碇シンジ寝取り道中膝栗毛


Original text:引き気味


09. 「某ネルガル社編U」

明かりの消えた部屋で息をひそめて過ごしていると、次第に夜の静けさ、それ自体が存在感を増してくる。
重苦しく、のし掛かってくるかに思えてくる。
本来あるべき、不自然なところのない寝息というものを演じることが出来ない。その言い訳のようにすっぽり被っている毛布が、少しずつ息苦しく感じられてきているのと同じように。
―― 息詰りに、大きく喘ぎたい衝動に駆られるルリを押しとどめたのは、そろりと動き出した二人の気配だった。

「……眠っちゃった、かな?」
「どうだろう」

20歳を過ぎた立派な大人の女性のものなのに妙に無邪気さの漂う声と、応じる青年の、憚りながら窺う口調。
誰を指して囁きあっているいるのかは考えるまでもない。
このささやかなアパートの一室、天河アキト邸。四畳半一間で並んで川の字に床についているのは、アキトと恋人の御統ユリカ、そしてユリカの義妹である星野ルリ自身だけ。
二人が息をひそめて窺うのなら、眠っていて欲しいのは自分以外にないのだ。
しかし邪険にされていると拗ねるのは筋違いだろう。
なにしろ二人は同棲に突入して間もない恋人同士で、今は月も恥じらう真夜中。将来を誓った男女が熱い一時を過ごそうとしていても当たり前だ。

(……お邪魔なのは、わたしですね)

申し訳ないと思う。
自分がここにいなければ、もっと気兼ねなく愛しあえただろうに。
衣擦れの音に続いて、徐々に大胆に変わっていく大人たちの交歓の息遣いを背中に聞きながら。布団の中の14歳の少女は、せ めてこれ以上の邪魔にはなるまいと、息をひそめ続けていた――



◆   ◆   ◆



「……つまり、アキトさんとユリカさんがシてるの、あんた特等席で覗いてたってワケね」
「そ、そんなことまで言ってません! それってとんでもない邪推です!」
「まぁ〜た、また〜。照れない照れない。お見通し、お見通しぃ」

パフェをバクバクと口にすくう手を休めずに、『誤魔化そうたって無駄よ、ムダ』と面白がっている声を出すのは、ルリの友人の白鳥ユキナだった。

「いい歳したオトコとオンナで夜中にイチャイチャしだしたって言ったら、他に考えられないんだから」
「…………」
「そりゃあ、寝不足にもなるわよねー。憧れのアキトさんの……ぐふふ、ハダカとかアレとかナニとか―― かぁ」

慎みに欠けるニヤけ方をしつつ、いったい何を思い浮かべているのか。
想像するより生々しく思い出しそうになってしまって、咄嗟にルリは、熱を帯びた顔を俯けねばならなかった。

「も、やぁ〜だ♪ ルリったらやらしー子なんだから。このっ、このぉ〜♪」

ユキナは、いかにも美味しそうに食べるのと、いかにも面白そうにニヤけてルリを突っつくので、なんというか忙しない。
そして、口ぶりと同じで馴れ馴れしいくらいのその距離の取り方には、遠慮というものが無かった。
私服のルリに対し中学の制服のままで、似たような年頃の少女達も多い甘味処の中を気にすることもなく、実に際どい話題を平然と口にする。曖昧に聞いて欲しかった話を、突っ込んで訊ねてくる。
この付近では見かけない学校の制服なものだからか、気にした様子の目を向けてくる娘達もいるのに……。

―― ルリには、人形のように整った顔立ちに、あまり世間では見かけない金の色をした瞳、ツインテールで束ねた銀の美しい髪という自分の容姿こそが目を惹いているという意識は無かった。
いかにも溌剌とした女子中学生であるユキナも充分可愛らしい少女だが、ルリの場合はあまり感情が顔に出ないこともあって、幻想的な印象を人に抱かせる。
お嬢様育ちの義姉に着せられている服も当然ながら安物ではない。いずれも品の良い高級ブランドもので、ルリの際だった容貌を引き立てるに充分なものだ。
少し少女趣味だが、いかにも良家の子女風のと見えようか。
余計に注目されない、わけがない。
仲間内ではとにかくクールな美少女として鳴らすルリは、けれども内心、気恥ずかしさに身悶えせんばかりになっていたのだった。

(『ハダカ』とか『アレ』とか、大声で連呼するのは勘弁して……)

迂闊に話してしまったのは自分のミスだが、事は保護者たちの極めてプライベートな問題である。強引にでも話題を打ち切るべきではなかろうか?
ルリは、自分の目の前に置かれた大振りのパフェグラスをじっと上目に見詰めながら、まだあまり手も付けていない中身よりも別の問題に頭を悩ませなければならなかった。
特殊な生い立ちから同年代の友人を殆ど持たないルリにとって、彼女は他に比較の対象の無い付き合いだ。
不愉快だからと席を立ってしまうのが良いのか。しかしあまり強硬な態度に出てしまっては、今後の関係が気まずくなりはしないだろうか……。

