2019年7月31日
12巻が売ってない 7月はライトノベル『Re:ゼロから始める異世界生活』が1冊も進まなかった。最大の理由は地元の本屋。何故か『Re:ゼロ』の12、13巻が長らく品切れ中。とりあえず『陰陽師』『いまさら翼といわれても』を読むからいいかあ、と思って流していたのだが、そろそろ続きが読みたいぞ。なるべく地元でお金を落とそうとしているのだが、これ以上アレだと某ヨから始まる家電量販店で買っちゃうぞ。あ、そうそう、この前『今さら翼といわれても』って書いたけど、『いまさら翼といわれても』が正しいタイトルでした。最後に確認してから載せるつもりが、忘れててそのまま、間違ったままになってしまいました。すみません。お詫びして訂正申し上げます。 『陰陽師』は母親も読んでいるのだが、母親は「獏ちゃんもお年だからちょっと衰えてきたねえ」という感想。私はあんまりそうは思わなかったのだが……。前かその前ぐらいからワンパターンからの脱却を目指しているようだが、その辺が影響してるのかな? ちなみに今回のサブタイトルは『玉兎ノ巻』。帯には不穏な空気を漂わせるセリフが書いてあるのだが、そこまで危険な兎ではなかったので一安心。 今まで『Re:ゼロ』は本編だけ追っていたのだが、短編集が出ていることを思い出した。12巻売ってないので一旦そちらを片付けることに。本編と短編集の読むタイミングだが、発刊順に進めるのが順当なのかな。チョロっと調べた限りでは、5巻の後に短編集1巻が出ているようだ。で、次の6巻の後には『Ex』――表紙を見るにフェリスの物語?――が出ていて、7巻の次に『Ex』の2巻『剣鬼恋歌』と続き、8巻を挟んでまたまた短編集の2巻と、本編以外がかなり出ている。都合4冊“読み飛ばし”ていることになり、全部片付けてから12巻となるとちょっと間が空きすぎるかな。なお、本編は先月6月に20巻が発売されていて、なかなか良いペースで出ているようだ。表紙でややネタバレしていて、20巻は再びヴィルヘルム(本編2度目、Ex含めると4度目)。何となくだけど、20巻でようやく敵のうちの一人を倒し、そしてこれまでのパターンで行くと、一段落付くまでにさらにあと1〜2冊ぐらいはかかりそう。長いなあ(苦笑)
というわけで、いつもの月末のやつを。
【ライジングサンR】2巻(新刊):☆☆☆ とりあえず3巻買うのは確定。前回「買わないかも」って書いちゃったからね。ということは、紙版より発売が遅れることも覚えておかなきゃ。 レンジャー訓練開始。の前に、何故か雑誌記者の話が挟まる。突然の場面転換に困惑したが、レンジャー訓練はその記者の――つまり一般人目線も加えてのドキュメンタリーのような部分もある。ま、よくある、読者が疑問を抱きそうなところで解説を挟むための要員ですな(笑) 普通の自衛隊以上に理解し難い、常軌を逸脱した訓練。レンジャー隊員になるための壁の高さ、分厚さを間接的に物語る構成かもしれない。 さて、印象に残ったセリフはこちら。 「文明に触れたことないの?」 甲斐が膝のけがを心配されて、唾でも付けときゃ治る!と答えたことに対するバディの辛辣?なコメント(笑) 『ドラゴンボール超』で、ザマスが神チューブを見ていた時に、ゴワスが「界王神になるのは諦めて神チューバーを目指すのか?」と言ったのに似た極端さを感じた(笑) ラスト、怪我により脱落者一号が出る。次ページで次巻予告が入るのだが、これをきっかけに脱落者が相次ぐらしい。で、その表現に一つ疑問が。「学生たちから相次ぐ離脱」とあるのだが、「学生」? レンジャーの訓練を受けるのは学生扱いになるのだろうか。訓練生だと思うのだが、制度上は訓練生は学生の一種??? よーわからん。
【Dr.STONE】11巻(新刊):☆☆☆★ 去年の『乙嫁語り』に引き続きカメラ登場。これはテンションが上がる。南が石化前に持っていたカメラ(回想コマ)がソニーα7シリーズっぽい。石化時に取り落としたようだが、壊れ方が妙にリアルで怖い(笑) まさか実機を一台やっちまったんじゃないだろうな……? さて、ここからいろいろとカメラについて語りたかったのだが、試しに書いてみると我ながらちょっとヤバい行数になったので泣く泣く全割愛。 海に出る前にいろいろ遠回りしている感があったが、さらに遠回り。確かに食糧は大切である。ただ遠回りするだけでなく、空からの探索は石油発見にも繋がり、農耕についても船旅組だけでなく、陸に残るメンバーの生活の安定にも寄与する。線で物語を構築するのではなく、網目状に張り巡らし、面で捉えて行くと表現すればいいだろうか。シナリオの組み方が上手く、それがそのまま面白さへと昇華されていく。ついでに、1巻の惚れ薬の一幕をここで使うつもりで入れていたとしたら……? 流石にそれはない、とも言い切れない。消滅した文明を一から構築し直すとなると、どういう形にせよ化石燃料に行き付く――と、これだけの物語を考えた原作者なら考えていたはず。何巻になるか分からないにせよ、ひょっとしたらそこまで漫画が続くかどうか分からなくても、その時のために千空にガソリンを「惚れ薬」と偽らせたんだ、と私は思うことにする。 全割愛と言いつつ、私の涙に免じて1つだけ。カメラの壊れ方が妙にリアル、と先ほど記したが、これはきっとカメラに詳しいスタッフがいるに違いない。カメラの構造を知らないと、実際に1台壊してみない限りこれは描けない。ついでに、千空が作ったカメラに、「SENKON」とか「SENKOR」、「A4PRO」とかいう刻印が入っていたのは、やはりスタッフの誰かが好きなんじゃないかと。 漫画本編とは全く関係のない話。単行本挟み込みのチラシで、『ORIGIN』が10巻で完結したことを知る。以前から候補にしていた作品だが、10巻で終わるとなると手を出しやすい。にしても、思ったよりコンパクトに話をまとめて来た……まさか面白くなくて打ちきりじゃないでしょうね?(汗)
【ぐらんぶる】13巻(新刊):☆☆☆ 悪くはない、のだが、『ぐらんぶる』に求めるのはもう1ワンク上、せめてあと半クラス。後半の耕平のアホっぽさこそこの漫画でしか出せないものだし、そしてどうやら本編最終頁を見る限り愛菜への思いやり?から出た奇行であるっぽい。主人公たちの真心が公共の場での脱衣に繋がるシナリオを考える原作者は流石見事としか言いようがないのだが(笑) ケバ子のアレ。最初スイカ入れてるのかと思った……。実家の農家で収穫していたからね。カバー裏で皆が目を背けていたのはそういうことだったのか。 古手川母「愚図は嫌いだよ」――あれ? 何かどこか別作品で聞いたことのあるようなセリフ……。同じく古手川母、「客扱いはここまでだよ」――そこは是非、某自衛隊の漫画風に「お客様の時間は終わりだよ」と言って欲しかった(笑)。
