ボクのヒミツたいけん
Intermission #1 妹バトル 2015Original text:唐揚蝉さん「…なんや、お兄ィひとりかい」
個室のドアをくぐった途端、いきなり浴びせられた冷たい言葉にトウジはしばらく固まった。
ここは鈴原トウジの妹・ミハルが入院しているネルフ医療部の病院である。
第三使途との戦いに巻き込まれて負傷したミハルは当初一般病棟に収容されたが、主にリツコの働きかけによって
個室へ移ると同時に特別病棟へと移送されていた。
当然この措置の裏には、彼女、および彼女の親族のエヴァに対する親和性を検証するという狙いがあったが、
表向きには、怪我をさせた責任を感じたサードチルドレンのたっての願いということになっている。
そのせいもあって、ミハルはシンジを慕うようになっていた。
幸いにというべきか、ミハルの容姿は兄に似ずかわいい。
背はそれほど高くないが、微妙に茶色っぽいショートヘアと、よく日に焼けた肌、くりくりとよく動く丸くて
大きい黒の瞳が本来の活発さを想像させる。
シンジにしても、自分を兄のように慕ってくれる少女に対してまんざらでもなかったのだろう。
今までにも回数は少ないながら何度かお見舞いにやってきてはやさしく接してくれたようで、そのときの印象も
すこぶるよかったようだ。
おまけになぜかこのところ足の遠のいていた兄に対する不満も手伝って、シンジへの思いは募る一方だった。
そしてその反動で、兄であるトウジに対しては自然と冷たい態度をとってしまう。冒頭の挨拶もそのあらわれだ。
「な、なんや。せっかく見舞いに来たったちゅうのにえらいアイサツやないか」
「ここんとこずっと来なんだくせに何言うとんねん。シンジさんなんかマメに来てくれてるのに、
ちっとは見習って欲しいわホンマに(大方ウソやけど)」」
「そ、そら、ワイかてそれなりに忙しいからな。って、何やその“シンジさん”いうのは」
「シンジさんはシンジさんやがな。ほかにどう言えっちゅうねん」
何をあたりまえのことを、と言わんばかりの妹の姿にトウジはおぼろげながらも状況を理解しつつあった。
以前三馬鹿トリオで見舞いに来たときには他人行儀に苗字にさん付けだったはずなのに…。
確かにこのところ“レッスン”にばかり時間を割いたため、妹へのお見舞いの回数はかなり減っていた。というか
ほとんど来た記憶がない。
その間に、どういうわけだかシンジが妹の所へやってきて、これまたどういうわけだか妹と仲良くなったようだ。
(これは、ひょっとして“まずい状況”ちゅうやつやないんか?)
「はあぁ〜。これがシンジさんやったらなー、キスでもその先でもOK、OKの三連呼やのんになぁ…」
夢見る乙女モードで過激なことを口走る妹の姿に、トウジは急速に危機感を高めていった。
あのゲーム当日のことを思い返してみても、シンジは顔に似合わずヤルことはしっかりヤル奴だった。
おまけにここ2〜3日は学校にも来ていない。
どうせアスカとひたすらヤリまくっているのだろうが、そのシンジの魔の手が妹にまで広がるのは非常にまずい。
なまじ経験があるだけに、“キスやその先”をリアルに想像してしまってトウジは青ざめた。
(アカン、アカンで。シンジはもう以前のシンジや無い。今のシンジはケモノや。そないなケモノに妹の
純潔を奪われたらサイアクや。わしが守ったらなアカンのや!)
