深宴 13話
著者.ナーグル
○月△日 最低の夜だった。支配者とか言う化け物達の中に放り出されるという、最悪の運命だけは避けられたようだ。でも、だからといって今の状況に救いがあるとは到底言えない。 あの男のペットになるか、それがイヤなら変異したケダモノ専属の牝奴隷。 ご丁寧にみんなを収納するための牢屋まで用意して、私や他の女達への見せ物にされている。見せ物と言うより、見せしめかも知れない。逆らったら、逃げたらどうなるかという。 私は、何も出来なかった。何も言えなかった。 この私が、惣流・アスカ・ラングレーが。 ○月×日 なんでこんなことに。 ○月◎日 もう死にたい。 ○月−日 神様。 ○月◆日 禁断症状を我慢しようとした。だけど、無理。あの少女が言うように、とても耐えられない。苦しいとか痛いとか、そんな物じゃなかった。もう、ダメ。私、ダメになってる。 本当に、逃げられないの? 誰か、助けに来て。シンジ、私耐えられない。 ○月☆日 教祖が無防備に横で寝ていた。絞め殺すことも、捕らえて逃げ出すこともできたはずなのに。でも、できなかった。 ○月■日 恐れていたことが起こっている。 他の女達が、レイ達を虐待しているようだ。獣に犯されてる彼女達を見て嘲ってる。食べ残しを投げつけたりしているとあの少女が話していた。 教祖は暴力行使を禁止しているが、その脅しもどこまで効果があるか。人間というのは全員で協力し合うべき状況であっても、弱い者を見つけてフラストレーションをぶつける者が必ずいる。行為は必ずエスカレートする。今まで教祖の妻に選ばれた女達は、自分たちは特別扱いされていると感じてはいても、それを実感することが出来なかった。支配者達の妻にされている女達よりはマシと思っても、それを確かめられなかった。だが、今格好の虐待対象が目の前にいる…。 止めなくては、と思うのだけれど、そうするためにはレイ達の前に姿を見せないといけない。 できない…。 ○月★日 あの少女に誘われて、初めて、レイ達の様子を見に行った。なんでそんなことをしたのか、今も後悔している。 部屋の中の三つの牢屋。その中にボロボロになった衣服の切れ端を纏って3人が繋がれていた。言葉が出なかった。あの日から3週間以上、ここでこうして、縛られて、獣の相手を。 言葉を無くして立ちつくすとはあのことを言うのだと思う。私に気づいたマユミが、私を睨んだけど何も言わなかった。それがかえって辛い。罵ってくれたら、蔑んでくれたら、自分で自分を軽蔑して楽になることが出来たのに。 □月◎日 マナが解放された。彼女の精神は酷くひび割れていた。完全に幼児退行を起こしていた。服従の言葉を待っていた教祖だったが、壊れたマナから期待できないと悟り、牢から引き出した。今は汚れを拭われ、暖かい衣服を着せられて、私と一緒にいる。 あの男は、私に彼女の世話をするようにと命令した。彼女達を裏切った私にそれをさせるなんて、なんて残酷なんだろう。最初はそう思ったけど、今はあの男の悪意の思惑に乗ってやろう。 何度謝っても謝りきれない。彼女にほんの僅かでも償いが出来るのなら。 □月▲日 最低の夜だった。私の目の前でマナを何度も何度も…。その後、マナの見ている前で何度も私は…。 泣きじゃくってるマナに掛ける言葉が見つからない。一緒に泣きながら、マナを抱きしめて上げることしかできない。ごめんなさい、守って上げられなくて。 違う。こんな時まで取り繕おうとして、本当に最低だわ。 電車の中で命令されるがままにマナに麻薬を投与し、彼女の痴態に興奮していた。感極まって男にひしとしがみつくマナの姿に。浅ましく、自分もそうして欲しいと、自ら慰めながら思ってしまった。 私、本当に、どうしちゃったの。 □月〓日 生理。良かった。 □月◆日 マナが一日中甘えてきた。こうなると、本当にネコみたいで可愛いかも。でも、もう元に戻らないのかな。地上に行くことさえ出来れば…。そんなことを考えていたら、いつの間にか抱きしめていた。どうして私、マナと。 いつの間にか泣いていたのか、今、目が充血していて痛い。 □月●日 久しぶりに顔を見せた少女がマナの世話を替わる、私に休んでと言ってきた。彼女のマナを見る目に、なにか剣呑なものを感じたので丁重に断った。まさかと思うが、昨夜の事を見られた? なぜだろう。使徒と戦った時みたいに背筋に薄ら寒い物を感じる。とりあえず、マナから目を離さないようにしよう。 □月○日 マユミとレイが解放された。一月以上の凌辱に狂うこともなく彼女達は耐えきって。代わりに、あの少女ともう一人、私の知らない女性が牢屋の中で獣の相手をさせられている。 少女は私にレイ達をいじめてる人がいる、と言っていたが何のことはない。彼女自身が虐待の中心だった。どうして、と最初は思ったけれど、少しわかる気がする。