ルリのパフェは、ろくに食べない内に溶けてしまうのかもしれない。
カラフルなクリームを満たしたガラスの表面を、冷えた水滴が伝い落ちていっていた。



◆   ◆   ◆



ルリとユキナ、アキトとユリカ、そして仲間たちは、半年ほど前まで同じ長屋で共に暮らしていた。
元々はナデシコという名前の航宙艦に乗っていたクルー仲間で、ルリは当時、11歳にして艦のシステムを一手に預かるメインオペレーターを務めていたものだ。
御統ユリカは、うら若いながらも天才的な指揮をみせる美人艦長を。天河アキトはコック見習いとして乗り込み、幼馴染だったユリカと再会。そしてルリとも出会い、今はラーメン屋台を引きながらなし崩し的に形成された三人の一家の主となっている。
航海が終った後もナデシコのクルーは一つの長屋で賑やかに過ごし続け、都合、皆とは2年ばかり顔を付き合わせていたことになるだろうか。
その長屋が解体されてからは、ユキナは姉代わりの遙ミナトと共にオオイソシティに移り住んでいた。

とは言っても、なにかと理由を付けて集まりたがっているのがこの仲間たち。
最近は、急速に進展している天河アキトと御統ユリカの仲―― ユリカは父親との大喧嘩の末、御統家に引き取られていたルリまで連れてアキトのアパートに転がり込んでいる―― を面白がってか、四畳半の狭い部屋や屋台がていの良いたまり場状態だ。
ルリとしても、あまり離ればなれになって暮らすようになったという実感はない。
今日も何事か用事があるからと出向いてきたユキナについでで呼び出され、甘いものでもと入った店で開口一番あっさり体調不良を見破られてしまい、そのまま言いたくなかった理由を言葉巧みに聞き出されてしまったのだ。

「そっかぁ。そゆこと興味ありません〜なんてクールな顔してても、あんたも年頃だもんねー。うんうん、覗いてても仕方ないない♪ 無罪、無罪〜♪」
「……知りません」

ぷいっと顔を背け、いよいよ膨れてしまったルリに、ユキナは一応は謝罪らしきものを口にして、それからを続けた。

「にしても、ちょっと意外ー」
「……何がですか?」
「ユリカさんは―― ちょっとズレてるけど見た目通り本物のお嬢様だし、アキトさんは妙に真面目っていうか、ときどき堅苦しいこと言ったりする性格でしょ?」

特に、男女関係ではやたら艦内でモテていたわりに煮え切らない、奥手の性質だったじゃないと。
その指摘にはルリも同意するところだ。
脳裏に浮かぶのは、艦内で一時アキトが交際していたという通信士の少女だったり、これまた煮え切らないアタックを繰り広げていた男勝りの艦載機パイロットや、キャリア志向の副操舵手だったり。
振り返ってみれば、彼にとっては選り取り見取りの状況であったように思える。ナデシコ時代というものは。
しかし、言い寄る女性達からはいちいち顔を真っ赤にして逃げ回っていた上、ユリカとキス一つ交わして落ち着くところに落ち着くまでにも随分な大騒ぎを必要としていたのだ。

「それが、あんたも居るのに随分熱いのねってゆーか。二人ともいい歳した大人なんだし、ホテルに行けば良いのに」

一旦小首を傾げ、ユキナはにんまり口元を緩ませた。

「ちょっと場所変えるのも我慢できないくらい、ハマっちゃってるってわけね」
「……私、寝てるふりしてますから」
「え〜? そこに寝てる時点で遠慮しちゃうでしょ、普通? 一つ屋根どころか同じ部屋じゃない。っていうか、ルリの狸寝入りに気付いてない時点で二人ともがっつき過ぎぃ」

『ひょっとして毎晩?』と、ユキナの無駄に輝く瞳がルリに向けられる。
その質問にはっきり答えるのは、ルリには出来なかった。頬の火照りを自覚する。

「ほんとに寝ちゃってる夜もありますし。……ネルガルの研究所にアルバイトに行ったまま、そのまま私、泊まってくる日だってあるんですよ?」
「へへぇ〜?」

言い訳のようだが嘘ではない。
禁じられた遺伝子操作技術によって生み出されたルリには、11歳当時にして最新鋭宇宙戦艦のシステムオペレーション業務全般を受け持っただけの才能があった。
後天的にもナノマシン処理によってイメージ・フィードバック・システム適性を強化されている上、幼少時より巨大コングロマリットの持つ人材開発センターで英才教育を受けて育っている。
まだ若すぎるとはいえ、この時代ルリほど上手にコンピュータを操ってみせる人的資源は、そう見付かるものではない。
故にこそ、ルリを育て上げた巨大企業グループであり、宇宙戦艦という職場での雇用主でもあった<ネルガル重工>は、艦を降りて尚アルバイトという形でルリを手放そうとしないのである。
今もたびたびネルガルの研究所に出かけていくのは、そんな理由でだ。
そうしてアルバイトに出かけた日は、女の子の帰りが遅くなるくらいならと、しばしば泊まっていくよう勧められる。
月にどれくらいあるだろうか。中学校に通わずにいる時間を持てあまし、夜っぴて非行にうろつくというのとは違うのだから、保護者のアキトたちも咎めたりはしない。
却って頻度が増えるようなら、『アルバイト大変だね』『疲れてるんじゃない? 今日は屋台の手伝いは良いからさ、休んでなよ』などと気を遣ってくるくらいだった。
であるので、アキトとユリカが本当に毎夜毎晩かどうかなんてことは、一緒に暮らしているといってもルリが把握できている筈がない。
そもそも夜はきちんと寝ているのであって、たまたま何回かそういう場面に目が醒めた―― そっちの方こそが、滅多にない二人の時間を狙い撃ちした形になっていただけかもしれないのでは、

