「あ。匡が、くる」
和己に「魔力」なんてものは備わっていない。 元々はただの人間なので、瞬間移動したり手を使わずに物を持ち上げたり、そういった超能力みたいな力は匡と違ってまったく無かった。人間の世界を捨ててから現れた変化といえば、歳をとる速度がゆっくりになったことと、薄茶の髪が金色に変わったことぐらい。顔立ちも体格も昔のままだった。 ……あと、変わったことは、匡が来ることが分かるようになったこと、かな……。 和己は、なんの知らせもなしに、匡が部屋に訪れる日を察することができた。それ以外のことは分からないから、予知能力なんて大げさなものじゃない。 いつもいつも匡のことばかり考えていたら、いつの間にか、そんな力が身についていた。最初はまぐれかと思ったけれど、百発百中であたってしまうと、ただの偶然ではないと認めざるを得ない。 確かに、自分には一番必要な能力だろうし、とても役立っていた。 匡が来る前にと、和己は身を丁寧に清めた。抱かれるために、体の隅々を……後ろの匡を受け入れる部分まで……しっかりと洗う行為は気恥ずかしくもあったけど、話をするより先にベッドに連れ込まれることはしょっちゅうだったので、匡と会える日はいつも身奇麗にしていた。 ……今日、会うの久しぶりだし……。 匡の逞しさや、耳元で囁かれる熱のこもった声だとか、和己の中でイくときの色っぽい匡の表情だとか。最中のことを思い出して、和己のモノも反応してしまい、慌てた。羞恥で顔が赤くなる。 何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせ、熱が収まるのを待ってから、部屋に戻った。 あちらの世界で匡と暮らしていたマンションより、3倍ぐらい広い部屋だ。天井も高く、置かれている家具の一つ一つには凝った彫刻が施され、敷かれているふかふかな絨毯も美しい柄が施されていて高級そうだ。匡から与えられた部屋は、自分には分不相応で最初の頃は落ち着かなかった。 だが、クッションやテーブルに掛けられたレースの敷物、ベッドカバーや壁に掛けられた複数枚のタペストリーはすべて和己が作ったもので、自分が手がけたものが部屋に溢れてくると、ようやく和己もこの部屋に馴染むことができた。 初めてこの部屋に案内されたとき、この部屋には丹念に保護壁が張られていて、この部屋にいる限りは外敵に守られるのだと説明された。敵意のある者が、この部屋に足を踏み入れることはできない。けれど出て行くのは自由で、匡のことが嫌になったら、どこにでも好きなところへ行けと言われた。 匡のことが嫌になるなんて、絶対にあり得ないことだし、そもそもここを出てどこに行けばよいというのだろう。和己が興味があるのは、いかに匡の心を引きとめていられるかであって、外の世界に興味など微塵も無い。ゆえに和己は、匡に付き添われない限りはこの部屋から出たことは無かったし、それで構わないと思っていた。 匡がいる場所が、和己がいたい場所だ。ただ匡のことを考えながら、匡を待っていられるこの部屋こそが、和己が望んでいた場所なのだ。 「久しぶりだな」 ノックの音も無く、勢いよく扉が開け放たれる。 和己の予想通り、すぐに匡はやってきた。 「くる」と分かっていても、久々に顔を見られればとても嬉しくて、和己は匡に駆け寄って抱きついてしまった。 「なに? お前、犬みたいだな。忠犬。飼主様が恋しかったか?」 「うんっ。ずっと会いたかったから……」 ぎゅっとしがみついて、匡の言葉を思いっきり肯定すると、匡は上機嫌で笑いながら、和己の体を抱き返した。 「子供は素直が一番だよな」 頭をくしゃくしゃと撫でられ、その感触が気持ちよくて、匡の親しげなふるまいが嬉しくて、和己は幸せな気持ちで匡の肩に頭を擦り付けた。 ……好き、だなぁ……。愛してる……。 何年経とうが、色褪せない想い。それどころか、ますます想いが募っていく。 こうして触れていられるだけで、嬉しくて嬉しくて、頬が弛む。 「和己」 自分の名を呼ぶ声に艶が混じっていることに気づき、和己は匡の望みを察した。 自ら帯を解き、前をはだけた。まとっている衣は浴衣のようなデザインで、和己が手で作ったものだった。絹のような軽くてさらりとした手触りの素材で、それでいて絹よりも丈夫らしく、洗っても型崩れすることはない。こちらの世界独特の素材だった。 「匡……」 一糸まとわぬ姿になって、和己は匡に擦り寄った。そして指先で探り、匡の欲望の証を布の上からそっと撫でた。和己の動きに素直に反応し、ソコはますます堅くなってくる。逞しい雄のシンボルに陶然としながら、和己はたどたどしい手つきで、匡の服を脱がせていった。何度も肌を合わせているのに、手先が震える。 こういうとき、匡は和己が積極的に振舞うことを好んだ。だから和己は、匡が欲しいと言う気持ちを、隠さなかった。身体と心のすべてで匡を欲し、愛した。 自分の気持ちに振り回されていたときには気がつかなかった。匡の想いまで、気遣う余裕などなかった。 けれど、この豪奢で頑丈な檻の中で、ただ匡のことだけを考えていたら、分かってしまった。 匡も同じなのだ。自分と同じように、不安なのだ。 いつまで傍にいられるのか。 いつまで愛してもらえるのか。 不安でたまらないのだ。 それに気がついたとき、今までにも増して匡のことが愛しくなった。 