加持さんのことで、ミサトに酷く嫉妬していた時期があったから。 虐待の度が過ぎて教祖の逆鱗に触れたようだ。もう一人は大変なしくじりをしたらしい。洗脳が完全に進んだ女性は、特別な顧客の相手をすることがあるそうだ。全部聞かなくても大体理解できる。それが教祖の麻薬売買以外の仕事であり、第三新東京市の『支配者』相手にコネを作る手段なのだろう。私もいずれその相手をさせられるのかも。 たぶん、哀れな二人の女は一生牢から出ることは出来ない。 私は遂に少女の名前を知らないままだった。 □月×日 衰弱していたマユミとレイだったけれど、ようやくベッドの上に起きあがれるくらいに回復した。 教祖に言われるまでもなく、自分から彼女達の介護を志願した。天井を見つめたまま二人とも何も言わないけれど、側によると空気が張りつめるのを感じる。レイはともかく、マユミが回復した時、私は殺されるかも知れない。 でもその時は、甘んじて運命を受け入れよう。 ▲月▲日 昨夜も犯された。ただ、いつもと違うのはマナだけでなく、レイやマユミの見ている前でというところ。久しぶりに、悔しさと情けなさで涙が出た。 その所為か、今日は朝からマユミとレイの雰囲気がおかしい。 ▲月÷日 憎んでいて欲しいのに。私は、憎まれる対象ですらないのかしら。 仕方がなかったなんて、そんなこと言って、私を許したつもりなの? 自分たちは私とは違うって、そう言いたいの? 犯されても誇りまで失ったワケじゃないって言いたいの? 苛立たしい、腹立たしい。殺してやりたい。あんたなんて犬の相手するのがお似合いなのに。私を見下ろすな。 ※追記 許すわけがない。一生軽蔑する。でも、あなたを非難するのは全員逃げ出せた時。 まだ私が私のままなら、協力して、償って。 眠る寸前、そんなことを言われた。 なにそれ。 ▲月◆日 確かに、マユミとレイの言うように、逃げることを諦めたワケじゃない。 牢屋の中で獣に貪られながら、二人は冷静に情報を集めていた。 いずれ教祖は自分たちを犯そうとするだろう。レイとマユミはそう言っている。彼女達の考えは恐らく正しい。教祖は、女を完全に屈服させる時は必ず電車の中で事を行う。その時は周囲に支配者も奉仕者もほとんどいない。なんとか教祖を取り押さえ、あるいは殺害してでも無力化し、電車を乗っ取って脱出する。 とても上手くいくとは思えない。たくさんの手順のたった一つでも失敗したら全て台無し。 私は彼女達と一緒に行動するかはわからない。 無謀な行動で破滅するつもりはない。私が行動するのは、高い確率が存在する時。その為には、教祖に信頼され、より自由の利く立場にならなくては。 ▲月?日 レイ達の決行は次にあの肉塊が支配者共を呼び寄せた時だそうだ。ほぼ66日周期という話が本当なら、そろそろのはず。 最近、教祖は何度もレイ達が回復したかと聞いてくる。まだ回復していないと告げると、忌々しそうに何度も舌打ちしていた。代わりの相手をさせられるので疲れる。今はマユミとレイは体調不良を装っている。一応、彼女達と口裏を合わせている。いや、実際、ワザと湯冷めしたりして微熱を出しているのだから、嘘ではないかも知れない。 ▲月@日 予定は修正を余儀なくされた。 まだマユミは体調不良を装っていたけれど、突然現れた教祖は多少の体調不良なら死にはしないと主張し、電車の中で婚姻の儀式を行うと宣言した。幸運なことに儀式前の清めは私一人に任された。マユミと二人だけで急遽修正した計画。 場合によってはこのまま教祖を捕らえ二人だけで脱出する。 ※追記 やっぱりダメだった。 マユミは口では麻薬なんかに絶対負けないと、絶対耐えきってみせる。そう言っていた。大分頑張ったけれど、凄く頑張ったけれど、最後には、心は拒絶してたけど、体は正直だったみたい。あんなに何度も何度も…凄く気持ちよさそうだった。いかされそうになった時、私に何度も助けてって切なそうに訴えてた。 でもダメ。 ご主人様を捕らえるなんて、殺すなんて、逃げ出すなんて、無理だから。 ふふ、でも、いらっしゃいマユミ。ようやく、あなたも、私たちの仲間になったのね。 私がマユミ達の計画を漏らし、今日彼女を生贄に捧げたって知ったらどんな顔をするかしら? あの時、打つ振りじゃなくて本当に麻薬を打った時のあなたの顔、思い出しただけで笑いが出てきちゃう。イかされた時のアクメ顔、思い出すだけでゾクゾクするわ。 私だけ、私だけ指輪を着けられるなんて不公平。 ▲月◇日 今日は魔宴の日。私たちは妻だからあの場には行かなかったけれど、牢屋の中の変異した獣が猛り狂っていることから魔宴が始まっていることがわかった。 そして、宴の後、レイは儀式に捧げられる。電車の中で、麻薬を打たれて…。もう半時もすればレイの出番だ。マユミが麻薬を打たれず、起きていれば、彼女と話をすることさえ出来ればもっと色々対策を立てられたかもね。 ※追記 ご主人様は私たち四人は特別扱いしてくれるって言ってる。これで本当の友達よ。この日記も、一緒に書きましょうね。 …嬉しいはずなのに、どうして、涙が出るのかな? おかしい、おかしいよ。私、おかしい。 ∨月∀日 客を取らされた。スーツを着せられて、どこか知らないところで、仮面を付けた男に…。ネルフ、どういう意味? ∨月*日 まだ、生理、来ない。 ◇月※日 気持ちいいの、もう、いや。 ◇月○日 ごはん、たべてると、おかされ。 ?月 日 みんな、いっしょ、きもち、よかた。もっと。 月 日 わたし、どうか、なって 月 日 いぬ、いや 月 日 にゃ ∋月◆日 どれくらいぶりだろう。こんなに頭がハッキリしているのは。あの男の言葉を聞いたから? 死を間近に感じてるから? あの男は助けない。私たちが、私が助けないと。でないと、死んじゃう。友達が、死んじゃう。逃げなきゃ。逃げて、助けを呼んでこないと。 ∋月○日 昨日から体調が悪そうだったけど、今日計ったら凄い熱だった。どうしよう。うなされてるし、とても苦しそう。やっぱり、出産がきつかったのかな? そういえば、現代でもお産の時に敗血症とかが発症すると命の危険があるって聞いたことがある。こんな所で、闇医者なんかでなく、病院でちゃんと治療をしないと…。 どうしよう? どうすれば助けられるの? 今、私は正気だ。 怖いくらいに透き通ってる。 いつまで正気でいられるかわからない。だから、今、行かないと。 ここまで逃げたのに。もうちょっとだったのに。 体に力が入らない。禁断症状の震えで、もう一歩だって歩けない。 寒い、痛い、辛い。 もう、蜘蛛の糸より細い可能性に縋るしか…。この、ノートを、電車の連結部に隠します。願わくば、これを拾った方は、荒唐無稽な妄想と思わず、警察、ううん、ネルフの社長の碇シンジに届けて下さい。 お願い、お願いします。誰か、誰か。足跡が聞こえます。もうすぐそこです。私は捕まります。いや、死にたくない、助けて、助けて。 私を、私たちを忘れないで 「会長、お呼びでしょうか?」 既に定時も過ぎていたが、呼び出された秘書は会長室の扉をノックした。 「どうぞ」 鍛え上げられた肉体を無意識のうちに誇示しつつ室内に入る。だが、妙齢の女性10人中8人は振り返る甘いマスクの彼に、彼女は全く興味を示さない。自尊心を傷つけられ、微妙に口元を歪めなる。 世界最大規模を誇るB&I製薬の会長であり、つい先日、ネルフの若社長である碇シンジと(多分に政略的に)結婚したマリィ・ビンセンス・碇は灯りもつけていない会長室にいた。彼女が呼びつけておきながら、怪訝な顔をする秘書を無視してマリィは何か薄汚れたノートをめくっている。 どこにでもありそうな、薄汚れたA4版の大学ノートだ。 スタンドライトに照らされたマリィの顔は蒼白で、とても声を掛けられそうにない。鬼気迫るとは今の彼女のことを言うのだろう。 (そうとう機嫌悪そうだな) 彼女が会社を起業した時からのつき合いである彼にはそのことがわかった。そして彼の予想通り、きっかり5分後、ようやくマリィは顔を上げ、彼に向き直った。空気がふわりと動き、女の汗の匂いに体の一部が硬直するのを秘書は感じる。 「すぐに車を用意して。夫…シンジ様の所に参ります」 「え、あ、はい。しかし、シンジ様は今日、市長や議員達との重要な会合のはずです。アポは…」 「そんなことはどうでもいいですわ! 緊急事態なんです。人の命がかかっているのよ!」 「承知…しました。しかし、急にどうして」 バンッ、と大きな音を立ててノートが机に叩きつけられる。1冊150円もしない安物で、薄汚れて正体不明の染みが表紙に付いている。血ではないかと彼は思った。一度ならず濡れたのか、ごわごわしたページは今にも外れてしまいそうだ。 「…旧友の、鈴原ヒカリが今朝届けてきたものですわ。夫が職場で拾ったって」 「存じています。受付からの困惑した連絡には、私が最初応対しましたから。まさか会長の旧友とは知らなくて失礼な応対をしてしまって、申し訳ありません」 「あなたは中をご覧になりました?」 言葉こそ丁寧だが重苦しい沈黙が室内に充満する。 マリィの雲路を探るような流し目が彼の中心を射抜く。背中や脇下に冷や汗を流しながら、『畜生、相変わらず襲いたくなる程いい女だ』馬鹿なことを考えてしまう。ほつれ毛を直す仕草、ストッキングの下の太股の感触を何度夢想したことか。ゴクリと生唾を飲み込み、大きく大袈裟に首を振って否定する。広い額は彼女の裏表のない心のようだ。下手なことを言ったら、どんな不興を買うことかわかった物ではない。マリィは能力がないと見た相手を徹底的に拒絶する。無視程度なら可愛いものだ。彼女にとって無能は罪なのだから。存在の抹消が許されるなら、そうしてしまいかねない。