Returner Rei
Original text:引き気味
Illust:目黒腹蔵さん
EPISODE:07 A HUMAN WORK
スローモーな動きで身を揺らしながら起こし、癇癪を起こしているかのように足元を蹴り上げ、地響きを立てる。
真下から見上げたJ.A.のその姿は、昔見た特撮番組の悪役ロボットにやたらとそっくりだったのだ。
「なんてまぁ……」
あんぐりと口を開けてしまっていたと気付いたリツコは、慌てて顔を引き締めると、こっそり横目に周囲を窺った。
大丈夫、誰も今の私の顔は見ていなかったようね―― と、隣で今しがたの自分のように惚け面を晒しているマヤの姿に胸を撫で下ろす。
「せんぱい……」
「な、なにかしら? マヤ」
「しと……使徒ですよ! 使徒っ! あんな所にぃっ!」
マヤの声に滲んでいるのは、私が、私達が取っちゃう予定だったのにという、使徒への契約を先んじて奪われた事への嫉妬だ。
『ずるいですぅっ』と膨れて指差すその先では、生身の人間などは一踏みでお終いに出来る巨大ロボットが、敵意を剥き出しにしてリツコ達の行く手を遮っていた。
しかも、その背中のリアクターブロックから突き出した制御棒に囲まれるようにして、宙にキラリと輝く正八面体クリスタル―― 雷の使徒ラミエルがプレッシャーを放ってきているのだ。
バリバリと紫電を制御棒に伝わせて、恐らくはそれが今のJ.A.にエネルギーを与えているのだろう。
時たまその稲光を束ねては、威嚇するように加粒子ビームで周囲を薙ぎ払う。
うわーっと悲鳴が上がると、逃げようとしていた招待客達のヘリ等が爆散、或いは墜落していった。
辺りはさながら怪獣映画のような有様。その巨体からすればつま先程の大きさでしかない、たった二人の彼女達を相手に、やる気満々も過剰に過ぎる風情だった。
シシシ……と歯を見せて笑う犬が古いアニメには居たのだけれども、そんなどこかコミカルな表情を見せる顔(に相当するであろう部分)の上にすっくと立って、マヤの憤慨を受け止めているスーツ姿の男。それがこの、J.A.の完成披露記念会場を主催し、自らパニックへと演出した張本人、時田シロウなのだった。
社長の肩書きを持ち、漫画のような巨大ロボットを地で行くJ.A.を作り上げたこの男は、しかし今は「容疑者」と呼ばれるべき立場だ。
高笑いを上げつつリツコ達を睨む眼差しには、憎悪と、その生贄への蹂躙を確信した昏い愉悦が浮かんでいる。
たった今、内務省長官―― J.A.計画の推進者の一人でありながらネルフとの駆け引きにこれを供し、暴走事故へのシナリオに手を貸した、彼にとってはまさに許されざる裏切り者を手に掛けたと告白したばかり。
次はその怨敵たるネルフの二人を片付けようというのに違いない。
―― いや。その手に持ってリツコ達へと向けた赤い“槍”を見れば、時田がそこに全てへの復讐の意味を込めているとは疑いようのないところだった。
「…………。“前回”、失敗の責任を取らされた恨みを晴らそうというわけね?」
「さすが赤木リツコ博士、話が早い。あなた達のお陰で、随分と惨めな目に遭わされましたからねぇ」
押し隠しようのない陰惨な笑みに口元を歪めて、時田が同じく槍を取り出した二人を見下ろしてきていた。
「また今度も随分と不利だわね……」
敵は契約済みの使徒遣い一組のみならず、原子炉機関の代わりにラミエルを得たことで、まさしく完成された戦闘巨人となったJ.A.。
暴走と隣り合わせの不安定さは克服され、作戦可能時間150日どころでない無限の活力を手にしている。
その鋼の四肢に込められた質量は、シンプルにして絶大な脅威だ。
……それでも、戦わなければ生き残れない。
「走って逃げたところで、あちらさんのたった一歩で追い越されそうな感じだし」
「きっと、ぺちゃんこにされちゃいますね」
「まったく、泣けてくるわ……」
リツコはマヤと一瞬視線を交わして、駆け出した。
◆ ◆ ◆ 「ははは! 逃げろ、逃げろ、この悪党どもめが……!」
一踏み叩き付けられる度に、大地が猛烈に波打ってリツコ達を吹き飛ばす。
戦闘を行う―― それ以前の問題で、二人はまず、転げ回る自分達の体をなんとか守ろうとすることに必死にならねばならなかった。
「何が世界防衛の切り札、人類最後の砦だ! 私は知っているぞ? 貴様らがいかに卑劣な裏切りを働いたか。人々の希望を偽って、よもやまさか人類の滅亡等と企むとは……断じて許さん! この時田シロウとJ.A.がな……!!」
J.A.の足元を逃げ惑う彼女達の姿は巨人サイズから見た鼠であり、対するJ.A.の余裕は、まさにこれを弄ぶ絶対者の残酷さだ。
すぐに殺そうと言うのではない。
J.A.の頭上から腕組み仁王立ちに嗤う時田には、徹底してリツコ達を弄ぼうという心積もりがありありと見て取ることが出来た。
ズズン……! と踏み付ける。例えそれで潰されずに転げ躱してみせたとしても、鉄槌となった足裏に埋立地の地面はビキバキと破壊されて、
「キャァッ!」
蜘蛛の巣状に走ったひび割れが、彼女達の細い足首に顎を開く。
倒れた先には砕け尖ったアスファルトとコンクリートが待ち受け、突風と共には、破片がつぶてとなって白衣を打つのだ。
その素振りも見せずにどう鉄巨人を操っているものか、時田のJ.A.は「やり過ぎ」を避けるように学習しては、最も効率的にリツコ達の悲鳴を搾り取る間合いにと攻撃を打ち込んできていた。
「クァ……ッ、ハッ」
「先輩……!? っ、キャアーッ!」
