「美咲、今日はビデオでも見ようか」
「? 別にいいよ〜」 俊介はレンタルビデオ屋にあんまり行かないみたいだから、珍しいなって思った。 ところが、画面に映ったのは、俊介に抱かれている俺の姿だった。 ……ぎゃあああああああああっ。 「美咲、どう?」 「…………………………」 どうって言われても、俺はとてもビデオを見る気になんかなれない。 けど、目を逸らしていても、声が聞こえちゃうんだよ〜。 自分の、喘ぎ声がっ! 「気に入らない?」 気に入らないに決まってるだろ、ぼけーっ! く、くそぅっ。やっぱあのとき、ビデオ撮ってもイイなんて言うんじゃなかった。せめてコトが終わった後に、握り壊しておくんだった! 「やだよ俊介、恥ずかしいから止めてよ!」 「大丈夫だよ。心配しなくても、キレイにカワイク撮れてるから」 キレイとか! カワイクとか! そーゆー問題じゃなーいっ! ……でもキレイにカワイク撮れてるなら良かったー。キタナイよりまだいいよね……。 「ビデオでだけじゃなく、ナマの美咲のイイ顔も見たいな」 にっこり微笑み、俊介は熱くなった腰を押し付けてきた。 えっちするのはいいけど、BGMに自分の喘ぎ声ってのはヤだなー。 「俊介ぇ。えっちするならビデオはもういいじゃん。消してよ」 「だ〜め」 にっこりと微笑みながら、ソファーの上で俊介は俺の服を脱がし始めた。 「もうっ。俊介、なんでそんな意地悪するんだよぅっ」 ちらりと画面に視線を走らせると、ぼろぼろと快楽の涙を流しながら、俊介に貫かれる自分の姿が映っていた。 ……メチャエロイ……。いつも俺、あんななんだ。あんなエロイ顔してるんだ。恥ずかしいぃ〜っ。 「恥ずかしがる美咲の顔がカワイイから」 「…………………………」 はっ! もしやこれは、羞恥プレイというヤツか? 恥ずかしそうな顔を愉しむという例のあの……。 新たなるエロの開拓か……。さすが俊介、俺のオトコ。常にエロへの探究心を忘れないんだねっ。 そーゆーことならもっと恥ずかしがらねばなるまいと、俺はテレビ画面に顔を向けた。 ……ぎええええっ。なんつーえっちな顔してるんだ、俺っ。やっぱダメーっ。 ……い、いや、頑張るんだっ! 恥ずかしいけど恥ずかしいからこそ、見なきゃいけないんだっ。俊介を喜ばせるために! 「くっくっくっく……」 「……俊介、何笑ってるのさ」 人が一生懸命努力しているのに。 「いや……。美咲はほんとにカワイイなって思って」 俊介は宥めるように、俺のほっぺにちゅーをした。 ……なんかすごくバカにされてる気がするんですけど。 「美咲、好きだよ」 「俺も、俊介のこと、好きっ!」 微笑みあってキスをして、ビデオを流しっぱなしでえっちに突入した。 ゴメンね、俊介。恥ずかしがってあげなきゃいけないんだけどさ。もう夢中になっちゃって、ビデオに気を配る余裕なんてなかったよ……。 「俊介ぇ、もっとぉ……」 「いいよ、美咲。いくらでも……」 はううううううっ。たまらんっ。 イイよイイよぅっ。もっともっともっとぉ……。 「若いなあ、美咲は。今日もいっぱい出したね」 「えへー。だって気持ち良かったんだもん」 いつもと同じように、俊介を中に入れたまま、俺はいっぱい精を吐き出した。俊介は俺が出したものを人差し指で拭ってぺろりと舐めた。 「ねぇ、美咲。今日、俺の店に来ない?」 「行きたい。でも、仕事の邪魔じゃない?」 「んー。忙しくなったら相手してあげられなくなっちゃうかもしれないけど、美咲の顔を見ていられるだけでも幸せかなーって。美咲にとっては退屈かもしれないけど、どう?」 「行く行くー。俊介の働いてること見てみたい〜」 それに、俊介が帰ってくるまで家で待ってるのもつまんないしさ。今日は土曜日だから、俊介の家に泊まる日なのー。 いつもは俊介とえっちして、その後、俊介は仕事に行って。その間、俺は俊介んちで寝たりテレビ見たりして、俊介が帰ってきたらまたえっちしてってカンジ。 今日はずーっと一緒にいられると思うと嬉しいな〜。 俊介にくっついて開店前のお店に入ると、そこには賢司サンがいた。 「この前は、悪かったな」 俊介が更衣室に行っているとき、賢司サンは誤解して俺に殴りかかったことを謝った。 賢司サンは、なかなか潔い人である。そんでもってやっぱりイイ男だ。