【グラゼニ〜東京ドーム編〜】9巻(既刊):☆☆☆★ 【グラゼニ〜東京ドーム編〜】10巻(既刊):☆☆☆★ トレードで河内がやってくる。8巻の雰囲気だと因縁ありありなのだが、河内の方は夏之介にシンパシーを感じていて、同じチームになって仲のいい雰囲気。にしても、夏之介先発のときだけ打ちまくるって……まあ漫画だしな。そして夏之介、人生二度目のピッチャーライナーを額に被弾事件。メジャーリーグでは、投手を打球から守るために、帽子の裏に鉄板か何かを入れるとかいう話もあるのだが、確かに危ない。何せ打球速度は投手の投げた球より速い場合もあるし、投手は投球の後体勢を崩している。頭に被っているのはヘルメットではなく柔らかい帽子。投手が打者付近を狙ってボールを投げるのと違い、打者はバットでフェアグラウンドを狙って打ち返すため、その頻度が少ないというだけであり、いざボールが飛んでくると危険極まりない。 一命を取りとめた夏之介。河内は、「前に一度額を骨折したから骨が強化されたんだ!」と主張するが、夏之介は「いつの時代の迷信だよ!」と取り合わない。ここで橘雪翼愕然。えっ、あれって間違ってたんだ……知らなかった(本気でマジ)。ま、まあ、俺骨折った経験ないし(意味不明な逃げ)。 その河内のキャラクターデザインなのだが……前回言った通り目が特徴的。というかはっきり言って違和感の塊。さらに夏之介と仲良しの雰囲気なので笑顔のシーンも多いのだが、笑顔の時に目が細くなって特徴的な瞳孔の描写がなくなり、一瞬「えっと、誰?」となる。そんなわけで、この顔は失敗だったと思う。 で、結局、シーズン10勝0敗を、投球回数50、防御率5点台という意味不明な内容で成し遂げる……うーん、漫画だ(笑) チームは5位で終了……うーん、現実もこんな感じだったらなあ(爆) 夏之介は実質減俸。ここの攻防戦もいろいろあるんだけど、厳密に言うと育成契約の時にしっかりそこまで話し合って決めとくべきだったんだろうなあ。お金の話ってムツカシイ。 で、夏之介の代わりに北海道へ行った則川。先発で初回3失点後は無失点……という投球でチームに貢献。漫画だなあ(呆れ)。もうちょいパターン変えようぜ。「立ち上がりが悪いが先発向き」なのはいいから、たまには初回抑えたりとか、2回以降も点とられる日もあるとか。何か極端すぎる(苦笑)
【DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】電子版7巻(既刊):☆☆☆★ 【DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】電子版8巻(既刊):☆☆☆★ ポップ、逃げるふりして一人で竜騎衆の3人に立ち向かう。まあ今更ここで怖気ずいて逃げたりする展開はないだろうなとは感じていたが、一人で行く意味あったのかな? クロコダインやレオナが戦わずしてダイを敵の手に渡すわけもないんだし、ポップが命を懸けて何とかなる相手でもない。だったら3人で戦った方が「矢は折れにくかった」と思うんだが。 ヒュンケル帰還。どうでもいいが、7巻表紙のヒュンケルちょっと身長短くない? 竜騎衆の一人をポップが何とか倒し、残る2人とはヒュンケルが余裕の様子で戦い始めるのだが……いざ戦ってみると最後の一人がかなり強い。ヒュンケルさん、敵の強さ見誤りすぎじゃないですか?(笑) 竜騎衆ラーハルトの口から語られるバランの過去。アバン先生がハドラーと戦っている間、竜の騎士バランが何やってたかと言うと、ハドラーより恐ろしい冥竜王ヴェルザーを退治していた。要約すると「ハドラーなんてヴェルザーに比べたら取るに足らない小物」のようで。ヴェルザーがいなければハドラーはあっさりとバランに倒されていたのだろうか。ハドラーが一目置く理由も分かる。バーンの力で強化されてるとは言え、まだまだバランの方が強そう。どんどんハドラーが小さく見えて少々哀れ……と同時に、アバン先生の評価も下方修正しなきゃいけなくなって哀しい。ま、それはさておき、その後が重要。ありがちな展開だが(いつもこればっか言ってるけど)、傷付いたバランはソアラに助けられ、2人は恋に落ちるが、ソアラは一国の王女以下略。バランは追手が来れない遠くまで逃げるという選択肢はなかったのだろうか。アルキード王国を滅ぼしたコマでソアラの亡骸を抱えて飛び立っているけど、これにプラス幼いディーノを加えても十分飛翔できそう。何で追手が来れるような中途半端な場所に隠れ住んでいたのか。最悪、追手が来た時に住処を捨てて逃げれば良かったのに。あと、ちゃんと国王に「私は竜の騎士です」と身分を明かしたのだろうか。言ってなくて魔物呼ばわりされるがままなんだったらちょっと手落ちが過ぎる。竜の騎士を魔物扱いしていたとしたら、王国の重臣?たちはアホすぎる。怒らせたら手が付けられないのは明白だし、そもそも竜の騎士なら英雄中の英雄。王座を狙っていた家臣たちも相手が悪かったと撤退しそうなものなのだが。ハドラーではなくヴェルザーと戦ってたというのが認知度的にマイナスだったのだろうか。 で、いよいよメインのバラン戦。ポップの決死の覚悟がダイの記憶を呼び覚まし、いよいよダイ対バランの戦いが始まる。その途中、ギガブレイクを撃とうとしたバランにダイは言い放つ。「それはギガブレイクじゃない! 今使った呪文はギガデインじゃなくライデインだ!」 前にも言ったが、私は『ドラクエ』をプレイしたことがない。故に魔法の名前は……少しは知っているけど大体しか分からない。ここまでいろいろな呪文が出てくるが、その中には同系統の上級呪文なども含まれている。『FF』であれば、例えば「ファイア、ファイラ、ファイガ」と言う具合に後ろに付く文字が変わることで呪文の強さが分かる。では『ドラクエ』では? それがない。『ダイの大冒険』を読む上でそこが障害になりそう……と思ったのだが、全くそれがない。字面、音感で何となく呪文の強さが分かる。このネーミングは優秀だと感じる。そして、単純な体系の『FF』呪文よりもカッコよく感じられたりする。「トベルーラ」はなんかちょっと安直すぎてダサめだけどね(笑) 少し話を戻し、ポップは竜騎衆戦に引き続きバラン相手にも奮闘する。この戦いの後でちょっと情けないシーンもあるとは言え、ここではとにかく獅子奮迅の働きを見せる。なぜ突然こんなにできるキャラになったんだろう? 『ビィト』のキッスを「ポップポジション」と位置付けたけど、キッスより断然肝が据わってるじゃねえか!(そんな風に聞こえないかもしれないけど、褒めてますよー) で、ハドラーの首元がいよいよ涼しくなってくる(笑) “バーンさま”が寛大なところを見せてラストチャンスを貰えることになったが、ハドラーが退席してからキルバーンがバーンに意見する。よくある悪の組織の首領とかだと、「貴様、この私の決定に異を唱えるつもりか?」とか言いそうなのだが、バーンは真面目に自分の意図を説明。なんていうか、ミストバーンと合わせて「バーン」の名前を共有するこの方たち、この表現は的確かどうか分からないけど“仲がいい”のかね。