創業時からのスタッフでも、彼女の不興を買って退社を言い渡された者は両手の指では足らない。 「いえ、見ておりません」 「そう。良かったわね。もし、中を見ていたら、とても残念なことになっていましたから」 「…っ!」 「さあ、それよりも早く車を用意して下さい。3分以内に」 制限速度を少し上回る速度で走行するリムジンの後部座席で、マリィはノートの表紙を見つめながら厳しい顔をしていた。 (…驚きますわね。アスカ達のことをお知りになったら) 正直、今でも信じ切れない。届けに来た旧友に心配性ね、と言って笑い、そのまま笑い話で終わらせなかったことが、自分らしくないと思う。ただ、ヒカリの言うように、悪戯にしてはこのノートに書かれた内容は真に迫りすぎていた。悲惨で、血生臭く、物理的な圧迫感さえ覚えるような執念があった。 地下鉄職員として勤務しているトウジが、車両整備中にそれに気づいたそうだが、彼でなかったらそのままうち捨てていたかも知れない。死線をくぐった経験がある彼だからこそ、本物の気配を感じ取れたのだ。更に思い当たることがたくさんあったからこそ、自宅に持って帰る分別が働いたのだろう。 時折、どこに行っているのか定期的に行方不明になる車両があった。専門の業者の所でクリーニングが行われている、と説明があって、そう彼自身も信じ込もうとした。 戻ってきた車両にはなにも痕跡はないのだけれど、扉を全開にしても消えない粘つくような重苦しさが常に存在していた。いや、敢えて語ればあまりにも綺麗すぎると言えばいいのか。ボウフラ一匹いない清潔すぎる泉に似た気配。 そしてアスカ達の、いや彼女達だけでなく、もはやあまりにも多すぎて新聞に載ることも珍しくなった多くの失踪事件。 それにしても、妊娠しているヒカリにこんな物を見せるなんて考え足らずだな、とマリィは思う。 ヒカリが言うには妊娠3ヶ月だったか。 (ショックで流れたらどうするつもりだったのかしら。男って生き物は、本当に無神経なんですから) ともあれ、一刻も早くシンジにこのノートを見せ、何らかの行動を起こして貰わなければ。すぐに行動に移ってくれると良いのだけれど。記述を信じるなら、誰かはわからないが4人の内一人は死にかけている。 ネルフは実質的にこの街を支配している大企業だ。元軍人や特殊部隊経験者を多く雇い、装甲車に乗り重火器を標準装備にした警備会社を運営すらしている。警察や軍隊では行動にどうしても時間がかかってしまう軍事行動を今夜中にでも起こし、全ての禍因を払うこともできる。 (ともかく、シンジ様に後は任せるしかありませんわ) その時、ふと時計に目が移った。考え事をしていたので気づかなかったけれど、もう15分以上経っている。とっくに着いていなければいけないのに。窓の外を見ると、真っ暗で星一つ、街灯一つ灯りが見えない。夜であっても、第三新東京市のような街で光が欠片もなくなるなんて事はあり得ない。 「ちょっと、どこを走ってるんです!?」 大型リムジンの運転席とVIP用の後部座席は完全に切り離されている。通話マイクを使わなければ会話することも出来ない。マリィは当たり前に運転しているのは専属運転手だと思った。確認することもしなかった。 だから、スピーカーからの低い声を聞いた瞬間、息が詰まった。 『申し訳ありませんが会長。この車はネルフには向かっておりません』 「あなたは…。秘書のあなたが、なぜ運転してるんですの!?」 いつもの、運転手の声ではない。 『会長は見てはいけない物を見てしまったんですよ。アレさえ見なければ、私もこんな事をする必要はなかったのですが』 「アレ…。ノートのことなんですの? やっぱりあなたは、中を見てましたのね」 『ええ、僭越ながら。あれは、いけません。たくさんの人が不幸になってしまいます』 「でも、なぜなの?」 『質問にはお答えしますよ。私は、傍流も傍流ですがゼーレに連なる人間でしてね。いえ、それは実際の所余り関係有りませんが。ともかく、私たちはずっと会社を隠れ蓑にして薬を捌いていたんですよ。勿論、薬の原料の卸元が地下であり、その為に人間を材料にしていることも知っていますよ。地下の仲間は薬を作り、私たちはそれを受け取り、幅広く副業をさせていただいてました。しかし、実のところここ最近はかなり冷や汗を流していました。さすがに惣流アスカみたいな有名人を捕まえてしまったので、捜索も凄いことになりましたから。 でも見つからなかった。なぜかって、それは私たちの顧客が政治家だけでなく、捜索隊や自警団、警察にもいるからですよ。それに、今でもゼーレ関係者はそれなりに力を持ってますから。ですがさすがにネルフが実際に動き出したら、どうしようもない。彼らは政治家の脅しや妨害では止まりませんからね』 クスクスと忍び笑いが聞こえる。 蒼白な顔でマリィはスピーカーを見つめていた。