リツコもマヤも、翻弄される中、唯一の武器たる槍を手放すことだけを防ぐのが精一杯。
時折なんとかその穂先を巨大な足へと突き立ててみても、
「効かん、効かんなぁ〜〜。ハッハッハッハ」
どう見てもそれは針の一刺し。どだいサイズが違いすぎるJ.A.には、何の痛痒も与えた様子は無いのだった。
ならばと頭上の時田本人―― 又は中枢機構の搭載された胴体部分を狙おうとしても、足元から見上げるホジションでは至難の業。無理な姿勢に首が痛い上、そんな暢気に槍を構えていられるような暇がどこにあろう。
「どうだっ! 貴様らの起こしたサードインパクトに殺された、世界中の人々の痛みを知るが良い……!」
投げ出された身を苦痛に喘がせるネルフの師弟を見下ろして、時田は高らかに吼えた。
「ッっ……、くっ。言い返す言葉が見つからないというのは、不愉快だわね」
「なっ、先輩! なに頷いちゃってるんですかっ!? あの人―― 政府の人達や他のお客さんまで巻き添えにして、あんなの只のキチガイじゃないですかっ」
「何を言う。どうせ利権漁りしか能の無いクズどもだっ。あんなやつら、一人でも片付けばその分世界が住み良くなるっ!」
勿論、部下達には真っ先に安全なシェルターに逃げ込ませたしと、時田は胸を張った。
「ゆけっ、J.A.! 正義は我にありぃっ!!」
応えてロボがガオーと唸るのである。
極悪なスタンピング人工地震を再開させようと、また足を持ち上げてゆらぁり。
「なるほど、正義の味方のロボットね」
くすりとリツコ。乱れた髪をかき上げながら、彼女は、杖代わりに立ち上がった槍をすらりと横手に薙いで振り仰いだ。
「……ガキね」
「何?」
「ヒーローさんの演説を黙って聞いていてくれる、そんな優しい悪役ばかりじゃなくてよ……!」
嘲笑って腰だめに振り抜くと、放り出すままクルクルと。マヤさえも戸惑うように回転して飛ぶ「槍」は、しかし―― 、
ブゥ……ンンッ!
無駄な足掻きをと、その顔が勝ち誇っている。そんな時田を笑い返すリツコの視線の先で、槍は突如加速していた。
回転しながら赤黒い螺旋が解けて、見る見るうちにその姿を変えていく。
二股の槍から、幅広の刀身を柄の上下両方に備えた、「貫く」よりもより「切り裂く」事に適した形へと。
回転によって円盤ノコさながらに宙を裂いたブレードは、そのまま一閃、リツコ達の目の前にあった巨大な足首を見事切断してのけたのだ。
「な、なんだとぉ!?」
軸足を失い傾ぐ巨体。
慌てる時田を尻目にして、リツコ達は既に一目散に逃げ出していた。
「ホーッ、ホッホッホッ! とんだ三流ヒーローだったわね。レイならこの程度の奇襲、フィールドで防いでみせたでしょうにねっ」
「先輩っ、言ってる場合じゃありませんって」
見返しの一撃が決まったリツコはご満悦だが、それで倒れる下敷きになっては敵わない。
半泣き必死で腕を引っ張るマヤ。その直後に重々しい地響きが辺りを揺らして、
「じぇっ、J.A.〜〜!!」
『ぶしゅう』と関節中から煙と蒸気を噴出し、だが、ジタバタともがきまくる鉄塊は二度と再び立ち上がることは出来なかった。
それはどうにも頭部バランスが大き過ぎたからにも、人のように身を起こすにはあまりに関節が寸詰まりだったからにも見えた。
ただその様子は、必死であればあるほどに見る者の笑いを誘う姿ではあったのである。
「おほほ、なんて無様なのかしら。傑作だわ」
涙さえ浮かべて笑うリツコを、時田がそれこそ血涙の勢いで睨み付ける。
「よくもっ、よくも私のJ.A.を……!」
「あらいやだ。あなた、どちらかと言うとそのセリフは悪役向きよ?」
ふんぬーっ、と憤激して、時田は叫んだ。『まだだ……!』と。
「ラぁミエルぅ―― ッ!!」
「きっ、来ましたよ。使徒ですぅっ」
「本命だわね」
「どうしましょう、センパイっ」
「どうしようも何も、私、今手持ちを投げちゃったし」
ほらと空っぽの掌を振ってみせて、リツコは宜しくと後輩の肩を叩いた。
「拾って来ないと何も出来ないしね。頼んだわよ、マヤ」
「えぇえ!? そんなー!」
◆ ◆ ◆ 「どこに行くつもりです、赤木博士……!」
「ううっ。せ、センパイの邪魔はさせませんからっ!」
マヤの震える―― しかし、リツコのためと懸命に勇気を振り絞っているのだろう―― 声を背中に聞きながら、リツコは走った。
(マズイわね……)
未だパートナーとして契約する使徒を手に入れられずにいる自分達である。必要性を強く感じ、それなりにレイや山岸マユミなど使徒持ちの帰還者とも対抗出来る手段を模索してはいたが、時田が引き連れていた第五使徒とは、相手として最悪の部類に入る使徒だった。
そもそも相性が悪過ぎる。
(私達だけでは、基本的に近付かなければどうにもならない……。なのにアレは……!)
―― 加粒子砲。
ロングレンジの間合いを持つその脅威の程は、かつての戦いでよくよく思い知らされていた。
使役者に合わせたサイズにと変じてはいても、ATフィールドを持たない生身のリツコ達では、相手にすらならず一瞬で消し飛ばされてしまう威力だと考えて、まず間違いはあるまい。
ならばと槍を投じたとしても、あの時の第五使徒はミサトをして「パーペキ」と言わせた攻守を誇っていたのだ。鉄壁のATフィールドを、果たして今の自分達の槍が貫けるか……。
せめて量産機が使ってみせていた程度にはと、槍の特性に対する研究も進めていた。
異形の「剣」への変形は、最後の決戦に立ち会っていたマヤの記憶を元に探り出したものだ。
しかし、肝心のマヤが自分ほどに槍を使いこなせていない。
(レイなら……!)
