【恋ってね! 飛鳥編  -06-】
 
「……あ……んっ……」
「おはよう、飛鳥」
……えーっと。前にもこんなこと……あったような……。
爽やかでカッコよくて、最高にステキな王子様の笑顔。
でもその王子様がしていることといえば、朝っぱらから俺の股間に顔を埋め、アレを口に含んでいる。目にしたえっちな光景に、眠気が吹っ飛んでいった。卑猥に濡れた渚の唇に、思わず注目してしまう。
……渚ってば……昨日……というか明け方まで……あんなにしたのに……。
しかも違和感があって頭部に手を当てると、どうやら猫耳を付けさせられているみたい。これって、以前も使ったことがあるやつだ。まだとってたんだ……。
……〜〜〜〜〜っ。エロ王子っ!
内心で毒づくけど、口には出さない。
だって渚ってば怒らすと怖いんだもん。
でも心の声はしっかり聞こえてたみたいで、軽く頬をひっぱられた。
「〜〜〜〜いったーいっ。渚、ヒドイ……」
俺の苦情に、渚は鼻先で笑った。そして臣下に命令する王様のように、とてもとても偉そうな口調で「飛鳥、上に乗れよ」って俺に命令してきた。従うことが当然と言わんばかりの、寝そべった体勢で。
渚はちょっとSだけど、俺はちょっとMかもしれない。
「このエロ王子っ!」とか思うし、頭にはネコ耳付けさせられる上、下半身はズボンだけじゃなく下着も脱がされていて恥ずかしい格好だし。
それでも男らしく命じられると、うっとりと嬉々として従ってしまう。雄の視線で見つめられると、それだけで心臓がどきどきしてしまう。
「……うん」
繋がるために、渚から手渡されたクリームを、俺は自分で後ろにたっぷり塗りつけた。繋がったときに痛くないように、中にも慎重に塗りつける。
その様子を渚は静かで、それでいて熱い瞳で眺めてた。
……恥ずかしい。
頬がほてっているのが自分でも分かる。
恥ずかしくて、なんだか目がうるうるしてしまった。
……う〜っ。恥ずかしいよぅ……。でも、渚が喜んでくれるなら……。
……そろそろ、いいかなぁ……。
硬くなった渚のモノに手を添えて、俺は入口に押し当てた。そして腰を落としていくと、奥まで大きくて熱いモノがずぶりと突き刺ささる。
「あぁんっ……」
渚が一杯に詰まって、思わず声が漏れた。
……ちょっと苦しいけど……渚が一杯で……イイ……。渚で……満たされる……。
俺は両手で自分のモノを擦りながら、腰を動かし始めた。ベッドのスプリングの力を借りて、上下に腰を動かす。
「飛鳥、エロくてすっげぇ可愛い……」
王子様は満足げに微笑むと、下から荒々しく突き上げてきた。がくがくと揺さぶられ、苦しいほどの悦楽に、堪えきれずに目から涙が流れた。
「あっ……! やっ……だ、だめ……っ! …やっ!」
ダメって言ったのにやめてくれないから、我慢できなくてイってしまった。俺が放ったものが飛び散り、渚の腹を汚した。
「体勢、変えるよ」
「あっ……!」
渚は繋がったままで、強引に体勢を入れ替えた。今度は俺が仰向けになって渚を見上げることになる。
「んっ……」
「飛鳥、可愛い。好きだよ」
欲望に濡れた熱い目で囁かれると、胸がきゅぅんとなる。
俺を貫く雄の感触が愛しくて、思わず締め付けてしまう。
「……俺、も……。俺も、好き。大好き……」
愛しい人の背に手を回し、もっと近づけるように、しっかりとしがみついた。
そして再び始まる激しい律動。
「あっ。イイっ……あっ……」
渚は的確に俺のイイところを突き、再び俺を追い上げていく。
けれど、追い詰められているのは俺だけじゃなった。余裕のない飢えた雄の表情で、渚は腰を打ち付けてきた。
そして、渚がぐぐっと奥まで入ってきて、俺の中で弾けた。
その感触に陶然としながら、俺もほとんど同時にイってしまった。
そして荒い息をしながら、濡れた体のままでぴったりと抱き合い、しばらく互いの体温を感じていた。
……すごい……幸せ……。
……このままずっといたい……。
……けど……。