信頼していた部下が、よりにもよってゼーレだったとは。しかも、マリィの会社を利用してシェアを広げていた。告白に胃が重くなるのを感じる。 『で、まあかなり甘い汁を吸わせて貰いましたが、もっともっと楽しみたいんですよ、人生ってのを。幸い、会長は友達の体面を考え、表沙汰にならないようにしてくれましたから。ここで、会長に失踪して貰えば、秘密を知るものは誰もいなくなって、まだまだ甘い汁が吸えます』 「まともじゃありませんわ。そう何もかも思い通りになると思ってるんですの? 私を目撃していた人間はたくさんいますし、このリムジンを目撃した人間だって。たとえ、ここで私が失踪したとしても、必ず捜査は、あなたに所まで到達しますわ」 『そこら辺は大丈夫。警察関係者にも顧客がいると言ったでしょう。それに、会長が会社を出る時にも色々細工をさせていただきました。システム上、会長はまだ会社にいることになってるんですよ。それから、目撃者ですが…』 冷たい汗がインナーを通り越し、スーツまで湿らせる。マリィの乾いた喉が音を立てて唾を飲んだ。汗が滲む程暑いはずなのに、震えが止まらない。 『いまこの車は、仲間が用立てた大型トレーラーのコンテナ内にいるんですよ。目撃者はいません。このまま会長には私たちの秘密基地へご招待いたしますよ』 引きつった顔をしてマリィは慌ててドアノブ掴んで押し開けた。ロックされていなかった扉は簡単に開き、コンテナ内の外気がヌルリと室内に入り込む。ゴムを焼いたような悪臭が鼻腔を刺激したとき、マリィはそれが自社開発された新型の麻酔薬の臭いであることを悟った。 (あ、ガス、肺一杯に、吸い…) 瞬時に手足が弛緩し、目の前に濃緑色の幕が掛かる。感覚が間延びしていき、倒れ伏したことにも気がつかない。 秘書の高笑を子守歌に、マリィの世界は暗転した。 ズッ―――ズッ―――ズッ―――ズッ―――。 (なにか、揺すられて…) 柔らかなものが擦られる乾いた音が聞こえる。それに夏場の犬がするような、ハッハッと早く短い呼吸音。混濁した意識には、その音がとても遠くから聞こえてくるように思えた。感覚がないわけではないけれど、鉛のような液体に浸っているような倦怠感が全身を包み、今どんな姿勢をしているのかもわからない。 (わたくし、どこに、いるの) 息をするのも面倒に感じてはいたが、状況を掴まないと行けない。のろのろと、二枚貝のようにピッタリと閉じられていた瞼を開く。 最初飛び込んできたのは、鉛色の空とその中心で弱々しく輝く蛍光灯の光。だが、それでも暗闇になれていた彼女の目には焼け付くような残光を残してひるませる。 (なに、なんですの? わたくし、どうしたの?) 「おっ、目を覚ましたか」 光を嫌がり、顔を背けるマリィにヒヒヒ、と下卑た笑いを浮かべるのは彼女の忠実だったはずの秘書だ。謹厳実直だったはずの彼は、今本性剥き出しに退化した猿のような目をして見下ろしていた。まだ状況がわかっていないらしいマリィの様子をせせら笑いながら、仰向けになっても余り型くずれしていない美乳に手を沿わせた。 「はぅ、んっ」 ゾワリとした快感がマリィの肌を舐め、たまらず鼻にかかった吐息を漏らして身じろぎした。パイプベッドに結びつけられた手錠がカチャカチャと音を立て、組み敷かれた彼女の体が意図せず凌辱者に押しつけられる。今まで、なんど夢想したかわからない高嶺の花の反応を心ゆくまで堪能しながら、男は乳首を中心に絞り出すように握りしめる。 「んんんっ…。ん、あぁぁ。はっ、あはぁぁ」 首を左右に振りながら、手から逃れようとマリィの体が反り返る。余裕の動きで押さえ込むと、男はおもむろに乳首を口に含んだ。香水では隠せない白人特有の微かな体臭を吸い込みながら、硬くなった乳首をコロコロと舌先で弄び、前歯で軽く噛んで弾力を楽しむ。 「うっ、ああぁぁぁ。な、なん、です、の? はぁぁぁ…あ、なにが、どうし…て」 「まだ呆けてるのか? そろそろ正気付いてくれないと、うっ…いい加減、つまらんし、我慢も限界だぜ」 「え、えええっ? な、なにが?」 たっぷりと弾力を楽しみ、ちゅぷりと音を立てて乳首を解放すると、その刺激が彼女の意識を覚醒させたのだろうか。一瞬、固く閉ざされた瞼が再び開いた時には、沼のように濁っていた彼女の瞳に明らかな意志の光が戻っていた。たちまち、表情が強ばり、全身の筋肉が硬直する。 「い、いやぁぁぁぁ――――っ! なにを、なにを!? これは、これはなにごとなんです!?」 暴れ狂うが、仰向けに押し倒された上で両手を手錠で拘束され、さらに両足を大きく押し広げられた上で間に男の体を挟んでいる状態では、彼女の抵抗は全く意味を持たなかった。それこそ、凌辱者の嗜虐的な趣味を満たすだけの儚くも無惨な結果にしかならない。 「そうそう、それそれ。