自分の槍へと、倒れ伏したJ.A.の横を駆けながらリツコは強く意識せざるを得なかった。
エヴァンゲリオンパイロットとしての戦いの中、積み上げた経験からか。それとも、リリスの化身としての素養の成せる技か。
以前にリツコがレイに挑戦した時、元より強い反属性を備える筈のロンギヌスの槍に対して、レイが第三使徒の力を借りて張ったATフィールドは、その一撃を完璧に防いでみせたのだ。
この神話領域の力をあの少女ほど自在に操ることが出来たならと歯噛みする思い。
頼みはネルフの―― ミサトの介入だった。
(“前回”よりも遅れている……。多分、また誰かがMAGIの目を誤魔化しているんだわ)
でもと、リツコはやがてミサトがおっとり刀で駆け付けてくる事を信じて疑わなかった。
きっと異常に感付いて、さらにはその裏で起こっているこの帰還者同士の戦いをも視野に入れた上で、またEVAを引き連れて来るに違いない。
彼女の親友は、その程度はやってみせる人間なのだから。
自分達はその騎兵隊の登場までを凌いでみせれば良い。
問題はそれが果たして実行可能かどうか……。
「ハッ、ハッ、ハァッ……。やっぱり、ちょっとやそこらのトレーニングじゃ体力は付かないわね……」
ようやく掴み上げた槍を握って、リツコは振り返った。
マヤも時田達も姿が見えない。
地面に加粒子砲の穿った派手な跡を残しながら、戦いはまた式典会場の中へと追い戻されて続いているらしい。
―― 時田シロウがその気になっていれば、とっくに決着など付いている筈なのに。
やはりとリツコは安堵の息を吐いた。
先ほどのやり取りで感じた通り、時田はすぐにリツコ達を殺そうというつもりはないようだ。
敗北などあり得ぬというあの余裕の顔。ネルフへの恨みを嬲り者にして晴らそうという心積もりか、又は自分の使徒に与える餌にしようと、そんなことを考えているのであろう。
特に自分に対する感情は大きい筈だから、なるべく苦しめようと、屈辱を味わせようとするものと予測が立つ。
私ならそうするだろうしと、そうリツコは思うのだ。
マヤはさしずめそのオードブルにといったところか。当座、命の保障だけは安心出来るわけだ。
だが、依然として危難に向かい合う後輩を、急ぎ戻って救わなければならない。
切り札を使うことも躊躇するなと言い含めてきたが、それでもと焦りは拭えなかった。
しかし、
「また走るの……?」
ぜいぜいと息を喘がせながら、リツコはちょっとダメかもと弱気を浮かべてしまっていた。
「冷たい水が欲しいわ……」
◆ ◆ ◆ 暑い日差しの下でリツコが喉の乾きを覚えていた頃、第三新東京市の片隅では、一人の少女がやはりカラカラに乾いた喉を、ゴクリと緊張に鳴らしていた。
「ヒカリ……? 聞こえているんでしょう」
もう数日部屋に閉じこもりきりの妹に向かって、洞木コダマは扉越しの声を掛ける。
朝、コダマは今日こそはと念入りに言っておいたのだ。
今日は自分も学校を早引きする。たっぷり時間を用意して相談に乗るから。イヤだと言っても無理やり、何があっても絶対、とにかく話を聞かせてもらうからね、と。
妹のヒカリは昨日に予定されていた進路相談も受けなかった。
父親が海外出張にとあまりに忙しくしている今、親代わりに自分が行くからと前もって伝えてあったにも関わらず。自室の扉を硬く閉ざしたままで。
これまで心配を掛けるわけにはと父親にも伏せてきたが、それも限界だ。
もう一人下に不安がっている妹が居るのだし、とにかく早く解決するしかない。
それが出来るのは長女の自分しかいないのだとコダマは決心していた。
マメな性格のヒカリに甘えて、家事のほとんどを任せっきりにしていた―― その後ろめたさもある。
コダマは反省していた。
「ね、ヒカリ。お姉ちゃん、こんなことになるまで、ずっとヒカリの悩み事に気付いてあげられなかった。その事、ほんとに悪いことしてたって思ってるから。謝るから、……話を聞かせて。ねぇっ」
返事は無い。
時折様子見に窺った時に聞こえたような、胸に詰まるような泣き声も今はなく、シン……と静まり返ったままだ。
寝ている……? いや、それでもだ。
「入るわよ、ヒカリ」
キッチンに残ったままだった妹の分の朝食、その温め直しを持って―― 前日の夕食も残したままだったのだから、相当お腹はすいている筈だ―― そっとドアを開ける。
「いい加減食べないと、体に悪いわ―― 」
何……!? コダマはまずその暗さに驚いた。
昼間なのに、夜中灯りを消したような真っ暗闇。
カーテンを引いたぐらいではこうはならないだろうというのに。……まさか雨戸も閉め切っている?
そんな事をさせる精神状態に不安を過ぎらせて、次に立ち込めた異臭が鼻を突いた。
むわっと眉を顰めさせる、生臭い匂い。
「ヒカっ、何をしてるのっ。ちょっと返事を……!? いやっ、何よこれぇ?」
グチョリと濡れた気持ち悪さを踏みつけてしまったと、コダマは反射的に下を向いて―― そしてその何か得体の知れない粘つきのこびり付いた絨毯の上に、正体を失った妹が転がっていることに気付いた。
「どうしたのよっ、ねぇっ。ヒカリ……!」
いくら揺さぶっても意識を取り戻そうとしない。
しかも、服を破り剥がされたように無残な裸だ。
(まさか……)
誰か留守中に家に入ってきたのか……? 薄ら寒さに身を震わせて、とにかく錯乱寸前で声を掛け続けるコダマの頬にぴちょりと、
「ヒ―― !?」
垂れ落ちてきた冷たさが悲鳴を上げさせた。
「何よ、なんなのよぉ……」
ゾワッと皮膚が粟立つ。
何か良くないことが起こっている。言い知れぬ不安は高まる一方で、何とも事態が知れぬまま、心の底の何かが金切り声に怯えを叫んでいた。
(上、天井に……)
確かめたくない。そう思いつつもコダマは顔を上げずにはいられなかった。
カタカタと歯を鳴らしながら視線を起こす、それだけの間がやけに長く感じる―― いいや、長くて良い。出来るだけそれを見てしまうのに時間が掛かって欲しいと、どこかで考えていた。
早鐘のように鳴りはじめた心臓もやめろとコダマに訴えている。見るな、とにかく見てはいけないと。
コダマも見たくはなかったのだ。
それでも―― 。
「ヒ……!?」
知ってしまって。“それ”を見付けてしまって。
「ヒィィ―― !!」
そうして今度こそ、コダマの喉は声にならない悲鳴に絶叫していた。
カリカリ、カリカリカリ……
頭上に何かが居た。
ぴったりと天井に張り付き、コダマを見下ろしていた。
開け放しの扉から入る薄明かりに浮かび上がって、何か―― おぞましい生き物が。
全体的に赤紫色にぬめって、コダマよりも、大人よりも大きい。
形からだけなら蠍か白蟻か、蟲なのかというような甲殻の姿。
そんな生き物がこの世の中にいる筈が無いのに。殻のような節々の隙間にビクビクと蠢くものが見えていて、規則正しく膨らみを繰り返す様が“それ”が息をしているのだと、生きているのだと伝えていた。
すぐ傍だから、はっきり見えて、よく分かってしまった。
(何? なんなの……。なんなのよぉ……!)