「違いますか? ま、毎晩だなんて邪推するより、タイミングが悪かった日がたまたま――

たまたま、何日も続いたりしてるわけよね。墓穴を突っつかれて一度黙り込んだルリは、口をぱくぱくとさせてから、目の前に置かれたパフェを今更気が付いたようにむっつり睨みつけた。
溶けかけたクリームを少しずつ口に運び、そうしていたかと思うとまた急にあれやこれやとユキナに反論しようとする。
片手のスプーンを振り振り、珍しくしどろもどろの様子の天才少女をニヤニヤとひとしきり楽しんで。ユキナはまた『それにしても』と、もっともらしい顔で唸ってみせた。

「ユリカさんなんて、下手するとあの歳でまだ赤ちゃんはキャベツ畑で摘んでくるものだとか信じてそうだったのにねぇ」

ユキナの勝手な感慨が、つい最近までは事実だったことをルリは知っていた。
それが日を置かず、戸籍上でもほんの14歳と幼い同居人が隣に寝ていても―― 気には一応しつつ、セックスに夢中になっているのだ。
考えてみると、これはちょっと異常なスピードの『進展』、ではなかろうか。

「……まぁ、覚えはじめが一番楽しいもんね。やっぱ、あの二人でも溺れちゃうもんかぁ……」

その台詞に、聞きかじりにしては随分と実感が篭もっているように思えたから、ルリは軽い仕返しのつもりで投げかけたのだ。

「そういえば、ユキナさんも一つ屋根の下で寝起きしてるんでしたよね?」
「へっ?」

きょとんと返したユキナは、一瞬の後にきゅーっと湯気を立てそうな勢いで真っ赤に変わっていた。

「な、ななな、な……! なにを言ってんのよ、ルリ。わたっ、私とシンジがそんな―― へ、ヘンなことするなんて、あり得ないじゃない。そう、あり得ないのよ。ミナトさんだって居るんだから!」

……あれ、おや? ほんの軽口のつもりだったのに、随分意識してるんですね、ユキナさん。
予想以上の慌てぶりに、ひょっとして本当に冗談ごとじゃなかったのかなと、ルリの目付きが疑わしく変わる。
じとと眺められ、増して焦りだすユキナの態度はどうにも疑わしい。
折良くと言うべきか、

「や、お待たせ、ユキナさん」

女の子だらけの店内をまるで物怖じする様子もなく通り抜けてきて、二人のテーブルに近付いた少年の声が、ユキナの慌てぶりにとどめを刺していた。
軽く手を上げて、いかにもガールフレンドとの待ち合わせにといった雰囲気。遅れて現れた彼はしかし、そんな少年少女同士の初々しい空気と同時に、ステディな女の尻に幸せそうに敷かれる、腑抜け男の風情をも持ち込んできていた。

「……それ、ユキナさんの荷物、ですか?」

にこやかなまま、少し困ったように彼は頷く。
両の肘にこれでもかとぶら下げた色とりどりの紙袋は実にお洒落なデザインだった。女物の洋服か何かを売る店のものだと一目で分かる。
それで足りずにまだ、抱え込んで積み上げた紙箱の山。これもまたどれもカラフルな包装だ。
にぎやかに人目を引くルリたちを、それとなく窺っていた周りの少女達が、一様に羨ましそうな顔をした。
憧れるのだろう。
誰がどう見ても彼は、スプーンを片手に真っ赤になってしまっているユキナのボーイフレンドで、そして優しい顔立ちは造形も悪くない。典型的な荷物持ちスタイルで現れた姿を見れば、いかにも甘やかしてくれそうな『理想的彼氏』に映ったことだろう。
良いわねぇ、とあちこちで漏らされた溜息に、いよいよユキナは狼狽を濃くしていた。

「……用事って、碇さんとデートだったんですか」
「で、ででっ、でーと、って。ち、違うわよ! 違うんだからね!? そこんとこ、勘違いするのは無し、無しーっ」

往生際悪く否定を口走りながらも、きゅーっと真っ赤になったユキナの態度だ。
はあ、と白けた頷きを適当に返しながら、ルリは受け答えとは余所へ思いを巡らせた。
どう見てもユキナが買わせたものとしか思えない荷物だが、それならば彼は自分たちが待ち合わせてパフェを摘んでいる間、あの量を抱えたまま一人で放っぽり出されていたのだろうか。
お待たせと言っていたのだから、或いはまた別の用事でも言いつけられて?
お人好しにもほどがある。
もう一度ルリは彼の、『碇シンジ』と紹介されていた少年の顔を眺めた。
少しばかり、あまり面識のない相手に向けるには不躾な―― 呆れた目つきになっていたかもしれないのは、仕方がないと思う。