意識のない女ってのも良いけど、やっぱり嫌がる女を無理矢理感じさせてこそ…」 「放して、放してぇ! ああ、なにを、勝手なことを、あなた如きが、私の、体を! やめ、おやめなさい!」 耳元で叫ばれ、耳鳴りに顔をしかめつつも男は両の乳房を同時に愛撫し始めた。すくい上げるようにして愛撫しつつ、頂点の乳首同志を擦り合わせたりして、マリィの自尊心を砕いていく。同時に、マリィが最初感じた揺らぎの原因、硬くいきり立ったペニスを熱い愛液で潤った秘所に押しつけながらの前後運動を再開させる。 「ひっ、なにを、んあああぁぁぁ――――っ! だめ、それは、いけません!」 「んっ。むっ、ううっ。う、うるせぇ…まだ、入れねぇ…よ」 「あ、あああ、ダメ、ダメですわ。ああ、お願い」 「ふぅ、ふひぃ、くぅぅ、そ、それだ、その顔が、その顔を見たかったんだ」 「やっ…ん。あ、やめて、あっ…あっ……うっ、ううぅ。いやぁ」 ゆっくりと執拗にヴァギナとクリトリスにペニスを擦りつけ、熱さと固さを増したマリィの敏感な部分を刺激し続ける。しゃくり上げるようにして泣いていたマリィだったが、無言で揺さぶられている内にもじもじとヒップを振り、嫌悪だけではない感情に顔を紅潮させる。 「んんっ………んっ………やめ、て………ノォ…オオ、ゴッド………んっ…くぅ」 「なんだ、随分いい顔をするようになったじゃないか」 「ノォ…。違うわ…嫌…」 真っ白な歯を見せて男は笑った。視線を下に向ければ、ペニスだけでなくマリィの腹部と男の腹は溢れた愛液でぐっしょりと濡れ、何度も言えないすえた臭いを芳せている。この液体は、決して男の先走りだけではあり得ない。 「嘘つきにはお仕置きだな。もう我慢できないぜ」 「ひっ…ストップ! ダメですわ、やめて!」 男が姿勢を変えると共に、破けたストッキングが絡んだ足を抱え込んで押さえ込む。竿部分でクリトリスを擦っていた体勢から、ペニスがダイレクトに秘所に触れる体勢に移行した男に、心底からの恐怖をマリィは覚える。焼け付くような亀頭の熱さが、雄弁に次の行動を物語っていた。 「ノォ! ノォー! それは、だめですっ! やめなさい! やめて、やめてぇ―――っ!」 「やめるわけが…おお、先っぽが入ったぞ」 ずるり、と音を立てて亀頭が入り込む。淫唇をこじ開ける圧力に、大きく背中を仰け反らせてマリィは息を詰まらせる。涙のにじんだ両目は戦慄き、無意識のうちに強く両手を握りしめる。男は折れそうな程体を硬直させるマリィを落ち着かせるようとしてか、ほつれた髪の毛を整えてやりながら、汗ばんだ額に口づけをする。 「ほら良い子だから。力を抜けって…痛いだけ損だぞ。大体、もう、何回中出しされたと、思ってるんだよ」 「ひぐぅぅうっ、な、なんですって、いま、あなた、なんて…ああぁぁ」 「あん? 言葉通りだよ、おまえが寝てる間に、何回やったと…くぅぅ、マグロだった時とは…大違いだ。締め付け、やがる…」 「あぐぅぅ、ぐぅぅ、だめ、ダーリン、シンジ様、助け、あうあうぅ…あぁぁ」 するりとスムーズにペニスは飲み込まれていく。どんなに拒絶し、力を込めて押しだそうとしても、たっぷりと愛液と精液で満たされたマリィの膣は凌辱の凶器を受け入れていくしかない。そんな残酷な現実を、絶望と共にマリィは理解させられていく。拒絶するため下腹に力を込めると、それがかえって男を喜ばせる。 「うう、ううっ、い、良いぜ、良いぜ。おまえ、最高だぜ…うう、これは」 「ひ、ひぃ、酷い…ですわ。こんな、こと、ああ、それ以上は、ダメ、ですわ。ああ、そんな、そんな…………きゅっ!?」 わずかに余してマリィの最奥にペニスは到達した。亀頭が膣を押し開け、襞を掻き分けながら子宮入り口に圧力を加えてくる感覚に、嫌悪を一瞬忘れてマリィは甘い溜息のような喘ぎ声を漏らした。シンジ以外を知らないほとんど未通女のマリィは、凌辱という暴力に対して抗う術を知らない。砂糖菓子で作られた蜘蛛の巣に捕らわれた蝶。 「はっ、はひっ、ひぃ、はひぃ…はひぃ、ひっ、ひぃ、ひっ、ひふっ」 「なんだ喋れないくらい気持ちいいか。もっと良くしてやるぜ」 「ひぃぃ」 泣きじゃくる事も忘れ、ヒィヒィとかすれ声を上げるマリィをよそに、遠くを見るような目をして男はしばしじっとしている。少し前、意識のない彼女を犯した時には感じなかった、言葉に出来ない達成感がじっくりと和紙に染み込む墨汁のように彼の魂を満たしていく。 「おお、入った…ぜ。全部。マリィ…おまえの中、熱いなぁ。熱いだけじゃなく、ミミズが何匹も蠢いて、締め付けて来るみたいだぜ。そんなに、俺のこれが好きか」 「嘘ぉ、うそです、嘘ですわ…。抜いて、抜いて、汚らわ、しぃ」 「そう言って、られるのも、今の内…だぜ。おっ、おっ、来る」 「イヤです、イヤぁぁぁ」 尻に力が入り、尻たぶにえくぼを作って男は腰の前後運動を一層早めた。