「さぁ、おいで」
 穏やかだがどこか硬い声で命じられ、プラチナブロンドの少女はゆっくりとベッドへと歩み寄る。
 「ここに座りなさい」手袋を外さない手で示されたとおりに、高級士官の制服のままの男の隣に腰を下ろす。
 「訓練は辛かったか?」ささやきと同時に中学校制服の肩に手が回され、ぎゅっと引き寄せられた。少女は黙ったままだった。
 肩を抱いた手がゆっくりと下へ下り、腰へと回されてさらに少女は男と密着する。「シャワーは浴びたのか」髪を撫でられ、耳たぶにうなじにキスをされた少女は小声ではいと言った。「LCLに入らなかったときはシャワーなど浴びなくて良い」少女の首筋を尖った舌が這い、腰に回った手がスカート越しに太股を撫で始める。彼女はしばらくしてからはいと小さな声で答えた。
 おとがいを持ち上げられ、男の方を向かされる。そのまま唇を貪られた。
 「……あ」ちいさく吐息を漏らして彼女は男の舌を受け入れる。ゆるゆると舌を絡ませて、ときに強く吸われるうちにやや青みがかった白い肌がしだいに桜色になり、きちんと揃えられた膝がゆっくりと緩んでゆく。
 太股を撫で回す男の手はしだいに大胆になり、スカートの中へと、内腿へと指が侵入する。
 少女はそれも受け入れた。とぎれとぎれの甘い声を漏らし、ときに喉を鳴らして男の唾液を嚥下する。膝の辺りでぎゅっと握られていた両手が男の背中へ回り、上衣をぎゅっと掴む。
 そのまま彼女はベッドに押し倒された。
 男にしがみついてキスに没頭する少女の身体を男は慣れた手つきでまさぐり、その制服をはだけさせて肌をあらわにしてゆく。
 お洒落とは縁遠いデザインのブラジャーをずらし、まだまだ成長途上の、しかしいつの間にかクラスの女子の中でも目立つほどのボリュームとなったバストの感触を楽しみ、その先端でゆっくり尖っていく果実をこりこりと弄ぶ。
 もじもじと擦りあわされる膝小僧をぐいと掴み、強引に左右へこじ開ける。男に求められるとおりのM字開脚姿勢を取った少女の真っ白な内腿とシンプルな下着が制服のスカートを割りあらわになった。
 手袋の先に歯を立てて脱ぎ落とすと、少女のショーツへと男は指を侵入させた。
 太股の付け根をくちくちといじられているあいだも少女は従順に開脚姿勢を保った。ただ、さらに熱気を帯びた吐息と、ときどききゅっきゅっと丸くなる紺ソックスの爪先が、彼女が決してそれに嫌悪を感じていないことを物語っていた。
 「……ッあ!」
 たっぷり染みの付いたショーツのクロッチを乱暴にずらされ、ずぶりと成人男性の性器が挿入される。紅の瞳がはっと見開かれ、唇がわなないた。
 ベルトを外し、ズボンと下着を下ろした男は大きく腰を使って少女のきつく熱い蜜膣の奥までペニスを突き立ててゆく。
 「ふっ、あ!うぅ……ッ、はぁ……ン」
 ひと突きごとに怜悧で無表情な美貌が苦悶と快楽の入り混じった複雑で、そして男の欲情をそそるものに変わってゆく。
 ついに男のペニスが彼女の幼い子宮口へと到達すると、もう少女は歯を食いしばることもできない。形の良い唇を半開きにし、熱く甘い泣き声を漏らすことしかできなかった。
 細腰を両手でがっしり掴まれ、こつんこつんとペニスで胎奥をノックされる。
 さらには大きなストロークで柔らかな襞をごりりごりりと傘の張った鯉鰓で擦り立てられる。
 「ふぅっ!は、あ、はぁ……ッ!く、ふぁ、ふぅぅん……」
 全身から甘い匂いを発し、プラチナブロンドのシャギーを頬に張り付かせて泣き悶える美少女の惑乱ぶりを楽しみながら、男は思う存分快楽を得る。
 剛棒で貫かれ、支配されてしまった少女はその後十数分にわたって、幼いながらも明らかな雌の声で言葉にならない歓喜の歌をさえずることを強いられた。
 何十回もの交わりのうちに、いつの間にか身体が覚えてしまったタイミングで男の肉棒をきゅうきゅう締め付け、ねっとりと絡みついて性交相手に無上の快楽を与えてしまう。
 やがて登り詰めると、男は予告もなにもなしに思いっきり少女の中へと精を放つ。
 はっと見開かれた少女の瞳に混乱と哀しみが浮かぶさまに、男はどこかぞくぞくしながらゆっくりゆっくりと注ぎ込んでゆく。
 ずるりと萎えたペニスを引き抜き、放心状態の彼女の舌でペニスを清めさせた。
 少女のひくつく花弁からこぽりとこぼれる白濁液が彼女の制服のスカートの内側を無惨に汚していることなど気遣いもせずに、ぐったりとまだベッドに横たわる少女の髪を掴んで、丹念に自分のペニスをしゃぶらせた。
 尿道口まで清めさせているあいだに、ふたたび固くなってきたことを自覚した彼は、今度は美少女の喉奥を突き、柔らかで熱い舌が亀頭のくびれをれろれろと這う感覚を享楽する。
 喉奥深く精を放ち、ペニスを銜えさせたまま嚥下するよう命令する。
 涙を浮かべ、えづきながらも喉を鳴らす少女に男は頬を歪めながら、その献身と奉仕の心を賞賛した。
 涙を浮かべつつ、ようやく彼のペニスを再度完全に清めると、初めて彼女は浴室へ向かうことを許される。
 下腹部に慎重にシャボンを塗りつけ、膝をついた姿勢で力んでは熱いお湯を浴びせかける少女の表情は、またいつもの人形じみたものに戻っていた。
 だが、平坦だった表情が不意に驚きと理解が入り混じったものに変わる。
 「……あれは……そう、そうなのね。だから……」
 バスルームの床に両手をついて少女はしゃくり上げ、肩を震わせる。
 紅の瞳から次々と溢れる涙をもう、彼女は止めることができない。