【ドラゴンボール】完全版27巻(既刊) 遂に登場ミスターサタン。はっきり言って最初はコイツむっちゃ嫌いだった。何でこんなキャラ作ったのか理解できなかったし、物語のテンポを悪くするだけの蛇足の見本だと思っていた。魔人ブウのところでね、ああいう感じになったから良かったようなもんの……今見ても、登場時の時点で鳥山明が何考えていたのかはちょっと分からない。 とかいいつつ褒めておくと、瓦割をして(15枚重ねて14枚しか割れなかったが)、「セル! 見るがいい……これが1分後の貴様の姿だ」のところ、これだけはカッコいい。ここだけはカッコいい。サタンが言ったんじゃなければ限りなくカッコいいのだが、如何せん言ったのがサタンだからなあ。勿体ない。この上なく勿体ない。 という余計な前振りがあっていきなり“本丸”の孫悟空がセルに“挑戦”。互角の勝負を見せ、瞬間移動かめはめ波で決着が付いた……かのように思わせておいてセルは再生。冷静に考えると再生強すぎ。ブウのときもそうだったけど、こういうのちょっと安易すぎないか? ピッコロみたいに手足だけぐらいならまだ可愛げもあるけど、上半身ほとんど吹き飛んだ状態からの復活は何考えてんだ。まあ、ブウはもっと酷い状態から再生するんだけど……『超』ではさらにエスカレート。再生能力はアカンとつくづく思う。 悟空はあっさりと棄権して、悟飯に後を託す。ここ、作者の意図としては、「主人公の交代」という意味合いもあったんだろうなあ。見事に失敗したけど。失敗の要因はセル戦よりもハイスクール編の成長した悟飯のキャラクターデザイン及びグレートサイヤマンでギャグに振り過ぎたせいじゃないかと思う……そう考えるとサタンの時と言い、『Dr.スランプ』で一世を風靡した鳥山ギャグも才能が枯れ始めていたということか。
【るろうに剣心─明治剣客浪漫譚─】完全版19巻(既刊):☆☆☆☆★ はい、例のシーン。これ、ジャンプ誌上で読んで私は当時どう思ったか。「なるほどそっちできたか(ニヤリ)」である。薫が本当に死んだとは微塵も思わず、私の予想のうちの片方が正解だったと確信。だって少年漫画でこの展開でヒロインが死ぬなんて有り得るわけがない、と当時純粋?な高校生だった私はそう信じてました。まさか和月が本当に薫の死ぬストーリーも選択肢に入れていたとは露知らず。そういう選択肢があったという時点で私は和月の正気を疑うぞ! で、早々に薫の死体と思われていた物体がそうじゃないと判明する。展開的にも“死んだまま”にしておくと縁側のその後の様子が描けないし(時系列を大幅に前後させるのもよくある手法だが)、読者への影響を考えてもよろしくない。私みたいに裏を読もうとする根性の捻じ曲がった人間は少数だろうからね。「御庭番衆は徹底した現実主義者、今夜薫の墓を暴く」と言ったあたりの蒼紫の役回りは実に適任で、この人はこの時のためにいたんだと思いたいぐらいハマっている。そこに続く外印との戦いも良かった。何かと「人形遣いの本体が弱いと思われるのは心外」を連発する外印だが、それを一蹴する蒼紫。ラストは外印が罠を張り、その罠に掛かったと思わせておいて見事なカウンター?で決着する。ここのやり取りが実にいい。外印は蒼紫に降参したフリをして情報交換を持ち掛け、蒼紫は薫似の死体の“在り処”を喋るのだが、外印にはよく聞き取れない。ここ、多分聞こえててもおびき寄せるために聞こえないフリをするつもりだったんだろうけど、蒼紫はわざとじゃないだろうかと思うぐらいのボソボソ喋りで“読者にも聞こえない”(笑) もしもここで最初からはっきり聞こえる声で言ってたら、外印逆上からの締まらない形での決着になってたんだろうなあ。蒼紫は罠があると分かっていて?踏み入れて、そして改めて宣言する。「燃やした」と。外印からすればまあ血も涙もないというか、テメえ何てことしてくれやがんだ!なんだけど、外印は外印でテメえ何てことしてやがんだなのでお互い様というか当然の報いです。 さて、この戦いの途中で、隠されていた外印の素顔が明らかになる。外印はご高齢の老人だった。一部の読者が失望したらしく、「仮面で隠された素顔は美形と相場が決まっているだろう!」と苦情が殺到したそうな。そんなワンパターンのお定まりじゃなく和月流だからいいんじゃないか、と言いたいのだが、和月ご本人にはこれが堪えたらしい。JC版の制作秘話ページでは「反省します」的なことが書かれていて、そして事実『再筆版』では美形キャラに大変身。とは言え、和月も素直じゃないというか反発したかったようで、「はいはい美形がいいんでしょ分かりましたよ美形に描きましたよ」ってな感じでヤケクソ気味だった(笑) この問題は……うん、あまり深く踏み込まない方が良さそうだね。さらに言うと(今踏み込まないって言わなかったっけ?)、美形になってもやられ方はダサくて、ほーんと和月もいい根性してるよなあ(笑) 話の時系列は戻るが、“薫を守れなかった”剣心は廃人と化してしまう。落人村で魂が抜けたかのようになり、仲間が鼓舞しに来ても暗く沈んだまま。はじめちゃんと蒼紫は剣心の元へは訪れない――蒼紫はともかく斎藤は「仲間になった覚えはない」って言いそう(笑) この状態の剣心に触れないのは、剣心のことをよく理解しているというべきか。蒼紫の場合は自身の体験込みで、立ち直るためには自分で克服しなきゃいけない問題だと分かっているだろう。この剣心の描写――安易に閉ざされた心が開くきっかけを見せなかったのは、後から振り返れば実に秀逸。作者の中で剣心というキャラの軸がしっかりと定められていた証拠。次巻のあのシーンと合わせて「剣心を描き切った」と言えるのではないだろうか。 鯨波兵庫、発狂。いよいよあのシーンへ。予告すると次巻の評価は最高の「☆☆☆☆☆」です。