「……渚、今日、予備校いいの?」
ずっとこうしていたいけど、渚の邪魔はしたくない。なのでしぶしぶ俺は、気になっていたことを口にした。
「……………………………………午後から、行くよ」
渚は俺をぎゅっと抱きしめ、深々と溜息をついた。
「昨日はね、戻ってきた模試の結果がA判定だったから、自分へのご褒美のつもりだったんだけど。……今日からまた勉強頑張るよ」
……えーと、ご褒美って……。
「えっとぉ、俺と会うことが、ご褒美……?」
「そう。可愛い恋人と思いっきりイチャイチャして、エロいことすんのが。下半身の我慢きかなくて大学落ちましたなんてアホな真似はしたくないから耐えたけど、一ヶ月間キツかったよ」
クールな渚らしくない、熱のこもった口調にちょっとビックリしてしまった。
……やっぱり、勉強でストレス溜まってるのかなぁ……。
「やっぱ、ホンモノは想像よりずっとイイよ。すげぇ癒された」
常ならばけっして口にしないようなことを言い、渚は強く俺を抱きしめた。
……相当、ストレス、溜まってるんだ……。
……そぉだよね。毎日毎日、勉強漬けじゃ、渚だってイヤになるよね……。
……しかもそれって、俺のためでもあるんだよね。俺のお父さんを納得させるため……。
……それに、会えないときも、渚も俺のことを想っていてくれてたんだ……。
「お勉強、今日も、頑張ってね?」
渚に何もしてあげられないのが、なんだか辛い。
俺は渚の役に立ちたいのに。
渚はマジマジと俺の顔を見つめてから、ディープなキスをしてきた。舌と舌を絡ませ、互いの唾液を交換する。キスをしながら、俺の中の渚がまた大きくなり始めたことを感じていた。
「またしばらく禁欲生活だよ……。飛鳥、マジで浮気するなよ?」
必死な感じの渚の声に、思わず頬が弛んでしまった。
……渚ってば、超カワイイ。
いつもは冷静で落ち着いてて、俺に滅多に弱みを見せない人だから、こういう姿を見せてもらえるのってすごく嬉しい。
受験のストレスでやや壊れ気味の渚も、本人は大変だろうけど、俺的には結構イイかも。
「浮気なんか、しないよぉ。渚以外に、興味ないし……」
俺の言葉に、渚は困ったような、微妙な顔をした。
そして耳元で熱く乱暴な口調で囁かれる。
「……もう一回ヤらせろよ」
「うん。……シテ。俺も、もっと渚を感じたいから……」
二人とも一度イった後だったし、またしばらく会えなくなるって分かっていたから、じっくり快楽を分かち合った。
もうすぐ夏休みに入るから学校でも会えなくなる上、こうして過ごせる時間が少ないのは俺も寂しい。けれど将来を供に過ごすための我慢だから、耐えられる。受験が終わるまでの辛抱だ。
渚は午後から予備校に行き、宣言したとおり、それ以降も受験勉強で忙しくてエッチなことをするのは1ヶ月に一度ぐらいの頻度だった。久々な分、毎回激しく情熱的で、それはそれで良かったりしたけど……。



ようやく本試験が終わった日、直後に渚から呼び出された。約束していたわけじゃなかったけど予想はしていたから、俺は携帯電話を手元に持ち、渚からの連絡を待っていた。
そして、渚からのメールに「今すぐ行くから。30分で着けると思う。」と返信して、俺はすぐ家を飛び出した。
渚とのデートは、お正月に初詣に行って以来だ。メールは毎日……というか、俺が一方的に送っていて、渚からの返信は10回に1回ぐらいだったけど……していたけど、会うのはもちろん電話もずっと我慢していた。渚の邪魔をしたくなかったから。
専門学校の入試は面接と作文のみで、去年の秋に試験を受け、12月にはすでに入学手続きも終わっていた。入試が終わっているお気楽状態の俺が、周りをうろうろしていたら、渚もいらっとするかなぁと思って、渚から連絡が来るまではって思っていた。
……期待していたけど……嬉しい……。
渚も俺と気持ちで、会いたいと思っていてくれたことが嬉しい。
待ち合わせの場所が書かれただけの短いメール。それでも十分だった。