都合よく自分のことは棚に上げて、正義の兄貴を演出しようと気負いこんで妹を叱りつける…つもりだったが。
「な、何をマセたこと言うとんのや。シンジがおのれみたいなガキ相手にするわけあれへんやろが」
「(・`Д´・)ハァ? お兄ィみたいなジャガイモにそないなこと言われる筋合いあれへんわい!」
「兄貴を捕まえてジャガイモとはどういうこっちゃねん!」
「ジャガイモはジャガイモやないか!それともナスのヘタのほうがいいんかい!」
「ヘ、ヘタって…どないな基準やねんそれ」
どうやら兄の威厳は、妹にはビタ一文通じなかったようだ。
少しばかりしょんぼりしたが気を取り直して話を聞いてみる。
「だいたい、何で急にそないなこと言いよんのや」
「急やあれへんわ。こないだノゾミちゃんが来てな、なんやえらいシンジさんに入れ込んでたんや。
それまではそないなこと一言も言わんかったのに…。強敵出現や!ライバル登場や!ウチは負けられへんのや!」
どうやら、以前見舞いに来た友人に何か焚きつけられたようだ。ノゾミはミハルの同級生で、彼女曰く
『ウチの次にかわいい子やで。クラスでもピカイチ・ピカニや!』だそうである。そのナンバー2と目していた
少女が、実は同じ男を狙っていたと知って俄然対抗心を煽られたらしい。
このあたりはさすが兄妹と言うべきか、むやみに熱くなって炎をバックに仁王立ちする姿もさまになっている。
トウジはその姿にあきれると同時に少しばかりの疑問を感じた。
「ノゾミちゃん、てイインチョのとこのノゾミちゃんかいな」
「そうや。そういえばノゾミちゃん、なんやお兄ィのことえらい目の敵にしてたで」
「な、何でワイが恨まれなあかんのや」
「知らんがな、そんなもん。どうせまたヒカリさん怒らすようなアホなことしたんとちゃうんか?それとも以前
シンジさん殴ったことおぼえてるんかもな」
恋する乙女は怖いでぇ〜、とケケケと笑う妹の姿に冷や汗を流しながら、今度ヒカリに会った時にはそれとなく
機嫌を伺っておこうこと心に決めるトウジだった。
「ど、どっちにしてもシンジには惣流いうれっきとした相手がおんねん。おまえらの出る幕やないわい」
「は!あんなオバハン“め”やあれへん。それにな、その惣流いう人、ガイジンなんやろ?知ってるか?
ガイジンは30過ぎたらみんなブクブクに太って乳も垂れよるんやで。そんなんウチの敵や無い無い」
「オバハンって…、惣流が聞いたら殺されるで。それに、それ思いっきり偏見やないか」
部屋の隅にうずたかく積まれた女性週刊誌の山を見て、トウジはめまいのする思いだった。
「あ、そういえばな。さっき婦長さんが来て、今週の土日は外泊してもええ言うてたで」
「ホンマなんか?回復は順調なんやな。お爺もお父も喜ぶで」
外泊の話をモジモジしながら切り出す妹の姿に、やはり年相応なのだとばかりに目を細めたが、直後に
爆弾をぶち込まれた。
「で、な?その…お礼と報告を兼ねて…その、シンジさんのところに…お泊り…」
「アーカーンー!!!! 何を考えとんのや!!年頃の娘がそないなふしだらなこと許されるかい!」
「ドコがふしだらなんや!!お礼に行くだけやないか!大体葛城さんいう人といっしょに住んでんねやろ、なんも
問題あれへんがな!今までお見舞いに来てもらってたんや、それぐらい当然や!!」
「ぜんぜん当然ちゃうわアホ!」
「アホとはなんやアホとは!なんならノゾミちゃんも誘ったるわい!これで文句ないやろが!」
「大有りじゃ!」
この直後、怒り心頭の婦長がゴジラのごとく現れた…。
ここは病院である。ぎゃーぎゃー騒がしくしていれば当然怒られる。
鬼のような婦長に病室を叩き出されたトウジは、かつてないほど真剣に考え事をしながら帰途についていた。
「これはごっつぅマズイで。週末はなんとしてでも家に居らな…いっそのこと外泊を無しに…いやいや、そないな
ことしたらお爺もお父も悲しむしな。何よりワシがあいつに殺されるわ…むぐー何とかいい手を考えな…」
こうしてトウジは、週末までの短い日数を、いかにして妹を家に居させるかで悩みつづけることになるのであった。
end.