吸い付いてくるような美女の膣内で、また一回り、大きく、太く、硬くなるのを感じる。 火照った両者の体からぽたぽたと大量の汗が流れ落ちる。粘つく淫靡な水音が間断無く室内に響き、いつしかマリィの口から漏れるのは純粋な拒絶ではなく、喘ぎで中途半端に断ち切られた不条理な呟きに変わっていた。 「あんっ、あっ、いやっ、ああっ、やめっ、て、あうぅ。うん、うあん、あんっ、ああっ。お、おかしい、わたくし、お、おかしいです、わっ」 「へへへっ、いい、感じじゃ、ないか。淫乱女、どうだ、いつもの澄まし顔は、どうした? とんだ雌豚だな」 「ううううっ、あ、あなた、まさか、私にも、はぅっ…麻薬を…そう、そうなのです、ねっ!?」 「だ、だとしたら、なんだよ?」 「はぐぅぅ、う、恨みますわっ。わたくしに、薬、なんてっ。こんな、ことをっ、私に、無理矢理」 ノートに書かれていたスペルマと呼ばれる麻薬。それが打たれていたからこそ、こんなにも乱れてしまう。レイプにもかかわらず、達しようとしてしまっている。どんなに必死の感情で耐えようとしても…。爪先がぐっと反り返ると共に、「あぁぁぁ……」と長く尾を引く息を漏らしてマリィの体から力が抜けていく。 薬、これは、全部、薬のせい…。悔し涙と共に屈辱を飲み込んだ。 「打ってねぇよ」 「え?」 「大事な、商売道具、そんな無駄遣いできるわけないだろ?」 紅潮した顔を覗き込みながら、男の残酷な呟きが告げられる。一瞬、正気に戻ったマリィの顔が、屈辱と恐怖に凍り付いた。同時に、大きく下腹が波打つと共に、胎内のペニスを強くきつく柔らかに締め付けた。圧迫と共に全身を駆け巡る電流と、迸る先走りの熱が彼女の意識をとろかせる。 「う、うそぉ…ですわっ。嘘、だって、わたくしが、こんな…」 そう、勿論嘘だ。寝ている間にマリィには一回分のスペルマを投与済み。だからこそ、マリィの懸念通りにレイプにも関わらず彼女は千々に乱れ悶えているのだ。だが、打ってないと言われてそれが嘘だと確かめる術はマリィにはない。結果、彼女の精神は自分自身に裏切られたと感じ、より一層の屈辱と快感にうち震える。一度タガが外れた彼女の体は止まらない。カリで襞をかき回され、愛液をこそぎ出されるたびに快感を2乗倍にして押し上げる。玉の滴の汗を流し、食いしばった口から喘ぎがとめどなく溢れる。 「ああぁぁぁぁ―――っ! いや、いやですわっ! こんな、屈辱ッ! ああ、シンジ様ぁぁ」 「出すぞ、出すぞ、たっぷりと中に!」 「アア、ガッ…」 ドクン ポンプをいきなり動かした時のような衝撃にマリィは全身を震わせた。甘美な官能の電流が彼女の全身を戦慄かせ、のし掛かる男の体さえも強い痙攣で一瞬はね除ける。だが、それだけの頑張りも虚しく、ドクドクと尿道を脈打たせて熱く濃い精液が胎内に注がれていく。ぶるぶると太股から脹ら脛、爪先にかけて足が痙攣する。爪先で押し広げられたシーツがピンと張りつめ、やがて、崩れた。 「ああ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁ…」 「へへ、良かったぜ」 「はぁ、はぁ、はぁ…。うう、こんな、こと、許されませんわ」 いまだ勢いを無くさぬペニスを抜こうともせず、男は煙草をくゆらせた。狭い室内に紫煙がゆっくりと渦を巻いて天井まで立ち登っていく。 「さて、と、名残惜しいが会長。お楽しみはこれまでですよ」 「う、ううぅぅ」 口調を丁寧な秘書としてのそれに戻して、男はまた煙を吐き出した。 「残念ながら会長には生きていて貰っては困るのです。かといって、体を重ねた仲だ。命を奪うのも心苦しい。そこで、会長をお友達と再会させて上げることにしました。ええ、そうです。会長も、地下世界に行ってもらいますよ。運が良ければ、お友達とも会えるんではないですか?」 まだ荒い息を吐くだけで返事も出来ないマリィに少し眉をひそめるが、男は構わず言葉を続けた。 「大丈夫です。行く時も寂しくないように、別のお友達も一緒ですから」 「…ともだ、ち?」 男が顎で示した先に、のろのろと視線を向ける。弱い照明の明かりの下、そこには数名の男女がいた。男の仲間らしい、下卑たニヤニヤ笑いを顔に張り付かせた全裸の男が4人。そして、半裸、あるいは全裸にされた4名の女性が縛られて転がされ、あるいは今もなお男に犯されている。奇妙に重なって聞こえた喘ぎは、彼女達が漏らしていたものだったのだ。 見覚えのある髪の色に、マリィは言葉を失った。 「ひ、ひか…り」 「そうです。会長だけ口を塞いでもダメですからね。彼女もご招待しました。運の悪いことに、その時遊びに来ていた彼女の姉と妹、それに小姑さんも折角ですのでご招待しましたよ」 「酷いことを…。ヒカリは、関係、ないでしょう。まして、彼女の姉妹達は」 「顔は並でしたが、なかなか良い具合でしたよ。