「んむぅっ、ぅんんン……!?」

その呻き声。
「ン」と「ム」の二音だけに聞こえるが、それでも随分と変化に富んで響く。
くぐもったように低く伸びて、戸惑いは切れ切れに、

「ン゛ム゛ッ、ん……! んうぅぅ―― !!」

驚きからつんざく、感情の爆発のそれは―― 実に情緒に富んだ旋律と言うべきか。
アスカは、己の喉へと生暖かく吸い込まれる悲鳴を他所にぼんやりと考えた。
怒りのような荒々しい衝動で塗り潰されてと思ってはいても、人間、どこか妙に冷静な部分は残っているものらしい。



〜 Natural rights 〜



ぷはっと息を吐いてシンジを解放する。
そのまま尻餅をついたような格好で飛び退く不恰好さに、これが私の唇を二度も許してやった男かと思うと妙に滑稽で、涙が出た。

「ハッ」

笑える。
これがアタシの、惣流・アスカ・ラングレーの、セカンド・キス。

……シンジの方が何度目かは知らないけれど。

ちらと振り返ってやると、あの女は真っ赤な目玉をまん丸に見開いてこっちを見詰めていた。

「なによファースト。あんたでも偶には驚くのね?」
「……碇くんに何をするの」

たっぷり5秒は固まっていただろうか、漸く返事を返したかと思えばこれだ。
あっさりといつもの能面を被り直して、動揺して見せる可愛げの一つもあったもんじゃない。

「癇に障るのよね。あんたのその澄まし顔」

見せ付けるように、シンジの口を犯してやった口元を腕で拭う。
そう、きっとその時のアタシは、映画の中の悪女のように上手くやってのけることが出来ていたに違いないのだ。

アタシの唇から顎までぬるぬると濡らしている――これはシンジの口からアタシが啜ってやって零れた分。
聞こえたわよね? アタシ達がたっぷりと絡めあった、いやらしい音を。
見えるかしら? アタシのこの舌で、シンジの口の中の隅々を味わったのよ。
ふふふ、アタシが舐めてやった中に、あんたの唾も混じっていたかもしれないわよね。間接キッスとでも言うのかしら?

「あなた……」
「あら、眉間に皺なんか寄せちゃって。お人形さんがいっちょ前に怒ったの?」

すうっと目も細く引き絞って、片足から重心を移した気配。トサカに来たってやつかしら?

「そうよね。これだけ挑発してやってアタマに血も上んないような可愛げ無しじゃあ、オンナじゃないわ、ね―― ッ!!」

言ってやる最後を噛むようにして、予想していたファーストの一撃を片腕で弾く。
喧嘩なんて所詮、先に冷静さを失った方が負けなのだ。その理屈は、互いに訓練された戦闘要員であるアタシたちの間でも通用する。
突き込まれてきた握底は鋭かったけど、アタシは余裕を持って捌くことが出来た。
その半身の揺らぎを捉まえて、思いっきり横っ面を引っぱたく。

「……くぅっ」
「くくっ」

頬を腫らして、乱れた前髪の間から睨んでくる、とんがった赤眼。
上位に立っているという心地良さが、アタシを愉快にさせていた。

「な、なんて事するんだよ! アスカっ」
「あんたは黙ってなさい!」
「何言ってんのさっ! 綾波もっ、こんな事止めてよ……!」

情けない声。
体を張ってでも止めようとしてくれるなら、少しは見直すことが出来るのに……。

詮無い事を思う。
その時、抱きとめて羽交い絞めにしてくれるのはアタシの方だろうか。あの女の方だろうか。
そうしたなら――アイツがどちらか一人をその腕の中に捕まえてくれたなら、アタシ達はもう、この腕に荒ぶるものを込めてなんかいられないのに。
意気地の無いそんな態度じゃ、アタシもこの女も止まれない。