俺は一刻も早く会いたくて、駆け足気味に待ち合わせの場所に急いだ。
息も絶え絶えにやっと待ち合わせの喫茶店に辿り着くけど、渚が険しい顔でコーヒーを飲んでいるから近寄りがたくて、前の席に座るべきかどうか悩んでしまった。
「あ、あの、えっと……。着いた、けど……」
……渚、今日の試験、上手くいかなかったのかな……? なんだか不機嫌そうだし……。
聞きたいけど、聞きにくい。
渚は俺の顔をちらっと見て、伝票を持ち、席を立った。そして、すたすたとレジに向かう渚の後を、俺は慌てて追った。
「渚……。ドコ、行くの……?」
おろおろしながら渚のコートの裾をそっと掴む俺に、渚は短く答えた。
「ホテル」
「……え」
そういうこともコミで期待していたのは確かで、いつ呼び出されるか分からなかったから、今日は2度シャワーを浴びてきた。けれど、あまりにも渚からの誘いの言葉がストレート過ぎて、びっくりしてしまった。
「イヤなの?」
俺の反応が気に入らなかったのか、渚は冷たい視線を向けてきた。
「イヤ、じゃないよっ! ぜんせんイヤじゃないよっ!!」
「そう」
力説する俺に渚はクールに頷き、数あるラブホテルの中から比較的落ち着いた感じの外観のホテルを選び、俺を連れ込んだ。
入口で部屋を選び、渚は堂々と部屋に進んだ。俺はといえば、初めてではないけれど、滅多にこないラブホテル独特の雰囲気に気後れし、おどおどと渚の後を付いていった。
今まで渚とえっちするときは、俺か渚の部屋ですることがほとんどだった。ホテルで……というのは、一年ぶりぐらいかもしれない。
渚は部屋に入ってすぐ、俺に口付けてきた。そしてキスをしながら、性急に俺の服を剥いていく。飢えた獣のような荒々しさだ。渚の激しさに翻弄されながら、男らしい強引さに陶然となる。この部屋が普段の慣れた場所ではないことは、すぐに気にならなくなった。
……渚、カッコイイ……。……好き……。
渚にもっと触れたくて、俺は渚のズボンの前を開いて、ソレに触れた。逞しくて熱く大きいモノに触れながら、期待で身体が疼いた。
……早く……欲しい……。
俺はすでに渚の手によって、全裸にされていた。渚は俺に前を好きなように弄らせながら、さっさとシャツを脱ぎ捨てた。そして大きな鏡が壁に貼られているバスルームに俺を誘った。
「飛鳥、立ったままそこの鏡の前で手をついて、背中を向けて」
「えーっ……」
……鏡の前でって……。渚ってばほんとにスケベなんだから…・・・。
恥ずかしいからイヤだったけど、渚にじっと見つめられると、逆らえるわけがなかった。蛇に睨まれた蛙、というヤツだ。
俺は鏡から目を逸らしながら、渚の言われるままの体勢をとった。すぐに後ろから渚が覆いかぶさってくる。
そして……。
「やっ……。待って……。まだ、入れちゃやだぁ……」
後ろの窪みに熱いモノを押し当てられ、俺は慌てた。いつものなら十分慣らしてから入れてくれるのに、ほんの少しほぐしただけで、今すぐにだなんて性急過ぎる。
なのに俺の制止の声もきかず、渚はゆっくりと、だけど強引に、俺の中に入ってきた。
「あっ……痛いっ……」
俺は痛みに耐え切れずに涙を零してしまった。傷ついてはいないとは思うけど、久しぶりってこともあって、キツい。渚のアレって、こんなに大きかったっけ……。
「〜〜〜っ。痛ぁい……っ」
痛いけど、離れるのはもっとイヤで、俺はぐずぐず泣きながら慣れるまで我慢した。
痛がる俺に渚も無茶は出来なかったみたいで、俺を包むように抱きしめ、首筋に優しくキスしてくれた。
「ごめん、飛鳥。痛いよね。……でも、やめられない」
「やめ……ない……で……」
最初は痛くても、気持ちよくなれることは経験で分かっていた。
前を優しく弄られ、軽く揺さぶられ、徐々に熱が集まってくる。
「ああっ…………」
やっと大きさに慣れて、渚の丁寧な愛撫に甘い声を漏らすと、敏感に察した渚は腰の動きを激しくしていった。
