ちが少し分かってしまったから、二人の仲も疑わしく思えてしまった。 ……違う。俺は別に……男に恋なんてしていない。 間近で見つめられて顔がほてったのも、心臓が早鐘を打つのも、萩原先輩があまりにも、俺の理想通りの人だからだ。ただの憧れだ。 同性同士の恋愛なんて、絶対にありえない。 俺は自分の気持ちから目を逸らそうとした。 だって、男に恋をするなんて、不毛だ。 芽生え始めた恋の花に、俺は水を与えまいとした。このまま、朽ち果ててしまえばいい。 何事も無ければ俺はこの恋心を育てることなく、萩原先輩のことを忘れることができただろう。もともと接点のない人だ。 けれど数日後、思いがけず俺は、萩原先輩に危ないところを救われる。 それを機に、俺の心は言い訳のしようも無いほど萩原先輩に傾いていったのだった。 「やめろ! ざけんな、てめぇら!!」 最悪だ、最悪だ、最悪だ! 学校から帰った後、買い物に出かけたところで五人組の男に絡まれた。女っぽい容姿の俺は、同じ男からも性的な対象とされることがしょっちゅうあった。不愉快で仕方ないのだが、そういう被害にあいそうになったとき俺に出来ることといえば、ただ逃げることだけだった。筋力はないが多少は武道の心得があるので、軽く反撃して意表を付き相手がひるんだところで、一目散に逃げるのだ。悔しいけれど、まともに組んだら負けることは分かっているので仕方ない。小手先の技だけでなんとか貞操の危機をかいくぐってきた。今まではなんとか逃げ切ることが出来た。 だが、今回は……。 だいたいにして、たった一人に五人だなんて、めちゃめちゃ卑怯じゃないか? こいつらに掴(つか)まったら俺、マワされちゃうんだろうな。イヤ過ぎる……。 力づくで人気のない路地裏まで連れてこられた。地元だから俺もよく知っているけど隣のビルは廃墟だし、お店もあるわけじゃないからこんなところを覗く人なんて滅多にいない。いたとしてもきっと見て見ぬフリだ。今までだって、俺を助けてくれる人は誰もいなかった。いつも自分の力だけで切り抜けてきた。今回だって、助けは期待できない。 俺は何とかこの場を切り抜けようとした。しかし、1対5では無理があった。我ながら、よく善戦したと思う。5人のうち2人は地面に沈めた。だが多勢に無勢。俺はとうとうやつらに掴まってしまった。強引に地面に押し倒された。 「くっそー。可愛いツラして、てこずらせてくれたじゃねぇか」 「ほんと、すげぇ可愛いコだよな。いっぱいぶち込んでやろうぜ」 「写真、うまく撮れよな。これでこいつ、俺たちの奴隷だぜ」 「やめろっ! 離せ!!」 往生際悪く叫んだら殴られた。 衝撃で、頭がくらくらする。 ……悔しい。 俺はこれからこいつらに犯されるのだ。しかもやつらはこの様子を写真に収める気でいる。後から「この写真をばらまかれたくなかったら言うことを聞け」とでも言うのだろう。陳腐な手だが有効だ。俺は一生、こいつらに食いものにされるのだ。 恐怖に眦(まなじり)から涙がこぼれた。 やつらは怯える俺を、にやにやと嬉しそうに眺めていた。ただ自分の欲望を押し付けることだけを望み、傷つけられる相手の気持ちなど考えようともしない。醜悪な獣ども。 俺は恐ろしくて恐ろしくて、みっともなくすすり泣いた。 そのとき……。 「1人にたいして5人とは、ずいぶんと卑怯だな」 …………え? 俺は最初、自分の耳を疑った。どうしてここで、あの人の声がするんだ? 厄介ごとに、進んで首をつっこもうとする人なんて、いなかった。だから期待したことなんて無かった。いつでも、誰のことも、頼りになんてしたことがなかった。 なのに、なぜこのタイミングであの人が現れるのだろう。 不安で不安でたまらなくて。恐怖に押しつぶされそうだったこのときに……。 「げ……。帝王・萩原……」 俺が思ったとおり、突然現れた救世主は萩原先輩だった。俺を押さえつけていた男たちは、萩原先輩の顔を見て逃げようとした。だが、この路地は行き止まりになっているので逃げるには萩原先輩の脇を通っていくしかない。結局男たちは、萩原先輩の手にかかって次々と地面に倒されていった。鮮やかな手並みだ。無駄の無い動きで、確実に仕留めていっている。1対3だというのに、萩原先輩は口元にうっすら笑みさえ浮べていた。 数の優位は意味が無い。 男たちと萩原先輩との格の違いは明らかだった。 