それはそれとしても。
黒髪、黒の瞳。ユキナと同じくらいの背丈。
照れのあまりらしく火照りきった顔でガーッと食ってかかるユキナの相手をするのは、ルリの保護者をしているラーメン屋台の店主もしょっちゅう浮かべているような、はっきりしない笑顔だ。
ユリカにいつまで経っても報われない恋をしているナデシコの元副長も、そういえば似たようなものだったような。
軟弱者のするその場しのぎの顔だと、男勝りで鳴らす昴リョーコなどは口にしていたものだったか。
でも、そう言った彼女だってアキトに惚れていたのだから、口にしたような欠点とは違う評価がされるべきものなのだろう。
つまりこれは、ユキナが興味を持ったらしい異性すべての共通点ということにもなる。

「……どうかした? 星野さん」

まじまじと見詰めてしまったルリに気付いた彼が、こちらを向いた。
片方で器用にユキナをあしらいつつ、抱え込みすぎの紙箱を一つとして落とすこともなく。黒い瞳がルリをまっすぐに見詰め返す。

どういう経緯かは知らないが、ユキナの保護者をしている遙ミナトが下宿をさせると決めたという彼は、ルリたちの屋台にも暫く前に紹介を兼ねて連れられて来ていた。
『にんにくラーメン、チャーシュー抜き』などと滅多に聞かない注文を出して、ユリカに顔に似合わない通好みしてるのね、なんて言われていたろうか。
たしか、新しい弟を披露するみたいににこにとしていたミナトとは対照的に、ユキナは不機嫌そうに顔をしかめていて、始終つっけんどんとしていた覚えがある。
そのせいか終いにはミナトまでぎちなく、口数が少なくなっていった。
アキトたちは困ったように『今夜はまた一段と寒いですねぇ』と当たり障りのない話題を繰り返したり、顔を赤くする程ふぅふぅと、意固地になったかの勢いでラーメンを吹き冷ましているユキナを『熱すぎるかな?』と気遣ってみせることで、なんとか間を持たせようとしたものだ。
あの晩のユキナは本当におかしかったけれど、つまり、お気に入り出来たてのボーイフレンドを他の人間に引き合わせるのが面白くなかったというわけだろうか。
話には聞く、子供じみた独占欲、というやつだったのかもしれない。
そう思い返すと、さっきの狼狽するユキナといい、ひどく納得がいく考えのように思えた。

同年代の男の子というもの自体、ルリには新鮮だったが、それを思春期の少女と一緒に住まわせる非常識に思い当たる程度には、ルリだって世間並の考え方を把握している。
ましてミナトは、ズレた人間の多すぎたナデシコの乗員の中では数少ない、常識派だった筈だ。
そんなミナトに、無害だと判断されたというわけだろうか。彼は。
その割りに、その割りにユキナが少年に向ける視線ときたら――

「いえ、なんでもありません。お邪魔みたいですし、わたし、もう行きますね」

ご馳走様と言い残し。伝票はそのままにしてルリはさっさと店を後にした。
ユキナが何か焦ったように喚いていたような気もするが、それも多分、犬も食わないというやつなのだろう。
勘弁して、と言いたいところだ。

「……ほんと、ご馳走様」

外に出るとすぐ、ルリはコートの襟に首を埋めるようにした。
冬本番の冷たい風が、頬に残るぬくみを奪い去っていこうかという勢いである。
そういえば、別れ際に彼も暖かくしていくように言っていた気がする。気が回るというか、如才ないというか。或いは、あれで女の子の扱いには慣れているのだろうか。

(わがままに付き合わされるのには、慣れているみたいでしたけど)

残していったあの伝票も多分、彼が押しつけられるのだろう。容易く想像できた。
そういった役回りが、ひどく似合うように感じる。
おそらくそれは、ユキナの隣りに立つ姿、押しの強そうなところのまるでない柔和さが、ルリの少ない人間関係の中から近いキャラクターを連想させてのことだ。
それは酷く失礼なことだろうとも思う。両方にとって。
けれども、私を構えとばかりにあれこれ騒がしいユキナの横でさして困った顔を見せることなく、支払いから荷物の手配から手際よく済ませてしまう彼というものも、自然に思い浮かぶイメージだった。
あのユキナをあやしながら、ルリにも気遣いを向けてみせたどこか余裕のある態度。気弱そうな見かけとは、実のところは違うのかもしれない。
人当たりの良さも、あの気弱な副長に似てというより―― 実は大関スケコマシ会長を連想するのが正しい、なんてことはさすがに無いだろうけれども。