 バスルームから出てくると、汗と体液と精液で汚れた衣類の代わりに洗濯済みの制服と下着一式がビニールに包装されておいてあった。
 彼はいつも用意周到だった。
 好きなだけ少女を汚し、でも情交の跡を残したままこの部屋を出ることは許さないのだった。
 少女は黙って衣類を身につける。男が彼女を見ていないことは分かっていた。男はデスクに戻り、端末をじっと眺めていた。その端末に映っているのが写真であることを、その写真の人物が自分によく似た他人であることも彼女は知っていた。
 「さようなら」ちいさく声をかけても男は無言のままだった。
 「司令」少し大きな声で呼びかける。男は少し驚いた風で視線をあげた。
 「私、もうここには来ません」少女は静かに宣言した。「私はもう、したくありません」
 「れ、レイ……」
 「さようなら」
 はっきりと決別の言葉を述べ、少女は、綾波レイはくるりと背を向ける。
 男の、碇ゲンドウの言葉に応えることもなく彼の私室をあとにする。
 圧搾空気の音とともに扉が閉じる。
 室内にはいまだに事態が飲み込めないゲンドウが虚ろな視線をさまよわせたまま座っていた。




−聖痕−






 純白の機体を輝かせながらそれらは降ってくる。
 ときに天使のように、ときに烏のように見える翼を羽ばたかせてそれは舞い降りる。
 人型をしているのに、その動きは人間のそれとはまったく異なっていた。
 ぐるり、ぬるりと頭を巡らし、予備動作なしについとうごくそれは、猛禽類の仕草を想像させた。
 そしてその戦い方も常軌を逸していた。
 首を切り落とされても、
 背骨をへし折られても、
 まっぷたつに切り離されても、
 プログナイフを突き立てられても、
 それらは瞬時に復活し、両刃の大剣を振りかざして迫る。
 槍が深紅の機体の「胸を貫いた」とき、ついにかすかな優位すら蒸発した。
 もはや木偶となった深紅の機体に殺到する白い機体には、人造物にもかかわらずかっと開いた口にはまるで人間のような臼歯すらあった。
 そうして深紅の機体は蹂躙された。
 切り刻まれ、噛み裂かれ、食い千切られる。
 貪られ、貫かれ、ねじ曲げられる。
 多重装甲がやすやすと引き剥がされる衝撃を「彼女」は全身を貫く痛みとして捉えた。
 その痛みは搭乗者の意識を空白にすることすら許さない。
 彼女と深紅の機体の感覚を【発令所】のだれかが切り離そうとする試みはすべて失敗した。
 彼女は泣き叫び、母親を呼び、失禁する。
 自分がなんのために存在し、なんのために戦っているのかももはや考えることはできなくなっていた。
 だが、過剰なシンクロ状態にある彼女はまだその感覚を明瞭に保つことを強いられる。それどころか、刃を受けた紅の機体同様に右手に深く大きな傷が現れ、鮮血すら吹き出すのだ。
 やがて彼女は泣きながら「許して、もう許して、早く殺して、アタシをころして」としかつぶやかなくなる。
 その願いがかなえられるまで、さらに数分間にわたって深紅の機体は破壊され続けた。
 目の前に「13」とマーキングされた白亜の機体が、紅の胸部を貫く槍にふたたび手をかけたとき、彼女は感謝の表情さえ浮かべていた。
 槍がごりごりと引き抜かれ、おのれの心臓がえぐり出されたときには一四歳の華奢な身体をのけぞらせ、安堵の笑みを浮かべていた。