俺はただバカみたいに、萩原先輩の勇姿に見ほれていた。 「おい、大丈夫か?」 「萩原先輩……」 「お前、武藤……」 萩原先輩は俺の顔を見て驚いた顔をした。いや、顔だけでなく、俺の格好にも驚いたのだろう。俺はやつらの手によって、下半身を剥き出しにされていた。ここで俺がやつらに何をされようとしたのか、萩原先輩に気が付かれてしまったに違いない。 助かったという安堵と蘇ってくるさきほどの恐怖、萩原先輩にこんなみっともない姿をさらしていることの羞恥が混ざり合い、俺は思わず涙を零した。 男の癖に男に輪姦されそうになった自分が惨めだった。萩原先輩がもし現れなかったら、未遂では済まされなかった。そのことを想像すると寒気と吐き気がした。世の中にこんな暴力が実在することが怖かった。 「うっ……。ふぇっ……」 萩原先輩は泣き続ける俺の乱れた衣服を整えてくれた。俺はまだ怖くて怖くてたまらなくて、萩原先輩にしがみついてしまった。萩原先輩は、俺を突き放したりはしなかった。泣く後輩を宥めるためにか、ゆるく抱きしめてくれた。 萩原先輩に抱きついていると、全ての危険から守られているような気がしてものすごく安心した。伝わる体温に、俺は心と身体のこわばりがほぐれていくのを感じていた。萩原先輩は俺の頭を撫でてくれた。その感触が心地よくて、俺はいつまでもこうしていたかった。だが、これ以上萩原先輩に迷惑をかけるわけにはいかない。萩原先輩に……嫌われたくない。 俺は理性をかき集め、なんとか萩原先輩から体を離した。とても名残惜しかったけど。 「……すみません、先輩。もう大丈夫です……」 「送ってく。ちょっと待ってろ」 萩原先輩はそう言い置いて、携帯を使ってどこかに電話をかけ始めた。 「俺。……悪いけど、少し遅刻しそうなんだ……。ごめん……なるべく急いでいくから。じゃあ……」 俺のために萩原先輩は、スケジュールを変更してくれたみたいだ。でも、いいんだろうか……。嬉しかったけど、俺は心配になった。 「先輩、用事があるんだったら、あの、俺、ほんとうにもう、平気ですから……」 「連絡したから大丈夫だ。気にするな」 萩原先輩は俺を安心させるように、優しく微笑んでくれた。萩原先輩の笑顔に俺は胸をどきりとさせた。 ……萩原先輩、恋人いるのかな? いるよね、きっと……。萩原先輩、カッコイイもん。 恋人だったらきっと、萩原先輩の優しい笑顔を独り占めすることもできるのだろう。あの逞しい腕に、いつまでも抱きしめてもらえるのだろう。 俺は胸がズキリと痛むのを感じた。 もしかしたら、さっきの電話の相手が萩原先輩の恋人なのだろうか。 「……あの、約束って、デートとか、ですか……?」 思い切って俺は聞いてみた。萩原先輩はバイトだと答え、俺は安心した。 萩原先輩に迷惑をかけてしまうのは申し訳ないと思うけど、家まで送っていってもらえるのは嬉しい。家に着くまでは、萩原先輩と二人きりでいられる。 ほとんど無意識だと思うが、萩原先輩は俺を守るように俺の肩を抱いていてくれた。萩原先輩の手にはまったく下心が感じられず、ほんとに俺を気遣ってくれているだけだと分かった。さりげない優しさが嬉しい。萩原先輩の手から伝わる体温を、俺をいつまでも感じていたいと思っていた。 「送ってくださって、どうもありがとうございました」 家に着いてしまってがっかりした。もっと萩原先輩と一緒にいたかったのに……。 「ああ。また学校で」 萩原先輩はあっさりと立ち去ってしまった。俺と同じように、萩原先輩は俺と一緒にいたいとは思っていないのだ。俺はそのことが哀しくてたまらなかった。 ……俺は……萩原先輩が好きなんだ。 萩原先輩になら抱かれてもいいと思う。あの逞しい腕の中で、思う存分甘やかされたい。 その夜、俺は萩原先輩に抱かれることを想像しながら自分のモノに手を伸ばした。後ろめたい気持ちになりながら、萩原先輩の名前を呼びながら達した。 まさか自分が男にたいしてこんな感情を抱くようになるとは思っていなかった。 ……萩原先輩、好き……。 萩原先輩の姿を思い浮かべながら、俺は眠りについたのだった。 棚の上のほうにある本が取れそうで取れなくて俺は苛々していた。こんなとき、自分の身長の低さが恨めしい。精一杯つま先立ちするが、それでも届かない。足がつってしまいそうだ。 女みたいな顔に貧弱そうな小柄な体。