埒もない想像にふふと口元を緩めて、家路を急ぐルリの足取りは軽かった。
やはりというか、気心の知れたナデシコの仲間と過ごすのは良いものだ。顔を真っ赤にして狼狽えるユキナなんていう、珍しいものも拝ませてもらえたし。
相談じみた告白までさせられたにしては、このところの寝不足という問題解決にはさっぱり繋がらなかったが、しかしと。
情動があまり表に出てこない性質であるルリは、傍目にはそうと見えずとも上機嫌だったのだ。
そのまま家族の待つアパートに着いていれば、ああ今日は良い一日だった、で終っただろう。
しかし結果から言えば、後になってルリがこの日を振り返ってしまったとき、この心地よい甘味処での一時は主役たりえぬ存在感となって、長く片隅に追いやられるものでしかなかった。
代わりに、呪わしくこの日の記憶を塗り潰したのはこの後の電車の中での事件。
ルリはこの日、異様な目にあった。
ただ忌むべきというだけでは表すことの出来ない、薄気味悪い痴漢に遭ったのだった。



◆   ◆   ◆



タタン、タタンと。電車がレールの継ぎ目を踏む度の、単調なリズム。
車内は過ごしやすく暖房が効いている。ユリカが念入りに着せてくれた厚着では、ぬくい毛布にくるまっているのかと思うほどポカポカとしてきて――
そして、ラッシュアワーからずれたこの時間。車内はガラガラとまではいかないにしても充分に空いていた。
二人がけのシートが向かい合った都合四人分のボックス席を、うとうととするルリが一人で使えるほどに。
アキトが借りているアパートへの駅に近付けば、どうせ設定しておいた携帯端末が知らせてくれる。ルリは安心して眠りこけていた。
こっくり、こっくりと船をこぐ少女の姿は愛らしく、シートに挟まれた通路をたまに過ぎる乗客も目に留めては微笑ましそうに笑い、そして静かに自分の席を見付けるか、目当ての駅へ降りていった。

そうして平和にまどろんでいたルリは、最初は軽くみじろぎしただけだった。
シートの座り心地が悪い、そうむずがるように。
しかし次に、ルリはぎょっと目を見開いていた。

(な、何……!?)

お尻を、まるで誰かの手が撫でさすっているかのような、この感触は何だ。
意識は一気に覚醒していた。
と同時に、事の異常さに逆にまだ夢を見ているのかと自分を疑う。
感覚を信じればまさに今、さすり、さすりと、下着一枚のすぐ上からいやらしく触ってきているものがあった。感触からは、人の手のひらのかたちをしていると―― そこまでさえ分かった。
分かるほどはっきりとした、しかしその感触は、

(あり得ない!)

まさかっ、と動揺してしまうのは、ルリが今その可愛らしいお尻の下敷きにしているものは、ただの年期の入ったシートに過ぎなかった筈だからだ。
飛び退くように腰を浮かし、確かめる。
らしくもなく愕然とした目が何度見直しても、そこは背もたれと同じ緑色をしたクッションなだけ。
今日まで幾度となく使わせて貰ってきたのと同じ、何の変哲もない電車据え付けの乗客席だ。誰かが潜んで手を伸してきたような穴も開いてやしない。
そもそも、中に潜めるようなスペースが無い。
カツン、とシートの脚を蹴ってもみた。
靴の先では、うすっぺらい金属板が軽くたわんだのみ。人の力でずらしたり隙間を作れるたりするとは思えない、重い内側が詰まっていて、しっかりと床に固定されている。
他には何も無い。
ルリのお尻に、痴漢を働くような代物は、何も。

(ゆ、夢を見た……? なんで、そんな夢を……)

ドキドキと、早鐘打つ胸の驚きは収まっていない。けれども、理詰めを重んじる彼女の頭は錯覚でしか無かったのだろうと言い聞かせていたから。
ルリは自分を落ち着かせようと務めながら、また恐る恐るシートに腰を下ろし直した。
さすがに一人分横に位置をずらそうとして、念のために向かい側に移って、

―― ッ!!」

そんな!?
もうルリは疑うどころではなかった。
また触られたのだ。
なにかが、居る。確かに居る。
そのシートの中に。
明確に悪意を示して、ルリの尻を撫で回してきた。

「…………」

飛び上がり、じりじりとルリは動いた。
強ばった表情の裏では、透明人間か何かなのか―― 壁や椅子を通り抜けてしまうのは、透明人間じゃなくて幽霊? などと平静を取り戻せない頭の回転が、暴走気味に空回っていたが。ともかく、この場を急いで離れてしまうことだ。
ルリが普段信奉するロジカルシンキングでは、眼前の異常事態にこれだという解を見出せずにいる。
その代わりに、ただ盲目的に理解できないものを恐れる本能が命じた、それがこの時は一番正しいように思えた。
逃げるのだ。
正体も見抜けず、端緒を掴みもせずに退く真似は、そこらの普通の女の子並の振る舞いで、酷くプライドが傷付くのだけれども。
けれどもしかし、またもう一度『手』に、つつぅ―― と尻を撫でられたなら。ルリは今度こそみっともない悲鳴を上げてしまわない自信が無い。
この車両の乗客皆が、何だとルリを振り返るだろう。

通路に飛び出した。スカートの後を庇う、おかしな格好で。
まだいつもの駅には遠かったが、次の駅ですぐに降りてしまうしかない。
おかしな格好のまま殆ど全速力で駆け抜けて、ドアを開けて隣りの車両へ逃げ出す。
ぽつんぽつんと座っていた乗客たちが、なんだろうかこの子は、騒がしいねと、そんな顔で見ていたが、恥ずかしくてもルリはそうするしかなかった。



◆   ◆   ◆



(こっちに来れば……大丈夫なの……?)

