街中で触手

Original text:引き気味


『 第3新東京市の長い午後 』


 その日、アスカのクラスの二十人ほどが遅刻し、昼過ぎになってやっと学校に顔を見せた。
 第壱中学最寄りの駅に市の南半分からの乗客を運ぶ路線が運転見合わせに陥ったのだ。
 乗客の一人が、突如“発芽”。あまり例のなかった規模の異常成長を見せ、車両の窓を突き破って伸びた蔦が高架橋に絡まったためだったという。
 生徒の説明を聞いて頷く老いた教師の首元には、ワイシャツの内側からクモの脚に似た外観の枝が数本突き出していた。紫外線の強い日光を求めるように、教室の窓へ向かってわしゃわしゃと脚先を蠢かせている。
 教師の許可をもらって自分の席へ。遅刻した生徒達が机の列の間を急ぐ。
 アスカのすぐ近くを軽く手を振って通り過ぎていった友人、洞木ヒカリのスカートからも、尻尾状に伸びた蔦が数本引きずられていた。
 アスカの体温に反応したらしい一本が椅子の脚に巻き付いたのを、彼女はそっと解いてヒカリに渡してやった。
「ありがと、アスカ」
「ううん。また後で。一緒にお弁当食べましょう」
「ええ」
 軽い礼に二言三言。それじゃと言って、教室の後ろの方の席へ歩いて行く。
 黒板に向き直って、それからアスカはてのひらに粘ついていた樹液をポケットから出したハンカチでぬぐった。
 窓から差し込む光に陰りが混ざる。ふと目を向ければ、強い風の吹く空を流れてゆく幾つもの筋雲。天気が良すぎたはずの空を、曇り模様が埋め尽くしていくところだった。
 雨の気配がある。
 サードインパクトが起きてもなにも変わらなかったようで、大きく変わってしまった街。第3新東京市の天気はあまりに気まぐれだ。
(放課後あたり、来るかもしれないわね……)
 かすかな臭気を甘ったるく残すハンカチを右手の中に見詰め、アスカはそっと机の裏で、“気配”を強めだしたように感じる下腹部へ確かめるように左の手のひらを押し当てた。



◆ ◆ ◆



 スコール並の雨が駆け足で通り抜けていった後は、一転してまた強烈に照りつける陽光のシャワー。
 地面から直接湯気が立ち上る気候は、もはや熱帯雨林のそれと言って良いのだろう。
 木々、花々に恵みをもたらすその蒸し暑さは、サードインパクトの後に蔓延した植物型使徒の寄生を受けた市民たちにも大きな影響を与えていた。
 ―― うぁ、ぁ、あああ……。
 ―― むぅ……ぅ、ぅ、ぅぅう……!
 下校中のアスカが通りがかった路地の先で。歩道の途中で。路肩に停車された車の運転席で。呻きが流れ、発芽や急成長をはじめた異形の植物たちが枝葉を広げていく。
 居合わせた者達も心得ている。車の行き交う交差点で“始まってしまった”人たちをに手を貸し、安全な場所に運んでいく。
 中にはもう動けなくなるほどその場に根を張ってしまう者も出てくるのだ。余程手が付けられない位になるまでなら消防を呼んで、自分の家にでも移し替えてもらうことが出来るが、場合によってはそこが終の場所にもなりかねない。
 逆に、外観からすると茸などの菌類に近い生態をもったかたちに変貌してしまっていると思しき男性のように、この雨上がりを捉えて傘を広げ、胞子を飛ばし、その引き替えに崩れ落ちる外皮の中から久方ぶりに取り戻した人間らしい姿でよろよろと現れる者もいる。
 すっかりやせ衰えてしまった彼には救急車が必要だろう。体内で休眠期間を迎えた寄生体がまた成長を始めるまでに、栄養を取っておかなくてはならない。