じっと黄色い目玉が二つ、間違いなく自分を見つめている。
自分は何か、間違いなく良くないものに見つけられてしまったのだ……!!
「いや、いやぁ……。お母さぁん……」
力無く妹の横にへたり込んで。三人姉妹の長女だからと責任感に奮い立っていた少女は、もう幼女のように泣き出していた。
◆ ◆ ◆ ―― 逃げなくては……!
恐怖に凍り付きながらも、だけどと意識を無くして横たわる妹との間に板挟みになった時、コダマの命運は尽きていたのだ。
「キャ、やぁああああーっ!」
天井から飛び付くように落ちてきた化け物が、一気にコダマに圧し掛かる。
瞬く間にして彼女は、その目で見ても信じられぬ非現実の腹の下に捕まえられてしまっていた。
「やだあっ! 離して、離してよぉ」
暴れもがく拳を蟲の腹に叩き付けたが、却ってそのグニャと“殻”が僅かにめり込むおぞましい―― 油虫を恐々叩き潰さなくてはならなかった時よりも更に背筋を怖気立たせる感触が、コダマの恐慌を増すだけだった。
「やだっ、やだっ、やだぁ……」
彼女を踏み付け掴まえた何本もの足が、キチキチと関節を鳴らしながら身体の上を動いている。
たった一人の男にしか許したことのない胸にも、お腹にも、太腿にも―― 。硬い、尖った足先がコダマの身体を確かめるように歩き回っている。
泣きながら振るっていた両腕は、一際太い足先からシュルシュルと伸びた光る紐のようなもので手首をひとつに縛られ、頭の上に押さえ込まれてしまった。
そうしてコダマの自由を奪っていながらも、蟲のこの化け物にはまだ幾本もの足でそこら中を好き勝手にすることが出来るのだ。
(ああ、誰か―― 助けて……)
半狂乱になって見回したコダマの傍らには、まさしく自分の数瞬後の未来として横たわる妹がいた。
思春期を迎えて以来、姉の自分にも隠すようになっていた、久し振りに見る素裸の妹。
胸もふっくらと膨らみ、体つきの丸みも増して、いつの間にか女らしさを身に着けていた―― その肌の上には、異臭を放つぬめりと無数の赤く痛々しい引っかき傷。そして、嫌でもコダマの目が向かってしまう両肢の付け根に、薄暗い中でもそうと分かる出血の跡が。
なにより、まだ14歳のまばらな叢の下からは、化け物が放ったのだろう濁ったものが惨たらしく流れ出しているのだ。
(なんてこと……! ヒカリぃ……)
あからさまな陵辱の痕跡を突き付けられた目に、悲しみと怒りが滲んだ。
それさえも自分が何をされるのかという理解をいや増して、蒼白のコダマは直面する現実に嫌だ嫌だと絶叫していた。
「やっ、や……いやぁああ……」
死ぬ気で開くまいとしていた両足の間は、あっけない力の差に引き剥がされ―― そればかりか、器用に膝の裏を持ち上げられ、押さえ込まれ、いかにもその化け物がコダマを犯し易い姿勢を取らされた。
化け物の足の先は小さなハサミになっていたようで、いくら力を込めてもその拘束から逃れられない。
陸上部で鍛えた脚力もただ無意味なまま、グイグイと膝裏を押されていき、お腹を丸めるように腰が浮き上がっていく。
高校の制服であるセーラーのスカートが、逆向きになって捲くれ返った。
太腿を幼子がおしめを変えられるような姿に大きく開け放たれた中心に、無防備なショーツが曝け出される。
そんな恥ずかしい眺めをコダマが涙目に見るしかないその向こうでは、長く伸びた怪虫の腹部がグググ……と内側に向かって折り曲げられているところだった。
コダマへとその先端を向けようとする姿は、毒蜂が獲物に針を突き刺そうとする様に良く似ている。
―― そう。そこにはまさに毒針と呼ぶべきが器官が備わっていたのだ。
少女の顔は真っ青になり、カチカチと歯の根が合わない。
「いやっ、嘘よ……」
コダマが思わず思い浮かべてしまった想像を、当たって欲しくないと首を振る目前、赤黒い腹部から伸びた管状器官が、彼女の性器を貫き通すべく近付き迫る。
蟲の化け物の―― いやに生々しいピンク色をした性器。
ひくひくと蠕動し、なにやら粘つく汁液を滴らせるその色は、否応無くコダマに人の男のペニスを想起させていた。
(ああっ、そんな……! 先輩―― )
コダマは既に処女では無かった。
現在、高校二年生の彼女は、陸上部に所属した高一の夏に二つ年上の先輩部員と恋仲になり、間もなくしてキスの先へと踏み出した。
共にはじめての経験だったが、交際を深めるにつれ、次第にコダマは女としての悦びを覚えるようになっていった。
今はもう卒業してしまい、自然疎遠となってしまっていたが―― 。
心から恋した男と交わした愛の行為を、異形の怪虫に許すなど冗談ではなかった。増して、そのおぞましい生殖器から恋人との記憶を思い浮かべてしまった等とは、大切な思い出を穢したようにすら思えてしまう。
「いやだっ、放して……! ううっ、放しなさいよっ、このバケモノ―― !!」
泣きながら必死に勇気を奮って罵り付け、身をもがかせるコダマだったが、所詮はそれだけのことだった。
「や、やっ、やぁっ」
最後にコダマを守るショーツの底を、邪魔なとこれまでに学習していたシャムシエルが引き裂く。
破いた下に覗く桜色の、若い女性として成熟を見せ始めたわれめ。無造作に汚辱の鋭管は押し当てられて―― 。
「やぁ―― ……!!」
ずるりと蟲が腰を送り込んだ感触が侵入してくる。
コダマは、吐き気を催すような異物感に自分の腹の底を充填されながら、絶望に打ちのめされていた。
◆ ◆ ◆ 「使徒に犯される、というのは―― 」
時田シロウは、自分の従僕であるラミエルの上に立って、最早明確な敗者となったマヤを見下ろしていた。
「そう、悪くはないものであるらしいですな」
彼女はラミエルの放つ電撃によってボロボロに傷付いた身体をなんとか槍で支えていたが、次の攻撃を躱す余力はもう残ってはいなかった。
『……特に、女性にとっては』と、おどけた口調での時田の嘲りを、苦痛を堪えて睨み返すだけで精一杯。
「悲しいかな、ヒトは彼ら使徒の持つ気配―― 存在感そのものの巨大さに圧倒され、飲まれてしまうしかありませんからねぇ」