ほんの少しの距離に使っただけなのに胸は、したこともない真面目さで短距離走をこなしたような鼓動に、喘いでしまっていた。
そんな心臓を一息に止めてしまいそうな、奇怪な『手』の恐怖。それはやはり、三度ルリへと襲いかかってきたのだった。

さすっ、ささす……。
またもの感触。ルリは怖気に『ヒッ』と背を震わせた。
その向こうに誰も何も居ない筈の壁を背負った立ち位置、そしてお尻のあたりは両手で庇ってもいたというのに。

(また、来た……!)

『手』は、まるで壁越しの車外から伸ばしてきたようなまさぐりを、きゅぅっと竦み上がった小振り二つの尻丘に加えてきたのだ。
ぴったりと自分の二つの手のひらを重ねて守っているのに、それすら関係無いらしい。
カタカタと、肉付きの薄い足が怯えに立ちつくした。
もうルリに逃げ場は無かった。

「あなた、どうかしたの? 顔色が少し……」
「いえっ、なんでも、なんでも無いです」

そう言うしかなかったのである。様子が気になったのだろう、通りがかったついでで声を掛けてきた、人の良さそうな中年女性にも。

「ちょっと気分が悪くなって……。すぐ、次の駅で降りますから」

助けを求めるという選択肢は選べない。
なんと説明すれば良い?

―― すみません、あの、聞いてください。わたし今、姿が見えない手に痴漢されてるんです。

そう言って、助けてくださいとでもか。
あり得ない。頭がおかしいと思われるのが関の山だ。そんなこと、あり得るはずが無いのだから。

(いぅ……っあ、あ、なっ……)

おぞましい何者かはルリが庇う手を透過して、ヒップに後一枚の薄布の上から、我が物顔に撫で回している。
恐怖と緊張にふるふると震える感触を、まるで愉しんでいるかのようだ。
壁もスカート生地も、守ろうとするルリの手さえ無視してまさぐってこれるというのに、何故下着も突き抜けてこないのだろう。
だが、たしかに敏感になってしまった肌が察知する限り、『手』が撫で回しているのは下着の上から。
尻肌に直に、ではない。
そのことを疑問に思いながらも、もしも『手』が僅かに残された猶予さえ透過してきたなら、それを思えば気が変になりそうなルリだった。

(オモイカネ……!)

最も信頼する友の名を、呼ばずにはいられない。
何の意味もない行為、ナンセンスなのに、無意味でも救いを求めてしまう。神の名を唱える信者の気持ちというものを、ルリは理解できた気がした。

さすり、さすり……、と。『手』は、成熟したまろやかさにはまだ遠い、生硬な尻朶を完全に自由にしてしまっている。
時折には、指の―― これは、人差し指と中指、だろうか―― 感触が、危うく尻の谷間へ押し入ろうという気配を見せる。
その度、男性なら縮み上がると言うのか、お尻の穴のあたりが恐怖のあまりで緊張する。
狙われている、それだけで堪らないのに。これで下着さえ役立たずになって直に触ってこられたら、だ。
真っ青にならざるをえない。

「あなた、すぐ降りるって話だけど……」

でもまだ暫く掛かるのだから、座った方が良いのではないか。席はいくらでも空いているのだし。
気にしてくれるおばさんは、本当に善良だ。
だが、こんな得体の知れないものに下半身を襲われている中で、座席に腰を下ろすというのは願い下げだった。
『手』はぴったりと後ろからルリに貼り付いてきている。それで席に着く。こう、お尻を後に突き出して、『手』に差し出すみたいな―― ポーズを取って?

(冗談でしょ……?)

ぶるりとルリは震えた。
ほんとうに、冗談ではない。一歩たりとも今は動きたくなかった。
いや、出来るなら全力で駈けだして―― 遠く遠くまで、『手』が振り払えるまで逃げてしまいたかったけれども。
でも今は、このせめて堅く身を強ばらせた姿勢のままで時を待ちたかった。
スカートのお尻をぎゅっと抑え、内股を力の限り閉じ合わせて、守っているこの姿勢を。

平気だと、とにかく繰り返し伝える。
意固地になっている様にしか見えない少女に怪訝な顔を作りはしても、なお心配そうにしつつ、彼女は『そう』とだけ言って自分の席に引っ込んだ。
ルリは彼女の視線が届かない位置へ移動するために、また大変な精神力を動員して、位置を変えるしかなかった。

(痴漢、痴漢……なのよね? これも。こんなの、だけど)