◆ ◆ ◆



 ……あれはなんなのだろう?
 惣流・アスカ・ラングレーは自問する。
 ……真っ白な「量産型エヴァンゲリオン」の群れに単機立ち向かい、そして無惨に敗れる情景。
 妄想?それとも予知夢?
 そう結論してしまうにはそれはあまりにも鮮やかな記憶だった。
 自分がどのように戦い、「ママ」の助けを借りたかまで覚えているのだ。
 「敵」のシリアルが「5」から始まることも、翼を持っていることも。
 それらがアンビリカルケーブルなしで稼働できたことも覚えている。
 「アンビリカルケーブルなしで動けるのは、初号機が取り込んだのと同じS2機関が搭載されているから」であることも。
 だが、それは記憶のはずなどない。
 初号機はS2機関など搭載されていない。
 北米でテストされると聞いているが、予算不足でいつになるやらめども立たないありさまだ。
 そう、記憶のはずなどない。
 アタシがエヴァとシンクロすらできないような状況に陥るなんて。
 ここ数日、急激に質量を増してきたイメージに少女は困惑していた。

 真っ白な量産型エヴァ。
 戦略自衛隊の襲撃。
 エヴァとシンクロできなくなる自分。
 巨大なクレーターと化す第三新東京市。

 それらが彼女にはまるで過去の出来事のように感じてしまってしょうがないのだ。
 それは確実な質量と痛みを持った真実として記憶されているのだ。

 ……でもやっぱり、夢、なんだろうな。
 アスカはちいさく溜息をついた。
 なぜなら目の前の光景は彼女の「記憶」とはずいぶんかけ離れていたからだった。
 「……できたわ……碇……先生」
 「せ、先生って……やめてよ、綾波」
 「今日の私のテストを採点するのは碇君……だから『先生』」
 ちょっと首をかしげて自分を見つめる少女に碇シンジは端からも分かるほどどぎまぎしていた。綾波レイから渡された紙と彼女のあいだを忙しく視線を行き交わしたあと、少年は急にアスカへと振り返る。
 「え、あの、アスカは……まだ?」
 「まだよ、まーだ。あっ!見るなったら」
 「三分の一も埋まってない」シンジが溜息をついた。「だいたい、アスカの国語の成績が悪いから、ミサトさんに『三人そろって特訓よ』なんて言われる……」
 「だーっ!うるさい!」タンクトップ姿のアスカは吠えた。「漢字なんて読めなくたって生きていけるの!それにアンタだって英語はアタシの日本語に比べたらもう、どーしょーもないし。だいたい、漢字がだめでもエヴァの操縦に問題ないわ。そうでしょ?そうでしょ?レイ?」
 「……向上心、ないのね」
 「そうじゃなくって!ったくアンタは!」
 ……かけ離れすぎている。あまりに違いすぎる。
 アスカは思う。この光景……授業の遅れを取り戻すために三人で集まって問題集をこなし、回り持ちの教師役がそれを採点する……は彼女の「記憶」にはまったくなかった。
 ……こんな「オコサマ」なシチュエーションなんてなかったわ。っていうか、このふたり、いつからこんなに仲良くなったんだっけ?
 碇シンジと綾波レイが隣り合わせに座り、その向かいにアスカが位置する。
 この席順を当然と思い始めたのはいつだったか。いや、綾波レイが碇シンジの隣にごく自然に座るようになったのはいつのことだったか。
 「早くして。碇先生が迷惑するわ」
 軽く睨みつけられたアスカはどきりとしてしまう。
 「はいはい。わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
 もはや怒る気力も無くしたアスカは、うなりながら手を動かす。
 ……絶対、なにかがおかしいのよ。