そして、匡を守りたいと思った。 弱い自分を、匡が守ってくれているように。 匡を守れるぐらい強くなって、愛する人を大切にして、幸せにしたいと思った。 匡が望むのなら、繋がれて死ぬまでこの部屋から出られなかったとしても、構わないのだ。それで匡が安心するなら。 和己は跪いて、匡の雄雄しくそそり立った欲望に、舌を這わせた。匡が気持ちよくなれるように、指も使って昂らせていく。 匡のモノを含んで膨らんだ頬を、匡は指先で優しく撫でた。 「和己。口ではもういい」 「はい」 抱き上げられ、ベッドの上に降ろされる。そして匡もまた服を脱ぎ落とし、覆いかぶさってきた。 匡の体に抱きつき、その体温を感じながら、和己は深い安心感と幸福感に包まれた。 「お前ね。エロいことしてる最中に、平和そうに笑ってんじゃねぇよ」 「えっ。あ、ごめんっ。幸せだなあって思ったらつい……」 足を大きく広げ匡の身体を挟み込むという、いかにもで大胆な体勢のまま、和己は自分の両頬を両の手のひらでむにむにとマッサージした。 「……自由が、なくても? こんな鳥かごの中での生活が、本当に幸せか?」 揶揄するような口調だったが、目は真剣だった。 思わず和己はくすくすと笑ってしまった。 ……匡、カワイイ……。 ……なんて、愛しい人なのだろう。 何を恐れいているのか。 何を不安に思っているのか。 匡の気持ちが分かってしまい、胸がきゅっと締め付けられるような感じがした。 匡のことが、愛しくて愛しくて、たまらなかった。 和己を失わないために用意したこの部屋に、和己を閉じ込めることで安心し、それでいて、和己の心が離れていかないか、不安になっているのだ。 自分のことで苦しまないで欲しいと願いつつ、自分のことで葛藤する匡が、愛しかった。 「自由なら、あるよ。匡の傍にいられる自由。匡を想っていられる自由。俺にとって、それ以外のことなんて、いらないんだよ?」 和己は微笑みながら、匡の頬を撫でた。 この愛しさを、どう表現したらよいのだろう。なにをしても、どれほど深く匡を愛しているか、正確には伝えられない気がする。 匡は和己の言葉に微かに笑った。そして和己の中に、ゆっくりと身を沈めていった。 「ああっ……!」 内部を擦られて、和己は声をあげた。 きつく抱きしめられ、じっくりと、深く抉られる。匡の大きなモノで埋められ苦しいぐらいだったけど、強く求められるのが嬉しかった。和己の中が馴染むのを待ち、匡は腰を激しく打ちつけた。何度も匡を受け入れいている体は、悦んで匡の性器に絡み付く。 「ああんっ……。あっ。イイっ……っ……!」 熱を孕んだ声で喘ぎながら、匡から与えられる容赦のない快楽に、和己は眦から涙を零した。 和己が気を失っても、匡は和己を離そうとはしなかった。 会えなかった時間を埋めるように、激しく和己を抱いた。 行き過ぎる快楽は苦しくもあったけど、体中に跡が残るほど求められ、嬉しくて、和己は従順に匡の全てを受け入れた。 昔は、ただ、匡の傍にいられればそれだけで幸せだと思っていた。 それ以上のことは、考えることすらしなかった。 最初から諦めていた。 自己の考えだけで完結し、匡の真意を知ろうともしなかった。 けれど今では、もっと欲張りなことを望んでいる。 匡とずっと一緒にいて、匡を幸せにしてあげたいと。 二人でいつまでも手を取り合って、供に生きていきたいと。 初めて出会った頃、「ずっと傍にいて欲しい」と和己は願った。 そして匡はその願いを聞き入れた。 これからも匡は、和己の望みを叶え続けてくれるのだろう。 命が尽きる、その日まで。 「まさかお前が、ここまで真面目に『王様業』を勤めようとは、思わなかったぞ」 息子の勤勉ぶりに、誰よりも驚いたのは母親であるキアセルカだろう。息子の性質を知るがゆえになおさらだ。 母親の言葉にキースダリアは、微かに笑った。 全ては、和己のためだ。 政敵の動きを掴むため、国内の動きを完全に掌握するには『王』としての責務を完璧に果たすことが必要だった。 そしてなにより、懸念すべきは『父』の動きだ。 あの男は息子に対して、わずかも愛情など抱いていない。 あの男が必要なのは、母を役目から解放するための、身代わりとなる存在だ。ゆえに自分は証明し続けなければならない。母の跡を継ぐのに最も相応しい存在であることを。 王という地位に興味など無いが、いざというとき王という地位が盾となる。 ……誰にも邪魔などさせない。 「お母様、さっさと、引退してくださいね? 完全に現役から外れてください」 「うっ。そ、そんなあからさまに、疎んじなくてもいいじゃないかっ」 息子の言葉にキアセルカは傷ついたような顔をしたが、息子の真意は分かっているのだろう。 「……安心しろ。アイツに余計な手出しはさせない」 「ええ。期待していますよ、お母様」 こうして、母と息子の取引は成立した。 母の言うことになら、あの男も耳を傾けるだろう。あの男を見張らせるために、母にはさっさと退いてもらわねばならない。 ……和己、お前と供にあるためなら、なんだってするさ。 ……お前は俺の腕の中で、笑っていればいい。 今よりももっと強くなろう。 あらゆるものから、和己を守れるように。 二人で紡ぐ大切な時間を、壊されないように。 これからも二人の幸福な時間は延々と続いていくのだ。 永遠とも呼べる、遥か遠い時の果てまで……。 完 |