周囲の注意を引いてしまわないよう移動するのに、極力平静を保って―― 保ち続けるために、まさぐられる感触から何かで意識を逸らしておこうと記憶を巡らせ、そしてルリは思い出した。
以前にユキナが痴漢についての話を聞かせてきたことがある。
それは自分が襲われた、という話ではなく、他の女の子を二人がかりで襲っているのを見付けてしまって、腹が立ったので持ち合わせていた鉄アレイで殴ってやったのだという、武勇譚に類されるべきものだったが。
しかし話はついでといった流れで痴漢の手口にも及び、一通りのことを吹き込まれていた。
しきり具体的な内容あれこれに触れたがっていた友人が、随分と耳年増に思えたものだ。

『やっぱ、お尻さわってくるやつが一番多いっていうけど。でも、たかがお尻―― っていうか勿論、よくもお尻を〜って、とんでもないのは一緒なんだけどね。けどとにかくっ、ほっといたりすると調子に乗ってくるのよぅ』

痴漢ってやつは、男ってやつは、と。
やけに思い当たるところがあるとでもいう風に、うんうんと尤もらしく頷きながら。
隣には、先ほども居合わせたシンジが我関せずと余所に顔を向けつつ、こっそりと苦笑していたか。

『……アソコ。そ、女の子の一番大事な、あそこまで触ってこようとするのよー! いやもう、許せねっスよね。死刑にするしか!』

もぞもぞと、ねじ込んでくる手付きを真似てみせたユキナのそれが、やけに生々しかったこと。
『……はあ、そうですか』と、そう相槌を打って。たしかに許せませんね、で済んだ話は所詮ルリには人ごとだったのだが。

(か、勘弁してよね……)

涙目だ。
もぞと、気を抜けば『手』は太腿の隙間を窺って、付け根の僅かな逆三角の空間に忍び入ってみせようと動きを見せるのである。

「くっ……」

正気だろうか? ルリは『手』の持ち主の神経を疑い、罵った。
こんな可愛げのない、少女と言ってもほんの子供みたいな発育不良の体つきの、痴漢しても面白みのない自分だろうに、なんでなのか。

(なんで、わざわざ私みたいなのを襲ったりするわけ……?)

バカじゃなかろうか。いやそっか、変態に違いない。これが噂のロリコンってやつ?
一瞬で百通りは浮かんでくる罵り言葉は、全て懸命に意識の分離を狙った賜物である。現実を直視しては、耐えられる限界を越えてしまう。
人並みを外れて遙かに回転の速い頭脳も、電脳空間でさえあれば殆ど万能の力を奮えるIFS強化体質も、いざユキナが語った被害者の場合と同じ立場に陥ったとき、全て無力だった。

(とにかく、今は)

出来るだけ人目の及ばない隅へ行こうと、また一歩を叶う限りさりげなくのつもりで。ようよう踏み進める。
やはりと言うべきか、この程度の歩調で『手』は引き剥がせる気配もなく、未だ卑猥な蠢きをスカートの裏に張り付かせている。
まさぐっている同じ場所に自分の手も押しつけているのに、しかし『手』の感触は感じ取れない。
透過しているという形容が正に適切だろう。非常識だ。つくづく、ふざけている。

(どうしてこう、お尻にばかり……!)

そう忌々しく恨み言を浮かべた、からではあるまいが。
名を呼べば悪魔が来る。噂をすれば影が差す。その類か。
『手』が次にルリの胸を襲ったのは、そんなタイミングでだった。

「ひうっ……!?」

さすがに声は抑えきれなかった。
これは、『片手』か? さっとお腹から撫ぜ上がった感触が、未だブラは必要なくシュミーズを着用している胸元まで、一足飛びに侵攻を進めていた。
今度は下着の上からではない。
少年とさして変わらない胸に、小粒の乳首を中心にした僅かな盛り上がりだけが存在を主張する乳房。
未発達もいいところでも、それでも決して唯一のひと以外に触らせたくはないと思う控えめな場所に、『手』が。五指を蠢めかせる不可視の何かが触ってきているのが、はっきり素肌で感じ取れたのである。

取り繕う最後の余裕も剥がれて走り、咄嗟に車内トイレに駆け込んだ。
不衛生で嫌な臭いのするそこを、出来ればルリは使いたくはなかったのだけれども。
しかし、膨らみを確かめるように撫で回され、乳首まで摘み転がされてしまうおぞましさだ。漏れ出す悲鳴は、そこしか人目から隠す手だてが思い付かなかった。

車内トイレに窓はない。
今どのあたりを走っているのか確かめようのないルリは、とにかくレールの音を数えた。

「ううっ、うっ、ううぅ……ッ、ッ!」

あの音が止めば、駅に止まる。駅に止まったら、すぐに飛びだそう。こんなおかしな場所から、急いで逃げだそう。
そう、それだけを、目の端に涙を湛えて願いながら。
戸籍上の年齢の13歳よりまだずっと幼い躰の少女は、奇怪な『手』の陵辱に耐え続けたのだった。