◆ ◆ ◆



 「結局なにが起きたの?リツコ」
 「それはこちらが知りたいくらい」端末を叩きながら赤木リツコは歌うように言った。「三人まとめてあの『影』に飲み込まれて……」
 「アタシは巻き込まれたの!レイに続いてバカシンジまであの中に飛び込もうとするから、それを止めようと……」
 「一時的とはいえ、保有のエヴァ全機を失ったのよ。司令は大変お怒りだわ。それで……七時間後に三機ともあれを引き裂いてぽっかりと出現。モニターはまっしろ。通信記録にはなにも残っていないけど、コクピット内の音声記録を三機分つなげると、会話が成立している……」
 ゆっくりとアスカへと向き直り、改めてリツコは訊ねた。
 「なにが起きたの?どうやったの?『開け、開け、開け』って三人で叫んでいたけど」
 「とにかく、三人で力を合わせて……こう……」アスカはなにかを引き裂くような仕草をした。「べりべりっと」
 「とっても具体的な報告ね。感謝の言葉も出ないわ」リツコはうんざりした表情で煙草に火を付けた。伸びをして背もたれに体重を預ける。「今日はもういいわ。帰って休んでちょうだい」
 「いいの?」
 「いいのよ。シンジくんからもレイからも同じような報告しかなかったし。それにしても、あの二人、ほとんど同時に中に飛び込もうと動き始めたのよね。それにあなたも『球体』への発砲はしていないし。あなたたちはあの球体が使徒の本体でないと分かっていたみたいね」
 「そ、そんなことないわよ。ただの勘。チルドレンとしての本能みたいなものかな」
 「そうかしら。こちらが把握していない感知機能みたいなものがあなたたちに影響を及ぼしているのかも。だから使徒の本体が分かったり、通信が可能だったり……」
 「だから、それを調べるのがそっちの仕事でしょ。アタシに聞かないでよ。ったく」アスカはそっぽを向く。ふと表情が変わった。「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
 「なに?」
 「ね?あの二人、昔からあんなに仲がいいの?」
 「そうね……」リツコはなにかを思い出す顔になった。「あなたが日本に来る前はああじゃなかったわ」
 「あの二人」が誰かを問いもせず、リツコはシンジとレイの関係について語った。まるでレイはシンジに無関心で、それ以前に彼女はほとんどの人間に対して無関心だったと。
 「ほとんどって?」
 「司令……碇司令以外の全員かしら」
 「で、でもさぁ、いまはなんだか碇司令ったらレイにエンリョっていうか……居心地悪そうにぶつぶつ言うだけじゃない?」
 アスカの言葉にリツコは吹きだした。「そうね、確かに気後れしているわね」
 ……自分に引導を渡して息子と恋仲になった少女相手に、威厳をもって接するのは難しいでしょうね。
 リツコは冷静に分析するがもちろんそれをアスカには告げなかった。
 「突然なんだ」アスカがつぶやいた。
 「突然仲良くなった訳じゃないわ。ただ……いつのまにか二人一緒にいるようになった感じで」
 「シンジったら、女の子相手にうまくやれるタイプじゃないのに、それともレイがこう『がばーっ』と」両手を拡げて覆い被さるフリをしたクォーター少女にリツコは苦笑した。
 「どうかしら。確かにレイのほうが積極的かしら。あくまでも比較だけど」
 「あー分かる分かる」アスカは目を輝かせてうなずいた。「ぴたーっと傍にくっついて、『アタシがここにいてはダメなの?』とか何とか言って上目遣いでちらっと見てから、唇を噛んでうつむくのよ。相手の逃げ道を断つという実に巧妙な戦術ね、あ、あと相手の袖を掴んでもじもじするとか、相手の飲んでるジュースを『ちょうだい』とか言って飲むのもジョーセキかな?」
 ……どこでそういう手管を学んでくるのかしら。
 リツコは疲労すら感じていた。
 「そうかもね、そんなこともあったかも」
 「あ、投げやりになってるわね」
 「そうかしら。とにかく、レイはせっかちなタイプじゃないの。知ってる?猫と仲良くなるコツはふたつあるの。急に動かずゆっくり近づくこと。それから餌」
 「餌って、あのコ、料理するの?手料理攻撃!」すごい気合い、まるでヒカリみたいだ。
 「学校からの帰りにファーストフードに誘うくらいだったみたい」
 「その程度で……ミサトと一緒の生活で味覚が鈍ったのね……じゃなくってぇ、バカシンジが野良猫だって言いたいわけね」
 「そうじゃないけど、臆病な男の子と仲良くなるにはレイみたいな方法も有効ってことよ」
 「はいはい。ありがと」アスカはすとんとスツールから立ち上がった。
 「貴女も興味があるの?」
 「だれに?」
 「だから、シンジくんに」
 「まっさかぁ」アスカはひらひらと手を振って見せながら退室する。
 しゅっとドアが閉まってアスカは内心でつぶやく。