「そうよね。アンタはアタシが憎くてたまらない筈……」

だからこそ、アタシはこの女の出方を支配できる。
シンジの味を反芻するように唇を舐める――その目付きを殊更にうっとりといやらしく、嘲笑ってやるだけで、綾波レイはクールから程遠くなるのだ。
微かに、ほんの微かに歯軋りまで聞こえてきそうなほど。

「でもねっ、憎ったらしいのはこっちもなのよ……!!」

金切り声の合間に、殺風景なこの女の部屋には不似合いに家庭的な―― おそらくはシンジが用意したのだろう―― 食器や鍋がひっくり返って、けたたましく。
一騒動が収まった頃には、アタシも何発か貰って唇を切ってしまっていた。
冷静でいられなかったのはお互い様か。
あの女はパイプベッドの上で両手首を括り付けてやった。敗者に相応しい虜囚の扱いだ。
シンジがその足に包帯を巻いているのは、割れたガラスを踏ん付けてしまったから。

「痛い? 綾波」
「……大丈夫」

目も合わせない様にしているこっちとは、随分と待遇が違うよう。

(アタシは猛獣かってぇの。あの女こそ大人しい顔して獰猛極まりないくせに)

目の前でいちゃいちゃされると、収まるものも収まらなくなってくる。

(アンタ、騙されてんのよ。その女が上手に本性を隠してるから……)

アタシ達の家から逃げ出したりして、その間もこうやって宜しくしていたのだろうか?
今日も美味しそうな夕食を作ってやったりしてしていて……。二人きり差し向かいで頂きますと食べて、ご馳走様?
その後は……その後は、どうしていたと言うのだろう。
この汚い部屋にベッドは一つきり。
昼に味気の無いパンを齧ったきりのこのお腹の辺りのささくれが、いや増すばかりだ。

「残念だったわね。ファースト」

なに、と。今だに生意気なその赤い視線。

「や、やめなよ二人とも……。アスカも、綾波を縛ったりなんて、なんでこんな酷いことするのさ!」

シンジの怯えた顔色はまたの再開を恐れてか。そのつもりなんてありはしない。
ムカ付きっ放しのこの胸の裡にあるのは、アタシの当然の権利を奪ってくれた贖いを、きっちりと付けてもらおうという、それだけだ。

シンジは貰っていく。
あんたなんかには……渡さないッ!

「ん゛っ!? ん゛〜〜〜〜っっ!!」

シャツの襟を掴んで引き上げたシンジの唇を、アタシはもう一度たっぷりと犯してやった。
血の味のするキス。
もがくように抵抗した腕をねじり上げて、その瞬間床に組み敷いたのだ。

「そこで見てるが良いわ。こいつはっ、アタシのものなのよ……!!」

シンジのシャツを引き千切りながらの叫びを、あの女はちゃんと敗北感として受け止めてくれたのか。
アタシは、もうこの女のものになってしまったのかもしれないシンジの素肌を引き剥く事に、残酷な期待と、世の男共もそうなのかもしれない――暴力的な高揚を覚えている、その興奮で頭が一杯になっていた。

「やめてっ、止めてよアスカ!」
「黙ってなさいよ」

下着代わりのTシャツも引き裂いてやろうとして、意外な丈夫さに上手くいかない。
まくり上げるだけにする。
女ならブラジャーなんてあっさりと千切り取れる物なのに、こんな情けないやつでも男であるだけで得をしている。
生っ白い肌の色をして、アタシより貧弱な癖に。女の、まるで脱がされることを前提にしたような無防備な包装とは違う、しっかりとした守り。
馬乗りになったまま下ろそうとしたズボンもそう。
不公平だ。こんなやつこそスカートを履いて、飢えた獣どもの視線におっかなびっくりしていれば良いのに。