果実にしても青いに過ぎる胸を揉まれ。ヒップを揉まれ。
駆け込む間際の足のもつれから遂に、ぐいと侵入を許してしまった股間で割れ目をくじられ、小さすぎる秘芯の位置さえ探られて。
恐怖と羞恥とに混乱の坩堝に叩き落とされ、そして――
痴漢されている、恥ずかしい場所を悪戯されているのだと、強く性というものを意識した脳裏に何故か、夜毎覗き見るアキトとユリカの情交を思い出してしまった途端、

「あっ、ああっ!? あっ、あうっ、はっ、はぁぁ……ぁ、なんで……」

カッと熱を帯び始めた自分の躰に、いよいよ混乱を深めながら。
『ア、ア、ア……』と、いつしかルリはただ悲鳴ではなく、拙い喘ぎを上げていたのだった。
擦れた声は聴き取るにも難しい、微かなものだったが。鼻に掛かった様な悩ましい息継ぎには、幼い少女に芽生えた性感から膨らもうとする、悦びが滲んでいた。

「なんで、私……ッア、アッ、ああぅ―― ッ。っハアゥッ、ふっ、そこはぁぁぁ……」

蓋を下ろしたままの洋式便器にとりすがる、ルリの足下はガクガクと覚束ない。
やがて確かに響きだした、少女のスカートの下からのクチュクチュという、淫靡な水音があった。
ルリの手は自分を支えるのに必死。他に誰も居ないトイレの中、少女に悪戯する者など居はしない筈なのに。なのに確かに誰かが、誰かの『手』が、しこりはじめた胸の小さな頂と、じわりと下着に染みを拡げる下腹部とを、無理矢理愛撫し続けている。

「うそっ、うそです……ぁ、ああ」

不可解な恐怖に怯えきっていた筈だった。
だのにそんな少女の幼すぎる躰から、あるかないかの性感を探り出し、顔を真っ赤に火照らせて悶える構図を完成させた誰かがいた。

「ああ、あああ……ぁ、オモイカネ……ユリカさん……、あ、アキトさん……っ」

耳鳴りが音を立てている。ドクン、ドクンと、鼓膜のすぐ側に聞こえる、それは自分の心臓が暴れる音だ。
クロッチの部分を深くなぞられて、また腰のわななきが熱いものを下着に漏らしてしまった。
否定しようのない快美感がわき上がる。
違う、嘘でしょと首を振りたくっても、絶望的な自己認識が振り払えない。

「ああ、ああっ」

三人の部屋の夜、汗まみれの顔を伏せた毛布を噛みしめて、ギリギリの貌でいたユリカが思い出された。
その後には、覆い被さるアキトが。
あれと同じだ。
ルリにはもう分かっていた。
ユリカも聞かせまいと―― ルリに聞かせまいとせめぎ合いに堪え忍んでいたが、結局はあの長い髪を振り乱して、迸らせていた。

(だめっ、だめ、ダメ……。それは、やめて……!)

もう手で庇っても無駄だ。無駄だから、せめて。
ルリは自分の細い手首を噛んだ。
痛みさえ何の抑制にもならず、押し止めようもなく、火照り上がる躰が暴走していく果てがすぐそこに見えていたが。

「あぐっ、ッ、ンぐぅぅ……! ウ! フ! ふぅグ!!」

自分でもはっきり分かるほどコリコリとしこり勃った乳首が、薄い胸肉に押し込まれ、そのまま揉まれる。
同じ手付きが、正視するのが恐ろしいまでに濡らした下着の中心で、処女のスリットに見舞われている。
うそっ、と驚愕を覚えるほどに。閉じたワレメをふっくらの土手肉ごと、まるごとのマッサージで刺激される秘芯の快感は、深かった。
自分の体にこれだけ頭をおかしくさせる感覚が生まれるだなんて、そんなの知らなかったのだ。
媚肉は勝手にヒクヒクと、淫らがましい収縮を繰り返し。収められるべき挿入感を本能的に膣に求めて、蜜を吐く。
『手』が秘部を揉む度、白い下着にじゅくと染みが広がった。

(うそっ、うそっ……。きもち、いい……!)

情けなくて悔しくて、ポロポロと泣いていても、アクメへと駆け上ろうとする躰はどうにもしようがない。
なまじ覚え初めていた自慰の経験が、正確にそれをルリに知らせている。
―― 逝かされてしまうのだ。
得体の知れない、化け物かなにかに。
きっと自分は夢を見ているか、気が狂ったのだろう。
ルリはもう、まるで現実感がなかった。
一人きりのトイレで、蓋の上にガクガクと齧り付く腰の抜けた女の子。勝手に一人で腰を振って、勝手に泣き悶えて、勝手に下着を汚して股を濡らして、勝手に粘膜が擦り合わされるいやらしい粘音を立てて。
そして――

「あっ……あはぁっ、あっ、いやっ、イクッ、っく、ンンンンン……ッッ!!」

絶頂する恐怖に目を堅く瞑り、手首に歯を立てる。
痛みは無いまま、意識は果てしなく心地よくホワイトアウトしていった。



Back Menu Next


From:【ザザーン】碇シンジ寝取り道中膝栗毛【スパシン】スレ