「……ッ、くぅっ……」
「言わば、近寄るだけで参ってしまうようなフェロモンの塊であるわけですな。契約によって同調を果たしている私自身は、その……良さとやらを味わえませんが、これは大変残念だとも思うのですよ。一科学者としてね?」
こぼれ落ちそうな笑みを無理に気取って我慢しようとする、そんな歪んだ表情で時田は『だから』と続けた。マヤにとっては気分が悪くなってならないような、陵辱の未来予想図を。
「是非とも、貴方が乱れていく様子で、じっくりと観察をさせて貰いませんとねぇ」
「正義だなんだって一方的に言ってっ。そんな酷いことをしようだなんて、あなたの方がよっぽど悪い人じゃないですかっ!」
「已むを得ないところです。こいつにもエネルギーを補給させてやらねばいけませんから。餓えさせるようなことになっては……ははっ、私が契約違反だと喰われてしまいますからね?」
それにと、時田は実にいやらしい笑みを浮かべてみせた。
「―― 癖になるんですよ。使徒と同調してその快楽を分かち合うというのは……! そしてそれがまた、次の悪を滅ぼすための力となる。ネルフの貴方には相応しい罪滅ぼしだ……。さぁ、そろそろ観念してしまいなさい」
「その必要は無くってよ―― !」
「……センパイ!」
マヤが歓喜の声を上げる先に、息せき切って駆け込んできたリツコが立っていた。
慣れない運動に汗の浮いた顔はだれっぷりを隠しきれないが、白衣に片腕を突っ込み、斜に構えて歩み寄る姿は、マヤには充分過ぎる程カッコ良かったのだ。
しかもピンチに白馬の王子宜しくの参上である。瞳はハート型の首っ丈モードに速やかな移行を果たし、『好き好き好きー。愛してます。一生着いて行きます。きゃー!』とか、口ほどに迸らせていた。
邪魔された時田は良い所をと、対照的な舌打ちを立てる。
「これはこれは赤木博士。なんなら、あなたに見せて頂いても―― 」
「……マヤ!」
「は、はいっ」
ラミエルの上で振り返った時田をさっくり無視して、リツコは頼り無い後輩を叱り付けた。
「嫌がってるようだったから、まさかと思って急いでみれば……。迷わず使えと言っておいたでしょ!」
「で、ですけど〜」
「それで負けてたら話にならないでしょうに。良いから、さっさと喚びなさい!」
痛みも疲れも何のその。条件反射でしゃきんと背筋を伸ばしたマヤは、リツコに合わせ慌てて槍を構え直した。
「行くわよ……、アドベント!」
「あ、あどべんと……!」
それは召喚を意味するキィワード。
二人が声を揃えて唱えると同時に、リツコとマヤ、それぞれの前に宙から湧き出すようにして何者かが姿を顕そうとする。
確認されたどの使徒よりも人に近い―― いや、人そのもののシルエット。全身黄色のその装甲。
まさかと時田は目を剥いた。
「この二人が既に契約を果たしている等とは、話と違っ―― !? 何とっ、エヴァンゲリオンだと……!?」
出現した二体は、時田の目には憎いネルフが開発したと言う、人型決戦兵器にしか見えなかった。
サイズこそ彼の使徒と同様、人の背丈より一回り大きい程度になっていたが、オレンジのボディカラーに緑のレンズを戴いたヘルメット―― エヴァンゲリオン零号機と呼ばれる機体に酷似するものだ。
「目の数が違うようだが……確かに……。そう言えば、使徒のコピーだという噂も……!」
「どうしたのかしら、ヒーローさん? そちらが遠慮しているなら、こっちが“観察”させて貰っても良いのよ」
狼狽を隠せない時田を、皮肉げにリツコが挑発する。
「……ええい!」
時田は不機嫌そうに唸って、くるりと身を翻した。
「二体が相手では不利過ぎる。止めておきましょう!」
捨て台詞だけは勇ましく、慌てた様子で使徒に乗りふよふよ逃げ去っていく―― その姿を見送ると、リツコはホッと息を吐き出した。
「どうにか……こんな紛い物、間に合わせのオルタナティブでも役に立ってくれたわね」
しかしと、時田が残した疑問が、胸に何とも言えぬ不安を過ぎらせてもいたのだ。
「あの男、私達の事をはじめから知った上で襲って来ていた……」
同じゲームの参加者とは言え、彼女達は主催者であるあの“声”からは、ほんの最低限の情報しか与えられていなかった。
だのに、時田シロウはリツコやマヤが同じ帰還者だと、そして未だパートナーである使徒を手に入れられずにいることを承知して、その前提の上で戦いを仕掛けてきていた節があった。
だからこそ、リツコ達がオルタナティブ・ゼロと呼ぶそれを目にした時、あれほどの動揺を示したのだろう。
一度も顔を合わせない内から競争相手の情報を得ている。そんな帰還者は、レイやミサトをはじめ、これまでは居なかった筈だ。
だとすれば、何者かが彼に事情を伝えていたことになる。
「いったい誰が……」
◆ ◆ ◆ 「う……ぁ、あ……あつっ、い……」
幾度目になるか、床の上に弓なりのアーチを描いたコダマの仰け反りが崩れると、ぼとぼとっと絨毯に大粒の汗が滴り落ちた。
喉元をびくびくと痙攣させる顔は真っ赤。玉の汗が、額から大きく破り開けられたセーラー服の胸元までびっしりと浮き、コダマの活動的な性格を表すように肩の長さで撥ねさせていた髪も、やはり汗みずくの首元へと濡れて張り付いている。
「……ぁ、あ、あ……」
少女の上に覆い被さったシャムシエルは疲れというものを知らないのか、再びコダマの白い内腿の間に鋭管を打ち込んだ腹部が蠢き始める。
組み敷かれた虚ろな瞳が『またぁ……』とか細く涙して、浅い息に喘ぎ始めた。
閉め切ったヒカリの部屋には、夏の空気を歪めて切り取ったような青臭い熱さがこもっていた。
サウナにも似て、床に伏す二人の少女たちから汗と気力を搾り取る―― その立ち込めた中で、コダマは異容の怪蟲に犯かし貫かれていた。
「ぃあ、あ、あっ……あっ……」
頭の後ろでリボン状のムチに縛り上げられた腕は開放されぬまま。恥ずかしくMの字に開かされた足もそのままに、怪物の腹部が前後に揺すられるのに合わせて、コダマも声を漏らす。