「なっ!? 何してっ……嫌だ、放してよ!!」

カチャカチャと手間取って金具を鳴らしていると、シンジが腰をのたうたせて逃げ出そうとした。
女にズボンを脱がされそうになって驚いたのか、悲鳴が裏返っている。
また滑稽で、笑えた。

「くふふはははは! あんた、やっぱり女に生まれてきてた方が似合いよ。情けない声上げちゃって、おかしいったら」
「あ、アスカこそ! 何しようって言うのさ!」
「これだけしてやってまだ分かんないの?」

ニイッと覗き込んで最高の笑顔をくれてやる。

「ヒイッ!?」

それなのに、なんて失礼な怯え方。
レディに対する礼儀ってものがなってない。
このアタシへの、相応しい態度というものを知らないのよ。

――それも良いだろう。これからたっぷりと躾けてやれば良いのだから。

竦み上がった首筋に、吸血鬼のように噛み跡を残して告げる。あんたはアタシの物だって、そのことを思い出させてやるんだって。

「何をっ、何を言ってるのさ、アスカ――!?」
「あの女の匂いが付いたアンタなんて認めない。あの女の垂らした汚い汁がくっ付いたアンタの躯なんて、許さない」
「あ、あ、あ……」
「全部、全部……アタシのものよ。アタシだけで良いの。アタシだけであんたを塗り潰してやるのよ!!」

吸い立てながら首から下へと唇を滑らせる。
少し塩の味がするのはシンジの汗かしら。
服の上からも撫で肩のこいつだけど、裸に剥いてやれば一層なよなよとしている。
男の癖にスベスベとした肌で、あばらの薄く浮いた胸が妙に女っぽい。
胸も膨らんでいないくせに、乳首は誘うような綺麗なピンクの色だ。

「ここも……あの女に吸わせてやったのかしら?」
「やっ、ひゃぁっ!?」

じたばたとするのをしっかり押さえ込んで、アタシはシンジの胸にしゃぶり付いた。
男だってここは性感帯の筈。そうどこかで読んだ覚えがある。
豆粒のように小さいそれを舌先で捉まえて、転がすように可愛がってやる。

「うぁあっ、あっ、やめてよっ! こんなこと……っ、ああー!」

びくびくと背中を痙攣させているシンジの悲鳴。

「何が嫌なのよ。このアタシがここまでしてやってるのに」
「だっ、てっ……。おかしいよ! なんでこんな事するの……ン〜〜!」
「嘘吐き。アンタが今言うべきなのはね、アタシに対するお礼なのよ。もっと嬉しそうに! 歓喜を込めて!」

だって乳首は立派に硬くなってきていたから。
アタシがお尻の下に敷いてしまっているシンジのズボンの前も、間違いなく勃起の気配をみせだしていたから。

「ほらぁっ、これで足りないなら……もっとシてあげるわよ!」

金具がどうしても外せなかったアタシは、隙間からまさぐるように手を突っ込んだ。

「ああっ、やめて……中にまで、入れないで……あっ、やだっ、触っちゃっ、ッ!? あああ、いやだぁーっ!!」

手首から先がムッと熱気に包まれて、すぐに捕まえたその強張ったものを手のひらの中に包んでやる。

カタイ……硬くなった、シンジ。
触るのは勿論初めてだけど、シンジの顔を見ていれば、どう扱ってやるべきかはすぐに分かった。
声が引き絞られるようになる程、イイのだろうから。

「だめっ、あっ、ああっ、ダメ……だっ、そんな、ああ……止めてよ、早く、早くっ、もうっ……」

切羽詰った声がオクターブを上げていく。
シンジを今支配しているのはこのアタシの手だと確かに感じられる、その胸に陶然と広がる気持ち。

(どうよ、ファースト。シンジはアタシのものだって、分かったでしょう?)

シンジの乳首を舐めてやって。膨らみを増す一方のズボンの中をまさぐってやって。
そうしながら上目遣いに視線を合わせたベッドの上のあの女は、縛られた手首にきつくガムテープを食い込ませ、まるで呪い殺すような凄い目で睨んで来ていた。

(そうよ。そうやって悔しそうにしていれば良いのよ! あんたはっ、負け犬なんだからっ……!!)