広めのバスルームに、俺の喘ぎ声と渚が腰を打ち付ける音が響く。そして鏡には、悦楽に浮かされた自分の顔が映っている。エッチなシチュエーションにますます感じてしまって、俺は腰を振って、渚から与えられる快楽を貪った。後ろから思いっきり突かれて、俺は鏡を白濁した液で汚してしまった。
バスルームでたっぷりと奥に体液を注がれ、その後、ベッドルームに移動した後も、色々な体位でエッチしてしまった。全身が渚と自分の汗や精液でぐちょぐちょで、今まで会えなかった寂しさを埋めるような激しいセックスに、身も心も満足してしまった。
真夜中まで抱き合って、ようやく渚も満足したみたいだった。
「えーっと、あのっ……」
今日の試験がどうだったのか、聞きたいけど聞きづらかった。
俺が聞くべきかどうか逡巡していると、俺の気持ちに気づいた渚が、俺が知りたいことに応えてくれた。
「とりあえず、全力は尽くしたよ。直前の模試でもA判定だったし、多分、大丈夫だったと思うけど。……いや、思いたいって言うべきかな。正直、結果が出るまでは、落ち着かないよね」
「……そう」
滑り止めの大学の受験が残っているらしいけど、第一志望大学の試験が終わった開放感を味わいつつ、それでいて結果が分かるまでは渚は不安なようだった。普段は強気な人の気弱な姿に、思わず渚の頭を撫で撫でしてしまった。渚は苦笑しつつ、俺の手首を優しく掴んだ。
「俺が受験に失敗して、飛鳥のお父さんに交際を認めてもらえなくなったら、一緒に逃げてくれる?」
「うんいいよ。どこに逃げる?」
あっさりと答えた俺に、渚は微笑み、俺の頬を右手で撫でてくれた。
「逃げるなら南の島かな。温かくてのんびりしてそう」
「わぁ〜い。いいね。海とか泳ぎに行きたいよね」
……渚と一緒に逃げるってコトは……これって駆け落ちってこと!?
『駆け落ち』という言葉の響に、俺は嬉しくなってしまった。
両親に会えなくなるのは寂しいけど。渚と一緒にいられるなら……。
……俺って、薄情な息子かなぁ……。
家族か渚か選ばなきゃいけないとしたら、間違いなく俺は渚を選ぶ。
「まったく、飛鳥らしいよね。少しも迷わないんだから」
渚はちょっと呆れているような、それでいて嬉しそうな顔をして、俺のことを抱きしめた。
「また来年受けるよ。もし、落ちてたら。簡単に諦める気はないからね」
「…………うん」
なんだかとても、嬉しい。
渚がどれだけ俺のことを想っているか、実感できて。
俺が本気で渚以外を切り捨てられると知って、渚はそうさせまいとしてくれている。俺に最良の道を進ませてくれようとする。
……俺は、渚に守られているんだ……。
俺はぬくぬくとした幸せに包まれて、穏やかな眠りに落ちていった。



「飛鳥、受かったよ」
「おめでとう!」
どきどきしながら渚からの連絡を待っていたから、渚の合格を知って俺はほっとした。心配していたけど、結局、渚は一発で希望の大学に受かってしまった。
……渚、あんなに頑張ってたし。もともと頭イイもんね。
二人で駆け落ちも悪くないなんて考えてたから、ちょっと残念かも。ほんのちょっとだけだけど。
渚のほっとしたような嬉しそうな姿を見ていると、俺も嬉しくなってくる。電話でも良かったのに、渚は律儀に俺の家まで来て報告してくれた。その心遣いがとても嬉しい。
「渚、俺の部屋に上がる? えーと、今日はお父さん、帰り早いけど……」
「それこそ望むところかな。……飛鳥のお父さんには、俺から直接報告するよ」
顔は平静を装っているけど、硬い声に渚が緊張していることが分かった。
渚が逃げずに、ちゃんと俺の家族と向かい合ってくれていることが嬉しい。
二人で生きる未来のために、一生懸命考え、努力してくれていることが嬉しい。
「えっと、渚、ありがとう」
俺も渚と一緒にいるためになら、どんな努力も惜しまない。
渚を信じて、ずっと一生付いて行く。
この世の中で、一番愛しい人の傍で生きていく。
……よぉしっ。俺だって!