俊介もイイ男だけど、二人ともタイプが違うイイ男。 俊介は……中身はともかく……『貴公子』ってカンジ。そこはかとなく上品で柔和な顔のハンサムだし。 それにたいして賢司サンは、野性味溢れるイイ男ってゆーか。 喧嘩強いしね。南高校の『帝王』だし。 「美咲さん、叔父さんとはどこで知り合ったんだ?」 賢司サンの疑問ももっともだ。俊介と俺は年離れてるし、フツーに暮らしてたらなかなか接点ないもんね。 俺はちょっと迷ったけどホントのことを言うことにした。俊介と違って、俺、嘘付くの苦手なんだよね〜。 「ハッテン場でゆーめーな映画館でナンパされたの」 「その、双方合意の上、なんだよな?」 賢司サンは恐る恐るといった口調で言った。 「もっちろん。もし合意じゃなかったら、俊介、今頃生きてないよ〜」 「……それもそうか」 俺の強さを知っている賢司サンは納得したようだ。 「叔父さんと美咲さんが並んでいるのを見たとき、性犯罪者の四文字が俺の頭の中を回ったね。もし美咲さんが十三歳未満だったら合意であっても強制わいせつ罪になるが、まさか十三歳未満じゃないよな」 「ぜんぜんよゆー。俺、今、十六だし」 そっかー。十三歳がボーダーラインだったのか。知らなかったぜぃ。 南高校に行っているだけあって、賢司サンは物知りだな〜。 「美咲、お待たせ。今、なにか飲み物を作ってあげるからね」 俊介はお店の制服に着替えて出てきた。 うっわー。カックイイ〜っ。惚れ直しちゃうっ。 黒のタキシード姿、似合うよー。 しかし賢司サンと俊介が並ぶと、まるでホストクラブのようだ……。 お店、結構繁盛してるって言ってたけど、その理由が分かる気がするよ。 「俊介、制服似合うね。カッコイイよ」 「ありがとう」 にこにこ笑いながら、俊介は器用な手つきでオレンジを絞り、俺のためにジュースを作ってくれた。 退屈かもしれないって言ってたけど、ぜんぜんそんなことはなかった。 土曜日の夜とあってお客さんが多くて、言っていたとおり俊介は俺の相手をする暇なんかなかった。 でも、働いている俊介の姿を見ているだけで、俺は楽しかった。 「美咲、眠そうだね」 「ん? ん〜……」 この喧騒の中で眠気が襲ってくるのもスゴイって思うんだけど……考えてみれば昨夜はずっとえっちしてたから、あんま寝てない。 眠い〜。 あんだけえっちしたのにバリバリ仕事してる俊介って、人類を超えてるよ〜。 「従業員用の控え室にソファーがあるから、そこで寝るといいよ」 「……うん」 もうちょっと俊介が働いてるとこ見てたかったけど、すっごく眠くなっちゃって、諦めて控え室で眠らせてもらうことにした。 物音に気が付き目を覚ますと、賢司サンが着替えているところだった。 「わるい。起こしたか?」 「ん〜。しっかり寝たから大丈夫。今、何時?」 「十二時十分。あと五十分で閉店時間だ」 「そっかぁ……」 俺は手櫛で髪を整え、賢司サンと一緒に控え室を出た。 そろそろ終電間近ということもあり、店は空き始めてた。俊介は、カウンター席に座っているちょっと小奇麗な顔をした男と親しげに話していた。 むっ。誰だよ俊介、その男はっ! 「美咲、起きたの?」 俊介は蕩けるような笑顔を俺に向けていた。優しい俊介の目に覗き込まれ、俺はどきどきしてしまう。 「うん。起きた……」 「ちょっとぼーっとして、美咲、カワイイ」 いつもならここでちゅーされるところなんだけど、人目を気にしてか俊介は俺の頬を指先で撫でただけだった。 ……ちょっと寂しい。 「それじゃあ叔父さん、俺、帰るから」 「ああ。お疲れさん。十夜くんによろしくね」 きっと賢司サン、これから恋人の天使様と約束でもあるんだろうな〜。心はもう別のトコにあるって顔してる。 賢司サンは早歩きで立ち去って行った。 「……俊介、俺、喉渇いた」 「すぐにジュース作ってあげるからね」 小奇麗な顔の男は、俺と俊介の会話を聞いてくすりと笑った。 ……なんか腹立つ。 「こんばんは」 「……こんばんは」 小奇麗な顔の男は馴れ馴れしく俺に話しかけてきた。 挨拶されたら返すのが基本だから、俺は仕方なく返事をした。 「俺、俊介の元カレの、星澤宙(ひしざわ ひろし)」 元カレ、だって? ひょっとして、俊介が前に言ってた、一年間ぐらい付き合ってたっていう? その元カレが、何の用でここにいるんだよっ。 