【マコさんは死んでも自立しない】4巻(新刊):☆☆☆★ リンがついにマコさんに告白! あんまりラブコメ系を読まないからわからないんだけど、連載の途中で告白しちゃうのって珍しくない? そうして晴れて恋人関係となった2人。ちなみに1巻のところで書いた通り、私がウェブで最初に読んだのは告白後から。自分で思う。なんちゅーとこから読み始めたんだ(笑) で、晴れてカップルになったからって何か変わるようなことがあるようなないような。両方が片思いだと思っているときも照れ屋な二人だったが、両想いであることが分かってからも相変わらず照れ屋な二人。仲は進展してないような元からこれ以上進展しようがないぐらい熱々なのか。なるほど、だからこそ連載の途中で二人の関係が変化するイベントが挟めたのか。関係は変わっても漫画の中身は変わらんからね。「付き合ってもすれ違う二人であった」が全てを物語っている。あ、この「すれ違い」は悲しいすれ違いではなく、初心過ぎてすれ違ってるだけ。すれ違いすらも爆発しそうな勢いの二人に乾杯。
【亜人ちゃんは語りたい】4巻(既刊):☆☆☆★ 【亜人ちゃんは語りたい】5巻(既刊):☆☆☆★ 最初に、どうしても指摘したいポイントがある。4巻の表紙って5巻の内容じゃないの??? ネタバレというほど先に4巻の表紙見て困るもんでもないけど、5巻の内容を4巻表紙にしていいの? こういう買い方してるから……というか電子書籍だから分かり辛かったんだけど、こんなんありか。ちなみに6巻の表紙は5巻の内容、になるのかな? それとも予告通り座敷童がメインの話になるのかな? 高橋先生の大学の友人、相馬というキャラが出てくる。漫画の登場人物はえてして個性的だが、相馬はその中でも何か濃い。というか、すげえ既視感がある! 誰か(他の漫画の登場人物)に似てる! でも思い出せない! 考えて考えて考えてようやく分かった。『あおざくら』の岩崎林太郎だ! 相馬が自説を語り、ポーズを決める。それを見て高橋先生が「おつかれ」と言うが、このセリフが何かリアル。私も家族に言われることがたまーにあるんだ。そして相馬と高橋先生の様子を見た町が、「大人も友だちと話すときはこんな風になるんだなあ」と思うシーンがあるが、そうなんだよなあ。子どものころは大人って大人なんだって思ってたけど、意外と子どもとあまり変わらないというか、「子どもの延長上」なんだよね。 雪が漫画好きを隠す理由がよく分からない。それ以上に、笑いのツボがよく分からない(笑) 高橋先生が教頭に小言を食らう話。後半がなんかすっげぇ最終話っぽいんですが? 俺は今の7巻まで出てる状態で読んでるから続きあるって分かってるけど、「最新4巻」の時点もしくは連載で読んでたら「えっ? ひょっとして終わっちゃうの!?」って勘違いして焦っていただろう。 5巻の人物紹介のところに「恋愛経験ゼロ」とあるが、恋愛経験とはなんぞや? 誰かと交際することが恋愛なのだろうか。誰かを好きになることもまた恋愛であり、例えそれが片思いであっても「経験」なのではないだろうかと思ったり。 職員室にアイスがある学校。
ど こ の 学 校 だ
少なくとも私の通ったことのある学校にはそんなものはなかっ……た……はず……だよね?(だんだん自信がなくなる) ひかりが「ひまりちゃん大天使」というのを見て「H・D・T」とか考えてしまった私はかなり重症。もちろん言うまでもなく「H・D・T」とは「ひまりちゃん・大・天使」の略であり、元ネタはあの小説の「E・M・T」である。 ついに新亜人キャラ?座敷童登場……なのだが、結局この子は亜人なのだろうか。部屋から出られないし、外部の人には見えないし、もうそれ人じゃなくて普通にただの妖怪じゃん。それらもすべて亜人の特性で済ますつもりだろうか。6巻表紙だし。そして謎の「陽子」というキャラ。相馬のいる大学に通っているのだが、欄外?の四コマの相馬の気付きでこっちもようやく気付いた。主人公の妹かー。 5巻末尾の次巻予告は……ギャグなのかマジなのかよく分からん。座敷童から宇宙を知る、というのは比喩表現としては可能性ありだし、佐藤先生の生活環境改善もありえるが、クルツ君の正体って? そこに添えられたサシ飲みとたこわさがシュールすぎる。
【マージナル・オペレーション】13巻(新刊):☆☆★ シンプルに言って飽きてきた。話の内容を追うのが億劫になってきたというか。『遥カナン凍土』と共に休止しますかねー。
【薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜】4巻(既刊):☆☆☆★ 【薬屋のひとりごと】4巻(既刊):☆☆☆★ 【薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜】5巻(既刊):☆☆☆★ 【薬屋のひとりごと】5巻(新刊):☆☆☆★ 今回へんなまとめ方してます(笑) というか前回やっちまった。壬氏は弟じゃなくて息子だったのか……そういう推理を子猫がしてたのをすっかり忘れて感想文書いちまった。年齢的に近いから姉弟だと思ったんだよな……。阿多妃の年齢が35歳って出てたけど、壬氏って歳いくつ? かなり重要なポジションにいるから最低でも20代中盤ぐらいだとは思うんだけど。そうすると阿多妃は10代前半で子ども産んだことになって、そりゃ産後の肥立ちも悪くなるわ。あれ? 阿多妃が子を成したのは前皇帝とだっけ? 確か前皇帝はモゴモゴモゴみたいなことが書いてあったような記憶があるからそうだとすれば納得だが(なんかちょっと某るろうにの作者の顔が浮かんだ――私は粘着質だから言い続けるよ)、阿多妃と現皇帝が元々は友人に近い関係だった。みたいなことも書いてあったはず……? 壬氏がスーパー若かったとして20歳、そうすると15歳なので……うーん、やっぱ何か色々と釈然としない。姉弟の方が自然だ。 というわけで。どうもね、同じストーリーを別々の漫画家によるコミカライズ読んでて頭が混乱してるみたいなんだ(言い訳)。昔ならこれぐらいきちんと頭の中で分けて並列してストーリーを追えたはずなのに、衰えたかねえ。ただ、両『猫猫』の絵柄の見分けは付くようになってきた、かも。絵柄というか、作風というか。 官女の試験に落ちる猫猫。