破り剥がされたショーツと、尻を持ち上げさせられた姿勢に捲り返ったスカートは勿論、今やコダマは制服の前も暴かれていて、高校生のたわわに育った肉球が露に、ドアの隙間からの射し込みに濡れ光っていた。
踊る一対のまろやかな女性曲線。尖る乳首が頂点で揺らめいている。
そのあちこちに赤く引っ掻きが記されているのは、尖った爪がブラジャーを毟り取った際の傷だった。
この節足の怪物には、片腕のムチによって抵抗を封じ、そして少女の足に挿入の姿勢をとらせている二本の歩脚と、そして鉄格子よろしく獲物の左右に突き立たせた四本で身を支えていても、まだ三本の脚が残されている。
その三本の脚でもって、シャムシエルはコダマにおぞましい愛撫を加えているのだった。
「ふぅっ、ぐ……きもっ、わるぅ……ぅァああ、ンぁハァ〜!」
細かい体毛の密生した足先が、いっそ不気味なほどに繊細なタッチで、わき腹から筆のように濡れた跡を残しながら撫で上げる。
嫌がり身をよじるコダマだが、漏れ出る声は甘ったるく鼻に掛かったもの。
こうやって怪蟲が節々から分泌する妖しい粘液を延々と塗り込めていた為か、彼女の肌は内側からふつふつとした火照りに炙られていた。
それは決して不快なものではなく、おそらくはシャムシエルの体液が媚薬成分として作用したのだろう―― 官能的なものだ。
同時に敏感さも数倍になったようで、いくらこんな化け物にと唇を噛んでも、コダマは快感に口を開かずにはいられないのである。
「ひっ、いっ、ひゃあああ、あー。あふぅっ……あふぅうう……!」
(なんで……? なんで、こんなに……)
「きもっ、い……イイのぉぉ……! なんれっ、はっ、あっ、あーっ」
泣きながらコダマはまた絶頂に身を震わせた。
それでも彼女が開放されることは無い。
怪蟲は暫しコダマの快感の極まりに付き合って動きを止めるが、彼女の陶酔曲線が静かに下降を始めると、また同じように熱心なリズムで抽送を刻み始めるのだった。
「やっ、まっ、また……あ、あう、あふぅ……!」
人の行う交合とは違っていた。
確かに、シャムシエルがコダマに差し込んだ管状器官はペニスのように硬く彼女の胎内をかき回している。
膣襞と膣襞の狭間、恋人とのセックスで開拓された性感ポイントをこそいでは、コダマに悩乱の悦がり声を上げさせてはいたが、何度それが喉を震わせての絶叫に繋がっても、怪物は一度たりとも精をしぶかせる事は無かった。
―― いや、コダマの蜜壷へと注ぎ込まれるものはある。
「熱いの……あつっ、ううッ! 熔けちゃ、うぅ……。わたし、ぃ……ああ、お腹の中……からぁ……!」
紅唇を悩ましくわななかせるコダマ。
異形の怪物とぴったり連結し、突きほぐされている粘膜秘孔に、まるでお湯が一杯に満たされているようなとろみと熱を感じる。
にちちゅぐ、ちゅぶりと、抽送の度にクレヴァスの隙間から漏れ出し、内腿やヒップに熱く流れ出している。その下には絨毯に大きく染みが出来てしまっていることだろう。
コダマの花弁へとそれが挿し込まれ、狭い奥底へと一貫きにされた時から、脈々と毒針は熱い粘液を吐き出し続けていたのである。
狂わされた官能に苦しむコダマは目を向ける余裕を失っていたが、ふいごのように膨らみ、吐き出しを続ける腹部に合わせて、まさしく管の働きで使徒の腹からコダマへと注入される粘液。
使徒の腰つきによってコダマの愛液と一緒くたにこね混ぜられて、やがて彼女が新たな生命を育むための神聖な座所をドロドロに塗り汚している―― それもやはり、やっと大人の女性へと生まれ変わろうとしていた17歳の乙女には、強烈過ぎる催淫作用を備えているのだった。
「あ……ああ……いい。たまらない……」
おぞましい怪物にという血の凍る思いを、遥かに圧倒する勢いで下半身からの快感がコダマの正気を打ちのめしている。
真っ暗闇の中での陵辱が少女の時間間隔を狂わせ、コダマはいつから自分がこの化け物に犯されることを気持ち良いと感じ始めていたか、もう思い出せなかった。
蟲の脚に捕らえられた時の恐怖と、貫かれた衝撃。ただひたすらに悲鳴を上げていた―― それからの時間がすっぽりと記憶から抜け落ちている。
気が付けば、自分は喉を喘がせながら追い詰められていた。
『アアン、アアン……』と甘え泣いていたその時は、かつて先輩と恋人の時間を過ごしていたのと同じ気分を出してしまっていたのだ。
(嘘……!?)と、取り戻した理性が青褪めた時はもう遅かった。
肉体は既に彼女の制止を離れ、幾度も恋人と辿った愛欲のレールの上を、頂上へと向けて突っ走っている真っ最中。
ガクガクと痙攣を起こしながら、もしも体ががっちりと拘束されていなかったなら、間違いなくその瞬間、自分はその化け物を抱きしめてしまっていただろうと思うのだ。
『うそっ、嘘よォ……。ああ、ああ……! 私……イッちゃ、っッ……。イッちゃってぇええ……!!』
彼とそうしていたように足を絡め、彼がそうしてくれていたように―― 私の中に出して欲しいと搾るようにして。
こんなことはおかしい、悦んでしまっている自分は気が違ってしまったのかしらと啜り泣いたが、執拗に繰り返される強制絶頂に翻弄されている内、次第にコダマの気力は萎えていった。
「いっ……イイ……。またっ、イ、イクう……」
絶頂感を貪りつつ、こぼれる涙をこらえてコダマは目を閉じる。
どうせもう助からないわと諦めてしまうと、後はもう、屈服の甘い吐息だけだ。
だらりと体から力を抜き、静かな喘ぎに身を任せ始めたコダマの頭上では、開放されることなく再びの上昇を描き始めたその昂ぶりに合わせるように、使徒の光球が薄赤く瞬いていた。
◆ ◆ ◆ 「うぁ……あ、止まらな……い、イウっ、う! ……い、良いわよ……好きなだけっ、……ぇ、あうふ、ヤってなさいよぉ……」
捨て鉢になっていたコダマの耳に、『……お姉ちゃん』と不意に呼び掛ける声。
―― あ、あ……ヒカ……リ? ……ヒカリっ!?