 そして、アスカも。

「……っ、くくっ、くぅぅ〜」
 アスカは腹を抱え込むようにして道路に膝を付いた。
 予感はあったのだ。
 ヒカリとも周期が近いのだと分かっていたのだし。彼女の <蔦> があれくらい伸びてしまっているのなら、アスカのだって成長し始めて不思議はない。
「うぁ、ぁ、あっ……。ぁ、ついて……ないわね……」
 もう少しで、家まで帰り着けたのに。
 蹲るアスカの下腹部に広がる疼き。一気に体温が上がって、汗が噴き出してくる。
 スカートの中、ショーツの股布は、とっくにぬるぬるとしてしまっていた。
 ―― オァ、ァ、ァァアァ、アァァァ……!
 身もだえる少女の体から発散された独特の甘ったるい匂いを察知したのだろう。道の脇の側溝からコンクリート蓋をガタガタと持ち上げ、何かが這い出してこようとする気配があった。
 こんなところで寄生体の膨張に飲み込まれて、機会を待たされていた者がいたのだ。
 ―― オオォォ、ォ、ォォォォ……。
 ずるり、ずるりと。泥水を滴らせて近寄ってくる彼は、もう二本の足を使ってはいなかった。
 体型は巨大なナメクジに見える。
 緑色で、ずんぐりとしていて。びっしりと苔むした風の体表をうねらせる。
 腹の裏側に何本も生やしているらしい蔦を触手として使い、辺りの電信柱や家の柵に巻き付け、体を引っ張り、アスカのところへと。
「さい……あくっ」
 なんて醜悪な姿なのか。ナメクジの頭の部分にそこだけかなり人間の造形を残した顔が、完全に白目を剥いて浮かび上がっている。
 だらしなく開かれた口の中では、緑色に変色した舌がぼたぼたと涎を垂らしながらうねり回っていた。
 あまりのおぞましさ。
 嫌悪感に、アスカの中のアスカのままである部分はぞわぞわと鳥肌を立てていくが、しかしどうにもならない。
 手遅れだ。
 なにしろソレの放つ体臭をこちらも嗅いでしまった瞬間から、下腹部の疼きはいかんともしがたい域に達しており、ブラジャーの下ではっきり、アスカの胸の先が両方とも硬くしこり立ってしまっていた。
 足の付け根で内股をよじらせる、そのあわいもショーツに吸いきれなくなった愛液でびしゃびしゃだ。
「ウン、ン、ンゥンンン……!」
 もじつかせる自分の動きで、存在を強く主張しだしたクリトリスへの刺激が勝手に強まっていく。
 これだけでももう、逝ってしまいそうなのだ。
 耳の先まで真っ赤にさせて、アスカは呻きを噛み殺そうとする。
 しかし、胎内でよじれくねっていたアスカの <蔦> が一気に未成熟な産道を踊り下り、内側からびちゃびちゃと汁を飛ばして秘唇をこじ開けて、体外に這いずり出る構えを見せる。
 いや、聞くもいやらしい呻きが出てしまうのを堪えようとした時には、すでに先端が膣口からはみ出てしまっていた。
「ンッ、ンンゥゥ―― ッ!!」
 アスカの意志に関わらず、彼女にとってもこれは受精する好機なのだから。
「いや……いやよ……。ンンッ、ンンンゥ……っ、っッ」
 肘で這い、少しでも逃げようとする。
 けれど歯を食いしばって抗おうとするアスカの心をよそに、股の間からスカートの裾を持ち上げてしゅるしゅると伸びゆく細い蔦は、もう緑ナメクジの伸ばした触手の先と互いを絡め合っている。愛し合う男女が絡め合う、指と指と同じに。
「あうっ、ッ、っあ……ア!? いやぁぁぁ〜っ!!」
 ぐぷり、ごぽっ―― と、また出産のように。細い蔦と触手同士が絡み合った次には、より太い蔦がアスカの膣内よりおびただしい愛蜜と共に産まれ伸びて、ナメクジ触手を自らが這い出してきた場所へ迎え入れようとする。濡れ濡れになったショーツがずれ、スカートの中でむき出しになったアスカの秘部へと。子宮へと。
「ああっ、あっ、あっ、あうぅ……ぅ、うぁ、あ、ああぅ!」
 アスカはもうすっかり腰砕け、下半身に力を入れることが出来ない。
 新しい蔦が出産されるたび若く敏感な膣内をぬるぬると、アスカ自身もそうと知らずにいる <Gスポット> と呼ばれる性感帯をすら斟酌無しに踏みこそぎ、刺激し倒していく。
 これが抗いがたい快感を与えてくれるのだ。
 寄生されてしまう日までアスカはしっかりとバージンを守り抜いていたが、果たして人間同士のまっとうなセックスを知っていたとしても、この悦びに抗えたかどうか。
 人外の快楽だと重々承知はしてはいる。望んでなどいやしない。
 けれどこの、猛毒じみた悦楽ときたら。ひとたび <蔦> が活動を活発化させれば、最初は尾てい骨辺りからじくんじくんと、着実に体の芯を侵し進んできて、やがて心臓のところまで這い上がるように。さらに肺腑の全てを甘ったるい麻薬の臭気で満たして、息を吐き出すそれだけにまで恍惚を誘うほど、アスカという女の子の芯をとろとろに溶かすように甘く恐ろしく支配していって―― やがて十五歳の彼女の小さな頭蓋の中を、淫らなことだけで一杯にしてしまうのだ。
(もう、だめっ)
 ひっ、ひいっと舌を突き出して喘ぐアスカに、緑の巨大ナメクジがのし掛かろうとする。
―― おい、あんた」
 アスカ達の様子が目に入ったのか、近くの家の玄関から出てきた男が声を掛けてきたのは、そんな時だった。
 涙で曇ってよく見辛い目で見上げれば、手を伸ばしていたのはとりあえずサンダルを引っかけて走ってきたらしい、四十絡みの中年男。
「どうするね。場所を変えたいなら家を使うかい? 二階の部屋が空いてるんだがね」
 申し出自体は、昨今珍しいものではなかった。市の住人の大半が寄生されて植物使徒の苗床になり果ててしまっても、それでも生きていかねばならないと折り合いを付けた今、当たり前に人々が身に付けた新たな助け合いのかたちとさえ言える。
 困った時はお互い様の精神。諦念と共にあるそれ自体は、いっそ人間という種の逞しさでも、素晴らしさでもあったろうか。
 もとより選択肢のあるはずのない申し出だ。
 だからアスカは、だらしない感じに襟元が伸びたトレーナーを着た中年男が、裾の下から緑の葉のついた枝を生えさせていても。そしてそれとはおそらく全く無関係に、スウェットパンツの股間に硬くなった下腹部のかたちをくっきり浮かび上がらせていても。
「……ぉ、お願いします。あたし、立てないから……連れて行ってください」
 『お願い、早く……』と、そう泣きながら頼むしかなかったのである。





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From:触手のある風景