後宮を首になった人が再び後宮に戻ることは難しいんだそうで、外廷の官女にしようとした壬氏。ところが後宮の下女とは違って官女になるためには試験が必要。壬氏の口ぶりによると、文字の読み書きができる猫猫には楽勝な試験のはずだったようだが、猫猫は毒や薬以外の興味のないことについてはさっぱりのよう。これはよく分かる。私が学生時代、数学や理科がそこそこできたのに対して、社会科がさっぱりだったのと一緒だろう。一概に「頭がいい」とか言われても、その「良さ」にはベクトルがあって、向きが違うととことん弱いものなのですよ。そんなわけで、壬氏直属の下女として外廷で働くことになった猫猫。官女になった場合、それはそれで官女としての仕事が忙しくて自由には動かせないから、敢えてこういう形にしたのかな……? 話の大筋は後宮時代と変わらず、相変わらず事件に首を突っ込んだり突っ込まされたり。舞台がこれまでの後宮から外廷に移ったことで活躍の場は広がっている……? あ、今気づいた。外廷って後宮の一部だったりする? ここんところ疎いのでよく分からないんだけど、もしそうじゃなかった場合、小学館『猫猫』のサブタイトルが!(笑) 「後宮謎解き手帳」じゃない!(笑) スクエニ『猫猫』がサブタイトルなしな理由が今わかったような気がする!(笑) 職人が息子たちに遺した鍵の話。はんだが太陽光の熱で溶かされて鋳型に流れ込み、新たな鍵ができるというトリック。これを見てまず思い出すのは『封印再度』だ。森博嗣の小説、S&Mシリーズの1冊で、『Who inside?』と英語タイトルがジョークになっている。お湯の温度で融ける形状記憶合金を使い、凶器が鍵に変化する(逆だったかな?)というトリックで、これを発表した時に「実際には出来ない」と批判されたそうで、作者が実演して反論したという話を聞く。多分作者が実際できるとこを見てもらいたくて、批判された時も「待ってました!」と、うきうき気分だったんじゃないかと私は勝手に想像している。ま、そういうわけだから、低温はんだを流し込んで鍵を作るのは有り得そうだからいいとして……これに関して無理があるのは、太陽光ではんだを溶かすところ。箪笥の鍵穴を塞ぐようにはんだの塊が詰められていて、その箪笥は固定されていて動かない。ところが太陽の軌道は季節によって“動く”。金魚鉢をレンズ代わりに使って太陽光を1点に集めているわけだが、その1点が室内の奥まった場所にある鍵穴に命中する日が1年のうち何日あるのだろうか。その日まで毎日やろうとすると、先に収斂火災で作業小屋が燃えてしまう方が早いのではないだろうか(笑) あと、はんだは柔らかい金属である。別の金属同士をはんだで付けると結構な接着強度は出せるが、はんだ100%の鋳造物が果たして鍵の役割を任せられるほどの強度を持つのかどうか。鍵穴の方に工夫を凝らして軽い力で回せるようになっているのかもしれないが……。以上、原作者さん、是非実演して見せてください(笑)
【王室教師ハイネ】13巻(新刊):☆☆☆★ 感情的になって「身分なんてあるこの国がおかしいんじゃないか!?」と発言するリヒトをたしなめるハイネ。「貴方のお父上が治めてきたこの国がおかしいという発言は撤回なさってください」と怖い顔で言う。ここ、ちょいとグレーゾーン。王国だし時代的にも中世ぐらい?だからまあこれが正しいのかな。一応民主主義と言われ、思想の自由が憲法によって保障され、表現の自由もあるこの国に生まれ育ち平和ボケしてるのかもしれないけど、誰が自分の国をどう思おうと自由じゃないだろうか――と私は思った。例え治めているのが自分の親だとしても、その国の在り方に疑問を抱くのに何の問題があろうか。でも『ハイネ』の舞台は王国で、リヒトは王子で、ハイネは王室教師……というのを考えてみれば、ハイネの方が至極真っ当なのかなあ。本当に今の治世が間違っていて、自分が王になった暁にはそれを正してみせる!という意気込みでの発言ならまだしも、リヒトの発言は子どもっぽい感情論から来ているわけだしね。 ちょっと前の巻を確認のために読み返したら、そのシーンは前話ラストのリフレイン(繰り返し)だった。今頃気になったのかよ俺は(笑) カフェ襲撃事件は解決しないまま話は転換する。なるほど、事件の解決を話の区切りとするわけではなく、カフェ襲撃事件をきっかけとしてリヒトが王位継承に意義を見出し、王宮に戻る動機付けにしたわけだ。この話の持って行き方は今まであまり見たことがなく、一つの上手いやり方である。敢えて解決しないまま話を進めることで、「王国の抱える負の部分」という雰囲気を醸し出し、物語にリアリティも増す。 さて、後半は第一王子の縁談の話。婚約に始まり破談に終わる。アインス本人の描写から言って、二回目の国王からの「今日は大事な話がある」は多分“そう”だろうなと思ったら案の定。当の本人の発言その他描写は少なく、理由は全く不明。何かしゃべれよ! アインスが出てくるので当然?ローゼンベルク伯爵の描写もあるのだが、ハイネと語ったのが本音だとしたら、この人の思惑もまだまだ何か隠されている模様。何だろうこの王国、先ほどとは違った意味で負の部分抱えすぎなんじゃないのか(笑)
いつも新刊の谷間に既刊を細かく買って調整しているのだが、何故か今月は固め買いする傾向に。『グラゼニ』と『ダイの大冒険』を一緒に買って、当初夜食食べながら『グラゼニ』だけ読んで、翌日か翌々日ぐらいにメインPCで『ダイの大冒険』を読むつもりだった。タブレットでは『ダイの大冒険』の閲覧は重いから……というのがその理由なのだが、閲覧ソフトのアップデートで『ダイの大冒険』も他の漫画同様サクサク読めるように修正されていた。何となく開いてそのことに気付いたのだが、驚いてついつい読み進めてしまって、お陰でうっかり夜更かしすることになってしまった(苦笑) でもとにかく、こうした改良は素直に嬉しい。 8月の新刊は『るろうに剣心─明治剣客浪漫譚・北海道編─』『ドラゴンボール超』『僕のヒーローアカデミア』『将棋の渡辺くん』『宗桂 〜飛翔の譜〜』『軍靴のバルツァー』『BUNGO―ブンゴ―』『リボーンの棋士』の8冊。『バルツァー』はちょっと間が空いて心配していたので、いつもより新刊が楽しみ。一方で『ブンゴ』は前巻からたった2ヵ月しか経ってなくて驚き。電子書籍と紙書籍は、その性質上、月の前半後半で固まりやすいのだが(*1)、8月は紙版と電子版が結構入り乱れている。というか、電子版が少ない月である(6、7月は電子版が多かった)。既刊は、まずは完全版が2冊。遂に『ドラゴンボール』が“最終巻”に到達する。29〜34巻は去年の例の騒ぎ(*2)のときに買ったので、28巻で全巻揃うわけだ。そして『グラゼニ』『ダイの大冒険』が各2冊。空いた枠に放り込んだ『亜人ちゃん』も引き続き2冊行く予定で、これで最新刊に追い付く。『猫猫』で空いた枠は新顔、『彼方のアストラ』を3冊買う予定。詳細は番外編にて。