胸がすうっとした。
これ以上は無い優越感に酔いしれながら動きを早めた手のひらに、シンジは女の子のような叫び声を漏らして射精したのだ。

「うぁっ、あーっっ!!」
「ふふふ、ふふっ、ふぁ、あーっはっはっはっ! そうよ! それで良いのよシンジっ! 見なさいよファーストぉ」

手のひらにヌメッと引っ掛けられたそれが、勝利の証だった。
抗し難い衝動に駆られて、アタシは手のひらに唇を近づけた。
ちろと舌先を伸ばして舐めて、次に音を立てて啜り上げて、勝利の美酒はどこまでも甘く感じられたものだった。

「くっふ、ぅうふふふ……。もう……あんたには一滴だってあげないんだから」

達した直後が敏感になるのは男も女も同じか、まさしく急所を握り込まれて悶えるシンジを可愛く眺め下ろすと、アタシはどうにか手先を落ち着かせてベルトを引き抜いた。
ファスナーを下ろして、そのままズボンを腰からずり下ろす。

「っあ、ハッ、ハッ……止めてよ……アスカ……」
「心にも無いこと言うんじゃないわよ。こんなに恥ずかしいの立たせちゃってさ」

思い知らせてやる。
止めを刺してやるのだ。
ファーストなんかよりも、アタシの方がずっとイイって……。

「ほらぁっ、あんな女の貧相なオッパイより、ずっと大きいんだから!」

だらんと力の抜けきったシンジの手を、もうこちらもいっぱいに張り詰めてしまっていた胸にあてがわせる。
ブラウス越しのそれだけで、下着の中の敏感になったアタシの乳首は喜んだ。

「あは。良いわよ、そのまましっかり揉んでなさい……」

この期に及んで逃げ出そうとするのを、何度も導きなおして。
ちゃんとアタシも気持ち良くなれるよう、好みの触り方を教えてやりながら、

「すぐに忘れるわよ。アタシとのセックスの方が、絶対良いんだから……。あんな女なんて、全然良くなかったって……言わせてやるんだから!」

ショーツを脱ぐのももどかしい。
スカートの中で少しだけ股の部分を横にずらすようにして――アタシは、組み敷いているシンジの先っちょに自分を押し当てた。

「ま、待ってよ……僕は、そんなっ、あ、綾波と……っあ! アッ、ああっ、してなんか……んぅぅーーー!!」

もう言葉はいい。
体全体で教えてやれば良いのだから。
シンジの本音の部分も、アタシと一緒で何より正直なここが教えてくれるのだから。

「んっ、んんっ! ん゛――!!」

じっとりと熱くなっていてもやはり苦痛はあった。その切り裂かれたような感覚もすぐに忘れた。

アタシは、シンジは、何度も何度も叫び声を上げながら繋がっていて、そうして哀れにも一人置いてけぼりになった観客が声も無く泣き出してしまっているのが、最高に愉快だったのだ。

「ふふふ。どうなのよ? もう充分よね。アタシがあんたには一番ぴったりなんだって……もう分かったわよね。そうでしょう? シンジ……!!」

こみ上げる笑いと、足の付け根の充実感。
胸すく心地良さがアタシをどうしようもなく浮き立たせる。

「良いわよシンジ……。アタシももう少しで……分かってきそう」
「はあっ、あっ、あああ……」
「ッ、くっ……。ほらっ、まだ痛い分はっ、あんたがちゃと触るのよ。胸とっ、……んン、そうっ、アタシの……ここっ」

いつの間にか汗みずくで腰を揺さぶっていたアタシ。
舐め取ってやったシンジの頬もびっしょりと濡れ光っていて、微かに塩辛かった。



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