毎日たっぷりと牛乳を飲んでいるのに、どうして俺の身長は伸びないのだろう。両親とも背は低いわけじゃないので、遺伝のせいじゃないとは思うんだけど。歳の離れた兄も、けして背が低いほうじゃなかったし。 俺が苦戦していると、いきなり手が出てきて俺の目的の本を棚から取り出した。 「この本か?」 「え? あ、萩原先輩! ありがとうございます!」 振り向くとそこには萩原先輩がいた。驚きながら、俺は慌てて頭を下げた。 萩原先輩の存在を確認したとたん、俺の心臓の音はうるさくなった。 ヤバイ。頭がのぼせちゃってる。萩原先輩に嫌われるようなソマツな行動を取らないように気をつけなきゃいけないのに。 この前、不良たちに絡まれていたのを助けてくれたことに礼を言ったら「本一冊でずいぶんと大げさだな」などと、萩原先輩は不思議そうな顔をした。つまり萩原先輩にとって、あのとき俺を助けたことは当たり前の行動を取っただけで、礼を言われるほどのことではないのだ。 なんて、カッコイイ人なのだろう。 俺はますます萩原先輩に心酔した。 不良グループに絡まれている人間を見たら助けてあげるのが正しい行動だろうけど、それを出来る人間は少ない。俺だってきっと、状況によっては見て見ぬフリをしてしまう。他人よりも自分の安全のほうが大事だから。 だが、萩原先輩はそんな卑怯な真似はしない。堂々と渡り合い、その圧倒的な強さで相手をねじ伏せる。その強さは、いっそ芸術的だ。俺を犯そうとしたやつらを軽々倒した萩原先輩は、凛々しくてステキだった。萩原先輩は男で俺も男だが、あれほどカッコよかったら惚れてしまうのも無理はないと思う。俺がおかしいのではなく、萩原先輩がカッコよ過ぎるのだ。 俺は、急速に萩原先輩に惹かれていく自分の心を止めることなどできなかった。もう、止める気もなかった。生まれて初めての恋を大切にしたいと思った。 ……同じ男でも……俺は、この人が好きだ……。 もし、萩原先輩の一番大切な人になれるのなら。それはなんて幸せなことなのだろう。 「お前、可愛いからさ。腕っ節は弱くないけど、気をつけろよ。卑怯なヤツも多いからさ」 萩原先輩は俺の実力を認めてくれながらも、俺のことを心配してくれていた。 ……萩原先輩……。本当に、俺のこと、可愛いって思ってくれています? 少しだけでも、期待して、いいですか……? 頭の上に乗せられた、萩原先輩の手から伝わる熱が心地よい。ずっとこうやって頭を撫でて貰いたい。ううん、萩原先輩にだったら、全身に触ってもらいたい……。 運良くその日は萩原先輩と一緒に帰ることになった。といっても、二人きりじゃなくて宮城先輩も一緒だけど。 本当は萩原先輩といっぱい話をしたかったけど、緊張して話しかけるきっかけを掴むことが出来なかった。宮城先輩と最近読んだ本について語り合いながら、俺は後ろをついて歩いてきている萩原先輩の様子をこっそり伺った。 萩原先輩はきりっとした表情で、前方を見据えていた。萩原先輩の視界に自分の姿が入っているというだけで、俺はどきどきした。駅につくと、宮城先輩だけ逆方向で、萩原先輩と俺は同じ方向だということが分かった。宮城先輩には悪いけど、萩原先輩と二人きりになれてラッキーだと思った。もっとも、気の利いた話なんて出来なかったけど……。 萩原先輩は無口な性質らしく、二人の間にほとんど会話は成立しなかった。それでも俺は、萩原先輩の気配を近くに感じていられるだけで嬉しかった。 ……え? ……痴漢だ! 萩原先輩の顔に見とれていて油断した。 俺の背後に立ったサラリーマンが、怪しい動きをし始めた。俺の尻をいやらしい手つきで撫で擦り、荒い息を耳元に吹きかける。いつもなら警戒して出来る限り女性の近くに立ち、怪しい男には近寄らないようにと気をつけていたのに。 男が男に痴漢されるなんて、恥以外の何者でもない。 萩原先輩の前だと思うとますます混乱し、どう対処すればいいのか分からず固まっていると、萩原先輩がじろりと痴漢を睨みつけ追い払ってくれた。萩原先輩の頼もしさに俺は陶然としてしまう。 ……痴漢にあって怖い目に合ったから……いいよね? 心の中で言い訳しながら、思い切って俺は萩原先輩の逞しい胸に縋り付いた。萩原先輩は拒まず俺を優しく抱きとめてくれた。ほのかに香る萩原先輩の体臭に興奮した。 この人が、俺の恋人だったらいいのに……。 |