*1 そんな性質はない――が、固まることは多い *2 某ブヒ郎が逮捕されたあの件である
――番外編―― アニメ『Dr.STONE』見てみた。好きな漫画作品がアニメ化されて一番戸惑うのが、声が印象と違うこと。これはうちの家における定番ネタで、真っ先に挙げられる例は『パタリロ!』のマライヒ。私はアニメ版の印象が全くないので、母や姉がそう言うのを「うんうん」と黙って頷いて聞いているだけなのだが、その理由は実際聞いてみなくとも説明だけで納得できる。「その理由」は後回し((*3)参照。今日は「ヒミツー」にはしない)。侃侃諤諤には書かなかったが、私が読んでいる漫画の中では最近、『ぐらんぶる』『王室教師ハイネ』がアニメ化された。どちらも1話のみだが視聴した。あまり声に違和感を覚えることはなかったが、ただ単に「アニメより漫画の方が好き」だったので2話以降は見ていない。さて、『Dr.STONE』は。声自体は今回も特に文句ないのだが、千空の話し方がちょいとイマイチかなあ。笑い方も普通で、何故原作の「ククク」から変更したのか分からない。 CM。第一話目から円盤――BD、DVDの広告が入っていて苦笑。『ぐらんぶる』『王室教師ハイネ』もそうだったかな? 最近はアニメの制作費の回収が大変と聞くから、向こうも必死なんだろうけどね。当然だが、橘雪翼は基本漫画にしか興味がないので基本買わない(*4)。基本と二度も但し書きを付けたのは、アニメ『天体戦士サンレッド』の第一期はDVDを買ったからである。『Dr.STONE』のアニメを見て気に入った方、続きもアニメで見たい方、是非お買い求めてあげてください。 CMで『彼方のアストラ』というアニメも始まったことを知った。ちょっと気になったので調べてみると、原作は漫画で、完結済み全5巻の作品。試し読みで冒頭数話を読ませてもらったがなかなか面白そう。冊数面でも気軽に行けるので、8月と9月の2ヶ月に分けて買ってみようかと(3冊の理由がコレ)。橘雪翼はこういう形で「アニメ化!」の恩恵を受けています。見るのは「基本」漫画だけなのですが(笑)
*3 マライヒは見た目は綺麗な女の子だが、実際は男。現在で言う「男の娘」のはしりと言ってもいいかもしれない。そんなわけでアニメは男声で、これが母や姉の「イメージと違った」のである。確かに私も、マライヒのセリフは女声で読んでた。 *4 アニメのテンポがあまり好きでない事や、アニメはどうしても作画にブレが出てくること、それから毎週決まった時刻にテレビの前に座らなきゃいけないのも苦手だし(良く忘れる――事実『Dr.SOTNE』は2週目忘れてた)、円盤買うとなるとお金もかかる、原作の全話がアニメ化されるとは限らない……等々の理由で好きじゃない。 (2019-53 07-05)
2019年7月25日
最近更新サボりまくり……一応色々下書きはしてるんだけど。とりあえず1個ずつ片付けて行こう。 いまさらグランドひかりと言われても 某小説のタイトルを見て浮かんだ。もうだいぶ前のことになるが、鉄道模型のカトーが「100系グランドひかり」を新製品として発表したとき、模型雑誌に書いてあった反応がこんな感じだったような気がする。新製品の数が増え、主要な車両が網羅され、過去の名車やニッチなところに手が届くようになった今はそんなことないだろうけど、当時は新規金型で100系のマイナー版とでも言える「グランドひかり」を、登場から時間が経ってから模型の世界に登場させるというのは少々奇異な戦略だったかもしれない。今カトーが400系新幹線「つばさ」を作ったらどうなるだろう。やっぱり「今さらつばさと言われても」になるかもしれない。あるいは模型販売店に「トミックスの400系の在庫ありませんか?」と問い合わせたら「今さらつばさと言われても」という空気になるかもしれない。 そろそろ本題に入ろう。小説「古典部シリーズ」の最新作『今さら翼と言われても』の文庫版を読んだ。過去にはアニメ化もされており、アニメ界隈では『氷菓』と言った方が通りがいいだろう。アニメタイトルは小説第一作目のタイトルがそのまま使われており、小説はシリーズものでありながらシリーズ通してのタイトルや共通ワードが存在しない。アニメ『氷菓』を制作したのは、あの事件が起きた「京都アニメーション」である。私はアニメ版は見ていないので特別な思い入れはないのだが、ちょうど小説最新作を読んでいる最中の出来事だったということもあり、大変胸の痛む出来事だった。 被害を大きくしたのが容疑者の手によって撒かれたガソリンということなのだが、ガソリンの燃えやすさ、危険性を初めて認識したような気がする。先日後輩と、JR車内へ「イソプロピルアルコール」を持ち込んでいいのか?という話になった。危険物の持ち込みは不可なのだが、どこからが危険物でどこまではセーフなのか。その話の最中、明らかにダメなものに「ガソリン」や「灯油」が挙がった。もう一つ思い出すのが、某漫画でガソリンをガラス瓶?に入れて持ち歩くシーン。「これはマズいだろう」とかいうセリフもあったのだが、あまり私にはピンと来ていなかった。せいぜい、模型の塗装に使うシンナー類より多少は揮発しやすく、燃えやすい程度の認識だった。いやいや、だって私は車やバイク運転しないんだもん、ガソリンは身近な物質じゃないんだよ。ちなみに、「イソプロピルアルコール」は常識的な少量ならおそらく大丈夫で、そして何故「イソプロピルアルコール」の話になったかはいつものように「ヒミツー」。ところで、今月最新刊が発売された漫画、『Dr.STONE』。3700年後の文明が消失した世界に再び科学を取り戻そうとする物語だが、主人公石神千空がガソリンを精製している。1巻と話がリンクしていて、第一話では現代日本においてペットボトルのキャップからガソリンを精製していた。問題のシーンは、千空がそれに火を着けるところ。1巻を読んだ時はあまり気にしていなかったが、今回の事件を思うにこれは非常に危険な行為だったのでは。