さて、そろそろ話も終わりにしましょう。きりがないしな」 「ひぐっ」 ペニスを引き抜かれる刺激に息を詰まらせるマリィをよそに、男は仲間達に指図して背後の大きな鉄の扉を開けさせる。元はシェルターの物を流用した防火扉のように大きく、厚い鉄扉がのろのろと開いていく。バルブが回されるごとにゆっくり、ゆっくりと開いていく先にはどこまでも冷たく暗い虚無が口を開けていた。 「察しがついてると思いますが、この先、実は地下の空洞に通じていましてね。スペルマの材料とかはここで受け取って地上に運んでいたんですよ。あなた達はこれからここを通って地下に運ばれ、それから、放り出します。ちょっと高い所から突き落とすことになりますが、下は水ですし、何とか生きてられるでしょう」 「待って、わたくしはどうなっても…ですが、ヒカリは…」 身支度を調えながら、心底から楽しそうに男は囁いた。その顔は奇妙な程に地下の教祖と似通っていた。堕落した人間の行き着く先は同じだと言うことだろうか。 「そんな我が儘、いけませんよ会長」 「あ、ああ、そんな。そんな…だれ、か。たすけ…」 一人ずつ、ゆっくりと暗闇に引きずり込まれ、そして男だけが戻ってくる。ヒカリ、ヒカリの姉のコダマ、妹のノゾミ、義妹のナツミが消え、最後に、マリィが…。暗闇の中、さらさらとした金髪が一瞬輝き、悲鳴と共に消えた。 「しかし、良いのか? 勝手なことして?」 「かまやしない。まあ、当分目立つ事するな、VIPの誘拐は避けろって命令だったが、仕方なかったんだよ。マリィをこのまま放置してたら俺達は終わりだった。ネルフが動いたら、俺達容赦なく皆殺しにされていたぞ。ネルフにとっても、できればこの事件は闇から闇に葬りたいだろうからな」 そう、ネルフとB&I製薬が共同で開発し、ノーベル賞確実と言われている新薬、若返りの効果と強烈な再生能力を与える通称『命の実』の主原料は、彼らが供給しているスペルマを複数回精製した高純度物質なのだ。地下帝国が世間に知られると言うことは、同時に彼らが薬の原料ほしさに、裏では麻薬売買を黙認していた事が知れ渡ると言うことでもある。その負い目を利用しての商売だ。白刃の上を歩いているに等しい。ミスは即、破滅に繋がるのだ。 「まあ、シンジは恐ろしい奴だからな。俺が昔の友人だからと言っても、手心くわえるなんてことはない。用心するに越したことはないさ」 「豚教祖にはこのこというか?」 「やめとこうぜ。最近のあいつヒステリー気味に喚くからさ。…まさか、ヤクに手を出したんじゃないだろうな? あの狂人じみた喚き、おかしいぜ」 「あり得るな…。ちょっとした好奇心のつもりで手を出す可能性は常にあったわけだしな」 とりあえず、次会う時は問答無用で確認することを予定に立てる。 「なんだよAK、もう帰るのか。後始末はちゃんと手伝えよ」 「悪いなUZI。そうもいかなくてな。嫁さんとその姉妹、ついでに妹がいなくなったってパニクってる友人からメールが来てるんだ。ちょっと行ってくるわ」 サングラスに代わりに眼鏡を掛け、若く見える童顔に人懐こい笑みを浮かべると、相田ケンスケはこの埋め合わせはまた今度、と言い残して先に秘密の通路を抜けて、地上へと出た。街の灯りの所為で星一つ見えない。いや、星が見えないのは街の灯りの所為だけではない。紺色の雲が空一面を覆っていて、今にも一雨来そうな気配だ。 「こりゃ、一雨来そうだ。嫌だねぇ。背広が濡れちまうぜ。急がないと、トウジの奴待ってるからな」 人気のない道路を歩きながら、終電はまだあるだろうか、そんなことをケンスケは考えた。 まばらに車が走ってるが、タクシーとかそう言う車は捕まりそうにない。駅まで数百メートル、その間に雨が降らなければいいが。 煙草を取り出しながら、ふと、遠くの景色を見た。これからトウジに会うというのに、なんの感慨も浮かばない。 (悪になったよな、俺。ガキの時にはこんな風になるなんて夢にも思わなかったぜ) いつまでこんな悪徳にまみれて生きていられるかわからない。 まともな死に方は出来ないだろう。少なくとも、家族に看取られて布団の上では絶対に死ねない。漠然とだが、ダイアモンドのように強固な確信を持っていた。 (まあ、確実に報いは受けると思うぜ。5年先か10年先か…。だから、あんまり恨まないでくれよ洞木、じゃなくて鈴原) この先待っているのは、悪事が露見して死刑台に運ばれる運命か。 仲間に裏切られるのか、あるいはどうしようもないミスをおかして粛正されるか。 しかし、それまではたっぷりと愛すべき腐敗に浸らせてもらう。一度きりの人生を精一杯楽しもう。 結局、一番怖くて強いのは人間なのだ。 終劇 初出2007/03/21
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