 ……突然なんだ。突然、変わったんだ。



◆ ◆ ◆



 ……ああもう、忘れなさい。忘れるのよ!セカンドチルドレンったら!
 アスカは痛くなるほど強く肌を擦り、最大流量にしたシャワーを頭から浴びる。
 だがもやもやは晴れない。それどころか動悸が高まるばかりなのだ。
 「ったく、キスしてただけじゃないの。ただそれだけじゃないの」
 零号機と弐号機が大破(ATフィールドがあと三秒早く切れてしまっていたら、あの使徒の持つ武器……「刃」……の存在をアスカが予感していなかったら、今頃両手を切断された架空の痛みで鎮静剤漬けになっていたところだ)し、初号機が電源切れのまま動き続けて敵をねじ伏せるという作戦もなにもあったものではない戦闘のあと、検査のために放り込まれた病院、その一室で……。
 綾波レイと碇シンジは抱き合っていたのだ。
 薄い検査衣姿のまま、ベッドに腰掛けるシンジにレイは「抱っこ」されて、アスカがいままで見たこともない一途で熱心な表情で少年と舌を絡めていたのだ。
 先に帰宅を許された惣流・アスカ・ラングレーは声もかけることもできず、ただのぞき見ることしかできなかった。
 ……ああ、あのコがあんなに気持ちよさそうな、嬉しそうな顔をするなんて!
 ……ヒカリも、あ、あのエロジャージとのキスを嬉しそうに報告してたけど、あんなに、あんなにえっちだとは言ってなかったわよ!
 「やだ……」アスかは頬を染めた。太股の付け根がぬるぬるとした液を分泌していることに気付いたのだった。
 ……キスって、キスって、あんなに気持ちがいいんだ。
 少女の指先が自身の唇をそっと撫でると、桃色の小さな舌がちらっとのぞいてその指を舐めはじめる。
 ……キスだけで、あんなにえっちな顔になるんだ。
 少女のもう一方の手が、おずおずと白磁のような肌をした下腹部へ伸びてゆく。
 ……ずるいよ。あのコったら、アイツったら、あんなに気持ちのいいこと、とっても、とってもよさそうにスるんだもん……。
 いつのまにかぺたんとタイルにお尻をつけ、すらりとした脚を大きく開いたままアスカは自慰をはじめてしまう。背徳感と自己嫌悪もその衝動を抑えることはできなかった。
 包皮に護られた真珠をそっと人差し指で擦るとそれだけで背筋に電流が走った。
 「おっきく……なってる」ぷっくりと顔を出したそれを軽く叩きながら、アスカは澄んだ声で歓びの声を上げていた。さらにおずおずと中指をまだ未発達な花弁にそっと差し込んでゆく。
 ……きっと、きっとあの二人、シてるんだ。
 つぷりと差し込んだ指を浅く出し入れしている少女は切ない怒りに駆られていた。
 ……お互いの名前を呼んで、「アイシテルヨ」って言って、いやらしいコトしてるんだ。
 熱いシャワーを浴びているのに、アスカのほっそりした身体はぶるぶると震えていた。しだいに大胆な動きになってゆく両手の指に「ダメ、ダメ、こんなのかっこわるい……ふけつだよぉ」とつぶやきながらも逆らうことができず、女の悦びを貪っていた。
 そうして初めての絶頂を迎えたのちに、本格的な自己嫌悪がやってくる。
 ライバルと目している少女と、意識しないように努力している「フツーの男の子」の恋する様子に欲情してしまった自分が情けなくて哀しくてどうしようもない。
 ぐすぐす涙をこぼして鼻をすすり、二度とこんな無様なことをするものかと誓った少女の視線がふと下がり、コバルトブルーの瞳が見開かれた。
 震える唇から悲鳴が漏れる。
 慌てて浴室の鏡に我が身を映す。
 もう一度悲鳴が上がった。
 右手、腹部、そして左胸。
 白磁の肌にはあり得ないような傷跡が存在した。
 刃に切り刻まれたような、槍に貫かれたような傷跡がそこには存在した。
 「ちくしょう……チクショウ……畜生……」少女は歯を食いしばる。
 「そういうことなのね。畜生、そういうことなのね」
 ある結論に達した少女は薔薇色の唇を噛みしめる。



