そうして彼女は嘘をついた3

158 名前: 1−1 投稿日: 2002/11/25(月) 01:52
「どうしたの?」
 隣りを歩くシンジに問われ、アスカは「え?」と声を上げて立ち止まった。
「……元気、ないみたい」
「ごめんなさい」
「? 別に謝らなくても……」
 シンジの言うとおりだ、とアスカも思ってはいる。だが、彼女は罪悪感を感じていた。折角の今日と言う日、久々のデートの際中だというのに、そばにいるシンジのいうことなど考えもせずにずっとよそ事を考えていたのだから。
「仕事、大変なの?」
 気遣うシンジの声は柔らかだった。それに対して「ううん」と首を振ってアスカは応え、軽く溜め息を吐く。
「仕事は、まあ……なんとかね」
 実際、仕事の方は問題はないのだ。かつてと違って自分の能力限界にまで背負い込むような真似をせず、アスカは割りと余裕を見積もったスケジュールをたてていた。近々結婚を控えているという理由もあるし、かつてのNERVについて調査をするということもある。いつまでも何でも自分で全てをやれるなどとは思ってもいないのだ。
「そう? アスカはなんでも自分で抱え込んじゃうから」
「……それはこっちのセリフよ」
 ようやく、彼女は笑顔を見せた。苦笑だったが。
「あんたに言われたくないわよ」
 シンジも笑った。
「そっちこそ」
 今、自分は幸せだと、アスカは思った。
 こうして愛する人と共に歩み、生きていけるのだから。
 きっとこの先も。
 ――私は決して、この腕を離さない――
「――アスカ?」
「文句ある!? 男なら喜ぶべき状況よ!」
 ぶらざかるようにシンジの腕にしがみついたアスカを、通りがかる人々は微笑ましそうに眺めていた。
 二十歳を前にしているとは思えないほど彼女の表情は幼く、まるで父に甘える幼子のようだった。

159 名前: 1−2 投稿日: 2002/11/25(月) 01:52
 ……愛する者とのひと時は、とりあえずは彼女の悩みを忘れさせることが出来た。  
 それはしかし、ほんの瞬きの間のことだった。
 その日の夜には、彼女は独り寝の寝所で憂鬱げに天井を眺めていた。
 シンジはいない。
 ここは彼女の住むマンションで、シンジとは高校を卒業の直後から別居している。世間体、というものは関係ない。彼女の仕事に使う資料などの書類や機材は、二人が暮らせる程度の規模のマンションでは狭すぎて置くことができないからだ。単に広いマンションで住むというだけのことなら、今のアスカの給料でも充分に払えることができる。しかし結婚をすれば、より正確に言うならシンジが二十歳の誕生日を迎えれば、彼の口座が解禁される。今まで使うことが制限されたチルドレン時代の給金で家を買おうと、二人で決めていた。それまでの間の短い時間だけのために高いマンションを借りるというのは、少し不経済に思えたのだった。
 ――とは言え、シンジは月の大半をアスカのマンションでいる。食事をして、ベットで二人して睦み合うために。自分の住む部屋は、時折に寝泊まりしたり、私物を置くための場所になってしまっている。
 今日はたまたま、その自室にシンジは帰っていた。
 アスカは独りだった。
「しっかし、リツコがね……」
 ぽつり、と口にする。
 アスカにとって数少ない尊敬できる上司であるところの赤木リツコが、前司令にして婚約者であるシンジの父・碇ゲンドウと愛人関係にあったということを、彼女はつい先日知った。

『それってどう言うことよ!?』
『行ったとおりよ』
『それはつまり……』
『愛人』

「……ファースト……レイって、もしかして……」
 そう呟いてから、アスカは部屋の隅に置かれた花瓶に目をやった。
 貰ったときには蕾だった白い薔薇が、今は半ばほどまで開きかけている。

「――何処がいいのかしらね」

 彼女は溜め息を吐いてから、自らの下着の中に指を這わせた。



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