「俺は、俊介の現・恋人の、森屋美咲です!」 俺は俊介の元カレを睨みつけながら言った。 ヨリ戻そうとか考えているかもしれないけれど、そうはいかないんだからなーっ。 「美咲ちゃん、可愛いね。あの俊介が夢中になる気持ちが分かるよ」 「……はあ」 あんたに褒められても、素直に喜べないよ。 「ねぇ、今度三人でヤらない?」 「……は?」 「俺、タチもネコも出来るし」 「…………」 こ、この人、一体何考えてるんだよ……。 「星澤さん、好きな人が出来て俊介と別れたんだろ。恋人、いるんじゃないの?」 「嫌なコトいうなあ、美咲ちゃん」 俺の言葉に星澤さんは苦笑した。 「……いたんだけど、ね。女と結婚するってさ。もともとあのヒト、男より女のほうが好きみたいだったから仕方ないんだけど。フラれちゃったの、俺」 「………………そうなんですか」 星澤さんの顔があまりにも寂しそうなので、なんだかしんみりしてしまった。 そっかぁ。 失恋しちゃったのか。 失恋ってツライよね。俺も俊介と別れを告げたときはすごく辛かった。 今はこうして一緒にいられるからよかったけどさ。 「ねぇ俊介、今日、俺も混ぜて。三人でヤろうよ」 げぇ〜っ。 なんちゅーこと言うんだ、このヒトっ! ほんの僅かでも同情して損したっ。 俊介、まさかいいって言わないよね? ちゃんと断ってくれるよね? 俺、3Pなんて、絶対イヤだからね〜。俊介は、俺のことだけ見てくれなきゃヤだっ! 「ゴメンね、宙。俺は美咲以外の人間と、もうセックスする気はないんだ」 「……驚いた。まさか俊介の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」 星澤さんは、本当に驚いているようだった。それも無理もないよね。星澤さんと付き合ってた最中も、俊介、他のヒトとヤりまくってたみたいだし。 でも、俺は、そーゆーのヤだから! 俺って独占欲激しいのかもしれないけど、俊介がもし他のヒトのこと抱いたら、俺、絶対泣いちゃう。すごく哀しい気持ちになっちゃう。 「まいったな。俊介、本気なんだ。本気になれる相手、見つけたんだ……」 「うん。まさか自分がこんな気持ちになれるとは思わなかったよ」 俊介は、ちょっと照れたように笑った。 「ほんとにもう、俺は、美咲だけで満足なんだ。美咲がいれば他の人間はいらない。なんていうかね、すごく、満たされてるって感じなんだよ」 俊介の言葉に、超、感動した。 ……やだな。嬉しくて、ちょっと涙出てきちゃった。 自分という存在が俊介の中でどれだけ大きいのかを知って、嬉しくてたまらない。 プロポーズされたし俊介の本気は分かっているはずなのに、それでも俺はすぐ不安になっちゃう。俊介はモテるし前歴が前歴なだけに、俺に飽きて他の人のトコに行っちゃうんじゃないかなあって。 そのたびに、こうして俊介の言葉と態度に、俺の不安は消し飛んでいく。 やっぱ、さ。好きとか愛してるってことを相手にしっかり伝える努力って、し続けなきゃいけないよね。黙ってたって、向こうが自分の気持ちを理解してくれるわけないもん。 俺もさ、俊介のことを愛してるって気持ち、絶対に出し惜しみしないから。俊介の傍にいて、ずっと近くで愛を囁き続けるから……。 「俺が入り込む隙、ぜんぜんないって感じだね。ちょっと寂しいなあ……。俊介にまでフラれちゃったよ……」 俊介はゴメンねともう一度謝って、星澤さんの前にグラスを差し出した。 「代わりにここは奢るから。セックスには付き合えないけど、お酒の相手だったらいくらでも付き合うよ」 「ふふ。アリガト。でも二人の邪魔するのも悪いから、もう帰るよ」 「あ。待って下さい!」 俺は咄嗟に、席を立とうとした星澤さんを引き止めてしまった。 「何? その気になってくれた?」 星澤さんは、嬉しそうな顔で振り向いた。 「え? 美咲、まさか……」 俊介は驚いたようなちょっとむっとしたような顔をした。 その表情はひょっとして焼もち焼いてる? ……嬉しい。 ……じゃ、なくってぇ……。 「えーっと。俺も俊介以外のヒトとえっちする気はないんですけど、話し相手ぐらいにはなれるかなーって」 失恋するとさあ。寂しいんだよね。無性に。