「渚のご家族にもちゃんと認めてもらえるように、俺もしっかりご挨拶しに行くからね!!」
「………………………………………………………………………………………………え」
俺の言葉に、渚は表情を凍らせた。
……そんなに驚かなくても。渚がちゃんと俺の両親に挨拶しに来てくれたんだから、俺だってちゃんと挨拶しないといけないよね。
「渚のお父さんとお母さんに気に入ってもらえるように、頑張るから!!!」
「………………………………………………………………………………………………そう。ありがとう」
渚はにっこり笑って、俺の頭を撫でてくれた。
けれど結局、渚の両親も忙しいらしくて、きちっとした形で挨拶が出来たのは渚が大学を卒業してからだった。渚と一緒に暮らす前に、俺の両親の勧めもあって、渚がセッティングし渚の家族と会うことになった。
「飛鳥は人見知りするから、あまり喋らないほうがいいかも。最初に自分の名前だけ紹介してくれて、あとはニコニコ笑ってればいいから。俺が何とかするし。そうそう、一人称は「私」だからね。こういった正式な場では「俺」とか言わないように、おかしいから。服装も今回は俺が考えるよ、そういうのも重要だし、親の好みは熟知しているからね」
「うん、分かった!」
渚からのアドバイスを聞き、俺は神妙に頷いた。
第一印象はやっぱり、重要だと思う。
当日は渚の言うとおりに振舞ったら、渚の両親には気に入ってもらえたようだった。
用意された服は一応ズボンだったけど女性物だったような気がしたけど。
「綺麗なお嬢さんね!」
と、渚のお母さんは俺が「お嬢さん」だって勘違いしていたみたいだったけど。
渚が「気にしなくていいよ」って言うから気にしないことにした。
もうすぐ、渚と一緒に暮らすことが出来ると思うとわくわくする。
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとうございました」って挨拶したら、お父さんは号泣していた。いつも朗らかなお母さんも目を潤ませていた。
「飛鳥の実家から30分も離れていないし、週に一度は顔を出す約束してなかったっけ……?」って、傍から見ていた渚が呆れてたけど、それでも生まれ育って家を離れるのは感慨深いものがある。
引越し日の当日は、渚が家まで迎えに来てくれた。門をくぐってから、俺は改めて自分の家を振り返った。今日から俺が帰る家は、ここではなくて、渚と暮らすマンションになる。
自然と涙が零れた。
子供の頃から暮らしていたから、幼い頃からの想い出が脳裏に蘇ってきた。
今から俺は、この家から離れようとしている。今日からこの家は、俺が『生活』する場所ではなくなるのだ。
渚は俺の肩を優しく抱き寄せてくれた。
「絶対、幸せにするから」
「……うん。俺も……渚のこと……幸せにする……」
この家で作った想い出より、もっと沢山の想い出を、これから渚と一緒に作っていく。
今日から俺と渚は『家族』になるんだ。
ようやく涙を止めることが出来た俺は、渚と手をしっかり握って、一歩を踏み出した。
これから長く続いていく、幸福への第一歩を。

飛鳥編 終わり
 
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