気が付いたの? 無事……なの? 心臓を跳ねさせて、ぐらぐらと怪蟲との交合に揺さぶられる首を傾ける。
薄暗い中で生々しく浮かび上がる、裸身の妹。ヒカリが―― 彼女を見詰めていた。
「ヒカリ―― 」
「……おねぇちゃん」
ボウッと霞んだ表情。この生真面目な妹が未だ経験したことが無い筈の、酔いに呑まれたような弛緩した眼差しが、コダマに向けられている。
恐る恐る、喘ぎに掠れた声でもう一度呼び掛けたが、ヒカリはただうっとりとしているだけ。
目尻の縁をピンクに染めて、『おねぇちゃん……』と繰り返す。
コダマは愕然とした。
ヒカリが自分へと注ぐ目の色はと、その熱にうなされたような貌に思い出すものがあったのだ。
それは発情した男の視線。
今でもはっきりと覚えている。部活の後の体育倉庫、閉め切った扉からの薄射しに晒して見せた肌を、先輩は食い入るように見詰めていた。
息を荒く、『たまらないよ、コダマ……』と抱きしめてきて―― 。
その目を、妹が、自分に向けている。
「お姉ちゃん、凄いエッチ……」
「やっ、ああっ。見ないで、見ちゃダメよ! ヒカリ、お願い……ぃ、うふぅ……!」
『あう!』と、懇願の端から声尻も乱れてしまう。
異質の陵辱生物にコダマの羞恥を気にかけるような慈悲などある筈が無く、ぐちゅりちゅぶりと今も綻びきった秘唇にピストンが続けられている。
妹の前でと抗おうとしても、既に一度心折ったコダマには、それは止められぬ無残な反応だった。
「見ないで……ひぃう、見ないでぇ……」
コダマ自身もくやしさと情けなさを覚えつつ、それでも諦めを理由にして怪物相手のエクスタシーを受け入れていたことは事実なのだ。
淫らな姉の姿を、妹に晒してしまっていた。妹を守るべき自分が、それを放棄して―― !
「いやっ、いやぁぁあああ……!」
心とは裏腹に、それでも奥底を串刺しにされる愉悦感には逆らえない。
熱い粘液に、溶かされそうに感じてしまう内部粘膜を、さらに硬い鋭管がほじくり返す。
「アアァァ!」
せめてと背けた顔。頬を、じっとりとコダマの汗と涙と、喘ぎにこぼした涎を吸い込んだ絨毯に擦り付けて、惨めよと悶え泣く。
そんな姉の姿に、ヒカリは明らかに興奮の色を深めていた。
「おねえちゃ、良いよぉ……。私も、なんだか……凄く、イイの……」
気だるく身を起こして横座りに。制服を生真面目に着込んだ普段からは窺えないような、意外なほどの量感を育てていた乳房を底からすくいとり、自分の手でやわやわと揉んでいる。
上向きの隆起の先端で、敏感に尖った乳首も指の間に挟みこむように。『んンン……』と喉を鳴らす。
「ああはぁ……」
伝わってくるの―― と、ヒカリは自分を慰めながらつぶやいた。
自慰愛撫の手は股間にも差し込んでいて、恥丘が赤く充血するほど使徒の反逆レイプに犯されたクレヴァスから、にちゃりにちゃりと注がれた汚液をかき出している。
そこに嫌悪や悲しみは見られない。
むしろ陶然と。ふにゃり蕩けた表情で、指先にかき出したものを舐め取りもする。
「この子、私をシてくれた時も……良かったけど。お姉ちゃんだともっとイイの……」
「だめ、だめよヒカリ……。近寄っちゃ……あ、ああ……逃げなさい。今の内だから早く、逃げ……っ、るの……」
「うふふ。私にも熱いの、どんどん入ってくるの。ぽかぽかって、気持ち良くって……」
コダマに身をすり寄せるヒカリには、姉の言葉は届いていなかった。
怪蟲の腹の下にこじ入れて、姉と上半身を重ねようとするヒカリ。青臭い獣臭に、ほのかミルクに似た甘い匂いが混じってくる。
「お姉ちゃん……」
「ヒ、ヒカリ……」
ぺたりと伏せて、覗き込む潤んだ双眸。
直に合わせた裸の胸に、ツンとお互いに乳首の硬くなった感触があった。
「んん……おねぇちゃぁ……んン―― 」
「はっ、はっ、はっ……はクゥッ、だめ、ヒカリ……」
―― 妹が、唇を求めて来ている。
(そんな、女の子同士、姉妹で……)
荒い息の下で慄きながら、何故かドロドロに抉られている奥が疼いた。
「こんなことは……いけないわ……あ、あぁム、ムゥ―― 」
壊れかけたような危うさを見せる妹を、突き放せる筈が無かった。
「おねぇちゃ、ハッ、んむっ、んむむぅ……」
「ふむ、んっ、はっ、ハァ……! あっ、ヒカリ……ふぅむゥ〜〜……」
貪るような姉妹同士のディープキス。
可憐な唇を狂おしく擦り合わせながら、舌を、唾液をすする。
異形の怪物の生贄となった惨悲の底で、近親禁忌の口付けはあまりに甘美だった。
ヒカリの興奮に侵食されるように、コダマもまた禁断のキスに顔を火照らせ溺れていく。