フラスコの中のガソリンは大半が流しに捨てられ、シンクに残ったわずかな分だから大丈夫だったのだろうか? そろそろ本題に入ろう(本日2度目)。『いまさら翼と言われても』はシリーズ初?の短編集。古典部4人のショートストーリーが6篇収録されている。そのうち2つは、終わり方がちょっと微妙な感じがしたりもした。結局“ヘリ好き”の先生の話は何だったのか。書籍タイトルにもなった話では、最後えるは合唱会場に戻ったのか……はまあいいとしても、「翼」はどこから来た単語なのだろう。えるの独唱部分に入っていたかと思って遡って確認したが、ない。「翼」というとどうしてもE3系か400系新幹線か485系かキハ81かを思い出してしまうのだが(あ、そうそう誰かさんのハンドルネームにも入ってる漢字だな(笑))、やはりこの場合は「自由」を象徴する単語として使われたのだろうか。ひょっとするとえるは父親に、「千反田家に捉われることなく、翼を広げて自由にはばたけ」とか言われたのだろうか。そこの辺りは無理やり納得できなくもないのだが、えるの心中を察すると暗く沈んだ気分になる1冊だった。 あとがきにある「誰もが一度は見たことはあるが、名前の知られていないもの」。ピロティーは名前は聞くし、見たこともあるが、じゃあ何が「ピロティー」なのかは説明できない。一つ勉強になった。他に例として挙げられていた「グレーチング」は最近分かるようになった単語で、確かにこれも「難しい」。「バッグクロージャ―」も聞いたことがある。「あっ、これってそういう名前が付いていたんだ」と、名前があることに驚いた記憶がある。今は何だったか忘れたので、これを書き終えてから調べてみることにする。皆さんも良ければどうぞ。 (2019-52 07-04)
2019年7月18日
S IIIすっ飛ばしてまさかのR IV ソニーが新製品となる「α7R IV」を発表した。α7シリーズは、α7Sの三世代目が登場しておらず、次に発表されるのは「α7S III」だろうと誰もが予想していた(多分)と思われる中での出来事だ。 その内容を見て、「あっ、そう、ふーん、すごいね」ぐらいの感想しか出てこなかった。全体的に堅実な改良といった感じで、一足飛びだったのは画素数が6100万に増えたことぐらい? 「II」から「III」の時は、画素数はそのままだったがシャッターの改良が(私には)大きくて、「いよいよα7デビューの時が来たのかも!」と思ったのだが(実際にデビューしたのはRじゃなく無印の「III」にて)。いい方に捉えれば、今は魅力を感じない、つまり資金繰りを心配しなくていい。唯一「遂に来たか」と思ったポイントは、APS-Cにクロップしても2400万画素以上あること。だがその反面、35mm判いっぱいの記録をしようとすれば6100万画素の超重いRAWファイルを抱え込むことになる。もう少し前に登場してたら歓迎していたのだろうけど、今はAPS-Cにクロップするより元からAPS-Cで小型のカメラの方が欲しい。 地味なポイントだが、前ダイヤルに角度が付いている。α7 IIIまではおそらく水平なのだが、今回は少し上を向いている。操作しやすそうで、だからといって買い替えたりはしないが、今後も「こう」であって欲しい。ちなみにD810もα99 IIも前ダイヤルは少し傾斜していて回しやすい。あともう一つ地味に嬉しいのが、露出補正ダイヤルにロックがかかるようになったこと。いつも露出ステップは1/2段に設定しているのだが、露出補正ダイヤルは1/3段刻みになり、ダイヤルを0以外の位置に回すと1/3段が優先される。設定変えてないのに1/3段になってるなあ……と思ったら露出補正ダイヤルが勝手に回っていた、ということが何度かあった。不便なのでロックがあればいいのに、とずっと思っていたのだが、ようやくそうなってくれたようだ。瞬間接着剤流し込んでロックするなんて荒業がなくもないのだが、橘雪翼にはそんなロックなことをする度胸がない。 というか、露出補正ダイヤルって必要なのか? 露出補正するということはP、A、Sのいずれかのモードを使っていると思われるが、その場合前後ダイヤルの少なくとも一方が空いていて、そこで露出補正すればいいんじゃないかと思う。カメラの電源がオフの時でも補正量を確認できる、と主張する人もいるかもしれないが、そんなん言い出したらα7シリーズは電源オフのときはシャッター速度も絞り値もISO感度も何も確認できない。露出補正量だけ分かってもどうしようもないんじゃないかな。ちなみにソニーのカメラは、露出をマニュアルモードにしていて露出補正をしようとすると、「現在のモードでは使えない機能です、P、A、Sいずれかのモードでご使用ください」的なメッセージが出て来る。α77やα99 IIで時折間違えて露出補正ボタンを押してしまい、このメッセージが表示されるのを見て「ソニーは分かってるなあ」と感心していたのだが。 ま、そんなわけで、α7R IVの発表を見てややがっかりし、「それ買う金あったらG Masterレンズ買うわ」という結論を下して寝た。あ、ちなみに、海外発表のライブ映像見てました。最初の方で日本人の社員が英語で喋っているのを聞いて、何か安心した。こてこてのジャパニーズイングリッシュ。英語が得意でない私でも単語が聞き取れる、いかにもな日本人の話す英語。はっきり言って下手くそなんだけど、流暢な英語が聞き取れない私の耳に優しいスピーキングでした(笑) (2019-51 07-03)
2019年7月11日
次に買うレンズ迷走中 だらだら下書きに時間を掛けていたらまたしても状況が変化してしまった(苦笑) もう思い切って箇条書きにして更新してしまおう。
・「17-28mm F/2.8 Di III RXD」買うつもりだった ・「ズームレンジが狭くないか?」と思い直した ・ちょっと高いけど「Vario-Tessar T* FE 16-35mm F4 ZA OSS」にしようかな ・もうどうせだし「FE 16-35mm F2.8 GM」行っちゃおうぜ ・いやいや待て待て落ち着け冷静になれ ・シグマが何か発表したぞー!(本日)