◆ ◆ ◆



 その日の綾波レイ宅における「勉強会」に惣流・アスカ・ラングレーは現れなかった。
 碇シンジがアスカの携帯電話をなんども鳴らしてみたが、電源は切られているようだった。
 とまどうシンジに対してレイは落ち着いたものだった。
 「なにか理由があるのよ」とつぶやくとシンジが買ってきたクッキーに手を伸ばし、紅茶をすする。その部屋は丁寧に掃除されていた。
 「でも、電話が通じないなんて」
 「護衛もいるわ。彼女は気まぐれだから」不安そうなシンジにレイはそっと微笑む。つられて笑う少年の携帯が不意に鳴った。
 電話をとったシンジの表情がみるみる曇ってゆく。
 「綾波!アスカが行方不明だって!保安諜報部も見失ったって」ミサトからの言葉をシンジはレイに継げる。少し青ざめていた。受話器からミサトの声が漏れてくる。「あ、はい。綾波もいます。はい、代わります」電話機を手渡されたアルビノ少女は指揮官と二言三言会話を交わして電話を切った。
 「電話を置いて」シンジの背後で低い声がして、後頭部に固いものが押し当てられた。「ファースト、部屋の隅に携帯を投げて。あなたの電話もよ」
 「私の電話はベッドの上、銃を下ろして……アスカ」
 「先に言われたとおりにするのよ。早く!」
 「あ、アスカ!」
 「おどおどしない!おとなしくしていれば誰も傷つかないから。言っとくけど、黒服たちは行方不明のセカンドチルドレンを探して走り回っていて、ここを監視しているものは誰もいないわ」シンジにぴったりと身を寄せた惣流・アスカ・ラングレーは穏やかな口調ながらも彼に突きつけた拳銃を下ろそうとはしなかった。
 溜息をついてレイは携帯電話を部屋の隅へ放り投げた。「で?」珍しく厳しい口調で訊ねるレイに対するアスカの声はさらに冷ややかだった。
 「脱ぐのよ。綾波レイ。着ているものを全部」
 「アスカ!」
 「黙りなさい。シンジ、さぁ!」
 数秒のにらみ合いののち、レイの指先が制服のボタンに伸びた。衣擦れの音とともにベスト型の上衣が外れ、スカートが落とされる。怒ったような表情のままでブラウスのボタンを外してゆく。
 「脱いだわ」
 「ブラも、靴下も、パンツも脱ぐの!ぐずぐずするな!」
 レイの頬が紅潮する。唇を噛んでじっとアスカを睨みつけた。
 「綾波!」シンジの声でふっとレイの緊張がゆるむ。
 「……平気。大丈夫」言葉とは裏腹に、アルビノ少女の声は震えていた。
 靴下を脱ぎ、背中に手を回してブラジャーをおとし、唇を噛んでショーツを下ろす。ほっそりした足首を布地が二度くぐり、ついに彼女は全裸になった。
 「次は……どうしたらいいの?」ルビー色の瞳は怒りで燃えていた。それに対して、アスカはどこか困ったような表情になっていた。
 「……どうするの?セカンド」ふたたび問いかけられてアスカは我に返る。
 「りょ、両手を下ろして!隠さないの!」
 綾波レイは無毛の下半身と、たっぷりしたボリュームのあるバストを覆っていた手を下ろし、直立不動の姿勢を取った。
 アスカほど腰高ではないもののすらりとした脚、おんなとして完成途上の危うい魅力を持った腰には贅肉一つない。
 さらにそのバスト。
 下着のサポートなしでもつんと立ち上がった双丘と、その先端の鳶色の果実が呼吸のたびに震える様子に、人質となっているはずの碇シンジですら視線を逸らせなくなっていた。
 「……もういい?」
 「え?」
 「もう服を着ていい?」
 「だめ、だめよ。えと、その、あの、あ、え……う、後ろを向いて!」
 ゆっくりとレイは背中を向けた。
 細い肩に肌理細かな肌、そしてまだボリュームの足りないヒップから伸びるむっちりした太股がアスカとシンジの視線にさらされる。
 少年の口から賞賛の溜息が漏れた。
 だが、もう一人の紅茶色の髪をした少女にはかすかなパニックの兆候さえあった。
 「もう、いい?」レイの何度目かの問いに対する答えは悲鳴のような質問だった。
 「どうして!どうしてアンタには傷がないの?」
 「傷ならあるわ」右手を、腹部を差してレイは言う。「起動実験のときのものが」
 「ちがうちがうちがう!そんな傷じゃない!」アスカは叫ぶ。涙さえ流していた。
 「アンタが、『アンタが死んだときに付いた傷』よ!どこにあるのよ!ないなんて、ないなんて言わせないから!」
 「……アスカ」はっと息を呑むシンジ。
 「あるはずよ、綾波レイ」アスカの笑みはどこか凄惨なものがあった。
 「アタシにはあるの。白いエヴァンゲリオン量産機によってたかって付けられた傷がね。だから分かるの。使徒の弱点やその特性、いえ、どんなヤツが『まだ残っているか』も!だって、だって、だって……アタシ、いちどアイツらと戦ったのよ。そうよ、アタシはいちど奴らに殺されたのよ!
 綾波レイ。アンタもそうでしょ。アンタも『知って』いるんでしょ?使徒と戦うためにはなにをすればいいか、どういう戦い方をすればいいかも知ってるんでしょ?だからバカシンジにくっついて、こいつがバカなことをしないようにコントロールしてるんでしょ?お願い、お願いだから隠さないで。お願いだからアンタも『やり直し』をしてるんだって言ってよ。アタシが狂っていないって言ってよ!お願い、お願い。もう一度死ぬなんていやだよ……」
 沈黙ののちに言葉を発したのは碇シンジだった。
 「アスカ、レイには傷はないよ」
 「シンジ!アンタまでかばうの?この人形女を!スペアがうじゃうじゃ湧いてくるこのクローン女を!」
 「アスカ」シンジは辛抱強く繰り返した。「レイには傷はないよ。『最期の傷』はまだないんだ」
 ゆっくり振り返ってアスカの瞳をのぞき込む。
 「傷があるのは僕なんだ」



◆ ◆ ◆



 「ここ、ここ、それから……ここも」
 歌うようにつぶやきながら、綾波レイはシャツを脱がせた碇シンジの腹部に、左右の胸に、肩口にキスをし、舌を尖らせてつつ、と舐める。
 そこには傷跡があった。
 それらの箇所にはふたつの孔が同じ間隔で開いていた。
 その傷はどんな武器なら付けられるかを惣流・アスカ・ラングレーは「知って」いた。
 それは二股の槍によって付けられたものだった。
 それは弐号機を貫き、アスカの心臓をえぐり出し、彼女に死を与えたものと同じ武器に付けられたものとしか思えなかった。
 「……アンタ、アンタだったの?アンタもあのあと……」
 「違うと思う。僕の知っているアスカは量産機との戦闘で死ななかったから」
 「え?」
 怪訝そうなアスカにレイが説明する。ただしシンジの肌への甘く濃厚なキスの合間に。
 アスカも、シンジも「枝分かれした可能性の世界」で生き、そして命を失ったのだと。
 この世界は「その」アスカとシンジの生きていた世界の過去ではなく、また別の分岐/可能性のひとつなのだと。
 「じゃぁ、なぜアタシは『知ってる』の?」
 「分からない」甘えん坊の子猫のようにシンジのお腹に頬を擦りつけているレイが答えた。「その記憶が別の世界の人格に投射されているのは事実みたい」
 「じゃぁなんのために、誰がこんなことを」
 「分からない」答えたのはシンジだった。「でも、分かっていることはあるよ」
 「?」シンジはアスカに微笑んでみせる。
 「少なくとも、同じ結末は迎えないってこと」
 碇シンジの胸におとがいを乗せていた綾波レイがくすりと笑った。



