▼ Notes 2000.10

10/22 【アンダーグラウンド】
■エミール・クストリッツァ監督「アンダーグラウンド」(1995年/仏・独・ハンガリー)をビデオで観る。旧ユーゴスラヴィアの動乱の現代史を背景にした、壮絶な法螺話。「壮絶」と「法螺話」を両立させる強靭な物語の運びに感心した。思いきりありえない話をあえてぶちこむことで、かえって物事の本質を鋭くえぐってみせる、というようなタイプの物語(『キャッチ=22』などと通じるものがあるだろうか)。たんまり盛り込まれていそうな政治的な風刺を理解しきれるわけもないけれど(歴史的映像のなかに架空の登場人物を紛れこませる手法も多用されている)、それでも惹きつけられるのはやはり映画の力なんだろう。
■いちばん純粋におもしろく観ることができたのは、中盤あたりのシニカルな展開。愛欲と嘘にまみれた「英雄」物語を生きる主人公夫妻(ふたりの関係はほとんど谷崎潤一郎の小説みたいで、ちょっと驚いてしまった)と、彼らをモデルにした伝記映画の撮影、そして偽りの時間を懸命に生きている「アンダーグラウンド」の人々。これらが幾重にも物語のなかで対比されて、どれが偽りなのか、真実はどちらにあるのか、そういった問いが投げかけられる。
■幕切れはとても悲観的なハッピーエンドだと感じたけれども、肯定的にとらえることもできないではないのかな。そういう重層的な割り切れなさが全編を覆っているところもこの映画の魅力だと思う。大音量で鳴り響く音楽が、まるでお祭りのようで圧倒的。(★★★★★)


10/9 【レザボア・ドッグス】
■クェンティン・タランティーノ監督の出世作「レザボア・ドッグス」(1991年/米)をいまさらビデオ鑑賞。日本産やくざ映画風の人物/暴力描写がわりと強調されているみたいだけど、まず時間軸の構成をひねった脚本がなかなか意欲的でおもしろかった。未見だけど「現金に体を張れ」あたりを意識しているのかな。いきなり事件後の逃走場面からはじまって、肝心の宝石強盗のシーンは伝聞描写にとどめ一切映像を見せないまま進む、という実験的な構成になっている。映画の序盤では、事件がどんな経過をたどったのか/これからどんな展開になるのか、のどちらもが謎を生んでいて吸引力は抜群。おもな舞台となっているのがただの倉庫、というのも実験的か。渋めの男性俳優たちがそれぞれいい味を出し、随所で披露されるナンセンスな小ネタ風の会話も洒落ていて余裕を感じさせる。
■ただ僕の嗜好からすると、いくらなんでも血を流しすぎに思えていささか引いてしまったところもあり(まあ、死にかけたやつがいるから時間軸の錯綜も自然に思える、というのはなきにしもあらずなんだけど)。そのあたり英国人の手になる「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」なんかはさすがにこだわりなのか、殺しあいを描いても流血をほとんど見せずに処理している。(★★★★★)
■Eddie Bunker という名の役者が出ていたんでもしやと思ったら、やっぱりあの刑務所帰り作家のエドワード・バンカー御本人なんですね。
■ところで「ユージュアル・サスペクツ」は明らかにこの映画の脚本を下敷きにしていると思う。


10/8 【アデルの恋の物語】
■CATVの映画局で流していた「アデルの恋の物語」(1975年/仏)を観る。フランソワ・トリュフォー監督、イザベル・アジャーニ主演。南北戦争の時代を舞台にした歴史劇で、話は恋愛ものというより、初恋に身を焦がしすぎてしまった女の怖さというか悲哀みたいなものを描いてみたかんじ。イザベル・アジャーニ演じる主人公が偽りの手紙を山のようにしたためたりする姿には鬼気迫るものがなくもないけれど、なにぶんどこかで見たような挿話ばかりで、予想を裏切る意外な展開がほとんどないため、筋立てにたいした昂奮はなかった。主人公アデルは〈文豪ヴィクトル・ユゴーの娘〉で(たしか途中まで明かされなかったと思うので、一応伏せときます)、これは実話みたいなのだけれど、そのあたりの窮屈さが悪いほうへ出てしまっているのかな。でも当時はこういう痛い話がめずらしかったのかもしれない。
■これが初主演作だったらしいイザベル・アジャーニ(当時19歳)はほとんど完璧な美貌でたいへん綺麗だったけど、見どころはそれくらいでした。(★★★)


10/2 【スーペル・アンリ】
■セリエAも開幕して、なんだか忙しくなってきた。
■と思いつつ、イングランド・プレミアリーグの大一番「アーセナル×マンチェスター・ユナイテッド」をたまには生中継でのTV観戦(1-0でアーセナル勝利)。ティエリー・アンリの決勝点は、後ろからのパスをちょんと浮かせてふりむきながらのボレーでループシュートを放つ、というリヴァウドそこのけのおそろしくアクロバティックなウルトラ・ゴールで、眠い目でぼんやり見ていた身にはスロー再生されるまで何が起きたのかよくわからなかったくらいだった。きっとプレミア今季のベスト・ゴール候補の筆頭じゃないだろうか。アンリはふだんのドリブルもブラジル人みたいな余裕あるボールタッチで、ずいぶん偉大なプレイヤーになったもんだ。
■しかしプレミアはいつもこんなかんじなのだろうか、攻守の切り替えが異常に速い。リーガ・エスパニョーラの「デポルティボ・ラ・コルーニャ×バルセロナ」をザッピングしながら観ていたら、えらく悠然としていてまるで別の時間を行き来しているみたいだった。


10/1 【バッファロー'66】
■映画「バッファロー'66」をビデオ鑑賞。えらいシンプルな話だった。ヴィンセント・ギャロ演じる情けない駄目男が、何もかもを受け容れてくれる女と出会って癒される。これだけ書くと中学生なみの知性しか感じさせない筋書きなんだけれども、「デニーズの場面」のどん底ぶりにはついこころ動かされてしまったので、映画全体もある程度許せるような気になっている。それにしても、ラストも含めてずいぶん陳腐な展開で、人物の交わりにもほとんど緊張感が生じない。独特の回想場面の入れかたもちょっと露骨に思えてあまり好きになれなかった。
■都合のよすぎる女というレベルを通り越して、ほとんど聖母なみの包容力を発揮するヒロイン役のクリスティーナ・リッチが良かった。いや肥えてるだけ、という説もあるだろうけど。(★★)