GMレンズのところで迷文書けたと思ったんだけど、泣く泣くお蔵入り。 ちょっくら比較しておく。タムロン、Zeiss16-35mm、16-34mmGM、シグマ新製品の順に、まず重量が420g、518g、680g、795g(現時点で出ているのはLマウント用の数値のみ)。後から候補に上がるほど重くなる傾向に(笑) 値段は、タ10万ちょっと、10万円台ギリギリ後半、30万円弱、10万円台後半。GMの高さが際立つ。なお、いずれも某ヨから始まる家電量販店のオンラインショッピング。ところで、ニコンの14-24mm F2.8は定価30万円超とGMとタメを張るが、実勢では25%ぐらい安くなっていて20万円ちょい。GMはこれに限らずあまり値引きされていない。そのせいでGMレンズは割高感がある。 最大撮影倍率が高い方がいいなあ、と思って見ているのだが、上3本は横並び? タムロンとソニーで表記の仕方が違うので、ワイド端かテレ端のときなのかで評価が大きく変わってくる。シグマは「1:7.3」……おおよそ0.14倍で、他の3本と比べるとやや低め。この数値は、ニコンの同スペックレンズとほぼ同じ。ニコンのは、サイト上のスペック表記を見るに0.14倍になるのはテレ端時と思われ、ワイド側はもっと低くなることが予想される。うーん、意外と寄れない? と、ここでFisheye NIKKOR 8-15mmを確認すると、0.34倍というぶっちぎりの数値が出ていた。言われてみれば納得で、そして同じような写真を普通の広角レンズで撮影するのは諦めたほうがいいようだ(苦笑) ちなみに24mmのG Masterは0.17倍だそうで、Fisyeye NIKKORの半分。多分だけど、決して0.17倍がこうしたレンズで低スペックなわけではなくて、Fisyeye NIKKORが妙に寄れるだけ。こりゃますます8-15mmが好きになっちゃう。 迷走しているところにさらにシグマがぶちこんでくれたので、これはもう結論が出るのが増税に間に合わないような気がしてきた。というか、最近のよくあるパターンで「予約殺到で発売日に手に入らない」、そして「数か月待ち」となる可能性が。シグマのは8月下旬発売らしく、1ヶ月の入荷待ちでもギリギリで、それ以上となるとアウト。まあ、欲しかったら10%だったとしても買やあいいんだけどね。 (2019-50 07-02)
2019年7月4日
死体消失事件発生 庭でバットを振り回して鬱憤を晴らしていると(*1)、門の方で何やらカラスがうるさい。うっとおしいので様子を見に行って、状況次第で追い払おうと思った。すると、怪我をしているのか一羽動きの鈍いやつがいた。普通、カラスは人間が近付いていくと一目散に……というか、余裕の様子で人間を馬鹿にしたようにゆったりと逃げていくのだが、そいつは逃げて行かなかった。周りのカラスがカーカーうるさくて、そいつがいじめられているようにも見えた。カラスがいじめられていたところで助けてやろうなんて思わないが、ちょっと可哀想ではあった。でも、特にできることもないので、うるさいのは我慢して戻り、残る鬱憤を晴らすべくバット振り回しの続きに掛かった。夕方、暗くなる前に、その後が気になってもう一度見に行った。薄々勘付いてはいたが、そいつは木の根元にうずくまり動かなくなっていた。夕方だから眠りに入った……わけではなく、蟻がたかっていた。どうやら相当に弱っていたようで、そこから回復できなかったと見える。その日は時間が遅めだったので、翌朝市役所に電話して処理してもらうことにした。 日が変わった翌朝、洗濯物を洗濯機に放り込んでから、電話をする前に念のためもう一度見に行った。すると……死体が、ない。目が覚めて飛んで行った? まさか! 確かに死んでいたはず! 死体が消えた! これが『Q.E.D.』か『金田一少年』の漫画中で、死んだのがカラスではなく人間であれば「死体消失トリック」である――というか、人間が死んでいたらその時点で私は警察に電話しなくてはいけない(笑) 尤も、相手がカラスでも死体が消えたこと自体は不思議だ。そんなわけでいつものように可能性を考えてみた。 [1] それでもやっぱり実は生きていた [2] 誰かが「ふっかつのじゅもん」を唱えた [3] ゾンビ化した [4] 蟻や他の生き物が残らず平らげた [5] 母が姉が処理した [6] 他のカラスが死体を運んだ [7] 夢オチ 一番可能性がないのが[5]である。本人に確認したからこれはない。嘘の可能性と言われると完全否定はできないが、そんなことする意味がない。逆に一番可能性が高いのが[7]。最近リアルな夢を見て現実とごっちゃになることがあって困っている。例えばこの前、後輩が「カトーが西武8000系と京阪6000系の製品化を発表したんですよ!」と私に熱弁を振るってくれたことがある。ところがカトーはそんな発表してないし、後で本人に聞くと「別の人じゃないですか?」と言っていたので、きっと夢での出来事だったのだろう。他にももふもふ白うさぎが10匹(*2)ぐらいうちの庭に迷い込んでいたので、「迷子うさぎ預かってます」の張り紙を作ってしばらくうちで飼うことにしたはずなのだが、翌朝うきうきしながらうさちゃんたちに会いに行ったら1匹残らずいなくなっていた。冷静に考えると、1匹でもうさぎが迷い込んでくるなんてことあるはずないのに10匹はおかしい。あれは夢だった……でも可愛かったなあ、夢でもいいからまた遊びに来て欲しいなあ。ま、最近の日常がそんな感じだから、今回のも[7]の夢オチが最有力。[2]の「ふっかつのじゅもん」は、ひょっとすると誰かが唱えたかもしれないが、残念ながらここは現実世界でありファンタジーではないので、唱えたところで何の効果もないだろう。[3]の場合、近日中に日本が大パニックに陥ることが懸念される。皆さん備えは怠らないようにお願いしたい。 そろそろ真面目な話をすると、まず考えたのが[4]。でも、流石に骨も残らないのはおかしい。羽根は1枚落ちていたのだが、他の生き物が平らげたとしたら骨はもちろん羽根ももっと残ってそう。[1]の疑いも残るのだが、蟻がたかっていたからなあ……。というわけで、[6]の「他のカラス〜」かなあ、と思っている。ちょっと調べたところ、カラスがカーカーうるさかったのは、件の一羽をいじめていたのではなく、仲間を心配してのことかもしれないとする説が出てきた。つまり、具合の悪いのを見て他のカラスが、「大丈夫か? 頑張れ!」と勇気付けていたのだ。だとすれば、死んでしまった後、何羽かがその亡骸をカラスの墓場へと運んで行ったとしてもおかしくはないかな、と。
*1 なんの鬱憤かはヒミツー *2 橘雪翼は何かの主張があってうさぎを「1匹」「2匹」と数えます (2019-49 07-01)
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