◆ ◆ ◆



 「……ん、くぅっ、ナニ、アンタ、格好いいコト言ってたけど……あん、あ、くすぐったいけど、あ、……イイ……ア、レイがその傷跡に気づいて、『槍』のコト思い出して、詰問するまでナニが起きたか分かんなかったってこと?」
 「んむ……ッ、だって、さ、本当に記憶が混乱したんだと思ったんだから。エヴァに初めて乗って目が覚めたらこうなってたんだから……」
 「あ、コラ、舐めるか喋るかどっちかにしてよぉ、くすぐったいじゃないのぉ」
 綾波レイのベッドの上で三人の少年少女がもつれ合っていた。
 制服も下着も脱ぎ捨てた惣流・アスカ・ラングレーは背後から綾波レイに優しく抱かれ、輝くセミロングをそっと撫でられていた。
 クォーター少女のミルク色の肌を舐めているのは碇シンジ。
 レイがそうしていたように、アスカの「傷跡」に優しいキスと、跡が残るほどの強いキス、それからまるで傷跡を消毒するかのように丹念な舌遣いでそこに舌を這わせていた。
 アスカは逆らわない。それどころかサードチルドレンに「もっと気持ちよくって、えっちで、優しく」するよう事細かなリクエストを出していた。
 「……もう、怖くない?」
 彼女の髪の毛を宝物のように扱っていたレイに耳元で尋ねられ、アスカはこっくりとうなずく。
 リツコの引き出しから持ち出した拳銃を取り落としたのちに、こどものように泣きじゃくったアスカはレイとシンジに抱きしめられ、夢のように甘いキスを顔中に浴びた。
 涙を全部拭われて、それどころかレイをとろけさせるくらい巧みで濃厚なキスをシンジと交わしたセカンドチルドレンは一転上機嫌になってさらなるキスを、「レイがシンジにしたような『治療』をシンジに」要求したのだった。
 掌をサードチルドレンの舌で舐められていたときはくすくす笑っていた少女も、それが手首に、肘へと唾液をが塗り広げられていくころには、「あ、あ、ナニ、コレ、すごくヘン……くすぐったいけどいやじゃないよ……」とつぶやきながら全身から甘い汗を発散させていた。
 そしてお臍の回りへのキス、下腹部へのキス。
 アスカは大きく脚を開きシンジの「治療」を受け入れていた。
 だかられろれろと舌が動くたびに、碇シンジが体勢を入れ替えるたびに彼女は笑みを浮かべて彼の上半身に蜜で濡れた処女花を擦りつけて喘いでいた。
 アスカに背後からしがみつき、彼女を慰めるシンジの姿を観察していたレイの息がしだいに荒くなり、背中に柔らかなバストと硬くしこった突起が擦りつけられるのがなぜか嬉しく感じるようになっていた。
 大きく開いた太股にレイの太股が絡みつき、火傷するほど熱くなった付け根の部分がもどかしげに擦りつけられても不快感など感じなかった。
 自分とサードチルドレンの交歓にあの素直じゃない綾波レイが発情し、恥ずかしそうにその情熱をアスカの身体にぶつけているのが素敵でたまらないのだ。
 ついにシンジの唇が彼女の心臓にまで達した傷に触れたとき、アスカはとても楽しそうに提案、いや、命令するのだ。
 「そ、そこが終わったら、右の胸も治療するのよ。そっちもすっごく痛いんだからね!」
 シンジに否やはなかった。
 彼と同様に死の恐怖と世界との乖離に怯え、同時に逃れられない運命に絶望していたであろう少女が笑顔を見せ、彼らを受け入れようとしているのだから、その希望に添うのは当然だった。
 さらにこのクォーター少女は献身的で実は情熱的な綾波レイとはまた違った感受性と、普通の少年なら誰でも欲情を抱いてしまうような可憐なボディと愛らしい表情の持ち主なのだ。
 碇シンジが熱心に忠実に、惣流・アスカ・ラングレーの希望に従ったのは言うまでもない。希望のままに丁寧に指で彼女を撫で、いじり、こすりたてて、自慰よりも数十杯の快楽を与えて涙さえ流させた。
 ついには「ね、ね、シンジ、シンジ!舐めて!アタシのオンナノコのトコロ、舐めてぇ!」とレイの目の前にもかかわらず叫んでしまい、少年の舌遣いに「あ、あ、奥までれろれろって、あ、コスって、あ、い、いい、あ、そうなんだ!レイったらいつもこんなコトしてもらってるんだぁ!れ、レイったらお尻のアナ、指でつんつんしてもらいながら、クリ吸われるのがすきなのね?あ、すごい、すごいよ、アタシ、アタシバカになっちゃうよぉ」と大感激してしまうのだ。