半身を失ったような、大きな損失感。 それを知っているだけに星澤さんを、今ここで一人で帰しちゃいけないって思った。 俺の言葉に、星澤さんは優しい顔で笑った。 「美咲ちゃんっていい子だね。俊介がマジ惚れする気持ちが分かるなあ」 「そうだよ。美咲はすごくいい子だよ。でもだからって、好きにならないでね。俺は美咲を手放す気はないから」 独占欲剥き出しで俊介は言った。 ……めちゃめちゃ嬉しいかも。 「分かってるよ。今では俊介は、俺の親友みたいなもんだしさ。俊介の恋人に、手を出したりしないって誓うよ」 全てのお客さんが帰って俊介が閉店準備を終えるまで、俺と星澤さんはいろんな話をした。 星澤さんはまだ二十二歳で、今は大学院生だとか。七つ年上のサラリーマンと付き合っていたものの、世間体のため、そのサラリーマンは星澤さんと別れてお見合いの相手と結婚することになったらしい。 ……なんか納得できない話だなぁ〜。 星澤さんも可哀相だし、そのお見合い相手も可哀相じゃんっ。 世間の目が怖い、とか。気持ち、分からないわけじゃない。 でも、たった一度の人生だもの。俺は自分の今の想いを大切にしたい。俊介が好きだって言う、俺の恋心を。 「すごく、イイ男で。すごく、大好きだった。俊介と比べちゃうと、セックスはぜんぜんへったくそだったけどね」 ほろ酔い加減の星澤さんは、優しい目をしてかつての恋人の話をした。星澤さんは、まだ、そのサラリーマンのことが好きだってことが伝わってきた。 「優しいヒトだった。俺のこと大切にしてくれた。でも、気が小さいヒトだった。だから仕方ないって思うんだ。俺と一緒にいることで傷つくのなら、別れるのも、仕方ないって思えるんだ……」 星澤さんの話を聞きながら、俺は以前、姉ちゃんに言われた言葉を思い出していた。 姉ちゃんは頭のいい人だから、俺が将来どれだけ苦労するのか、ううん、俺だけじゃなく、家族である姉ちゃんにだって迷惑かけるかもしれない……そんなことまできっと予想していたはずだ。 それでも、それなのに、姉ちゃんは、自分を曲げずに自由に生きていけと俺に言ってくれた。 強くならなきゃって思った。 今はまだ学生だから感じないけど、社会に出て世間の偏見の目に晒されたときにも、しっかり自分の気持ちを貫けるように。自分の人生を自分の力でいつでも選び取れるように。 その後俺たち三人は、カラオケに行って大いに盛り上がった。カラオケ行くことにしたのは、俺がそう提案したから。だって、声出すとすっきりするじゃん? でも結局、ほとんど俺一人が歌ってたけど。 なるべく元気のイイ曲を選んでノリノリで歌ってた。 「久しぶりに楽しかった。また遊ぼうね」 星澤さんはにっこり笑ってそう言った。新しい友達が増えたみたいで、俺は嬉しかった。この人が昔、俊介と付き合っていたかと思うとフクザツだけど。 星澤さんは、俊介がかつて恋人に選んだだけのことはあるって納得できるぐらいイイ人だ。だから星澤さんが、早く幸せになればいいなって思った。 駅まで星澤さんを送って行ってから、手を繋いで俊介と二人で歩いていたら、日が昇り始めた。 日の出を眺めながら、何回俺は、俊介と一緒に朝を迎えることが出来るんだろうと考えていた。 「美咲、俺もね、世間体は怖いって思うよ」 朝日を見ながら、俊介はぽつりと言った。 「……うん」 「でも美咲を失うほうがもっと怖いよ」 「うん」 「何が自分にとって一番大事かを分かっていれば、人生、そうそう間違った選択をすることはないと思うんだ」 「うん」 「俺にとっては美咲が一番大事で、美咲がいれば俺は幸せでいられる。だから、美咲と一緒にいるための努力は惜しまないよ」 「うん。俺もね、俺も、俊介が一番大事……」 俊介の手を握り締めながら、遠くに来ちゃったなあと俺は思った。 以前だったら、一番大事なのは何って聞かれたら、家族って答えたと思う。 でも今は、俊介って答える。 俊介を、一番愛しているって答える。 「美咲、もう一度プロポーズするよ。……俺と一緒に生きてください」 「うんっ」 俺は、俊介の体に抱きついた。 先のことなんて分からない。でも、俊介と一緒に生きるために、俺だって努力は惜しまない。 俊介と生きる幸せな未来をこの手で築き上げて見せると、俺は闘志を燃やしたのだった。 おわり |