「うぁう、イっ……んむぅっ、んっ、んぁっ、ンぁあ……! ンンンーッ……!!」
「うふ。お姉ちゃん、可愛い……」
ビクンと妹に揉まれる胸を突っ張らせ、アクメへと戦慄いたコダマ。
その、あられもなく咽ぶ唇にチュッ、チュッとキスを重ねて、ヒカリはシャムシエルを見上げた。
「ねぇ」
かつてのように忌み疎む声ではない。
がらりと様子を変えて、媚を売るように甘えてねだる。私にも―― と。
喘ぐ姉の横、持ち上げて見せた初々しいヒップをくいくいと振って、ここにと自分で尻たぶを開く。
娼婦のように爛れたポーズは、たった数時間で目を疑うほどの変わりようだった。
真っ赤に染まった羞恥の貌に初心な面影が残されてはいたが、瑞々しいヒップの谷間、赤く腫れ上がった淫花をヒクヒクとさせ、物欲しげに上目遣うヒカリには、どこか壊された者特有の狂気が浮かんでいる。
「そぉぉ……! 深いの、良いのぉ―― !」
疼きを癒す蟲脚の一本を迎え入れて、感極まった声を上げる。
今のヒカリに渦巻いているものは、自分一人分の感覚を上回る官能快楽だった。
普段は例え使徒が食餌をしようとも、使徒遣いが過剰なフィードバックに翻弄されることは無い。
しかし、レイや―― マユミとも比べて使徒のコントロールに不慣れだったヒカリは、一旦その従僕の反抗に支配を崩された時、自分を犯すという牡の感覚を、被虐の身でありながら同時に味わう羽目になった。
そしてヒカリは、その波濤の如く押し寄せる愉悦に抗えなかったのだ。
一度成立を受け入れてしまったリンクは今も活きている。
シャムシエルからは、姉のコダマの柔肉を味わう感覚がダイレクトに伝わってきていた。
ヒカリは今、その身を使徒に犯されながら、いま一つの肉体でもって姉を犯してもいるのだった。
「あう、ああぅ……ヒカリ、ヒカリぃ」
「凄いのっ、こんなのっ、もっ、我慢なんか……! うう……ひっ、ひいい……!!」
髪留めに縛ったお下げが、激しく揺れている。
紅潮し、ヌラつく肢体から飛び散る汗。
頬のソバカスをしきりに気にしていたような純朴な少女が、姉の傍らであるのにも気にならぬ様子で、淫欲に顔を歪め、浅ましく舌を突き出し、涎を吹いて、悦がり狂っている。
同じく悩ましい惑乱に心を沈めてしまった姉の胸にしがみ付きながら、膝を突いて尻肉を持ち上げた姿勢。
純潔を喪ったばかりの下半身を荒々しく打ち揺すって、侵略に慣れぬ幼膣には杭かと思うような剛毛だらけのピストンだ。
それがまた良いのだと、誰もが発狂したかと胸凍らせる狂態で、ひたすらにヒカリは身を躍らせていた。
「ヒカっ、あ……お姉ちゃん、また……またっ、ぅア、おゥウ……ウ、おかしく……なっちゃッ!」
コダマが叫び続けて掠れた声で、これまでになく重い官能の悲鳴をこぼす。
「イ……でしょ? あは、あっ、あはぁっ……この子、凄く……上手っ……ぅ、うう〜〜!!」
怪蟲に嬲られるまま痴れ狂う姉妹は、はじめにまず姉が限界を迎えた。
「あひぃいいいっ!!」
ぐしゃぐしゃに濡らした顔を左右に暴れさせながら叫び、ガクガクと昇天した頂上で目を剥いて―― 崩れ落ちる。
熔ける、熔けるの……と、使徒からの快楽同調をも受け取り全裸の身をよじらせていたヒカリも、姉のオーガズムの逆流に遭ってあえなく意識をショートさせた。
「あはァァッ! ろ、止まらない!気持ち良いの、止まらないよォォッ―― !!」
ビク、ビクン……! 悦とお下げを振り乱し、弓なりに仰け反ったヒカリの絶頂。
股間に埋没する蟲脚を渾身の締め付けでキュンキュンと愛しみながら、果てる。
「は……ふ……、うぅん……」
糸が切れたように倒れこむ妹を胸に受け止めて、同時にキチキチと甲殻の節を鳴らす異形から、奥底にかつて無いほどの多量の迸りを浴びせられたコダマは、薄れ行く意識の中、確かにその時、帰宅を告げる末妹の声を聞いたような気がしていた。
次回予告
砂時計の一粒は金の値。
―― レイの余裕は尽きようとしていた。
「あの人が、来てしまう……」
思えば悉く邪魔が入り、シンジとの時間を持てずにきたこの日々。
かつて彼の一番近くにあった彼女が来るまでにと、そう思っていた時間も実らぬまま。
レイは静かに焦っているのだった。
そしていま一人、焦燥を隠せぬミサトは次こそはと誓いを立てる。
第六の使徒は渡さない。新たなライバルに違いない―― アスカには、と。
「あの子もライダー帰還者よ。私の勘に間違いはないわ!」
錯綜する血走った視線。
狙うは使徒、そしてシンジ。
次回、仮面ライダーReturner Rei 第八話「アスカ、来日」
戦わなければ生き残れない……!