 だからアスカへの舌奉仕を目の当たりにし、セカンドチルドレンがあられもない声でその快美感を聞かされた綾波レイもたっぷり十分に発情してしまう。
 ついにはもぞもぞと狭いベッドで体勢を入れ替えると、シンジの首にかじりついて唇をむさぼり、「あ、あ、お願い、碇君。わたしも、わたしも、わたしも」と涙を浮かべて言葉にならない声でお願いをしてしまう。
 「えー、ちょっと、レイ、今日はアタシのぉ」と不満げなアスカをじぃっと睨みつけるとそのすぐ隣に横たわり、右膝裏に手を伸ばして大きく持ち上げ清楚だがとても淫らな少女花をくちりとくつろがせて「碇君、碇君、、いかりくん……ね?ほしいの?レイにほしいの」とおねだりしてしまう。
 その願いが叶って碇シンジと側位で結合を果たしたファーストチルドレンは新たな親友とおでこをくっつけるほどの距離で「ああ、ああ、碇君が……わたしのぉ……」とそのシャープな美貌が快楽にとろけるさまを観察されても気になどしなかった。
 それどころか「あ、あ、アスカも、同じ、同じ姿勢をすれば、碇君の指で、いじってもらえる……よ」と一四歳の少女とは思えない提案をするのだった。
 だからシンジの指ピストンでアスカが素敵な歌声を上げるようになると、彼女自身もそれに負けないような声を上げ、ひくひくきゅうきゅうと愛しい人のペニスを締めつけて、その形に自分の蜜洞を隙間なく合わせようと努力する。
 やがてレイの希望通りその胎内にたっぷり精液を注ぎ込んだ碇シンジが、アスカの涙ながらの「命令」に従って、レイと同じ体位での処女喪失の儀式を始めるとファーストチルドレンはそっと手を伸ばして愛らしく生意気なライバルの髪を撫で、目尻に浮いた涙をそっとぬぐってやるのだった。
 「ああっ、痛い、イタイ、バカ、イタイ、だけどだけど、すっごくアタシ、シアワセだよっ」とアスカが叫ぶ声にちくりと悲しみを感じつつも、彼女の幸福を願ってしまうのだった。

 きっとこれなら大丈夫だろう。
 綾波レイは思う。
 自分にそのときが来ても、彼女も確実に迎えたであろう「最後」、その記憶が顕れても耐えることができるだろう。
 ふたりはその恐怖と痛みを緩和させ、それを受け入れる手助けをしてくれるだろう。
 ……いやむしろ、その「記憶」は彼女たちにとって非常に有効なものとなるはずだ。
 「二人目」として存在し、「一人目」の死の苦痛と憎悪の記憶を抱えている少女は、「そのとき」がくることをむしろ望んでいることに気がついた。

 ……だってこれは、終わることのないループではないのだから。
 ……抜けだし、違う結末を迎えることのできるスパイラルなのだから。

 少女はそっと手を伸ばし、優しいキスを繰り返している碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーの髪を撫でた。



◆ ◆ ◆



 「ねぇ、レイ」
 「なんでしょうか、葛城三佐」
 ミサトの車の助手席に腰掛けたレイはミサトの想像通りの口調で応えた。
 「あなたたち……いえ、貴女、最近とても楽しそうね」
 「そうでしょうか」
 「そうよ。見ていてこっちが楽しくなるくらい」
 「……そうですか」
 レイは口ごもる。今日は葛城家での「勉強会兼チルドレン定例ミーティング」の帰りだった。
 いつもなら公共交通機関を使ってシンジに送ってもらうはずなのに、ちょうどそのとき帰宅した葛城ミサトがレイを送ると言って聞かなかったのだ。
 だからレイは電気自動車とは思えないメカノイズが響き渡る車内で、いまひとつ苦手な女性との会話を余儀なくされていた。
 「リツコはなにも言わない?あなたたちの関係について」
 「はい。……なにも」
 「私もなにも言わない。言わないことにしたわ。保護者失格かもしれないけど」どこか吹っ切れた表情でミサトは言った。「だってあなたたち、レイも、アスカも、シンちゃんもすごく幸せそうだもん。だから、ね」
 「違うことをすることにしたんです、『私たち』」
 「は?」ミサトはレイの言葉が理解できなかった。
 「『いままでとは違うこと』をするんです。私たち」
 「……はぁ」理解にたどり着けないミサトに、レイは(本人としては)辛抱強く説明する。
 「いままでと同じことをしていたら、きっと同じ結果になってしまう。わたしはそれがいやだから」
 「はぁ……だから、恋をして、アスカとも仲良くしていると」
 「そうです」
 断固とした口調で応え、じっと車の進行方向を見つめている少女にミサトは苦笑する。 「ま、いいか。ええ、いいわ。そういうことにしておきましょっか」
 肩をすくめてアクセルを踏む。
 ダミーノイズの音量とともに葛城ミサトの愛車はその速度を増した。

【Fin】




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Original text:FOXさん